カザリガリノキ
「うっうー☆」
れみりゃは空を飛んでいた。成体になったばかりの胴付きれみりゃである。
空は晴れ渡り、眼下の森は風にざわついている。
「あう?」
ふと、森の方からゆっくりの声がした。
「あまあまだどー☆ごちそうだっどぉ~!」
れみりゃはその方向へ向かった。
ゆっくり達の捕食者と呼ばれ、あたかも食物連鎖の上位に位置しているかのように思われがちなれみりゃ種であるが、
実際の生活はつましいものだ。おうちのあるゆっくりを見つけることはかなりの困難であるし、
”ぐるめ”を自任する多くのれみりゃは他のゆっくりに比べ草木や昆虫の好き嫌いも多い。
当然の帰結として食生活が困窮することも珍しくない。
このれみりゃも、今は飢えてこそいないがゆっくりを食するのは久しぶりだ。
「あまあまたのしみだっどぉ~!おぜうさまをゆっくりまつんだどぉ~」
高度を下げるにしたがい、森の中にいるゆっくり達が見えてくる。
四匹のゆっくりが、この先に待ち受けるを知ることもなく跳ね回っている。
「うっうー!」
大きなれいむに狙いを定め、急降下する。
「うー!おぜうさまのおでましだどー!たーべちゃーうどー!」
「「「「「れみりゃだーーーー!!!!!」」」」」
バチッ
地面に降り立つ際、木の枝に体をぶつけるがいつものこと。
れみりゃは逃げ惑う群れの中に突っ込むと、最初に狙いを定めたれいむに食いつく。
「でいぶぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
甘くえれがんとな味わいが体を突き抜ける。
「おいちいどぉ~!つぎはしろくろにするどぉ~!」
「もうやだぁぁぁぁぁ!!!!おうぢがえるぅぅぅぅぅ!!!!」
「どぼじででいぶだぢばっがりごんなめにあうのぉぉぉぉーー!!??」
「うっうーー!!」
あっという間に、れみりゃは久しぶりのえれがんとなめいんでぃっしゅを平らげた。
二匹目には元気のいいまりさを食べた。
「やべろおおおおお!!!!ばりざじじだぐないいいいいい!!!!」
三匹目は端っこでもじもじしていたありすを食べた。
「やめでね!ありずはたべてほしくなんか……ぎゃあああ!!!!」
四匹目は……わざわざ最後にとっておいた、にんっしん中のれいむを食べた。
額から伸びた子ゆっくりの生った苗をむしりとり、子ゆっくりをぷちぷちと食べたあとで親れいむを食べた。
「おぢびぢゃん~~!!!おぢびぢゃん……!!」
「うっうー!うんまぁー!!」
膨れたおなかをさすり、でざーとに取り掛かろうとしたれみりゃは、それがないことに気づいて驚いた。
「でざーとがないどーー!!」
ゆっくりを食べ終えたあと、ゆっくり達が大事にしている髪飾りを食べるのがれみりゃの好みだった。
それなのに、このゆっくり達はどれも髪飾りをつけていないのだ。
「やだどー!でざーとたべるどーー!!」
餡子の飛び散った地面や、草むらを探しても見つからない。
「うー!うー!」
ふと、その時れみりゃは自分の頭がすーすーしていることに気づいた。
「へんだどぅー!?おぜうさまのおぼうしもないどぉー!あ゛う゛ーーーー!!!」
はっ、と気づいてれみりゃは頭上を見上げる。
飛んできた時にぶつかった木の枝に帽子が絡めとられている。
とってもえれがんとな、おぜうさまだけのおぼうし。
「おぜうさまのおぼうしだどー♪ぶじでよかったどぉー♪」
よく見れば、その木の低い位置のそこかしこにゆっくり達の髪飾りも付いている。
んー、と一瞬考え、れみりゃは食欲を優先させることにした。
「おぜうさまのおぼうし、ゆっくりまつんだどぉー♪おぜうさまはさきにでざーとたべるどー♪」
れみりゃはよたよたと木の枝に近づく。
「うー!」
食べ応えのある食感がお気に入りの、黒いとんがり帽子に向かって飛びつく。
「うっうー………うっぎゃーーーー!!!」
帽子を手に取った瞬間れみりゃの両手に激痛が走った。
「おぜうざまのぷりちーなおててがぁーーーー!!!」
両手には木の棘が刺さっている。
それでも意地汚く帽子を口に放り込む。すると、口の中にも痛みが走った。
「いだいどぉーーー!!!」
地面をごろごろと転がるれみりゃ。口の中と手はじんじんと痛む。
「だずげでぇ~~まんまぁ~~ざぐや~~」
そこへ、一人の人間が現れた。
「おっ、れみりゃじゃないか」
「あ゛う゛ーー!!じゅうしゃははやくれみりゃをたすけるんだっどぉーー!!」
れみりゃは寝転がったまま人間の男に命令した。
「なめんな」
男は眉ひとつ動かさずにれみりゃを蹴り飛ばす。
「うんぼぉぉぉぉ!!!!!」
れみりゃは宙を舞った。
* * * *
れみりゃが現れる数刻前――
ゆっくり達はこの場所へとゆっくり到着した。
「ゆゆっ!ここでにんげんさんがなにかしてるのをみたよ!きっとおいしいたべものつくってるんだよ!」
「ほんとう?さすがはまりさのれいむだよ!」
「ゆゆーん!」
「べ、べつにありすはきてもこなくてもどうでもよかったんだからね!」
