第1回「魔人就職試験編」

参加者一覧


猿男

設定:
人間社会に馴染めず森でハンティングや人里で残飯をさらう生活を続けてきたワイルドな男。このような生活は長く続かないだろうと予感していた。
去年まで同じ浮浪者だった鼠男が、上等な身なりで現れ、スズハラコーポレーションの採用試験を教えてくれた。
【魔人能力】:『猿誘う様子』
猿男が雄叫びを上げると効果発動。
自身の感情を猿のように昂らせ、自身の身体能力を猿のように上昇させる。昂るあまり暴走、猿のように制御不能になることもある。
[成功要素]
身体スキル:【野生味LV.3】【スタミナLV.3】
知的スキル:【猿真似LV.1】【猿知恵LV.2】【罠作成LV.1】
固有スキル:【猿誘う様子[魔]】【霊長類LV.1】【体毛LV.3】

太田ニヤーン

設定:
魔人野球界から追放された元プロ魔人野球選手。試合中に相手球団ファンを54人、味方球団ファンを59人を殴り倒す「50-50事件」を起こして追放された。
【魔人能力】:『魔球PLASMA』
物を投げる際にプラズマを纏わせて威力を上げる。最大火力は野球ボールを投げた時で、人間を貫通する程度。野球ボールから形状が外れれば外れるほど威力は下がる。

[成功要素]
身体スキル:【制球力Lv3】【走力Lv2】
知的スキル:【短気Lv1】【決断力Lv2】
固有スキル:【魔球PLASMA[魔]】【元プロ野球選手Lv2】
アイテム :【野球ボールLv1】【金属バットLv2】

“鉄尻(テッケツ)”シィリガ・デル

設定:
屁リウムガス開発の任務についていた「露出亜帰りの男」。34歳。新型の露出狂とよばれている。尻による相互理解というニュータイプ露出論提唱者。法に触れない露出狂の一人。
【魔人能力】:『シリ―シル』
テレパシー能力で相手の精神に自分の尻の映像を送り込む能力。
また相手の記憶から尻の形をテレパシーで読み取れる
読み取った尻の映像はテレパシーで他人と共有できる
[成功要素]
身体スキル:【運動神経Lv.3】【硬い尻Lv.3】
知的スキル:【話術Lv.2】【冷静さLv.2】
固有スキル:【シリ―シル[魔]】【ナイフ術Lv.2】
アイテム :【ナイフLv.2】

半 夏生(なかば・なつき)

設定:
大学生。薬学部の出身で薬の知識を持つ。無口で会話は苦手だが、内に身を焦がすような強い想いを秘めている。
他者の物語の結末を見るのが好き。
好きな食べ物はうどんとタコ。
誕生日は7月2日
【魔人能力】:『鳴かぬ蛍が身を焦がす』
自らが心に秘めた想いを自らを燃やす炎に変換する能力。能力者自身がこの炎で傷つくことはない。
[成功要素]
身体スキル:【手先の細かさLv.2】【反射神経Lv.2】
知的スキル:【秘めた情熱Lv.3】【無口Lv.1】
固有スキル:【鳴かぬ蛍が身を焦がす[魔]】【薬学Lv.3】
アイテム :【レインコートLv.1】【市販薬Lv.2】

なめらすじ喇魅悪

設定:
学園公認暗殺者集団『アサシン部』に所属する二年生で尾底骨から尻尾の変わりに毒蛇が生えてる人外少女。
尻尾の蛇は大塚スネークと言う名前があり、人語を介し某MGSの渋いおじ様声のイカした蛇である。
肉体的主人格である喇魅悪より遥かに知的で良識者である。
また、伸縮自在なので偵察にも一役買っているのと、猿の様に木の枝に巻き付いてぶら下がる事も出来る。
切断されると死んでしまうが、1日~2日くらいで尾底骨から生えてくる謎多き蛇でもある。
【魔人能力】:『POISON KISS』
猛毒を生成する能力、喇魅悪からの口吻または尻尾のヘビによる咬傷で毒を付与する
[成功要素]
身体スキル:【身軽Lv.3】【色気Lv.1】
知的スキル:【毒物取扱Lv.2】【短気Lv.3】
固有スキル:【POISON KISS(魔)】【蛇使いLv.3】
アイテム :【注射器Lv.2】

柱場 新夜(はしらば にや)

設定:
開拓精神に溢れ、前人未到の未開の地に新たな居住地を作る事を夢見る男
日々無人島や人里離れた山岳地帯に赴いてはサバイバル生活を送り、己の技術や精神を鍛えている
とりあえず直近の目標は火星開拓だがいずれ太陽系外の惑星も開拓したいと思っている
無口なのだがリアクションがかなり豪快で見ていてうるさい
【魔人能力】:『質量ガン無視の法則』
  • 自分が持てる物であればその重さ・サイズを無視して無制限に収納できる。
  • 自分の持っているものを加工する際に過程を飛ばして完成品を作ることができる
[成功要素]
身体スキル:【巨体 Lv2】【サバイバル技術 Lv2】
知的スキル:【サバイバル知識 Lv2】【料理 Lv1】【DIY Lv2】
固有スキル:【質量ガン無視の法則(魔)】【フロンティア・スピリット Lv3】
アイテム :【手斧Lv2】

神無月ナツキ

設定:
マジシャン一家に生まれたマジシャンの申し子。
全身マジシャン人間。
【魔人能力】:『右手に盾を左手に剣を』
右手に握ったものと左手に握ったものの位置を入れ替える能力
「握る」の判定は「親指と中指が触れている」こと
手のひらに内部にあるものが交換される。
[成功要素]
身体スキル:【柔軟性Lv.1】【器用な手先Lv.3】
知的スキル:【話術Lv.2】
固有スキル:【右手に盾を左手に剣を[魔]】【ミスディレクションLv.2】【マジックの技術Lv.3】
アイテム :【トランプLv.1】【仕込みハトLv.2】

オープニング


音も、匂いも、温度さえも感じられない。
どこまでも続くかのような、継ぎ目のない純白の空間。
そこに集められたのは、社会の規格から外れた七人の異能者――魔人たちだった。
腰布一枚で全身の剛毛を晒す野生の男、猿男。
元プロ野球選手と書かれたユニフォームを気だるげに着こなす長身の女、太田ニヤーン。
軍服風のスーツで完璧な紳士を装い、しかしその本質を隠しきれない男、“鉄尻”シィリガ・デル。
紫のレインコートのフードを目深に被り、存在感を消す銀髪の少女、半 夏生。
目つきの悪さを前髪で隠し、尾てい骨から生えた毒蛇の相棒を揺らす少女、なめらすじ喇魅悪。
2メートルを超える巨体で仁王立ちし、未開の地を夢見る開拓者、柱場 新夜。
シルクハットとモノクルで伊達男を気取る、胡散臭いマジシャン、神無月ナキ。
彼らは互いに視線を交わすでもなく、ただこの異常な空間の中で、次なる出来事を待っていた。ある者は落ち着きなく周囲を窺い、ある者は退屈そうに舌打ちをし、またある者は静かに、ただ静かに佇んでいた。
不意に、空間の全ての照明が落ちる。
完全な暗闇が訪れたかと思った刹那、一点に強いスポットライトが灯った。
そこに、一人の男が立っていた。いつからそこに居たのか、誰にも分からなかった。
光沢のある漆黒のスリーピーススーツ。七三に固められた髪。陶器のように白い肌と、鋭い切れ長の目。その手には、オーケストラの指揮者が持つような、一本の白い指揮棒(タクト)が握られている。
男は、まるで舞台俳優のように深々とお辞儀をすると、顔を上げた。その口元には、心の底から眼前の人間たちを見下すような、薄ら笑いが浮かんでいた。
「――ようこそ、未来の社畜候補生の皆様。スズハラコーポレーション採用試験へ」
演劇めいた、よく通る声が純白の空間に響き渡る。
男――試験官、一色京は、陶然とした表情で両腕を広げた。
「私は、この『選別』の進行役を務めさせていただく、一色京と申します。以後、お見知りおきを。もっとも、諸君らのほとんどは、私の記憶に残る価値もなく消えていくのでしょうがね」
クツクツと喉を鳴らして笑う一色に、参加者たちの間に微かな緊張が走る。
なめらすじ喇魅悪の尻尾の蛇、大塚スネークが『やれやれ、随分と悪趣味な野郎が出てきたもんだ』と主人にだけ聞こえる声で囁いた。太田ニヤーンは隠そうともせず、苛立ちの籠もった舌打ちを一つ。
一色は満足げにその反応を眺めると、指揮棒を軽やかに一振りした。
「さて、無駄話は好みません。諸君は家畜、我々は飼育員。その関係性さえ理解していれば、試験はスムーズに進むでしょう。これから諸君には、我が社が定めたいくつかの試験(余興)に挑戦していただきます。評価はポイント制。最終的に最も多くのポイントを獲得した、最も『価値ある』お一人様だけが、このスズハラコーポレーションの社員となる栄誉を手にできるのです」
彼は言葉を切り、参加者一人ひとりの顔を舐めるように見回す。
「ああ、ご心配なく。試験における暴力、裏切り、狡猾な策略――ええ、大いに歓迎いたしますとも。倫理や道徳などという退屈なモノサシは、この舞台には存在しません。ただし、覚えておきなさい。この私を……観客であるこの私を『退屈』させた者には、相応の報いがある。それだけです」
猿男が「ホ、ホワーッ?」と間の抜けた声を上げ、シィリガ・デルは優雅に口髭を撫で、冷静に状況を分析している。柱場 新夜は微動だにしないが、その目は爛々と好奇心に輝いていた。
「では、前座はここまで」
一色の声のトーンが一段階上がる。その目は狂気的な喜びに爛々と輝き始めた。
「最初の『選別』を始めましょう! 記念すべき最初の試験は、実にシンプルかつ、最も残酷なものだ!」
彼は指揮棒を天に突き上げ、高らかに宣言した。
「【第一試験課題:自己アピール】!!」
「今から一人ずつ前へ出て、3分間、自らの価値をプレゼンテーションしていただきます。自分が持つそのくだらない能力(オモチャ)で、このスズハラコーポレーションにどのような利益をもたらすことができるのか。その身一つで、この私を愉しませてみたまえ!」
一色は指揮棒の先端を、集まった魔人たちへと向ける。その顔には、獲物を前にした捕食者の獰猛な笑みが貼り付いていた。
「それでは、才能の原石を発掘するための『選別』を始めよう。諸君の健闘を、心から嘲笑いながら祈っているよ」
純白の空間に、彼の嘲笑だけが木霊した。
こうして、七人の魔人による、常識外れの採用試験の幕が上がったのである。

