(新入生)
「起立。」 「礼。」 「着席。」

「皆さんおはようございます。今日からこのクラスに仲間が一人増える事になりました。」

どんな奴だろう。カッコいい人だったらいいな。俺今朝それっぽい奴見たぜ。
ざわつく教室。生徒達の視線が集まる扉を教師が開ける。
が、誰もいない。転校生のかわりにそこにいたのは・・・ゆっくり?

教師はゆっくりを抱えあげ、教卓の上に降ろす。
え、まさか・・・。あれが転校生?
教卓の上に立ったゆっくりまりさは、満面の笑みを浮かべ元気に挨拶をする。

「しんにゅうせいのまりさだよ!みんな、きょうからいっしょにゆっくりしようね!」

静まり返る教室。生徒達のリアクションなど気にも留めず、教師は話を始める。

「まりささんは以前どこかの学校に通っていた、という訳では無いので転校生ではなく新入生です。
 学校がどんな処なのかもまだ良く解っていないと思います。皆で助けてあげてください。
 ところで、皆さんは疑問に思うかもしれませんね。どうしてゆっくりが学校に通うのかと。」

「ゆっくり保護法ができたお陰で、最近人間社会に交じって生活するゆっくりが増え始めています。
 彼女の両親もそうです。そんな彼女達ですが町での生活に馴染めず孤立するケースが多数報告されています。
 そこでゆっくりが人間社会に早く順応できる様、子供のうちに学校に通わせ集団生活を経験させるべきだ
 と言う提言が出ました。現在、試験的にゆっくりを通学させデータを集めているところです。
 本校もモデル校の一つに選ばれ、まりささんが通う事になりました。」

「人間とゆっくり。新法によってゆっくりも人間とほぼ同等の権利が認められる様になり、
 同じ社会で生活する仲間となった訳ですが、見ての通り私達はそもそも体の造りがまるで違います。
 彼女が我々と共に生活していく為、我々はどの様な気遣いをするべきでしょうか。
 皆さんにはまりささんと一緒に学ぶ中でそれを考えて欲しいと思います。」

「はい。話はここまでです。早速授業を始めましょう。まりささんの席は・・・A君の隣が空いていますね。
 ではA君、まりささんの事お願いしますね。まりささん、解らない事があったらなんでもA君に聞いて下さい。」

教師はAの隣の机の上にまりさを降ろし、教壇に戻ると授業を始めた。
まりさはAの方に向き直ると、にっこりと笑い挨拶をする。

「ゆっくりしようね!」


「ウゼェ・・・」


(シカト)
授業が始まる。生徒達が先生の板書をノートに写す。まりさも持参した紙に向って、口に咥えた鉛筆で
なにやら不思議な模様を描いている。顔は真剣そのもの。本人は黒板に書かれたものを写しているつもりなのだ。
当然の事ながらゆっくりに人間の中学生相当の授業の内容など理解できる筈も無い。

しかし、それでも問題は無い。ゆっくりの通学の目的は集団生活を学ぶ事だからだ。
皆と同じ教室に通い、皆と机を並べ、勉強の真似事をする。よそ見をしたり、居眠りをしたりなんかはしない。
人間に交じって良く働いている両親に似て、まりさは非常に優秀なゆっくりだった。


まりさの両親は土建屋で働いていた。仕事の内容は野生のゆっくりとの交渉。
ゆっくり保護法が成立したおかげで、野生のゆっくりといえど簡単に殺す事はできなくなった。
道路や建物を建設する予定地にゆっくりの居住区があった場合、以前なら皆殺しにするか力ずくで追い出していた。
しかし新法のせいでそれはできなくなってしまった。そこでまりさの両親、親まりさと親れいむの出番だ。

まりさの両親は予定地に住むゆっくりと立ち退きの交渉をするのだ。
大抵の場合、人間とゆっくりが話すよりゆっくり同士の方が話し合いは上手くいく。
親まりさと親れいむは相手を巧みに丸め込む話術を買われ、会社から大変重宝されていた。

彼女達を雇用するメリットはもう一つあった。ゆっくりには給金を払う必要が無いのだ。
ゆっくりが金銭目的の犯罪に巻き込まれるのを防ぐ為、ゆっくりは通貨の所持を禁じられていた。
そのかわり、ゆっくりは労働の対価として衣食住を雇用主に要求する事ができた。
まりさの一家は両親が働く会社の社長宅の庭、社長が用意してくれた犬小屋に住んでいた。

