(深夜 裏路地 看板の無い店)
「イヒヒ!これはこれは、初めていらっしゃるお客様でございますな。ようこそいらっしゃいました。
 当店に辿り着いたという事は、お客様もそうとうな・・・好きものでございますな。ヒヒヒ!
 当店では普通の虐待に飽いたお客様の為、他ではマネできない特別なものを用意してございますよ。
 無論、それに見合った対価はいただきますがね。ヒヒヒ!」

「ここに辿り着くまでに散々警告は受けた事と存じますが、一応お聞きいたしますよ。
 それが当店のルールでございますからな。ええ、ルールでございます。ヒヒヒ!」

「イヒヒ!当店はお客様の様な特殊な趣味をお持ちの方が最後に流れ着く場所でございます。
 お解りですかな。『最後』という所が肝でございますよ。人によっては二度と現世に戻れなくなる場所でございます。
 覚悟はよろしいですかな?よろしいですね?ヒヒヒ!」

「イヒヒ!結構、結構、大変結構でございますよ。それでは奥の部屋へお進み下さい。
 当店はお客様を歓迎いたしますよ。ええ、歓迎いたしますとも。ヒヒヒ!」



「それでは当店が用意いたします『サービス』について説明いたしますよ。
 私共がお客様に提供しますのは『ゆっくりの記憶』でございます。
 ゆっくりの餡子には先祖代々の『ゆっくりの記憶』が詰まっている事、
 お客様はご存じですかな?ヒヒヒ!」

「ゆっくりがうまれてすぐに言葉を話すのも、親から受け継いだ餡子のお陰でございます。
 しかし記憶を継ぐという事は良い事ばかりではございません。
 中には『恐怖』といった負の記憶も当然含まれる訳でございますからな。ヒヒヒ!」

「イヒヒ!お客様ほどの方なら既にやった事がおありでしょうな。親に子を喰わせる虐待を。
 親子まとめて皆殺しにされるか、それとも一家の助命と引き換えに我が子を一匹喰らうか。
 運命の選択を迫られた親の表情。最高でございますな。ええ、最高でございます。ヒヒヒ!」 

「ほとんどの親は子を一匹喰らう方を選びますな。素晴らしい。ええ、実に素晴らしい。
 一見計算高く見えるその選択。家族の不幸を最小限に留めようとの苦渋の決断。
 その判断がよもや我々を喜ばすとは、饅頭共には想像もできぬでしょうな。ヒヒヒ!」

「苦しむ様を見ぬ皆殺しなど下も下。生を諦めたものを殺す事に何の喜びがありましょうか。
 一家そろって殺される事を望めば、あるいは見逃して貰える事も万に一つくらいはあったかもしれないのに。
 哀れ無垢なるゆっくりの親は、人の悪意を理解できず、
 我が子を想いて我が子を選び、許しを請いつつ子を喰らう。ヒヒヒ!」

「イヒヒ!愉快。ええ、本当に愉快でございますな。親に選ばれた子の、絶望浮かぶ表情。最高の愉悦でございます。
 親を罵る子もおりましょう。考え直す様にと訴える子もおりましょう。
 選ばれた子の反応は様々ですが、親がとる行動はたった一つ。他の子を護る為と自らに言い聞かせながら子を飲み込む。」

「嗚呼、愛する母の口の中で、咀嚼され嚥下され、母の餡子と混ざり合いながら、子は一体何を思うのでしょうな。
 親に吸収された子の餡子。子の記憶は親に継がれ、その記憶が映し出す画は子が最期に見た光景。
 大口を開けて近づく自分の姿。そして感じる子の思い。絶望、恐怖、憎悪。
 自ら喰らった子の記憶に触れ、気も狂わんばかりに泣き叫ぶ親。イヒヒ!まったく最高でございます。」

「イヒヒ!恐怖の記憶は時に、内に封印されていた更なる恐怖の記憶を呼び覚ます。
 それまでは『ゆっくり』する事によって封じ込めていた先祖代々の負の記憶。
 それが一気に外に出てくる訳でございます。何百、何千の今際の映像。その苦痛たるや如何ばかりでしょうか。
 子を喰わせられた親が狂い死んでしまう事があるのは、こういった訳でございます。」

