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サンプルシナリオ
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■クリスマスがテーマのサンプルシナリオ
今年の我が家のクリスマスは、史上初・母親以外の女が一緒だ。しかも、僕と2人きりときた。どんなクリスマスになるのだろうか、今年は神経を使うな……と、街中で見かけるクリスマスツリーを見て僕は思うのだった。もう街はクリスマスムード一色になっている。
愛織:今、3つの悩みがあってさ……。
また始まった、と僕は疲弊した。愛織の方から話題を振られると、99割の確率で僕は不快にさせられる。愛織はくだらないトークのせいで今までいくつもの人間関係を壊してきたに違いない。だけど、本人がその欠点に気づいている様子はない。
愛織:一つは、DAKARAが相変わらずまずいこと。私の力を持ってしても、この清涼飲料水は改良されなかった。2つ目は、ムダ毛の存在。この期に及んでワキ毛との攻防が継続されるとは思わなかったよ。
千尋:なあ……どうしても、今その話をしなきゃいけないのか? これからごはんを食べに行くという時に。
愛織:3つ目は、あなたのその性格だよ。今の話がそんなに食欲の減退を誘ったの? もうちょっと寛容さを持つべきだと思うよ。あなたってさ、新しく訪れたレストランで食べるたびに、無理に粗探しするよね。自分が洗練された味覚を持っていると信じたいのかわからないけど、学食の焼きそばパンやマックのハンバーガーをよくお昼にセレクトしてる時点で程度に気付くべきよ。あなたの神経はあなたが思っている以上に大雑把なんだから、ムダ毛トークで盛り上がったところで味には大した影響は及ぼさないよ。
千尋:ムダ毛トークで盛り上がれるか。頼むから、びっくりドンキーで店員が注文を取りに来るまで口を閉じててくれ。
愛織:ということは、私の助け舟なしに道中のデートを盛り上げてくれるのね。いっとくけど、ちょっとでも退屈さを感じたらあなたの青春は終わりだからね。私も女なのさ……それも年頃のね。同年代の女子たちと変わらず、色恋に興味津々なゆえ、審美眼は鋭く研がれているよ。理想が高くなってるから、このくらいならいいだろうという甘えは持たない方がいいよ。
千尋:デート? 僕らはただ晩ごはんを食べに行くだけだ。デートなんて大層なもんじゃない。
愛織:デートが【大層なもん】って、かわいいなぁーもう! いつまでもその純情さを守り通して欲しいものね。さくらんぼはどの鳥にもついばまれることなく、実を腐らせる。
千尋:いい加減にするんだ。二段重ねのハンバーグが食べたいなら、誰の金で食いに行くのか思い出すんだな。
おでこをつっつかれた愛織は、顔を赤くして僕から目を逸す。
愛織:触られた……。
そう言ってスイッチがオフになり、ようやく黙ってくれた。ずっとしおらしくしてくれるのなら、僕らは良い関係が築けるかもしれない。でも、残念ながら、ハンバーグレストランに入った瞬間、芳ばしい香りが再びスイッチを入れてしまった。
愛織:ハンバーグ、何回か自分で焼いたけど、上手くいかないんだよね。タネが巨大すぎてさ。「私が考えた最強のハンバーグ」にしようとして、どうしてもタネをでっかくしちゃうんだよ。そうそう、「食卓にお肉ができるまで」ってサイト知ってる?
千尋:昔は、食事中に私語は慎まなければいけないってマナーがあったらしいけど、何で今は無くなっちゃったんだろうな。
愛織:私に黙ってほしいと?
千尋:鋭いね、その調子だ。
愛織:まあ、自腹きってこんなイイ物を食べるんだもんね、じっくり味わいたいよね。私も、じっくりあなたのバイト代を味わうとするよ。
そう言うと、愛織は一杯330円もするいちごミルクを一気に飲み干し、こちらを見てニッと笑った。じっくり味わうんじゃなかったのかよ、とツッコミが来るのを待っている。
愛織:もう一杯いい?
千尋:僕が330円稼ぐのにどれだけ苦労してるか知ってるか?
愛織:あなたにとっては大金なんだね、わかる。そんなことより、話があるんだけど。
千尋:何だ?
愛織:クリスマスイブ、磯野くんの部屋に泊まりに行くから。
千尋:……え?
