「ユックリシテイッテネ!!!」
夕飯の買い物から途中、そんな声を上げる物体を見かけた。
普通のゆっくりによく似ているが、体が赤くて通常のゆっくりと比べると随分早口で甲高い声だ。
「ユックリシテイッテネユックリシテイッテネ!!!」
またとんでもない早口で喋ると、こちらに向かって飛んできた。ギリギリで避けられたが、物凄い速さだ。
「な、何だお前?く、食い物が欲しいのか?」
「ユックリチョウダイ!!!ユックリタベサセテネ!!!」
何だか気味が悪いので大根の葉を少しちぎって投げてみる。
普通のゆっくりなら地面に落ちた後で「食べていいの!?」などと喚きながら食べるだろう。
だが、こいつは地面に落ちるどころか手を離すとほぼ同時に飛び上がって食いついてきた。
何て意地汚い奴だ。目にも留まらぬとはこの事か。
何だかちょっと面白くなってきたので試しにキャベツを一枚剥がして投げてみる。
また飛び上がって食いつく。今度は流石に一口では食いきれないようだが、これまた尋常じゃない速さで食い尽くす。
「何なんだぁお前は?随分ゆっくりしてないゆっくりだが」
「レイムハレイムダヨ!!ツウジョウノサンバイユックリシテルサンバイレイムダヨ!!」
「早口で喋るのはやめてくれ聞き取りづらい。そうか三倍れいむか……そんなのもいるんだな」
「オジサンユックリデキルヒトダネ!!オウチニツレテイッテヨ!!」
「あ?やだよ。お前大食いっぽいんだもん」
「ダイジョウブダヨ!!レイムジブンデゴハントッテコレルヨ!!ツレテイッテヨ!!!」
「…ならいいが。言っておくが家の中を少しでも荒らしたりしたら潰して食うからな」
「ワカッタヨ!!ユックリシテイクヨ!!ユックリツレテイッテネ!!!」
「お前に言われると物凄く説得力が無いんだけどな。まあいいや付いて来い」
「ユックリー!ユックリシテイッテネー!!」
上機嫌そうに付いてくる三倍れいむ。自分でエサを取るなんて、珍しい事を言うゆっくりだな。
それに赤いし、早口だし、全然ゆっくりしてないし。時々普通に歩いてる俺を追い越して待ってる事まである。
「ハヤクハヤク!!ユックリカケアシシテネ!!!」
「無茶言うな。何だってお前はそんなにすばしっこいんだ」
とにかく変わったゆっくりだ。こいつを増やせば高く売れるかもしれんな……
そんな思惑と共に帰宅。
「そら着いた。ここが俺の家だ。言っておくが、お前の家じゃないぞ」
「ワカッテルヨ!!オジサンノオウチダヨ!!セマクテウスギタナクテクサイケドイイトコロダネ!!ユックリシテイクヨ!!!」
「死にたいか?」
「ゴベンダザイ!ヒログデギレエデイイニオイガジマズゥ!!ユッグリザゼデグダサイ!!」
まだ何もしてないのに泣き叫ぶ三倍。変わった奴だな本当に。
「まあいいがな。しかしお前なんだって俺の家に来たがったんだ?エサは自分で取るとか言うし、メリット無いだろ」
「サビシイノハイヤナンダヨ!!ダレカトユックリシタインダヨ!!!ユックリサセテネ!!!」
「寂しいってお前、友達とか居ないのか?」
「レイムトモダチイナイノ!!ミンナレイムノコトイヤガルノ!!オジサンモレイムキライナノ!!?」
「いや別に。まだ何もしてないからなお前は。……ふうん。お前変な奴だからなぁ。それで嫌われてんのか」
狼等の動物も怪我や病気等で他とは違うような奴は爪弾きにされるという。ゆっくりもそうだったのか。
「ま、どうでもいいや。さっきも言ったが、自分でエサを取って、家の中を荒らしたりしないなら家に置いてやる」
「ヤクソクスルヨ!!ゴハンハジブンデトッテコレルヨ!!オウチノナカモコワシタリシナイヨ!!オジサンアリガトウ!!ユックリシテイッテネ!!」
凄く嬉しそうにその場で跳ねまくる。あまりに素早いので表情がよく見えない。声もステレオで面白い。

