ゆっくりしっかく





はしがき



はじめに断っておかねばならない。
以下の文章は、私がまりさの話を聞いて、書いたものである。

私がまりさと出会ったのは、丁度今から一年位前のことで、
そのときまりさは、既にだいぶ老いたゆっくりだった。
体中に傷を負い、帽子は破れ、片目は潰れていた。
制裁か、事故か、虐待か、もっと他の理由か、それはわからない。
腹を空かしていたようなので、私は気まぐれの善意でまりさを自宅に連れ帰り、
いくらか餌をやったら、以下のようなことを私に語ったのである。
だから、文章の大筋はまりさの経験、ゆん生に即しているが、私の空想も多分に含まれている。

本文の中で“自分”としているのは、このまりさのことであるが、
その“自分”の言葉、行動、感想などは、一部を除いてほとんどが、私の想像である。
まりさとはすぐに別れたので、今この瞬間、まりさがどこで何をしているか、私は知らない。
おそらく死んだものと思われるが、断言は出来ない。

とにかく、私は私がまりさから聞いたことの一部始終を、誰かに聞いてほしかった。
だからこの文章を書いたのである。
まりさは賢いゆっくりで、沢山のことを記憶し、私に語ってくれた。
その体験はゆっくりとしては稀有なものと思われるので、
読者諸鬼意山の興味をそそるような事があれば、これ幸いである。



ゆっくりしっかく



恥の多いゆん涯を送ってきました。

自分はまだ子ゆっくりの頃に、いろんなことがあって故郷の森を飛び出しました。
そして、なんの当ても無く、ただただ歩きました。
歩いた先に、人間さんの住む街が見えましたが、自分はそこで疲れ果て、倒れました。

そんな自分を、助けてくれたのは、街に住む、ありすでした。野良のありすです。
自分にはありすの餡(正確には、餡ではないのですが)が流れています。
だから、ありすはそれを感じて、哀れに思ったのかもしれません。

ありすは自分を、分厚い、茶色い紙さんで出来た、ありすのおうちへと案内してくれました。
ありすは元々、人間さんに飼われていたらしいのですが、
その人間さんが他の土地へ移るのと同時に、捨てられて、それで野良になったのだそうです。

ありすは自分に、食べ物をくれました。お魚さんの頭と、お野菜さんのヘタでした。
少し酸っぱい臭いがしました。味は覚えていません。
ありすに「もうすこし、ここにいてもいい?」と聞くと、
「ええ、いいわ」とだけ、答えました。
それ以来、しばらく私はありすのおうちに居座ることになりました。

丁度、雪さんがちらつく季節で、私もありすも凍えるようでした。
ありすと私は頬を寄せ合い、寒さを凌ぎあいました。
ありすに、「かぞくは、いないの?」ときくと、「いないわ」と答えました。
「おちびちゃんが、ほしくないの?」ときくと、「ほしいわ」と答えました。
そして自分の方に、余計に擦り寄ってきました。

自分は森に、妻のれいむを遺してきていました。
れいむに嫌な所はありませんでしたが、その母親が、嫌でした。
れいむの母親は、長の従姉妹かはとこ(記憶が曖昧で、よく覚えていません)で、
常にそのことを鼻にかけているところがありました。
何かあれば、「れいむはおさのゆんせきなんだよ」と、自分を脅し、
自分の狩って来た獲物をゆすり取る始末でした。

さらにひどいのは、自分に対して、良からぬ事を求めてきたことでした。
自分は拒みました。拒めば相手も一旦は退きましたが、
すぐにまた、同じことを要求して来ました。
とうとう自分は、逃げました。なんの罪もない妻を置いて、群れを捨てました。
そしてただなんとなく、この街に来て、すぐに、あのありすに会ったのでした。

ありすとの間には、沢山のおちびちゃんが生まれました。
たしか、雪さんの溶けた頃でした。自分にそっくりなまりさが、一匹生まれました。
なぜか、自分はそのおちびちゃんを可愛いと思いませんでした。他のおちびちゃん達も、同じです。
ただの饅頭にしか、見えませんでした。
ありすが喜んでいたので、自分もそういう振りをしましたが、内心では全くの無感動でした。

おちびちゃん達が生まれても、自分はしばらく、ありすと一緒にいました。
しかし、食べ物は溢れていても、常に危険が付きまとうのが、この“街”というところでした。
ゆっくりは、人間さんたちから“いきもの”と認められていませんでした。
自分達は、“ナマモノ”と呼ばれていました。
ナマモノというのは、お魚さんや、牛さんや、豚さんの死んだものと同じ呼び方です。
つまりその程度の扱いしか受けませんでした。あるいは、それ以下の扱いでした。

