まりさつむりの記憶 (前編)
前編は愛で色が強めです。
べらぼうに長いです。が、骨格は序盤と終盤のみだと思います。
ゆっくり同士の戦闘シーンを含みます。
見かけた絵やSSの設定を新たに取り入れました。
全編通して改訂予定です。
ザザアァァ・・・ ザザアァァ・・・
ここは幻想郷の一角にある霧の湖の湖畔。波はゆっくりと砂浜に寄せては返っていく。
8月末。太陽が夏の終わりを惜しんで容赦なく照りつける時期だが、湖とその周辺は
一年を通して深い霧に覆われており、弱まった日差しの心地良い暖かさに包まれている。
月の頭脳の八意永琳、月の兎だった鈴仙、地球の妖怪兎てゐは揃ってこの湖畔を訪れていた。
てゐは水際で波と戯れて遊んでいる。暑い日々が続いていたためこの上無い気分転換となっていた。
永琳、鈴仙の二人は波の届かない草原に並んで腰かけ、何かを話し合っている。
ザアァァ・・・
波が引くと、砂浜のところどころでぽつんぽつんと小さな穴が現れ始める。
「鈴仙、そろそろよ・・・」
永琳が語りかけると、鈴仙は美しく長い髪を風になびかせながら砂浜に足を進めていった。
「ゆ・・・、ゆ・・・。」
鈴仙が砂浜に着くと、高さ15~40cm程、大小様々な巻貝の殻が十数個突き出てきた。
色は白や灰色が多いだろうか。ところどころで青く美しい縞模様の入った貝殻も見られる。
ふるふるふるっ・・・!
その生物は -ナマモノと言うべきか- 泥の中から全身を現わすと、一斉に身震いを始めた。
貝殻の口からのびる、長く黄金 (こがね) 色の髪にまとわりつく泥を跳ね飛ばす。
「「ゆっくりしていってね!!!」」
「「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」」」
落ち着いたところで、一斉に元気よくお決まりの挨拶を放つ。
本来の黒い三角帽ではなく貝殻を被っているものの、その姿は紛れもなくゆっくりまりさ達である。
「「「ゆゆ!ゆゆー!!」」」
「まりさゆっくりころがるよー!!!」
「ゆゆー!まってよー!」
彼女たちは波が去った砂浜の上で、ゆっくりと、思い思いに駆け回り始めた。
青く透き通る瞳が向きを変える度、霧の中から覗かせる太陽の光を照り返し美しい光景を醸し出す。
砂浜に散りばめられた宝石達- まさしくこの言葉が相応しい。
鈴仙は、群れのはずれできょとんとしている2匹のまりさに近づいた。
「「ゆっ・・・!」」
すると長い黄金の髪も残らず全身を貝殻に引っ込めてしまった。警戒心が強いらしい。
「おなか・・・すいたでしょ?」
鈴仙は腰を下ろすと、貝殻の前にそっと4匹の小魚を差し出した。
「ゆぅう?」
「ゆゆゆ?」
少し警戒を解いたのか、2つの貝殻から餅肌が姿を現した。
続いて顔を見せた後、ゆっくりと小魚を啄ばみ出した。
「「むーしゃ、むーしゃ!しあわせー!!!」」
怯えていたまりさ達に笑顔が戻る。
「お魚さんおいしかったよ!」
「まりさおなかすいてたんだ!」
「「お姉さんありがとう!!!」」
彼女達も類には漏れず、 青く透き通った瞳をぱちぱちさせながら鈴仙を見つめていた。
見つめ合っていると、思わず吸い込まれそうになる程である。
「ちょっとあなた達にお姉さんのお手伝いをして欲しいんだ。
ご褒美にご飯は沢山用意してあるのよ?どお・・?」
鈴仙がゆっくりと、優しく語りかける。
「ゆー?ちょっとまっててね!」
まりさ達はゆっくりと砂浜を這いながら、仲良く仲間達の元に向かっていった。
「「まりさあのお姉さんのお手伝いしてくるね!!!」
「「「「「ゆゆー?ゆっくりがんばってきてね!!!」」」」」
挨拶が済んだところで、再び鈴仙の元に這って戻る。
その健気な姿、鈴仙に眠っている母性本能が呼び覚まされる勢いである。
「ゆゆっ!!!ゆっくりお姉さんとがんばるよ!!!」
聞き届けたところで、鈴仙はまりさ達の髪を軽く撫でると1匹ずつ片腕で抱きかかえ、
空いている手指で泥を優しく落としていく。
「これからお姉さんのおうちに行くわよ。この中ちょっと狭いかもしれないけど、
ゆっくりしていていいのよ。」
鈴仙は竹の籠の底に濡れたタオルを敷き詰め、ゆっくりと1匹のまりさをその上に降ろした。
その上から中敷きをはめ込み、再びタオルを敷き詰めてもう1匹のまりさを降ろす。
「ゆー!ひんやりしあわせー!!!」
「ゆっくりまってるよ!!!」
