いくらかのゆっくりを捕獲した少女は、家に戻り、自室にこもる。八畳ほどの空間、ベッドと本棚とクロゼッ
トとサンドバッグ以外には、さして注目すべきものもなく。
 シンプルもシンプル、といった様相の屋内にて、少女はプラスティックケースを解放し、そこからゆっくりを
取り出した。餡子で床が汚れぬよう、事前に新聞紙は敷いてある。
 釣果ならぬゆっくり果は上々。成体れいむに成体まりさが一匹ずつ、あとは適当に、子ゆっくりと赤ゆっくり
の詰め合わせだ。

 少女に解放されたゆっくりたちは、窮屈な場所から解放されたことにより、実に幸せそうな表情を見せる。

「ゆ゛っ……!? ここ、どこ」
「おかーしゃん、ここ、とってもひりょいよ!」
「そうだね! ここをまりさたちのゆっくりぷれいすにするよ!」
「ゆゆっ? おねーさん、どこからはいってきたの? ここはれいむたちのおうちだよ!」
「おねーさんはじゃまだからどっかいってね! れいむのこたちをじゃましないでね!」
「ちないでね!」

 さてもさても、恐るべきは餡子脳。先程、その他でもないおねーさんに閉じ込められたのにもかかわらず、整
理された屋内を見て、ゆっくりプレイス宣言。もうここまで救いようがないと、少女もさすがに溜息のひとつや
ふたつは吐き出さざるを得ない。
 とりあえず、とっとと作業をすますか、と少女は思い、黒髪を後ろで縛ってまとめ、部屋の中心部に腰を下ろ
す。ゆっくりたちが騒ぎ立てるが無視を決め込み、とりあえず一番大きいゆっくりれいむをひっつかみ、手元に
寄せていく。

 来週の課題のために、少女は腕を振るった。


「ゆゆ? おねーさん、やめてね!」
「おかーしゃんをはなちてね!」


「ええっと、こうかなあ? ……ん、こんな感じかね」


「ゆぐい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!?」
「やめてね! れいむをいじめないでね! ……や゛め゛でね゛っ!!」
「でい゛ぶう゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!?」
「お゛がーじゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!?」


「よし、ここで、こうして、と。ああ、ついでにこっちも」


「ぎびょえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!?」
「ばり゛ざあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!?」
「やびぇ゛びぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛
「おがあ゛あ゛じゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


「あ、ちょっと失敗しちゃった。やっちゃったぜ!」


「ぎぴい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!?」
「もっと……ゆっくぢ、ぢだがっだ……」
「ぐぞばばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! ごろ゛じでや゛る゛ぅ゛!」
「じね゛……ゆ゛っぐじじね゛ぇ゛……!」


「さて、あとは洗浄洗浄」



 しばしの時を経て、少女は作業を終えた。
 もう、ゆっくりたちの声は聞こえない。あの、不快なゆーゆーという声は聞こえない。

 来週の課題をどうするか、楽しみにしつつ、少女は作業の果てに得たものをかばんにしまい、ゆっくりとベッ
ドに向かっていった。












 一週間後。

 少女は肩から大きなかばんをひっさげ、いつものように電車に乗り、いつものように慣れた道を歩き、予備校
へと向かう。都会の喧騒はもう慣れたものであるが、今日は課題を色々とためしたいので、気分が浮ついてしま
い、車のクラクションも気にならぬほど。
 横断歩道を渡り、やたら安いラーメン屋を右手に、少女はひとつのビルの前で立ち止まった。それなりに汚れ
の目立つ、どこにでもありそうな建造物である。

 気合を入れ、少女はビルの中に進み、階段を上ってひとつの部屋の中に入っていった。


 そこは、学校の教室ほどの大きさの空間。ただ、教室と違うところは、机はなく、椅子は背もたれのない簡易
型のそれが、部屋のすみにうず高く積まれている、という点であろうか。
 人の数は、まばら。それぞれ、イーゼルを組み立てたり、鉛筆を削ったりと、自分の作業に没頭し、少女が部
屋に入ったことなどどこ吹く風。