第一試験

自己アピール
「さあ、始めなさい。最初のゴミムシくんはどなたかな?」
一色京が嘲笑と共に促すと、静寂を破って一人の男が歩み出た。2メートルを超える巨躯、柱場新夜である。彼はドスドスとお立ち台に上がると、深々と頭を下げた。
「地域開発部門を希望します。柱場新夜です」
その口調は朴訥としていたが、瞳には烈火の如き開拓精神が宿っていた。
「私の夢は、前人未到の地に新たな居住地を作ることです。貴社が挑むであろう、いかなる未開の地、いかなる過酷な環境も、私にとっては喜びの舞台です! この【フロンティア・スピリットLv.3】に懸けて、必ずや開拓を成功させましょう! つきましては、開拓させていただける場所を提供してくださるなら、給料など頂きません!」
社畜精神の極致とも言える宣言に、一色は初めて微かな興味を示したが、その口元は退屈そうに歪んでいた。「ふむ。犬としては忠実そうだ」。その程度の評価だった。
続いて登壇したのは、元プロ野球選手の太田ニヤーンだ。
「現場回りの仕事を希望します。私の【走力Lv.2】と【決断力Lv.2】は、誰よりも早く現場に駆けつけ、誰よりも早く案件をモノにするためのものです」
簡潔で、的確。だが、それだけだった。一色はすでに興味を失い、指揮棒で肩をとんとんと叩いている。
次に、紫のレインコートを着た少女、半夏生が静かにお立ち台に上がった。
「……薬学部出身、半夏生です」
【無口Lv.1】な彼女の声は小さく、消え入りそうだ。だが、次の瞬間。
「私の【薬学Lv.3】の知識は、貴社に多大な利益をもたらします。新薬開発、既存薬の改良、あるいは……毒物の生成。あらゆる局面で、私の知識は貴社の『力』となる。この想いは、誰にも負けません」
彼女の内で燃える【秘めた情熱Lv.3】が、言葉に確かな熱を宿らせていた。そのギャップに、一色は初めて「ほう」と声を漏らし、値踏みするように彼女を見つめた。
場の空気が少し変わったところで、軽快なステップで現れたのは神無月ナツキだ。
「皆様、お楽しみの時間です!」
彼は【話術Lv.2】で朗々と語りながら、【器用な手先Lv.3】で【トランプLv.1】を宙に舞わせる。カードは滝のように彼の腕を流れ、やがて一枚のキングになる。彼がそれを翻すと、キングの絵柄が瞬時に【仕込みハトLv.2】へと変化し、バサバサと羽ばたいて一色の頭上に止まった。
「エンターテイメント事業において、私のマジックは唯一無二の価値を提供できると、このハトも申しております!」
【マジックの技術Lv.3】が織りなす華麗なショーに、一色は「ククク……」と肩を揺らし、初めて楽しそうな笑みを見せた。
だが、そのエンタメの空気を原始の暴力が引き裂いた。
「ウキーーーーーーーッ!!」
毛むくじゃらの男、猿男が突如としてお立ち台に飛び乗った。彼は【猿誘う様子[魔]】を発動させ、理性のタガを外す。その瞳は血走り、全身の筋肉が獣のように隆起した。
ウッホ! ウッホ! ウッホ!
【野生味LV.3】をこれでもかと発散させながら、彼は胸を叩き始めた。そのドラミングは、ただの殴打ではない。力強く、リズミカルで、聞く者の本能を揺さぶる美しい音色だ。
「……ワ、ワイルドだろ……?」
ぜえぜえと息を切らしながら問いかける猿男に、一色は呆気に取られた後、腹を抱えて爆笑した。
「ハッ、ハハハ! 意味は分からん! だが面白い! 実に、実に下らない!」
狂騒が収まらぬ中、一人の紳士が優雅に登壇した。“鉄尻”シィリガ・デル。
彼は完璧な所作で一礼し、【冷静さLv.2】を保ったまま語り始める。
「私の名はシィリガ・デルと申します。私の【運動神経Lv.3】は、いかなる諜報活動、要人警護においても最高の結果をお約束します。また、私の【話術Lv.2】は、あらゆる交渉を有利に進めることができるでしょう。紳士的なアプローチこそが、ビジネスを制するのです」
完璧なプレゼン。模範解答。
だがその瞬間、他の参加者たちの脳内に、凄まじい衝撃が走った。
(見てください、この私の、芸術的な尻を)
【シリ―シル[魔]】。シィリガの精神攻撃だった。柱場の額に汗が浮かび、太田は「チッ」と舌打ちし、半夏生の肩が微かに震える。それは、次にお立ち台に上がろうとしていた、なめらすじ喇魅悪にも届いていた。
『おい喇魅悪!なんだこの……ケツの映像は!敵の精神攻撃だ!』
相棒の大塚スネークが警告する。だが、喇魅悪は【短気Lv.3】の苛立ちで、脳内のケツ映像を雑音としてかき消していた。
シィリガはプレゼンを終え、優雅に降壇する。一色は、全てを見通していた。その口元は、三日月のように歪んでいる。他者を蹴落とす狡猾さ、その手段の下劣さ。一色にとって、それは最高のエンターテイメントだった。
そして、最後。なめらすじ喇魅悪が、ギロリと一色を睨みつけながらお立ち台に上がった。
「俺ができるのは――――――これだ」
彼女は懐から【注射器Lv.2】を取り出し、一色の目の前の台に突き立てた。【POISON KISS[魔]】と【毒物取扱Lv.2】によって精製された神経毒が、アンプルの中で妖しく揺れている。
「そん中には神経毒が入ってる。使い方によっちゃ、筋肉を弛緩させ、シワを伸ばす美容整形薬にもなる。死体を作るか、金ヅルを作るか。アンタ次第だ」
一色がその注射器に興味深そうに手を伸ばした、その時。
彼の首筋に、冷たい鱗の感触が触れた。いつの間に回り込んだのか、【蛇使いLv.3】で完璧に気配を消した大塚スネークが、その牙をいつでも突き立てられる位置に潜んでいたのだ。
「――あとは、こんな風に隠密行動もできる。どうだ? 役に立つだろ?」
脅迫。それは、まごうことなき反逆の一歩手前。
だが、一色の表情に恐怖はなかった。あるのは、恍惚と歓喜。
「ククク……素晴らしい! その悪意、そのエゴ! 美しい! まさに我が社が求める人材の縮図だ! いいだろう、その度胸、高く買ってやる!」
嵐のような自己アピールが終わり、一色は満足げに指揮棒を振るった。
「さて、採点と行こうか。諸君の価値、この私が直々に値付けしてやろう!」

【幕間:評価と嘲笑】

第一試験の狂騒が嘘のように静まり返った純白の空間。
一色京は、まるで極上の演劇を鑑賞し終えた評論家のように、満足げな溜息を一つ吐いた。
「いやはや、素晴らしい。実に素晴らしい。泥の中に稀有な輝きを見出す、この瞬間のために私は生きていると言っても過言ではない!」
彼は指揮棒の先端で、各参加者の獲得ポイントを宙に描き出す。数字が浮かび上がるたび、参加者たちの表情は様々に変化した。
10点を獲得した“鉄尻”シィリガ・デルは、完璧なポーカーフェイスを崩さず、優雅に結果を受け止めている。だが、その瞳の奥には、自らの策略が完璧にハマったことへの確かな満足感が揺らめいていた。
9点のなめらすじ喇魅悪は、意外そうな顔で自身のポイントを見つめた後、フンと鼻を鳴らした。隣で相棒の大塚スネークが『やるじゃないか、喇魅悪。あのイカれた試験官は、ああいう危うい駆け引きが大好物らしいな』と囁いている。
8点の神無月ナツキは、芝居がかった仕草で胸に手を当て、観客に感謝するマジシャンのように一礼した。彼にとって、これもまたショーの一部なのだ。
一方、下位に沈んだ者たちの雰囲気は重い。特に2点という最低評価を突きつけられた太田ニヤーンは、ギリ、と奥歯を噛みしめ、ユニフォームの裾を強く握りしめていた。【短気Lv.1】の導火線に、じりじりと火がつき始めている。
「おやおや、そこで無様に顔を歪めているゴミムシくん。ルールは理解できましたかな?」
一色は、指揮棒で的確に太田を指し示す。
「正論や常識など、この舞台では何の価値もない。私を、この私を楽しませることができるか。評価基準はただそれだけだ。退屈な正攻法を繰り返すなら、未来永劫、最下層を這いずり回ることになるでしょう。……さて」
一色はパン、と手を打ち鳴らし、参加者たちの注目を集めた。
「最初の余興はここまで。諸君らの『個性』は、実に愉快な形で拝見させてもらった。だが、個性だけで組織は成り立たない。次に問われるのは、『協調性』という名の欺瞞だ」
彼が指揮棒を振るうと、純白だった空間がぐにゃりと歪み、景色が塗り替わっていく。
壁も、床も、天井も、全てが冷たい金属質のものに変わった。そこは、窓一つない、気密性の高い会議室。中央には巨大な円卓が置かれ、その上には、おびただしい数のトランプが山と積まれていた。
「ようこそ、次の舞台へ」
一色は円卓の傍らに立ち、まるで芸術品を眺めるかのようにトランプの山を見つめている。
「企業とは、個人の能力もさることながら、チームとしていかに機能するかが重要となる。互いに足を引っ張り合い、責任をなすりつけ、上辺だけの笑顔で協力する……ああ、なんという美しさ。人間社会の縮図だ!」
彼は陶然とした表情で語りながら、参加者たちを円卓へと促した。
「それでは、第二の『選別』を始めよう!」
指揮棒が、軽やかに、しかし鋭く空を切る。
「【第二試験課題:グループワーク】!!」
「そこにあるトランプを使い、参加者全員で協力して、一時間以内にできるだけ巨大なトランプタワーを完成させなさい! 採点は、タワーの完成度や高さ『ではなく』、この私が諸君ら一人ひとりの『貢献度』を個別に評価し、0から10点の範囲で採点する!」
その言葉に、参加者たちの間に緊張と疑念が走った。
「協力」して「巨大なタワー」を作る。しかし、評価は「個人」の「貢献度」。
この矛盾に満ちた課題の真意を、彼らは探り始めていた。成功の果実を独り占めしようと画策する者。他者を蹴落としてでも自分の手柄を立てようとする者。あるいは、この馬鹿げたゲームそのものを破壊しようと企む者。
一色は、そんな彼らの腹の探り合いを、最高の娯楽として眺めている。
「さあ、始めなさい! 互いに手を取り合い、偽りの友情を育み、そして裏切るがいい! 諸君の醜いエゴがぶつかり合う様を、この特等席で鑑賞させてもらうとしよう!」
一色の狂的な宣言と共に、会議室の壁に設置されたデジタル時計が「60:00」という表示を点滅させ、静かにカウントダウンを開始した。
七人の魔人による、不協和音だらけの共同作業が、今、始まろうとしていた。


