注意書き、頭が良さげなゆっくりがいます。
     すっきりしないかもしれません。








「そろ~り、そろ~り……」

人間の住んでいる村の外れ、そこを何匹のゆっくりがこそこそと這っている。
隠密行動をしようとしているようだが、どう見ても隠れているとは言えない動きだった。
しかし、このゆっくりたちは運が良かった。
周囲に人影は見えず、故にゆっくりの動きを咎めるものはいなかった。
狙うは地面に置いてある『おやさい』である。

「いっせーのせっ、でいくよ? わかった?」

リーダーと思しきゆっくりまりさが他のゆっくりに指示を出す。
このゆっくりまりさはゲスでもなければ、人間に対して『おうち宣言』をするような頭の悪いゆっくりでもない。
人間のものに手を出したら殺されるかもしれない、ということは分かっている。
しかし、それでもやらなければならない事情があった。
群れの仲間が飢餓の危機に瀕しているのだ。
今もなお、食べ物がなくてゆっくりできていない仲間を救うためにあえて危険を冒す必要があるのだ。
やがて、ゆっくりまりさ自身も覚悟を決めたのか、ぐぐっと姿勢を低くする。

「いっせーの……」

その言葉に合わせて他のゆっくりも姿勢を低くして、素早く動ける状態となる。

「せっ!」

だんっ、とゆっくりまりさを先頭に駆け始める。
周囲には未だ人間の姿は見えない。時間との勝負である。ゆっくりしている暇などない。
『おやさい』の近くまで辿り着くと、すぐさまそれらを口の中へ入れていく。
出来うる限り、群れへと持って帰らねばならないのだ。一片たりとも無駄にはできない。

「ゆぐっ! むごごご! みんふぁ! てったいするふぉ!」
「ゆふー!」

口に物を入れたまま、ゆっくりまりさが撤退の合図を出すと、一目散にゆっくりたちは住処がある山へと向かっていく。
ほとんど賭けに近い行動であったが、なんとか成功するかと思った
ゆっくりまりさは、自分が思っていた以上の量を持って帰れそうだ、と嬉しく思っていた時であった。

「ゆゆゆ……! お、おやさいぃぃぃ!! おやさい、おいひいよぉぉお!!」

突然、一匹のゆっくりが口の中に入れていた野菜をむしゃむしゃと食い始めた。
まるで何かに取り付かれたように平らげていく。

「なにやってるのおおぉぉ!!?? みんなのところにもってかえるっていったでしょおおおぉぉぉ!!??」

まりさは驚きの余り、口の野菜を吐き出して叫んでしまう。
それは大事な野菜なのだ。こんな所で自分勝手に食べてしまっていいものではない。

「うるさいよ! おなかがものすごくへってたんだから、しかたないでしょ! いっぱいもってきてね!」

咎められた途端、ゲスのような言動になり出すゆっくり。
このゆっくりはゲスではなかったが、極限状態に追い込まれた場合にゲス化することはよくある。
まりさは何度かそういったゆっくりを見てきた。その場合の対処法も弁えている。
そして、相手がそれ以上の反応を見せる前に、即座に行動を起こした。

「ゆっくりしんでいってね!」

「ぶげぇ! なにずるぼ!? や、やべてね! ゆっぐりやびゅ!!??」

まりさは思い切り体当たりをした。相手が許しを請うのも聞かずに、容赦なく叩き潰していく。
やがて、そのゆっくりが動かなくなったことを確認すると、まりさは残ったゆっくりに告げる。

「みんな! おやさいをかってにたべちゃったら、こうなっちゃうからね! かくごしてね!」

残ったゆっくりは脅しのような宣言に震え上がり、造反の意思を留まらせるのに十分な効果を発揮した。
皆の様子を見て、とりあえずはこれで大丈夫と判断したまりさは再び撤退の合図を出す。

「みんな! てったいするよ!」

山へと向かっていくゆっくりたち。まりさも含めて、どれもこれも必死である。
しかし、その進路上に一匹の猫が現れた。おそらくは散歩中なのであろう。

「にゃあ?」

「ゆっ!?」

まりさは悩んだ。猫とゆっくりが戦えば、ゆっくりが負ける。それはゆっくり的に自明である。
ならば、どうするか。その答えは一つしかなかった。

「ねこさん、ゆっくりどいてね!」

「に゛ゃ!?」

勢い良く猫へと突撃する。突然の攻撃に猫は驚いて、ぴょん、とその進路上から去った。
ゆっくりの一念、猫をも退ける、である。
まりさは勝利の余韻に浸る間もなく、他のゆっくりに指示を出して帰り道を急いだ。
急いで帰らねばならぬ事情があったからだ。
そのため、その様子を隠れた所から見つめている人影があることに最後まで気がつかなかった。