作業を終えた鈴仙はゆっくりと竹籠の蓋を閉じて背負うと、師匠の元に歩き出した。
草原では永琳が手際よくノートに何かを記していた。
「師匠、2サンプル手に入りました。研究室に戻りましょう。」
「鈴仙、お手並み拝見させてもらったわ。あなたはいいお母さんになれそうね。」
永琳が笑顔を浮かべる。
「し…、ししょおー…。」
鈴仙はちょっと照れ臭そうだった。
「ご苦労様。てゐはどこに行ったのかしら…?」
てゐは引いた水際を追いかけて未だ波と戯れている。
「てーゐ!そろそろ帰るわよ!」
「えーもぉ…?はぁい…。」
てゐは少し不満そうだったものの、すぐに2人の元に駆け寄ってきた。
湖から遠のくと、帰り道の3人を再び容赦無い日差しに包まれる。
「サンプル…大丈夫かしら?」
「ええ。濡らしたタオルを敷いておいたのでしばらくは問題無いかと…。」
まりさつむり。
最近になって確認された、霧の湖周辺で確認された新種のゆっくりである。
外見的な特徴。
ゆっくりまりさの変種であり、黒い三角帽の代わりに巻貝の貝殻を被っている大福である。
成体は高さ40cm程。一般的なまりさよりも少し小さい。
青く透き通る瞳を持ち、ゆっくりありすと近縁の種でもある。
餡子の密度は大きく、耐水性の高い皮を持つ。水中で少々の傷を負っても平気である。
貝と異なり水中での呼吸機構を持たないため、幼生では溺れてしまうこともある。
性格など。
ゆっくりの中では優れた知能を持つが、非常に臆病な性格である。
見慣れない生物と遭遇したり、危険が迫るとすぐに貝殻の中に閉じこもる。
進化の過程で帽子を失いあらゆる種族のゆっくりを敵に回したが、
この性格が幸いして生き残ることができた。
普段は浅瀬の砂の中に身を潜め、小魚など水辺の小動物、海藻を捕食する。
天気が悪くない日中であれば、浜辺で仲間たちと戯れる姿を観察することができる。
きれいな石や貝殻、珍しいキノコを見つけると「これくしょん」として貝殻の中に蓄えていく。
ライフスタイルなど。
春から夏にかけてが繁殖期で、ピンポン玉大で硬い殻の卵を数個産む。
卵は親まりさの貝殻の中で大切に保護され、暖められる。
生まれたての幼生では帽子も貝殻も持っておらず、親のこれくしょんの中に適度なサイズの貝殻があれば
分け与えられる。成長する毎に貝殻をヤドカリのように乗り換えていく。
しかしゆっくりの進化、適応力は目覚ましい。
成長する間に、眠っていた帽子を成長させる能力を貝殻に転換してしまい、
ドス級の成長振りを見せる個体も確認されている。
興味深いことに、充分に成長した個体から生まれた幼生は生まれつき貝殻を持っている。
いずれは生まれつきの貝殻を持つまりさつむり達が「種」として繁栄していくだろう。
加えて最新の研究によると、まりさつむりと一般のゆっくりまりさ姉妹が生活していた痕跡が
発見されている。一般のゆっくり達の中に、進化したまりさつむりの血が混ざり始めている証拠となった。
ゆっくり達の間でも貝殻が髪飾りとして認識され始め、一つの種として認められたことが推測できる。
今回は、そんなまりさつむりが現れるきっかけとなったおはなし。
人里離れた魔法の森の奥深く、霧の湖の近くにとてもゆっくりしたゆっくり達の集落があった。
群れの個体数は100を超える程。近隣にもやや規模は小さいものの、十数個の群れがあるという。
この地域では勝手に動く人形が度々目撃され、その上対岸に紅い悪魔の館を望むため
人はおろか妖怪達もめったに姿を現さない。
じめじめした森の内部は苔と腐葉土に覆われた土壌で、ところどころキノコの密集地帯が見られる。
ゆっくり達の天敵となる大型の獣や鳥もこの環境には適さず、 この上ないゆっくりプレイスとなっていた。
この集落に住み本編の主人公のひとりでもある、一風変わったゆっくりまりさについて紹介しよう。
大きさはやや成人に満たない程度。しかし大人達に負けずとも劣らない狩りの達人でもある。
彼女には蒐集癖があり、森の中で見つけた珍しいキノコ、水辺で拾った綺麗な石や貝殻を
帽子の中に蓄えていた。とは言うものの彼女とそっくりな顔で (といったら失礼かも知れないが)
魔法の森に住まう白黒の魔法使いにも蒐集癖があり、帽子やスカートの中に
弾薬等の危険物を忍ばせているので何ら不思議は無いかもしれない。
良い子はマネしちゃだめだよ!!!
