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ふたりが描いた理想郷 第一話:モテない男子学生の理想郷
・食堂。千尋が食事をしている。
磯野:やあ中島千尋くん、ランチをご一緒していいかな。
千尋:ああ、座れよ。
磯野:おや、今日も一番安いCセットかね。味噌汁にごはんに生卵に味のり、そしてサバの南蛮焼き。貧乏くさくて、どちらかといえばモーニングなメニューだ。対する俺は1,500円もするAセットだ、この後おばちゃんが食後のデザートを持ってくる。FXでまたちょっとだけ上手くいっちゃってね、デザートまで注文する余裕があるんだよ。最近の俺はツイてるよ、本当に。
千尋:僕はCセットで十分満足できるからね。それに、生卵を割ったら双子だった。今日はツイてる。
磯野:双子といえば、双子の人は容姿だけでなく、好きな食べ物や異性の好み、ささいな癖まで共通する場合も珍しくないようだ。そんな双子の女性の場合、生理周期まで同期してるのかね?
千尋:気にしたことないな。興味もない。
磯野:それはお前さんが双子の女性という存在との距離が遠いからだよ。僕みたいに双子の女性が身近になれば、何でも知りたくなってくる。
千尋:ソシャゲで推しの双子キャラでもできたか?
磯野:推してるんじゃない、推されてるんだよ。
・美女学生がやってくる。
花澤:いた、磯野くん。私のマイスイート。
磯野:噂をすれば、これはこれは学内で噂の双子美女・花澤さんのどっちかじゃないか! 今日はどっちが俺の所有権を握ってるのかな?
花澤:当ててみて。私はどっちでしょう? ふふっ。 チュッ
千尋:磯野、どういうことなんだ?
磯野:見てわからないかね。人生のブレイクスルーが訪れたんだよ。この交際をきっかけに、俺はタラシの道を歩む。
花澤:磯野くん、この人は誰?
磯野:俺の親友さ。紹介するよ、中島くんだ。
花澤:よろしく、中島くん。
千尋:あ、ああ、よろしく……。
花澤:ふふ、彼もかわいいわね。
磯野:ああ、女慣れしてなさそうな所が、こないだまでの俺みたいでウブだろう?
千尋:僕にだって女がいた時期はあるぞ。
磯野:よく知ってるよ。オンラインゲームで知り合ったラクセル王妃だろ。アイテムのトレードが原因で喧嘩して、結局一度も会うことなく別れた本当に女性かもわからない人だよな。
花澤:一緒にごはん…と思ったんだけど、お友達と一緒のところを邪魔しちゃ悪いわね。
磯野:とんでもない、一緒に食べようじゃないか。そういうことだから中島くん、彼女のために席を空けてくれないか。
千尋:何でっ、ここは元々僕が座ってた場所だぞ、君が移動すればいいだろ。
磯野:俺みたいに満たされていないと、席ですら失うのが怖くなるんだな。いくら欲しいんだ? 言い値でいいよ。
千尋:君は株で儲けた頃からちょっと嫌味な感じがしてたけど、彼女ができて完全に嫌な奴になったな。
磯野:ハニー、行こうか。彼はせめてテーブルの領有権を主張してプライドを守りたいらしい。せいぜい、安物のパイプ椅子とテーブルを占有していい気になってりゃいいさ。僕らは今夜、アジアンレストラン・サワディーの良い席を予約してるけど、誰にも邪魔はされないから安心してね。
・磯野と花澤が消える。
千尋:……どうせ金目当てだ。
・タイトル表示。
第一話 【モテない男子学生の理想郷】
第一話 【モテない男子学生の理想郷】
・夕方、千尋がパン屋でバイトしている。
椿:最高傑作ができてしまったわ……これは絶対おいしいはず、天地がひっくり返るおいしさのはず。おいしい上に、人類の食糧問題解決の鍵となるはず。いわゆる、ブレイクスルーってやつ。ヒロくん、これは新メニューに入れていいと思う?
千尋:今日はやたらブレイクスルーって言葉を聞く日だなあ。そんなにうまいんですか?
椿:まだ食べてないし、私は食べるつもりない。ヒロくん、食べてみて。
千尋:いい香りですね、もぐもぐ……ピロシキ風のパンですか。なかなかイケる。
椿:ええ、コオロギ肉のパンよ。
千尋:嘘だろ!? 飲み込んじゃったじゃないですか!