何もしていないのに、すすんで自分達ゆっくりを殺そうという人間さんはあまりいませんでした。
でも、ゆっくりが人間さんの捨てたものを漁ったり、人間さんの物を盗ったりすると、
人間さん達は、全く容赦なく、ゆっくりを殺しました。
実際に何度か、ゆっくりの死体を見ました。

自分は生来臆病なので、そういった危険を冒す事はしませんでした。
“こーえん”と呼ばれる、小さな森のようなところで、
苦い苦い草さんや、小さな小さな虫さんを採っては、食べていました。
たまに木の実さんが取れると、それはごちそうでした。

しかし、寒い季節に採れる食べ物は微々たるもので、
自分とありすの二人きりのときはそれでもなんとかなりましたが、
おちびちゃん達が生まれると、とても足りなくなりました。

結局、ある日の朝早く、私はありすと、そのおちびちゃん達を置いて、そのおうちを出ました。
そして二度と戻りませんでした。また、逃げたのでした。

その日の夕方、自分は再び、街の中をぶらぶらと徘徊していました。
道端に、れいむの家族がいました。
れいむと、三匹のおちびちゃんたちでした。
れいむ達は、道端に紙さんを敷き、その上に座って、大きな声でお歌を歌っていました。

「ゆっくりのひ~♪すっきりのひ~♪まったりのひ~♪」

なんだか哀れでした。人間さん達はれいむ達に見向きもしません。
それでもれいむ達は歌うのをやめません。

「れーみゅたちのおうたでゆっくりちていっちぇにぇ!」
「おうちゃをきかしぇちぇあぎぇりゅかりゃ、あまあまをちょーらいにぇ!」

ちびれいむたちも、必死で懇願していました。

「ゆっくりしていってね」
「ゆゆ、ゆっくりしていってね!」
「「「ゆっくちちちぇいっちぇにぇ!」」」

自分は居ても立ってもいられなくなって、れいむ達に声をかけました。

「ゆゆ、みたことのないまりさだね!」
「おうたをうたっていて、ほんとうにあまあまがもらえるの?」
「ゆゆ、れいむはおうたがじょうずだからね!」

れいむの脇には、なにか硬いものでできた、細長い入れ物が置いてありました。
中を覗いてみると、飴さんが二つに、キャラメルさんが二つ、
それからグミさんとチョコレートさんのカケラが一つずつ入っていました。
なるほど、このれいむ達が、どうにか暮らしてゆけるくらいの食べ物は、手に入るようでした。

「まりさも、れいむのゆっくりしたおうたをきいてゆっくりできたから、これをあげるね」

自分はその硬い入れ物の中に、採って来た木の実さんを一つ、入れました。

「ゆゆ、ありがとう!まりさはやさしい“びゆっくり”だね!」
「「「ありがちょーにぇ!」」」

その木の実さんは、本当はありすにあげるはずのものでした。
でも、ありすの処へは戻れません。だから、れいむにあげたのでした。
このれいむも、番相手とはぐれたようだったので、せめてもの罪滅ぼしに、と思ったのです。

その日の夜は、一人で(以前見つけたのとは別の)こーえんで過ごしました。
一人で眠るのは久しぶりでした。いろいろなことを考えました。
風はまだ冷たくて、どうにかこうにか落ち葉さんを集めて、震えながら眠りました。

次の朝目が覚めて、いつものとおり食べ物を探していると、自分と同じゆっくりまりさに出会いました。

「ゆゆ、みたことのないまりさだぜ!」

まりさも、あのれいむと同じことを言いました。
どうやら野良のゆっくりというのは、飼いゆっくりは言うに及ばず、
野生のゆっくりよりも、見たことのないゆっくりへの警戒心が強いようでした。
きっと、ゆっくりにとってなんの掟も無い街の中で、
うっかりしていると食べ物やおうちを盗られてしまうからでしょう。

しかし自分にそんな考えが無いと知ると、
まりさは随分と打ち解けて、いろいろな事を話してくれました。
家族やおちびちゃんは居ないのかと聞くと、
「まりさはいっぴきおおかみなのぜ!そんなものはすててきたのぜ!」と答えました。
どうやらこのまりさも自分と同じく、番相手やおちびちゃん達を捨ててきたようでした。

まりさは変なしゃべり方をするゆっくりでした。
言葉のお尻に、「のぜ!」とか「だぜ!」とか、そんなものを付けてしゃべりました。
まりさは自分のことを「きっすいののらなのぜ!」とも言っていました。
つまり、まりさの両親も、野良ゆっくりだということなのでしょうが、
どうやらそれは、まりさにとって誇りのようでした。
なぜだかは、よくわかりませんでした。