自分達を襲う野生動物のいない町の暮らし。食べる物も残り物とはいえ人間と同じ。
野生の頃とは比べ物にならない贅沢な生活。まりさの両親は人間に感謝していた。
幼いまりさに対しても人間とうまく生活していける様、熱心に教育してきた。

まりさも人間と上手く共存し、豊かな暮らしを送れる筈だった。
ゆっくりを受け入れてくれる人間となら・・・


授業が終わり10分間の休み時間となる。生徒達はめいめいトイレに行ったり、友達と話をしたりして過ごす。
まりさも生徒達に話しかけてみる事にした。

「ゆ。なんのおはなしをしているの?」

「・・・」

返事の代わりに返ってきたのは、刺すような冷たい視線。
完全なる拒絶。何で勝手に入ってくるんだとその目が雄弁に語る。

「ゆ・・・ごめんなさい・・・」

まりさがわるかったんだね。きっとだいじなおはなしをしてたんだよ。
まりさはそう理解し別のグループに加わろうとする。
今度は女の子達。どうやら駅前に新しくできたケーキ屋の話をしているらしい。
まりさもケーキは大好きだ。社長さんが呑んで上機嫌で帰って来るとき、お土産でいつも買って来てくれるのだ。

「ゆ!まりさもけーきだいすきなんだよ!いっしょにつれていってね!」

「・・・」

自分達に話しかけてきたまりさを一瞬見た女の子達。
その後小さな声でボソボソと話すと、まりさには目もくれずどこかへ行ってしまった。

「ゆぅ・・・」

どうしてだろう。まりさ、なにかわるいこといったかな。
女の子達の態度にちょっと傷ついたまりさ。
だいじょうぶだよ。そのうちなかよくなって、いっしょにおはなしできるようになるよ。

まりさは次は男の子に話しかけた。二人で昨日のナイターについて話している。
そろそろペナントレースも終盤。今年もウチが貰った、いや今年こそウチが。
自分の好きな球団について楽しそうに話している。

「やきゅうってたのしそうだね!まりさにもおしえてね!」

かなり大きな声で話しかけたつもりだが、まりさの声は完全にスルーされる。
二人はまりさに目もくれない。まりさの存在すら否定する様な態度。
もう一度話かけてみても同じ。一片の注意すらまりさに向けようとはしない。

どうしてむしするの?まりさはみんなとたのしくおはなししたいだけなのに・・・
どうも上手くいかない。皆と仲良くなりたくて積極的に話しかけているが、誰も自分の相手をしてくれない。
まりさは段々悲しくなってきた。

また別の男の子に話かけてみる。椅子に座り窓の外をぼんやり眺めている。
誰とも話していない。それならきっとまりさの相手をしてくれるだろう。まりさはそう考えた。

「ゆっくりしていってね!!!」

「ん、何?」

応えてくれた!まりさの言葉に応えてくれた!
まりさは嬉しくなって、つい大声で話してしまった。

「あのね!あのね!まりさとおはなししよう!!!」

「ああ、別にいいけど・・・」

「おーい!B!ちょっとこっち来いよ!」

まりさの隣の席のAが呼ぶ。友達に呼びかけている、という感じでは無い。
有無を言わせないかの様なAの語気に、Bはすっかり委縮してしまっている。

「え、でも・・・」

「あ゛?でもって何だよ、でもって。いいからこっち来いよ!」

「うん、今行くよ・・・」

「ゆ・・・」

Bの背中を目で追うまりさ。行ってしまった・・・折角お話ができると、仲良くなれると思ったのに・・・
AがBの肩をポンポンと叩きながら何か話している。Bは俯き加減で「ハハハ」と口だけで愛想笑いをしている。
何を話しているのかは分からない。聞き取れた言葉は「良かったな」「今日からあいつが」「解ってるよな?」

結局まりさはこの休み時間中、誰とも話をする事ができなかった。
二時限目、三時限目の後の休み時間も同じ。まりさはクラスの皆に避けられている。
小さな教室。40人の生徒達がおこすガヤガヤとした騒音の中にあって
まりさの周りだけが静かだった。まるで見えない壁で世界と隔絶されているかの様に。

初めのうちはそれでも何とか受け入れて貰おうと、生徒達に近寄って行ったまりさだが
まりさがぴょこんぴょこんと跳ねて行くと、生徒達はスッと音も無く離れて行ってしまう。

「どうしてかなぁ・・・まりさはみんなとなかよくしたいのに・・・」

そのうちまりさは生徒達に話しかけるのを諦め、机の上で俯きながらじっと次の授業が始まるのを待つ様になった。
皆に避けられている。皆から無視される。理由は解らないが。
周りの悪意が作り出した異質な空間の中で、まりさはひたすら耐え続ける。