「れいむはあかちゃんにいっぱいたべものがひつようなんだよ!はやくごはんみつけてゆっくりしようね!」
後半の二名はまったく会話が成り立っていない。各々好き勝手なことを言っているだけに過ぎない。
それはともかくとして、四匹のゆっくりは辺りを跳ね回る。
「ゆっゆっ!」
「ゆゆー!」
しばらく跳ね回ったが、これといって目立った収穫はなかった。
「れいむおなかすいたよ!」
「まりさもだよ!」
やがて探し疲れた四匹のゆっくりはお互い顔を見合わせる。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛!!」
「れいむどうしたの!!??れいむのかみかざりがないよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!????」
「まりざもだよぉぉぉぉぉ!!!???」
「ありずも!ありずのもないわぁぁぁぁぁ!!!???」
「どぼぢでぇぇぇぇぇぇ!!!???」
ゆっくり達は、その辺りの木の枝が森の他の場所のものと違っていることに気づかなかった。
硬い皮に包まれた幹から枝の一本一本が細く長く伸び、しかもそこからは大きな棘が無数に生えている。
人間と河童の手により品種改良された「カザリガリノキ」の群生である。
ゆっくりの髪飾りは枝にひっかかってほつれ、良くしなる枝と棘によって絡めとられてしまうことになる。
ゆっくり達はやがて各自の髪飾りを見つける。
「あったよ!れいむのおりぼんさんゆっくりしていってね!」
「まりさのおぼうし!!」
しかし、棘に阻まれて取ることができない。見るからに危険そうな棘だらけの茂みに近づけばどうなるか、
それは餡子脳のゆっくりでもわかる。
「ゆえーん!ゆえーん!」
「おぼうしさんかえってきてぇーー!!」
「とがいはじゃなぐなっぢゃうぅぅぅぅぅ!!!」
「こんなすがたおちびちゃんたちにみせられないよぉぉぉぉ!!!!」
悲しみに打ちひしがれるゆっくり達。
そこへ追い討ち(というかとどめ)を見舞うように、れみりゃが現れたのであった。
* * * *
男はカザリガリノキを見て回り、そこにゆっくりの髪飾りが数個付いていることを確認する。
「よしよし……
おっ、なんだ、お前も帽子なくしたのか」
れみりゃを見て帽子がないことに気づいた男は、やがて高い位置のババくさい帽子に気が付く。
「おぜうざまのおぼうしがえじでぇ~~」
「わかったよ、返してやんよ」
男はれみりゃを掴み上げると、
「それっ」
棘だらけの木へとぶん投げた。れみりゃは枝と枝の間に飛び込む。
そのまま枝が複雑に絡んだ木の上にめりこんでしまった。
「いだいぃぃぃ~~ちくちくいやだどぉぉぉぉーー!!
おぜうさまのどれすがぁぁぁぁぁ~~!おぜうさまのたまのおはだがぁぁぁぁぁぁ~~」
「うん、これなら十分実用できるだろう」
男は満足した様子で、来た道を帰っていった。
「あう……あう……」
れみりゃは痛みを堪えて手を伸ばす。しかし自分の帽子にあと一歩届かない。
「うー!うー!」
すでに全身は切り裂かれ、傷跡から肉餡がこぼれ始めている。
「うあー!もう、じらないどぉーー!」
れみりゃは自棄になって腕を伸ばす。
「あう!!」
ついにその手が愛しい帽子に触れる。必死にそれを掴み取り、引き寄せる。
「おぜうさまのだいじなおぼうしだっどぉーー!!」
しかし、手を伸ばしたことによってれみりゃは体のバランスを崩した。
「あ、あう、あうっ」
枝と枝にはさまれていた体がぐらりと傾ぐ。
翼を羽ばたかせる暇もなくれみりゃは地上へと落下する。
「あ゛う゛う゛う゛う゛!!!!」
その手だけは決して開かなかった。大事なお帽子を、二度と放さぬように。
「うぶっ!!」
地面に激突する。お腹が裂けるかと思ったが、どうやら命は助かったようだ。
「う゛う゛……ひどいめにあったどぉ……」
傷だらけだが、しかしれみりゃはすばやく気持ちを切り替えた。
もう木の上には捉われてはいないのだし、大事なお帽子も取り戻した。
「もっと~~あまあまさがすっどぉ~~」
れみりゃは小躍りする。その時、まだ帽子を手に持ったままだということに気づいた。
「う?
う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
れみりゃの帽子は、落下の際にずたずたに裂け、とても帽子などとは呼べない切れっ端となってしまっていた。
「ごんなのみっどもなくてかぶれないどぉーーーー!!!ざぐやーー、ざぐやぁぁぁぁぁーーー!!!」
ぱさりという軽い音を立て、かつて帽子であった繊維質の塊が地面に落ちる。
「う゛う゛ーーー!!!あんあーーーー!!!!」
帽子がなくてはもう他のおぜうさま仲間に仲良くしては貰えないし、さりとてなんとかするあてもない。
「じゃぐやーーー!!じゃぐやーーーー!!」
どうすることもできず、れみりゃはいつまでもいつまでも泣き続けた。
END
最終更新:2022年04月16日 22:48