「…せッ!…せッ!…せッ!」
暗闇の中円周上に配置された篝火の光の中心には四方を杭に結わえ付けられたロープで囲まれた空間だけが浮かぶ
周囲をぼうっと篝火に照らされる空間を熱狂しながら凝視する人間の顔だけが浮き上がらっせ、その光景は太古の神を祀る儀式を思わせる
「殺せッ!殺せッ!殺せッ!」
老いも若きも男も女もが狂ったように同じ言葉を繰り返す
人々の視線の先には互いの肉を食み、血を啜り合いながら殺しあう2匹の獣
…ならぬゆっくりの姿があった
里の野外に特設された即席のリングの中には1匹のゆっくりまりさとゆっくりフランが向かい合っている
ゆっくりまりさは目と口の部分に穴が開いた底部以外顔全体を覆う派手なマスクを被っており、
そのマスクのそこらかしこはフランに切り裂かれたのか無残にも体までにもその裂傷は達して致命傷ではない物の餡がポタリポタリと垂れて
大きくその体を伸縮させて息をついている
方やゆっくりフランは素顔で、顔に自分の傷から漏れた餡とまりさの餡で汚れながらも、
その目には狂気の色が宿り口を大きく開いてこびりつく餡をなめると笑みを浮かべた
ルチャゆっくり
最近考案されたゆっくりを使った娯楽のひとつ、早い話がゆっくりを使った賭け格闘技である。
リングで戦うゆっくりはゆっくりドールと呼ばれ相手が戦意を失うか・気絶するまで行われる…
しかしゆっくりは本来温厚で臆病な性格なので捕食種を除け自発的に戦うことはない
だが、彼らやその親しい者の危機には勇敢に立ち向かうケースもある
その事から人間が野生の比較的体格がいいゆっくりを見つけると家族や親友を攫いそれを人質として戦いに赴かせるのである
場合によっては無理やり子供を孕ませてそれを利用する
負けたり・無様な試合をすれば人質の命は主人の気分ひとつ次第
故に戦うゆっくり達に躊躇いはない
……常にガチ勝負且つゆっくり特有の肉体の脆弱さもあいまって死者は耐える事はない
死の恐怖に抗い勝ち続けるゆっくりにはマスクが与えられ、そして更に勝ちぬいたマスクゆっくりは自由を勝ち取る事ができる
マスクは数多の同族の屍を踏み越えた強者の証、それを脱ぐ時は敗北を意味する
マスクを剥がれたゆっくりはそのマスクを捨て新たにマスクを得るまで再び戦いを続けなくてはならない
ゆっくりドールにとってマスクは頭の飾りや帽子以上の価値、命そのもの
ゆっくり達にとっては語源のルチャリブレよろしく自由を勝ち取るための戦いであるのだ
このまりさはルチャゆっくりでは現在一番人気の花形ゆっくりドール。
デビュー以来負け知らずで特に華麗な空中技に定評がある
ルチャゆっくりの中では殿堂入り確実の生ける伝説ゆっくりドールである
かたやフランのほうは中堅クラスであるものの高い戦闘力と凶暴性で最近のし上がって来た実力派、決して楽勝な相手とは言い難い
今現在餡子が漏れているマスクまりさは体力的にも長期戦は不利、しかしフランは警戒を奇襲し徐々にコーナーへ追い詰めて行く
いくら手負いとてマスク持ちは百戦錬磨の猛者、迂闊な攻撃は仕掛けない辺りフランも並みのゆっくりドールではない
マスクまりさがコーナーポストに背をつきの呼吸が乱れかと思うとと体を僅かに傾けるのを見るや雷のごとく飛び掛った
「ますくとられてゆっくりしね――ッ!」
だがマスクまりさは睨み付けたまま動かない。
コーナーに居る以上フランの突進を下手に回避しようとしても逃げれず、リング外に逃げようとしてもその隙に無防備な部分を晒すだけという事を知っている。
そしてコンマ一秒の世界のタイミングで避ける事を決意した
マスクまりさは息一つすると極限まで集中する。
一つ息を吐くと空気を震わす観客の歓声がフッと消え、今まで気にならなかった生暖かい風の張り付く感触を感じ、
目の前に向けられたフランの鋭い牙がスローモーションビデオを見てるかのごとくゆっくりと近づく
5センチ...
3センチ...
