(夢)
れいむは夢を見ている。不思議な感覚である。夢の世界に自分がいて「これは夢だ」と認識している。
れいむは電車に乗っている。猿が運転する小さな列車。イベントなどで見る事ができる、俗に言うお猿の電車。
れいむは周りを見渡す。一面白一色の世界。夢にありがちな光景。特に不審に思ったりはしない。
ゆっくりだって夢を見る。夢の中では何だって起こる。だから多少おかしな事が起こっても納得してしまう。
これはこういう物なのだと。特に今回はなぜか「これは夢だ」とはっきり自覚しているのだから。
そういう訳でれいむは電車に乗り続けている。夢ならばいつか覚めるだろう。なにせ夢なのだから。
お猿の電車は5両編成。1両に1匹ゆっくりが乗っている。れいむの車両は一番前。
自分以外の乗客のゆっくりは、皆一様に青ざめた顔をして前方の一点を注視している。身動き一つしない。
れいむも自然と前を見つめる。何も感じない。何も不思議に思わない。夢では良くある事。
真っ直ぐ何処までも続く線路。どれ程進んだ頃だろうか。不意に猿の車掌が声を上げる。
「次はぁー、串刺しー。串刺しー。」
電車は駅に滑り込む。プラットホームが一つだけ。屋根もベンチも何も無い。殺風景な狭い駅。
駅に着いたのに誰も降りようとはしない。れいむもそのまま。電車から降りない。夢とはそういう物。夢とはそういう物。
その時、不意に現れた4匹の猿。駅員の格好をしている。
猿の駅員は最後尾の車両に行くと、乗客のゆっくりを電車から引き摺り下ろす。
乗客を囲む猿。瞬き一つしないゆっくり。そして次の瞬間。
「ゆぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
辺り一帯にゆっくりの断末魔が響き渡る。ゆっくりを囲んでいた猿達がふっと煙の様に消え、
後に残ったのは全身を針金で串刺しにされたゆっくり。
白目を剥き、刺された所から餡子を流し、ゆ゛っゆ゛っゆ゛っと唸りながら痙攣している。
普段のれいむならば失神するか恐怖で我を忘れ泣き叫んでいたであろうが、これは夢である。
恐ろしいと思いながらもどこか冷めた目で現状を観察していた。
やがて電車は何事も無かったかの様に走り出す。
またしばらく行くと、猿の車掌が案内をする。
「次はぁー、切り裂きー。切り裂きー。」
電車は駅に止まり、一番後ろの乗客が引き摺り下ろされる。そして響き渡る悲鳴。
「ゆぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
駅員が消えた後に残されたのは、全身を無残に切り刻まれたゆっくり。
至る所から餡子を垂れ流し、びくんびくんと痙攣している。
瀕死のゆっくりと目が合う。何かを訴えかける目。彼女の呟きが小さく聞こえてくる。
「はやく・・・はやく・・・はやく・・・」
そして電車は走り出す。2匹のゆっくりが惨殺されるところをみたれいむはすっかり怯えてしまっていた。
しかしれいむは逃げ出さない。なぜならこれは夢だから。ただの怖い夢だから。だたの悪い夢だから。
「次はぁー、焼き鏝ー。焼き鏝ー。」
また1匹乗客を降ろした電車は、次の駅を目指して走り出す。
次?次の駅?次の駅でもまた乗客が一人降ろされるのだろうか?
誰が?今、この電車に乗っているのはれいむとれいむの後ろに乗っているゆっくりだけ。
順番で行けば次は後ろの子の番?ではその次は?
俄かに引き攣るれいむの顔。だが大丈夫これは夢だ。自分に言い聞かせる。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ。
しかし、震えは止まらない。全身を焼かれ、炭になったゆっくりの呟きが耳から離れない。
「おきないと・・・おきないと・・・おきないと・・・」
お猿の電車は走り続ける。たった2匹になった乗客を乗せて。
終点は?終点はどこだ?この夢の終わりは?悪夢の終了は?
大丈夫。きっともうすぐ目が覚める。目が覚めたらきっとまたゆっくりできる。
だってこれは夢なんだから。だってこれは悪い夢なんだから。
やがて電車は減速し、プラットホームが見えてくる。
れいむの願いを打ち砕く、車掌の非情なアナウンス。
「次はぁー、押し潰しー。押し潰しー。」
れいむは見てしまった。一部始終を。猿の駅員に引き摺り下ろされたゆっくりは、大きな万力にセットされる。
ゆっくりと回るハンドル。締め上げられるゆっくり。歪んだ顔から漏れ出す餡子と悲鳴。
無残に潰されたゆっくりを背に、静かに走り出す電車。風が彼女の最後の言葉を運んでくる。
「ほんとうに・・・ほんとうに・・・ほんとうに・・・」
いよいよ、最後の乗客になってしまったれいむ。早く起きないと。早く起きないと。
死んでいった仲間達。初めて見る家族以外のゆっくり達。
一緒に遊びたかった。一緒にゆっくりしたかった。
また今度会いましょう。違う夢で。また今度会いましょう。楽しい夢で。
だから今は、お願い早く目覚めて。夢から覚めて。夢から覚めて。
彼女達が残した言葉。早く、起きないと、本当に・・・死・・・
「次はぁー。撲殺ー。撲殺ー。」
車掌の声。駅のホーム。猿の駅員。手には棍棒。
起きないと!起きないと!起きないと!起きないと!