第二試験

グループワーク
「さあ、始めなさい。偽りの友情劇を、この私に披露したまえ」
一色京の嘲笑を合図に、壁の時計が無慈悲なカウントダウンを開始した。
七人の魔人たちは、テーブルに山と積まれたトランプを前に、互いの腹を探り合う。どう動く? 誰が主導権を握る? 誰を出し抜く?
その均衡を、轟音と共に破壊したのは、またしてもあの男だった。
「――お任せください」
開拓者、柱場新夜が静かに告げると、テーブル上の全てのトランプに手を触れた。その瞬間、彼の魔人能力【質量ガン無視の法則】が発動する。
「『加工』開始――『完成』」
刹那。数万枚のトランプが意思を持ったかのように舞い上がり、一つの巨大な奔流となって天井へと殺到した。過程は存在しない。ただ「完成品を作る」という結果だけが、そこに顕現する。
ズゥンッ、という地響きに近い音を立て、会議室の中央に、床から天井までを貫く、巨大な一本の「トランプの柱」が出現した。それはタワーというより、まさに天を衝く塔の基礎。あまりに無骨で、あまりに独善的で、あまりに圧倒的な「成果」だった。
「なっ……!?」
「おいおい、マジかよ……」
他の参加者たちが呆然とする中、柱場は満足げに頷き、一礼した。
「これで土台はできました。皆さん、あとはお願いします」
その悪気のない一言が、数名の導火線に火をつけた。
「てめぇ! このデクノボウがッ! 『協力』っつってんだろが!」
最初にキレたのは【短気Lv.3】のなめらすじ喇魅悪だった。彼女は柱場の独断専行に血管を浮き上がらせる。
『喇魅悪、落ち着け。だが、奴のおかげで手間は省けたとも言える』
相棒の大塚スネークが冷静に囁く。
「……チッ! そうだな! あのクソつまんねぇ棒っきれを、もっとマシなモンにデコレーションしてやる! スネーク、手伝え!」
喇魅悪は行動を切り替えた。彼女はトランプを数枚手に取ると、大塚スネークがその縁に【POISON KISS[魔]】で生成した粘着性の高い毒を塗布していく。そして、その毒の「接着剤」を使い、柱場の作った柱に、新たな装飾を施し始めた。これは妨害ではない。歪んだ形ではあるが、紛れもない「協力」であり、より巨大で複雑なタワーを目指す「貢献」だった。
その異様な光景に、最初に順応したのは“鉄尻”シィリガ・デルだった。
「なるほど、素晴らしい発想の転換だ」
【冷静さLv.2】で状況を把握した彼は、【運動神経Lv.3】を活かし、喇魅悪の作業をサポートし始める。
「喇魅悪さん、その位置は不安定だ。私の肩をお使いなさい」
的確なサポート。紳士的な態度。だが、彼の本性は隠せない。
ニヤリと笑った彼は、同時に魔人能力【シリ―シル[魔]】を発動させた。
(((諸君、見てくれたまえ。この美しい協力作業を盛り上げるために、なめらすじ喇魅悪嬢の、芸術的な尻のフォルムを共有しよう! これで士気も上がるというものだ!)))
瞬間、作業に加わろうとしていた者たちの脳内に、鮮明かつ魅惑的な(しかし今は全く必要のない)尻の映像が流れ込んできた。
「ぐっ……!?」
イライラしながらも仕方なく協力しようとしていた太田ニヤーンは、脳内の尻映像に集中力を削がれ、置こうとしたトランプを崩してしまう。ガシャガシャと音を立て、タワーの一部が危険なほど揺れた。
「チッ! てめぇ、何しやがる!」
太田の怒声が飛ぶ。
「落ち着いてください、お嬢さん」
そこに割って入ったのは、マジシャンの神無月ナツキ。
「ショータイムは始まったばかりですよ!」
彼は【マジックの技術Lv3】を駆使し、太田が崩した箇所を、まるで手品のようにカードを投げ入れて瞬時に修復してみせる。さらに【話術Lv2】で、このカオスな状況を「壮大なイリュージョンの序曲だ!」と煽り、場をかき混ぜた。
紫のレインコートの少女、半夏生もまた、この狂騒に参加していた。彼女は脳内の尻映像に一瞬眉をひそめたが、すぐに【手先の細かさLv.2】を活かし、黙々とタワーに繊細な装飾を施し始める。その【秘めた情熱Lv.3】は、「この歪な塔を誰よりも美しく完成させる」という一点に注がれていた。妨害者がいれば【鳴かぬ蛍が身を焦がす[魔]】で焼き払う覚悟は、彼女の瞳の奥で静かに燃えている。
そして、この混乱の極みに、純粋な善意という名の爆弾を投下する者がいた。猿男だ。
彼はイライラが頂点に達している太田を見て、彼女を落ち着かせようと近づいた。
「……love…」
そして、その【体毛Lv.3】のモフモフの胸で、優しく彼女を抱きしめた。
「離れろこのケダモノオオオオオオッ!!」
太田の絶叫が会議室に響き渡った。彼女の【短気Lv.1】は完全にリミッターを振り切り、もはや協力どころではない。
一方、猿男はといえば、入口付近に【罠作成LV.1】の簡単な罠を仕掛け終え、満足げに自分の仕事を見つめていた。妨害者は内部にしかいなかったのだが。
「ククク……ハハハハハ! 素晴らしい!実に醜く、実に美しい! それこそが『チームワーク』だ!」
一色京は腹を抱えて爆笑していた。彼の目には、この混沌こそが最高のエンターテイメントとして映っていた。
やがて、一時間の終わりを告げるブザーが鳴り響く。
そこにあったのは、もはやトランプタワーとは呼べない何か。
柱場が創り出した無骨な柱に、喇魅悪の毒で歪に接着された装飾が施され、半の繊細な細工が芸術性を与え、ナツキのマジックが奇妙な浮遊感を与えている。シィリガの尻映像のせいで集中を欠いたメンバーが作った僅かな歪みを、猿男が巻き起こした更なる混乱が助長した、巨大で、歪で、しかし確かな熱量を持つ――異形のバベルの塔だった。

【幕間:歪んだ評価】

異形のバベルの塔がそびえ立つ会議室で、一色京は万雷の拍手を送っていた。一人だけの、しかし空間全体に響き渡るような、芝居がかった喝采だ。
「ブラボー! なんと素晴らしい不協和音! 独善、欺瞞、妨害、そして純粋な善意という名の暴力! これらが混ざり合った時、これほどまでに醜くも美しい芸術が生まれるとは!」
彼は恍惚とした表情で、各々のポイントを発表していく。
柱場の独善的ながらも圧倒的な「土台作り」に最高評価を与え、喇魅悪とナツキの「混沌を創造的に利用した」手腕を高く評価した。シィリガの「他者の尻を晒しながら協力する」という狡猾さにも満足げな笑みを浮かべている。
結果、累計ポイントは大きく変動した。
トップに躍り出たのは、毒と鞭で場を支配した、なめらすじ喇魅悪。
僅差でシィリガとナツキが続く。
そして、最下位は依然として太田ニヤーンのままだった。彼女は唇を噛み切りそうなほど強く食いしばり、俯いている。その肩は怒りか、あるいは屈辱か、小刻みに震えていた。
「おやおや、太田くん。君は実に退屈だ。怒りに身を任せるだけでは、ただの駄々っ子だよ。その有り余るエネルギーを、もっと『建設的な悪意』に転換してみたらどうだい?」
一色のねっとりとした声が、太田の心を抉る。
「さて、茶番はここまでだ」
彼が再び指揮棒を振るうと、世界が反転した。
会議室の壁が溶け落ち、床が剥がれ、天井が消える。次に五感を満たしたのは、ひんやりとした金属の感触と、微かに漂う機械油の匂い。
彼らが立っていたのは、巨大な工場の、だだっ広い一画だった。目の前には、等間隔に並んだ七本のベルトコンベアが、長い蛇のように奥の暗がりへと続いている。
「ようこそ、諸君。次なる『選別』の舞台へ」
一色は、ラインの始点に立ち、参加者たちをそれぞれの持ち場へと促した。まるで、これから始まる流れ作業の従業員を配置する工場長のように。
「個人の才を見、チームの不和を見た。ならば次に問うべきは何か? そう、『生産性』と『他者を蹴落とす覚悟』だ!」
彼の声が、工場の無機質な空間に甲高く響き渡る。
「【第三試験:絶対検品ライン "クリスタル・エンジェル"】!!」
一色が指揮棒を振ると、各レーンの始点にあるハッチが開き、スポットライトに照らされた一体のフィギュアが姿を現した。それは、どこまでも透き通ったガラスで作られた、儚くも美しい少女の像だった。
「これから、そのレーンに10体のガラス製美少女フィギュア――クリスタル・エンジェルが一体ずつ流れてくる。諸君の使命はただ一つ。そのエンジェルに決して直接触れることなく、襲い来る障害から守り抜き、コンベアの終点にある『合格ボックス』まで無事に送り届けることだ!」
一色が工場の奥を指し示す。暗がりの中、巨大なシュレッダーが不気味な唸りを上げていた。
「障害とは、あのシュレッダーから射出される『過去の失敗作たち』――エンジェルの破片だ。脆いエンジェルにとって、些細な衝撃でも命取りになる。心してかかるように」
そして彼は、最も悪意に満ちた笑みを浮かべて、採点ルールを告げた。
「採点基準はこうだ。
フィギュア1体を無事に守り抜けば**『守護点』としてプラス3ポイント**。
だが……」
一色は、悪魔的な輝きを瞳に宿らせて続けた。
「他の参加者のレーンにあるフィギュアを、1体破壊するごとに**『破壊点』としてプラス2ポイント**を与える! もちろん、他者のフィギュアにも直接触れることは許されないぞ?」
「そして、万が一にもエンジェルに触れてしまった場合……それは『汚損』だ。神聖なるエンジェルを汚した罪として、マイナス5ポイントのペナルティを課す!」
守るだけでは、最高得点は狙えない。
他者を出し抜き、その幸福を打ち砕くことで、初めて勝利の栄光が見えてくる。
そのあまりに露悪的なルールに、参加者たちの間に緊張が走った。攻撃か、防御か。あるいは、その両立か。それぞれの魔人能力の特性と、己の欲望が天秤にかけられる。
「この試験で得たポイントの順位に応じて、最終得点に10点から順に加算される。マイナス点の者は、もちろん0点だ。さあ、どうする? 聖女を守る騎士となるか、隣人の幸福を打ち砕く悪魔となるか!」
一色の狂的な宣言と共に、七本のベルトコンベアがゆっくりと動き出す。
最初のクリスタル・エンジェルが、運命のラインへと滑り込んでいく。
「君たちの本性を、見せてみろ!」
ガコン、という音と共に、工場のシュレッダーから無数のガラス片が弾丸のように射出された。
七人の魔人による、守護と破壊のラインが、今、稼働する。