 部屋の右側と左側には、リンゴやら空き瓶やらを詰んだものが鎮座している。言うまでもなく、今日の課題の
モチーフだ。


 この日の課題は、コラージュのみで絵を描け、というものだ。
 いわゆる、コラージュアート課題である。

 材料は自分でもってくる。ただしあまりにもやばいものは駄目。大抵は、雑誌や新聞紙の切り抜きなどを用い
て、巧みにそれを貼り合わせ、ひとつの絵にしていく。なかには、ビーズのようなものを使う者もいると少女は
聞いたが、成功例はとんと聞いたことがない。
 今日の課題は、ただ鉛筆だけを使ってデッサンするわけではないので、いくぶんか新鮮な気分になって絵を作
ることが出来るのが強みだった。

 モチーフからやや離れた場所に少女は陣取り、かばんを置いて材料を取り出す。

 クレヨンや絵の具。
 雑誌にハサミ。
 のりにテープ。

 そして。

 ゆっくりの皮。


「ゆっへっへっへっへ、さすがに皆、これは使うまいて」


 ゲスまりさのような笑い声を小さく漏らし、少女は唇をゆがめた。
 真っ白なデスマスクは、綺麗に洗浄されており、ゆがんだその形状と目や口の穴ぼこ具合は、さながらムンク
の描いた名画『叫び』を想起させるキモさである。
 とはいえ、そのデスマスクを作ったのは他でもない少女なのだから、不快感に眉をひそめることもない。

 遊び心で作った、コラージュ用ゆっくりの皮。しかし、世界には羊皮紙なるものがあるのだから、ゆっくりで
それを代用するのもいいのではないか? という、少女のへんてこ理論により、それは作り上げられた。
 羊皮紙ならぬゆっくり皮紙。ぶよぶよとした感触が、適度に気持ち悪くて素敵であった。

 少女はそのゆっくりの皮をかばんにしまう。
 開始まで少し時間があるので、少女はお手洗いに行くことにした。ぼさぼさの黒髪が、どんな具合にへなって
いるかを確認したかった、というのもある。


 教室を出て、手洗いに行く。
 が、扉を開けた瞬間、誰かにぶつかったらしく、少女は衝撃を感じた。少女の方は多少後退する程度ですんだ
ものの、相手側はしりもちをついてしまっている。
 悪いことをしたな、と思いつつ手を伸ばし、そこで少女はかたまった。

「あ……お嬢。ごめんね、怪我とかない?」
「そこまでやわな体はしていないわ」

 少女の眼前でうずくまるは、金色の髪を流した、幼子そのものといった体躯の女性。深紅のスカートが目にま
ぶしいが、かといって毒々しい印象は微塵もなく。人形のように整ったその顔立ちと相まって、とかくとかく目
立つ、そんな童女。
 幼子の姿を見ながら、少女は心の中で嘆息した。

 いつも何かしら赤い衣服をまとい、淑女めいた態度で相手と接する、幼い体躯の女性。そんな彼女と知り合っ
た人間は、皆、彼女のことを『お嬢』と呼ぶ。あだ名にしてはひねりがない。しかし妙に似合っているのだから
たちが悪い。
 かくいう黒髪ぼさぼさ少女も、この『お嬢』と知り合いであった。予備校で言葉を交わして以来、とりあえず
は友人のスタンスで接し続けている。俗に言う、美術仲間、といったところか。

 が。

「大丈夫? 立てる?」
「……先輩」
「ん?」
「抱っこして頂戴」


 またか、と少女は苦笑した。

 お嬢は、少女にだけやたら甘えてくる。先輩、などと呼んでいるのにもかかわらず、よくよく少女に命令を出
す。しかも、さも当然といったかのように。
 それでも少女は、お嬢を嫌うことはない。『そういうものだ』と分かっているからこその関係である。


 黒髪を揺らし、少女は、お嬢の小さな体を抱きかかえる。ほんのり香る、薔薇のように甘い匂いは、ゆっくり
の餡子臭を打ち消してくれるような気がした。

「ゆっへっへ、今日のコラージュは、私が勝ってみせるんだぜ!」
「あら、それは楽しみなのだわ」
「へっ! ほえづらかかせてやるぜ!」
「ほえづらをかくのは先輩の方なのだわ」