その後、悪戦苦闘しながらもまりさは何とか群れへと辿り着いた。
口に入れてきた野菜をぺっと吐き出す。

「ゆっくりかえってきたよ!」
「「「ゆっくりしていってね……」」」

まりさの挨拶に、元気の無い返事を返す群れのゆっくりたち。
持ってきた野菜に食い付こうとずりずりと這って来る。
沢山のゆっくりがナメクジのように一点に向かって這って来るというのも、中々に奇妙な光景だ。

「むーしゃ、むーしゃ……むーしゃ、むーしゃ! しあわせー!!」

いくらか咀嚼すると、すぐに元気を取り戻し始めるゆっくり。単純を越えて、不思議ですらある。
まりさはそれを見届けると、動ける余裕のないゆっくりへと野菜を配りに行った。

「さすがまりさだね!」
「まりさは『おさ』だもん! ゆっくりすごいよ!」
「むーしゃ、むーしゃ、まりさありがとー!」
「まりさったら、とってもとかいはだわ!」

野菜を食べたゆっくりは口々にまりさを褒め称える。
まりさはそれらに対して、笑顔で対応しながらも急いで全てのゆっくりに野菜を配らねばならなかった。
自らはろくに食べていなかったが、苦しんでいるゆっくりを放っては置けなかったのだ。
やがて群れのゆっくり全てに配り終えて、まりさはふらつきながらも我が家へと帰っていくのであった。




「ゆっ……だいじょうぶ? まりさもゆっくりやすんでね?」
「だいじょうだよ! まりさはとってもつよいんだから!」

留守番をしていたつがいであるゆっくりぱちゅりーが、まりさを労るように寄って来る。
群れの長であるまりさはここ数日、食料を求めてずっと山の中を駆け回っていて、家に帰ってくる時間も少なかった。
元気な返事を返しているが、その顔には疲労の色も濃い。
ぱちゅりーはまりさのやせ我慢を分かっていながらも、何も言えない。

「むきゅーん……どうしてたべものがないのかしら……」
「もう、にんげんさんのとこにしか、たべものがないよ……」

冬の訪れには今しばらくの時間があるはずなのに、食料になりそうなものがほとんど見つからないのだ。
『すっきりー』しすぎて数が増えすぎたわけでもないのに、何故そうなるのか。
群れの参謀的な位置にいるぱちゅりーにも、まりさににも分からなかった。
ただ、ゆっくりにとって遠すぎる記憶ではあるが、去年の時点でも食料が少ない状態にはなっていたのだ。

ゆっくりたちがここまでの飢餓に襲われているのには理由がある。
今までだったら、ゆっくりは山にある野草や虫など食料としていた。
ゆっくりまりさの母やその前の世代も、そうして食いつないできた。
しかし、山にゆっくりが住み着いてから年を経る毎に、段々とそれらの数が減ってきていたのだ。
今年に至ってはゆっくりの狩りの圏内には、ほとんど食料になりそうなものがなくなってしまった。
ならば、と他の動物の生息圏内に入って食料を探したゆっくりもいたが、逆に自分自身が食料にされる始末である。
群れは人間の住む村に近かったため、他の動物に直接群れが襲われることはなかったことが救いではあったが。

このままでは冬篭りの時、悲惨な状態になることは目に見えている。
故にまりさは人間の所から食べ物を盗んでこよう、と決心したのだ。
それが悪いことであるのも自覚している。下手をすれば、簡単に潰されてしまうだろう。
だが、まりさは群れのためにやろう、と決心した。
もしも、人間に見つかった場合は全て自分のせいにして、群れの皆は許してもらおうとも考えていた。
ぱちゅりーもまた、同じような心境であった。
頭が良いはずの自分が、何の対策も打てない現状に大きなショックを受けていた。
そして、最後にようやく出せた案が今回の『にんげんさんのところからたべものをとってくる』というものだ。
まさに苦肉の策である。
これをしてしまうとゆっくりの舌が人間の食べ物の味を覚えてしまい、自然に生えている野草や虫では満足できなくなるかもしれない。
ゆっくりにとって、それ程に人間の食べ物とはおいしいものであるのだ。