椿:味は悪くないでしょ? ちゃんと食用のコオロギを使ったから安心して。これからの人類はね、昆虫食が当たり前になっていくって聞いたから、潮流に早乗りしようかなって。イケる味なら、新メニューに加えても問題なさそうね。これはきっと話題になるわよ。ワイドショーや雑誌で取り上げられて、昆虫食研究科の偉い学者さんとかから好意的なコメントを寄せられて、ひょっとしたら私は昆虫食の第一人者として世間で祭り上げられるかも。
千尋:店長、パワハラで訴えますよ。バイトにこんな物を食べさせて……虐待もいいとこです。
椿:680円のパンをタダで食べといて何がパワハラさね。まかないにケチつけるもんじゃないよ。
千尋:これ、680円で売る気なんですか。
椿:インパクト系メニューは、高値でプレミア感出してく方が売れるのよ。これがもし120円だったら、みんなアンパンとか食べ慣れた定番品を選んでくからね。
千尋:それは勉強になりました。食の選択肢が豊かな日本で、あえて昆虫食を選ぶ意識の高いお客様が大挙するでしょうね。
椿:うちは昆虫食のリーディングカンパニーになるわね。もっと研究を進めなきゃ。
千尋:虫専門店になったらこのバイト辞めますね。
椿:…なんて雑談してるうちに、もう上がる時間じゃないの。ほら、さっさとお帰り。週40時間以上働くことは許さないわよ。
千尋:お先です。
椿:ああそうだ、余った虫パンあげる。
千尋:いらないですよ、食べないですし。
椿:私だっていらないわよ、虫を食べるなんて冗談じゃない。
千尋:えぇ……。
・帰宅する千尋。
千尋:店長、良い人ではあるんだけどな…どうしよう、このパン。ポチにでも食わせるか。
千尋:もうちょっと性格がマトモなら、店長のこともイイかも? って思えるんだけどな……。
千尋:ていうか、店長はあれでも彼氏いるんだよな。はあ、僕の周りの20代はみんな恋人持ちか。磯野もついにリア充なっちまったし。ポチも近所で飼われてるメス犬と仲良くなったし。独り身は僕だけだ。
千尋:僕もいい加減、彼女ができないもんかね。美人で、僕より背が低くて、胸も大きくて、優しくて、甘えん坊さんで……オンラインゲーム上じゃない、リアルで会話できる女性がいい。
千尋:……そういや、ポチはどこ行ったんだろうか。いつも、僕が帰ってきたら真っ先に飛びついてくるのに。
・電話が鳴る。
千尋:父さんからだ。どうしたんだろう。
・電話に出る。
父:よお、千尋か。元気してるか?
千尋:まあまあだよ。そっちは?
父:ああ、仕事が軌道に乗っててな。しばらくアメリカから帰れそうにねえわ。下手したらもう一年、滞在が延びるかもしれん。ひょっとしたらなんだが……新しい母さんもできるかもしれん。すまんな、お前を差し置いて青春を謳歌しちゃって。
千尋:そうなんだ。好きにすればいいよ、天国の母さんだって許してくれるさ。
父:あと、親戚から相談があってな……しばらく、その親戚の子を預かることになったんだ。今日中にお前んとこに到着するだろう。
千尋:ずいぶん急だね。親戚の子って誰?
父:昔、ばあちゃんの葬式で会ったことあるはずだが…覚えてないかもな。お前と同じくらいの女の子だ。
千尋:女の子だって? 今、一人暮らし状態の僕んとこに女の子が来るっていうのか! 一体何を考えてるのさ。
父:しゃーないだろ。まあ、仲良くやってくれや。国際電話は高いから、もう切るぞ。またな。
・電話を切られる。
千尋:なんて自分勝手な。冗談じゃないよ、まったく…。
・居間に入ると、少女が犬のポチを抱いて眠っている。
千尋:おっ…っ??
千尋:な、なんだこの娘は…? まさか例の親戚? いや、でも、玄関に靴はなかったぞ……。
千尋:……かわいい娘だな、背はたぶん僕より低いな。胸も…でかい。
ポチ:one
千尋:おはよう、ポチ。姿を見かけなかったから心配したよ。その娘に懐いてたんだな。
少女:うーん……。
- 少女が起き上がる。
少女:どうしたの、ジェーン。ああ、飼い主が帰ってきたのね…。
千尋:ど、どうも。君が例の親戚の娘かい。話は父さんから聞いたよ。僕は千尋だ、よろしく。
少女:親戚? ああ、なんかそういう設定らしいわね。
千尋:設定……?
