※現代もの
※すごいぬるい






「う〜寒い寒い。」

不本意な残業を片付け、僕が最寄り駅へと帰ってきたのは夜中の10時を回る頃であった。
このまま家路を急いでもいいのだが、なんとなく温かい物が欲しい。
体感では氷点下を下回るであろう身を刺すような寒さに、僕は完全に参っていた。

「何か温かいのが欲しいな・・・缶コーヒーでも買って帰ろう。」

運よく駅から5分ほど歩いた人気の無い街頭の下で、お目当ての自販機を見つけた。
財布から小銭を3枚出し、投入する。
チャリンと小気味の良い音が響いて、購入可能である事を示すランプが点灯した。

「この自販機、半分がつめた〜いだけど、この時期に買う奴とかいるのかな・・・」

そんなどうでもよい事を考えつつ、僕は缶コーヒーのボタンを押した。
普段ならガコンッというこれまた気分の良い音を立てて缶コーヒーが出てくるのであろうが、今回は違った。


ベチッ

「ゆぎゅっ!・・・・っぅぁああ゙あっつゔうぅゔゔうぅぅゔうゔううゔううう!!!!??!」


「うお!?」

流石の僕も驚いた。何が流石なのかは判らないが。
自販機の取出口から変な音がしたと思ったら、すぐさま絶叫に変わり響き渡ったのだ。
一体何なのだろうか、僕はすぐに取り出し口を開けて中を覗き込んだ。

「ゆ゙っ・・・ゆ゙っ・・・」

ゆっくりだ。暗くて良く見えないが、取り出し口の中にグレープフルーツ大のゆっくりれいむらしき物がうずくまっていた。
熱々の缶コーヒーが直撃したのだろう。打撃と熱のコンボを叩き込まれたれいむはかなりのダメージを受けているようだった。

「おーい、大丈夫か?」

とりあえず声をかけてみる。こんな場所に入り込んでいたれいむの自業自得ではあるが、
そのまま死なれても寝覚めの悪い事になりそうだったからだ。

「ゆ゙ぅ・・・な゙に?なんなの?いだいしあづいよ・・・」

なんとも頭の悪い返事が帰ってきた。見た感じは喋れない程の重症ではなさそうだった。
とりあえずこのままでは如何ともし難い。缶コーヒーも取り出せないので、僕はれいむを引きずり出す事にした。
ついでに火傷の治療も兼ねてもう一本オレンジジュースを買うことにした。
今買った缶コーヒーをやっても良かったのだが、なんとなくカフェインが悪影響を及ぼしそうだったので避けておいた。

「ゆぅ・・・つめたくてきもちいいよ・・・」

120円のつぶつぶオレンジジュースをよく振り、れいむに飲ませてやる。
ついでに火傷している場所に少し垂らしてやると、れいむはみるみる回復していった。
5分もするとれいむは完全に回復してしまった。相変わらずの不思議生物っぷりである。
そろそろまともな会話もできるだろうか、僕はれいむに問い正してみることにした。

「なぁれいむ、どうしてあんな所に入ってたんだ?」

「ゆ!おそとはさむかったからあそこでゆっくりしてたよ!!あったかいしすごくゆっくりできたよ!!」

その理由は大体僕の予想してた通りであった。田舎の自販機とかは蜘蛛とかよく入ってるもんなぁ。
と言うかゆっくりできてねえだろ・・・もう忘れたのだろうか、流石餡子脳。

「れいむ、あそこは温かくてゆっくりできてたかもしれないけど、入ってるとゆっくりできなくなるんだよ。」

僕はれいむに言い聞かせてやる事にした。我ながら意味不明な説明だが。
それでもゆっくりの餡子脳には十分な説明だったらしい。れいむはすぐに納得してくれた。

「ゆ!?そうなのおにいさん!あんなにゆっくりできてたのに・・・
 ・・・わかったよ!れいむはべつのゆっくりプレイスをさがすよ!
 おにいさん、ありがとうね!」

「分かってくれて嬉しいよ。それじゃあな、気をつけろよ。」


野生にはゲスが多いという。しかしこのれいむは聞き分けの良い部類らしかった。
靴を餡子で汚す結果にならなかった事を僕は安心した。
缶コーヒーを片手に僕は歩き出す。後ろの方でれいむがピョンピョン飛び跳ね続けていた。









缶コーヒーも飲み終え、幾分温まった僕は家路を急いでいた。
しかし、15分ほど歩いたところで、一つの違和感に、気付いた。

「あいつらって・・・取り出し口の蓋開けられたっけ・・・?」

そう、ジュースの自動販売機の蓋は外開きなのである。
内開きであれば無理矢理入る事もできるが、外開きの場合では手の無いゆっくりには蓋を開けることが出来ない。






実はこの話には真相があったのだ。



 〜約1時間前〜

「ゆぅぅぅん・・・さむいよ・・・ゆっくりできないよ・・・」

吹き付ける風に震えている野良ゆっくりは紛れも無い、あのれいむである。
おうちを持たないこのれいむは、日々寒さと闘い、ゆっくりできない日々を送っていた。
そんな繰り返しかのように思えた日々の中で、れいむの前にその男は現れた。









      「やぁ!僕は虐待お兄さん!」









後の経過は諸君等が想像する通りであろう。
温かくてゆっくりできる場所があると誘われたれいむは、お兄さんの手によって自販機にぶち込まれてしまった。
中から出てくる事は簡単であるが、こんなゆっくりした環境からわざわざ出てくる事は無いだろうというお兄さんの考えであった。
中でのゆっくりした環境と、缶コーヒーがぶち当たったショックとその後の気持ち良い治療のせいで、れいむの餡子脳からは
「誰かに入れられた」という記憶がすっぽり抜けて落ちてしまっていたのだ。




時期を同じくして、青年の町では怪事件が頻発した。
夜な夜な自販機の取出し口にゆっくりが詰め込まれているというものだった。

比較的体の小さいあのれいむはまだ幸運な方であった。
酷いものになると無理矢理詰め込まれ、自力での脱出はおろか人が引っ張っても脱出が不可能なゆっくりがいた。
一家全員が無理矢理押し込まれて地獄絵図さながらになっていたケースもあったという。
そういったゆっくりは職員に生きたままミンチにされ、引きずり出されていった。

また、別の誰かのイタズラなのか、取り出し口の中で缶に埋もれて死んでいたゆっくりもいたそうだ。
その自販機はあったか〜いの方が全て売り切れになっていたらしい。




1週間後

今日も不本意な残業を片付け、僕は家路を急いでいた。
あのれいむは元気でやっているだろうか、願わくばどこかで無事にゆっくりしていて欲しい。
そう思いつつ僕はポケットに手を突っ込み、歩を進める。
自販機には、立ち寄らなかった。






























あれ、虐待してねえや

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最終更新:2022年05月21日 22:59