 やたら微笑ましい会話をしつつ、ふたりはモチーフのある部屋へと入っていく。

「……あれ? 私、なんで教室を出たんだっけ?」
「無粋ね、先輩は」









 空を夕闇が支配している。

 都会特有の喧騒は止むことがないが、昼時にあるような活気は感じられない。それは、ノスタルジックですら
ある橙色の光が、町や人々を覆っているがゆえか。行き交う車の数も、行き交う人間の数も、ほとんど変化がな
いというのに、どこか寂寥感すら漂ってくる。
 夕刻に彩られたその都会のなか、ひとつのビルから黒髪の女性が躍り出た。その整った顔は渋い色に染まり、
放っておけばくしゃにくしゃになりそうだ、と予見すら出来るほど。

「あー……、やべぇわ、これ。普通にショック」

 少女は、盛大な溜息をついた。
 ゆっくりの皮をコラージュアートに使う。そのアイディアまでは良かったのかもしれないが、それを皆が考え
ぬ、といういわれはどこにもない。
 ある意味では、案の定、というべきであろうか。少女以外にも、ゆっくりの皮を用いて、コラージュアートを
作り上げた者がいた。それが他でもない、あのお嬢である。

 少女の作り上げたコラージュアートは、それなりの出来と言って良かったろう。苦悶の表情に染めたゆっくり
の皮を用いることにより、不可思議な変化を見せるしわを絵画の上に乗せ、えもいわれぬ不安定性と、そこはか
とない珍奇なる威圧感を醸し出せた。これは成功と言って差し支えないであろう。
 が、少女のその目論見もむなしく、お嬢の作品は少女の上を言っていた。きちんと洗い流されたゆっくりの皮
を用いたうえに、的確な構成方法によって「もっと……ゆっくりしたかった……」と言葉が聞こえてきそうなほ
どに生々しい感触を、ひとつの紙の上で見事表現させるに至ったのである。

 美術の予備校は、学校のテストと同じく、その順位を残酷なまでにしっかりと表示する。絵を描く時間が終わ
れば、次は講評の時間となる。出来の良い者の作品から並べ立て、きちんと順位を決め、上位の者からしっかり
と評価するのが基本であるのだ。
 そういう順位づけがあり、少女はお嬢に負けた。勝負の界隈において、敗北は明確な印となってあらわれる。


「まけたー……」


 口に出してみれば、悔しさが湧き出てくる。どんな人間とて、負けるのは嫌である。それは絶対不変の真理だ。
敗北を希求する閣下もいるが、あれって結局自己満足と自己欺瞞と自己顕示欲で構成されている、あさましき意
図のうえでの発言でしかなくね? などと少女が思う暇もあらばこそ、やにわに響く車の稼働音。
 結局、上にいる者は上にいるのである。先輩だの後輩だの、ゆっくりだの人間だの、そういう枠組みは関係が
ない。某轟竜のようにに、頭がエターナルあーぱーでも、力が強ければどうにかなってしまう。それは、この、
都会という社会空間の中においても例外ではなく。

 とはいえ、実際に力の差を見せられると、もうどうにもこうにも、という気持ちが強い。しかも、少女の心を
悩ますのは、あのお嬢に負けたという事実であろうか。憎からず思っている相手に力の差を見せつけられるのは、
なんというか、非常に評価を下しづらいのである。

 とはいえども、清々しい気持ちも、それなりにはあるわけで。
 少年漫画的な敗北者感情を抱えたまま、少女は予備校のそばにある自動販売機から、缶コーヒーを購入し、そ
れをちびちびと飲んでいた。
 色褪せたブラウススーツと黒髪が、夕闇の空に彩られ、不可思議な旋律を描き出す。人の波が絶えぬ場におい
て、少女は久方ぶりにゆっくりとしていた。
 と、そこで。

「そんなに落ち込んでいるなんて、らしくないわね」
「……あー、お嬢? どーせ私なんてよ……」

 お嬢、参上。
 金色の髪と超然とした態度と、深紅のロングスカートを見せ、野暮ったい予備校から出たのにもかかわらず、
その姿はハイソサエティもハイソサエティといったところ。