「イヒヒ!話が長くなってしまいましたな。では本題に移りましょう。
 お客様、この餡子に封じられた負の記憶。それに触れたゆっくりは皆死んでしまう程の恐怖の記憶。
 ゆっくりが見た凄惨なゆっくりの死の映像。『見てみたい』とは思いませんか?ヒヒヒ!」

「こちらに用意いたしましたゆっくりの餡子。この紅い液体をかけて召し上がっていただくと
 ゆっくりの記憶を取り込む事ができます。ただし、注意が一つございます。
 この餡子に刻まれたのは歴代のゆっくりの記憶、ゆっくりの歴史そのものでございます。
 その量は膨大。とても人間の脳で処理しきれるものではございません。
 我々は奴等と違い『ゆっくり』して不要な記憶を抑え込む、封印する事はできませんのでな。ヒヒヒ!」

「イヒヒ!先ほど申しました『戻れなくなる』というのはこの事でございます。
 ゆっくりの記憶の海に溺れ、永遠に彷徨い続ける方がおられるのですよ。
 取り込む記憶の量は紅い液体の量で調節できますが・・・稀に自制のできない方がおられましてね。ヒヒヒ!」

「イヒヒ!さあさあ、それでは早速召し上がっていただきましょう。
 最初は一滴、一滴だけでございます。お試し、といったところでしょうか。ものの数分で終わりでございます。
 それで満足いただけないなら・・・次からはご自分で量を調節なさってください。
 あとは自己責任。ええ、自己責任でございますよ。たとえ何が起ころうとも・・・ヒヒヒ!」


明るい・・・眩しい・・・何も見えない・・・
白一色、いや、銀と言うべきだろうか。目に映るのは眩しく光る白銀の砂嵐のみ。
焦点が定まらない。一向に開けぬ視界に加え、まったくの無音の世界。落ち着かない。

ああ、段々見えてきた。砂嵐に陰影が映る。前方に見える影。五つ。
ぼんやりと見えてきたシルエット。その中の一つ。特徴的な形。見間違える筈も無い。まりさだ。

もう大丈夫だ。はっきりと見える。あの影はやはりまりさだった。
五つの影の正体は子ゆっくり。まりさが一匹、れいむが四匹か。
走っている。親は?子ゆっくりなら近くに必ず親がいる筈だが。どこにいる?

む・・・横を向けない。というか、動けない。声も・・・出せないな。何故だ?
ああ、そうだった。これはゆっくりの記憶だった。私はゆっくりが過去に見た映像を覗いているのだったな。
私が食べた餡子。その餡子の系譜に連なるゆっくりのいずれかが見た画、という訳か。

ゆっくりの視点にしては妙に高い。それに酷く揺れる。上下だけでなく左右にも。
ああ、そうか、解った。これは親の蔓にぶら下がっている赤ゆっくりの視点だろう。
それなら親が見えないのも納得できる。視点を動かす事ができないから確認はできないが。

子ゆっくり達。怯えているな。時々こちらを向く。後ろを確認するとすぐにまた走り出す。
逃げているな。何者かに追われている。一々止まって振り向きなどせずに、真っ直ぐ逃げればよいものを。
お、私も止まった。いや、止まったのは親か。後ろを見るが・・・何もいないぞ?巻いたのか?

それでも歩みを止めない。一目散に逃げ続けている。向かう先は・・・まあ、想像できるな。
恐ろしい目にあった後にゆっくりが向かう場所。自分の巣、もしくは仲間が集まっているゆっくりプレイスか。
一刻も早く安全なところでゆっくりしたいと考える筈だ。

ビンゴ。ゆっくり達が集まってゆっくりしている。結構な規模のゆっくりプレイスだな。
仲間達がこちらに気付いたようだが・・・様子がおかしい。こちらを見て固まっている。
親が後ろを向いた。ははぁ、こいつが追跡者だったのか。道理で姿が見えなかった訳だ。犬だったとは。

十分に距離を置いて匂いを辿って追いかけていたのか。逃げたゆっくりに仲間のいる所まで案内させる為に。
野犬の癖になかなか賢いものだ。ゆっくりの習性を利用するとは。
周りはすっかり囲まれているようだな。どのゆっくりも逃げようともしない。
それにしても音が聞こえないのが悔やまれるな。これだけの数のゆっくりの悲鳴。中々聞く機会は無いのに。

