「あー、あちぃ……」
ここ最近、やけに強い雨が降り続いているせいで窓を開けられず、部屋の熱気がなかなか抜けない
エアコンなんて便利なものを買う余裕がない俺は、一人暮らしをするときに持ってきた扇風機を使って空気を回している。
カバーが外れやすくなっているのが少々怖いが、かなりの強風を出せるので重宝している。
何気なく窓を見ると、普段なら見えるはずの家々がまったく見えない。こりゃまだまだ続きそうだ。

コンコン

「……ん?」
玄関を叩くような音が聞こえた。こんなときに来客か?

コンコン

気のせいじゃない。どうやら誰か来たようだ。
のぞき窓を見てみるが誰もいない。こんなときにいたずらするような物好きがいるのだろうか。
玄関を開けてみた。


「ゆっ!おにーさん、まりさたちをたすけてほしいよ!」

足元には、成体サイズのゆっくりまりさが二匹居た。








「おにーさんありがとう!これでしばらくゆっくりできるよ!」
「あめがあがるまでゆっくりさせてね!」


話を聞くに、このまりさたちはゆっくりにしては珍しい同種のつがいであるらしい。
片方のまりさは妊娠している。しかも胎生のほうだ。本人達の感覚によれば、三匹ほどいるらしい。胎生にしては多いほうか。
家族が増えるということで最近川原に巣を移したまではよかったが、そこにきてこの豪雨が始まった。
巣は半日で使い物にならなくなり、なんとか雨風をしのいできたが今日は場所が見つからなくなってしまった。

「あんまり広い部屋じゃなくて悪いな。今はこのくらいしか出来ないんだ」
せめて少しでも快適なように、扇風機を横倒しにして二匹に風をあてている。

「だいじょうぶだよ!そとにいるよりはゆっくりできるもん!」
「ちゃんとおぎょうぎよくするよ!」


野生のわりにはやけに丁寧なゆっくりだと思っていたら、どっちも元々ペットだったらしい。
他のゆっくりがこれくらい賢ければ潰される数も減るだろうに……なんてことを考えていると、腹の虫がさわぎだした。
時計を見るともうすぐ昼時。昼飯を作るとしよう。

「じゃあ俺は飯でも作ってくるから、ゆっくりしててくれ」
「「ゆっくりしていってね!」」

部屋のふすまを閉めると、ポケットからミュージックプレイヤーとイヤホンを取り出す。
今日の作業用BGMを選びながら、昼食のメニューにとりかかった。










「やさしそうなおにいさんだったね!」
「そうだね!」
一方、こちらは残されたまりさたち。妊娠しているほうを母まりさ、していないほうを父まりさと呼ぼう。
まりさたちは、数日ぶりのゆっくりとした時間を味わっていた。
この雨のせいで、眠るときくらいしかゆっくりできていなかったまりさたち。
本音をいうと少しだけ窮屈だけれど、外とは比べ物にならないくらいのゆっくりぷれいすだった。

雨がやんだら巣を探そう。あかちゃんが生まれる前にいっぱいご飯を準備しよう。
二匹の頭は、これからのゆっくりの仕方についてでいっぱいだ。
ちょうどその時。

「――ゆ゛う゛っ!?あがちゃんがででぐる゛う゛う゛うっっっ!!?」
「ゆ!まりさ、ゆっくりがんばってね!」
気が緩んだせいだろうか、母まりさが突然出産を始めてしまった。
時期としてはもうそろそろという頃合だったが、あまりに突然すぎた。
まだなにも準備をしていないというのに!

「おにーさん!おにーさん!!たいへんだよ、まりさのあかちゃんがうまれちゃうよ!」
おそらく食事をつくっているであろうおにいさんを呼ぶまりさ。だが、いくら呼んでもおにいさんは来ない。
聞こえてくるのは何かを焼いたり切ったりする音だけだ。雨も激しいから、声が届いてないのかもしれない。
ならば、とふすまをあけようとするが、まったくびくともしない。
「おねがい゛い゛い゛い゛あ゛い゛い゛でえ゛え゛え゛え゛」
必死に動かそうとする父まりさ。が、ふすまのスライドする位置には雑誌のタワーのひとつが倒壊していた。
ゆっくり程度の力では、無理矢理開けることはできない。