「地獄に堕ちるのはまだ早いのだわ。というより、演技をおやめなさいな」
「……ちっ、ばれたか」

 ぶすっとした様子で少女が言い、ガードレールに腰かければ、当の金髪童女は微笑みひとつで返した。何の邪
気もてらいもないその笑みは、とかいは(笑)のそれとは比べるのもおこがましいほどで、少女は自然、頬を薄
紅色に染めていた。

「いいじゃない。先々週、私はあなたに負けたのだし」
「いんやー……そういう問題じゃなくてさー。自信満々だった素材が、実は他の人も考えていたうえに、自分よ
り上手に使えてましたー! なんて言われると、へこむじゃん」
「ふふ、そうかもしれないわね。……でも、今回、私は運だけで勝ちを拾った気がするのだわ」
「慰めはよせよう。……もうライダージャンプしてライダーキックすゆ。アンカージャッキくれ」

 ぶつぶつと遠くを見据えて腐る少女。
 そんな黒髪やさぐれ女に、当のお嬢は、やにわに飛び込みぎゅっと抱きつく。

「お……お嬢?」
「もう……。本当に、手がかかる子ね、あなたは。落ち込まないで、下を向かないで。あなたの描き出す曲線が、
あなたの五指が紡ぎ出す色彩が、すべて、すべて、美に繋がっているのだから」
「うぅ……」
「頑張って。月並な言葉だけれど……。でも、腐ったあなたを、見たくないの」
「その、お嬢……」
「素敵な線を描くあなたが好き。ひたむきに頑張るあなたが好き。決して屈しないあなたが好き。……そんなあ
なただからこそ、私は、あなたを買っているのだわ。……ここで、折れるの?」

 挑発的に目を細められて放たれたお嬢の言に、少女はしどろもどろになりつつも、首を横に振ることで答えた。

「そう、その意気なのだわ。天の道を行くのだわ」
「なぁんか上手に丸め込まれた気がするけど……ま、いいか。頑張らなくちゃね。ゆっくり程度に心動かされる
なんて、ワシもまだまだじゃ。くやしいのう、くやしいのう」
「すぐネタに走る性格はどうかと思うのだわ……」

 黒髪を撫でながら、妙な顔つきで嘘涙を流す少女。そんな姿をあきれながら白眼視するお嬢。都会の喧騒には
似つかわしくない、不器用であるけれどもあたたかな、どこか甘酸っぱく、青い匂いのするその光景。まさしく
それは友情形成の瞬間にも似た光景で、美しい沈黙が周囲を、


「ゆゆ? おねーさんたち、ゆっくりできるひと?」


 支配しなかった。



 もしもこの場に第三者がいたのならば、空気嫁、と言ったことであろう。汚いビルの前で、黒髪の女性と金髪
童女が、不器用なやりとりをしているそのさまは、誰しもが打ち破れぬ領域のそれである。しかし、そんな空間
をも破るゆっくりは、もう、ノットエアリードとかそういう領域の話ではない。
 少女とお嬢のそばに寄ってきたのは、バスケットボールほどの大きさをほこる、ゆっくりれいむだった。憎た
らしい声といい、ウザったい顔といい、実に殴り飛ばしたくなる要素を備えている。

 とはいえ、所詮、害獣。女の子ふたりは見向きもせず。

「ね、先輩。つらかったら、力になるのだわ。だから、折れないで」
「う、うん。……あひゃひゃ、髪、くすぐったいよ」
「触ってもいいのだわ」
「ふえ?」


「おねーさんたちはゆっくりできるひと?」


「レディが髪を触らせるのは、心を許した相手だけよ。光栄に思いなさい、先輩」
「あはは、じゃ、遠慮なく。……あ、いいなぁ、本当に髪、さらさらしてる。わ、いい匂い」
「も、もうちょっと優しく触るのだわ」
「あ、ごめんね。私、がさつだから……って、こりゃ言い訳だな。ごめんね、本当に」