スキ有り、と愛織は呼び鈴を鳴らし、店員に今度はメロンソーダフロートを注文した。
千尋:あいつ、彼女いたはずだろ。
愛織:ビュッフェは飽きた、特別なディナーには特別な料理をいただきたい、ビュッフェになんかに並ばない高級な料理を……とかなんとか言ってた。
千尋:君は、いいのか? 磯野なんかが相手で。
愛織:変なことはしないって約束してくれたから。
千尋:君は、飢えた吸血鬼から「何もしないから」と鉄分たっぷりフルコース・ディナーに誘われてもついていくのか?
愛織:何、その例え。さては動揺してるね。
千尋:当たり前だろ、あいつ、絶対下心あるぞ。
愛織:わかってるよ。でもね、クリスマスパーティってずっと憧れてたの。小さい頃、身体が弱くてさ……クリスマスの時期はよく体調を崩したから、一度もクリスマスパーティできなかったの。いよいよ私も、プレゼント交換できるんだって思うと、ワクワクしちゃってさ。それに、磯野くんだって彼女と別れて寂しそうだったし。
千尋:たぶん、君が思い描いてるクリスマスパーティとは違うぞ。パーティというよりは、デートだ。他に参加者は?
愛織:いないよ。私と彼の2人だけ。
千尋:ほらな。あいつはどうにかして君を酔わせて、スキを狙って襲いかかるつもりだ。あいつは下衆な野郎だよ。
愛織:同じ病院で生まれた親友同士なのに、そんなこと言うんだ?
千尋:あいつは、初めて彼女ができた日からおかしくなってしまったよ。
愛織:このあと、磯野くんへのクリスマスプレゼント探しに行ってもいい?
千尋:一人で行けよ。
愛織:あなたにも協力してもらわなきゃ。磯野くんが喜ぶような物、探してよ。
千尋:ガラスの破片でも贈ってやればいい、女からのプレゼントだったら喜んで自分の首を掻っ切るさ。
愛織:何さ、その態度。あなたはクリスマスツリー出す気もなかったんでしょ? 磯野くんの部屋にはでっかいツリーがあるって話だよ。どっちになびくかは明らかでしょ。
千尋:そんなんじゃないよ、知り合い同士が、そんな関係になるのが……気持ち悪いだけだよ。
愛織:じゃ、あなたも参加する? 磯野くんに聞いてみるね。
千尋:あいつが了承する訳ないだろ。
愛織がスマホを取り出し、磯野にLINEする。
愛織:今、メッセージ送っ……あ、返事きた。あなたも歓迎するってさ。
千尋:本当か?
愛織:楽しいパーティにしよう、だってさ。デートじゃないって。
千尋:……怪しいな。
愛織:来週が楽しみだね。ワキ毛剃っとこ。
……クリスマス当日。僕らは磯野が暮らすマンションの一室を訪ねた。磯野の部屋に遊びに行くなんていつ以来だろう。あいつに彼女ができた日から、僕らの距離は遠くなっていた。
磯野:やあ、待ってたよ。僕の女神様。
愛織:ちゃお。お邪魔するね創造物くん。ローストビーフ持ってきたよ。
磯野:お、気が効くね、後で僕の最高級・白老牛ローストと勝負しような。先に上がっててくれ。
愛織が一足先に磯野の部屋に上がる。愛織はリビングの扉を開くと同時に歓声をあげた。磯野は、愛織のために最高の会場を作ったのだろう。
磯野:やあ、引き立て役くん。
千尋:そういうことか。お役に立てればいいけど。
磯野:楽しんでいってくれよ、よい子が寝る時間まではな。21時を過ぎたら、うちは2名定員になるんだよ、あしからず。
千尋:残念だったな、愛織はお気に入りの枕じゃないと寝られないんだ。あの子、はしゃぐあまり枕を忘れてきたよ。
磯野:眠れないなら好都合だ。それに、僕の腕枕をお気に召すだろうから心配ない。
千尋:よくそんなに自信が持てるな、童貞のくせに。
磯野の顔が引きつる。童貞は奴の最大のコンプレックスだ。一度、3人前の元カノとそういうムードになったらしいのだが、脱がす前に果てたとTwitterで拡散されていた。
磯野:お前よりは知ってるつもりだよ。僕だったらびっくりドンキーなんか連れて行かないけどな。
千尋:あれはデートじゃない。
磯野:ああ、デートなんて【大層なもの】じゃないもんな……プクク。さあ、上がれよ。これ以上険悪になる前にさ。
磯野はFXでそこそこ成功し、そこそこ良い暮らしをしている。カーテンから何まで、我が家とは質が違う。友達の部屋というよりは、テレビで見る売れっ子芸能人のお家にお邪魔している気分だ。窓際に鎮座している本物のモミの木は、子どもが喜びそうな飾り付けがされている。子どものクリスマスパーティに憧れている愛織を喜ばせるためだろう。まったく余念のない男だ……。同じ童貞でも、僕とはレベルが違う。女にかける情熱だけは素直に白旗をあげてやる。
愛織:えっと、クリスマスパーティって、どんな流れなんだろう。プレゼント交換はいつやる?