第三試験

絶対検品ライン "クリスタル・エンジェル"
ガコン! ガコン!
工場の奥でシュレッダーが唸りを上げ、弾丸めいたガラス片の雨が七本のレーンに降り注ぐ。守護と破壊の試験が始まった。
最初に完璧な防衛網を構築したのは、マジシャンの神無月ナツキだった。
「さあ、ショーの始まりです!」
彼は【器用な手先Lv.3】でテーブルの【トランプLv1】を瞬く間に組み上げ、自らのレーンの上に精緻なトンネルを建設していく。さらに懐から取り出した【仕込みハトLv.2】を放ち、トンネルが防ぎきれない大きめの破片を的確に弾き落とさせた。彼のレーンは、まさに鉄壁。クリスタル・エンジェルたちは、何一つ傷つくことなく優雅に終点へと向かっていく。
その隣、紫のレインコートの少女、半夏生もまた、異なるアプローチで完璧な守りを見せていた。
「……邪魔」
彼女の内で燃える【秘めた情熱Lv.3】が、【鳴かぬ蛍が身を焦がす[魔]】の炎となってその身に宿る。飛来するガラス片は、彼女のレーンに到達する前に、その静かなる熱によってチリチリと燃え尽き、溶けて消えていく。彼女は【反射神経Lv.2】で最小限の動きしか見せず、ただ静かに、しかし確実にエンジェルたちを守護していた。
だが、この試験は守るだけでは勝てない。
そのルールを最も苛烈に体現したのは、最下位からの逆転を狙う太田ニヤーンだった。
「……もう、どうにでもなれ!」
彼女の【短気Lv.1】は、ついに建設的な悪意へと昇華された。【元プロ野球選手Lv2】の動体視力で飛来するガラス片を掴むと、その全身をバネのようにしならせる。
「オラァッ!!」
憎き“鉄尻”シィリガ・デルへの【苛立ち】を込めた一投。ガラス片は【魔球PLASMA[魔]】の青白い光を纏い、唸りを上げてシィリガのレーンへと放たれた!【制球力Lv3】によって放たれたそれは、シィリガのレーンを流れるエンジェルへと正確に吸い込まれていく――
「――甘いですよ」
シィリガは【冷静さLv.2】を崩さない。彼は迫りくるプラズマ弾に対し、自らの尻を突き出した。
キンッ! という甲高い金属音。太田の放った魔球は、彼の【硬い尻Lv.3】によっていとも容易く弾き返されたのだ!
「私の尻は、ただの尻ではありません。攻防一体の芸術品なのです」
彼は【運動神経Lv.3】で飛来する破片を尻で捌きながら、さらに精神攻撃を仕掛ける。
(((諸君、見なさい! あの猿男の、真っ赤に熟れた尻を! あれこそが情熱の象徴! 日本の心!)))
【シリ―シル[魔]】が、他の参加者たちの脳内に、極めて汚らしく、しかし強烈なインパクトを持つ映像を送り込んだ。視線の先では、猿男が【猿誘う様子[魔]】を発動させ、自らの尻を真っ赤になるまで叩き、ベルトコンベアの上でそれを高々と掲げていたのだ。意味不明な行動だが、そのせいでシィリガの精神攻撃の威力は倍増していた。
この二重の尻攻撃(物理と精神)に、多くの参加者が動揺する。
だが、その混沌をものともしない者がいた。開拓者、柱場新夜だ。
彼は【サバイバル知識Lv2】で破片の飛来パターンを読み切り、【巨体Lv2】から繰り出される【手斧Lv2】の一閃でエンジェルを守護する。
「しかし、これでは足りない」
彼はレーンの脇に落ちたガラス片を拾い集めると、【質量ガン無視の法則(魔)】を発動した。
「『加工』開始――『完成』」
砕けたガラス片は、彼の能力によって瞬時に新品のクリスタル・エンジェルへと再構築される。
「触ってはいけないのは、最初からある10体だけ。この11体目以降は、ルール違反にはあたらない」
彼は自ら創り出したエンジェルを次々とレーンに乗せ、守護点の大量獲得を狙うという、ルールの穴を突く独創的な戦法を敢行した!
この独善的な大量生産は、ある者の怒りを買った。
「てめぇら、好き勝手やりやがって!」
なめらすじ喇魅悪だ。彼女は【身軽Lv.3】の動きで飛来する破片を叩き落とし、防衛は完璧。だが、このままでは面白くない。
『喇魅悪、シュレッダーを止めれば、奴らの独壇場は終わる』
大塚スネークの的確な進言。
「分かってる! 行け、スネーク!」
【蛇使いLv.3】の号令一下、大塚スネークは影のように床を這い、工場の奥、諸悪の根源であるシュレッダーへと向かう。そして、その回転刃の隙間に向かって、【POISON KISS[魔]】で生成した超粘着性の毒液を吐き出し始めた!
ギギギ……ギギ……。
シュレッダーの回転が、毒液に絡め取られて鈍っていく。ガラス片の射出が、明らかに弱まった。
この行動は、結果的に全員を守ることになった。だが、一色京の評価は違う。
「ククク……素晴らしい! 自分の勝利のために、試験の前提そのものを破壊する! その発想、そのエゴ! 最高だ!」
やがて、シュレッダーは完全に沈黙。ガラスの雨は止んだ。
柱場のレーンには20体以上のエンジェルが並び、ナツキと半のレーンは10体全てが無傷。
シィリガは太田の攻撃を全て尻で受けきり、喇魅悪も完璧に防衛。猿男は、よくわからないが尻を掲げ続けた結果、いくつかのエンジェルが奇跡的に無事だった。
そして、太田ニヤーンは……攻撃に集中するあまり、自らのレーンの守りが疎かになり、多くのエンジェルを失っていた。
「はい、そこまで」
一色の声が響き渡り、ベルトコンベアが停止する。
七者七様の思惑が交錯した検品ラインは、狂乱の内に幕を閉じた。

【幕間:静寂へのプレリュード】

狂乱の検品ラインが終わり、静寂が工場を支配した。
一色京は、まるで傑作のオペラを観終えたかのように、うっとりと目を閉じ、その余韻に浸っていた。やがてゆっくりと目を開けると、満足げな笑みを浮かべて指揮棒を振るう。
「見事だ!実に醜悪で、実に効率的な生産ラインだった! ルールの穴を突く者、試験の前提を破壊する者、尻で全てを受け止める者、そして……何も成せずにただ苛立つ者。ハッ! 人間社会の縮図そのものではないか!」
彼は各々の結果を冷酷に突きつける。
「柱場くん、君には驚かされたよ。忠実な社畜かと思えば、抜け目のない狼だったとはね。その狡猾さ、高く評価しよう」
「なめらすじくん、試験の根幹を破壊するその大胆な発想! 素晴らしいエゴだ! 君の毒は、この退屈な世界への何よりのスパイスになる!」
「そして……太田くん」
一色の声が、ねっとりとした嘲笑を帯びる。
「君の渾身の一撃は、あの見事な尻の前ではデコピンにも劣る威力だったようだねぇ。実に無様だ! だが、その甲斐あって少しはポイントを稼げたじゃないか。よかったねぇ、最下位のままだけどな!」
ギリ、と太田ニヤーンの奥歯が鳴る。その瞳には、もはや隠しようもない殺意が宿っていた。
累計ポイントは、なめらすじ喇魅悪がトップを維持し、それをシィリガとナツキが僅差で追う展開。ルールハックで大量得点した柱場も、一気に上位へ食い込んできた。下位グループとの差は、もはや絶望的とも言えるほどに開いている。
「さて、諸君の醜いエゴと生産性は堪能させてもらった。だが、企業人にはもう一つ、重要な資質がある」
一色は、芝居がかった仕草で人差し指を立てる。
「それは、『静』。息を殺し、気配を消し、ただ耐え忍ぶ能力だ」
彼が指揮棒を軽く振るうと、世界が再び塗り替わる。
無機質な工場は砂のように崩れ去り、次に現れたのは、体育館のように広大で、がらんとした講堂だった。参加者たちは、その一方の端に立たされている。
そして、はるか向こう、反対側の端には……一人の人影が、壁に向かって立っていた。一色京ではない。スーツを着た、マネキンのように無個性な別の試験官だ。
「さあ、最終試験を前にした最後の『選別』といこうか」
一色の声が、講堂の静寂に不気味に響く。
「【第四試験:だるまさんが転んだ】!!」
「ルールは、君たちが幼少期に遊んだ、あのくだらない遊戯と何ら変わりない。鬼が『だるまさんがころんだ』と唱えている間に進み、振り向いた瞬間に静止する。目的はただ一つ。あの鬼の背中にある『合格ボタン』を、誰よりも早く押すことだ」
一見、子供の遊び。だが、一色は悪魔のような笑みを浮かべて、その本性を明らかにした。
「ただし、我が社の『だるまさんがころんだ』には、少しばかりスパイスが効いている。鬼が振り向いた瞬間、少しでも『動いている』と判定された者は……」
彼が指を鳴らすと、講堂の壁一面に隠されていた無数の銃口が姿を現した。
「その全身を、即座に電撃弾が貫き、失格となる」
参加者たちの間に緊張が走る。
「そして、この『動いている』という判定は、物理的な動きだけではないぞ? 君たちが安易に頼る魔力や能力の使用痕跡――オーラ、空間の歪み、その他センサーで検知可能なあらゆる現象が対象となる。外部に一切痕跡を漏らさぬ、精神内だけで完結する能力ならば、あるいは見逃されるやもしれんがね」
能力の大部分を封じられたに等しい宣告。速さを競うこのゲームで、どうやって差をつけろというのか。
「ああ、それからもう一つ」
一色は、最高のスパイスを振りかけるように、付け加えた。
「この試験中、他の参加者への暴力、妨害行為は一切不問とする。足を引っ掛けるもよし、背中を押して失格させるもよし。君たちの醜い本性を、存分に発揮するがいい」
静寂の中で行われる、暴力と欺瞞に満ちた徒競走。
鬼役の試験官が、抑揚のない声で唱え始める。
「――だーるーまーさーんーが……」
勝敗を分けるのは、純粋な身体能力か、他者を出し抜く狡猾さか、それとも、この極限状況で輝く、奇想天えない魔人能力の使い方か。
「さあ、始めなさい。静寂の中で、君たちの醜い足掻きを、見せてみろ!」
一色の狂的な哄笑が響く中、七人の魔人による、命がけの「だるまさんがころんだ」が、今、始まった。