まりさは生まれて早くに両親を亡くした。
突如としてゆっくりゃの襲撃に遭い、その餌食となってしまったのだ。
そこで近所の年上のちぇんに狩りの仕方を教わり、めきめきと実力をつけていった。
とは言うものの姉妹も両親もいない身であったため、一緒にゆっくりできる相手はこのちぇんぐらいであった。
まりさはちぇんから一人立ちすると、一人で森を出歩くことが多くなっていた。
そしていつしか蒐集癖がつき、森で見つけた珍しい宝物を帽子の中に蓄えるのが楽しみの一つとなっていた。
森の中を散策していたある日のこと、死にかけていたありすを見つけて巣に運び込み、介抱していた。
何でも、元々は人里近くに住んでいたが、命からがら逃げて来たとのこと。
ありすはまりさに負担をかけさせたくないようで、多くは話したがらなかった。
ここで本編のもうひとりの主人公である、ありすについて紹介しよう。
彼女は人里近くの群れに住む、ありすとぱちゅりーの一人娘だった。
3月。人里の残雪もわずかとなり、リリーホワイトが頻りに春の訪れを告げていた頃――
そんなとてもゆっくりとしていたある日の事。
「むきゅ、ありす。大事な話があるの。」
いつになく深刻な眼差しの親ぱちゅりー。
「ぱちぇ、どうしたの?」
親ありすが頭を傾げる。
「もうぱちぇはこの先長くはないと思うの。だから・・。そろそろありすとの子供が欲しいわ。」
親ありすは突然の親ぱちゅりーの発言にカスタード脳をフル回転させていた。
この親ありす、長い間親ぱちゅりーと付き添ったこともあり、ゆっくりの中で知識は豊富だった。
そのため体の弱い親ぱちゅりーがすっきり、にんっしんすることは致命的である事も知っていた。
「じゃあ…。ありすがにんっしんすれば・・。」
「それはだめだわ。あなたが動けなくなっちゃうと子供達を誰も守れないわ。」
「ぱ、ぱちぇ…」
親ありすは今後の成り行きを予感して涙を浮かべていたが、気づけばぱちゅりーと頬をすり合わせていた。
親ぱちゅりーはにんっしんした。 胎生、しかも1匹だけであった。
栄養、愛情とも1匹の子に注ぐことになったのである。
親ありすは連日、愛する親ぱちゅりーと我が子のために懸命に食糧集めに奔走していた。
幸い植物達が一斉に芽を吹きかえし、虫達も春の陽気の中ゆっくりと飛び回る時期だったので
食糧は充分に確保することができた。
そんな日が1か月も過ぎようとしていた頃。
「む、むきゅっ、う、生まれるわ・・」
「ぱちぇ、がんばってね!!!」
親ぱちゅりーの下顎から蜂蜜色の頭が顔を覗かせる。ありす種である。
「も、もうすこしだわ!」
ぽんっ。
蜂蜜色が勢い良く飛び出す。
「「ゆっくりしていってね!」」
連日の疲れからか、両親のえくすくらめーしょんまーくは1つだけである。
「ゆ・・ゆっくりしていってね!!!」
子ありすの声を聞いた2匹は、今までの疲れも軽く吹っ飛ぶ思いであった。
親ありすが涙ながら、少し震えた声で叫ぶ。
「う、うまれたわぱちぇ…。なんてとかいはな子なんでしょう。」
ゆっくり特有のふてぶてしさは無く、透き通った青い瞳と控え目な口元が印象的であった。
子ありすの生育は順調だった。
胎生型出産としては大きくはないものの、至って健康である。
ぱちゅりーと餡子を分けたためか聡明であり、親達の教えをすんなりと飲み込んでいった。
しかし群れ自体は決して平穏ではなかった。
群れのれいむとまりさの一家が、作物の若い苗を啄ばもうと何度も人間の畑を襲撃していたのである。
親ぱちゅりーと親ありすは何度も注意して阻止しようとしたが、答えは決まっている。
「ゆっへっへ。まりささまがばかなにんげんどもにつかまるわけがないんだぜ。
それにあのくさはやわらかくておいしくて、さいこーなんだぜ。
ひとりじめしようとしてるの?そんなんじゃまりさだまされないぜ。ばかなの?」
