いつの間に目を覚ましていたのか、美鈴はこちらに近づいてくるものを感じた。
四つあるそれはゆっくり魔理沙の群れだった。
目を引くのは一番後ろの巨大な影。
群れの長、巨大ゆっくり魔理沙だった。その大きさは檻よりも高く、2mになんなんとする。
巨大ゆっくり魔理沙の前にいるのは3匹の子供達。
大きいのはゆっくりれみりゃの頭と同じほど、それから、メロン大、蜜柑大と順繰りに、カルガモの親子のように並んでいる。
先頭のゆっくり魔理沙が檻を見つける。
「ゆ?」
その中にゆっくりれみりゃが入っていることが見えないのか、物怖じせずに近づいてくる。
しかし、夜が目を暗ませたとはいえ、間近にまでくればすぐさま表情を恐怖に歪める。
その群れは、以前ゆっくりれみりゃに襲われ、群れの数を半分にされたのだ。
「う~?」
ゆっくりれみりゃはそれに近づこうとするが、鉄格子に阻まれる。触れたい。だが近づけない。
それが食欲からくるものか、胸に渦巻く茫漠とした感情からきたものかは分からない。
「う~~、う゛ぇ~~~」
手を伸ばしても届かない。そのもどかしさが涙を流させる。
そんなゆっくりれみりゃの様子を怪訝な表情で見据える群れ。
どうやらこの強暴なゆっくりはこちらに来られないらしいぞ?
それに思い至ったゆっくり魔理沙は、安心してゆっくりれみりゃを観察する。
群れの姉妹も緊張を解いて、ゆっくりしている。
巨大ゆっくり魔理沙は、穏やかな表情だ。恐怖はあるが、それ以上に襲われないという確信があった。
それに捕食種の前でゆっくりするという、どこか倒錯的な行為に、禁忌を犯したことによる快感を感じてしまっている。
「ゆっくりしていってね!」
「う~!」
「ゆっくりしていってね!!」
「う~~!」
「ゆっくりしていってね~~ん!!!」
「う~~~!」
ゆっくりれみりゃの目の前で、群れで触れ合ってゆっくりしているゆっくり魔理沙たち。
ゆっくり魔理沙たちは横目でちらちらとゆっくりれみりゃのほうを見て、自分達がゆっくりすることでゆっくりれみりゃがどう反応するかを楽しんでいる。
押し合い圧し合いしたり、おっかけっこをしたり、にらめっこをしたりする。
そのたびにゆっくりれみりゃはうなり、鉄格子をがしゃがしゃと揺らし、表情を変える。
その面白さをもっと見るために、徐々に檻に近づいていく。
「がぁおぉ~~!たべちゃうぞーーー!!!」
ゆっくりれみりゃは吼えるが、
「たべちゃうぞーーー!!!だってさ」
「おお、こわいこわい」
と、まるで相手にされていない。捕食種の威厳が地に落ちた瞬間であった。
「きゃおーー!たべちゃうぞ~~~♪」
さらには蜜柑ほどの小さなゆっくり魔理沙がそれの真似をする。
愉快だと思ったのか子ゆっくりたちはそれに唱和し、哄笑が響く。
親である巨大ゆっくり魔理沙はそれを微笑ましそうに見守っていた。
「ぎゃあぁぉぉおおおお!たぁべちゃうぞぉおおぉぉおおおお!!!!」
鉄格子を掴み、さらにがしゃがしゃと揺らす。真っ赤になって涙ぐんでおり、とても切羽詰まっている。
「あ~、こいつ、ゆっくりないてるよ~!」
「おお、こわいこわい。ぷぷっ。ゆっくりしてね!」
「う~~!こぁいこぁい!きゃっきゃっ♪ゆっくりぃ」
「ゔあ~~~!」
おちょくるようにゆっくりれみりゃの目の前を飛び跳ね回る3匹のゆっくり魔理沙。
怒り心頭のゆっくりれみりゃは鉄格子の間から手を伸ばしてめちゃくちゃに振り回す。
幸か不幸か、それがメロン大のゆっくり魔理沙に当たった。
