「う~、さむ。もうすっかり冬だなぁ」
秋が過ぎ、冬の寒さが本格的になり始めた。
畑の収穫も終わり、忙しさも一段落する頃だ。
ふと外を見ると、冬の目印が空から降って来た。初雪である。
「おー、雪かー。そりゃ寒いわ」
こたつで暖まりながら雪の降る庭を見る。実に風流だ。
ここで何か茶菓子でもあれば最高なのだが、生憎と切らしている。
「今日も平和だねー」
のんびりとした日常を満喫する。
畑仕事もないのでゆっくり相手に運動することもない。
そんな感じで暇を持て余していたその時。
――ゴトッ
俺以外には誰もいない筈の我が家から物音がした。
突然の事にビクッと体が反射的に震える。
「…今なにか音したよな…?」
そのまましばらく無言で様子をうかがうが、何も聞こえない。
どうやらさっきの音は気のせいのようだ。
そう安心しかけたその時。
――ゴトゴトッ
再び聞こえる怪音。流石に今度は気のせいではない。
ねずみでも入り込んだのかと思い、家の中を調査することにした。
まず部屋今いた部屋を探すが、何も変わったところはない。
べつのへやからかな、と思い廊下に出る。すると。
「……ゆっ……あつ………ね…」
「…これ…ゆっく……でき…」
怪音の次は声の様なものが聞こえてきた。
なんなんだ、我が家には幽霊でもいるのか? 段々怖くなってきたぞ。俺の心に恐怖心というやつだ。
何とか恐怖に耐えながらも声が聞こえてくる方向へ移動する。
そうすると、家の一角にある部屋へと辿り着いた。
「…ここか?」
部屋の中で耳を澄ますと、確かにさっきまでより声が大きく聞こえる。
どうやらここが怪奇現象の発生地らしい。
「さて、一体何が起きているのやら」
原因を探すため、部屋を物色し始める。
するとどうやら声は床下から聞こえているようだという事がわかった。
「ここからか…」
畳を外し、床下を確認する。
そこでは三つの丸い物体が動いていた。
「ゆ! にんげんさんだよ! ゆっくりしていってね!」
「ここはまりさたちのゆっくりぷれいすなんだぜ!」
「おにいさんはゆっくりでていってね!」
そこにいたのは三匹のゆっくり。
成体のれいむとまりさに、子供サイズのれいむだ。恐らく親子だろう。
一体どこから入り込んだんだ。野生動物が入り込まないように、家の周囲はきちんと囲っているはずなのに。
そう思った俺は、床下へ頭を潜らせて穴がないか確認する。
「あ、あそこか」
この部屋の床下の端。そこには小さな隙間があった。
人間は勿論、小さな野犬等も通ることは不可能なほどの小さな細いスキマ。
だが軟体のゆっくりならば体を滑り込ませることが出来るだろう。
あちゃー、もっとちゃんと確認しておけば良かったな。
他にもスキマが無いか別の方向も見る。
が、すぐに見なきゃよかったと後悔した。
「うへぁ、勘弁してくれよ」
床下の少し奥の部分、そこには大量の虫の死骸やよくわからないキノコ等々が貯蓄されていた。
恐らくこの家族が集めたものだろう。
どうやらここで越冬する気だったようだ。
「ゆっ! はやくでていってね!」
「ゆっくりしたければあまいおかしをもってくるんだぜ!」
「おかしおかしー!」
こんな調子でさらに虫の死骸やら何やらを集められてはたまらない。
そういうわけでさっさとお引き取り願う事にした。
一旦部屋から離れ、箒とチリトリを持って戻ってくる。
俺が今から何をするのかわかっていないのだろう、ゆっくり達は不思議そうにこちらを見つめている。
「まったく、余計な手間かけさせてくれるよ」
そう言って箒でゆっくり達の集めた餌、つまりゴミをチリトリへと集めていく。
ここにきてようやく気づいたのか、三匹は猛烈な剣幕で抗議してきた。
「そればれいぶだちのあつめたごはんだよぉぉぉぉ!!」
「まりさたちのごはんになにしてるんだぜえぇぇぇぇぇぇ!?」
「も゛っでいがないでえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
親れいむが箒に体当たりしてきたので、さっと撃退する。
バチンといい音が鳴って、親れいむは元いた場所へと転がった。
その口からは少量の餡子が漏れている。ちょっと強すぎたかな?