少女:たぶん、あなたが私の恋人役なんでしょうね。ふむふむ、なんか…普通ね。たぶん、私が男の容姿にさほどこだわりが無かったからこんな見た目になっちゃったのね。今んとこ、性的魅力は皆無……。
千尋:意味がわからないんだけど……?
少女:気にしないで、こっちの話だから。私は愛織。世界の終焉までお世話になるわね。
千尋:…………。
・父に電話をかける。
千尋:ああ、父さん? 聞きたいことがあるんだけど。
父:何だよ、国際電話は高いんだからやたらかけてくるなよ。
千尋:LINE通話なんだから関係ないだろ。それよりも、親戚の娘らしき人が来てるんだけど……なんか、すごく…個性的だね。アオリって名乗ってたけど、彼女がその親戚の娘で合ってる?
父:名前までは知らん、本人が親戚だって言うならそうなんだろう。じゃあ切るぞ、国際電話は高いからな。
・電話を切られる。
愛織:何か問題でも?
千尋:いや…何でも。とにかく、よろしくね。母さんが使ってた部屋が空いてるから、そこを使うといいよ。2階に上がって右手の部屋だ。
愛織:あなたの部屋は?
千尋:君の部屋の向かいだよ。
愛織:私もそこでいい。部屋をシェアしましょ。私たちが愛し合う仲になるのは、時間の問題だから。
千尋:何?
愛織:あなたは私に異性として悪くない印象を抱いてるはず。私はまだあなたに何の感情も沸かないけど、第一印象は可もなく不可もなくといったところよ。たぶんそのうち、あなたに惹かれるから覚えといて。人生で初めて身近に女子を感じることで、自然とあなたは自分の男の部分に磨きをかけようと努力するはず。そうして男として一皮剥けたあなたに、私は女性ホルモンの活性化を実感する……そういうパターンだと思われるわ。
千尋……何を言ってるんだ?
愛織:察しが悪いわね。今すべてを話しても困惑が深まるだけでしょうから、追々話すわね。さ、夕食にしましょ。この世界に来て初めての食事よ。何かある?
千尋:パンならあるけど…。
愛織:あなた、パン好き? 趣味が合わないわね。私は白いごはん派。ただし、ちゃんとしたジャポニカ米ね。料理によってはタイ米も悪くないけど、慣れた味じゃないと。オージー米だけは勘弁してちょうだいね、あれはマジでヤバい。
千尋:パン屋でバイトしててさ、余った試作品を持って帰ってきただけだよ。僕もお米派だよ。品種にこだわりは無いけど。
愛織:そう。なら忠告しておくけど、オージー米だけはどんなに好奇心が沸いても買ってこないでね。肉なら大歓迎。オージー肉は、本場よりイケてる。オーストラリア人は赤身が好きだから、その分脂肪の多い肉が日本に流れてくるの。オーストラリア旅行した日本人が本場のオージービーフが大味に感じてしまうからくりはそこにある。
千尋:そ、そうか……覚えておくよ。
愛織:あくまで米が好きってだけで、決してパンが食べられないわけじゃないからね。間食としては優秀よ。それは何のパン?
千尋:これはコオロギ肉のパンだよ。味は悪くない…食べる気はないけど。
愛織:食べる気がないのなら、何故持ち帰ってきたの?
千尋:ポチなら食べるかなって。
愛織:ポチ? ひょっとしてジェーンのことかしら。この子は昔飼ってた猫のジェーンを思い出させるから、ジェーンと呼ばせてちょうだい。
千尋:この子は犬だぞ?
愛織:問題はそこじゃないわ。この子と一緒にいると、猫のジェーンと同じように母性本能をくすぐられるの。きっと、犬のジェーンは猫のジェーンの生まれ変わりね。
千尋:まあ、好きなようにすればいいさ。僕はポチと呼ぶけど。
愛織:駄目よ、あなたもジェーンと呼んで。ジェーンと戯れてる横からポチと呼ばれたら、ペットとのふれあいに水をさされた気がして萎えるから。ちなみに、初代ジェーンは小学校2年生の頃にクラスで飼ってたインコよ。ちょっとした事件で外へ逃げていったあと、大繁殖して近所中インコとインコのウンコまみれになったわ。数年後、ジェーンはハムスターになって私の元に帰ってきた。それから、ジェーンはアゲハ蝶、トカゲ、ベタ、猫という風に転生を繰り返して常に私のそばにいてくれたわ。私にもパンを一つもらえる? その様子だと、夕食までまだ時間がかかりそうだから。
千尋:虫が入ってるけど、いいのかい?