さあ、始まった。集まったゆっくり達に飛び込んでくる野犬の群れ。
しかし、たかが犬とはいえ、ゆっくりから見たらこんなにも恐ろしいものなのか。
鋭く尖った牙。大口を開け恐るべきスピードで襲いかかってくる。

母ゆっくりに咬み付いた、様だが・・・見えない。視点が変えられないのがもどかしい。
お、蔓から落ちた。これはいい。うまい具合に親ゆっくりが視界に入っている。
あああ・・・、いい、いいぞ。頭を前足で抑えられ、後頭部を噛み切られながらも何か叫んでいる。
「逃げろ」とでも言っているのだろうか。こちらを向いて泣き叫んでいる。

おお、これは・・・この表情は素晴らしい。両目を大きく見開き、涙を流し、涎をたらし、
犬が餡子に食らいつくたびにビクンビクンと痙攣している。
その半開きになった口からは悲鳴か嗚咽が漏れているのだろうか。

それにしても・・・クソッ!やっぱり音が聞こえないのは・・・
これだけの物を見ながら、そこにある筈の断末魔を聞く事ができないだなんて・・・

ん?視界がぼやけてきた。段々白く・・・
まさか、まさかこれで終わりか?まってくれ!まだこれからじゃないか!
あああ、畜生!段々見えなくなってきた。こんなんじゃ全然足りない!


「イヒヒ!如何でしたかお客様。どの様なものをご覧になったのです?
 ほぉ・・・野犬の群れに襲われるゆっくり達ですか。野犬の襲撃から運良く逃れたものの記憶ですな。
 え?音が聞こえなかった?成程、確かにゆっくりの悲鳴無しでは、どんな虐待も魅力半減でございますな。ヒヒヒ!」

「ええ、それは仕方の無い事でございます。薬品の量が少なかったのですね。稀にある事でございます。
 普通のお客様なら一滴だけでも十分なのですが・・・
 服用する方の体質の問題なのでございます。こればっかりは仕方の無い事でございます。」

「え?ええ、そのとおりでございます。薬液の量を増やせば大丈夫でございますよ。
 音もちゃんと聞こえる様になりますし、見られる記憶の量も増えますよ。
 ただし、少々問題がありましてな。この薬品、依存性があるのです。多量の服用はおすすめできません。」

「イヒヒ!これはこれは失礼いたしました。それほどの覚悟がおありとは。
 お客様のなさる事、我々は止めはいたしません。しかし・・・どうなっても知りませんよ?ヒヒヒ!」

「それではまた後日お越しください。お客様の様な覚悟をお持ちの方は何時でも大歓迎でございますよ。
 え?今すぐに、ですか?それはできません。薬の在庫にも限りがありますのでな。
 お一人様に付き、一日一回までと制限させていただいております。そこはどうかご理解ください。」

「イヒヒ!それでは、またのご来店を。ヒヒヒ!」


(虐待中毒者 更なる深みへ)
「イヒヒ!これはこれは、ようこそお越し下さいました。お客様は二回目ですから、説明は不要ですな。
 奥に用意ができております。それではごゆっくりお楽しみください。ヒヒヒ!」


さて、今回はどんな物が見られるのだろうか。おお、音だ。ちゃんと音が聞こえる。
ぼやけていた視界が鮮明になるのに合わせ、ゆっくり達の歌声が聞こえてきた。
枯草の草原を歌いながらゆっくり行進している。

「ゆ~♪ゆ~♪ゆ~♪ゆっくり~♪ゆっくりするよ~♪」

「みんなおうたがじょうずになったね!とってもゆっくりできるよ!」

見上げるほどの大きさのまりさが、こちらを振り返り話しかけてきた。
今回は子ゆっくりか。赤ゆっくりとは違い活発に動き回る事ができる。
きっと前回よりも多くの物を見せてくれるに違いない。

「ゆ!まりさ、にんげんさんがいるよ!」

「ほんとだ。れいむ、しんぱいしないで。まりさがいってくるよ。こどもたちのこと、おねがいね。」

「きをつけてね。」

子ゆっくり達は母れいむの背に隠れ、母まりさが人間達にぴょこぴょこ近付いていく。
母れいむの後ろに隠れながらもこっそりまりさの姿を覗いている。いい子だ。お陰で良く見えるよ。
さあて、一体君はどんな物を見たんだい?

