「おじさああん!ゆぐっ!ゆっぐりだすけてね!いだい、いだいよおおお!!」
朝、俺が畑に出てみると、一匹の子まりさが身動きもせずに泣き叫んでいた。
「・・・何やってんだお前。助けるって、何を」
「うごけないのおお!!あんよに、なにか、ささってるよおお!」
うん、なるほど。俺は一人で納得した。
まりさの足元には、ホワイトアスパラガスを栽培していたのだ。
「ゆぐっ!ぬけないよ!はやぐたすけてえええ!!」
ご存じの方も多いだろうが、ホワイトアスパラの特徴は土をかぶせて栽培することだ。
日光に当てて栽培すると、緑色素が多くなり普通のグリーンアスパラになる。
このまりさは土の下に隠れたホワイトアスパラに気付かず、上に跳び乗って刺さってしまったようだ。
「どれ、ちょっと見せてくれ」
俺はまりさの頭をつかみ、刺さっているであろうアスパラを軸に半回転させた。
「ゆぐりゅっ!いだ、いだあああ!!」
実にきれいに刺さっている。底面のど真ん中に、垂直にだ。
普通こんなことにはならず、アスパラが折れるかどうかすると思うのだが。よほどうまく跳び乗ったらしい。
「はははやくう!ぬいでええ!!」
昨日の時点でアスパラは10cm弱まで育っていた。まりさの身長は20cmくらい。
体の半分まで刺さっている。そりゃ自力で抜けないわな。
「・・・よく考えたら、何でお前ここにいるんだ。おい、いつ、何のためにこの畑に入った」
「そんなのどうでもいいからはやくぬいてよおおお!!なんなの?ばかなの?しぬの?」
「いいから答えろ。答えないと抜く前に叩き潰すぞ」
「ゆうううぅぅっ!?」
まりさは話し始めた。
昨日の日没頃、家族みんなでここに野菜を食べに来た。みんな野菜を食べてしあわせーだった。
まりさは他にも野菜がないかと探していて、土の山を踏んでしまった。
すると何かが刺さり、身動きが取れなくなってしまった。
家族は気付かずにまりさを置いて帰ってしまった。
「・・・要するに畑荒らしじゃねーか」
辺りをよく見てみると、あちこちの苗にゆっくりの歯形が。
「やってくれたな・・・俺が丹精込めて育てている野菜を・・・」
「おやさいさんはかってにはえてくるんだよおお!?
それよりいいかげんにしてね!ゆっくりしすぎだよおお!!」
情状酌量の余地無し。殺す。
引っこ抜いて叩きつけてやろうと手を伸ばしたが、ふと考えついた。
このままにしておくのも面白いかもしれない。
「いや、そのままゆっくりしててくれよ」
「ゆううう!?どぼしでそんなごど・・・」
「いちいち土かけるのが面倒なんだよ」
アスパラは気温が上がりさえすればどんどん生長する野菜だ。
暖かいゆっくりの体内ならすくすくと伸びていくだろう。
「ゆううう!いかないでえええ!ゆっくりしていってよおお!!」
俺は真っ青な空を見上げた。今日はいい天気になりそうだ。
時折響くゆっくりの叫び声を聞きながら、いつも通り畑仕事に励んだ。
翌朝。俺は一番にまりさの様子を見に行った。
「さむいよ・・・おなかへったよ・・・」
かなり参っているようだ。
一昨日の夜から何も食べていないし、春とはいえまだ相当冷え込む夜に二晩も放置されていたのだ。
「まりさ、調子はどうだ?」
「おじさああん!はやぐ!はやぐだずげっ・・・いだいいい!!」
それでも俺が近づくと激しく反応した。まだまだ餓死することはなさそうだ。
「どこか変わったところはないか?頭が痛くなったとか」
「ゆゆっ!あだまいだいよ!がんがんするよおお!!」
アスパラも順調に生長しているらしい。そのうち頭頂部を突き破って出てくるかな。
「だすげて!おじさん!ゆっぐりさぜて・・・」
「はい、じゃあ今日も一日そのまま頑張ってね」
「どぼじでええええっ・・・!!いだいいいい!!」
今日も空は雲一つ無し。一生懸命働こう。
また翌朝。拘束3日目となるわけだが、どうなっているだろうか。
アスパラ畑の中にぽつんと黒い帽子が一つ。まりさは――
「ゆっっkぐりぃしゅでやぁtぱrrr・・・」
――壊れていた。
聞くところによると、ゆっくりには中枢餡というものがあって、それが思考や行動の全てを司っているらしい。
おそらく生長したアスパラがそれを傷つけてしまったのだろう。
しかしこれじゃもう面白くないな。楽にしてやるか。
そう思っていると、遠くから声が聞こえてきた。
「おちびちゃああん!!どこおおお!!」
「おねーちゃああん!ゆっくりへんじしてええ!!」
俺は近くのビニールハウスの陰に隠れた。
「ゆーっ!おちびちゃん!まりさ!おちびちゃんがいたよおお!!」
「ゆっ!ほんとうなのぜ!?」
ばいんばいんと跳ねてきたのは成体れいむ。少し遅れて成体まりさや子れいむ数匹もやってきた。
「おちびちゃん!ごめんねぇ・・・さびしかったでしょおお・・・」
やはり子まりさの家族のようだ。身動きのできない我が子に声をかける親れいむ。
しかし、返ってきた言葉に硬直した。
「ゆぷっkりあやkきあううう・・・」
「・・・・・・ゆ?」
「・・・ど・・・どうしたんたぜ!?」
「ゆゆyゆyyがp・・ゆぎゃああ・・・」
子まりさの目玉はぐりんぐりんと回転し、口は無意味にガッパンガッパンと開閉する。
「おねーちゃん・・・こわいよ・・・」
「どどどどうしたのおちびちゃん!しっかりしてえ!ゆっくりしてええ!!」
「ゆbぶbbbぶbううb」
明らかに異常な子まりさの様子を見て、一家は怯え始めた。
「おねーちゃん!ゆ・・・ゆっくりしてえ!」
「ゆぎゃーん!!こわいよおおお!!」
「ゆ・・・ゆうっ!おちびちゃんのあんよになにかささってるよ!