「ぶぎゃっ!!」
頬が裂け、中身が飛び散り甘い臭いがあたりを漂う。
突然の惨劇に、世界が凍りついた。
ただ痙攣するゆっくり魔理沙1匹だけが動いていた。
「おねーーーちゃーーーーん!」
「あ~~~!まりさーーー!」
「もっと、ゆっくりじだっ~ひくっ」
それは辞世の句を言い切ることなく死んだ。
腐っても捕食種。
その膂力は被捕食種とは比較にもならない。僅かにかすっただけでも、衝撃で身動きがとれなくなるほどの明確な力の差。
捕食者たちは、被捕食者たちよりも単純に強いから、捕食者たりえる。
彼らは油断をするべきではなかったのだ。
「ぎゃおーー!たぁべちゃうぞーーー♪うあうあ☆あうあう★あ~~~」
それで溜飲が下がったのか、殺した喜びに踊るゆっくりれみりゃ。
かぷり。
機嫌よく踊るゆっくりれみりゃの足に蜜柑大のゆっくり魔理沙がかじりついていた。
「ゆぅ!ゆぅ!」
「うっう~~♪くしゅぐった~~い☆」
やすやすとそれを掴み取り、目の前で観察する。
「ゆっくりちね!ゆっくりちね!」
鬼のような形相で叫ぶゆっくり魔理沙。
「これおいち~?」
美鈴に問いかけるゆっくりれみりゃ。
「味見してみれば?」
「う~!」
それは名案だ!とばかりにぱくりとやった。
「ゆっぎゃぶっ!!」
顔面を縦に食いちぎられ、動かなくなる。
「う~、まっじゅい!ぺっぺ!ぽいするのっぽいぽい!!」
咲夜の用意する餌を味わったゆっくりれみりゃは野性へは帰れない。
舌が無駄に肥えて満足できなくなり、餓死するからだ。
ある意味麻薬の依存症に近いといえる。
咀嚼したゆっくり魔理沙の半分と、手に持っていた残り半分を檻の外に吐き捨て、投げつける。
ゆっくり魔理沙たちの眼前に末っ子の変わり果てた姿が叩きつけられた。
「どぉぢでぞんなごどずるのぉおぉ~~~っ!!!」
「あやまってよね!!ゆるさないけどっ!」
口々に跳ねて文句を言う二匹のゆっくり魔理沙たち。
しかしゆっくりれみりゃはそれをまるで意に介さない。
「他のを味見してみれば?プリンがあるかもよ」
美鈴の魔性の囁き。
効果は抜群、ゆっくりれみりゃの目がぎらぎらと輝きだした。
「う~!ぷっでぃ~~~ん♪」
がしぃっ!っと手近にいた、自分の頭と同じくらいの大きさのゆっくり魔理沙を抱え、早速中に引き込もうとする。
「ゆっ!やめてね!ゆっくりはなしてね!!おろして!ゆぎゅ!」
しかし、鉄格子の間隔はゆっくりれみりゃの頭よりも小さい。当然、引っかかる。
「う~?どおしてこっちこないの?うーーー」
理由を理解できないゆっくりれみりゃは、苛立ち紛れに力の限り引っ張る。
「むぎゅ~~~ん!やべでぇうっ!むりーーー!ゆっくりはみでちゃう~~~!」
「ま゛り゛ざの゛ごども゛ぉ!や゛め゛であ゛げでぇえ~~~!!」
っぽん!とでも聞こえそうな感じで、見事ゆっくり魔理沙は地獄へと入った。
勢いあまってすってんころりんと転ぶゆっくりれみりゃ。
ゆっくり魔理沙はそのときに放り出されたが、しかしそこは檻の中。
「そこはゆっくりできないよ!ゆっくりしないででてきてね!」
巨大ゆっくり魔理沙の悲痛な叫び。すでに2匹も我が子を目前で喪った。その子だけはっ!という願いがこもっている。
しかしここは悪魔の館。神はいない。
「あ~~~んむ」
両手で抱えられてかぶりつかれる。ぶるぶると震えている。
「う~、これぷっでぃんじゃない!いらない!っぽい!!」
外に投げ捨てようとするが、鉄格子に弾かれかえってきた。