「にんげんさん、ゆっくりしていってね!!!」

「でもここはまりさたちがみつけたゆっくりぷれいすなんだよ。
 だからにんげんさんも、べつのばしょをみつけてゆっくりしてね!」

人間達の反応は・・・無視か。まあ、当然だな。私の様にゆっくりを見つけたら嬉々として虐待する者の方が珍しいだろう。
ん?何をするつもりだ?道具を出して何かの準備を始めた。熊手の様な・・・どこかで見た事があるな。
次に取り出したのは・・・火を点けた。たいまつ?竹でできたたいまつだ。
一体何を・・・あっ!解かった。ははは、これはいい。いい画が見られそうだ。

「ねえ、おねがい!にんげんさん!まりさのゆうことをきいてね!
 ここはまりさたちのゆっくりぷれいすなんだよ!まりさたちがゆっくりするの!じゃましないでね!」

ククク。さあ、早く!早く火を点けてくれ!まさか野焼きに巻き込まれるゆっくりを拝めるとは。
高い金を払った甲斐があった。こんなもの、見ようと思っても見られるもんじゃない。
炎と煙に巻かれ死んでいくゆっくりを見られるんだ!それも目の前で!

ん?まてよ?これじゃあこの一家は全滅じゃないのか?ならこの記憶はどうやって・・・
ま、いいか。そんな細かい事は。実際こうやって見る事ができているんだ。何とか生き残って子孫を残したんだろう。

「ゆうう・・・どうしてまりさのおはなしきいてくれないの・・・
 しかたないよ。にんげんさん、にんげんさんたちもここでゆっくりしていいよ。
 だけどまりさたちがゆっくりするのをじゃましないでね!まりさとのおやくそくだよ!」

何を言っているんだこの阿呆饅頭は。お前の戯言なんか誰も聞いていないよ。
さあ、こんな奴ほっといてさっさと火を点けてくれ!早く!早く!早く!早く!

「ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!!な゛に゛し゛て゛る゛の゛お゛お゛お゛!!!!!」

遂にきた!ははははは!おお、いいぞ!良く燃える良く燃える!

「れいむたちのゆっくりぷれいすがあああああああああ!!!!!」

「まっててねれいむ!いままりさがひをけすよ!すぐにけすよ!まっててね!」

消す?どうやって?煙草の火を踏み潰して消すのとは訳が違うんだぜ。
まして靴も履いていないお前のその『あんよ』で火を消すってか?ははは!やれるもんならやってみろ!

「ゆぎゃああああああああああああ!!!あじゅい!あじゅいよおおおおおおお!!!!!」

「ああああああ!!!まりさ!まりさああああああ!!!!!」

あっはっはっはっは!!!帽子に火が燃え移った!こりゃ傑作だ!
急いで帽子を脱いだがもう遅い。ククク、まりさの、自慢の、金髪が、アハハハハハハハハ!!!
れいむも子供等も泣いている。だが、いいのか?さっさと逃げないと、次はお前達がああなるんだぜ。

「みんな!おうちににげるよ!いそいで!」

ほお、意外と立ち直りが早かったな。まりさを見捨ててさっさと逃げ出すとは。賢明な判断だ。
ククク。家族に見捨てられ、炎に巻かれ全身を焼かれながら、まりさは一体何を思うんだろうなあ。
今どんな気持ちだ?どんな顔してるんだ?ああ、見られないのが残念だよ。
ゆっくりの記憶をトレースしてるだけだからなあ。視点を変えたりできたらいいんだが・・・

「あああああ!!!れいむ!!!れいむうううううううう!!!!!ああああああああああ!!!!!!」

まりさの最期の悲鳴を背に逃げるゆっくり一家。どこに逃げようというのかね。
おや?足を止めた。ちょっと待て。200mも逃げてないじゃないか。これで逃げ切ったつもりなのか?

