「ッ...!」
雨宿りをしつつ、名簿を見た静香の母は、唇を噛み締めくしゃりと名簿を握りつぶした。
名簿には自分以外にも知った名前が記載されていた。
時女静香。彼女の愛し、誇りに思う娘である。
その娘が呼ばれている。日ノ本の為にと誓った清純なあの心を汚しかねない狂宴に。
許せない。
かつての復讐にしても質が悪すぎる。
「...気持ちは察するぜ、姉御」
そんな彼女を気遣い声をかけるヤクトワルト。彼もまた知己の名前が記載されていた。
オシュトル、アトゥイ、ネコネ、マロロの四人だ。
(まったく悪趣味な真似してくれるじゃない)
ヤクトワルトの知る中で、四人の内、二人は死人だ。
わざわざ死者を蘇らせてまでやることが少年一人の大捕り物。そんなものをよしと出来る筈がない。
それに、呼ばれた面子も面子だ。
志半ばで散ったであろうオシュトルに、彼の死の責任を背負い気に病んでいたネコネ、戦闘狂のアトゥイ、操られていたとはいえ修羅の如くオシュトルを憎悪したマロロ。
明らかに意図的に戦闘を誘発している面子といえる。
仲間たちを信用していない訳ではないが、万が一を考えてすぐに合流するべきだろう。
(まあ、なんにせよ、ネコネの嬢ちゃんにはオシュトルの旦那に会わせてやりたいってモンじゃない)
いくら気丈に振舞い、信頼できる仲間とはいえ、ネコネはまだ幼い子供だ。
語りたかった言葉や想いはいくらでもあるだろう。
それはオシュトルにも言える。
戦場に出る以上、覚悟はあったとはいえ、全てを託し消えていくのは本望ではなかっただろう。
せっかく共に呼ばれたというなら、仲間として、彼らを会わせて言葉を交わさせてやりたいと思うのが心情というものだ。
「姉御、当面の目的は娘さんと俺の仲間たちとの合流ってことでいいかい?」
「ええ...そうね」
決意を新たに、二人が今後の方針を決めたその時。
「おっ、いたいた。お~い、あんたら、少し話がしたいんだけどいいかなぁ?」
ここが一応は殺し合いの場であるとは思えないほど呑気な声が二人の耳に届いた。
「人殺し...!?」
「そうそう。下手人は男。190センチ、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」
現れた青年、伊藤大祐から齎された情報は静香の母を驚愕させた。
帆高以外の犠牲者を出す必要がないこのゲームで、それも、開始からまだ1時間も経過していないというのに。
少し離れた場所でもう殺人が起きてしまったというのだ。
「殺されたのはタクさん...この渋井丸拓男って人なんだけど、少し話して互いに敵意はないからって一緒に動いてたんだよ。そしたらそのキン肉マンが出てきて、タクさんが...」
いま思い返しても恐ろしい、と大祐は身震いしながら話す。
「お前さんよく生きて逃げられたねえ」
「偶々だよ。とりあえず帆高がいるっていうAー8の方に向かおうって決めたところで、タクさんが小便してくるって言って別れたんだ。
で、なんか帰りが遅いな~と思ってトイレに向かったら、ちょうどそのキン肉マンがタクさんを殺してたんだよ。だから俺は姿を見られる前に逃げられたんだ」
「あなた、そのタクさんを見捨てたの!?」
「仕方ないだろ!あのキン肉マンゼッテェ滅茶苦茶強いし、タクさんだってついさっき会ったばかりだぞ?なのに俺に命を賭けろって言うのかよ!?」
決して本意ではなかった、と主張する大祐の剣幕に、静香の母は「しまった」と思い直す。
彼女ら時女の里の一族は、形はどうであれ、日ノ本の為ならば命を賭ける覚悟を常に持っている。