(隠す)
四時限目が終わり昼休みの時間となった。生徒達は気の合う仲間同士で集まり、家から持って来た弁当を食べる。
まりさはひとりぼっち。母が持たせてくれたお昼ごはんをむーしゃむーしゃと食べる。
おいしい、おいしいけど・・・。家族みんなで食べた朝ごはんの様な満足感は無い。
まりさは小さく「むーしゃむーしゃ、しあわせー」と呟くと、教室を出て外へ向かった。

きょろきょろと何かを探しながら校庭を跳ねていくまりさ。
やがて校舎の壁と生垣に囲まれた、日当たりの良い芝生を見つけた。
ここなら誰にも見られない。誰にも邪魔されない。ゆっくりするには最適な場所だ。

「ゆ。ここにしよう。ここならゆっくりできそうだよ。ここがまりさのゆっくりぷれいすだよ。」

まりさは人間の生徒達と違い休み時間にトイレに行く必要は無い。
そのかわりまりさはゆっくりぷれいすでゆっくりする必要があった。
しかし10分間の短い休み時間ではそれをする事は叶わず、まりさはずっと我慢していたのだ。

今は長い昼休み。チャイムがなるまで後40分。ゆっくりする時間は十分にある。
まりさは太陽の光をたっぷり浴びながら、目を閉じて頬をだらしなく弛緩させる。

「ゆっくり~♪」

不足していたゆっくり分を補給するまりさ。ゆっくりしていると段々ゆっくり本来の明るさが戻ってきた。
午前中に体験した嫌な記憶、悲しい辛い思いが徐々に薄れていく。
ああ、まりさはいまとてもゆっくりしているよ。しあわせだよ。
ゆっくりがすべてを癒してくれる。十分にゆっくりとしたまりさは元気を取り戻した。

午前中の陰鬱とした気分を振り払い、来たときとは違い軽い足取りで教室に戻るまりさ。
そろそろ五時限目の授業が始まる。まりさは椅子を踏み台にして机の上にぴょんと跳び乗る。
先生が来る前に勉強道具の確認。ノート代わりの紙、紙を押さえる文鎮、消しゴム・・・

「ゆ!まりさのえんぴつがないよ!」

鉛筆が無くなっている。教室を出る前は確かにあったのに。
まりさの鉛筆。社長さんがまりさの入学祝として用意してくれた。
まりさが使いやすい長さに切って、長時間口に咥えても痛くならない様に
咥える部分にタオルの切れ端を巻いてくれた物。
まりさの大事な大事な鉛筆。まりさの宝物。

床に落ちてしまったのだろうか。そう思い急いで探そうと床に飛び降りた瞬間、チャイムが鳴り教師が教室に入って来る。
授業が始まってしまった。まりさは仕方なく机の上に戻る。
五時限目の授業中、まりさは俯いて解る筈もない教師の話をじっと聞いていた。


授業が終わり休み時間になるとまりさは無くなった鉛筆を探し始めた。
教室中をぴょこぴょこ駆け回り、必死に鉛筆を探す。
立ち話をしている生徒達の足下を、蹴飛ばされそうになりながら跳ねて行く。
しかし見つからない。チャイムが鳴ったので、諦めて机に上ろうと椅子に飛び乗ったその時。

「ゆ!みつけた!」

たまたま視界に入った隣の席の机。机の下の収納スペースにまりさの鉛筆が。
急いで鉛筆を取ろうとするが、運悪くAが自分の席に戻ってきた。
相変わらずまりさと目を合せようとはしない。不機嫌そうな顔で前を見ている。

えーくんのつくえのなかにまりさのえんぴつがあるよ。えんぴつをとってね。
そう言おうとして思いとどまる。そうだ皆はまりさの話を聞いてくれないんだった。
まりさはまたも鉛筆が無いまま授業を受ける事になった。

六時限目の間中、Aの机の中にあった自分の鉛筆について考える。
何でA君の机の中にまりさの鉛筆があったんだろう。落ちていたのを拾ってくれたんだろうか。
でもそれならすぐに鉛筆を渡してくれる筈。しかしそんなそぶりは無い。

まさか盗られた?A君がまりさの鉛筆を盗った?
でもどうして?A君も鉛筆は持っている。鉛筆が欲しくて盗んだ訳じゃない。だったらなぜ?
ひょっとしてまりさに意地悪する為に?まりさが嫌いだから?