「ゆえ゛っ…いだい゛よ゛おぉぉぉぉ!!!」
「おかあさんになにずるの゛おおぉぉぉぉ!!」
「ゆっぐりできないおにいざんははやぐどこがにいぐんだぜえぇぇぇ!!」
涙を流して怒鳴る子れいむと親まりさを無視して掃除を続ける。
その間にも、やべでぇぇぇぇと言う声が聞こえるが無視だ無視。
「ふう、こんなものかな」
ゴミをチリトリに集め終わった後、床下を覗きこんで確認する。うん、綺麗だ。
さて…問題はこいつらをどうするかだけど、と三匹のゆっくりを見ながら考える。
あ、そうだ、いいこと思いついた。
「ゆっくりできないおにい゛さんばどっかいっでよおぉぉぉぉ!!」
泣き叫ぶ子れいむを掴み、持ち上げる。
「ゆゆっ! おそらをとんでるみたいー♪」
つい今までの剣幕はどこへやら、楽しそうに笑顔を浮かべる子れいむ。
相変わらずすごい切り替えの早さだな、おい。
そのまま子れいむを近くにあった透明な箱に入れた。
「ゆっ!? でれないよ!」
成体用サイズの箱の中で、子れいむは四方八方へと移動する。
たがそこは箱の中。当然一定以上は進めない。
「どぼじででれない゛の゛おぉぉぉぉぉ!!?」
脱出不可能な事を知り、再び泣き始める子れいむ。
周囲が見えているのに、見えない壁に阻まれて進めない。よく考えたら結構怖いな、これ。
子れいむの鳴き声を聞いて、親れいむを介抱していた親まりさが勢いよくこちらに向かってきた。
「ばりざのごどもをがえずんだぜえぇぇぇぇぇ!!」
顔は涙でぐしょぐしょだ。そのうち水分で溶けるんじゃなかろうか。
俺はそんな親まりさの口に両手を入れ、その口の上下を掴んだ。
「ん゛があぁぁぁぁ!! あ゛にあ゛あ゛ん゛あ゛え゛え゛ぇぇぇぇぇ!!(なにするんだぜぇぇぇぇぇ!!)」
そのまま勢いよく口を上下に引き裂く。
ビリビリッという威勢のいい音と共に親まりさの口が裂けた。
限界以上に口を開いたゆっくり。パッと見何かわからない物体になってしまった。
「あ゛がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
引き裂かれた激痛に親まりさの両目からは大量の涙が溢れ出ている。
俺はそんな彼女の中へ、チリトリ内のゴミを流しこんだ。これぞ、ゆっくりゴミ箱。
まあゆっくりにとっては餌らしいし、別にいいよね。
「おごっ……あがっ……!!」
親まりさの苦しそうな呻き声も気にせず、次々と詰め込んでいく。
チリトリが空になるときには、どうみても許容量を超えた状態だった。
おお、親まりさの口内にゴミの山が出来ておる。
「ゆ゛っ……ががっ…!」
「おーおー、苦しそうだねぇ」
「おどうざぁぁぁぁぁん!!!」
子れいむは箱の中で泣き叫ぶ以外出来ない。
俺は痙攣している親まりさの後頭部にそっと手を添えた。
もちろん、介抱するわけではない。
ここからは時間との勝負だ。
「よいしょっ!」
「ゆばぶぶぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!??」
添えた手を一気にこちら側へと引っ張る。裂けた口を元の位置に戻すのだ。
「ゆ゛べべべべべべぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
元の2倍ほどに膨れたまりさの体。
少しでも衝撃を与えると破裂するんじゃないかというほど、ぱんぱんに張り詰めている。
すぐさま俺は用意していたガムテープでまりさの口を塞いでゆく。
元々の口にくわえて、裂けた部分も当然封をしていく。
「ん゛ん゛……ん゛……」
「ふぅ、間に合ったか」
何とかゴミを吐かれる前に密封に成功した。
親まりさの口周辺には隙間なくビッチリとガムテープが貼られている。
よほど苦しいのか、少し経つと親まりさは白目を剥いて気絶してしまった。
まあゆっくりにとっては食料だし、死にはしないだろう。
「さてさて、床下も綺麗になったし、あとは…」
まだダメージが残っているらしい親れいむと気絶している親まりさを袋に入れる。