さて、そうして三倍ゆっくりれいむとの奇妙な同居生活が始まった訳だが。
確かにエサは自分で取ってくるし、家の中でもなるべく大人しくしようとしている。
一ヶ月経ってもその様子に変化は無く、ゆっくりの割に約束事を守れる非常に珍しいゆっくりだ。
あまりに早口なので集中しないと言葉を聞き取れないのが難点だが、それは何度言っても直らなかった。
まあ、それが原因で他のゆっくりから迫害されたのだからもう矯正は無理なんだろうな。
下手に弄って普通のゆっくりと同じになられてもそれはそれで困るし。実害が出てしまう。
そういえば、試しに眠っている隙にこっそり千切って食ったら辛かった。味まで変わってるとは。
その後飛び起きて「ユックリアヤマッテネ!!ユックリアヤマッテネ!!」と泣き叫ぶ三倍を宥めるのに苦労した。
結局傷口を塞いで抱いて寝てやったらとても喜んでいた。普通のゆっくりと違って手間も少ないし、可愛いかもしれない。

そんなある日、そろそろ季節が変わろうかという頃。
普通のゆっくりれいむとゆっくりまりさのつがいが家の庭に這入り込んでいた。
「おじさんだあれ!?」
「ここはまりさたちがみつけたおうちだよ!!!ゆっくりでていって!!」
見つけたも何も、俺は始めから家の中に居たんだが。と、その声を聞きつけたのか三倍が猛スピードでやってきた。
「ユックリデテイッテネ!!!ココハレイムトオジサンノオウチダヨ!!!サキニミツケタノハオジサンダヨ!!」
「ゆっく!?へんなひとがいるよ!!」
「ぴょんぴょんはねてぜんぜんゆっくりできてない!!」
三倍を見てゲラゲラと笑い出した二匹。なるほどこんな感じで迫害されてたのか。
見れば三倍は跳ねるのをやめ、プルプルと震えている。物凄い勢いで。顔がブレて表情が見えん。
「ウルサイウルサイウルサイ!!!ユックリデテイッテネ!!ユックリデテイッテネ!!」
「うるさいうるさい、だってさ」
「おお、こわいこわい」
そう言って再びゲラゲラ笑い出すゆっくり二匹。うーむ。やっぱり普通のゆっくりの方が腹立つな。
三倍なら何を言ってるのかいまいち聞き取りづらいし、動きも異様に速いから逆に笑えるんだが。
「ゆっくりできないひとたちはれいむたちのおうちからでていってね!!!」
「ゆっくりでていってね!!ゆっくりしんでね!!!」
一通り笑ってから飛び掛ってくるノーマルゆっくり二匹。手で弾こうと思った瞬間、二匹とも凄い勢いで横に飛んでいった。
「オジサンニナニスルノ!!ユックリデテイッテネ!!」
どうやら三倍が突き飛ばしたらしい。三倍どころかこいつらの十倍以上の速度はあったと思う。
突き飛ばされた二匹は何が起こったのか分からないような顔をしていた。
「ユックリデテイッテネ!!ユックリデテイッテネ!!」
威嚇しつつ叫ぶ三倍を見て漸く自分達がこいつに突き飛ばされたのだと理解したのか、
顔を真っ赤にして焼いた餅の様に全身を膨らませて三倍に向かっていく。
だが、異常なまでのスピードで跳ね回る三倍には手も足も出ず、一方的に四方八方から突き飛ばされて転がるだけだった。
「ユックリシネ!ユックリシネ!!レイムヲユックリサセナイヒトハユックリシネ!!」
「や゛べでよ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!ゆ゛っぐり゛でぎな゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
「どう゛じでゆ゛っぐり゛ざぜでぐれ゛な゛い゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
はいパターン入った。この台詞が出る頃には大抵戦意などどこかへ行ってしまっているのだ。
それでも攻撃の手を緩めない三倍。今日のように迫害された日々の記憶でも甦ったのだろうか。
「ユックリシネ!!ユックリシネ!!…ウメェ!!メガッサウメェ!!ハフハフ!!」
「ぎゅっ!!い゛だい゛!!や゛べで!れ゛い゛む゛をだべだい゛で!!」
「ま゛り゛ざはお゛い゛じぐだい゛よ゛!!れ゛い゛む゛だげだべでよ゛お゛お゛!!」
飛び跳ね、突き飛ばしながら少しずつ皮を食いちぎっていく三倍。見る見るうちに餡子が露出していく。
「びゅぐっ……ゆ゛っゆ゛っ……ゆ゛っぐ、り゛……じだい゛……」
「びくびくっ……ぼっど……ゆ゛っぐり゛……じだ……が……」
「ユックリウメェ!!タマンネェ!!ハム!ハフハフ、ハフ!!」
完全に二匹とも動かなくなった後もぐるぐる周囲を回って餡子を食い続ける三倍。結局十分程度で二匹とも食い尽くしてしまった。
「お前、同類でも構わないで食っちまうゆっくりなんだな」
「アンナノナカマジャナイヨ!!ユックリサセテクレナイモン!!」
「ふうん。じゃあお前一人ぼっちなんじゃないのか?」
「ヒトリジャナイヨ!!レイムハヒトリジャナイヨ!!オジサンガイテクレルモン!!ユックリデキテルヨ!!」
ゆっくりの割に殊勝な所もある三倍ゆっくり。あのスピードにこの性格。
ひょっとしたら加工場に持っていけば対ゆっくり用ゆっくりとして高く売れるかも知れない。
それにはまずこいつの数を増やさないとな。可愛いくて忠実なだけじゃ生き残れないんだぜ三倍。