いつ人間が襲いかかってくるともわからず、子ありすの身になにかがあったらと考えると
気が気では無かった。
6月も終わりかけようとしていた頃。
ありすの生後から3か月が過ぎようとしていたある日、運命は過酷な決断を下した。
畑から逃げてきたれいむ達を追ってきた人間により群れが襲撃された。
草原には火が放たれ、ゆっくり達は逃げ惑った。
群れはぱちゅりーの案で近くに作った緊急用の洞穴に逃げ込み、犠牲は最小限に抑えられた。
が、張本人のれいむとまりさは
「れいむがさいしょにひとざとにいこうっていったんだかられいむがわるいんだぜ!!!」
「どぼじでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!!ま゛り゛ざがざそっだんでじょぼおおおお!!!」
「ゆっ!!おきゃあしゃんけんきゃしないでゆっくちちてにぇ!!!」
「そうだ、あのぱちぇとありすがわるいんだぜ!!!まりさたちをとめなかったんだからな!!!」
「おかげでみんないえがなくなっちゃったじゃない!!!ばかなぱちぇとありすははやくしね!!!」
「おきゃあしゃんをいじべるやつははやくちね!!」
「そーだそーだ、はやくちね!!!」
普通であれば誰が悪いかなんて火を見るより明らか。
だけれどもそこはゆっくりブレイン。多数派の意見にまんまと流され、ありすたちの一家に
怒りの矛先が向けられる。群れのために避難用の洞穴を作ったのも彼らであったのに。
「ぱちぇとありすのせいでれいむのこどもがああああああ!!!」
「ゆっくりしね!!!ゆっくりしね!!!」
「ちーんぽ!!!」
「なかまをみごろしにするいなかもののありすはありすのかざかみにもおけないわ!!!」
両親のぱちゅりーとありすは、襲い掛かってくるかつての仲間と睨み合いながら、ゆっくりと後ずさりしていた。
「むきゅっ、ありす!このくぼみに隠れるのよ!」
母ぱちゅりーは目を合わさず小声でゆっくりとありすを諭した。
ありすにも母達の考えが伝わったようで、頬にうっすらと涙を浮かべる。
しかしありすもまた母達を愛しているため、ショックゆえに話すことも動くこともできずにいた。
「口で言っても聞き分けのないほうこそいなかものよ!!!
いつかいたい目見るがいいわ!!!」
母ありすが相手を挑発する。
「ありすはわたしにとってさいこうのとかいはのむすめだわ!だから・・・かならずいきのびて!」
母ありすは後ずさりしながら子ありすをくぼみの中に突き落とし、すかさずぱちゅりーが小石を敷き詰める。
更にくぼみをぱちゅりーが覆う。
「むきゅっ、むきゅっ・・・。持病の喘息が・・。」
もちろん子ありすの発見を少しでも遅らせるための演技である。
「ゆっはっはっざまーみろ!!!せいぎはかならずかつんだぜ!!!」
相手のまりさがありすにタックルを仕掛ける。それを皮切りに他のゆっくり達が一斉に襲いかかる。
老いも若きも幼きも・・。
子ありすの意識は次第に意識が薄れていった。
どれだけ時間が経っただろうか。他のゆっくりの気配は感じられない。
ありすは気を取り戻し小石を押し上げて外へ出る。
そこには、ぼろぼろになった三日月の紋章と赤いかちゅーしゃ、紫色と蜂蜜色の髪が僅かに残るのみであった。
目から抑えきれないほどのものがこみ上げてくる。
「ゆー・・ゆー・・・。おかあさん・・。おかあさん・・・。」
そして心の中でつっかえが外れたかのように、とめどなく大粒の涙をこぼす。
「どおしてなの…、どおじでえええぇぇえええぇぇ・・・」
両親がかつての仲間に滅ぼされるという運命は、幼い子ありすにはあまりにも過酷であった。
しかしゆっくりしている時間はない。
ありすは紋章とかちゅーしゃを拾い集めると、一心不乱に洞穴から駆け出し
かつて身を寄せていた集落から一目散に遠ざかっていった。
もう何も考えたくはない・・。でも今は生きなきゃ、生きなきゃ・・!