それが気に入らなかったのか、拾っては投げ捨て、跳ね返ってきたのを拾って、また投げた。
ぼよんぼよんと鉄格子にあたる音と、食いつかれた箇所から餡子が漏れて地べたに降り注ぐ音がする。
「ゆ゛ぅ!ゆべっ!!ぼぶっ!もう!やっべ!!だべっ!!だべって!!」
「う~!ぽい!ぽい!ぽい!う~!なずぇもどってくるんでぃすか!?」
渾身の一投。
饅頭が潰れたような音がして、ゆっくり魔理沙は死んだ。
「う~、すっきり~♪」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」
絶叫。
巨大ゆっくり魔理沙の、子を喪った母の、身を引き裂くような叫び。
「まりさのがわいいごどもをゆっぐりがえじでね!」
檻に突撃する巨大ゆっくり魔理沙。
ぼむんぼむんと音がする。だが鋼鉄の檻はびくともしない。ただ揺れて鉄格子がいい音をさせているだけだ。
「うわ゙ーー!うあ゙ーーー!!ざぐやーーー!ざぐやぁぁあ~~~!!ごあいのがいでゅ~~~~!!!」
とはいえ、巨大な物体が自分めがけて飛んできているのを理解したのか、ゆっくりれみりゃは怯えていた。
檻の中に閉じ込められていなければ、危険な敵でもないのだが、これでは回り込むことも出来やしない。
このまま檻と共に潰されてしまうのでは!?とゆっくりれみりゃは感じていた。
「ぎゃおーーー!!れみりゃだぞぉ~~!!がおーーーーー!!きゃおぅ~~~~!!あ゛~」
威嚇は通じない。打つ手はなくなった。
巨大ゆっくり魔理沙は檻の上に乗り上げ、それを潰さんと飛び跳ねている。
怒れる母の力か、檻は徐々に地面にめり込んでいく。
当然ゆっくり魔理沙の体も無事には済むまいが、まったくと言っていいほどに意に介していない。
憎き仇を屠れるのなら、その身が劫火に焼かれても構わないという気迫がそこにはあった。
「これが鬼になった母の愛、か」
子を喪った女はたやすく鬼になる。美鈴はまさにそれを目撃したのだ。
ゆっくり魔理沙の体はすでに綻びが生じており、餡子がはみ出していない箇所など見当たらない。
眼からは餡子が流れ出しており、まさに血涙と言える様相だ。
体はゆがみ、皮膚はたわむ。じきに命の灯火が燃え尽きるに違いない。
しかし、ここは悪魔の館。神はいないが、悪魔はいる。
匂いに惹かれたのか、こうもりのような影が現れだした。
ゆっくりれみりゃだ。群れだ。6匹もいる。
それらがなおも跳ねるゆっくり魔理沙に群がり、食いちぎっていった。
「うー!うー!」
「あ゛っ!がえ゛ぜっ!あ゛っ!ま゛り゛ざの゛あ゛っごどもがえ゛ぜ!!あ゛っ!がえ゛ぜぇえ゛っ!!」
「うー!うー!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!じゃま゛じな゛い゛でっ!!じゃま゛ずる゛な゛っ!!ゆ゛っぐり゛ぢね゛っ!!」
復讐を邪魔されて憤るが、すでに身動きはとれない。
食いでのある餌を、がつがつと遠慮なくむさぼるゆっくりれみりゃの群れ。
やがて、檻の上には大きな帽子と6匹のゆっくりれみりゃだけが残った。
檻の中のゆっくりれみりゃは揺れがなくなったので安心したのか、飛んでいるゆっくりれみりゃに手を広げている。
「ぎゃおーー♪れ・み・りゃ~~~♪」
その声が、腹ごなしに思い思いに空を飛んでいたゆっくりれみりゃの耳朶を叩いた。
忌むべき「尻尾もち」の声だ。
6匹のゆっくりれみりゃの眼が赤光を放つ。