愛織:昆虫食だって説明はすでに聞いたわ。味も悪くないというレビューもあなたの口から聞いた。納得した上で求めてるのに、何を心配しているの?
千尋:ああそうかい、じゃあいくらでも食べなよ。
愛織:私が元いた世界も、この世界でもまだ昆虫食はメジャーではないようね。私たちはマイナーな経験を共有する仲間ってことよ。ふふ、ちょっと心の距離が近づいた気分。
千尋:それはよかった。僕はちょっと自分の部屋にこもってるから、自由にしてて。後で食事にでも行こう。
愛織:男性がすすんで一人になりたがる時って、大抵はマスターベーションなのよね。いいわ、存分に愉しんできて。後で何をネタにしたのか聞かせてちょうだい。同じ屋根の下で暮らす者同士、隠し事はなしよ。
千尋:そんなことしないよ、頭痛がしてきたからちょっと休むだけだ。レポートも片付けないといけないし。
愛織:おきまりの言い訳ね。異性との性的行為が絡む時、オブラートに包んで”休む”と表現することがあるけど、一人で”休む”時も例外じゃないようね。
千尋:うるさい娘だな、僕は今日いろいろあって機嫌が悪いんだ、構わないでくれ!
愛織:何をピリピリしているの? 発情期のジェーンを思い出すわね。猫だった頃の。カービィのぬいぐるみにアソコをこすりつけてるところを見られると、あなたのように威嚇してきたわ。
千尋:ポチ、おいで。その人と一緒だと疲れるだろ?
ポチ:…………。
愛織:ジェーンは私を選んだようね。私の胸に飛び込んできなさい、だっこしてあげる。
ポチ:one
・愛織がポチを抱く。
千尋:寂しいね、僕は一日で2人の友達を失ってしまった。
・千尋が自室に入る。
愛織:ふむ……。
・自室でふて寝する千尋。
愛織:ねえ、入ってもいいかしら?
千尋:何の用だ?
愛織:あなた、2人の友達を失ったと言ってたけど、ジェーンともう一人、誰かと仲違いしてしまったの?
千尋:君には関係のない話だよ。
愛織:お邪魔するわね。
・ポチを抱いた愛織が入ってくる。
千尋:入っていいなんて言ってないだろ。
愛織:なら部屋に鍵をかけておくことね。今のこの家の主はあなたなのよ。そのあなたがどんよりしてたら、それだけで家庭内の空気がピリついてしまうわ。よかったら話を聞かせてちょうだい。
千尋:別に、大したことじゃないよ。
愛織:大したことじゃないなら、そんなに塞ぎ込まないはずよ。素直になっていいのよ。今のあなたには、愚痴を聞いてくれる存在が必要でしょ? 今まではジェーンがそういう役割を担っていたかもしれないけど、この子はもうあなたの友達じゃないから、今は私のことを飼い犬だと思って、すべてをさらけ出していいのよ。
千尋:親友が金と女を手に入れたんだ。僕とはまったく住む世界が変わってさ……もう、昔のように親友同士ではいられなくなったんだ。
愛織:その親友って、男性?
千尋:ああ。それが何か?
愛織:よかった、思ったより事態は深刻じゃなさそうね。もしその親友が女性で、青春時代にあなたと美しい男女の友情を築き上げてきたのに、この期にレズビアンと発覚して、あなたが心の奥に秘めてた、これから露わにするはずだった愛情が粉砕されたっていうのなら、かける言葉もなかったけど。単に男友達が経済的に豊かになって、恋人ができて幸せになっただけなのね。それならば、幸せを祝ってあげるべきではないの?