それが唯一可能な親孝行であった。
「ゆっゆっゆっゆっゆっ・・・」
ありすは息を荒げながら駆け続ける。両親からは決して人里には近づくなと教えられてきた。
直感的に反対方向、魔法の森の奥へと奥へと潜り込んでいった。
雨の日が続いていたものの、生い茂る木々に勢いを弱められた雨垂れはむしろ心地よいものであった。
見慣れない草や茸の姿が広がっていたが、親ぱちゅりーからの教えがあったため食事には困らなかった。
そしてありすが気付かない間に徐々に体に変化が起こっていた。
湿度の高い環境に身を置いたことに加え、魔法の森の生命力溢れる草や茸を食べ続けるうちに、
表皮は簡単に水には侵されないものとなっていた。
元からぱちゅりーから餡を分けられたこともあり、体内の密度が高いことも幸いしていた。
普通はじめじめした森の中、しかも梅雨の季節に長いことゆっくりがゆっくりしていると
皮はふやけて餡子は水気を増し、いずれは溶けてしまうだろう。
運よく生き残ったとしても、元々水気と糖分の多いゆっくりは黴や茸の菌床となるのが運命である。
更に夜中ともなれば得体のしれない妖怪や捕食ゆっくりがうろついているとも限らない。
暗くなるとありすは木のうろに身を隠して葉で入口を覆い体を休めた。
7月。ありすが森の奥深くでサバイバル生活を始めてから二週間が経った。
本格的な夏が訪れ幻想郷は強い日差しに包まれていた。
魔法の森の中では幾分かは弱められていたものの、気温の上昇までは止められない。
その上両親を失ったショックからありすは立ち直ってはいない。
精神的なストレスと高温多湿な環境が相まって徐々にありすは体力を奪われていった。
彼女は遂に動けなくなってしまい、木のうろの中でゆーゆーと弱々しく息を立てていた。
「おかあさん…ごめんね…。ありすがんばったけど、もうダメみたい…。ごめんね・・」
形見の紋章とかちゅーしゃを前に呟いていた。そしてありすの意識は徐々に弱まり・・
ザッザッザッザッ・・
何かが近づく。ありすは死を受け入れ、もはや恐怖は湧かなかった。
ガサガサッ
入口を覆っていた葉が取り払われる。れみりゃでも人間でもいい。
煮るなり焼くなり好きにするがいいわ・・・!
「ゆっ・・ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっ・・。ゆぅ・・?」
まりさは狩りに長けていたため、巣の食糧は充分に確保できていた。
今日は珍しい物を探すため森の中を散策。
程なくして、踏みしめられた地面、一部葉で覆われている木の幹を発見した。
耳をそばだてると、かすかにではあるがゆーゆーと聞こえるではないか。
他のゆっくりが近くにいるのか? もしもれみりゃだったら?
恐れもあったがまりさの中では好奇心が打ち勝ち、木を調べてみることにした。
ありすが目を開くと、若いゆっくりまりさがいた。自分と同じぐらいの年頃だろうか。
久々に目の前に他のゆっくりが現れたが、
両親が仲間だったゆっくりに嬲り殺されていたため素直に喜んでもいられない。
「ゆっ、ありす!ありす!しっかりするんだぜ!!」
見知らぬまりさが懸命に自分に声をかける。
なんでありすなんかのために・・・どうして・・?どうして・・・?