群れを統括しているこの二匹は、ゆっくりの中では頭の良い個体である。
知恵を働かせ、筋道の通った指示を出しては群れに危機が及ばないように勤しんできた。
例えば、それは人間と揉め事を起こさないことであったり、ゆっくりの数が増えすぎないようにすることだ。
無闇に増えては群れを維持できなくなるということは、ぼんやりとではあるが把握していた。
まりさが群れの率いてから、知恵や勇気で何度も群れの窮地を救ってきた。
ゆっくりれみりゃが襲ってくれば、皆で一致団結して追い払った。
ゆっくりれいぱーの集団が現れた時には、罠を仕掛けて一網打尽にした。
食べ物が少なくなれば、皆で分け合うこともした。その際には自分の取り分を最も少なくもした。
死にかけているゆっくりを見つけた時には、群れで傷が癒えるまで助けてあげた。
しかし、その知恵や勇気を持ってしても今の状況はどうにもできないところまできていた。

「ゆっくりしたいね……」
「むきゅ~……」

まりさとぱちゅりーは皆が皆、ゆっくりしてほしかった。
ゆっくりにとって、ゆっくりしていることとは幸せであることと同義である。
だから、ゆっくりだけではなく人間も動物も鳥も魚も、皆がゆっくりしていってほしかった。
しかし、現実には自分の群れのゆっくりですら、ゆっくりさせられない現状がある。
普通であれば、内部から反乱でもおきるのかもしれないが、それすらできないほど困窮している。
しかも、自分は仲間であるはずのゆっくりをその身体で潰してしまったのだ。

「ゆっくり、できないよ……」

何故こんな風になってしまったんだろう、と悩んでも、ゆっくりの頭では根本的な解決方法は浮かんでこなかった。
まりさは気がつくと涙を流していた。
なまじ、頭が良かったが故に分からなくていいことが分かり、ゲスな行為に走りきることもできない。
仮に、人間の野菜をまた盗みにいったとしても、もう一度成功する保障はどこにもない。
しかも、もう少し経てば実りも何も無い冬が来てしまうのだ。
言うまでもなく、冬篭りするのに必要な食料の備蓄など一切無い。日々の糧すら得ることもできない。
皆でゆっくりするなんていう、出来もしないことを思ってたから、ここまで追い詰められた状況になったのだろうか。
まりさにもぱちゅりーにも、そんなことは分からない。
あえて言うのであれば『自然の摂理』とでも言うしかない。

「ゆっくり、し……よ…… みんなを……」
「まりさ?」

まりさがうつむきながら、ぼそぼそと何かを呟く。ぱちゅりーが何事かと聞き返した。
顔を上げたまりさの目からは大粒の涙が零れている。
涙を止められなかった。子供のように泣きじゃくるしかなかった。
ぱちゅりーは同じように涙を流しながら、「だいじょうぶよ」という声すらかけてあげれない自分がたまらなく悔しかった。

「かみさま、みんなをゆっくりさせてあげてくださいぃぃぃ!!!」

まりさはいるかどうか分からない神様に祈った。
そういった存在を信じられる時点で、やはりこのゆっくりまりさは特殊なのだろう。
この絶望的な状況を打破するには、ゆっくりにとって奇跡のようなものが必要であった。
ゆっくりよりももっと強くてすごい何か。そういったものがなければ、最早どうにもならないだろう。
そして、まりさの真摯な願いを受けた結果かどうかは分からないが、確かにそれは現れた。
恐らくは最悪の形で。






「……ゆっ?」

まりさが眠りから覚めた。どうやら泣きつかれて眠ってしまっていたらしい。
横を見れば、ぱちゅりーもまりさに寄り添うようにして眠っている。

「まりさがないてちゃだめだよね……まりさはみんなの『おさ』なんだもん!」

きりっ、と決意を新たにする。やれるだけのことはやらなければならない。
また『にんげんさん』の所から『おやさい』を持ってこなければ、とまりさが考えていた時であった。

「ゆっ……?」

外がなにやら騒がしい。少し不思議に思ったがすぐに答えを出す。

「ゆっ! みんな、おやさいたべてげんきがでてきたんだね! ゆっくりよかったよ!」

まりさはひとまず考えるのやめて、皆と一緒にゆっくりしようと思った。
ぱちゅりーを起こさないように、そっと身体を離してから皆がいる広場に向かっていく
こんな時だからこそ、いつもの挨拶も元気良くしようとまりさは思っていた。
そして、広場に向かって勢い良く飛び出てお約束の台詞を言おうとする。