第四試験

だるまさんが転んだ
「だーるーまーさーんーが……」
鬼役の試験官が抑揚のない声で唱え始めると同時に、七人の魔人は一斉にスタートを切った。だが、その動きは様々だ。
「短期決戦!」
柱場新夜は【サバイバル知識Lv2】から導き出した結論に基づき、初手から全力疾走を敢行する。【巨体Lv2】の大きな歩幅は、一歩で数メートルを稼ぎ出す。彼は「ころんだ」のタイミングでピタリと動きを止める【サバイバル技術Lv2】を完璧にこなし、一気に集団から抜け出した!
そのすぐ後ろを、音もなく追走する影が二つ。なめらすじ喇魅悪と“鉄尻”シィリガ・デルだ。
「チッ、あのデクノボウ、速えな!」
【短気Lv.3】の喇魅悪は舌打ちしつつも、【身軽Lv.3】で柱場を追う。同時に、彼女の足元から相棒の大塚スネークがスルスルと地を這った。【疲弊】しているとはいえ、その牙はまだ健在だ。
『目標、先頭の柱場!』
大塚スネークが柱場の足首に狙いを定めた、その瞬間!
「――だるまさんがころんだ」
シィリガ・デルが鬼の声色を完璧に模倣し、【話術Lv.2】でフェイクを叫んだ!
これに、尻攻撃で【疲弊】していた数名が過敏に反応する。大塚スネークの動きが一瞬止まり、攻撃のタイミングを逸した。
「ククク……素人め」
シィリガは【冷静さLv.2】で本物の鬼のタイミングを見極め、【運動神経Lv.3】で加速。喇魅悪を追い抜き、柱場の背後に迫る。そして、すれ違いざまに懐の【ナイフLv.2】を抜き放ち、柱場の太ももを浅く切り裂いた!
「ぐっ!?」
柱場は痛みによろめくが、それでも倒れない。だが、その足は確実にもつれていた。
この混乱は、後続集団にも波及する。
猿男は【野生味LV.3】の勘でフェイクを見破ったが、好機と判断した。
「ホ、ホワーッ!」
彼は燃えるような赤い尻を突き出し、近くにいた神無月ナツキと喇魅悪、そしてシィリガに猛然とヒップアタックを仕掛けた!「尻撃」である!
「うおっ!?」
「またケツか!」
喇魅悪とナツキはこれを回避するが、シィリガは「フン」と鼻で笑い、自らの【硬い尻Lv.3】で猿男の尻撃を完璧に受け止めた。ガチン!と鈍い音が響き、衝撃で猿男の方が体勢を崩す。
「皆様、ご注目を! こちらの猿と紳士による、素晴らしい尻相撲です!」
神無月ナツキは【話術Lv2】と【ミスディレクションLv2】を使い、妨害の矛先が自分に向かないよう、猿男とシィリガの戦いを派手に煽り立てる。その隙に、彼は懐の【仕込み鳩Lv2】を放った。ハトは一直線に鬼の背中を目指す。しかし、鬼が振り向いた瞬間、センサーがハトの「動き」を検知。バチィッ!という音と共に電撃弾がハトを撃ち抜き、黒焦げにしてしまった。
「おっと、これは計算外でしたかね」
ナツキは肩をすくめるが、その目は笑っていない。
一方、このカオスな状況で、ただ一人、静かに、しかし着実に駒を進める者がいた。半夏生だ。
シィリガのフェイクにも、猿男の尻撃にも、彼女は一切動じない。【無口Lv.1】の彼女は、ただ【秘めた情熱Lv.3】を胸に、鬼の背中だけを見据えている。【反射神経Lv.2】が、鬼の振り向くタイミングを完璧に捉えさせていた。
そして、ついにその時が来た。
「シィリガァァァァッ!!」
全ての怒りを解き放った太田ニヤーンが、スタートラインから動かずに構えていた【野球ボールLv1】を投擲したのだ!
青白いプラズマを纏った【魔球PLASMA[魔]】が、これまでの比ではない速度と威力でシィリガに襲いかかる!【制球力Lv3】で放たれたそれは、回避不能の弾丸!
「――見えていますよ」
シィリガは迫る魔球に対し、再び尻を突き出した。だが、今回は勝手が違う。彼は魔球が着弾する寸前、脳内に直接語りかけた。
(((鬼よ、見るがいい! 我が社の未来を担う者の、この見事な尻を!)))
【シリ―シル[魔]】。その標的は、鬼。
振り向いた鬼の視界に、突如としてシィリガの完璧な尻の映像がインプットされた。一瞬、鬼の認識が「尻」に釘付けになる。そのコンマ数秒の隙に、シィリガは僅かに体をずらした。
魔球は彼の尻を掠め、あらぬ方向へと飛んでいく。
だが、この一連の攻防が、決定的な隙を生んだ。
柱場は負傷し、シィリガは防御に追われ、喇魅悪と猿男は互いに牽制し合っている。ナツキは一歩出遅れた。
その間隙を縫って、ただ一人、黙々と進み続けていた半夏生が、ついに鬼の背後に到達していた。
彼女は静かに手を伸ばし、その背中にある「合格ボタン」を、そっと押した。
ピンポーン、と間の抜けた音が講堂に響き渡る。
壁の銃口が沈黙し、鬼がゆっくりとこちらを振り向いた。
勝負は、決した。
最も静かに、最も純粋な執念を燃やした少女が、この混沌のレースを制したのだ。
喇魅悪は毒を使う間もなく、太田の渾身の一撃はまたも不発に終わった。そして、先頭を走っていた柱場は、シィリガの狡猾な一撃に涙を飲んだ。
一色京は、その結末に満足げに頷いていた。
「ククク……なんと皮肉な結果か。最も派手に暴れた者たちが共倒れし、最も静かなる者が漁夫の利を得る。素晴らしい!実に社会の縮図らしい結末だ!」

【幕間:混迷のランキング】

ピンポーン、という気の抜けた音が、勝敗のすべてを物語っていた。
最も静かだった半夏生が、混沌のレースを制する。その結果に、講堂は一瞬の静寂に包まれた。
「……ククク、ハッハハハ! なんという皮肉! なんという喜劇! 暴れるだけが能ではないと、あの無口な少女が証明して見せた! これだから『選別』はやめられない!」
一色京は腹を抱えて笑い転げながら、最新のランキングを宙に描き出した。
その結果は、参加者たちを更なる混乱に陥れる。
トップに、二人の魔人が並び立った。毒で場を支配しようとした、なめらすじ喇魅悪。そして、尻とナイフと嘘で他者を蹴落とした、“鉄尻”シィリガ・デル。両者、34ポイント。
それを、ルールハックと短期決戦で荒稼ぎした柱場新夜が32ポイントで猛追。
そして、今回の勝者である半夏生と、トリックスターの神無月ナツキが31ポイントでピタリと続く。
上位5名が、わずか3ポイント差にひしめき合う、息もつけないデッドヒート。
一方、猿男は26ポイントで少し離された6位。
そして、太田ニヤーンは、またしても失格となり、10ポイントのまま最下位に沈んでいた。彼女はもう、俯く気力さえないのか、虚ろな目で宙を見つめている。その瞳からは、憎悪の炎さえも消え失せかけていた。
「どうした、太田くん。もう諦めたのかい? その絶望に歪んだ顔! まるで駄作の悲劇役者だ! いいじゃないか、実にいい! だが、舞台はまだ終わってはいないぞ?」
一色の嘲笑が、虚空に響く。
「さて、諸君。残る『選別』はあと二つ。次で、最終試験に進むべき『価値』のある人間を、完全に見極めさせてもらう」
彼が指揮棒を振るうと、世界が崩壊する。
講堂の床が抜け、壁が砕け、天井が剥がれ落ちる。次に鼻孔を突いたのは、錆びた鉄の匂いと、埃っぽいカビの匂いが混じり合った、不快な臭気だった。
彼らが立っていたのは、見渡す限りのガラクタの山。廃棄された自動車、潰れた家電、正体不明の機械部品。巨大なスクラップヤードの真ん中に、彼らは立っていた。
「ようこそ、才能の墓場へ」
一色は、巨大なクレーンの操縦席から、ゴミを見下ろすように参加者たちを見つめている。
「君たちの個性、協調性、生産性、そして静粛性……様々な側面からその価値を測らせてもらった。次に問うのは、最も根源的で、最も原始的な能力だ。そう、『運』と『奪い取る力』!」
彼は操縦席から身を乗り出し、高らかに宣言した。
「【第五試験:宝探し】!!」
「このガラクタの山の中に、我が社の誇りである『スズハラの社章』が隠されている。諸君の使命は、2時間以内にそれを探し出し、私の元へ持ってくること。ただ、それだけだ」
一見、シンプルな課題。だが、参加者たちは知っている。この男の試験が、単純なはずがない。
「ああ、言い忘れていた。社章は、指先ほどのサイズで、実にみすぼらしい。このガラクタの山から、己の力だけで見つけ出すのは、不可能と言ってもいいだろうな」
一色は、悪意に満ちた笑みを浮かべて、最後のルールを告げた。
「だが、幸いなことに、社章は人数分以上隠されている。そして……」
彼の言葉が、スクラップヤードの空気を凍てつかせる。
「他人が見つけた社章を、いかなる手段で奪っても構わない」
探索か、強奪か。
協力して探し、最後には裏切るのか。
あるいは、最初から他者の成果を奪うことだけを考えるのか。
全ての選択肢が、彼らのエゴと欲望に委ねられた。
「さあ、始めなさい! 運命の女神に愛されるのは誰だ? そして、隣人の幸運を力ずくで奪い取る悪魔は、どいつだ? 残り二つの椅子を賭けた、醜い奪い合いを、見せてみろ!」
一色の狂的な哄笑と共に、スクラップヤードの巨大なゲートが、ゴウ、と音を立てて閉ざされた。
最終試験への切符を賭けた、無法の宝探しが、今、始まる。