磯野:いつでもいいよ。自由に飲み食いしながら過ごし給え。
磯野が70型テレビを操作し、映画を流し始める。「素晴らしき哉、人生!」の4Kリマスター版だ。家電量販店の展示でしか見たことない巨大テレビに愛織が食いつく。
磯野:女神様、こいつは賑やかしだから、そんな真剣に見入らなくていいんだよ。今、ボジョレー・ヌーヴォーを開けるからね、今年のはここ10年でも最高の仕上がりらしいぜ。
愛織:シャンメリー、持ってきたんだけど要らなかったね。
千尋:僕が飲むからいいよ。お酒は苦手だから。
磯野:シャンメリーか、似合ってるぜ相棒。ファンタもあるけどどうだい?
千尋:磯野。付き合ってた彼女はどうしたんだ?
磯野:笑ってくれよ、僕は里美に捨てられたんだ。なんとなく、気づいてたよ。里美にはやや毒があるって。でも……僕は彼女を愛してたからね、性善説を信じることにしたんだ。だけど、彼女は……。
愛織:気の毒に…無理して話さなくていいんだよ。
千尋:リップクリーム食われたらそりゃ怒るよ。
磯野:相棒、ちょっと来てくれ。
僕は廊下に連れ出され、胸ぐらを掴まれる。磯野は凄い表情だ。過去にここまで凄まれたことはない。
磯野:言い方に気をつけるんだな。僕にリップクリームを食う趣味はない。
千尋:食ったとしか思えないくらい減っていたと聞いたぞ。勝手に使うのも論外だけどな。
磯野:知っているのに「彼女はどうした」なんて聞いたのか。良い趣味してるな。いっとくが、僕はもう同じ過ちは繰り返さない。だから、過去を蒸し返すのはやめろ。
千尋:愛織も知ってるぞ、昨日僕が教えた。ドン引きしてたよ。
磯野:僕がお前に何かしたか?
千尋:これからしようとしてるだろ。
磯野:愛織ちゃんを愛してるなら、何でもっと優しくしてやらない?
千尋:愛してるとかそんなんじゃないよ、親友が身近な人間と付き合うのがなんか嫌なんだよ。
磯野:なら親友をやめてやる。赤の他人は今すぐここから出ていけ。今年からクリスマスは僕の脱童貞を祝う記念日になるんだ。何人たりとも邪魔はさせない。
千尋:そんなに童貞が重荷なら捨ててこいよ、FXで儲けたあぶく銭で。
磯野:ちっ、かわいい女の子と同居してるからって、イキがってんじゃねえぞ。
千尋:イキがってるだって? それはそっちの方だろ。
いよいよ気まずくなってきた時に、愛織がやってきて仲裁に入ってくれた。
愛織:2人とも、何喧嘩してんのさ……同じ病院で生まれた仲じゃないの。もっと仲良くしなきゃ。
磯野:ああ、僕の母さんが先に分娩台に乗ったけどな。
愛織:どうでもいいよ、せっかくのクリスマスなのにさ。もっと楽しもうよ、ね?
磯野:……ああ、そうだね。取り乱して悪かったよ。3人で続きをやろうじゃないか。
千尋:僕はまだここにいていいのか?