徐々に意識が遠ざかる。
「ありす!あっ、ありすううううぅぅうう!」
まりさはありすの奥に散らばるかちゅーしゃと三日月の紋章を帽子の中に放り込むと、深くかぶり直した。
弱りきったありすを担ぐと自分の巣までゆっくりらしからぬ速さで急ぐ。
巣に辿り着いたまりさはありすを葉の上に寝かせた。
熱中症―――体は熱くなり頬は紅潮していた。
まりさは霧の湖から冷たい水を頬張ってきては何度もありすに浴びせる。
そしてふやけ過ぎることが無いよう時折水気を拭き取る。
ありすは目を覚ました。木の根を利用して地下に作られた巣のようだ。
意識を失う前とは違い、辺りはとても涼しかった。しばらくすると、まりさが頬を膨らませて戻ってきた。
するとなんということだろう。突然ありすはまりさに唇を奪われた。
ゆっくりに唇があるかどうかは気にしてはいけない。
「ゆゆっ!?う・・。こくん」
そして冷たい水が口に流し込まれた。
「ぷはっ。おどろかせてごめんね。ねっちゅーしょうにはつめたい水がいちばんだよ!」
「ゆっ・・?ここはどこ・・?」
「ここはまりさのおうちだよ!まりさがもりの中をさんぽしてたら、
ありすがぐったりしてたからつれてきたんだよ!!」
「あなたは・・?」
「まりさはここで一人ですんでるんだよ!かぞくはれみりゃにやられちゃって・・。
あっ、そういえば・・」
そしておもむろに帽子の中から、三日月の紋章とかちゅーしゃを取り出した。
「これはありすのだいじなものでしょ?」
「うん・・。でもあなたが持ってていいわ。むしろ私が持ってちゃいけないのよ!」
「ありす・・・。まさか・・?」
「ありすのお母さんは仲間にころされたの。ありすだけは何とかにげだしたのよ。
森の中で生きのびてたけれども、眠くなってきたところであなたが・・。」
ありすはゆっくりと続けた。
「ありがとう・・。遅くなってごめんね。」
ありすが優しく微笑んだ。
「ゆっ・・!」
まりさは頬を紅く染めた。
まりさは狩りを覚えてから一人で生活してきたこともあり、他人に感謝されたことはあまりない。
「あら・・?まりさも熱中症になっちゃったの?」
まりさは嬉し恥ずかしさのあまり、自身でも頬が染まっていることがわかった。
「ゆっ!?ゆっ、夕日のせいなんだからね!!!」
つんでれは本来ありすの仕事だというのに、これでは立場逆転である。
「ふっ、うふふふ・・・。」
ありすの久々の笑い声である。家族仲睦ましく生活していた頃以来の。
「え、えっと・・。」
まりさがたどたどしく続ける。
「ありすがげんきになるまで、まりさのおうちでやすんでていいんだぜ!!!」
「あ・・ありがとう。」
その後まりさとありすの不思議な同居生活が始まった。
まりさはありすのために、今まで以上に狩りに精を出した。
そして冬ごもりに備えて蓄えも増やさなくてはならない。
ありすは当初こそは家で寝ていることが多かったものの、元気が出てくると
集落の中を見学したり、近所の留守番ちぇんやぱちゅりーから様々な知識を分けてもらい、
時には森へ草や茸の採集へ出かけ、腕によりをかけてまりさのために食事を用意することもあった。
まりさの狩りが休みの日には、2匹揃って湖のほとりでゆっくりする。
まりさはありすが元気になっても追い出すことはなく、今まで以上に仲良くゆっくりするようになった。
まりさも孤独な身であるため、気がついてみれば
まりさにとってありすはかけがえのないゆっくり仲間となっていた。
そんな日が2か月ほど続いたある日。
東の空が白みだし、鬱蒼とした木々の隙間からわずかに光が差し込んでくる頃。
「ゆ・・・、ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりおはよう!!!」
一般にゆっくり達はゆっくりと昼頃に起きだすものだが、彼らの朝は早い。
いくらゆっくりの天敵が少ない地域といえど、夜中になれば
紅魔館の近くであるためゆっくりゃやゆふらんとの遭遇率が格段に上昇する。
集落が繁栄できたのも、早寝早起きの習慣があったためかもしれない。
「ゆっくりかりにでかけるよ!!!」
群れのリーダーの大きなまりさが声を張り上げる。以後大まりさとする。
「れいむのむしさんたちゆっくりまっててね!!!」
「とかいはのありすにはゆうがなぶれっくふぁーすとがおにあいだわ!!!」
「わかるよー!わかるよー!」
群れの狩人ゆっくり達が次々と大声を上げる。気合をいれているのだろうか。
森の中では光が弱く通常の植物にとっては劣悪な環境ではあるが、
わずかな光と豊富な湿気で苔や草が育ち、腐葉土が多くの虫たちと茸を育んでいる。
ゆっくり達でも簡単に摂れる食糧ばかりであり、繁栄できた一番大きな要因である。
まりさはいつも通り支度を済ませ、狩りへと出向く。
ありすは胸騒ぎがしてならなかった。
「まりさ・・。気をつけて・・行ってきてね。」
「うん!ありすも、いい子でまってるんだぜ!!!」
まりさは巣を飛び出し、仲間たちと合流すると森の奥へとゆっくりと消えていった。
しかし運命は非情にも、ありすの胸騒ぎを実現する結果となってしまった・・・!
最終更新:2008年11月02日 12:22