それはかすかな音だった。
だが俺は農夫として長くこの畑で働き続け、『やつら』と長い間付き合ってきたため、
その音を聞き漏らすことはなく、その発生源をすぐさま特定できた。
気配を殺し、音のした方をそっと探る。
青葉のカーテンを掻き分けると、そこには数匹の
ゆっくりがいた。
「いい、ちびちゃんたち? 音を立てちゃだめだからね。ゆっくり、ゆっくり動いてね。
跳ねたりしちゃだめだよ? ゆっくり理解してね? そろーり、そろーり」
「おきゃーしゃんゆっくちわかっちゃよ……。しょろーり、しょろーり」
ゆっくりどもは囁くような声を交わしている。
ゆっくりにしては真剣な表情をして、用心深くしている。
ゆっくりどもの内訳は親れいむに赤れいむ二匹、赤まりさ二匹。計五匹の一家だった。
普通、狩り(畑荒らしを狩りとは認めたくないが)をするのはつがいのまりさであることが多い。
子連れで現れたことと併せて考えると、こいつはしんぐるまざーなのかもしれない。
しんぐるまざーはゲス率の高いことで知られている。親がゲスならその子供たちも当然ゲスだろう。
これは手ごわいかもしれない……。
「やあ! ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていっちぇね!」
相変わらずの愚かぶりに思わず苦笑が漏れてしまう。
元気よく返事してしまったゆっくり一家は俺の方を見上げて硬直している。
「に、人間さん! あ、あのね! 違うんだよ! れいむたちは!」
「問答無用!」
ゆっくりと会話することなど無駄以外の何物でもない。
どうせすぐばれる嘘かくだらない言い訳を延々と並べ立てられるだけだ。
俺は仕事道具の鎌を素早く親と思われるれいむの脳天に突き刺した。
「ゆぎっ! ゆぎぃぃぃぃぃ!!」
親れいむは白目剥いて口から泡を吹き出して悶絶した。
「おきゃーしゃんがぁぁぁ!」
「おきゃーしゃんゆっくちしちぇね! ゆっくちしちぇね!」
まず叩く。まず人間の優位性を蠢く饅頭どもに知らしめる。
そうして初めて会話が可能になるのだ。
もちろん、足止めも兼ねている。
「さあて。こいつらを教育してやるか」
俺はゆっくりの教育をしていた。
ただ駆除するのではキリがない。やつらはいくら潰しても際限なく増えやがる。
だから教育をすることにした。
畑に侵入すること、野菜を盗むこと、人間に敵対することがいかに割に合わないことなのかを、
いかに人間がゆっくりより強いのかを教え込む。
この世の掟を餡子脳に刻み込んでやる。
教え込んで森に放す。解放されたゆっくりは仲間たちにこの世の道理を教え諭すだろう。その変わり果てた姿は言葉以上に雄弁だろう。
これはゆっくりどものためでもある。
やつらも人間や畑というものについて認識を改めれば、無駄に儚い命を散らすこともないのだ。
俺は虐殺や虐待が好きなわけではない。
話のわかる善良なゆっくりならいたぶったりはしない。
酷い目にあわせるのはゲスだけだ。それも教育のためにしかたなく、だ。
制裁を兼ねた教育なのだ。
……実際にはなかなかうまくいかない。
やつらゆっくりに、農業の概念、土地の概念を教え込むのは難しい。
やつらにも縄張りの概念はあるのだが、広大な畑すべてが人間一人のものという状態が納得いかないらしい。
やつらにとっては畑とそうでない土地との境界線もよくわからないらしい。
そして、野菜は勝手に生えてくるものと信じて疑わない。
畑に現れるゲスゆっくりは一向に減る気配がない。
そういうわけで、ゆっくりたちにゆっくり理解してもらうにはかなり手荒な方法を使わなければならない。
「おきゃーしゃん! おきゃーしゃん!」
「お返事しちぇね! 元気になっちぇね! ゆっくちしちぇね!」
「びゅ……びゅ……びゅ……」
赤ゆたちは必死に親れいむを舐めたり励ましたりしている。
逃げたりはせず親から離れない。
涙ぐましい家族愛……に見えるかもしれないが、無力な赤ゆにとって親ゆは生命線だ。
もっと端的に言えば食糧供給源だ。
逃げないのは親から離れては生きていけないからだ。別にかばっているわけではない。
ゆえに、俺のような経験者から見ればこういった態度だけでゲスか善良かを判断するのは極めて危険と言える。
俺はいつも腰に下げているズタ袋を広げると、赤ゆっくりを一匹ずつ摘み上げて放り込んでいった。
「やめちぇね! ゆっくちさせちぇね!」
「おきゃーしゃんに酷いことしゅるにゃあぁぁぁ! ぷきゅうぅぅぅぅぅぅ!」
赤ゆどもは必死に膨れて抵抗するが、もちろん何の効果もない。
ゆっくりの威嚇ほど無意味なものはない。
ゆっくりが出現した当初は野生動物たちにある程度通用したらしいが、今では慣れられてしまったのか誰にも効果がない。
押しも押されぬ最底辺動物の地位を獲得したわけだ。おめでとう。
俺はすべての赤ゆを収容すると、空いてるほうの手で親れいむを無造作に掴み上げ、家へと運んでいった。