それは、被捕食種のゆっくりであれば金縛りにあう、吸血鬼の持つ猫眼の呪縛のようなもの。
檻の中のゆっくりれみりゃは、その輝きに剣呑なものを感じた。
「うーーー!!」
一匹が、檻のゆっくりれみりゃ目掛けて突進する。
しかし鉄格子にはじかれる。
驚いたのは檻の中のゆっくりれみりゃだ。仲間だと思い声をかけたのに、返されたのは敵意に染まった攻撃だったのだから。
一匹目にならい、つぎつぎと突進するゆっくりれみりゃ。
鉄格子にあたり、地面に滑り落ちるも、すぐさま飛び立ちまた襲い掛かる。
がしぃん。がしぃん。がしぃん。
6匹は鬼気迫る形相で檻の住人をにらみつけていた。
「ぎゃ、ぎゃおーーー!たべちゃうぞーーー!!」
怯んだゆっくりれみりゃは腰が引けつつも威嚇する。それがいけなかった。
その瞬間すべり、足が鉄格子からはみ出してしまった。すぐに起き上がればよかったのだが、
「うー、いたいいたい」
と、暢気に痛がっている。
その投げ出された両足に、獲物を目掛けて突撃する隼のような勢いで、2匹のゆっくりれみりゃが襲い掛かった。
「うあーーーー!!」
脛にかじりつかれて叫ぶ。
2匹を追い払おうと手を伸ばすが、今度はその両手に別の2匹が群がってしまった。
「うあー!!うあーーー!!」
泣き叫ぶゆっくりれみりゃ。
しかし噛み付いてる4匹はそのまま羽ばたき、檻から引きずり出そうとしている。
四肢を持ち上げられるゆっくりれみりゃは、当然のことながら、両手両足の間にある鉄格子にぶつかり、体がめり込んでいく。
「む゛ーーー!む゛ぅ~~~っ!!」
美鈴はそれを楽しそうに見ている。みりめりという音が聞こえた。
「あ゛っーーー!」
四肢が根元から千切れた。両腕は肩口から醜い断面を見せているし、両足も同様に付け根からとれている。
だるまになったゆっくりれみりゃは、檻の底に落ちた。
「ぶぎゅぇっ!」
見ると、正中線にそって鉄格子の跡がついている。
四肢を咥えた4匹は飛び上がり、それらを放り投げた。
4つの手足が地面にたどり着くまでに、6匹がむらがり、それを無残にも無数の肉片に変えた。
「う゛わ゛~~!れ゛み゛り゛ゃの゛!れ゛み゛り゛ゃの゛ぉお゛、お゛、お゛、お゛~~~!!」
芋虫のような状態でそれを目撃したゆっくりれみりゃが叫ぶ。
昼食の際、腕や足を粉砕されたときは、自意識過剰な修辞を用いていたのだが、さすがに衝撃が強すぎたのか、上手い例えが見つからないようだ。
もぞもぞともがくが、付け根から切断されて満足に動けるわけもなく、気持ち悪い蠢動を続けている。
「うごけないーーー!だっこーー!れみりゃだっごぉ~~!!」
「ゆっくりしね!」
「い゛ぎぃっ!」
見れば鉄格子にべったりと張り付いた6匹のゆっくりれみりゃが、血走った眼で凝視していた。
「ゆっくりしね!!ゆっくりしね!!!ゆっくりしねぇっ!!!!!」
それぞれが口々に叫んでいく。間断なく叩きつけられる、死を命じる唱和。
耳を塞ごうにも腕がない。逃げようにも足がない。唯一の救いは檻の中にいることだ。
そうでなければ、ダルマのゆっくりれみりゃはすでに四肢と同じ末路を辿っていた。
ゆっくりれみりゃの足りないおつむでも、それは容易に想像できた。
「ゆっくりしねっ!ゆっくりしねっ!ゆっくりしねっ!ゆっくりしねっ!」
「あ゛~~~!やべでっ!!やべろぉ!!れみりゃ、うーーーッ!!!」
「ゆっくりしねっ!ゆっくりしねっ!ゆっくりしねっ!ゆっくりしねっ!」
「れみりゃ、うーッ!れみりゃ、うーーッ!れみりゃ、うーーーッ!」