「ゆううううううううううう!」
振り向くと、母まりさが苦しそうに転がって、あちこちに体をぶつけている。
「おちついてね!ぶつかったらあぶないよ!」
そんなことを言われても、こうして悶えでもしないと痛みに耐えられない母まりさ。
ぶつからないよう、父まりさが母まりさと部屋の荷物の間に入る。あちこち体が痛いが、気にしていられなかった。


もし、このとき。
まりさのどちらかが気付いていればよかったのかもしれない。

ぶつかった衝撃で、扇風機のカバーが転がっていったことに。




しばらくして、ようやく母まりさがおとなしくなった。
「がんばってね!ゆっくりうんでいってね!」

「 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
苦しそうな母親の顔の下に、同じ顔をした赤ちゃんが
ぽん、と。一匹の赤ちゃんまりさが飛び出してきた。

「ゆっくりちていってにゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛うううううううううぅぅぅぅぅ!!」
生まれた喜びは、ほんの一瞬だった。

母まりさが止まったところは、よりにもよって扇風機の前だった。
しかも、先ほど暴れたときにカバーが外れてしまっている。

そんなところで子供を生めばどうなるか、ほぼ予想がつくだろう。


そう。この赤ちゃんまりさは、自分から扇風機に突っ込んでいく形になってしまったのだ。


「「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」」

扇風機から飛ばされた赤ちゃんをみた二匹。
体はくまなくズタズタにされ、帽子も原型をとどめていない。
「ゆっ……ゆっ…………」と小さくうめき声をあげていたが、すぐに声は途絶えた。

「ゆううううううううう……まりざだぢの……あがぢゃん…………」

悲しみにくれるまりさ達。だが、そんな時間は与えられていなかった。

「ゆ゛うううう!!あがぢゃんがででくるよおおおお!!」

まだ母まりさのなかには赤ちゃんがいる。最初の子を無駄にしないためにも、残りの子たちを精一杯可愛がってあげよう。
そう考えた父まりさは、懸命に対策を考えた。
母まりさを見る。母まりさはもう痛みで動く余裕はまったくない。お兄さんもまだ当分戻ってこないだろう。

頼れるのは、自分だけだ。


「んーしょ!んーしょ!」
考えた結果、父まりさは扇風機のカバーをもどすことにしたようだ。
部屋の隅に転がっていたカバーを引きずっていく。
だが、カバー自体がゆっくりにとってはかなり重い。加えて、片付いていない部屋の足場は最悪に近い。

「ゆっくりいそいでね!はやくついてきてね!」
もうすでに二匹目の赤ちゃんの顔が見え出している。父まりさは、とっさに判断を変えた。
「まりさ……なにしてるの……?」
少し痛みに慣れたらしい母まりさが話しかけてきた。目の前には、扇風機をバックに立ちはだかる父まりさ。
「まりさがくっしょんになるよ!あんしんしてね!!」

どうやら、出てきた赤ちゃんを受け止めて守ろうという魂胆らしい。


「でる゛っ……でぢゃうよ゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
二回目のぽんっという音と共に、赤ちゃんまりさが飛び出した。
「ゆっ!?」
父まりさには少し誤算があった。口で受け止めてあげるつもりだったが、実際に赤ちゃんがぶつかったのはおでこのあたり。
赤ちゃんは真横に吹っ飛んでしまった。

「ゆぅっ!いちゃいよう!」
「ごめんねあかちゃん!ゆっくりしていってね!!」
「ゆっくりちていっちぇにぇ!」

生まれて最初にみたのは、お母さんとお父さんだった。
にっこりと笑いかけて「ゆっくりこっちへおいで!」と呼んでいる。
ぴょんと飛び跳ねようとした瞬間。

「ゆ?」
なんだか、突然回りが暗くなったような気がした。
上を見上げる。

雑誌の表紙に描かれたキャラクターたちが、赤ちゃんにゆっくりせまってきた。





「ゆ?」
赤ちゃんがなにやら上を見上げた。
なんだろう、と両親もつられて見上げてみる。

分厚い本が、赤ちゃんの頭に直撃する。口から噴水のように餡子が噴出した。
追い討ちをかけるように二冊、三冊と赤ちゃんに向かって落ちてくる雑誌。


赤ちゃんまりさがぶつかったのは、先ほどお兄さんがスペース作りのためにどかした雑誌群だった。通称「ジャ○プタワー」。
それも慌てて積み上げていたせいで構造は乱雑。いつ崩れてもおかしくない状態だった。
そこに赤ちゃんまりさが突っ込んだ結果がこれだよ。