しかし、大祐は違う。彼はごく普通の一般人。戦いに向けての覚悟なんて普通は持っていないのが当たり前だ。
それをどうして責められよう。むしろ、そこで助けに行ったところで犠牲者が増えるだけだろうに。
「...ごめんなさい。つい...」
「...いや、俺にもう少し勇気みたいなのがあれば、なにか出来たかもしれねーし、卑怯だって言われても仕方ないわな」
「いいや、勝ち目のない戦から撤退して情報だけでも持ち帰る、なんてのは当たり前の選択じゃない。お前さんは間違っちゃいねぇよ」
「おっと予想外のところからのフォロー、まあでもサンキュ、これで少しは気が楽になるってモンだぜ」
ヤクトワルトのフォローにより、沈みかけていた空気が和らぐ。
揉め事が起こらずに済んだことに安堵するが、しかしそれで問題自体が解決する訳ではない。
「なんにせよ、その男は放ってはおけないわね」
「お、おいおい。まさかあいつをやっつけに行くって言うんじゃねえだろうな」
「そのまさかじゃない。仲間に危害を加えられてからじゃあ遅いんでね」
「いや、でも、やっぱり危険だろ」
尻込みする大祐を他所に、ヤクトワルトも静香の母も、殺人者という男を放置するつもりはなかった。
血気盛んなアトゥイや長らくヤマトを守護してきたオシュトルはともかく、元来は穏やかな性格のマロロや戦闘が本分ではないネコネ、魔法少女とはいえ人間相手にはまだ疎い静香には確実に害に成りえる。
ならばこそ、彼らへの被害を出す前にここで芽を摘んでおいた方がいい、という考えだ。
なにより、二人にはそれを出来るだけの自負がある。
「そんなに心配するなら試してみるかい?」
ヤクトワルトが腰に差した無限刃を大祐へと手渡す。
「ホレ、こいつでそこの木を切ってみな。一太刀でな」
ヤクトワルトが指を指したのは、道路わきに生えている針葉樹。
さして太くなく、強い衝撃を与えればすぐにでも折れてしまいそうだ。
「なんだかわからねえけど、これくらいなら俺でも...おりゃあ!」
大祐が刀を振りかぶり、思い切り振り下ろす。が、木は切れず刃が食い込み途中で止まってしまう。
「あ、あれ、抜けねえ」
「剣術ってのは闇雲に振るえばいいってもんじゃない。適切な力、角度、速さ。そいつが揃わなきゃあ威力は殺されちまうのさ」
大祐に変わり、ヤクトワルトが無限刃の柄を握り引き抜き、居合の構えをとる。
ほどなくして、ふっ、と息を吐き―――、一閃。
するとどうだろう。大祐の太刀筋ではロクに傷がつけられなかった木に一筋の線が走りずるり、と滑り落ちていくではないか。
「さて、これでも不服かいあんちゃん」
ズン、と背後で木が倒れる音と共にヤクトワルトが大祐へと振り返る。
ヤクトワルトの剣技に息を呑む大祐だが、しかしそれでも浮かない表情は消えなかった。
「あんたが凄腕だってのはわかったよ。奥さんの方も最初のセレモニーで強いのは知ってる。...でも、あっちは銃持ってるんだぜ。
銃は剣よりも強し、って言葉もあるだろ?やっぱ関わらねえ方がいいって」
「「銃?」」
大祐の言った『銃』に、二人は首を傾げる。
「なんだそりゃあ...姐御、知ってるかい?」
「それは知ってるけど...銃ってそんなに強いかしら?」
銃。それは、実物はともかく、映画や本、テレビなどに触れていれば誰でも存在を知る武器である。
だがそれは一般常識でのこと。
現代社会とはまるで違う世界の田舎と、そもそも世界そのものが違うヤクトワルトは知らなくても当然である。
無論、そんなことを知らない大祐は、常識を知らぬ者たちへ向けて「嘘だろ...」とポカンと開口した。
