マンションの火事




僕はゆっくりを飼っている、ゆっくりれいむの子供だ、といってもまだ赤ちゃん言葉も抜けていない幼いゆっくりなのだが。
大きさはゴルフボール程で、手のひらにのせると湯たんぽのように暖かい。
さらさらな黒い髪はとても撫で心地が良く、ぱっちりとした両目はいつも好奇心に満ちている。
れいむは嬉しい時はぽよんぽよんと飛び跳ね、悲しいときはもみ上げをたらしてしょんぼりする。

いつだって思っていることを体全体で表現するれいむは見ていて面白くもあり、癒されもした。
僕はれいむの事は家族だと思って大事にしている。
といっても、不必要に高い贅沢な物を食べさせたり、何でも言うことを聞いて甘やかし放題するわけではない。
躾は厳しくしている、例えばしーしーとうんうんのルールだ。

「ゆっ…ゆっ…」

ティッシュを咥えて、小さな黄色い水溜りに這って行くれいむを見つけた僕はれいむを問いただした。

「れいむ」
「ゆっ!お、おにーしゃん」

僕に見つかりれいむはティッシュを口から落とす。

「またトイレまで間に合わなかったのか?」
「ゆっくりごめんにぇ、いまふゅ〜きふゅ〜きしゅるから」

僕はれいむの咥えていたティッシュで手早く床を拭く、うんうんのお漏らしをしなくなったのは良いが、しーしーのお漏らしは一向に直らない。
れいむはまだまだ小さくて幼い、躾のされない野良がどこでもしーしーうんうんする事を考えれば自分で汚した場所を綺麗にしようとするのは良いことだ。
しかしこのもらし癖というか、水や食後のミルクを飲みすぎて遊んでいる最中に催してしまい、その場でしてしまう癖は絶対に直さなくてはならない。
ゆっくり用のおむつを卒業したいと言い出したのはれいむだし、ゆっくりカフェや公園で友達のゆっくりと遊ぶ時に粗相をしては恥ずかしいだろう。

「れいむ、言ったよねお漏らしはムシケージって」
「ゆっ、ごめんなしゃい!むしけーじはやめちぇ!」

出勤時間も迫っていたし、僕はれいむの髪飾りをひょいと掴んでムシケージの中にそっと置いた。
ムシケージと言うのはテーブルの上に置いてある、トイレ変わりの脱脂綿を置いた虫取り籠の事だ。
お漏らしをしたれいむは部屋でボールやミニお払い棒で遊ぶ事が出来ず、この小さな部屋で僕が帰ってくるまで反省をしなくてはならない。

「おにーしゃん!ゆっくちできなきゅてやじゃよ!」
「お漏らししたんだからしっかり反省しとけよ」

僕はムシケージの中にれいむのご飯のゆっくりフードを撒いてから部屋を出た。
れいむが少しかわいそうとも思いながら、マンションのエレベータで5階から1階まで降りる。
会社は歩いて五分の所にあるゆっくり寝れるから良いなぁ、そんな事を思いながら僕はマンションに背を向けて会社に歩いていった。



一方のれいむはムシケージの中でゆっくりフードを食べていた。
このトイレ変わりの脱脂綿とゆっくりフードしかない場所にずっといるのがれいむは嫌だった。

「む〜しゃむ〜しゃ、しょれなり〜」

いつもはおいしいご飯もこの小さな部屋の中ではその味は格段に劣ったものになっていた。

「ゆっ、むじゅむじゅしゅる!」

食事の最中、催したれいむは脱脂綿までゆっくり這って行って、目の前の白いトイレにしーしーをかけた。

「しゅ、しゅっきり〜♪」

きちんとトイレに間に合ってれいむは少し誇らしい気分になった。

(れ〜むはこどみょのままじゃにゃいよ、ゆっくりおちょなになりゅんだよ)
「おに〜しゃんほめちぇくれるね!」

ウー!カン!カン!