おかあさんたちになにするのおぉぉぉぉぉ、という子れいむの声が聞こえるが放置だ。
「やべでね! ここからだしでね!」
親れいむがまだ少し濁った声で言ってきた。
うるさいので袋越しに弱めの蹴りをくれてやる。
「ゆ゛べらっ!?」
少しは大人しくなったようで、ゆ゛ぅゆ゛ぅとしか鳴かなくなった。
親二匹の入った袋を担いで家の外に出る。
「おがぁぁぁぁぁぁぁぁざぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! おどぉぉぉぉぉぉざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
誰も居なくなった部屋から子れいむの絶叫が声聞こえてきた。
「う~、寒いね」
外は雪がしんしんと降り続けており、さっきまでよりも寒さが増したような気がする。
「いいか、もう二度と来るんじゃねぇぞ」
そう言って勢いよく袋を近くの森の方角へ放り投げた。
普段ならそれなりの飛距離は出るのだが、流石にまりさが重いせいかいつもより距離は短めになった。
まあそれでも森までは届いたし、よしとしよう。運が良ければ助かるだろう。
「寒い寒い。さっさと済ませてこたつで暖まろう。おやつもあるし」
ゆっくり達が侵入してきたスキマを頑丈に塞ぎ、家の中へと戻った。
これでもうゆっくりが床下に来る事はあるまい。
残った子れいむはきちんと洗ったあと、お茶と一緒においしく頂きました。
適度に恐怖と悲しみを味わわせたおかげか、とても美味しかったです。
一方、森へと飛ばされた二匹のゆっくり達は何とか生きていた。
運よく木々がクッションになり、落下時の勢いが弱まっていたのである。
とはいえ全くの無事、というわけではない。
体中に擦り傷が出来ていたし、地面に激突した衝撃でれいむも気絶してしまっていた。
そして先に気が付いたのもれいむだった。
「ゆぅ……ここどこ?」
彼女が目覚め、最初に目にしたのは見たこともない風景だった。
一体どうして自分はこんなところにいるのだろう、とれいむは思った。
しばらく考えたが、落下時の衝撃で記憶が消えたのか、ただ単に餡子脳だからか、全く思い出せなかった。
「ゆっ! かんがえてもしかたないね! みんなでここでゆっくりしようね!」
と、れいむは夫と子れいむの姿を探した。
そして彼女は自分の後ろにあるものを見て――全てを思い出した。
目に入ったのは体が膨れ上がり、口を封じられた伴侶の姿。まりさはまだ気絶していた。
そうだ、自分達は見つけたおうちでゆっくりしていたらあの人間が後からやってきて…。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!! ま゛り゛ざ! だいじょぉぉぉぶぅぅぅ!?」
れいむの必死の呼びかけで、まりさの意識も覚醒した。
が、体は重いし喋ることが出来ない。それに可愛い子れいむはどこへ行ったんだろう、とまりさは思った。
「んーんーんー!」
「だいじょうぶだよ! いまとってあげるからね!」
ちゃんと喋ることが出来ないまりさに向かってれいむは言い、ガムテープを剥がそうとする。
しかし、手を持たないゆっくりでは、何重にも貼られたガムテープを剥がすのは不可能だ。
なんど挑戦しても、れいむは一枚もはがす事が出来ずにいた。
「どぼじてとれな゛いの゛ぉぉぉぉぉ!?」
無力な自分に絶望するれいむ。そんな彼女を容赦ない寒気が襲った。
雪は未だやむ気配がなく降り続け、二匹の体力をじわじわと奪っていく。
「ゆゆっ! とりあえずおうちにもどろうよ! そこでゆっくりとろうね!」
「んんー!」
まりさの言っている言葉はわからないが、表情からすると賛成であることはれいむにもわかった。
暖かいおうちに戻って、可愛い我が子を助け出してまた三人でゆっくりしよう、とれいむは意気込んだ。
そうして二匹はしばらく森の中を進む。
が、ここが知らない場所だということは、お兄さんの家までの道など当然知っている筈なく。
「どう゛じだらおうぢにいげる゛の゛おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