千尋:喜んであげたいところなんだけどさ。親友が嫌な態度を取るんだよ。自慢げに金と女を見せびらかしてきてさ。
愛織:なるほど、調子こいてイキがっているのね。それは腹が立つ。私も入院中、同じ病室のミノリちゃんがソシャゲのガチャで単発レアキャラを当てたのを自慢してきて心底うざかったわ。私はお年玉を全部注ぎ込んでも、良くて星3のトマトおデブモンスターだった。あなたの気持ち、よくわかる。千尋くん、善は急げよ。今すぐ、その親友に仕返ししてやりましょ。この世に生まれてきたことを後悔させてやるのよ。
千尋:いや、そこまでしなくても。嫌がらせする気はないよ。
愛織:私はミノリちゃんにひと泡吹かせてやりたかったけど、その前に彼女は勝手に泡を噴いて全身を痙攣させながら死んでいったわ。壮絶な最期だったけど、私は何も手を下さなかったから、消化不良に終わったわ。だから、あなたの親友に嫌がらせをすることで、気持ちを晴らしてやりたいの。そうね、私たちで恋人のフリをして、見せつけてやるのはどうかしら。私、見てくれは自信あるから。金と異性間交友で成功してる親友とやらは久しぶりに嫉妬という感情を知るわよ。
千尋:そんなことしなくても、相手は君とちょっと会話したらそれだけで嫌気が差して自殺したくなると思うよ。
愛織:私たち、出会ってからまだわずかな時間しか経ってないけど、私って早くもウザキャラとしてのアイデンティティを確立したのね。ちょいウザ系の美少女って、憎めない愛されキャラって感じ。悪くないわね。
千尋:彼はちょっと舞い上がってるだけだよ、しばらくしたら落ち着くはず。そうしたらまた親友同士に戻れるはずさ。それまでの間、我慢すればいいだけだ。
愛織:甘いわね。人って、生活水準が近い人との交友関係を大切にする傾向があるの。その親友は、どんどん上流階級の人脈を築いていって、次第にあなたなんて意識もしなくなるわよ。あなたは死ぬまで自分に無駄な忍耐を強いるつもりなの?
千尋:それならそれで構わないよ。それが人生ってやつなんだろうな。
愛織:あなたみたいな若造が悟りを開いた気になってるのって、傍から見たらすごく滑稽よ。若者は若者らしく後先考えずにはっちゃけましょうよ。それが大惨事を招いたとしても、そのうちいい思い出になるわよ。若気の至りっていう便利な言葉、知ってる?
千尋:どうでもいいよ、僕は身の丈に合った友達を見つけるべきなんだろうな。
愛織:飼ってた犬にすら見捨てられたあなたの身の丈ってどれくらいのサイズ?
千尋:君と話してると本当にイライラしてくるよ、出ていってくれ。
愛織:容姿にはムラムラ?
千尋:出ていけ!!!
・愛織が部屋を追い出される。
愛織:千尋くん、ひょっとして下ネタは苦手?
・部屋に鍵がかけられる音がする。
愛織:ジェーン、彼が降りてくるまでリビングでテレビでも見てましょうか。
・夜、チャイムが鳴る。
愛織:誰かしら、さっき千尋くんの様子を見に行ったらまだ眠ってたし、ここは私が応対するしかないのかしら。
愛織:ジェーン、同行してちょうだい。もしレイプ魔だったら、頚椎を噛み切ってやるのよ。
ポチ:one
・玄関のドアを開けると、磯野と花澤が立っている。
磯野:やあ…千尋くんいる?
愛織:彼ならマスターベーションをするために部屋にこもって、ふてくされながら果てたわ。今はおやすみ中よ。結構がっつり寝てるから、夜中は眠れずに暇を持て余してまたシコるでしょうね。
磯野:そ、そうなんだ。君は誰?
愛織:君は誰? って訪ねてきた側のセリフなの? まあ無理もないわね、私とは初対面なのだから。私はこの世界の創造神で、設定上は千尋くんの親戚。しばらく居候させてもらうことになったの。
磯野:親戚だったのか。驚いたよ、千尋くんの家に若くて綺麗な娘がいたから。そうか、千尋くんは寝てるのか。
愛織:彼に何か用?
磯野:うん、ちょっとね。寝てるならいいや、お邪魔したね。
愛織:ははーん、さてはあなたが千尋くんが言ってた嫌なお友達ね。聞いたわよ、あなたが金と女を見せびらかして嫌な態度をとったって。わざわざ自宅まで自慢しに来たの? 本当に性格悪いわね。
磯野:やっぱ、そういう印象持たれてたよな……。俺は酷い奴だよ。
愛織:あなた、胸毛はある?