引き摺り下ろす駅員。抗うれいむ。抵抗は空しく、れいむは床に固定される。
早くしないと!早くしないと!早くしないと!本当に!
振り上げられる棍棒。こびり付いた餡子のシミ。どれほどのゆっくり達を屠ってきたのだろう。次はれいむの番。
早く目覚めろっ!悪夢よ去れっ!
(現)
「ゆううううううううううううううううううう!!!!!」
絶叫と共に目覚めるれいむ。体中汗びっしょり。はぁはぁはぁ、と全身で息をする。
「どうしたの?こわいゆめをみたの?うなされてたよ。」
母の声。れいむを案じて体を寄せ、ほっぺたにすりすりしてくれる。
母の体温が心地良い。良かった・・・夢から覚めた・・・これでゆっくりできる・・・
心配する母に「へいきだよ。もうだいじょうぶだよ。」と返事をし、辺りを見回す。
いつもと変わらぬ景色。四面を囲う茶色の壁。母と幼い妹達。
1分もかからず1周できる狭い世界。小さな小さなれいむの世界。
良かった。戻ってこれた。現実の世界に。夢は終わった。
悪夢の事などすっかり忘れ、家族と一緒にゆっくりする。
跳ねまわり、歌を歌い、昼寝をし、すりすりする。
家族の他に仲間はいないが、そのかわり天敵もいない。餌を探さずとも、ご飯は定時に空から降ってくる。
とてもゆっくりと流れる時間。時間が止まったらいいのに。この時がいつまでも続いたらいいのに。
しかし無情な時の流れは、何時までもれいむをゆっくりとはさせてはくれない。
突然現れた黒く大きな影。長く延びた2本の腕。れいむ達に向かってくる。
「ゆっ!どこにいくの!かえしてね!れいむのかわいいあかちゃんをかえしてね!」
2本の腕はれいむの一番幼い妹を連れ去った。母が半狂乱になりながら叫ぶ。
やがて聞こえてきた赤ゆっくりの悲鳴。その大きな悲鳴が、だんだん力なく小さくなっていく。
「ああああ!あかちゃん!まっててね!おかあさんがいまたすけにいくからね!!!」
壁に体当たりを繰り返す母。そこへ空から何かが降ってくる。
漂う甘い香り。穴から黒い何かを流している。物言わぬ物体。白くモチモチとした小さな死体。
「ゆぎゃあああああああああ!!!れいむのあかちゃんがああああああ!!!!!!」
目に映ったのは、針金に全身を貫かれた幼い妹の変わり果てた姿。れいむは気を失った。
(夢)
れいむが目を開ける。そこに広がっているのは白一色の世界。そして猿の電車。
夢・・・また同じ夢の世界に来てしまった。
早く目覚めなければ。早く・・・早く・・・
必死に「おきろ!おきろ!」と唱え続けるれいむ。
しかし、一向に目が覚める気配はない。そして聞こえてきた車掌の声。
「次はぁー、切り裂きー。切り裂きー。」
繰り返される悪夢。この前と同じ展開。待っているのは、おそらく同じ結末。
れいむの後ろの乗客たちは、切り裂かれ、焼き鏝を当てられ、万力で押し潰される。
あああ・・・次はれいむ・・・れいむの番・・・
車掌のアナウンスが聞こえ、遠くに駅が見えてくる。
早く起きないと!早く起きないと!
電車が止まり、れいむに寄ってくるのは棍棒を持った死刑執行人。
れいむは目を閉じひたすら念じ続ける。
覚めろっ!覚めろっ!覚めろっ!
(現?)
再び目を開けると、そこにあるのは茶色の世界。戻ってきた。現実の世界。
しかし、そこには何時ものゆっくりとした時間は流れていない。
我が子を失い打ちひしがれている母。黒い影に怯える妹達。
黒い影はまたやって来た。2本の長い腕がれいむの妹ににじり寄る。
逃げる赤れいむ。しかし、ここは四辺を茶色の壁で囲われた狭い世界。あっと言うまに追いつめられる。
「やらせないよ!やらせないよ!」
おかあさん!子供達が叫ぶ。伸びてきた手に体当たりをする母。黒い影が一瞬たじろぐ。
既に一人子を失った。この子までもやらせはしない。母は憤怒の表情で長い腕の前に立ち塞がる。
黒い影の標的が子から母へ変わる。その大きな左手が母れいむを床に押さえつける。
「おかあさん!!!」
「だいじょうぶ!おかあさんはへいきだよ!みんなははやくにげてね!」
逃げる?いったい何処へ逃げると言うのだ?壁に囲まれた小さなこの世界で。
母の言葉を真に受けて、壁に向かって体当たりを続ける妹達とは違い、
れいむは床に押さえつけられた母を、静かにじっと見続けていた。まるで夢でも見ているかの様に。
なぜだろう?これが現実であると言う実感が湧かない。どうしてれいむ達がこんな目に遭うの?