「「ゆ゛がああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!??」」
慌てて駆け寄る父まりさ。必死に本の山を切り崩していく。
掘って行くうちに、赤ちゃんまりさの帽子が見えてきた。

「あ……ああああ…………」
が、無事なのは帽子だけだった。
その下にいた赤ちゃんまりさは、もうただの皮でしかない。



「ごめん……ごめんねあかちゃん…………ちゃんとうけとめてあげれたら……」
心からの謝罪を告げると、振り向いてまた扇風機の前に立つ父まりさ。

「ちゃんとうけとめてあげるよ!ぜったいにうけとめるよ!!」


続く三匹目。少しずつ顔が見えてきた。
両親に緊張がはしる。


そして。



「ゆっくりちていってにぇ!」


最後の赤ちゃんが飛び出してきた。
幸いにもコースはさっきの赤ちゃんと全く同じだ。
「ゆっくりきゃっちするよ!!」

口に僅かな衝撃が走る。
衝撃で後ろに飛ばされるがなんとか着地。口の中では赤ちゃんが「おとーしゃーん?」ともぞもぞ動いている。


よかった。こんどはせいこうしたんだね。
ふひゅう、と父まりさから溜め息がもれた。

かぞくはへっちゃったけど、そのぶんいっぱいゆっくりさせてあげるね。

そんな感傷に浸っていると、後ろがなにやらガリガリとうるさい。
振り返る。


黒い帽子が、扇風機に巻き込まれていた。
「ゆううううううううっ!?」


キャッチした瞬間、まりさはほんの僅かだったが衝撃で後ろに飛ばされた。
その時、ちょうど帽子だけがまきこまれてしまったのだ。

「ま゛り゛さ゛のぼう゛じがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
ゆっくりにとって飾りは命と等しい。父まりさは迷いなしに扇風機に飛び掛った。
「ぼうじがえぜえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」

……よりにもよって、赤ちゃんゆっくりをくわえたまま。





























「おーい。飯ができ……た…………ぞ……?」
飯を運んでふすまを開けた俺が見たのは、やけにちらかっている部屋と、そこかしこにとびちっている餡子。
そして、自我喪失といった状態のまりさが一匹。

「おい、どうした!なにがあったんだ!?」

「ゆ……うぅ……う゛わあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あん!」

まりさはじゅっと泣き続け、やっと話せるころには雨がやんで、久しぶりに太陽が顔を出したころだった。
澄んだ空気と夕日が心地よかったが、俺とまりさの空気は未だに重かった。

残った餡子を出来る限り集めて、庭の花壇に埋めてやる。
ボロボロになった片割れまりさの帽子に赤ちゃん達の帽子を重ねて、墓がわりにしてやった。


まりさはしばらく墓を眺めていたが、振り向くとゆっくり歩き出した。

「行くのか?」
「あめがやんだから……ゆっくりでていくよ。おにいさん、ありがとう……」

ぴょんぴょん跳ねて、まりさが遠ざかっていく。
「いつでも来いよ!ゆっくり待ってるからな!」
聞こえないかと思ったがちゃんと届いたらしい。

「ゆっくりしていってね!」

精一杯の笑顔で振り向いたまりさを。

自動車が一瞬で轢いていった。









「いいやつは早死にする、か…………」


案外嘘ではないのかもしれないな、なんて思いながら俺は五つの帽子を見つめていた。



「せいぜい、あの世でゆっくりしていってくれ」






















――――――――――――――

あとがき

ゆっくりって結構喋らせにくいんだなぁという気がします。
特に悲鳴とか。

少しの間でも楽しんでもらえたら幸いです。






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最終更新:2022年05月03日 09:32