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世界の片隅であなたたちの名を ◆4BAstd0IF.


エンブリヲ、そして後藤との戦いから脱した黒、クロエ・フォン・アインツベルン婚后光子
戦いの合間の僅かな休息を取るべく腰を下ろした矢先、三人の目に飛び込んできたのは南の空に走る幾本の雷だった。
三人は無言で立ち上がり視線を交わす。あの雷が落ちた地点で戦闘が起きているのは明白だ。
各々が自身の体調をチェックし、消耗してはいるが戦えなくはないと判断した時、クロエが身を捩った。

「っ……。この感覚は……?」

クロエを襲ったのはごく軽い、言ってみれば静電気に触れたくらいの軽い痺れと痛み。
この場でそんな現象を起こせるのは黒一人なのだが、当然黒の手によるものではない。

「どうした?」
「痛覚共有。イリヤが受けた痛みが私にも伝わったのよ」

黒の問いかけに答えるクロエ。それはクロエがイリヤを殺そうとしていたとき、遠坂凛に仕掛けられた抑止力である。
イリヤが受けた痛みはクロエにも伝わる。しかし逆はない、一方通行の呪いだ。
この殺し合いに放り込まれてから何故か呪いは発動していなかったが、呪いそのものは解呪されていたわけではなかった。

「イリヤとの距離が遠い場合は発動しないようになっていたのかしらね。とにかく、あそこにイリヤがいる。私は行くわ」

黒と光子を置いて駆け出したクロエの足に、背後からワイヤーが飛んだ。
イリヤのもとに駆けつけることだけ考えていたクロエはワイヤーに足を取られ、危うく転倒しかけた。

「何するのよ! 邪魔する気!?」
「落ち着け。お前一人が行ったところで何ができる」
「そうですわよ、クロエさん。行くなら全員で、ですわ」
「え……? ついてきてくれるの?」

激昂しかけたクロエだが、黒と光子が同行を申し出ていると知ってその怒りは急速に萎んでしまった。
満面の笑みで頷く光子と対象的に黒は陰気な顔だが、反対しているという訳ではない。その証拠に黒はワイヤーを巻き取るとすぐに放てるように仕掛け直した。

「でもイリヤは、あの戸塚って娘を殺したのよ? それで助けてくれるの?」
「戸塚は最期にイリヤを助けてくれと俺に言った。あいつの遺志を無駄にする気はない」

黒は淡々と戸塚の遺言をクロエに伝える。
イリヤの状態がおかしいのは黒もわかっている。だからこそ、唯一イリヤを知るクロエを一人で行かせて無駄死させることはできなかった。

「……わかった。疑ってごめんなさい。それとありがとう……力を借りるわ」
「気にするな。行くぞ」
「あっ、ちょっと待って下さいまし!」

と、水を差したのは今度は光子だった。光子は自分のバッグから重たげに物を取り出した。
それは黒もとても馴染みのある四角くて薄い鉄の板。一言で言えば中華包丁だった。


「黒さん、刃物の扱いはお得意なんですよね? これを使ってください」
「使えと言われても、それは包丁だろう。確かに俺も包丁を武器として使っているが」
「いえ、見た目は確かに包丁ですが、これは何かの武器らしいんですわ。ええと、確か魔剣クラスの激レアドロップとか何とか……」

光子が取り出したのは、もちろんただの中華包丁ではない。
銘を、友切包丁(メイトチョッパー)。
ソードアート・オンラインで暴れ回った殺人ギルド「ラフィンコフィン」のリーダー「Poh」が使用する、大型のダガーである。
見た目こそ中華包丁だが、鋼鉄の鎧すらやすやすと切り裂くその切れ味はゲーム中でも最強クラス。
黒の剣士キリトが愛用する二本の剣と同様に、このダガーもゲームから飛び出てこの場に存在する。