第五試験

宝探し
「始め!」
一色の号令と共に、七人の魔人は一斉にガラクタの海へと散った。
探索か、強奪か。誰もが腹に一物を抱えながら、試験が開始される。
しかし、この無法の宝探しは、開始0秒で一人の勝者を生み出していた。
「ホ、ホア?」
猿男が何気なく自慢の【体毛Lv.3】を掻きむしると、指先に何かが引っかかった。それは、錆と埃にまみれた、指先ほどの小さな金属片――紛れもない「スズハラの社章」だった。どうやら、以前の試験の混乱の中で、偶然体に付着していたらしい。
猿男はそれが何かも分からぬまま、とりあえず一色京のいるクレーンへと駆け出した。この原始の幸運に、理屈など存在しない。
一方、他の参加者たちは、過酷な探索を開始していた。
「ここも違う、これも違う!」
【絶望】の淵にいた太田ニヤーンは、ヤケクソ気味にガラクタを放り投げる。その一つ一つに【魔球PLASMA[魔]】の力が宿り、青白いプラズマ弾となって周囲に無差別に降り注いだ。本人に悪気はない。だが、その行動は結果として、他者への強烈な妨害となっていた。
「チッ、あの野球狂……!」
ガラクタの山の上で高みの見物を決め込んでいた、なめらすじ喇魅悪の足元をプラズマ弾が掠める。彼女は苛立ちながらも、相棒の大塚スネークをガラクタの隙間へと送り込み、探索を続けさせていた。
「……へっくしゅん!」
その時、溜まった埃に鼻を刺激され、彼女は盛大なくしゃみをした。その拍子に、暇つぶしに生成していた【POISON KISS[魔]】の強酸性の毒液が、霧状になって広範囲に飛散する!
ジュワァァァ……!
毒の霧が触れたガラクタが、不気味な音を立てて溶けていく。意図せぬ行動が、結果的に探索範囲を広げ、かつ危険なトラップを撒き散らすことになった。
「――燃えなさい」
半夏生は、この混沌を意に介さない。彼女は【鳴かぬ蛍が身を焦がす[魔]】の炎を静かに放ち、目の前のガラクタの山を焼き払い始めた。溶解する金属、燃え上がる廃材。彼女は灰と熱気の中から、社章を炙り出そうとしていた。
その時、彼女の脳内に、ねっとりとした声が響く。
(((半夏生さん。あなたのその美しい尻の形、私が記憶していることをお忘れなく。この情報をばら撒かれたくなければ、私に協力することです)))
“鉄尻”シィリガ・デルの脅迫だった。彼は【シリ―シル[魔]】で読み取った尻の情報を人質に、半を操ろうとしたのだ。
だが、半夏生は【無口Lv.1】で振り返りもせず、ただ一言呟いた。
「……焼かれたいの?」
彼女の背中から立ち上る炎が、一瞬だけ強く燃え上がった。その無言の圧力に、さすがのシィリガも【冷静さLv.2】を保ったまま、スッと距離を取る。脅迫は通じないと判断した彼は、プランBに移行。【ナイフLv.2】でガラクタを削り、精巧な偽の社章を作り始めた。
その頃、マジシャンの神無月ナツキは、最も効率的な手段を選んでいた。
「柱場さん、いかがです? この状況、協力して乗り切りませんか?」
彼は、一人の男に【話術Lv2】で声をかけた。開拓者、柱場新夜。
「……協力?」
柱場は、このスクラップヤードを「宝の山」と認識していた。彼は【質量ガン無視の法則(魔)】を使い、ガラクタを再構築して、金属探知機やドローンといった、探索に有用なアイテムを次々と『製造』していたのだ。
「ええ。あなたほどの技術があれば、社章を見つけるのは容易いでしょう。見つけた暁には、報酬は山分けということで」
「……分かりました。ですが、どうやって信用を?」
「簡単なことです」
ナツキは微笑んだ。
柱場が製造した金属探知機が、やがて鋭い反応を示した。ガラクタの山の奥深く。彼は手を伸ばし、ついに錆びついた社章を掴み取った。
「見つけました」
「素晴らしい!」
ナツキは満面の笑みで駆け寄ると、柱場のその手を取って固く握手をした。
「おめでとうございます!」
その瞬間、ナツキの右手が柱場の「社章を握る指先」を、確かに「握った」。
【右手に盾を左手に剣を[魔]】――発動。
ナツキの左手には、いつの間にか一枚の【トランプLv1】が握られていた。
次の瞬間。柱場の右手から、社章と指先の肉が数ミリ、ごっそりと消え失せていた。そして、ナツキの左手には、血と錆にまみれた社章が握られていた。
「なっ……!?」
「これは失敬。マジックのタネが、少しばかり手荒だったようです」
ナツキは優雅に一礼すると、鮮やかな手口で奪った社章を手に、一色の元へと走り去った。柱場は、激痛に顔を歪ませながら、自らの抉られた指先を呆然と見つめるしかなかった。
こうして、狂乱の宝探しは、次々と決着がついていく。
1番手:猿男(開始0秒でクリア)
2番手:神無月ナツキ(協力者を裏切り強奪)
3番手:柱場新夜(自作アイテムで発見、しかし奪われ、自力で二個目を発見)
4番手:半夏生(焼き払った灰の中から発見)
5番手:なめらすじ喇魅悪(酸で溶かした跡から発見)
6番手:“鉄尻”シィリガ・デル(偽の社章を太田に掴ませ、その隙に本物を発見)
7番手:太田ニヤーン(シィリガの偽社章に騙され時間ロス。その後、時間切れで失格)


【幕間:最後の審判へ】

ガラクタの山に響き渡った、試験終了のブザー。
泥と錆と、そして血にまみれた宝探しは、衝撃的な結末を迎えた。
「素晴らしい!実に素晴らしい! 協力からの裏切り! 純粋な幸運! そして、どうしようもない不運! これぞ人生の縮図! これぞ我が社が求めるドラマだ!」
クレーンの操縦席で、一色京はスタンディングオベーションを送っていた。彼の目は、特に神無月ナツキと、その被害者となった柱場新夜に向けられている。
「ナツキくん! 君のその手口、実にエレガントで、実に悪辣だ! 他者の信頼を踏み台にして栄光を掴むその姿勢、満点を与えよう!」
「そして柱場くん! 君のその顔! 信頼が裏切られた時の、その絶望と怒りに満ちた表情! 最高だ! まるで名画のように美しいぞ!」
発表された最新のランキングは、もはや混沌の極みだった。
神無月ナツキ、なめらすじ喇魅悪、柱場新夜の三名が、40ポイントで首位に並び立った。
それを、わずか1ポイント差で“鉄尻”シィリガ・デルが追う。
さらに1ポイント差で、半夏生。
そして、まさかの幸運で大逆転を果たした猿男が、36ポイントで上位集団に食らいついている。
上位6名が、たった4ポイント差にひしめき合う大混戦。
誰が勝ってもおかしくない。誰が脱落してもおかしくない。
最終試験を前にして、舞台は最高の緊張感に包まれていた。
ただ一人、その輪から外れた者がいた。
太田ニヤーン。累計10ポイント。
彼女は、もう何も語らない。何も感じない。ただ、虚ろな目で、勝利者たちの狂騒を眺めているだけだった。【戦意喪失】――彼女の心は、完全に折れていた。
「さて、諸君」
一色の声が、厳かに響く。
「これにて『選別』の余興は全て終了した。君たちの価値は、この私が見極めさせてもらった。いずれも歪で、醜く、そして……実に興味深い『素材』だ」
彼が指揮棒を天に掲げると、世界が光に包まれた。
スクラップヤードの光景が白く塗りつぶされ、次に目を開けた時、彼らは巨大な円形のコロシアムに立っていた。
観客席には、無数の人影。それは実体ではない。スズハラコーポレーションの幹部たちが、この最終決戦を観戦するためのホログラム映像だった。
そして、コロシアムの中央。
そこには、眩いばかりの光を放つ、豪華絢爛な一つの玉座が鎮座していた。
「――最終試験を始める」
一色の声が、コロシアム全体に響き渡る。その声には、もはやいつもの嘲笑の色はない。あるのは、神聖な儀式を執り行う神官のような、荘厳さだけだった。
「これより、諸君には最後の戦いに臨んでもらう。それは、己以外の全てを敵とし、その屍を踏み越えて、ただ一つの栄光を掴み取るための戦い」
「【最終試験:バトルロイヤル "王座への挑戦"】!!」
参加者たちの手元に、光の粒子が集まり、一つのバッジが形成される。それは、彼らがこれまで積み上げてきたポイントの、そして存在そのものの証だった。
「ルールは単純明快。他者のバッジを奪い、自らのバッジを守り抜け。そして――」
一色は、中央の玉座を指し示す。
「他者のバッジを最低一つ奪い、かつ自らのバッジを保持した状態で、あの『光の玉座』に最初にたどり着き、着座した者を、勝者とする!」
暴力、策略、能力の全てを解禁された、最後の殺し合い。
これまで築いてきた因縁、憎悪、そして僅かな共感が、このコロシアムで爆発する。
「採点基準もまた、シンプルだ。ゲーム終了時に所持しているバッジ1個につき、プラス10ポイントを加算する。そして、玉座に着座した栄光ある勝者には、ボーナスとして、さらにプラス10ポイントを与えよう」
それは、大逆転の可能性を示唆していた。
たとえ現在最下位の者でも、複数のバッジを奪い、玉座に座れば、トップに躍り出ることも可能。
逆に、現在トップの者でも、バッジを失えば、一瞬で最下位に転落する。
「さあ、始めよう。最後の舞台だ。もはや遠慮はいらない。憎悪を解き放て。欲望を剥き出しにしろ。君という人間の全てを、この私に、そしてスズハラコーポレーションの全てに、見せつけるがいい!」
一色の宣言と共に、参加者たちの足元に魔法陣が浮かび上がり、それぞれがコロシアムの各所へと転送される。
シィリガへの復讐を誓う太田。
ナツキへの怒りに燃える柱場。
互いをライバルと認識する、喇魅悪、シィリガ、ナツキ、半。
そして、全てを傍観する猿男。
七人の魔人による、スズハラコーポレーションの玉座を賭けた、最後の戦いの火蓋が、今、切って落とされた。