わたしはこの変なまりさと、一緒に行動することにしました。
一緒に狩りをして、一緒にむしゃむしゃして、一緒に眠りました。
自分とまりさとは同じ種類のゆっくりなので、
お互いゆん愛感情を抱くことはありませんでした。
自分はなんとなく、このまりさと一緒に居るに過ぎないのでした。

それからしばらくしたある日、
まりさが自分に「いいところへつれてってやるんだぜ!」と言って来ました。
随分暖かくなってきた頃で、食べ物も充分に確保できていたので、
自分はまりさの言う「いいところ」へ付いて行くことにしました。

まりさに付いて行ったその先には、一軒の、例の分厚くて茶色い紙さんでできたおうちがありました。
中にはありすが居るのが、遠くからでもわかりました。
勿論、あの、自分が“ひどいこと”をした、あのありすではありませんでした。

「たまにはいきぬきもひつようなんだぜ!」

まりさはそう言いましたが、自分には何がなんだかわかりませんでした。

「あのありすは“ゆんばいふ”なのぜ!」

“ゆん売婦”―――はじめて聞く言葉でした。
まりさの言うゆん売婦とは、食べ物と引き換えに、
すっきりをさせるゆっくりのことでした。
自分はまりさに薦められるままに、そのありすのおうちへ入っていきました。

「いらっしゃい……あら、びゆっくりさんだわ。ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね」

近くで見るとそのありすは、思っていたよりも綺麗なゆっくりでした。
少し年をとっているように見えましたが、
自分なんかよりよっぽど、美ゆっくりといえました。
自分は随分緊張していましたが、ありすの艶々しさに欲求を抑えられなくなり、
結局、すっきりをしました。

「こんなことをして、おちびちゃんができたらどうするの?」

少し落ち着いた自分は、ありすに尋ねました。

「ありすはもともとにんげんさんのところにいたの。そのときに“きょせい”されたのよ」
「“きょせい”?」
「そう。ぺにぺにをきって、まむまむにあついぼうをいれて、おちびちゃんができないようにするのよ」

ありすは悲しい顔をしました。

「だからこうしてすてられても、おちびちゃんのできないありすと
いっしょになってくれるゆっくりはいないのよ」

生きるために、と言ったらなんだか美化しすぎているようですが、
このありすがゆん売婦になったことは、
ある意味当然の流れだったのかもしれないと思いました。
きっとありすはこの先もずっと、
そのゆん生が終わるまで、たった独りで生きてゆくのだと、その時は思いました。

帰り際に、ありすは自分を呼び止めて、こう忠告しました。

「あのまりさは“げす”なんだから、あんまりなかよくしないほうがいいわ」

“ゲス”―――ゆっくりにとって最低の称号でした。
ゆっくりがナマモノなら、ゲスはそのナマモノですらない、本当のクズでした。
一緒に居るまりさのことを、こんな風に言われたのは少し心外でしたが、
どういうわけか、自分はそのゲスという言葉を忘れられませんでした。

その後しばらくして、まりさと自分は些細なことでケンカをして、別々に行動することになりました。
まりさと自分は、それまで溜め込んだ食べ物を半分ずつに分けることにしました。
そのとき、まりさの帽子が随分膨らんでいるのに気が付きました。
でも、自分は見て見ぬ振りをしました。
まりさがそんなことをしたので、自分の取り分は僅かになりました。
でも、自分はそれに文句を言いませんでした。
自分はその食べ物を、ゆん売婦のありすの処へ持っていって、あるだけ使ってしまうことにしました。

「こんなにつかってしまって、だいじょうぶなの?」
「しんぱいないんだぜ……ありすはえんりょなくうけとるといいんだぜ」
「でも……もうすぐあめさんのきせつになるわ。とっておかないとたいへんよ」

自分はあのまりさに影響されたのか、知らないうちに変なしゃべり方をするようになっていました。
ありすは自分に少し好意を持っているようで、自分のことをしきりに心配していました。
(自分は元々、ゆっくりありすに好意をもたれることの多いゆっくりでした)
自分はありすのその好意につけ込んで、あるお願いをしました。

「じゃあ、しばらくありすといっしょにいさせてほしいのぜ」

ありすは頬を赤らめました。
すっきりは沢山したのに、なんだか不思議なことにも思えました。
自分はありすが嫌いではありませんでした。嘘ではありません。
しかし、自分のこの求婚とも取れる発言は、
純粋な好意から来たものでなかったことも、否定できない事実でした。