まりさ!みんな!たすけてあげるよ!」
親れいむは異常の根源に気付いたようだ。だが、他の家族はすっかり怖じ気づいてしまった。
「こんなの・・・おねえちゃんじゃないよ・・・」
「ま、まりさのおちびちゃんはもっとゆっくりできるんだぜ!こんなのしらないんだぜ!」
「どぼじでそんなごどいうのおお!?はやくたすけてあげないと・・・」
「まりさのゆっくりできるおちびちゃんたち!あっちにおやさいさんをたべにいくんだぜ!」
「「「ゆーっ!!」」」
離脱する親まりさと子れいむ達。あとには親れいむと子まりさだけが残った。
「ゆくっくっくrrrれれr・・・」
「・・・ひ、ひどいよおおおお!おちびちゃん!れいむがなおしてあげるからね!ぺーろぺーろ!」
「本当にひどいなお前ら。家族だろうが」
「あんなのかぞくでもなんでもないんだぜ!
それよりいまからむーしゃむーしゃするから、じゃましないでほしいんだぜ!」
「あ、そ。ところで、2日ほど前にもここで野菜食ったよな?」
「ゆゆっ?どうしてしってるんだz・・・ゆぎゃああああ!!」
「いやあああああ!!」
「やべてええええ!!」
不埒なゆっくり達の頭を叩き割って戻ってきてみると、親れいむはまだ子まりさの顔を舐めていた。
「ぺーろぺーろ!おちびちゃん!しっかり!」
「ゆp・・・おが、おがーsy・・・」
何と、子まりさはわずかに反応している。
「ゆっ!そうだよ!おかーさんだよ!ぺーろぺーろ!」
舐めるのに夢中な親れいむの背後に忍び寄り、スコップを脳天めがけて振り下ろす。
「ゆぶぺっ!!」
顔面と後頭部がきれいに分かれた。親れいむは舌を突き出したまま、白目をむいて頓死した。
「おが・・・しゃん・・・ゆっぐ・・・」
子まりさはだいぶ落ち着いていた。まさか、治るのか?
俺は家からオレンジジュースを取ってきて、子まりさにかけてみた。
「ゆpッ!ゆくっ!ゆっ!・・・ゆっくり!ゆっくりしていってね!」
「・・・ああ、ゆっくりしていってね」
俺は半ば呆れていた。人間で言う脳髄を傷つけられたはずなのに、オレンジジュースで治ってしまった。
「ゆっ?いまおかーさんがいたよう・・・なあああああ!!」
眼前で真っ二つになっている母親に気付き、絶叫する子まりさ。
「ゆわあああ!!おかーしゃ・・・いだい!あだまいだいよ!おじさん!はやくぬいでええええ!!」
後遺症も無し。つくづく不思議な生き物だ。
俺は親れいむの死体を回収し、静かに立ち去った。
「ゆわああああん!ゆわあああああん!!」
オレンジジュースで元気になったまりさの泣き声が、夕方まで響いていた。
それからの日々は、まりさに「逆かかし」として過ごしてもらった。
「ゆーっ!おやさいさんがいっぱいだよ!」
「ゆっくりむーしゃむーしゃするよ!」
「ゆ?あそこにまりさがいるよ!」
「ほんとだ!いってみようよ!」
「ゆうううっ!おねーさんたち!まりさをたすけてええええ!」
「ゆうぅ!まりさのあしになにかささってるよ!」
「ゆっくりまってね!ゆっくりたすけるよ!」
「ゆうう・・・ぬけないよ・・・!」
「いだい!いだいよおおお!」
「ようまりさ。今日もご苦労さん」
「ゆぎゃああああ!おじさん!こないでええええ!!」
「ゆっ!おじさん!まりさをたすけてあげ・・・ゆぎゃああああ!!」
「れいむううう!!おじさん!なにするの・・・ゆげえええええ!!」
「おねえええさああん!!」
- このように、畑に侵入したゆっくりをまりさに引きつけてもらい、叩き潰す。
この方法のおかげで、畑の被害は激減した。
5日おきに、オレンジジュースを文字通り浴びるように飲ませてやれば餓死することはない。
雨の日はちゃんと透明な箱をかぶせて守ってやる。オレンジジュース代がかさむが、畑の被害に比べれば安いもんだ。
だんだんとまりさは精神をすり減らしていき、助けを求めるとき以外は黙ってじっとするだけになった。
まれに涙を流しているときもあったが。
そうして2週間ほどが経過したある日のこと。
「あ゛あ゛あ゛っ・・・あ゛あ゛」
突然まりさが呻き始めた。畑仕事を中断し、様子を見に行ってみた。
「あ゛あ゛っ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