それなら納得がいく。A君はまりさが話しかけても返事をしてくれない。
そうか・・・まりさのことがきらいだから・・・まりさにいじわるするために・・・
でもそれならどうやって鉛筆を返してもらおうか。「かえしてね」と言ってもきっと返してはくれないだろう。
まりさは先生に相談する事にした。授業が終わると職員室の担任の元へ向かった。


一日の授業が終わりHRの時間。教師は教室に入るとまりさの鉛筆についての話を始めた。

「皆さんに残念なお話をしなくてはなりません。まりささんの鉛筆が無くなりました。
 鉛筆を盗んだ人がいるのです。無くなった鉛筆がどこにあるのかは分かっています。
 A君、あなたはまりささんに言わなくてはならない事がありますね?」

「ああ、これの事ですね。」

Aは悪びれた様子も無く、机の中からまりさの鉛筆を取り出して見せる。
教師は予想していた反応と違った事に驚いたのか、一瞬とまどった様な表情を見せたが
すぐに元の穏やかな顔に戻り、なぜこんな事をしたのかと聞く。

「先生は今年赴任してきたばかりで知らなかったんですね。まあ、他の先生方も知らないかもしれませんが。
 これはウチの学校に伝わる伝統なんです。俺も先輩から聞きました。
 ウチの学校では転校生が来るとその人の持ち物を隠すんです。
 財布とかじゃなく、鉛筆や消しゴムといった無くなったら困るけど貴重品じゃ無い物を。」

「鉛筆が無くなったら当然探しますよね。それでも見つからない。それで隣の人やクラスの人に聞くわけです。
 自分の鉛筆が無くなったがどこかで見なかったか、って。
 つまり転校生の子がクラスの皆に話しかけるきっかけにする為にやるんです。
 転校生が早くクラスに馴染める様にする為の儀式みたいなもんです。」

「相手がゆっくりでも人間と同じ様にするべきだと思ってやった事なんですが
 まさかこんな事になるとは思いませんでした。誤解させてしまった事については反省しています。」

生徒達の多くは下を向いて必死に笑いを堪えている。
しかし教師はそれに気付かず、申し訳なさそうな顔でAに謝罪をする。

「そうだったんですか。よく調べもせずにあなたを疑ってしまって。ごめんなさい。」

「いえ、先生は悪く無いですよ。この手の事は先生に知られない様、仲間内だけでやるものですから。」


HRが終わり教師が教室を後にする。
意地悪する為じゃなかったんだ。鉛筆を盗んだんじゃなかったんだ。
まりさは嬉しくなって隣のAに話しかける。

「ごめんなさい!まりさ、ごかいしてたよ!まりさのためにやってくれたことだったんだね!」

「お前、面白い奴だな。」

「ゆ?」

面白い、と言ってはいるがAの顔は笑っていない。

「まりさ、おもしろい?おもしろいっていわれるのははじめてだよ。」

「勘違いすんじゃねーよ。あんま調子こいてんじゃねーって言ってんだよ。」

「ゆ・・・」

今までとは違う表情。不機嫌を通り越して明らかに怒っている。
まりさには理由が解らない。この人は「面白い」と言ったのになぜ怒っているのだろう。

「先公にチクるとか、随分なめた事してくれんじゃねーか。」

先公にチクる?そういえばクラスの人達は、先生がいない所では先生の事を「先公」と呼んでいた。
先生に話す事を「先公にチクる」と言うのだろうか。何で先生に話してはいけないのだろう。

「ところでお前、山と川、どっちが好きだ?」

「ゆ。まりさはあまりとおくにいったことがないの。どっちもいったことがないよ。」

「お前の事情なんて知らねーよ。どっちがいいか決めておけ。
 山に埋められるのがいいか、川に流されるのがいいか。次にチクったら殺すからな。」

「!」

「糞饅頭が、人間と同等とか調子に乗りやがって。最近は糞饅頭が殺されても警察が動くもんな。
 だから殺されたりする事はねーと余裕ぶっこいてんだろ。
 そりゃあ何十匹もいる群れがいきなり消えたら、誰かおかしいと気付いて通報するかもしれないがな。
 お前一匹消えたところで気にするのは家族ぐらいのもんだ。」

「まして死体があがらないんじゃ、警察が本気で調べる訳もねえ。
 ただの行方不明だ。糞饅頭が一匹消えるなんて珍しい事でもねえ。誰も探したりなんかしねーよ。
 お前、年間何匹の糞饅頭が消えて失踪扱いになってるか知ってるか?
 お前みてーな糞饅頭一匹消すのなんて簡単なんだよ。」

「いいか?もう一回言うぞ。次、先公にチクったら殺すからな。
 マジで殺すからな。解ったな?」

「ゅぅ・・・」



後編

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最終更新:2022年05月19日 11:31