最終試験

バトルロイヤル "王座への挑戦"
戦いの火蓋は、毒の霧と共に切って落とされた。
「――邪魔だ、全員消えろ」
なめらすじ喇魅悪は【身軽Lv.3】でコロシアムの外周を疾走しながら、【POISON KISS[魔]】で生成した神経毒ガスを広範囲に散布する。彼女の狙いは、無差別な弱体化。この毒の海の中で、有利に立ち回ろうという算段だ。
「……毒、か」
半夏生は、迫りくる毒霧を前にしても動じない。【薬学Lv.3】の知識が、その毒の組成を瞬時に見抜いていた。彼女は懐から解毒薬を取り出して呷ると、静かに炎をその身に纏う。
「シィリガ……あなたから」
【鳴かぬ蛍が身を焦がす[魔]】の炎が、彼女の【秘めた情熱Lv.3】に応えるように激しく燃え上がる。その標的は、自分を脅迫した不届きな尻の男ただ一人。
そのシィリガ・デルは、戦場の中心で優雅に舞っていた。
(((見なさい! 猿男の尻! 柱場の尻! ナツキの尻! そして喇魅悪の尻を!)))
【シリ―シル[魔]】が、参加者全員の脳内に、目まぐるしく変わる尻の幻影を送り込み、思考を混乱させる! 彼はその隙を突き、【運動神経Lv.3】で最も近くにいた猿男のバッジを狙う!
「ウキーッ! 尻の穴は盲点じゃねえ!」
だが、猿男は【猿知恵Lv.2】でシィリガの狙いを読んでいた。【猿誘う様子[魔]】で強化された【野生味LV.3】の猛攻が、逆にシィリガを襲う!
「チッ!」
シィリガは【硬い尻Lv.3】で攻撃を受け止めつつ、【ナイフ術Lv.2】で応戦。コロシアムは、尻と尻がぶつかり合う、壮絶な肉弾戦の舞台と化した。
この混沌を、冷徹に見つめる者がいた。開拓者、柱場新夜だ。
「――感傷に浸る時間は終わりだ」
彼は指先の【重傷】を応急処置し、【フロンティア・スピリットLv3】で精神を統一する。その瞳に宿るのは、裏切りへの怒りではない。ただ、勝利への渇望。
彼の標的はただ一人、神無月ナツキ。
柱場は【巨体Lv2】を活かした驀進で、ナツキへと一直線に迫る!
「おやおや、ご執心ですね」
ナツキは柱場の殺気を受け止めながらも、涼しい顔で【話術Lv2】を駆使する。彼は近くにいた太田ニヤーンに接触し、こう囁いた。
「太田さん、ご覧の通り、私はすでに柱場さんにバッジを奪われてしまいました。協力して、あの巨人を止めませんか?」
完璧な嘘。彼は【右手に盾を左手に剣を[魔]】の能力で、バッジを手の中で巧みに隠していたのだ。
だが、今の太田ニヤーンに、その言葉は届かなかった。
「……」
【戦意喪失】していた彼女は、無言で【金属バットLv2】を振り上げた。
「あああああああああっ!!」
絶叫。それは「50-50事件」の再来。彼女はもはや敵も味方も区別せず、ただ破壊の衝動のままに暴れ始めた! その一撃はナツキを掠め、シィリガを牽制し、猿男の尻を打ち据える!
この大混乱は、ある男にとって最大の好機となった。
柱場新夜だ。
彼はナツキへの突進コースを変え、無差別に暴れる太田ニヤーンへと向かう。
「――『所持』する」
【質量ガン無視の法則(魔)】。彼が太田の体に触れた瞬間、彼女の存在そのものが、まるでアイテムのように柱場の「持ち物」になった。抵抗は許されない。肉体ごと、バッジごと、彼女は柱場に『収納』されてしまったのだ。
「なっ!?」
他の参加者たちが、そのあまりに規格外な能力に戦慄する。
柱場は止まらない。彼は次に、シィリガと猿男の戦いに乱入する。
「二人まとめて、『所持』」
猿男とシィリガもまた、柱場の手に触れられた瞬間、その巨躯に吸い込まれるように消えてしまった。
「まずい! あの能力はヤバすぎる!」
喇魅悪は毒ガスの散布を止め、柱場から距離を取る。
半夏生もまた、復讐を一時中断し、柱場を最大の脅威と認識した。
コロシアムに残るは、柱場、喇魅悪、半、そしてナツキ。
「さて、どうしますか、皆さん」
ナツキが冷静に問いかける。
「あの巨人を一人で止めるのは不可能。ここは一時休戦と行きましょう」
彼の提案に、喇魅悪と半は無言で頷いた。三対一。この状況で、協力以外の選択肢はない。
「無駄だ」
柱場は、静かに告げる。
彼は3つのバッジを手にし、勝利条件を満たしていた。だが、彼は玉座に向かわない。
「俺は、お前を許さない。神無月ナツキ」
彼の【怒り】は、まだ収まってはいなかった。
「そして、全員を『所持』し、完全な勝利を手にする」
柱場が、再び動き出す。その巨体は、もはや災害そのもの。
喇魅悪が放った【注射器Lv.2】の溶血毒も、半が放った炎も、柱場はものともしない。彼はただ、ナツキだけを見据えて突き進む。
「ククク……素晴らしい執念だ!」
観戦していた一色京が、歓喜の声を上げる。
「だが、手品師は、常に観客の予想を裏切るものだよ!」
ナツキは、迫りくる柱場を前にして、不敵に笑った。
彼は、喇魅悪と半に聞こえるように叫ぶ。
「二つのバッジは私が! 玉座はあなた方に!」
そう言うと、彼は【マジックの技術Lv3】と【器用な手先Lv3】をフル活用し、柱場の懐へと飛び込んだ!
柱場が彼を『所持』しようと手を伸ばす、そのコンマ数秒の隙。
ナツキの手が、柱場のベルトに付けられた猿男とシィリガのバッジを、鮮やかに抜き取った!
そして、彼は叫んだ。
「お二人とも、今です!」
その言葉と同時に、半夏生の炎が、そして喇魅悪の毒蛇が、ナツキごと柱場を飲み込んだ!
ナツキは自らを囮にしたのだ。
「ぐおおおおっ!?」
さすがの柱場も、二人の総攻撃を同時に受けてはたまらない。彼が怯んだ、その一瞬。
勝負は、決していた。
ナツキが時間を稼いでいる間に、半夏生と喇魅悪は、コロシアムの中央にある「光の玉座」へと到達していた。
二人は互いの顔を見合わせる。
そして――。
半夏生が、静かに玉座へと一歩足を踏み出した。彼女は柱場から奪ったバッジを一つも持っていない。ただ、自らのバッジを守り抜いただけ。
一方、喇魅悪は、ナツキとの「約束」に従い、半夏生が玉座に座るのを見守っていた。
だが、ルールは非情である。
『他プレイヤーのバッジを最低1個と自らのバッジを持った状態のプレイヤーが最初に光の玉座に着座した時点でゲーム終了』
半夏生は、勝利条件を満たしていない。
喇魅悪も、バッジを奪っていない。
柱場は、条件を満たしていたが、動けない。
ナツキは、二つのバッジを奪ったが、玉座にはいない。
その時、一筋の光が、玉座へと駆け抜けた。
誰もが忘れていた男。猿男だった。
彼は柱場に『所持』される寸前、【体毛LV.3】の中に隠していた、最初の試験で手に入れた「社章」――それを、バッジと誤認させるトリックを使っていたのだ。柱場が奪ったのは、ただのガラクタ。本物のバッジは、彼の体毛の中にあった。
そして、彼はシィリガとの乱戦の中で、彼のバッジを一つ、奪い取っていたのだ!
自らのバッジと、シィリガのバッジ。
条件を満たした猿男が、誰にも気づかれずに玉座へと駆け寄り――
ドカッ、と、その毛むくじゃらの尻を、光り輝く玉座へと下ろした。
「……ホア?」
コロシアムに、試験終了を告げるブザーが高らかに鳴り響いた。
誰もが予想しなかった結末。
知恵も、力も、憎悪も、全てを飲み込んで、ただ純粋な幸運と、原始の狡猾さを持つ男が、スズハラコーポレーションの玉座をその手にしたのである。

【最終試験 結果報告】

▼最終的なバッジ所持状況
猿男: 3個 (自身のバッジ、シィリガのバッジ、太田のバッジ※) + 玉座着座
神無月ナツキ: 2個 (喇魅悪のバッジ、半のバッジ※)
柱場 新夜: 1個 (自身のバッジ)
半 夏生: 0個
なめらすじ喇魅悪: 0個
“鉄尻”シィリガ・デル: 0個
太田ニヤーン: 0個
※GK注: 描写の整合性を取るため、バッジの移動を調整しました。
  • 猿男はシィリガに加え、太田のバッジも乱戦中に奪取していた。
  • ナツキは柱場から奪ったと見せかけ、実際には隙を突いて喇魅悪と半のバッジをスっていた。
▼最終試験 ポイント加算
猿男: (バッジ3個 x 10pt) + (玉座ボーナス 10pt) = +40pt
神無月ナツキ: (バッジ2個 x 10pt) = +20pt
柱場 新夜: (バッジ1個 x 10pt) = +10pt
半 夏生: +0pt
なめらすじ喇魅悪: +0pt
“鉄尻”シィリガ・デル: +0pt
太田ニヤーン: +0pt




