価値

  by ”ゆ虐の友”従業員




 人里の外れにある大きな畑。
「ゆっゆっ!」
「ゆゆー!」
 ここでは、ゆっくり達によるイチゴの収穫が行われている。
「とってもりっぱないちごだにぇ!」
「おちびちゃん、たべちゃだめだよ!あっちのかごにゆっくりいれてね!」
 二十匹を越すゆっくり達が、人間の指示で動いている。
 そんなことが可能なのか?と思う人もいるだろう。
 もちろん素行の悪いものもいるが、よほどの問題とならないかぎりは多目に見る。ある程度の基準で作業が進みさえすれば良い。
 できの悪い労働力をいちいち怒鳴ったり潰したり、そんなことをしているほど農業は暇な商売ではないのだ。
 それに、ゆっくり達はよりゆっくりするための対価として、納得して働いている。
「ゆーしょ!ゆーしょ!」
「ゆっきゅ!ゆっきゅ!」
 ゆっくり達は朝から夕刻まで一生懸命に働き、いくつもの籠(かご)に山盛りのイチゴが収穫される。
「ゆっくりがんばったよ!」
「いちごさん、ゆっきゅりしていってにぇ!」

 日が落ちるころになると人間の男が現れ、作業を取りまとめる。
 この日は、長い収穫作業の最終日。ゆっくり達に待望の報酬が支払われる日だった。
「よし、今日までよく働いたな」
「ゆっへん!」
 ゆっくり達は、ゆっくりできない風にも負けず、数多くの誘惑にも負けず働いた。
 悪天候やれみりゃの襲撃で命を落としたものもいたが、それでもついに作業を完遂した。
「それでは、今期の報酬をやろう」
「ゆゆゆーー!!!」
 男の周りに終結し、そわそわと待つゆっくり達がどよめく。
 ゆっくりに長期間の労働をさせるにいたった報酬――
「ほれ」
 男は、一本の大根を取り出すと、ゆっくりの一匹に与えた。
「すごくゆっくりしたおやさいだよぉぉぉぉぉぉーーー!!!」
「しゅごいよぉぉぉぉぉぉーーーー!!!!」
「れいみゅにもみせてにぇ!」
「まりさにもだよ!」
「やべでね!おざないでね!!」





  • ある地域の野生ゆっくり(以下”A群”)に関する報告

 A群のゆっくりにとって、イチゴの価値は低い。
 彼らにとってイチゴとは、「おちびちゃんでもとれる、ふつーのおやさい」だからである。
 ゆっくり特有の”思い込み”によって「大したものではない」とされているために、
 実際の糖度に関わらず甘さを感じることもほとんど無い。

 一方で、大根の価値は非常に高い。
 よほど体格の大きいゆっくりでなければ手に入れることができない大根は
「とってもゆっくりしたおやさい!!」であるためで、
 彼らにとってはそれは至上の味わい、そして最高級の社会的価値でさえあるという。

 A群のゆっくり達ならば、大根を手に入れるためにはなんでもするのではないだろうか。
 我々が、宝石や黄金のためにそうするように。





「ゆっへっへ!!まんまとせしめてやったのぜ!」
「さすがはまりさだよ!にんげんからだいこんをてにいれるなんてすごくゆっくりしてるよぉぉぉぉ!!!!」
 大根を後生大事に運ぶゆっくり達。イチゴ収穫組のリーダー格であるまりさとれいむは得意満面だ。
「ゆっく、ゆっく……ぺっ!!」
 まりさは畑からくすねてきたイチゴを吐き出す。
「こんなつまらないものをあつめるだけでだいこんをくれるなんて、やっぱりにんげんはばかなんだぜ!」
「ゆっくりぃぃぃぃぃ!!!!」


 こうして手に入れた大根は、リーダーまりさとれいむのおうちに保管することになった。
 他のゆっくり達は面白かろうはずもないが、おうちの規模の関係で仕方なかったのだ。

 自分のおうちに大根があるということで、特に子まりさは有頂天だ。
「だいこんさん!まりしゃのおうちでゆっきゅりしていってにぇ!」
 白く輝く表面も、鮮やかな緑の葉っぱも、それはほかのどんなものとも換えがたいゆっくりだ。

「ゆ、ゆっくり!!!!」
「ゆゆぅ!?」
 そのとき、運搬係だった一匹のれいむが、子まりさを押しのけて大根に飛び乗った。
「ぺーろ、ぺーろ……!」
「なにやっでるのぉぉぉぉぉ!!!???」
「かってはゆるさないぜ!!」
 すかさずまりさが引きずり落としにかかる。
「おりるのぜ!!ゆっくりおちつくのぜ!!」
「ゆ……」
 まりさが近づいたそのとき、運搬係れいむは地面に落ち――そしてそのまま、動かなくなった。
「ゆゆ!?まりさはまだなにもしてないのぜ……!?」