何も出来ない状態で仰向けになり、頭を思い切りぶん回して叫び続けるゆっくりれみりゃ。
死ね!という言葉を聴かないように叫んでいるが、数の差がありすぎて意味がなかった。
聞きたくないのに聞こえる。耳を塞ぎたいのに腕はない。逃げたいのに足はない。
咲夜に助けを乞う余裕もなかった。
「ゆっくりしね!!!」
「うーーー!」
涙と鼻水と嫌な汗で水溜りができている。いや、下半身のあたりまで及んでいることからお小水も出ているのだろう。
助けは来た。神の助けではない。紅い髪の悪鬼の助けだ。
「はーい、そこまでー」
「うあー!うあー!!」
首をめぐらせて檻の外を見ると、美鈴が6匹を捕まえていた。
12枚の羽を摘んでいて、そこからぶら下がっている。
さらに彼女は羽を毟って口にした。
「んー、なかなか」
「うあー!うあー!」
仲間が喰われたのを見て、とたんに泣き出す5匹。
凄い勢いで、次々と美鈴の胃の中におさめられていく。
健啖ぶりを見せ付けた美鈴は、腕を伸ばし、ダルマゆっくりれみりゃの頭を外に近づける。
「あんたも夕飯があれだけってのは腹が減るでしょ」
「もぐぁっ」
千切った肉まんを無理やり口に入れた。そのまま飲み込むまで口を塞ぐ。
「むーむー!」
泣きながら咀嚼し、飲み下す。
「はい、どんどんっ♪はい、どんどんっ♪」
飲み込むと見るや、次々と食べさせられる同族の肉。
ゆっくりれみりゃはただそれを食べることしか出来なかった。
夜。
咲夜の部屋に戻されたゆっくりれみりゃは、檻の中で独りさめざめと泣いていた。
四肢はすでに戻っている。だが痛みにこらえられないと言うように声をあげて泣いていた。
いつものように泣き叫んでいるのではない。
鼻をすすり、嗚咽が漏れるのを抑えるような、そんな心の真ん中から次々と何かが染み出してくるような泣き方だ。
咲夜はいない。
レミリアに付き従っている。
暗い部屋で独り泣くゆっくりれみりゃ。外のざわめきを恐れ、檻の真ん中で縮こまり、頭を抱えてぷるぷると震えていた。
助けを呼ぼうともしていない。夜は助けを求めても意味がないと悟ったのだろうか。
ただゆっくりれみりゃの泣き啜る声が、咲夜の部屋に染み入るように消えていった。
次の日から、ゆっくりれみりゃの地獄の日々が始まったと言えよう。
咲夜と触れ合えるのは朝の少しの間だけ。
これは檻に入れられる前からも同様だったのだが、そんなことはゆっくりれみりゃには関係なかった。
咲夜が自分に構ってくれなくなっているとしか思えなかった。
さらに昼にはあの妖精メイドが餌を持ってくる。
どこかおかしい彼女は、慇懃に勤めを果たすが、ほんの些細な粗相も許さず、即座に激昂し乱暴を働いた。
それが嫉妬から来るものだとはゆっくりれみりゃには理解できないことだった。
殴られ、千切られ、潰された。
日を重ねるに連れて、粗相をせずに食事を済ませるようになっていったが、そうなると今度は箸にも引っかからない様な些細な事で激昂した。
そのことを咲夜に言いつけても、よほどの信用を得ているのか、罰せられたことは一度もなかった。
たまに外に連れ出されても、檻から自由になることはなく、また美鈴は常に眠っているので退屈なことこの上ない。
それに毎回ゆっくりれみりゃが飛んできては、檻の中を見るなり激しく攻撃を加えてくるのだ。
ゆっくりれみりゃにはそれが何故なのか理解などできなかった。
ただ怖くてつまらない思いしかしなかった。