2センチ...
1センチ...
フランは勝利を確信していた
牙は確実に柔らかい皮膚を突き破り餡を抉った後奴は豚のような悲鳴を上げるだろうと
カチン!!
だがフラン確信とは裏腹に牙のぶつかる音だけが響いた
「うっ!?うーっ!?」
いつの間にか眼前のまりさは霞のごとく消えていた
まりさの見せた隙はフェイクだったのだ
後悔したところでもう遅い
次の瞬間頭部に強烈な衝撃が走り地面に叩きつけられると目の前が餡で真っ黒に染まり何がおきたか理解できぬまま事切れた
フランだったものから飛び出した餡子の山からムクりとマスクまりさが立ち上がる
お互いの鎬を極限まで削る我慢比べにまりさは勝ったのだ
――すたーだすとればりぇ
マスクまりさの得意技の一つ
敵の攻撃を極限までひきつけてコンマ一秒のタイミングで敵の頭上に飛び上がりそのまま全体重をかけて敵を地面に叩きつける
その一連の動作は流星の如く華麗でそれ見た誰もが魅了される程の高難度の空中技
「ウィナーッ!エルゥ――ッマリィーサァ――!!」
審判が勝者の名前を告げると観客席からは悲鳴のような歓声と怒声が起き周囲に紙吹雪が舞った
「まりさー!よくやったぞ!」
一人の若い男がロープを潜りリングにうつ伏せに寝転がっているまりさの元へ駆け寄る
「おにー…さん…まりさ…がんば…たよ」
ずり落ちた帽子を力なく少しだけ挙げて顔半分をセコンドの男のほうに向けるとにこりと微笑んだ
「ああ…頑張ったとも!後10勝だ!!後10勝てばお前は自由になれるんだぞ」
「うん…でも…まり…さだめ…かも…」
「何言ってんだ怪我はたいした事ないぞ!休めばすぐ治るからな!」
男がまりさを優しく抱きかかえて顔を見るとハッとしたと表情を見せると途端に真っ青になった
何とまりさの左目を両瞼が縦にぱっくり切れ眼球から透明な液が漏れている
すたーだすとればりぇを決める為に跳躍した際、満身創痍のまりさはタイミングが少し遅れたため運悪くフランの牙が目を掠ってしまったのだ
「もう…まりさは…あかちゃんのために…たたかえないの…?」
後10回とはいえ戦う相手はどれも強敵ぞろい、片目で戦うには余りにも手に負えなさ過ぎる
さりとて傷が癒えても片目に慣れるまでまでじっくり休養する時間などまりさには与えられない
「あ…今すぐ治療するからな!だからじっとしてろ!!」
男はまりさをマスクを丁寧に脱がし、しっかりとまりさを抱えると揺れぬ様急ぎ足で幕舎の中へ入るとベッドにおろして
くすり箱をひっくり返すと治療を施したが潰れた目はどうにもならなかった
「畜生…なんてことだ…」
男がまりさを見下ろして項垂れていると幕舎の中に恰幅のいい中年の男が不機嫌な顔をしながら入ってきた
「全く何てことだ!あれだけ投資してやったのにこれからって時にしくじるとはなぁ!!」
どうやらまりさの主人はこの人物らしい
「お…御館様、こいつは片目をやられだけです再起不能になった訳じゃないんです!あと十勝なんです!!どうか見捨てないでやってください!!!」
「饅頭ごときに情が移ったのか?動ける動けねぇじゃねぇよ!確実に勝てるようなじゃなきゃ駄目に決まってんだろうが!
怪我をしてもう使い物にならんなんて知れたら商品価値は無いも同然なんだよ!」
中年男は腕を組むと幕の中を言ったりきたりしながらブツブツと何かをつぶやている
「そうだ…コイツとかなことの試合を組もう。目は形だけ直しとけ、眼帯とか包帯はつけるな。
伝説の終焉って売り込みでコイツには華々しく最後の花道を飾らせてやろう!次の試合だ!わかったな!」
そう捲くし立てると中年男は近くにあった水瓶をけり倒してがっくりと崩れ落ちる若い男を尻目に出て行った
ふかんぜんねんしょー
複数の重賞を勝利した競走馬達もその最後は決して安らかじゃないんだってね
byおれまりさとかイワレタ人
最終更新:2022年05月03日 09:57