翌日、早速三倍ゆっくりを連れて加工場へ向かう。幸いこいつは加工場がどういう所か知らないらしく、散歩だと言えば喜んで着いてきた。
受付で事情を話すと、奥の部屋へ連れて行かれた。手に持っている三倍がウズウズしているのが分かる。
「中に入ったら大人しくしていろ」という言いつけを守ってくれるのは正直ありがたい。普通のゆっくりは絶対に聞かないからな。
「お待たせいたしました。それが三倍ゆっくりですか?」
部屋で少しの間待つと、この工場の偉い人が来た。何でも繁殖・飼育全般の責任者兼副工場長なのだとか。
「ええそうです。普通のゆっくりと違って赤いでしょう?それに早口で、動きも素早いです」
「ふぅむ…ちょっと部屋の中を走らせてもらっていいですか?」
「はい。おい三倍。この部屋の中を一周だけ走ってみろ。絶対に物を壊したりするなよ」
「ワカッタヨオジサン!!ユックリハシルヨ!!」
ゆっくり、と言いつつその速度は全然ゆっくりしてない。
いつもの超スピードで部屋を一周すると、凄い勢いで膝の上に戻ってくる。タマちゃんが痛い。
「ど、どうですか。こんなに速く動くゆっくりなんて珍しいでしょう」
「そうですねえ。ゆっくりフランの飛行速度よりも随分と速いようです。
 番ゆっくり、でしたか。貴方の言う事もよく聞いてるようだし、確かにいけるかも知れないですね」
「そうですか。それでは繁殖の件は……」
「試してみる価値はありそうですね。ただ、失敗すればこの子が死ぬかも知れないですが本当によろしいのですね?」
「ええ、構いません。どうせ拾い物ですし」
「そうですか。それでは早速用意しましょう。着いて来て下さい」
「ユックリデキル!?ユックリデキルヨネオジサン!!」
「ああゆっくりさせてやるよ。だから安心しろ」
不安がってこちらを見て震える三倍。だからブレて表情が見えないってば。怖がってるのは分かるけどさ。
案内された部屋には、数匹の発情したゆっくりれいむが居た。
「ゆっくりれいむは受けになる事が多いですから。では三倍も発情させましょう」
ゆっくり業師とかいう人に三倍を手渡す。業師は慣れた手つきで三倍の体を撫で回し、揺すった。
「ユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユックリシテイッテネェェ」
目がとろんとして動きが少しだけ緩慢になった三倍。ちゃんと表情を見れたのなんて久しぶりだ。
すかさず発情れいむが入っている檻に入れられる三倍。
自身と同じく発情した相手を見つけるやいなや猛スピードですり寄って行く。速すぎて気持ち悪い。
「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆっくりいぃぃぃぃん!!」
「ユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユックリイッテネ!!ユックリイッテネ!!」
凄まじい勢いで発情れいむに擦り寄りまくる三倍。見る見るうちに発情れいむの息が荒くなっていく。
「ゆっく……ゆっくりいくよ!!ゆっくりいくよ!!ゆぅん……んほおおおおおおおおっ!!」
「ユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユックリシテイッテネ!!!!!」
例の雄叫びを上げ、ぶるりと大きく震えて動きを止める二匹。しばらくすると三倍の方は元気良く動き回る。
「スッキリー!!」
一方ノーマルれいむの頭からは赤い蔓が伸びている。やがて蔓には三倍と同じ赤い実がいくつも実り、目を覚まして騒ぎ出した。
「ユックイチテイッテネ!!!」「ユックリオハヨウ!!!」「オジサンタチユックイデキユヒト!!?」
「どうやら上手くいったようですね。貴方も三倍も、本当にありがとうございます」
「いえいえ、私は何も。では私はこれで。三倍、帰るぞ」
「ユックリシテイクヨ!!!レイムハココデユックリスルヨ!!!」
「何言ってるんだ。お前の家は……」
「レイムノアカチャンガイルモン!!レイムガソダテルヨ!!オジサンダケカエッテネ!!!」
「…せっかくだからこいつも引き取ってもらえますか?」
「ええ、喜んで。では後でお礼をお渡ししますので先程の部屋でお待ち下さい」
その後、わざわざ工場長までやって来て、普通のゆっくりよりも随分沢山の代金を受け取った。
せっかくなので赤ん坊の三倍を売って貰えないだろうか、と尋ねると無料で一匹貰えた。
これから番ゆっくりが商品化すれば、売り上げ次第でまた配当がもらえるらしい。ラッキーだ。