「ゆっ?」

その時窓の方から聞いたことの無い奇妙な音が聞こえてきた。



「ハァ!ハァ!大変だ!」

僕は家に向かって走っていた、TVのニュースで僕の住んでいるマンションが燃えているのを見たからだ。
僕は仕事もほっぽり出して走っている、会社から家まで徒歩五分の場所にあるから、僕はすぐにマンションにつけた。
平日の昼間に火事見物としゃれ込む野次馬と一緒に火の出ているマンションを凝視する。
火元はマンションの六階の一室だった、その部屋からは煙がもうもうと上がり炎が燃え盛っている。

「六階か……」

良かった、いや良くは無いんだが、僕が住んでいるのは五階だ、寝煙草やら何やらで火を起こしたのは僕ではないようだ。
TVのニュースを見たときは僕の部屋から火が上がったのかと驚いたが、どうやら火元は僕の部屋の真上だったようだ。
気が動転して自分の部屋が燃えていると思ってしまったんだ。
消防車が6階の部屋に放水を始める、消防車の生消火活動を見るのは初めてだ。

「思ったより勢いあんな〜」

ホースから凄い勢いで水が放出されている、鉄砲水のようだ。
僕はしばらく見学してからその場を去った。


マンションの五階に住む男が去ってから、野次馬の一人であるニートが、フリーターの友人に声をかけた。

「水すごい量だよな〜」
「あぁ、あんくらいやんないと消えないんだろうな」
「下の階の奴はかわいそうに」
「どうして?」
「わからねぇか?あんだけ大量の水が上の階に流し込まれてるんだぜ、雨漏りなんかよりもっと酷い事になるぜ」
「そうなるのか、下の階の奴が帰ってきたら部屋はびしょ濡れ、家電は全滅いやそりゃ可哀想になぁ」

二人の会話をマンションの五階に住む男が聞くことはなった。



その頃、消防士達による懸命な消火活動が行われている六階の真下の部屋。
れいむは外から聞こえる、今までに聞いたことの無い轟音でゆっくりできないでいた。

「しじゅかにちてよ〜!ゆっくちできにゃいよ!」

不快で大きな音をたてる物が、消防車で今自分のすぐ上の階に大量の水をぶちまけているとはれいむは知らない。
そんなれいむの頭に水滴が一滴落ちてきた。

「ゆっ!ちゅめたい!」

れいむが上を見上げるとクリーム色の天井に小さな染みが出来ている。

「ゆゆ?」

不思議そうに見つめるれいむにもう一滴水滴が落ちてきて、口の中に入った。

「ゆふゅ!ぺっぺっ」

口に入った塗料の混ざった不味い水を吐き出すれいむ。
また一滴水滴が落ちてきた、れいむは慌ててその場所から離れる。
ぴちょん…ぴちょん…水滴は等間隔に落ちてくる。

「ゆゆ〜あめしゃんにゃの?じぇもおうちにいりゅよ?」

雨漏りを知らなかったれいむは雨が降っているのかと思った、しかしこんな変な降りかたをする雨は始めてみる。
れいむはムシケージの中に落ちてくる水滴だけに気を取られていたが、部屋のあちこちでぽたぽたと天井から水滴が垂れ始めていた。
最も、救急車のサイレンでその音はれいむには聞こえないし、例え聞こえたとしても何も出来ないが。

れいむはとりあえずムシケージの隅のほうに這って行き、自分が濡れないようにした。
しかしぽたぽたと一滴ずつ落ちていた、雨漏りの水は二滴になり三滴になり、水道の蛇口をゆっくりと開けるようにその量は多くなっていった。
ムシケージの真ん中には水溜りが出来始め、部屋の所々でも天井から降ってくる水滴は多くなっていった。

「ゆ、ゆっくちできにゃくなるよ!」

今やムシケージには水滴が落ちてくるではなく、ちょろちょろと水が降ってくるようになっていた。
ゆっくりは殆どの種が水に弱い、幼いれいむも飼い主のお兄さんから水場には決して近づかないように言われていた。