磯野:何? 何でそんなことを聞くんだ?
愛織:あなたの男としての価値を査定するためよ。金があるのは知ってる。胸毛は?
磯野:な、ないけど?
愛織:そう。千尋くんには乳輪に一本、長い毛が生えてるの。胸毛があるなんて男らしい。彼はあなたより上ね。
磯野:そ、そうか。それは良かったよ。
愛織:いっとくけど、千尋くんは孤独な童貞じゃないわよ。なんたって私がいるから。私達、もうセックス経験済みなの。変態プレイするためのグッズだって、ちょうどAmazonでポチったところよ。普通だったら、いくら金を積んでも逃げられるレベルのエグいプレイだってしちゃうんだから。近親相姦でエグいセックス……あなたがどんなに頑張っても手の届かない世界に千尋くんは足を踏み入れてるのよ。どうだ参ったか。
花澤:マイスイートは、お友達に謝りに来たのよ。そんな喧嘩腰にならないで。
愛織:そうなの? あなたにそんな一面があったなんて、意外ね。
磯野:お詫びに、一緒にディナーでもどうかと思ったんだよ。LINEで誘おうとしたら、どうやらブロックされたらしくてさ。だから、直接訪ねてきたんだ。
愛織:金持ちのディナー、興味深いわね、どこに行く予定?
磯野:アジアンレストランのサワディーだよ。双子の彼女と3人で予約してたんだけど、急に片方の彼女に予定ができちゃってね。1人空いたから、千尋くんが加わっても問題ない。
愛織:私、この世界に来たばかりだからそのレストランは知らないけど、金持ちのあなたが女連れで行くんだからきっと良い店よね。わかった、今準備するから待ってて。ドレスコードはある?
磯野:無いけど……ってか、君が来るのか?
愛織:言ったでしょ? 千尋くんはオナ疲れで寝てるって。私が代理を務めるわ。コオロギのパンを食べたばかりだけど、高級な料理なら別腹よ。
花澤:昆虫食なんて、イカしてる。これからのスタンダードね。
愛織:今、準備するから待ってて。
・愛織が着替える。かなりセクシーでいけてる服装。
愛織:おまたせ。さ、行きましょ。
磯野:おお……良いじゃん。こんなにイケてる女性、初めて見たよ。
花澤:とっても素敵ね! えっと、名前をまだ聞いてなかったわね。
愛織:アオリと呼んでちょうだい。貴女は?
花澤:ハナコよ。よろしく。
愛織:ハナコさんのファッションもなかなかよ。でも、このスペック差……貴女に流れてくるはずだった金の向きが私に変わるのは時間の問題ね。
花澤:え、なんて?
愛織:気にしないで。彼氏さんの一途さを信じましょ。
磯野:ははは、面白い。
・3人が出かける。数時間後、千尋が起床する。
千尋:あれ……あの娘は。
ポチ:one
千尋:どうやら、悪い夢を見ていたようだな。頭のネジがぶっ飛んだ美少女が、僕の親戚を自称して、この家に居座る……いくらなんでも非現実的過ぎる。
ポチ:one!
千尋:おい、どこに行くんだ、ポチ。
・ポチが玄関まで走っていく。ドアが開き、愛織が帰宅する。
愛織:ただいま、私の家族。
千尋:現実の存在だったのか…。どこに行ってた?
愛織:いけ好かないあなたの元・親友が訪ねてきてね、アジアンレストランで大量のムーピンを頬張ってきたわ。
千尋:磯野が訪ねてきたのか!?
愛織:失礼な態度を謝罪したかったけど、あなたにLINEをブロックされたからって、直接会いに来てくれたのよ。ちょっとイイ女な彼女も一緒だったわ。
千尋:そうだったのか、わざわざ訪ねてきたのか。僕も大人気なかったな、ブロックを解いてやるか。
愛織:もう、彼はあなたに対して酷い接し方はしなくなるはずよ。たっぷりとあなたの優位性を語ったから。
千尋:優位性?