「ゆっくりして、いって、ね……?」

元気良く出されるはずの挨拶は尻すぼみとなっていく。
何か変だった。まりさは何が起こっているのかよく分からなかった。
まりさはとても不思議だった。お腹が一杯になったわけでもないのにどうしてそんなに動き回れるんだろうか、と。

『みんなはとってもげんきよくはしってるよ。でも、どうして、ないてるんだろ?』

そう、ゆっくりたちは泣いていた。正確に言えば、泣き叫んでいた。
何かから逃げ回りながら、必死で泣き叫んでいた。

「ゆっくりやめてねぇぇぇ!!」
「ひどいごど、ぢないでね!」
「ゆっくぎ!?」
「おかーさぁぁぁん!? おかーさんをたすけてあげてね! たすけゆ゛っ!?」

あちこちでゆっくりの悲鳴と助けを求める声が響き渡る。
広場にはゆっくりの皮と餡子が、いくつも散っていた。

「みんな、どうしたのっ!?」

まりさの傍に一匹のゆっくりれいむが勢い良く落ちてきた。
後頭部に強い打撃を受けたらしく、その部分に大きな傷ができている。
見るからに弱っているゆっくりれいむは

「も……と、ゅっくり……したかっ……」

と、傷口から餡子が漏れながら事切れた。

「ゆっ、ゆっ、ゆっくりしちゃだめぇぇぇー!!??」

まりさは呆然自失の状態からなんとか立ち直り、事切れたゆっくりれいむの近くに寄る。
しかし、まりさにできることは最早何もない。舐めてあげても、何の反応もない。

「ゆっ! ゆっ! ゆっ! しっかりしてね! ゆっくりしちゃだめだよ!」

まりさは混乱をして、軽い錯乱状態に陥っていた。
ゆっくりれいむの傷口を何度も舐めながら、声をかけ続ける。
認めたくない現実を拒否しているのだ。そんなまりさに頭上から声が降ってくる。

「よ。なにやってんの? 共食い?」

それは人間の男であった。手には手袋のようなものをはめて、角材を持っている。
なんとはなしに軽い声であった。へらへらと軽薄に笑っているような、重みが感じられない口調であった。

「ゆ!? ちがうよ! ともぐいじゃないよ! ぺーろぺーろしてあげてるんだよ!」

「舐めてんだろ? じゃ、仲間の餡子を口の中に入れてんじゃん」

それを共食いって言うんだよ、と面白そうに笑みを浮かべながら指摘する。
まりさは青ざめて、すぐさま餡子を吐き出そうとした

「げえ! げぇ! ……どうじででないのぉぉぉぉ!?」

「そりゃオマエ、ゆっくりってのは食ったモンをすぐに餡子に変えちまうからな。もう消化済みなんだろ?
 共食い、ご苦労様でした!」

ハハハ、と嘲るように笑う。その顔にはゆっくりに対する嫌悪しか見て取れない。
ひとしきり笑うと、男はまりさを値踏みするようにじろじろと見る。
まりさの方も男を睨み返すが、身体が引けているため、怯えていることは明白であった。
まりさは今まで、人間と直接的に接したことは一度もない。
あるのは、他のゆっくりからの話やとても遠くから見たことあるのみだ。
評判の中の人間は『とってもつよいけど、とってもこわいもの』である。
まりさが見た人間も、ゆっくりでは敵わない野生動物を至極簡単に狩っているように見え、実力差は計り知れないものに感じた。
そのため、まりさも群れの長の判断として人間には無闇に近づかないように、と皆に言い含めていたのだ。

「ゆっ、ゆ!」

「なに、その目? 反抗しようってのかい? いいぜ、かかってきなよ」

すい、と男は手に持った角材をまりさへと突きつける。
ゆっくりとってはとても重たく、持ち上げられそうにないものを軽々と扱っている。
それだけ、まりさのわずかにあった闘志はへなへなと萎え、代わりに群れの皆を助けねば、という理性が働き始める。

「ゆ! まりさ、はやくこわいにんげんさんをやっつけちゃってね! みんながいっぱいやられちゃったよ!」

先ほどまで追われていたゆっくりが、ぴょんぴょんと跳ねながら言う。
ゆっくり怒り心頭といった様子である。
まりさはその言葉を聞いて、余計なことは言わないで欲しいと思った。
相手との戦力差は明らかであるのに、無謀に立ち向かっていくのは長のやることではない。
この場合において重要なのは、如何にして相手に立ち去ってもらうかなのだ。
どうすべきか考えている時、まりさは一つのことを思い出していた。
人間が自分たちを害するとすれば、それしか理由はないはずだ。