「みんな、はやくおうちにはいってね!おうちのなかはあんぜんだよ!」

母れいむの声に促され、次々と巣穴に潜り込む子ゆっくり達。安全?どこが?正気の沙汰とは思えないな。
しかし、ゆっくり達の『おうち』に対するある種信仰にも似た思い込みは一体何なのだろう。
どいつもこいつも巣に逃げ込めば安全だと信じ切っている。まったくお笑い草だ。
まあ、そのお陰で我々は手軽に虐待を楽しめるのだから、変に賢くなられても困る訳だが。

絶対安全だと確信している『おうち』に逃げ込み、安心しきっているゆっくりを巣から引きずり出す。
巣穴の入り口に施されたバレバレのカムフラージュを暴いた時の奴等の顔といったら・・・
天国から地獄へと突き落とされた絶望。あの時の表情に勝るものはそうは無いな。

ゆっくりの巣穴については実はよく解ってはいない。そもそも誰もゆっくりが巣を掘っているところを見た事が無いのだ。
手も足も持たず、使えそうなものといったら口くらい。それであれだけの穴を掘るんだから、流石は不思議饅頭といったところか。

それに、巣穴の中に必ずあるあの光る石。あれのお陰で例え入口を塞いでいても、巣穴の中はお互いの顔が解るくらいに明るい。
しかもその石、巣から外に出すとまったく光らなくなるのだ。どうやって巣を掘るのかと同じく、ゆっくりが持つ謎の一つだ。
やはりゆっくりの巣には奴等が「絶対に安全だ」と盲信するに足る何か不思議な力が働いているんじゃないだろうか。

ゆっくりの記憶を覗けばひょっとしたらその謎もいつか解けるかもしれないが、まあ無理だろうな。
ゆっくりの研究をしている学者連中は頭の固い真面目な連中ばかり。こんな店に来る事など無いだろう。
私も自分で調べようなどとは思わない。あくまでもゆっくりは虐待の対象。それ以外の事に興味など無い。

下らない事を考えている間にも、草原の火はどんどん燃え広がっている。
どうやら巣の近くまで炎の壁が迫って来た様だ。巣の中に煙が入って来た。
子供達が「目が痛い」「苦しい」と騒ぎだし、母親が慌てて自らの体で巣穴に蓋をする。

「まりさ。まりさ。だいじょうぶだよ。しんぱいしないでね。こどもたちはれいむがかならずまもるよ。
 れいむとまりさのこどもたち。かわいいかわいいこどもたち。かならずまもるよ。かならずまもるよ!」

背を外に向け、子供達ににっこりとほほ笑みかける母親。子供達を安心させようとの心遣いだろうが・・・
ククク。いつまで持つかな。段々と余裕が無くなってきた。顔は引き攣り、額に脂汗が滲む。
草原のすべてを焼き尽くす紅蓮の炎。その熱風が容赦無くれいむの背を襲う。

「ゆぐぐぐぐぐぐ・・・まけないよ!まけないよ!まりさとやくそくしたんだ!こどもたちはぜったいしなせないよ!」

れいむの悲壮な覚悟。しかし、炎に慈悲などある筈も無く、遂にれいむも炎の餌食に。
れいむの表情がそれまでとは明らかに変わり、泣きながら最愛のゆっくりの名を叫ぶ。

「まりさああああああ!まりさああああああ!たすけて!たすけて!あついよおおおおおおおお!!!!!」

「いやだああああああああああああ!!!!!じにだぐないいいいいいいいいい!!!!!!」

あはははははははは!どうした?どうした?熱いのか?逃げたいのか?いいんだぜ、逃げても。
お前がそこから一歩でも動いたが最後、中の子供達も炎に巻かれるだろうがな。あはははははははははは!