磯野:ああ、僕の方が生まれた時の体重が多くて健康的な赤ん坊だったって認めるならね。
千尋:今も昔も、生まれた瞬間も磯野の方が優秀だよ、きっと童貞捨てるのも先だろう。
磯野:よし、これからも親友同士だな。
リビングに戻り、映画を見ながら食事をしたあと、プレゼント交換が始まった。愛織が最も楽しみにしていたイベントだ。
愛織:音楽が流れてる間、プレゼントを回すんだっけ。やったことないからさっぱり。
磯野:んー、僕のプレゼントは女性向けでさ。たぶん、相棒がもらっても迷惑だと思うんだ。
千尋:真っ赤で前面がOの形に開いた下着か? 2つ前の彼女と別れる原因になったやつ。
愛織:千尋、いい加減にしないと耳ン中にイトミミズ流し込むよ。
磯野:ふふ、下着ではないから安心し給え。
愛織:私のは男の人向けだから、2人に通用すると思う。
磯野:じゃ、僕と相棒による女神プレゼントの争奪戦だな。燃えるぜ。
千尋:2人で交換しなよ、僕はプレゼントの中身知ってるから、もらっても嬉しくない。
磯野:じゃあ君は、自分のプレゼントを自分にあげることになるが、それでもいいか?
千尋:いや、2人に用意してるんだ。受け取れよ。
僕は磯野と愛織にプレゼントを渡した。磯野が困惑した表情を浮かべている。
磯野:驚いたな、これは想定外……僕も何か用意するべきだったな。
愛織:開けてもいい?
千尋:いいよ。腐る前に開けた方がいい。
愛織:何が入ってるんだか。
2人が包を開く。僕は愛織には図書カード、磯野にうさぎの被り物を贈った。
磯野:こっちが愛織ちゃんへのプレゼントじゃないのか?
千尋:いいや、合ってる。それが磯野へのクリスマスプレゼントだ。明日からそれを被って歩けよ。
愛織:1000円分の図書カードか…しょっぱいね。
千尋:誰かがびっくりドンキーで余計な注文したせいでカツカツだからな。
愛織:ま、まだ根に持ってるの?
磯野:フッフッフ、図書カードとはセンスあるな。千尋のおかげで、僕のプレゼントがより引き立てられるよ。さあ、続いて僕からのプレゼントも開け給え。
愛織:磯野くんのプレゼント、開けるね。
愛織が包みを開いていく。小金持ちがどんな素晴らしいプレゼントを贈るのか、僕も興味津々だ。
愛織:わぁ…………。
中から、チェック柄のベージュのマフラーが出てきた。マフラーには疎いけど、磯野セレクトだからきっと高級品なのだろう。愛織は生地の感触を確かめ、うっとりする。
磯野:バーバリーのカシミア100%マフラーだ。定番中の定番ですまないけど、お気に召すかな。
僕はすぐさまスマホで、バーバリーのマフラーを検索する。マフラーのくせにニンテンドースイッチより高価で、僕には一生手に届かないような代物だ。
愛織:南極で孤立しても、これがあれば快適に過ごせそう。人生で2番目に素敵なプレゼントだよ、最高。ありがとう。
磯野:ん? はは、そうか、2番目か。いつか1番を勝ち取ってやるよ。
その時、鳩時計が21時を知らせた。いつの間にか鳩時計なんて物を買っていたのか。オルゴールのリズムに乗って、人形や動物の細工が踊っている。
磯野:よい子が寝る時間に鳴るようにセッティングしてあるんだ。シュナイダー製のホンモノだよ。自分へのクリスマスプレゼントに買ったんだ。
千尋:FXに手を染めてからすっかりスネ夫になったな。のび太くんはそろそろ帰るとするよ。
磯野:僕らは親友同士だ、君がのび太くんなら僕はドラえもんだろうな。玄関まで送るよ。
愛織:え、もう帰るの? 千尋くん、ちょっと待って。ローストビーフあと1枚だけ食べるから。
磯野:女神様、今日は泊まってく話だろう? ゆっくり味わえばいいよ。
愛織:え、泊まらないけど?
磯野:何ぃ?