「に、にんげんさん!」

「ん~? なんだぁ?」

必死な様子のまりさと、威圧感たっぷりに見下す人間。
勿論、手に持った角材でいつでも殴れるようにしている。
まりさは人間から発せられている圧力に怯えながら、なんとか声を張り上げる。

「お、おやさいぬすんでごめんさい! でも、わるいのはまりさだけなんだよ!」

「「「「ゆっ!?」」」」

周囲にいたゆっくりの動きが止まる。
そう、言われてからようやく自分たちが人間の野菜を盗んだことを思い出したのだ。
途端にざわめき始めるゆっくりたち。ゆっくりできない状況である。
野菜を盗まれた人間による報復。
まりさとぱちゅりーが最も恐れていた事態が起こってしまったのだ。
それでも、まりさはなんとか怒りを静めてもらおうとその身を差し出す決心もしていた。

「わるいまりさはいっぱいいじめていいから、みんなにひどいことしないでね!」

震えながら言い放つ。その勇姿にゆっくりたちは誰もが見惚れていた。
と、そこへもう一匹のゆっくりがもたもたとやってきた。

「むきゅ! わるいのはまりさだけじゃなくて、ぱちぇもよ!」
「ゆ!? きちゃだめだよ! ゆっくりおうちにもどってね!」
「だめよ。まりさだけがわるいんじゃなくて、ぱちぇにもせきにんはあるのよ!」

まりさの制止も聞かず、ぱちゅりーはまりさの横に並ぶ。
ぱちゅりーもまた参謀としての責任感で一杯であった。
まりさと一緒になら殺されても構わない、という悲劇のヒロインめいた思いもなくはないが。

「…………」

男は一連のやりとりをただ見ている。口を挟むのでもなく、暴力を振るうでもなく。
と、その時であった。

「ゆっきゅり、しんじゃえー! おさをいぢめるなー!」
「「「ゆゆゆ!?」」」

一匹の赤ゆっくりが、男の足に向かって体当たりを繰り返している。
群れのゆっくりたちがまりさたちに見惚れている間に、そこまで近寄ってしまったらしい。
群れのゆっくりたちは慌てた。早く、赤ゆっくりを男から離さねばならない。
しかし、男の傍に近寄ることは自殺行為に等しい。
その葛藤から、ほとんどのゆっくりは動けずにいた。我が身は可愛いものである。
ゆっくりたちの見守る中、不思議なことに男は赤ゆっくりのされるがままとなっている。
当然のことだが、男に何らかの傷を与えられているわけではない。
しかし、先ほどまで暴虐の限りを尽くしてきた者が今更、大人しくなることなどあるのだろうか。
男はそこで、大きくため息をついた。

「オマエらも悪いとは思ってたんだな……」

ぼそり、と呟く。その目には心なしか憐憫の色が見えなくも無い。
まりさとぱちゅりーも男を見る。

「ゆっくりってナマモノはよく調子に乗る。何を言っても理解しようとせずに、自分にとって都合のいい理屈を語る。
 相手の脅威も分からず、どうやって生きているのかも分からないモンだと思ってたがな……」

男は角材を地面に置く。その動きでゆっくりたちは一瞬震え上がったが、まだ体当たりをしていた赤ゆっくりをその掌に乗せた。

「ゆっ? おしょらをとんでるみたーい!」

突然上がった視点は赤ゆっくりにはとても高く思えた。
こんなに高い視点から周りを見るのは初めてのことであり、その広さを感じて無邪気にはしゃぐ。

「ゆ……? おにいさん?」

その穏やかな様子にまりさは目を奪われた。男はゆっくりの目から見ても、とてもゆっくりしているように思えたのだ。
男は空いている手で、赤ゆっくりを壊れ物に触れるような手つきで優しく撫でる。

「ゆ~♪ くしゅぐった~い♪」

「オマエたちも反省しているようだな……オレがこんなことをした甲斐もあったってもんだ。
 そうだよ。悪いことをしたら、ゆっくりできなくなるモンなんだよ。それをいつも覚えておかなくちゃいけない」

男の言葉を聞いて、まりさは落雷に打たれたような気分になった。
この人間は自分たちの行いに対して、身体を張って教えてくれようとしたのだ。
悪いことは悪い。ゆっくりできないことをすればいつかは報いが下るのだ。
仲間の犠牲はあったが、まりさはそのことを深く、心に刻み込むのであった。

『やっぱり、みんながゆっくりしていないとだめなんだね!
 おにいさんもゆっくりしていってね!』




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最終更新:2022年05月19日 12:23