―――時は、伊藤大祐がヤクトワルト達と合流する前にまで遡る。
彼はメイトリックスのもとから逃げ出した際、抜け目なくシブタクのデイバックを持ち去っていた。
山小屋から離れたところで彼の支給品を改めていた際、その中の一つにあった『顔写真付き名簿』と称された白紙の紙を見て首を傾げていた。
そんな折に響いた神子柴の放送、改めて配られた
参加者名簿。
神子柴の指示通りに雨に濡らして文字が浮かび上がった名簿を見て、これに顔写真付き名簿も当てはまるのでは、と試したところ成功。
改めて顔写真が記載された紙を隅から隅まで眺めて目を見開く。
知った顔があった。
赤の長髪の女―――藤堂悠奈。大祐がゲーム最終日まで利用していた説明会場の地下室で殺した女だ。
直接の面識はほとんどなく、名前すら知らなかったが、名簿と合わせて理解することができた。
あの女は確実に仕留めておかなければならない。大祐の生前の所業の一部始終を把握しているからだ。
彼女は欠伸が出るほどの平和主義者であったようだが、それでも今度こそは自分を殺しに来るだろう。
彼女を殺した時はほぼ不意打ちだったのもありこちらはロクな手傷こそ負わなかったが、あの致命傷であそこまで撃ち合えることからして、万全な状態で向き合えば勝てるかはわからない。
やはりまずは誰かに処理を任せるべきだろう。
その為に、大祐は手駒を欲した。先のメイトリックスや悠奈を陥れ殺す為の手駒を。
そして、それを探すついでに『初音や結衣みたいに楽しめそうな娘いないかな』、と夜遊びガイドを眺める感覚で女の子の顔写真を眺めていた。
「おぉっ、いるじゃんいるじゃん!さっきの映画の夏美さんにぃ、アイドルっぽい娘からロリっ娘まで。いや~、より取り見取りで迷っちゃうな~」
見たところ、白面の者・漏瑚・ビッグマムという性別不明の怪物な三名以外は、明らかな老婆や醜女は名簿には記載されていない。
性格は会ってみないとわからないが、少なくとも容姿だけなら一級品ばかりだ。
できることなら全員を味わってみたいと思う。
「それにぃ、あの会場で暴れた女!まさかあれで子持ちとかびっくりするぜ。あれなら俺、全然イケちゃうもんね~」
女の参加者の中でも妙に際立つのは名簿にある『時女静香の母』という名前。
本名でなく、ご丁寧に母と記載されており、且つ娘まで参加しているとなればもう疑う余地はない。
これはあの老婆からのご達しだ。親子ともども手籠めにしてしまえ、と。
「美少女親子の親子丼、か。こんなもんAVでしか経験できないっつーの!ヤバッ、なんか楽しくなってきちゃった」
妄想と共に醜悪な笑みを浮かべながら、鼻歌交じりに下山し、ほどなくして。
大祐は一組の男女―――ヤクトワルトと静香の母を見つけた。
(うわっ、狙いをつけてた女を早速発見とか、俺って運がいいねえ)
このゲームの性質上、帆高を狙う参加者は多くても、無差別に人を殺そうとする者は少ないだろう。
当然だ。参加者を減らすということは帆高を探す目が減るということであり、それだけ帆高がゴールして自分が死ぬ確率が増えるだけなのだから。
そして、声をかけたところであまり警戒はされない筈だ。
帆高を殺すにしても殺さないにしても、情報の交換はなによりも優先されるものだから。
そして大祐は、かつてのゲームでやったように、人当たりのいい態度で二人と接触し、現在に至る。
(いや~、手駒としては結構なアタリ引いちゃったんじゃない?静香ママだけじゃねえ、このヤクトワルトっておっさんも俳優かぶれのコスプレかと思ったらマジもんの侍だし!幸先がいいねえ、俺!)