愛織:あなたのアソコはラスプーチンと同様、ホルマリン漬けにされて保全されるべき人類の宝。ビデオチャットで画面越しに女性を絶頂に導く豊かな語彙力を有していて、その脳みそは将来、ホルマリン漬けにされて人類学者たちの貴重な資料になる。あと、プレイのバリエーションが豊富で、セックスがマンネリ化する心配がほぼ無いということ。他にも色々なエピソードを披露して、あなたのオスとしての優位性を示してあげたわ。あと、私たちは近親相姦してるってことになってるから、話を合わせてちょうだい。
千尋:本当にそんな嘘っぱちを並べたっていうんなら、本気でぶん殴るぞ。
愛織:嘘にならないように努力することね。少なくとも、元親友くんの彼女はあなたに堕ちたはずよ。
千尋:んな訳あるか、本当に何なんだよ君は、頭おかしいんじゃないのか?
愛織:あなたって、怒りっぽいのね。全部、あなたのためにしてあげたことなのよ。
千尋:全部が裏目に出てるよ。この家に居座るのは構わないけど、今後一切、僕に関わるなよ。
愛織:どこ行くの?
千尋:自分の部屋だよ。
愛織:そう、行ってらっしゃい。今度は茶化したりしないわ。空気がだんだんヤバくなってるのは私にもわかる。
・千尋がまた部屋にこもる。
愛織:また怒らせちゃった。私たちって、気が合わないのかしら。私みたいな美少女と同居できるんだから、今のこの世界は彼にとっての理想郷みたいなものなのに。
愛織:……私にとってもね。
・愛織がジェーンを抱く。
愛織:聞いて、ジェーン。私、元の世界では犬アレルギーだったのよ。猫も駄目でね、猫のジェーンとはアクリル板越しでしか触れあえなかった。今、こうしてあなたを抱いてる。こんなに幸せなことは無いわ。
愛織:ジェーンですら信じてくれないだろうけど、私は本当にこの世界の創造主なのよ。この世界は、何もかも私の理想通り。千尋くんだって、私の理想的な異性のはず。だって、名前と設定が、中学生の頃に書いてた恋愛小説のヒーローと同じなんだもの。主人公は私だった。
愛織:……小説の千尋くんには超絶イケメン設定も加えておくべきだったわね。あのベビーフェイスも嫌いではないけど。
愛織:説明が面倒だから、別に創造主だとかって信じてもらわなくてもいいけど…せめて仲良くなりたいものね。
・翌日、学校の食堂。
磯野:やあ、千尋くん。LINEのブロック解除してくれてありがとう。
千尋:やあ、仲直り記念に一緒に昼飯でもどうだ?
磯野:仲直り? とんでもない、お前のせいで俺はどん底だよ。
千尋:僕が何かやったか?
磯野:人間のオスはフェロモンを持っているけど放出はできない、ただし君を除いては……って話、事実だったようだな!
千尋:何の話だ? さては愛織が変なことを言ったな。あの娘はキ●ガイだから、真に受けない方がいい。
磯野:気づいたか? LINEに僕からの既読と返信がなくなったことを!
千尋:! ブロックしたのか!
磯野:俺、退学することにしたよ。お前と同じ大学で勉強なんてできるか!
千尋:磯野、君は誤解してるよ。話を聞いてくれ。
磯野:話を聞いたところで僕の彼女は戻ってこないだろ? せめて、俺が童貞を捨ててから奪ってくれよ!
千尋:彼女と別れたのか? 僕のせいで!?
磯野:ああ、君のように長い1本の胸毛が無いせいでね!
千尋:な、なぜ僕に1本長い胸毛があるのを知ってる?
磯野:お前と夜な夜な創造神と創造物シチュで近親相姦にふけってるという自称創造神の娘から聞いたよ!
千尋:磯野、待ってくれ、僕は童貞だしあんな娘と関係は持ってない!
磯野:そうやってお前は俺をからかうんだな。気に入らない、今生の別れだ、じゃあな!
千尋:おい、待てよ磯野!! こんなことで退学なんて馬鹿げてる!
磯野:退学は言い過ぎた! でもこれからじっくり検討するよ! じゃあな!
千尋:そうか、早まった真似しないならとりあえず安心だ! 後でじっくり話そう、LINEのブロック解いとけよ!
・磯野が去り、花澤がやってくる。
花澤:あら、私の元カレと喧嘩したの?
千尋:君は磯野の……。本当に彼と別れたのか?
花澤:ええ。あなたは、帝政時代のロシアだけじゃ飽き足らず、私と磯野の関係をも崩壊に導いた…。今夜、空いてる? セクシーな1本の胸毛と人類の宝、私にも見せてほしいなぁ。ねえ、ラスプーチン様?