やがて、ゆっくりれみりゃは昼食を必要ないと言ったり、外に出たくないなどと言い始める。
外出はともかく、咲夜が自分のペットが衰弱するのを好むはずもなく、昼の餌やりが変更されることはなかった。
咲夜の部屋で、咲夜を求めるも、怖い妖精がやってくるのをただただ待ち続け、移り変わる空をただただ見上げるだけの日々。
閉塞した日常が蝕み、変化を求める。
だが、ゆっくりれみりゃは外に出たくない。けれど、外に出たい。
そんな矛盾した思考が綯い交ぜになっていた。
ある日、昼に時間の出来た咲夜が餌をやりに部屋へ戻った。
ゆっくりれみりゃは、どうせいつもの怖い妖精メイドだろうと、倦んだ表情で扉を向く。
その瞳は銀髪のメイドの姿を認めたが、その表情はうかないままだ。
「餌よ、食べなさい」
「う~、いたぁきます」
「あら、随分とお行儀がいいのね」
きちんと両手を合わせて皿に向かって言っている。妖精メイドによる教育の賜物だった。
檻の前に置かれた皿の前に座り、手を伸ばす。
まず掴んだのはバターロールだ。それをもたもたと千切っては口に入れ、また千切っては口に入れた。
その様子に驚いた咲夜はじっと見つめていた。
「おいしい?」
「うー……おいちい。……ごっちょぅさま」
バターロールを食べ終えると、静かにそう言った。
皿の上には他にもマッシュポテトやベーコン、さらにはデザートのチョコレートムースがあったが、それには目もくれずにじっとしていた。
「もういいの?」
「う~、おなかいっぱい。う~、ごちょうさま」
咲夜はその精彩を欠いた様子が気になり、掌を額に当てた。しかし、とくに異常な発熱があるわけではなかった。
そもそも、ゆっくりが病気になった際に、治癒のために体温を高める機能があるのかどうかも知らなかった。
「そう。今日は天気もいいからお外に出してあげましょうか?」
「いぁない。う~」
即答だった。
「あら、どうして?以前はあんなにお外に出してって言ってたじゃあないの」
「う~、いぁない。おそといぁない」
「ぽかぽかしてて暖かいわよ」
「うあ~~!いぁないの!おそとなんかいぁないっ!!ぽいするの!ぽいっ!!!う゛あ゛~~~!!!!」
激発するゆっくりれみりゃ。
咲夜は、そのむずがる様子をただじっと見つめていた。癇癪を起こすのは、ゆっくりれみりゃ特有のものだからだ。
ただ泣きじゃくるゆっくりれみりゃの濡れた頬をそっと撫でて、ぺろぺろキャンディーを檻の中に置いて部屋を出て行った。
「うぁ~~~ん!おそとなんてぽいするのっ!!ぽい!」
次の日、月が皓々と冴えわたる夜、美鈴は館の見回りをしていた。
外壁を伝って一周するだけでも30分はかかる作業。警戒は怠らずに月と星と流れる雲を眺めて歩いていた。
そのまま咲夜の部屋のあたりを通りかかると、くぐもった声が聞こえた。
「?」
耳を澄まし、気配を探る。行き倒れた人間かもしれない。そう思いつつ浮かび上がると、それは咲夜の部屋から聞こえてくるようだ。
窓から覗き込むと、檻の中でゆっくりれみりゃがうずくまって震えていた。
美鈴は、昼に妖精メイドがゆっくりれみりゃをいびっていることを知っていたから、どうせまただろうと思った。
夜中に忍び込むとはなかなかに肝が据わっている。とも思った。
しかし部屋のどこにも妖精メイドは見当たらない。
「ま、いいか」
所詮ゆっくりれみりゃだ。美鈴は地に足をつけ、見回りを続行した。
月の光気を浴びる美鈴の頭に、ゆっくりれみりゃのことはすでになかった。