「……すごいわ、それ。確かにただの包丁じゃない。とんでもない切れ味よ」

クロエに宿った英霊の力が、キリトの時と同じように友切包丁の威力を鑑定する。
一斬必殺村雨のような強力な呪いの力などはない、単なる武器だ。だがその秘める威力は半端ではない。
これほどのものをクロエが投影しようとすればどれだけの魔力と時間が必要になるか。
紛れもない業物。然るべき人間が扱えばすさまじい脅威となるだろう。

「よくわからんが、武器としては有用なんだな?」
「ええ。少なくとも今あなたが持ってる安物の包丁なんかよりはね」

クロエに太鼓判を押され、黒は光子から友切包丁を受け取った。
いつも使っているナイフとは勝手が違うが、確かに手から伝わる重量感は頼もしい。
柄の部分にワイヤーを引っ掛けられるよう少し弄り、やがて黒は満足して友切包丁を腰に吊った。
目を合わせ、三人は走り出す。言葉にしないが、それぞれ複雑な心境を抱えていた。
黒は警戒を。あの雷の威力は自らが行使する契約者の能力と比較にならない高出力だった。黒はワイヤーなどを介さず直接電撃を撃ち放つことなどできない。
クロエは焦燥を。痛覚共有が伝えてきた痛みは極軽いものだが、到着するまでイリヤが無事である確証はない。
光子は不安を。彼女の知り合いである学園都市第三位、御坂美琴がいるかもしれない。もし彼女が殺し合いに乗ったいたらどうすればいいのか。
そして三人が共通して考えていることが、エンブリヲと後藤の介入だった。黒たちが雷を見たように、あの二人も異変を察知している可能性は低くない。
もしかするとあの雷の元に敵も味方も集まることになるかもしれない。
十数分も走り続けて市街地を抜けたとき、不意にクロエが声を上げた。

「光子! 私を飛ばせて!」

どこに、とか何故、とか訊きもせず、光子はクロエの望み通りその背中に触れて噴射点を設定した。
カタパルトで射出されたかのようにクロエが吹き飛んでいく。嵐の中心にいるような風圧の中、クロエは既に投影を終えていた。
使い慣れた弓と、矢となる剣。無論、空中にあっては弓矢で正確な狙いを付けることは不可能だ。
だが問題はない。目的は当てることではなく、ここにいると叫ぶことだ。

「い……けぇ!」

放たれた捻れ剣はまっすぐに飛んで行く。
そして今まさにイリヤに襲いかかろうとしていた敵……後藤というクリーチャーの近くに着弾、爆発した。
狙撃者の存在に気づいた後藤は、クロエの予想通りイリヤたちから一旦距離を取る。
すぐに黒と光子が追いついてきて、そこは七人の生存者が混在する戦場に早変わりする。
クロエ、黒、光子。後藤。イリヤ。

「し、白井さん!」

そして光子の知り合いである白井黒子、そして高坂穂乃果
後藤は自分以外の全てを獲物と見定め、闘争の歓喜に打ち震えた。




どうしてこうなったのかと考えるなら、運が悪かったとしか言い表せないだろう。
サリアとの戦いを終え、アンジュと別れた高坂穂乃果、白井黒子、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
いかにイリヤが小柄な小学生といえど、気絶した人間一人を背負っての移動は遅々としたものだった。
穂乃果も黒子も決して体格に恵まれているわけではない。そこに折からの疲労も重なり、音ノ木坂学院に到着するのは何時間かかるかといった有様だった。
そして……北から、それは来た。
後藤。
星空凛を殺害し、直接穂乃果と黒子の前にも現れた人ではない化け物。
突然の殺戮者の襲来に、穂乃果の思考は一瞬空白に染まる。黒子が襟首を引っ張らなければ、穂乃果の首は高々と宙を舞ったことだろう。