 れいむは死んでいた。
「むきゅ、あんまりきゅうげきにゆっくりしたものだからしょっくしょうじょうがでたのね!」
 一匹のぱちゅりぃがそう断定すると、一同は深い沈黙に包まれた。
「おちびちゃんもきをつけなきゃだめだよ!」
「わかったよ…まりしゃきをつけるよ……」


 とにかくそのようにして、大根はまりさのおうちに置かれることとなった。







「うー!!おぜうさまのすぴあ☆ざ☆ぐんぐにるがないんだっどぉ〜!!
 しゃくや、しゃくやぁぁ〜!!」
 ぐずりだしたれみりゃに俺は言ってやった。
「れみりゃのすぴあ☆ざ☆ぐんぐにるなら、森のゆっくりが持ってったぞ」
 我が家の飼いれみりゃのおもちゃの中でも一番のお気に入り、『すぴあ☆ざ☆ぐんぐにる』。
 要するに、売り物にならなかったしけた大根なのだが。
「おぜうざまのだいじなものをがっでにもっでいくなんて、ゆるせないっどぉーーー!!!!」
 俺はイチゴを頬張りながら、どたどたと家を出て行くれみりゃを見送った。







 振動を感じて、よほどの大きなゆっくりが大根を見るためにやってきたのだと思った。
「だいこんはとってもゆっくりしてるけど、さんぱいきゃくはちょっとめんどうなのぜ……」
 のそのそと入り口へむかうまりさとれいむ。
「ここはまりさと!」
「れいむのゆっくりぷれいすだよ!ゆっくりしていって……ね……?」
 そこにいたのはれみりゃ。
「おまえが、れみりゃのすぴあ☆ざ☆ぐんぐにるをとったんだどぉ〜?」
「ゆびぃぃぃぃぃぃ!!!!????」  
 慌てておうちに逃げ込もうとする二匹だが、むんずと捕らえられて圧迫される。
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っ!!!!」
「ゆあああああ!!!!!!!」
「しらべはついてるっどぉー、おじゃまするど」
 後には、取り返しのつかないところまで握りつぶされた二つの”元”ゆっくりが天を仰ぐのみだった。

「ぎゃおー☆あったどぉー!!
 これこそおぜうさまのすぴあ☆ざ☆ぐんぐにるだっどぉーー!!」
 大根を手に大喜びのれみりゃ。そこへ、背後から声がかけられる。
「そ……それは!ま、ま、ままままりさのゆっきゅりしたおやさいだよ!!!!かえしてね!!」
 子まりさだ。

 子まりさは物陰から両親の末路を見た。隠れていなければ。それはわかっていた。
 それでも子まりさには、苦労して手に入れた大根を持っていかれることが許せなかったのだ。
 たとえその相手が、れみりゃであったとしても。
「それはとってもだいじな、おかーしゃんとまりさの……」
「うーーーー☆」
 れみりゃは斟酌しない。ただ力任せに大根を振るった。
「ゆぺし!!!???」

 致命的な質量と速度で叩きつけられた大根に触れた瞬間――永遠へと引き伸ばされた最後の一瞬――子まりさは知った。
 極上の甘さを。ゆっくり感を。世界の真理を。
 生まれて初めて、本当に、ゆっくりとした。
「………!」
「………!」
 そこにはすべてが存在し、
 規定不可能の闇がなにもかもをむさぼっていた。
 心安らぎ、心安らぎ、心安同時ににに不安ににににににににに責め苛まれていた。
「………」
 スローモーションの終わりの中で、
「@f」
 子まりさは最初で最後の
「」
 うんうんをした。







「ぐじゃいどぉぉぉぉーーー!!!おぜうざまのだいじなすぴあ☆ざ☆ぐんぐにるがぐじゃいのやだどぉーーー!!」
「くせーんなら家に持ち込むなよ……!ド饅頭が……!」
 返り餡だか返りうんだかがこびりついて汚れたその大根に、俺は彫刻刀で
<すぴあ☆ざ☆うんうんにる>
 と彫ってやった。
「ぢがうどぉぉぉぉーーー!!!!うんうんじゃないどぉぉぉぉぉーーー!!!!」
「名前も彫ってやろう……出来た、<すぴあ☆ざ☆うんうんにるれみりゃ>」
「ばう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!」








 おしまい。

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最終更新:2022年04月16日 22:49