事件は夜明けに起こった。
いつものように自室に戻った咲夜が見たものは、目玉を抉り取られて震えているゆっくりれみりゃだったのだ。
眼が再生するそばから抉っていったのか、檻の中にはいくつもの眼球が点々と転がっていた。
それらには生々しく肉片や野菜の欠片が付着していた。
慌ててゆっくりれみりゃを抱き起こすと、その顔は目元がぐしゃぐしゃになっていた。
くりくりとしたお目目があった場所は、もはやそれが顔だとは思えないほどに崩れていた。
再生が阻害され、皮がおかしな風に癒着したのだろう、皮膚を摘んで捻り上げたかのように歪んでふさがっていた。
ぐちゃぐちゃにかき回されたような傷痕はとても痛ましい。
ゆっくりれみりゃが二度と光を見ることはないだろう。
「う、う~。……うー」
「ゆっくりゃ!聞こえる?ゆっくりゃ?」
「ざ、ざぐやぁ~」
「言いなさい、誰がこんなことをしたの?」
「う゛、う゛~。おそといぁない!おそとぽい!!ぽいぽい!!ぎゃおーーー」
咲夜は奔走した。
かつて美鈴が惨殺した時とは場合が違う。事は咲夜の部屋で起こったのだ。
夕方に仮眠と着替えに戻ったときはいつもどおりだったから、それは夜中に行われたに違いない。
しかも夜はレミリアが覚醒している。
レミリア狙いの者が万が一にも侵入したとて、咲夜の部屋の檻の中のものを害する理由がない。
内部の、妖精メイドか?そう思った。
一向に有力な情報が集まらない中、決め手となったのは美鈴の証言だった。
「あー、そういえば深夜にゆっくりゃがうなってたのを聞いた気がしますねぇ」
その時、部屋には誰もいなかったという。
さらに言えば美鈴の警戒網は美鈴を中心に球状に広がっていて、外部だけでなく紅魔館の内部をも察知しているのだ。
夕暮れから夜明けまで、咲夜の部屋に入ったものはいないらしい。
「つまり」
「ゆっくりゃが自分でやったんでしょうねぇ」
「なにかストレスでも溜まってたのかしら?」
「ゆっくりの精神構造なんて、知ったことじゃないですよ」
「まぁ、たしかにね」
「本人に聞いてみたらどうです?」
「そうね。あなたも来なさい」
「ほえ?」
部屋に戻ると、あいかわらずゆっくりれみりゃは檻の真ん中に鎮座していた。
扉を開く音に驚いたのか、びくりと震える。
「う~、だれ?」
「私よ」
「さくや」
美鈴は何も言わない。咲夜だけだと思わせたほうがいいとの判断だ。
「聞きたいことがあるの」
「う~……」
「どうして目を抉ったの?」
「う~、う~~、う~~~」
うなり始める。すると、目のあった場所、今は只の歪んだ窪みになっているところから涙を流し始めた。
それにつれてだんだんと震え始める。見れば体中が湿っている。汗だ。
「う゛あ゛~~!おそとごぁい!!おぞどごぁいのぉ~~~!」
両手で頭を抱えて、左右に振れながら泣き叫ぶ。
「れみりゃ・う゛~~~!れみりゃ・う゛~~~!」
何かを恐れるように両手を振り乱す。
「あ゛~~~っ、れみりゃきぢゃいや~~~!!れみりゃごないでぇえぇ~~~!!ぎゃう~~~!」
その脳裏には、きっと自分を喰い殺さんとするいくつものゆっくりれみりゃの姿が映っていたのだろう。
どてどてとよろめきながら逃げるように檻の中を動く。
「落ち着きなさい。ここは外じゃないわ。ここに怖いものはないの」
咲夜が優しく告げる。
「おぞどごわいっ!おぞどでだいっ!!ごわいぃ!!でだいぃのぉお!!うぎゃぁぅ~~~!」
「?」
怖いのに出たい?それとも、出たいのに怖い?