「ゆっくりできないの? ゆっくりできないおねーさんは、ゆっくりしね!」


「あなたの指は繊細。だから、心だって、そう。がさつなんて言わないで……」
「またまたご冗談を」
「……ばか、鈍感」
「何か言った?」
「何も言ってないのだわ」


「ゆぅぅぅ! どぼぢでぎがな゛い゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!?」


 少女ふたりがじゃれあうなか、空気読めない糞饅頭は、ぽよんぽよんと体当たりをくり返す。そのたびに、少
女の髪が揺らめき揺らめき、されど女子ふたりは知らん顔を決め込む。


「ゆっ! いまはゆっくりできないきぶんなんだね! ゆっくりさせるね!」

「れいむはおうたがじょうずだよ! れいむのびせいをきいて、ゆっくりしていってね!」

「ゆ~♪ ゆゆゆ~♪ ゆっゆゆ~♪」


 好き勝手に自分を賞賛し、好き勝手に耳障りな音を垂れ流すゆっくりれいむ。

 これに無視を決め込める人間は、そうそういまい。無論、それはれいむが注目されたくてやっていることなの
だから、ウザさが増すのはしょうがない話なのかもしれないが。どんなに善意をもって相手に接したとしても、
それで相手が気にいってくれる道理など、寸毫微塵たりともない。
 それは、ゆっくりと人間の間にも当てはまるわけで。異文化コミュニケーションは、本当に大変なのである。
マゼランだって、海峡みつけたあとに現地民とバトルしてぶっ殺されたんだから。


「やっかましいわ!」
「うるさいのだわ!」


 ゆっくりれいむに降りかかる、それは見事なダブルヤクザキック。そんな攻撃をあっさり出来る、そんな少女
とお嬢は素敵。何故なら、彼女らもまた特別な存在だからです。

「ゆげえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!?」

 きりもみ回転しながら、餡子をまき散らして吹き飛ぶれいむ。宙を飛んだかと思えば、しかし近くに設置され
てあるガードレールにぶつかり、顔がひしゃげる。次いで、作用反作用の法則にしたがって、跳ね返されるよう
にれいむは吹き飛び宙を浮き、重力の法則にしたがって落下。
 都会の汚い道の上、丁度、吐き捨てられたガムがある場所に、顔面から突っ込み、れいむは痛みのあまりにの
たうちまわる。

 とはいえ、ここは都会。誰もゆっくりなんぞ気にも留めない。


 邪魔なゆっくりを片付けて、少女とお嬢は、ふん、と鼻息ひとつ。
 それからきびすを返し、ふたりして駅の方へと向かって歩いていく。

「いい蹴りなのだわ、先輩」
「あなたもね、お嬢」

 ゆっくり、ゆっくりと駅に向かってふたりは歩く。夕暮れの道を、淡い色彩の影が染め上げる。


「先輩」
「なぁに?」
「手を、繋いで頂戴」
「うん、いいよ」

 大きなかばんをひっさげて、少女と童女は歩き出す。その時、ふわり、と童女は艶めいた笑みを浮かべた。

「……ふふ」

「どうしたの?」
「なんでもないのだわ」

 夕暮れ時の帰り道。女子ふたりは、遠い遠い空を見据えて、ゆっくりと歩きだした。



「い゛だい゛よ゛ぉ゛……ぐる゛ぢい゛よ゛ぉ゛……」



 感動的なフィナーレ光景を壊すは、無論のこと、ズタボロのゆっくりれいむ。餡子を口の端から流し、苦悶の
表情を浮かべ、ゆーゆーと泣き声を漏らしている。
 しかし、誰も気に留めない。携帯電話片手のサラリーマンが、れいむに気付かぬままに歩を進め、うずくまる
れいむを蹴り飛ばす。


「ゆぎい゛っ!!?」


 ころりころころ転がって、路地裏へと着地するれいむ。れいむの体はボロボロだった。だが誰も謝らない。そ
れは当然の話である。所詮、害獣。情けをかける道理など、針の先ほども存在しない。

 と、その瞬間、路地裏に降り立つ人物、ひとり。
 長身痩躯の温和そうな男性だった。黒いシャツをまとい、簡素ないでたちで、れいむを視界の端におさめなが
ら、あらぬ方向を向いている。


