『駅前ベンチ上のれいむ』








六時限目の授業が終わり、学生たちは部活動で汗を流す時間だ。
かくいう俺も帰宅部として家に向かっていた。
電車に乗って家から自転車で10分の最寄り駅で降りる。
改札を抜け、駅前の広場を歩く。
15時半過ぎだとまだ駅前に人は疎らだ。

営業と思わしきサラリーマン。
赤ん坊を背負う主婦。
同じ帰宅部仲間の名も顔も知らぬ学生。
生首。

生首?
って…よく見るとゆっくりだった。
ゆっくりれいむだ。
駅前に備え付きのベンチに陣取って駅の改札をじっと見つめていた。

こんなところでゆっくりを見るなんて珍しい。
人の多い場所ではペット以外のゆっくりなんて中々見ない。
忙しい人の流れがゆっくり出来ないとかで町の中心には普通住んだりはしないのだ。
街中では野良猫よりも発見率は低いだろう。
逆に自然の多いところでは結構生息していて色々問題になっていたりするが、まあ別の話だ。
ちょっと気になったので話しかけてみることにした。
何てことは無い。ほんの気まぐれだ。
帰宅部の活動にこんな気まぐれがあってもいいだろう。

「やぁ」
「ゆっくりしていってね!!!」

れいむの横に座ると声をかける。
れいむは顔の向きを変えずにゆっくり特有の挨拶を返してきた。

「何を待ってるんだ?」
「れいむのかいぬしさんだよ!」
「お前、ペットなのか?」

道理で野良にしては小奇麗だと思った。
まあペットにしては全体的に汚れてる気もするが。

「どれぐらい待つつもりだ?」
「ゆ、わからないよ。でもここからでていったからここにもどってくるよ!」
「あっそう。まあ、ゆっくり待っていってねっと」
「ゆっくりまつよ! ありがとうおにーさん!」

ゆっくりにしては礼儀のいいやつだ。
随分と躾けられたんだろうな。
相変わらず改札の方を向いたままだったけどな。





翌日。
帰りの電車を降りて改札を抜けると今日もれいむがいた。
朝はいなかったようだから昼の間にここに来るのかな。
しかし昨日と様子が違う。

「お前、ほっぺどうした? ひどいぞ」
「ゆっ」

れいむの右頬は青くなっていた。
それに人の握りこぶしの跡がくっきり残っていた。

「殴られたのか? どうして」
「ここにすわってたらいきなりなげられたよ」
「…いきなりとはひどいな」

駅前のベンチは利用率高いからな。
そこにゆっくりがいれば確かに邪魔だろう。

「ゆっくりやめてねっていったらなぐられたよ」
「そりゃひどい」

しかし今日のれいむはやけに淡々と喋る。
ほっぺ凹んでるもんな。きっと痛いのを我慢してるんだろう。

「ところで飼い主は昨日ちゃんと会えたのか?」

これ以上怪我の事を聞いても辛いだろうから他の事を聞いてみた。

「きのうはかえってこなかったよ。だからきょうもゆっくりまつよ」

余計に空気が重くなった。
飼い主は何やってるんだか。
もしかしてこいつ捨てられたんじゃないか。

あー…いや、マジで捨てられたのかも。
飼い主は確かにこの駅から出ていったのだろう。
ただし町からも出ていったとかそんな感じ。

「帰ってくるって言ってたか?」
「かえってくるよ。いつもおうちにかえってきたよ」

じゃあ何でおうちで待ってないんだよ。
聞こうかと思ったが、おうちはもう無いとかそんな答えが返ってくるのは容易に予想できた。
やっぱり聞かずにおこう。

「そうか。ならゆっくり待ってな」
「ゆっくりまってるよ」
「じゃあな」
「じゃあね、やさしいおにーさん」

少し歩いて振り返る。
ベンチの背もたれに隠れてれいむの姿は見れなかった。
明日もあのベンチで見られるだろうか。





また翌日。
れいむはいなかった。少なくともベンチの上には。
ベンチ下の隙間に微かに動くもの。
れいむだった。

「お前…何があった?」
「ゆ"」

俺はれいむを持ち上げてベンチの上に置く。
ひどい有様だった。
昨日の殴った跡が残っている。
頭にはギザギザの靴裏の跡がある。
底部には枝が二本刺さっていた。

「わがら"な"いよ"。とづぜんにんげんざんにや"ら"れだよ」
「あー、またか。ゆっくり出来ないな」
「ゆっぐりじだいよ」

俺はれいむに刺さった枝を抜いてやる。
うわ、こんなに深く…
いくら何でもこれはやりすぎだよなぁ。

「お前これはあれだ。マズいだろ。
 ここで待ち続けるとゆっくり出来ないぞ?」

少なくともここに居ては毎日傷が増えるばかりな気がする。
そしてこれ以上傷が増えるなら間違いなく死ぬ。
だがれいむは駅の改札をじっと見つめていた。
馬鹿みたいに飼い主の姿を求めていた。