いつまでたっても目的地に辿りつかず、その場で泣き出すれいむ。
これでは可愛い我が子を助け出す事が出来ない。
まあ仮にお兄さんの家に辿りついたとしても、既に子れいむはお兄さんのお腹の中なのだが。
再び歩き始める二匹だが、やはりどれだけ進んでもお兄さんの家どころか見覚えのある場所にも辿りつかない。
とうとうれいむの心は折れてしまった。
「れ゛いぶのかわいい゛れいむ゛ぅぅぅごべんねぇぇぇぇ!!」
もう二度と子供と会う事は出来ない。
そう思うとれいむの両目から涙が溢れ出てきた。
一方、そのれいむの様子を見たまりさは、子供があの人間に捕まったのだという事を理解した。
とても悲しかったが、今はゆっくりできる新しいおうちを探す事が先決だ。
そう考えたまりさは何とかれいむを慰めて、新しいおうちを見つけ出す事を身振りで提案した。
れいむも気を取り直し、次は新しいおうちを見つけるために三度進み始めた。
「ゆっ! あそこにおうちがあるよ!」
「んーんん!」
そして二匹は小さい巣穴を見つけた。
おそらく以前別のゆっくりが使っていたのだろう、ところどころに生活の跡が見られる。
家族が増えて狭くなったのか、それとも捕食種や人間に襲われたのかはわからなかったが、今は誰も使っていないようだった。
れいむとまりさもここを新しいおうちにしようと考えた。
が、ここで問題が発生する。
「ゆっ! さ、さむいよ! ゆっくりできないよ!」
そう、この巣は隙間が多く、そこから寒気が入り込んでくるのだ。
これでは越冬など出来そうにない。
そう思い、落胆していたれいむの頬に何か暖かい物が触れた。
「んーんー!」
「まりさ…!」
それはまりさの頬だった。まりさは笑顔でれいむの頬に自分のそれをくっつける。
れいむもお返しとばかりに頬をすりすりした。
それはとても暖かく、寒さなんて気にならないほどだ。
こうしていれば冬も過ごせるかもしれない。
「ゆっ! じゃあここでゆっくりしようね!」
「んーんんんんんん!」
それかられいむはまりさの口周辺に張り付いているガムテープをはがそうと何度も挑戦したが、やはりはがす事は出来なかった。
「どぼじよぉぉぉ! これじやあま゛りさがごはんたべれないよ゛ぉぉぉぉぉ!!」
だがまりさはそれに落胆せず、逆にれいむを元気づけた。
考えてみれば自分の体内には越冬用に貯めた沢山のごはんがあるのだ。そう簡単には死にはしないだろう。
必死にジェスチャーをしたところ、れいむにもその事が伝わったようだ。
「ゆっ! それじゃあここでいっしょにゆっくりしていようね!」
寒さは二人で寄り添い、すりすりすれば問題ない。餌も自分一人分ならなんとかなるだろう。そうれいむは考えた。
しかし、そう上手くはいかない。
ただでさえ冬でゆっくりが食べることが出来るものは数少ない。
それに加え、この家族は今までまりさが狩りをしていた。その為れいむは餌集めが苦手だったのだ。
しかも外はゆっくりできない寒さで、体を満足に動かすことも出来ない。
そんな状況の中、餌を集めることなど出来る筈もなく、れいむは日に日に弱っていった。
ある朝の事、ついにれいむは空腹と寒さで動けなくなってしまった。
まりさが寄り添り、頑張って体をすりすりさせるが意味は無かった。
「ゆ……まりざ…れい゛む……もっどゆっぐり…したかっ…たよ……」
「んーーんーんーんー!」
それがれいむの最後の言葉になった。その日、まりさは一日中涙を流していた。
それからまりさも命が終わるのはそう遠くは無かった。
伴侶という心の支えをなくし、ろくに寒気も防ぐことが出来ない巣にいては当然だろう。
「ん…んー……」
冷気に晒され続けながら一匹で過ごすというストレスによって、まりさの餡子は急速に劣化していった。
れいむが死んでから数日後、まりさも伴侶の死骸に寄り添いながらその生を終えた。
春になるころには、その巣穴の中には大量の虫と何重にも重ねられたガムテープの塊だけが存在していた。
終
最終更新:2022年05月18日 22:20