「ゆぅ……おにぃさん、たすけ……」



「やあ! 僕は虐待お兄さん! みんな元気かな?」



 助けを求めるれいむの声には耳も貸さず、誰もいない空間に向かって大声で話しかける男。傍目に見ても見な
くても、普通に奇妙で怖い。


「ふふふ、あの女の子たち、可愛い顔をしてなかなかの蹴りを放つね! ゆっくりを殺さず、しかし苦痛を与え
る強さの蹴りを放つのは、そこそこ難しいんだ! 鍛えれば、虐待お姉さんになれるかもしれないね!
 でも、今は美術の勉強をしているようだし、ゆっくりごときに人生を浪費しちゃ駄目だよね! ゆっくりをい
じめるのは、やっぱり専門職の僕! 餅は餅屋だよね!」


 温厚そうな顔のままに、壁に向かって話しかける虐待お兄さん。道を行く人々は、かなりひいているが、当の
本人は全く気にしない。


「え? さっきから見ていたのなら、どうして女の子たちの間に入って、ゆっくりを排除しなかったのかって?」
「おにぃ、ざぁん゛……。だずげでぇ……」


「いや、あそこで僕が出たのなら、僕は空気読めない子だったからね。女の子同士の、ちょっと不器用な友情風
景を壊すほどに、僕は野暮じゃないのさ!」
「ゆっくりでぎな゛ぃ゛……」


「それにしても、ゆっくりとは本当に面白いよね! 食べてよし、虐げてよし、団結力や絆を高めるための道具
にすらなり得るんだよ? 共通の敵を認識すれば、団結力が生まれる、それが人間だよね! でも、ゆっくりを
その敵として認識し、攻撃を加えることで友情を深めるなんて……いやあ、僕の求める虐待道は、まだまだ遠い
ね! あの女の子たちには一本とられちゃったなあ、あはは!」
「だずげでよ゛ぉ゛ぉ゛!!」


 ぺらぺらとしゃべり続けるお兄さんに、れいむの声は全く届いてない。何故なら、彼もまた虐待お兄さんだか
らである。ゆっくりとまともに会話しようなんざ、全く考えていない。


「僕はようやくのぼりはじめたばかりだからね……。この果てしなく遠い虐待道をさ……」
「だずげでよ゛ぉ゛ぉ゛! いだいよお゛!」


「社会で生きるのは大変だよね! ゆっくりしている暇なんてないし」
「ぎいでる゛の゛ぉ゛ぉ゛!!?」


「でも、たまにはゆっくりしてみてもいいんじゃないかな? 根を詰めていると疲れちゃうよ!」
「だずげろ゛ぉ゛ぉ゛!! ごの゛ばがぁ゛ぁ゛!!」


「月並な言葉だけれど、みんな、たまにはゆっくりしていってね!」
「ゆ゛っぐりでぎな゛ぃ゛ぃ゛……!」


 げふげふと餡子を吐きながら泣き出すれいむ。しかし、お兄さんは全く表情を変えず、つかつかとれいむのも
とまで歩いていき、れいむを持ち上げる。
 たすけてくれた! とれいむが顔を笑みの色に見せる暇もあらばこそ、まるで弓を引くがごとく振り上げられ
る、お兄さんのこぶし。



「でもまあ、こいつらは絶対にゆっくりさせないけれどね! ヒャア! 虐待だぁ!」
「どぼぢでぞん゛……ゆぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!?」


 なんだかんだ言って、人間たちは結構ゆっくりを上手にあしらっていた。
 社会でもゆっくりの扱いが決まる日は、そう遠くないだろう。めでたし、めでたし。




「ごごじゃゆっぐりでぎないよお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」




(おしまい)













最後は全部かっさらう。それが虐待お兄さん。台詞がウザいのは仕様。
初投稿なのになんでこんな長いんだ……。マジすみません。

塾とか予備校とかにゆっくりをもっていきたい。
サンドバッグにしてストレス解消して、餡子食べて疲労回復。
あれ? ゆっくり、普通に受験生のお供じゃね?









by 鮭チップス



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最終更新:2022年05月18日 21:40