虚空をぼんやりと見つめ、ただひたすらに呻いている。
また中枢餡がやられたか、と思ったがどうも違うようだ。
俺は少し考え込み、あることに思い当たった。
まりさの帽子を持ち上げる。
「あ゛あ゛あ゛・・・おぼうし・・・やめて・・・」
頭頂部からアスパラの白い先端が1cmほど飛び出ていた。
「貫通、おめでとう」
「・・・・・・」
このアスパラは20cmを超えたわけだ。やはり他のに比べて生長が速い。
これはもうそろそろ収穫だな――
「・・・ごろじて」
――と考えていると、まりさがぼそりと呟いた。
「もう・・・ころして」
また少し考え込んだあと、俺はまりさの頭に帽子を返した。
「まあ、もうちょっとゆっくりしていけよ」
「いや・・・やめて・・・」
「今日はジュースの日だったな。飲んで元気出せよ」
「もう・・・いやだよ・・・やめてね・・・」
個人的に興味があるので、もう少しこのままにしてみよう。
俺はオレンジジュースを取りに家に戻った。
「ゆーっ!おやさいさんがいっぱいだよ!」
「ゆっくりむーしゃむーしゃするよ!」
「ゆ?あそこにまりさがいるよ!」
「ほんとだ!いってみようよ!」
「おでーざんだぢ!ごないでね!ゆっぐりしないでにげてね!」
「ゆう?どうして?」
「ゆっくりできないおじさんがいるよ!ゆっくりできなくなるよ!」
「ゆゆ!だいじょうぶだよ!れいむはれみりゃよりもつよいんだよ!」
「やべて!ゆっぐりしないでにげてね!」
「いやー、毎度毎度ご苦労さん」
「いやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ゆっ!ゆっくりできないおじさんだね!」
「れいむにまかせてね!ぷくー・・・ぶびゅうううう!!」
「れいむうううう!!・・・ゆぎゃああああ!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
また2週間が経過した。ホワイトアスパラ達は軒並み20cmを超えたので収穫していった。
しかし、まりさのアスパラはそのままだ。
「おねがい・・・ころして・・・」
そう言い続けるまりさの頭の上の帽子が、何だか少し浮いてるように見える。
ついに来たか。俺、何だかワクワクしてきたぞ。
次の日には、はっきりと目に見えて浮いていた。
伸びたアスパラが、まりさの三角帽子までをも押し上げ始めたのだ。
「おぼうしさん・・・まって・・・ゆっくりしていってね・・・」
まりさも気付いたが、どうすることもできない。
幸か不幸か、この日から3日続けてゆっくりの侵入はなかった。
アスパラはじわじわと伸び、帽子とまりさの頭との距離は5cmくらいになった。
「ゆーっ!おやさいさんがいっぱいだよ!」
「とかいはなところね!ゆっくりむーしゃむーしゃするわ!」
「ゆ?あそこに・・・『ゆっくりできないゆっくり』がいるよ!」
「ほんとうね!いくわよれいむ!」
「ゆうううう!!やべてえええええ!!」
「ゆっくりできないゆっくりはさっさとしんでね!」
「いなかものはいなかものらしくしんでね!」
「ゆぎゃあああ!!いだ、いだいよおおお!!」
俺はまりさが攻撃されるのを陰から見ていた。
たった5cm先に帽子があろうとも、飾りを持っていないゆっくりとして認識されるらしい。
アスパラに磔にされたまりさは、為す術もなく嬲られ、絶命した。
長い間ありがとう、まりさ。お前のくれたアイディアと死は無駄にはしない。
「ゆっ!これでゆっくりできるね!」
「そうね!おやさいさんをたべ・・・ゆぎゃあああああ!!」
どちらかというと脆そうなありすは叩き潰した。
「ゆうううう!ありすうううう!!
ゆがっ・・・はなしてねおじさん!」
「逆かかし」の2代目は、このれいむに決定だ。
土台は別にアスパラでなくてもいい。何か金属棒でいいだろう。
もう一度まりさに深く感謝し、アスパラに引っかかっていた帽子を風に飛ばした。
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あとがき
アスパラ炒めてて思いつきました。
過去作品
最終更新:2009年06月12日 02:02