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!」

ん?喚かなくなった。死んだか?チッ、つまらん。もっと苦しんでくれたら良かったものを。
その替わり巣の中は大変楽しい事になっている。母が死んだ事で子供等の混乱は今や絶頂だ。
泣きながら母の亡骸にすがるもの。一歩でも入口から遠ざかろうと、巣の奥の壁に体を押し付けるもの。
「これは夢だこれは夢だ」とうわ言を繰り返すもの。頭がおかしくなったのか、クルクル回りながら歌いだすもの。

しかし、私が記憶を覗いているこのゆっくり、随分と落ち着いているものだ。
姉妹達の狂乱には加わらず、辺りをきょろきょろ眺めている。お陰で巣の中の様子がよく解かるが。
あっ!急に視界がブラックアウトした。こいつ、気絶しやがったか。
あああ、これで終わりか。足りない。これじゃ足りない。次はもっと・・・


「イヒヒ!如何でしたかお客様。今回はちゃんと音が聞こえましたか?
 ほうほう、それはようございました。では、次からは今回と同じ分量で・・・え?まだ足りない?」

「お客様も相当な虐待好きでございますなあ。いえいえ、止めているのではございませんよ。
 最初に申しました通り、すべては自己責任でございますからな。ええ、自己責任でございます。ヒヒヒ!」

「イヒヒ!それでは勇敢なるお客様、またのご来店を。ヒヒヒ!」


(夢の世界 もう二度と戻れない場所)
「イヒヒ!これはこれは、ようこそお越し下さいました。ささ、早速奥へ・・・
 え?質問ですか。ええ、何なりとどうぞ。私が答えられる物でしたら、何でもお答えいたしますよ。」

「ふむ・・・記憶をただ見るだけで無く、介入したいと・・・難しいですな。難しいですが・・・
 端的に申しますと『可能』です。お客様の望む通り、別視点から覗く事もできます。」

「お客様、例えばこんな経験はございませんか?自分が体験した過去のできごとについて、
 後から『ああ、あの時こんな風にすれば良かった』などと考えた事。そして、それについて脳内でシミュレートした事。
 そう、『妄想』でございます。妄想とは便利な物ですな。その中では自分は何にでもなれるし、何でもできる。」

「それと同じ事をする訳でございます。ゆっくりの記憶の中で妄想をするのです。
 過去の記憶を自分好みに改編する。好きな視点から眺める事もできますし、結末すら変える事ができる。
 必要なのは自身の妄想力、そしてゆっくりの記憶の世界に完全に入り込む事。」

「イヒヒ!もう気付かれたのではないですかな。その為に何が必要なのかを。
 ええ、その通りでございます。どうするかはお客様次第。あくまで自己責任でございますよ、自己責任。ヒヒヒ!」

「イヒヒ!流石に迷っておいでの様ですね。ええ、良く考えた方がよろしゅうございますよ。
 過去に何人もおりますからな。こちら側に戻ってこられなくなった方が。
 戻ってこられるかどうかはお客様の意志の力次第でございます。
 自信はおありですかな?快楽を振り切り、現実世界へ戻る事ができるとの自信は。」

「マイナスの面を話しましたので、プラスの面についても話しましょうか。
 実はこの方法、リスクを冒すに足るリターンもあるのですよ。」

「普通、妄想とは自分の知識や経験を元にするものです。ですから自ずと限界がございます。
 それを超越してまったく新しい物を生みだす事ができるのは『天才』と呼ばれる者だけです。
 失礼ですがお客様はそういった特別な人種では無く、ごくごく『普通の人』でございましょう?」

「それゆえ、ゆっくりの虐待方法についても目新しさが無くなり、いずれマンネリ化してしまう。
 それでも満足できるのなら良いのですが、そうで無い方も極少数ですがおられるのです。」

「ですが、もし、ゆっくり達のあらゆる『ゆっくりできない記憶』を収めたデータベースがあったとしたら?
 そこには今までゆっくりが味わった様々な苦痛があります。当然、今まで見た事も無い様な物もです。
 更にそのデータベース、ただ見るだけではございません。それを参考に新たに創り出す事もできるのです。
 そこに納められた様々なパーツを組み合わせたら、それこそ星の数程の虐待方法を試す事もできるでしょう。」

「しかも、すべては脳内のできごと。いかなる事でも、どんな突拍子も無い事でもできます。
 現実世界では決して起こり得ない事も。お客様は世界のすべてを変える事ができる『神』になれるのですよ。」