自分達はゆっくりだ。ゆっくりする為にうまれ、日々をゆっくりと過ごす。こんな目に遭う為うまれた訳じゃない。
なぜこんな目に遭う?理由は?・・・理由?ひょっとして理由なんて無いんじゃ?
理由が無い・・・理不尽な仕打ち・・・この感覚・・・何処かで・・・
夢?これはひょっとして夢なんじゃないか?
れいむがそんな事を考えている間も、黒い影は休む事無くその腕を動かし続けた。
母を目がけて伸びてゆく右手。握られているのは鈍い光を放つ鋭利なナイフ。
その鋭い切っ先が母の体を切り刻む。流れ出る餡子と悲鳴。
妹達は気も狂い、訳の解らない言葉を発し、泣き叫びながら壁に体当たりを続ける。
れいむは動かない。薄れゆく意識。こんなのゆっくりじゃない。こんなのが現実なはず無い。
(夢?)
目を開ける。見えてきたのは白い世界。夢の世界。怖い怖い悪夢の世界。
聞こえてきた、車掌の声。聞きたくもない、あの言葉。
「次はぁー、焼き鏝ー。焼き鏝ー。」
繰り返される悪夢。耳から離れない悲鳴。こんなの嫌だ!誰か助けて!
再び現実。茶色の世界。次の犠牲者。幼い妹。
伸びる黒影。手には焼き鏝。焼かれる幼子。消えない悲鳴。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
夢?現実?区別がつかない。ここは何処?
目の前にあるのは万力。挟まれているのはれいむの妹。
長い腕がハンドルを回すたび、赤ちゃんの悲鳴が世界に響く。
「たすけて・・・おねえちゃん・・・」
何もできない。どうする事もできない。ただ見てるだけ。黙って見てるだけ。
万力に締め上げられたその小さな体は、裂け目から涙の様に餡子を流す物言わぬ唯の物体に。
こんなのゆっくりじゃない。こんなのゆっくりじゃない。
ゆっくりはゆっくりしているべきもの。ゆっくりしていないのはゆっくりじゃない。
れいむはゆっくりだ。だからゆっくりするべきだ。
ゆっくりする。だかられいむはゆっくりする。でもできない。なぜ?せかいがゆっくりさせてくれない。
どうしてゆっくりできない?ゆっくりはゆっくりするはずなのに。なぜせかいがじゃまをする?
せかいはまちがっている?だからゆっくりできない?ここはれいむのいるべきせかいじゃない?
そうだこれはゆめなんだ。そうだこれはゆめなんだ。
だかられいむはゆっくりできない。そうだ。わるいゆめだからゆっくりできないんだ。
(夢。これは夢。全部夢。悪い夢。)
れいむを見下ろす大きな黒い影。2本の長い腕がれいむに迫ってくる。
持ち上げられたれいむ。わぁ、おそらをとんでるみたい。まるで夢の様だ。
眼下に見えるはれいむの世界。さよならさよなら悪夢の世界。小さな小さな茶色の世界。大きな大きな段ボール。
机の上に下ろされたれいむ。れいむの上に振り下ろされた棍棒。
痛い。痛い。痛い。痛い。
だんだん意識が遠のいていく。痛みがだんだん消えていく。
やっぱりこれはゆめだったんだ。こわいこわいゆめだったんだ。
その証拠に夢の住人の声が聞こえてくる。次の行先。れいむの現実。
「次はぁー。fuku****.txt。fuku****.txt。」
ネタ元:猿夢
end
今まで書いたもの 「ゆっくりTVショッピング」 「消えたゆっくり」 「飛蝗」 「街」 「童謡」
「ある研究者の日記」 「短編集」 「嘘」 「こんな台詞を聞くと・・・」
「七匹のゆっくり」 「はじめてのひとりぐらし」 「狂気」 「ヤブ」
「ゆ狩りー1」 「ゆ狩りー2」 「母をたずねて三里」 「水夫と学者とゆっくりと」
「泣きゆっくり」 「ふゅーじょんしましょっ♪」 「ゆっくり理髪店」
「ずっと・・・(前)」 「ずっと・・・(後)」 「シャッターチャンス」
「座敷ゆっくり」 「○ぶ」
最終更新:2022年04月16日 23:48