今はすやすやと高速で寝息を立てているちび三倍を持って家に帰ると、そこには普通のゆっくりが我が物顔で居座っていた。
早速餌が手に入ってありがたい事だ。
大金を貰って機嫌のいい俺は大声で呼びかける。
「おおいゆっくり達。美味しいお菓子があるからおいで!!」
「ゆっ!おかし!!おかし!!おじさんはやくたべさせてね!!」
「さっさとちょうだいね!!くれないならかえってね!!」
上機嫌な俺にそんな口撃は通用しない。さらばゆっくり。
足元に群がってきたゆっくりを一匹残らず踏み潰す。
「ゆ゛びゅぷっ!!」「ぐぇあ」「びゅぷるぷっ!!」「ぱっびっぶっぺっぽおっ!」「い゛だい゛よ゛ぶっぷ!!」
悲鳴でちび三倍が目を覚ます。体は小さいがスピードは成体と変わらないようで、素早く地面に飛び降りて残骸を食い始める。
「ハァハァ、ウッメ!!オジサンオイシイヨコレ!!オジサンモタベレバイイヨ!!ユックリタベヨウネ!!ハム!ハフハフ、ハフ!!」
「俺はいらん。好きなだけ食べな」
こいつも普通のゆっくりとは性格が少し違うようだ。ちゃんと躾ければ番ゆっくりとして役に立つかもしれない。

YUKKURI THE RED COMET END


作:ミコスリ=ハン

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最終更新:2019年12月16日 17:03