元々は、宗教概念を人々に植え付け、自分達の住む地を聖地化させる事によって、暴力的な侵略から身を守るべく為に企画された物であった。
統一紀元前2010年近辺、現在の
カウマ法国内で数々の金鉱、銀鉱、金剛石の鉱脈が見つかり、これが誰かに知られればこの地を争う戦に成る事は必然と考えられた。
この地の長として存在していた
バルトネスは一計を計り、村に住む若人に財宝を持たせ近隣の村や町を購入し、その地の長として君臨させる様に仕向ける。
そしてその長が信仰する神を崇めさせるように仕向けると、聖地巡礼を反強制的に仕向ける事を続けさせ、巡礼に来た者に対して
バルトネス達は何らかの金品を渡すと、巡礼が儲かる物だと考え巡礼者の数は多く成って行く。
ただし建前はあくまでも神への祈りを捧げる為であり、欲得を表に出す者は居なかった。
僅か五年でその版図を広げ、現在のカウマ法国領地を獲得すると、更にその外へと向けて人が送られて行った。
バルトネスが作った宗教組織には当初名は無く、ただ神と言う名だけで人を集めていた。
これが
カウマ教と成るのは、
バルトネスの跡を継いだ者の名前が
カウマで有った事からこの名が起こる事になる。
とは言え、
カウマ自身が宗教組織に自分の名前を冠させようとした訳では無く、組織を作る上で現神人を欲した
エダルノが意図的に操作した事が起因している。
カウマの右目には
龍目が宿っており、暴走した
稀種を抑える事と、感情が失われてしまった
カウマの神々しさを利用した結果である。
現神人に会った者は、その姿に神を垣間見て更に信仰心が高くなる、また暴走を抑えられた
稀種達もその不思議さにこの信仰にのめり込んで行く。
しかし、教団の実質的な権力は全て
エダルノの手に落ち、彼は自分の思う侭に教義を作成し、逆らう者は決して許さず数々の不幸な者を作り、その怨嗟が高まって行った。
目の戒律は
エダルノが作成されたと言われるが、実際は
エダルノの死以降に作成されている。
カウマ教の負を全て
エダルノに負わせたいと考えたのか、だが
バルトネスも
カウマも寧ろ
稀種に関して擁護者としている部分が多い。
実際、
カウマは
稀種であり、これを制して教団が力を持ったのも、歴史的事実である事から
稀種を忌諱する事は考えられない。
恐らくは
猫の
目最上主義者が作り出した物であると思われるが、これが誰が何時作られたのかは明確な記録が残って居ない。
教団成立後、200年も経たずに
カウマ教は各地に飛び火し、またそれを信仰する者に対して教団が援助する事から、教団は大きな力を持ち始める。
ちょいど各地で王権が発生し始め、その王が信仰する宗教である事から、その国に従う民が挙って入信し
ルシリア東北部のほぼ全てが
カウマ教信者として任じられる様になった。
ただし、王権と神の立場もあり、しばしこれがぶつかり合う事があったが、最終的には神の立場が勝利する。
その度に王は教団への恨みが強く成って行くが、これが爆発するのは更に400年以上の時間が経過してからの事である。
最終更新:2012年08月25日 18:43