「イヒヒ!どうです?危険を冒す価値、あるとは思いませんか?
 もちろん、危険を冒さず今まで通りただ眺めるだけ、という選択もありでございますよ。
 すべてはお客様次第。ええ、お客様次第でございます。ヒヒヒ!」


やってしまった・・・私は戻る事ができるのだろうか・・・現実世界に・・・
まあ、今更後悔しても仕方が無い。今はこれから起こる筈のゆっくりの悲劇を楽しむ事に集中しよう。
大丈夫。きっとどうにかなるだろう。大丈夫。

大量の薬を服用しただけあって、ゆっくりの記憶とのシンクロはバッチリだ。
映像、音の鮮明さは言うまでも無く、肌を撫でる風や花の香りまで感じる事ができる。
自由に動く事もできる。周りには複数のゆっくりの一家。小さなゆっくりぷれいすだな。

ははは。皆楽しそうだな。見ているこっちまで何だかゆっくりとした気分に・・・おっとこれはまずい。
ゆっくりと同化しすぎた。五感や感情まで共有していたら、肝心の時に私まで苦痛を味わう事になってしまう。
意識をゆっくりから切り離そう。そうだな、少し上から俯瞰で眺める事にしようか。どうだ?いけるか?

成功。なんだ、案外簡単じゃないか。さて、何かが起こるのをただ待つのも暇だな。
折角何でもできるんだから、何かしようか。ゆっくり日向ぼっこをしてる奴等の上にゲリラ豪雨でも降らせてやるか?
まあ、慌てる事はないか。時間はたっぷりある。お楽しみは後に取っておくとして、ちょっとゆっくりが足りないな。
ゆっくりの数を増やそうか。悲鳴は多ければ多いほど良い。

ははは。しかし素晴らしい気分だな。本当に神にでもなったようだ。
何でもできる。真っ白なキャンバスに絵を描く様に。まっさらな原稿用紙に物語を紡ぐ様に。
あの男、見た目も仕草も話し方も、すべてが胡散臭い奴だったが、嘘は吐いていなかった様だな。

おや、下界に変化が・・・あれは・・・ククク、これは面白くなってきた。さあ、下に降りて近くで楽しもう。


「イヒヒ!これはこれは旦那様。ようこそお越し下さいました。
 ええ、こちらが先程連絡差し上げた、新しく夢の世界へ旅立たれたお客様でございます。ヒヒヒ!」

「早速楽しんでおいでの様で。自分の見ている夢の内容を、ぶつぶつ呟いておいでですよ。
 これで旦那様も暫くはネタに困る事もございませんなあ。ヒヒヒ!」

「おや、また誰か新しいお客様がいらした様です。申し訳ありませんが接客に戻らせていただきます。
 ええ、分かっております。いつもの通り、このお客様の呟きは仔細漏らさず、すべて録音して旦那様にお届けいたしますよ。」



「イヒヒ!これはこれは、初めていらっしゃるお客様でございますな。ようこそいらっしゃいました。
 当店に辿り着いたという事は、お客様もそうとうな・・・好きものでございますな。ヒヒヒ!
 当店では普通の虐待に飽いたお客様の為、他ではマネできない特別なものを用意してございますよ。
 無論、それに見合った『対価』はいただきますがね。ヒヒヒ!」


end

作者名 ツェ

今まで書いたもの 「ゆっくりTVショッピング」 「消えたゆっくり」 「飛蝗」 「街」 「童謡」
         「ある研究者の日記」 「短編集」 「嘘」 「こんな台詞を聞くと・・・」
         「七匹のゆっくり」 「はじめてのひとりぐらし」  「狂気」 「ヤブ」
         「ゆ狩りー1」 「ゆ狩りー2」 「母をたずねて三里」 「水夫と学者とゆっくりと」
         「泣きゆっくり」 「ふゅーじょんしましょっ♪」 「ゆっくり理髪店」
         「ずっと・・・(前)」 「ずっと・・・(後)」 「シャッターチャンス」
         「座敷ゆっくり」 「○ぶ」 「夢」 「悪食の姫」 「中学生のゆっくりいじめ(前編)」
         「中学生のゆっくりいじめ(後編)」 「ゆっくりできないあいつ」 「とかいはルール」
         「まりさまりさまりさ・・・」

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最終更新:2022年05月19日 11:29