「!ゆっくちにょむよ!」

水が降ってくるなら飲んでしまえば良い。
殆ど足元まで水が迫ってきて、事の重大さがなんとなく分かってきたれいむはちゅるちゅると足元の水を吸い始めた。

「ご〜きゅ…まじゅいよっ!ぺっぺっ」

塗料の混ざった水はまずい、れいむには飲むことなど出来なかった。
その間にもだんだんとムシケージの中の水かさは上がっていく、底部を浸す程度だった水かさが口のすぐ下まで上がるのには一分もかからなかった。

「ゆゆ〜!ゆっくちやじゃ!あめしゃんやんじぇね!」

れいむのぱっちりとした二つの目からぽろぽろと、砂糖水の涙が流れ、ほんの少しだけムシケージの中の水かさがまた増す。

「やじゃ!おみじゅやだぁ!ゆびぇ!みじゅやだ!」

水かさがついにれいむの口にまで達した、底部の中心を使い、跳ねる時のようにして口を少しでも上の位置に持っていこうとする。
しかし努力もむなしく、すぐに水かさはれいむが精一杯背伸びした口元の位置を越えてしまった。

「ゆぼっ!ゆべっ!がぼっ!……!!」

水の中で口を開くたび気泡が出て行く。
ゆっくりは呼吸をしなくても生きて行けるが、このまま水の中に漬かっていれば体がぐずぐずになって死んでしまう。
れいむはムシケージから脱出することを決め、目のすぐ下まで水かさの増したムシケージの中でれいむは底部を動かし、透明なガラスの壁に体当たりする。
ちゃぷちゃぷと、れいむの運動でムシケージの中にたまった水が揺れるだけでヒビも入らない。
この薄い壁さえ壊せれば水の中から脱出できる、死にもの狂いのれいむは一センチもない透明な壁を破るため水の中で底部に力を入れて体当たりを続けた。

「……!!……!!!」

それがいけなかった、水の中でまだ幼く皮も薄いれいむが暴れまわったせいで、厚い底部の皮と口の下の柔らかい皮の境が破けて中のあんこが出てしまった。
痛い、痛い、れいむは水の中で叫ぶ、痛みのあまりしーしーをもらしてしまう、れいむが身をよじったため傷口が広がりさらなる痛みをれいむ与える。
すでにムシケージの中の水かさはれいむの頭の遥か上を行き、ムシケージからあふれ出していた、天井には無数の雨漏りが出来て、水道の蛇口を捻った様に塗料の混じった水を部屋の中に撒き散らしていた。

「……!!……!!」

れいむは顔をくしゃくしゃにしてガラスの向こうを見ていた。
テーブルの上は確かに濡れてはいるが、ずっと快適そうだ、このままこの中に入れば大変なことになってしまう。
れいむの皮はふやけて柔らかくなり、口の下に出来た裂け目は大きくなって体内の餡子に水を吸わせていった。
そしてれいむの寒天の目玉も硬さを保てなくなって来た。
徐々にゆがみぼやけていく視界に恐怖するれいむの口から一本の歯が零れ落ちる。
ふやけきった口内では既に小さな歯を支える力も無いのだ。
そして体に染み渡る水がれいむの体温を奪い取っていく。

「……!……!!」

おにいさんたすけて!たすけて!れいむの歯が一本欠けた口が動く。
れいむは冷たい水の中で凍えていたが、その体がガタガタと震える事は無かった。
餡子はゆっくりの筋肉であり臓器だ、冷え切ったれいむのあんこはもはやほんの少しでも動く力を持っていなかった。
そしてその餡子の中心にあり、ゆっくりの核でもある核餡もまた、その熱を失い始めていた。

六階の部屋は鎮火されたが、消防車の放水による雨漏りで家電一式が駄目になったとれいむを飼っていた男が知るのは午後7時過ぎのことであり。
男はそのすぐ後に、テーブルの上の虫かごの中で苦悶の表情で息絶えたれいむを見て、何で虫かごなんかに閉じ込めたんだと後悔をするのだった。



BYゆっくりな人

ちょっと懐かしくなったのでSS書かせてもらいました。
また機会があれば書いていきます。

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最終更新:2022年05月03日 20:50