千尋:…………えっと、バイトがあるから。
花澤:これ、私の電話番号とメアドとLINEとtiktokの連絡先。こっちは妹の分。盛りだくさんなのは、姉妹揃って本気ってことよ。じゃあね。
・花澤がいなくなる。
千尋:……何だこの展開。
・夕方、バイト先のパン屋。
椿:そろそろ上がる時間よ。残業代なんて払いたくないからさっさと帰りなさいな。
千尋:はぁ…。
椿:どした? 悩みがあるならじっくり聞いてあげるよ。タイムカードを切った後でね。
千尋:いや、ここはいつもと変わらないから…安心していたんです。自宅も大学も、色々と変化が起きちゃって、居づらくなったんですよ。何も変化が無いここはなんというか、理想郷だなって。
椿:理想郷は言い過ぎでしょ。実はちょっと変化が起きる予定でね、新しいバイトの子が入ってくるの。
千尋:へえ、そうなんですか。
椿:とってもかわいい女の子でね。惚れちゃ駄目よ、ヒロくん。
千尋:楽しみですね。
椿:てなわけで、残業代が発生する前にとっとと帰んな。残業代で私に何か奢ってくれるっていうなら別だけどね。
千尋:大人しく退勤しますよ。さようなら。
椿:そうだ、新しい虫パンのサンプル、持ってく?
千尋:むしパンって、昆虫の方のですか?
椿:ええ、また味の感想よろしく。
千尋:……ええ、持って帰ります。虫に抵抗のない同居人がいるんで。
・自宅に帰る千尋。
愛織:おかえりなさい。私、もう我慢できないわ。我慢をするなんて耐えられない。
千尋:ど、どうした?
愛織:驚かせたかったから、出勤初日にあなたと会うまで内緒にするつもりでいたけど、我慢できないから話すわね。私、パン屋でバイトすることにしたの。よろしくね。これからは同僚よ。
千尋:……え?
愛織:つばばんは私のこと、ネタバレしなかった? つばばんってのは椿店長の愛称よ。私、アオアオって呼ばれてる。もうお互いを愛称で呼び合う仲なの。
千尋:最悪だ……。
愛織:つばばんはあなたのこと、これからはラスプーって呼ぶつもりよ。逸話を披露してあなたへの評価を底上げしといたの。これで私という有能な新人に業績を抜かれても、あなたはある程度まで評価を保てるわ。
千尋:ラスプーって、ラスプーチンのことか。また人類の宝とかしょうもない嘘を言ったんだな。君って奴は。
愛織:プーチンだと、別の人を指してるみたいになっちゃうから。それに「チン」が卑猥に聞こえる。
千尋:ほら、お土産のパンだよ、つばばんが味の感想くれってさ。これをやるから今日はもう僕に絡まないでくれ、頼むから。
愛織:おいしそうね。ありが……ああっ!
千尋:どうした?
愛織:パンが入った袋を受け渡しする時、手がちょっと触れた……。
千尋:それがどうかしたかい?
愛織:あなたと私の手が触れ合うなんて、ああ……。
千尋:失礼だな、そんなショックを受けなくても。
愛織:そうじゃないの、なんというか、めちゃ興奮して……ああ、汗が出てきた。あなたは相変わらず機嫌が悪そうだから、昨日みたいにまた部屋にこもろうとしてるのかもしれないけど、今日は私の番よ。 緊張を鎮めるためにしばらく一人にさせてもらうわ…ああ、熱が出てきたみたい。
千尋:目がぐるぐる回ってるけど、大丈夫か?
愛織:フラフラする…肩かして。いや、やっぱ触らないで! 勘違いしないでね、この現象は私の男性経験が極端に少ないことに起因するのであって、全身性感帯って訳じゃないから…!!
千尋:わかったから早く部屋に行って休みなよ。
愛織:じゃ、じゃあ…おやすみなさい。重症だから、明日の朝まで寝込んでるかも……。
千尋:一生部屋に引きこもってくれてると助かる。
ポチ:one
愛織:やめて、来ないでジェーン。オスの動物でさえ今は耐えられそうにない。私に獣姦の罪を犯させないでちょうだい。
千尋:ポチ、今日は僕と一緒だな。
ポチ:…………。
・愛織が部屋にこもる。
千尋:ボディタッチは、愛織にとって孫悟空の頭の輪っかを締め付けるようなものか。覚えておこう。
第一話 おわり