愛織:枕が無いし。いつもの枕じゃないと眠れないの。ごめんね。
磯野:僕ん家の枕は東京西川製のダウンピローだぜ。悪くないと思うけどね。
愛織:うちの枕と同じメーカーのだったら考えたんだけどね。無印良品の。
磯野:東京西川を試していきなよ。ハマるぜ。
愛織:ごめんなさい、せっかく誘ってくれたのに。またの機会にね。
磯野:…………。
愛織:ごめんなさいね、本当に。また遊ぼうね。
磯野:……わかったよ、焦ってはいけないという事は元カノたちから学んでる。今日は大人しく引き下がろう。
千尋:悪いな、僕たちは揃ってよい子なんでね。
磯野:メリークリスマス、2人とも。早く寝ないとサンタさんが来てくれないぞ。
僕らはマンションを後にした。
愛織:……なんか、あんま楽しくなかった。
千尋:僕が喧嘩したせいだね、悪かったよ。
愛織:いや、違うの。パーティって、もっとこう、にぎやかでガヤガヤしたものを期待してたんだけど、磯野くんはオトナの落ち着いた雰囲気でやりたかったっぽいから……。それに、ソフトドリンクにDAKARAがあった。
千尋:全部、愛織のために仕込んでくれたんだ。感謝しなきゃ駄目だよ。
愛織:うん……。そうだ、図書カードありがとうね。
千尋:何をあげようか悩んでるうちに、タイムリミットが来ちゃって……仕方なく、昔懸賞で当てた物を選んだんだ。センスないよな、本当に。今度、改めてマトモな物を贈るよ。
愛織:ううん、いいの。これで十分。入院してた頃……小5くらいの頃だけど、同じ病室の子のお兄さんがね、クリスマスに図書カードをくれたの。私、そのお兄さんに片想いしてて。すごく嬉しかったな。あれが今までで一番のプレゼントだった。素敵な思い出が蘇ったから、千尋のプレゼント嬉しかったよ。
千尋:……そう、結果オーライなら良かった。
愛織:そのお兄さんがくれたのは3000円分だったけどね。
千尋:悪かったな。
愛織:……あっ。マフラー、忘れてきちゃった。
千尋:何だって? あんな高級品を忘れてくるなんて、どうかしてる。
愛織:また今度、取りに行こっと。
千尋:何言ってるんだ、僕はまだカシミアの生地を堪能してない。取りに行ってくる。
僕は走り、磯野の部屋のチャイムを連打した。しばらくして、磯野がマフラーを持って出迎えてくれた。
磯野:なんだ、君かよ。ほら、愛織ちゃんに渡しておけよ。
高級マフラーを預かる。確かに、安物とは手触りが違う気がする。
千尋:磯野、今日は愛織のためにありがとうな。
磯野:次は失敗しない。無印良品の枕、さっそくポチったところだ。
千尋:一つ、聞いていいか。何で愛織なんだ?
磯野:金がなくても、優しく接してくれそうだったから。
千尋:……どういうことだ?
磯野:僕、FXでやらかしちまったんだよ。一瞬の大暴落で、全財産が1300万になっちまった。悔しさのあまり、気づいたら里美のリップクリームを噛んでたんだ。人は極限状態に追い込まれると、何を仕出かすかわかんねえな。
千尋:それなのに、今日のために随分と奮発したんだな。全財産がたった1300万円になったっていうのに。
磯野:それだけ本気だったってことだよ。愛織ちゃんは手強いな。あまり金には興味なさそうだ。
千尋:ないこともないと思うけどな。1300万円くらい現ナマをちらつかせたら、三度回って犬の鳴き真似だってするだろう。
磯野:いいことを聞いた。愛織ちゃんにお礼を言っといてくれ、プレゼントは大事に使わせてもらうって。
千尋:選ぶのを手伝ったのは僕だけどな。
磯野:どおりでな、TENGAありがとよ。
千尋:昔から好きだったもんな、磯野は。
それから、愛織と合流して帰路に着いた。愛織はさっそく、もらったマフラーを首に巻いて温もりを楽しんでいる。
愛織:うし、仕切り直しといこ。
千尋:仕切り直し?
愛織:そろそろ、コンビニのケーキが半額になってる頃合いだから。
千尋:磯野ん家で散々うまいごはんとケーキを食べたじゃないか。
愛織:でも、今ならケーキが半額で食べられる。つっつきながらマリオカートでもやろ。
千尋:悪くない。クリスマスはそのくらいユルイ方がいいな。
完