「探し人は見つからないのに、二度と会いたくない方とはよく会いますわね……!」

イリヤを穂乃果に押し付け、黒子は疲労を無視して後藤の前に立ち塞がる。
後藤は数時間前、ウェイブやマスタングとともに撃退した時からさらに戦闘を重ねているらしい。全身に傷を負っている。
しかしいささかの躊躇もなく戦闘を続行する気であるのは、何も訊かずとも目を見ればわかった。

「お前たちか。あの炎を放つ男と剣を使う男はいないのか?」
「あいにく、今ちょっと別行動してますの。できれば私たちも先を急ぎたいのですが」
「見逃せと? 出来んな。お前の異能もなかなか面白い。こうして出会ってしまった以上、覚悟を決めて俺と戦え」
「ああもう、やっぱり話の通じないお人ですのね!」

煙に巻ける相手ではない。当然、勝てるどころか今の状態ではまともに戦える相手ですらない。
黒子は何とか撤退の道を探るが、後藤は既に黒子の異能をほぼ完全に把握しきっている。
今の黒子の消耗状態では一度のテレポートでそう遠くまで移動することはできない。転移地点にあの瞬発力でついてこられては、いつか動けなくなったところを追いつかれる。
前回と違って転移結晶はもうない。後藤を無理やりテレポートさせることはもうできない。
イリヤが起きればまだ可能性はあるかもしれないが、サリアから受けた電撃のショックが大きいのかまだ目を覚ます気配はない。
穂乃果は当然戦力としては期待できず、穂乃果が所持している拳銃など豆鉄砲も同然だ。
槙島聖護に示唆された鉄球、逆光剣フラガラックも使えない。ついさっき歩きがてら手にしたところ、ひどい頭痛を感じたのだ。
黒子が能力を使用する際は脳内で複雑なベクトル計算をするのだが、あの鉄球を使おうとするとどうやらその計算に干渉してしまうらしい。
学園都市の十人である黒子は知らないことだが、超能力者が魔術を使用するのはごく一部の例外を除いて脳の構造的に不可能なのだ。
これは黒子の脳をモニターしていたルビーからも警告されていた。無理に使おうとすれば脳が焼き切れてもおかしくないと。
やらせるつもりもないが、穂乃果も使えない。こちらは単純にフラガラックを起動させるだけの魔力がないからだが。
状況を打開する手がない。

「白井さん、私がルビーさんを使って魔法少女になれば……」
「いけませんわ。アンジュさんから園田さんのことを聞いたでしょう」

園田海未は魔法少女になり、その反動で死んだ。アンジュから聞いた話をルビーはそう分析した。
海未と同じ、魔法少女の素質など持っていない穂乃果がなったところで結果は同じだ。

「でもこのままじゃ私たち三人とも殺されちゃうよ!
「そうはなりませんわ。高坂さん、今からあなたとイリヤさんを可能な限り遠くまでテレポートさせます。その後は全力で逃げてくださいまし。私が時間を稼ぎますから」
「そんな……駄目だよ、それじゃ白井さんが!」
「私も気は進みませんが、これが今打てる最善の手なんですの。わかってくださいまし」

黒子はこの時、半ば死を覚悟していた。どこからどう考えてみても、この状況を三人揃って切り抜ける方法は思い浮かばない。
それならば多少なりとも抵抗の目がある自分が残り、穂乃果とイリヤを生き残らせる方がいい。それが風紀委員としての、黒子の正しきあり方だ。

「対応を考える時間は与えた。行くぞ」

何をするでもなく二人の相談を見ていた後藤だが、ついにゆらりと動き出す。
その腕が刃へと変わり、弛めた両足が後藤の体を弾丸のように飛び立たせる。

「速いっ……!」

演算の時間はごく僅か。黒子は穂乃果とイリヤをまずテレポートさせ、次いで自身も転移する。
が、穂乃果たちを優先した分のタイムラグが祟り、消える寸前の黒子の腹部を後藤の刃が掠めていた。
先の戦いで後藤は黒子の能力を見切っている。完全に実体が消えるまでの時間を図り、そのコンマ何秒か前に届くように刃の長さを伸長させたのだ。
テレポートが終了した穂乃果はあたふたしながら着地。その背後にどさっと黒子が着地、ではなく落下した。脇腹から漏れ出る血が黒子の制服を赤く染めている。
傷自体は浅いものだが、テレポートの演算集中を乱されたことで黒子の脳は衝撃を受け、自己防衛のために意識をシャットダウンさせていた。