「れいむはゆっぐりまづよ」
「そうか」

これがれいむの意志なら仕方ない。
わざわざ持ち帰って治療してやるほど俺も優しくない。
話しかけたのはあくまで気まぐれ。それ以上干渉するつもりなんて無かった。






一晩明けた。
今日は休みだ。俺は家でゴロゴロ寝転んで漫画を読んでいた。
漫画には巫女さんが出ていた。腋を出してるどこぞの巫女ではないけど。
でもれいむの顔が頭に浮かんだ。
あいつは今日も駅前のベンチで帰ってこない飼い主を待っているのだろうか。
まあ、あいつに関わったの気まぐれ。面倒だから一々様子見に行かないけどね。
ベッドの上でゴロリと寝返りを打つ。


「…そーいやこの漫画の新刊、今日発売だったな」



俺は駅前に来ていた。
最寄りの本屋は駅ビルにあるから必然だ。
ついでにあのれいむの様子でも見てやろう。

だがベンチの上には誰とも知らないカップルが座っていちゃついていた。
れいむはいない。ベンチ下にもいない。
昼過ぎならいると思ったんだけどな。
もしかして飼い主が本当に帰って来たのかもしれない。

まあいいか。
どっかでゆっくりやってんだろ。
俺は本屋に向かった。

ちなみに目的のマンガの発売日は来週だった。とんだミスだ。




手ぶらの帰り道。
ふと脇道を覗くと黒い点があった。
点々と、不規則だが繋げば線になるような黒い点が道の向こうまで続いている。
よく見ると蟻が集まっていた。
お菓子でも落ちてたか? 何かの童話かよ。

しかし直感とでも言うのだろうか。
はたまた漫画の読み過ぎか。
あの傷だらけのれいむの姿が頭によぎった。

点を追って進む。しばらく歩くと公園に着いた。
子供たちが野球をしている。それぐらいに広い公園だ。
黒い点は公園の道を続き、トイレ脇まで続いていた。

「うっ…」

そこには茶色っぽい飛沫。
そして甘ったるい匂いと数々の虫。
散らばった髪の毛と赤いリボン。
ゆっくりれいむの付ける白いフリルのついた赤いリボンだ。
しかしれいむの姿はここにはない。
逆だったのか。

追う方向は逆だった。
でも分かったことはある。
どこのれいむかは知らないが、あそこでれいむは虐待された。
ひどい傷だったろうにそんな体でどこかへ移動した。

俺は踵を返して餡子の点を今までとは逆に追っていく。
公園を出て、道を進み、さっきの十字路を直進する。
餡子の点を追って曲がり角。
それより向こうに黒い点はない。
その代わり、曲がり角にある電柱の裏にれいむがいた。

うつ伏せになって倒れている。
リボンは無くなっている。
髪の毛は無理やり抜き取られたのか地肌が見えている。
底部には昨日俺が抜いた枝の傷跡が残っていた。
駅前のあのれいむだった。
最初見たときよりも出した餡子の分だけ小さくなっていた。

「お前…うわっと」

れいむに触ろうとした俺だったが、その体に蟻が這いずりまわっているのを見て諦めた。
しかし結局死んじゃったか。何とも不憫な奴だ。
死骸に向けて両手を合わせた。

顔を見上げてれいむが曲がり角を曲がって進もうとした道を見る。
ここは駅前へと続く道だ。
こんなズタボロになっても飼い主を待とうとしたのか。
大した忠ゆっくりだよ、お前は。


俺はれいむの死骸をそのままに帰ることにした。
可哀想だとは思うがお墓を作ってやるような義理もないしね。
後は蟻さんが処理してくれるだろう。
でも最後に振り向いてれいむを見る。
もちろんうつ伏せに倒れたままだった。

「あー…」

俺は手頃な枝を拾ってれいむの体をひっくり返す。
これで体が無くなるまでずっと駅の方を向いていられるはずだ。



だけどまあ…
その時のれいむの顔。
崩れて原形のほとんど留めていない顔は今でもトラウマだったりする。










by 赤福




最近他のSS書いてる途中でこういった短編に浮気するようになった。
大体行き詰ったときにこうなる。

あると思います。


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最終更新:2022年05月21日 21:55