ありすはゆん売婦をして稼いだ沢山の食べ物を、
他のゆっくりと交換して、保存のきく食べ物に代えていました。
自分はよく、ありすから“さーびす”として、“こと”が終わった後、その食べ物を一緒に食べていました。
ありすのおうちに蓄えてある、あの食べ物があれば、かなり長い間ゆっくりできる。
「そういうかんがえはなかった」と言うことは、自分には出来ませんでした。

自分は、ゆん売婦のありすと番になりました。
ありすはゆん売婦を辞め、二人でゆっくりとした毎日を送りました。
しばらくすると雨さんの季節になりましたが、
おうちの屋根には雨さんを弾く、青いものが被せてあったので、平気でした。

自分とありすはときどき、雨さんの音を聞きながら、ただ快楽のためだけに、すっきりをしました。
すっきりをするとのどが渇きます。自分が雨さんを汲んで飲もうとすると、ありすがそれを止めました。

「こっちにもっと、とかいはなおみずさんがあるわ」

ありすは床に開いた穴から、細長くて透明で、それでいて硬い入れ物を取り出しました。
その細長いものの中には、お水さんが入っていました。

「おみずさんなのぜ?」
「“おさけさん”よ」

“お酒さん”―――それが自分のゆん生を大きく変えました。
変なにおいのするそのお水さんは、口に含むとなんとも奇妙な味がしましたが、
ほのかに甘く、しかもだんだんと、ゆっくりとした気分になってくるのでした。
自分は次第に、そのお酒さんの虜になってゆきました。

雨さんの季節が終わる頃には、自分はもうお酒さん無しでは生きてゆけないようになっていました。
はじめのうちは、毎晩、そのうちに、昼夜問わず、来る日も来る日も、お酒さんをあおりました。
そしてだんだん寒さを感じるようになった頃に、沢山あったはずのお酒さんは、底を尽きました。

「ありす、おさけさんがほしいんだぜ……」
「きのうのんだぶんで、もうさいごよ」

絶望的な宣告でした。

「だったら、ここにあるあまあまさんと、こうかんしてこればいいんだぜ……」
「むりよ。おさけさんは“おかねさん”がないと、こうかんしてもらえないわ」

自分はお酒さんが貴重なものだと理解していませんでした。
野菜さんや、あまあまさんや、虫さんといったものは、他のゆっくり達と交換することで手に入りました。
しかし、お酒さんは、人間さんと交換しなければ手に入らないものだったのです。
人間さんは、自分達ゆっくりと、物々交換をしてくれません。
唯一、交換してくれる場合というのは、それはお金さんを持って行った場合だけでした。

「じゃあどうして、ありすはおさけさんをもっていたのぜ……?」
「むかし、かいゆっくりのおきゃくさんがいたのよ。そのおきゃくさんがくれたの」

自分はこの時、半ばやけになっていて、後先を考える余裕など無く、ただお酒さんを欲していました。
そして遂に、ありすに対して絶対に言ってはならないことを言ってしまいました。

「だったら、もういちど“ゆんばいふ”になればいいんだぜ……」

そこから先はハッキリとは覚えていません。
あまりに悲惨な光景だったので、思い出したくないのかもしれません。
ただ、ありすの凄まじい泣き声と、見たことも無い悲しい顔だけは、覚えています。

自分とありすは、別れることになりました。
出て行くのは、またしても自分でした。

ありすは自分(まりさ)のことを、ゆん生で唯一、
自分(ありす)を愛してくれるゆっくりだと、思い込んでいたようでした。
しかし、それはありすにとって勘違いというか、不運というか、気の毒なこととしか、言い様がありませんでした。
自分は、ゆっくりがゆっくりを好きになる―――そういう感情が一切、理解できないゆっくりなのでした。
自分のおちびちゃんすら、愛することのできないゆっくりなのでした。
もし、愛しているゆっくりが居るとすれば、それはたった一匹、他でもない、自分自身でした。

みんなは、そういうゆっくりを、“ゲス”と呼びます。

自分は気が付かないうちに、ゲスになっていました。
いえ、あのれいむを置いて森を出たときから、既にゲスだったのかもしれません。
口調も、行動も、そして長い野良生活でボロボロになった外見も、まさに醜いゲスそのものでした。
完璧な、ゲスでした。他のどのゆっくりよりも、ゲスでした。

ゆっくり、失格。

もはや、自分は、完全に、ゆっくりで無くなりました。

(おしまい)





☆☆☆☆☆



七割方書いてから、別の作者さんが「ゆっくり失格」というSSを既に発表してらっしゃることに気づきました。
「ひらがなだからゆるしてね!ひどいことしないでね!」

(過去作)



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最終更新:2023年12月07日 01:12