「おぞどなんかいぁない!ぽいっ!!なくなっちゃえぇ!!ぽっぽい!!」
「なぐなんないっ!!ぽいしてっ!!ぽい゛すりゅのっ!!な゛ん゛でぽい゛じでぐん゛な゛い゛ん゛の゛ぉ!?」
「なぐぢでっ!おぞどなぐぢでぇっ!!!」
恐怖に塗れたゆっくりれみりゃの叫び。
「やめなさいっ!ゆっくりゃ!!」
咲夜の制止。
二人は、まさに目元を掻き毟って抉っているゆっくりれみりゃの姿を見た。
「ぎゃう~~~!ぎゃうおおおおおおおおお!!」
しかしゆっくりれみりゃは止まらない。指先はひしゃげ、そして顔面は新たな傷痕を刻み付けつつある。
「美鈴!」
返事をする暇も惜しいのか、美鈴はすぐさまゆっくりれみりゃの額に人差し指を当てて失神させた。
糸が切れたように崩れ落ちるゆっくりれみりゃを、優しく受け止め寝かせる。
ゆっくりれみりゃが美鈴に優しくされたのは、これがはじめてであった。
「結局、外に出たいけど、怖いから外に出たくないって言う葛藤みたいなのがあったんでしょうかねぇ?」
「さぁ、ゆっくりの考えはわからないわ」
「ペットでしょうに」
「ゆっくりはゆっくりよ。まぁ、私の部屋に窓が無ければ、ああはならなかったんでしょうね」
「見えているから欲しくなる、欲しくならないためにはそれが見えなければいい」
外の世界は何をしたってなくならないのだから。
「で、本当にいいんですか?」
「ええ。やって頂戴」
咲夜と美鈴は、ゆっくりれみりゃを連れて紅魔館の門前にいる。
もちろん、ゆっくりれみりゃは檻から出されていたが、まだ気を失っている。
美鈴は横たわるゆっくりれみりゃの、痛ましい傷痕を覆い隠すように掌を当てる。
そこから発せられる優しい波動。
ゆっくりれみりゃは死んだ。
「咲夜さんは、また、別のを飼うんですか?」
「ええ、可愛らしいもの」
趣味がわりぃ。
美鈴はそう思ったが、おくびにも出さない。
咲夜が亡骸に触れるように屈み、その指で、もう動かないほっぺをつつく。
わたしのペットはよいれみりゃ。
目はぷっくりと色白で、開いた口もと愛らしい。わたしのペットはよいれみりゃ。
わたしのペットはよいれみりゃ。
歌を唄えばねんねして、独りでおいても泣きません。わたしのペットはよいれみりゃ。
紅い館の前で咲夜の歌が悲しげに朗々と流れていった。
終わり。
これにて終了です。
長さに見合う面白さがあるか?
と問われれば首を捻るしかありませんが、お楽しみいただけたのならば幸いです。
著:Hey!胡乱
最終更新:2008年09月14日 05:28