二人に銃の説明をしながらも、大祐は内心で舌を出し嗤っていた。
静香の母とヤクトワルト。二人は共に主催の打倒を目指しており、且つかなりの剣技を有している猛者だ。
それでいて、修平や司のように自分へと警戒心をさほど向けない人の好さ。
間違いなく駒としては優良物件といえる。
(ただ、悠奈はともかく、今はまだあの筋肉バカとぶつけるのは早いよなあ)
かつてのゲームの参加者が自分と悠奈だけである以上、彼女が自分の行いを他の参加者に吹き込んでも自分が徹底的に否定すれば、完全に敵視されることはまずないはず。
比べて、まだメイトリックスの傍には蛍がいる。彼女が襲われたことを告発すれば疑いの目は自分に向き、三人の猛者を相手取ることになってしまう。
流石にそれで自分が勝利を収めるのは不可能だ。だったら、とりあえずメイトリックスからは逃げながら悪評をバラ撒き奴を孤立させた方がいいだろう。
その為に、どうにかしてこの二人と共にメイトリックスから遠ざかる。それが大祐の目論見であり、銃の危険性の説明もその為だった。
「―――っつーわけだよ。だもんで、どんだけ剣が達者でも、遠くから撃たれりゃ一たまりもないって話」
「うーん、私は時女の技の方が勝っていると思うけど...ただ実感が湧いてないだけかもしれないわね」
「そうそう。ドラマとか漫画だとあっさり躱されたりするけど、それはあくまでもフィクション。この目で見ちまった俺からしたらあんなもんは充てにならないさ」
「なるほどねえ。けど、それを聞かされたら燃えるのが漢ってモンじゃない」
「ダメよヤクトワルトさん。今は興味本位の腕試しなんてやってる場合じゃないんだから」
「わかってるぜ姐御。それにそういうのは俺よりもアトゥイの役割ってモンさね」
なんとなくでも危険を察知してくれた静香の母とは違い、むしろ剣で銃に勝とうとしているヤクトワルトに大祐は呆れつつも歓喜する。
元々、どこかでヤクトワルトとは別れて静香の母と二人になり、隙を突いてペットにでもして楽しむ腹積もりだったのだ。
これでヤクトワルトが抜けやすくなる口実が出来た。後はそのタイミングをいつにするかだ。
「...まあ、俺はあんまり勧めないけどさ、どうしても挑むって言うなら引き留めねえよ。ただ、俺が知ってる中でも危険人物はまだいるってことを心に留めといてくれ」
「へえ、そいつはなに者だい」
「藤堂悠奈...こいつには絶対に気を付けてくれ。甘い言葉で人を騙すとんでもねえ女だ」
大祐は表向きは心配そうに眉を潜めながらも、その表情の裏では下卑た笑みが浮かんでいた。
【C-8/深夜/一日目】
【時女静香の母@マギアレコード】
[状態]健康
[装備]宇髄天元の日輪刀@鬼滅の刃
[道具]基本支給品、ランダム支給品0~2
[行動方針]
基本方針:神子柴を斬る。
0:大祐の語る筋肉男に接触するかどうかを決める。
1:ヤクトワルトと共に、神子柴へ反旗を翻す者たちを募る。
2:帆高は見つけ次第確保する(殺しはしない)
3:静香との合流。
※参戦時期はマギアレコードのサイドストーリー『深碧の巫女』終了後です。
※制限により本名は名乗れず『時女静香の母(若しくは静香の母)』としか名乗れません。本名を名乗っても口元にノイズが走り相手には一切聞こえず読唇術でも読み取れません(筆談も同様)。
【ヤクトワルト@うたわれるもの 二人の白皇】
[状態]健康
[装備]無限刃@るろうに剣心
[道具]基本支給品、ランダム支給品0~2
[行動方針]
基本方針:神子柴を斬る。
0:大祐の語る筋肉男に接触するかどうかを決める。
1:静香の母と共に、神子柴へ反旗を翻す者たちを募る。
2:帆高は見つけ次第確保する(最悪、殺すことも辞さない)。
3:アトゥイ、ネコネ、オシュトルとの合流。
※参戦時期はゲーム本編終了後です。
【伊藤大祐@
リベリオンズ Secret Game 2nd stage】
[状態]健康
[装備]無し
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~5(シブタクの支給品も含む)、顔写真付き名簿(シブタクの支給品)
[行動方針]
基本方針:好き勝手に楽しむ。
0:できればメイトリックスにヤクトワルトを当てるのは後回しにしたいが...
1:楽しめそうな相手を探す。
2:森嶋帆高は俺がやらなくても誰かが代わりに殺すでしょ。
3:静香ちゃんとお母さんの親子丼ってのもいいかもなあ、あはは!
4:藤堂悠奈かぁ...俺のことばらさない内に処分しておかないと。
5:悠奈とメイトリックスの悪評をバラ撒き参加者間に警戒を呼び掛け排除させる。
※参戦時期はAルート死亡後です。
最終更新:2021年08月18日 15:44