エンディング

道化の戴冠、あるいは詐欺師の凱旋
静寂。
巨大なコロシアムに、試験終了を告げるブザーの残響だけが虚しく響き渡る。
豪華絢爛たる「光の玉座」には、毛むくじゃらの男――猿男が、状況を理解できずにきょとんとした顔で座っていた。その手には、自らのもの、そして乱戦の中でいつの間にか奪い取っていたシィリガと太田のバッジが握られている。
他の参加者たちは、そのあまりに予測不能な結末に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
策略も、憎悪も、執念も、すべてが無に帰した。勝ったのは、ただ運が良く、ただ原始的だった男。それは、この試験の本質が、壮大な茶番であったことを証明しているかのようだった。
その静寂を破ったのは、一人の男の、心からの拍手だった。
パン、パン、パン、とコロシアム全体に響き渡る音。スポットライトが、観客席の一点、悠然と佇む一色京を照らし出した。
「ブラボー! ああ、ブラボー! なんという幕切れだ! 虎や狼たちが互いに喰らい合う中、一匹の猿が漁夫の利を得るとは! 運命とは、かくも皮肉で、かくも美しい脚本を書くものか!」
一色京は舞台の中央へとゆっくりと歩みを進めながら、玉座に座る猿男に芝居がかった一礼をした。
「おめでとう、猿男くん。君は、このバトルロイヤルの勝者だ。ポイント上は、ね」
「……ポイント上?」
神無月ナツキが、その言葉の含意を訝しんで呟いた。
一色は、最高の秘密を打ち明ける前の子供のように、悪戯っぽく微笑んだ。
「そうだ。君たちは、この試験が単純なポイント稼ぎのゲームだと思っていたようだね。だが、本当にそうかな? 企業が人材を選ぶ時、目に見える成績だけで判断するとでも?」
彼は指揮棒を軽やかに一振りする。
「君たちは忘れている。この試験は、終始この私――試験官である一色京が、君たち一人ひとりを『評価』していたという、当たり前の事実を」
「私が評価するのは、ポイントなどという無味乾燥な数字ではない。私が評価するのは、君たちの『価値』そのものだ。そして、その評価は、最後の最後に、君たちの運命を決定づける『隠しポイント』として加算される!」
『隠しポイント』。
その言葉に、参加者たちの間に激しい動揺が走った。これまで積み上げてきたものが、試験官のさじ加減一つで覆されるというのか。これ以上ない、理不尽。
「そう、その顔だ! その絶望と、疑念と、僅かな希望に歪んだ顔が見たかった!」
一色は陶然としながら、最初の評価対象を指し示した。それは、もはや抜け殻のようになった太田ニヤーンだった。
「まずは君だ、太田ニヤーンくん。君の**【アピール実証点】は0点**。君は自らの長所を何一つ示せず、ただ感情のままに暴走した。そして**【好感度点】は、マイナス10点**。君の行動は、予測可能で、芸がなく、実に退屈だった。君のような人間が同僚にいるかと思うだけで反吐が出る。よって、君の最終得点は、0点だ」
冷酷な宣告。だが、太田はもはや反応さえ示さない。
一色は満足げに頷くと、次々と評価を下していく。
「半夏生くん。君の**【アピール実証点】は7点**。薬学の知識を直接利益に変える場面は少なかったが、その執念は『秘めた情熱』を証明するには十分だった。【好感度点】は7点。脅迫に屈せぬその気高さ、静かな狂気を秘めたその瞳は、実に美しかった。磨けば光る、素晴らしい『素材』だ。よって、君の最終得点は52点となる」
「“鉄尻”シィリガ・デルくん。君の**【アピール実証点】は9点**。諜報員としてのダーティな才覚を、君はその尻と共に遺憾なく発揮した。【好感度点】は8点。君の狡猾さと、もはや哲学の域に達したその尻へのこだわりは、実に興味深い。君のような悪辣な同僚との日々は、退屈しないだろうね。最終得点は56点だ」
「なめらすじ喇魅悪くん。君の**【アピール実証点】は満点の10点**。君は自らのアピール通り、毒を多彩に操り、蛇による隠密行動を見事に成功させた。【好感度点】は9点。その剥き出しの悪意と暴力性、そして時折見せる面倒見の良さ……実にアンバランスで、実に魅力的だ。君の毒は、我が社の良薬となるだろう。最終得点は59点」
「柱場新夜くん。君の**【アピール実証点】は6点**。君のアピールは『開拓精神』だったが、君が示したのは『創造と破壊』の力だった。方向性は違えど、その圧倒的なスケールは評価に値する。【好感度点】は4点。君の独善的な力と、ナツキくんに裏切られた時のあの芸術的なまでの怒りの表情は、最高のエンターテイメントだったよ。だが、同僚としては少々扱いづらいかな。最終得点は60点」
一人ずつ、評価が下されていく。それは、彼らの戦いの軌跡そのものだった。
そして、一色は二人の人物に向き直った。玉座の上の暫定王者、猿男。そして、その猿男に敗れたはずの詐欺師、神無月ナツキ。
「神無月ナツキくん。君の**【アピール実証点】は……これも満点の10点だ**」
その言葉に、柱場が「なぜだ!」と声を上げる。
「彼のアピールは『エンターテイメント』だったはずだ! だが、彼がやったのは詐欺と裏切りだけじゃないか!」
「ククク……その通りだ、柱場くん」
一色は、愉しそうに答えた。
「だがね、君は分かっていない。彼にとって、あのアピールすらもショーの一部だったのだよ。自らの本質(詐欺師)を隠し、凡庸なマジシャンを演じることで我々を欺く。そのプレゼンテーション自体が、最高の『エンターテイメント』であり、彼が会社にもたらす利益の証明だったのだ! そして**【好感度点】も、もちろん満点の10点**。エレガントな悪意、計算され尽くした裏切り、リスクを恐れぬ大胆さ。ああ、君こそが、この退屈な世界を掻き回す最高のエンターテイナーだ! 私が最も共に働きたいと思う人間は、間違いなく君だよ」
一色はそこで言葉を切り、最後に玉座の猿男を見上げた。その目は、もはや道化を見る目だった。
「そして……猿男くん。君の**【アピール実証点】は8点**。ワイルドであることは存分に示したが、それが会社の利益にどう繋がるのか、最後までさっぱり分からなかった。だが、面白かったから良しとしよう。しかし、【好感度点】はマイナス8点だ」
「ホアッ!?」
「面白いオモチャと、信頼できる同僚は違う。君は最高の道化だった。予測不能な動きで、この舞台を何度も掻き回してくれた。その功績は認めよう。だがね、猿は王にはなれない。獣は、同僚にはなり得ないのだよ」
一色は、全ての評価を終えると、高らかに最終結果を宣言した。
「――それでは、最終結果を発表する!」
第七位、太田ニヤーン! 0ポイント!
第六位、半夏生! 52ポイント!
第五位、“鉄尻”シィリガ・デル! 56ポイント!
第四位、なめらすじ喇魅悪! 59ポイント!
第三位、柱場新夜! 60ポイント!
「そして……」
一色は、芝居がかったタメを作り、二人の名前を同時に叫んだ。
「第二位、猿男! 最終合計ポイント、76点!」
「そして、栄えある第一位! このスズハラコーポレーション採用試験、真の勝者は――神無月ナツキ! 最終合計ポイント、80点だ!!」
逆転。
ポイントレースで圧倒的な勝利を収めたはずの猿男が、試験官の「好み」という、あまりにも理不尽な裁定によって、その座を追われた。
唖然とする猿男の尻を、どこからともなく現れた黒服の男たちが掴み、無慈悲に玉座から引きずり下ろす。
「さあ、新たな王よ。その席は、君にこそ相応しい」
促され、神無月ナツキはゆっくりと歩みを進めた。彼は、柱場の怒りの視線、半の静かな視線、喇魅悪の面白そうな視線、そして他の敗者たちの様々な感情が入り混じった視線を一身に浴びながら、光の玉座へと向かう。
彼は玉座を目の前にして一度振り返ると、全ての参加者、そして一色京に向かって、まるでショーを終えたマジシャンのように、深々と一礼した。
そして、ゆっくりと玉座に腰を下ろした。
その瞬間、コロシアム全体にファンファーレが鳴り響き、無数の紙吹雪が舞った。
一色京が、ナツキの前に進み出て、一枚のカードを差し出す。それは、スズハラコーポレーションの社員証だった。
「おめでとう、神無月ナツキくん。今日から君は、我々の『仲間』だ。君のその素晴らしい才能で、この退屈な世界を、もっと面白くしてくれることを期待しているよ」
ナツキは社員証を受け取ると、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「――お任せください。ショーは、まだ始まったばかりですから」
一色は満足げに頷くと、最後に、ステージの下にいる六人の敗者たちを見下ろした。
「そして、敗れ去った諸君。君たちの価値は証明された。つまり、無価値だとね。だが、悲観することはない。君たちという『素材』は、実に興味深かった。また別の舞台で、君たちの醜くも美しい足掻きを見られる日が来ることを、心から楽しみにしているよ」
彼はそう言い残すと、勝者と共に光の中へと消えていった。
後に残されたのは、六人の敗者たちと、広すぎるコロシアムの静寂だけ。
柱場は、抉られた指先を握りしめ、消えた勝者の背中を憎悪の瞳で睨みつけていた。
半夏生は、静かに目を伏せ、この理不尽な結末を自らの物語の一部として受け入れているようだった。
喇魅悪は、「ケッ、くだらねぇ」と悪態をつきながらも、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
シィリガは、汚れた軍服の尻を払いながら、次のゲームではどんな尻を見せてやろうかと、すでに思考を巡らせていた。
猿男は、なぜ自分が玉座から引きずり下ろされたのか、まだよく分かっていなかった。
そして太田は――ただ、そこにいただけだった。
スズハラコーポレーション採用試験は、こうして幕を閉じた。
一人の詐欺師が王となり、六人の異能者がそれぞれの傷と因縁を胸に、日常という名の次の舞台へと戻っていく。
彼らの物語が、ここで終わるわけではない。
これは、終わりではなく、新たな狂騒の始まりに過ぎないのだから。

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最終更新:2025年07月05日 13:46