「惜しいな。お前が万全であったなら、もっと楽しめただろうに」

呆然と立ち尽くす穂乃果の前に後藤が迫ってくる。後藤は最初から穂乃果を脅威と見なさず、黒子を仕留めることだけ考えていた。
そして初手で黒子を無力化した今、穂乃果は打倒する価値ある敵ではなく。ただの餌にほかならない

「あ……い、嫌……」
「恐怖で動けんか。人間とは脆いものだな」

手にした銃は震えに震え、とても狙いがつけられない。
無論銃で撃たれても何のダメージもない淡々と言い、後藤は穂乃果を捕食すべく刃を展開した。
その刃が穂乃果の命脈を断つべく振り上げられる。

「ぬっ!?」

だが、刃が穂乃果の命を刈り取る直前、後藤は突然後方に跳んだ。
次の瞬間、大きな爆音と光が穂乃果を薙ぎ倒す。
くらくらと揺れる意識を繋ぎ止めた穂乃果は、目の前にイリヤが立っているのを見て、いつの間に起きたのかと思わず背後を振り返る。
しかしそこには依然意識を失ったままのイリヤが倒れていた。

「あ、あれ? なんで?」
『クロさん!』

イリヤの懐から羽の生えたステッキ、マジカルルビーが飛び出して現れたもう一人のイリヤを認める。

「また会えたわね、ルビー。イリヤは無事?」
『はい、今は気を失っているだけです。クロさんこそご無事で何よりです』
「無傷ってわけでもないんだけどね。厄介な奴がいるみたいだし」

クロエは後藤から視線を動かさない。先ほどの戦いで、この敵は黒化英霊すら凌駕しかねない強敵だということは身に沁みてわかっている。
そこに黒と光子が追いついた。

「し、白井さん! 血が……大丈夫なのですか!?」
『白井さんのご知り合いの方ですか! 大丈夫です、すぐに止血すれば命に関わる傷ではありません!』

流石にこの状況ではいつものようにふざけていられず、ルビーは簡潔明瞭に状況を伝える。

「よく会うな。お前たちならば不足はない」
「俺はおまえになどもう会いたくはない。ここで死ね」

後藤と黒が眼光をぶつけ合う。彼らには都合三度目の決闘だ。
黒とクロエは一瞬目配せし、交代するように黒が後藤の前に進み出た。

「こいつは俺と光子で抑える。あの娘を助けてやれ」
「お願いします、クロエさん! 白井さんは私の……友人なのです! どうか!」
「治療魔術は得意じゃないんだけど、そうも言ってられないか!」

光子の空力使いの後押しを得て、クロエは後藤を飛び越えて穂乃果の側に着地する。
あたふたとする穂乃果に構わず、クロエは黒子の傷を覗き込んだ。

「腹部裂傷……臓器、骨までは達していない。これなら、傷口を閉じるだけでなんとかなるわね!」
「白井さんは助かるの!?」
「やるわよ。でも今のままじゃキツいわね。だから……ごめんなさい、もらうわ」

クロエはおもむろに穂乃果の肩を掴み、有無を言わさず唇を重ねた。
一方黒と光子は後藤と戦闘を開始していたため、その様子を見咎めることがなかったのが穂乃果にとっては幸運だろうか。

「んんっ!?」
「ん……ちゅ……はっ、うむっ……」
「んんんーっ!?」

突然の衝撃に固まる穂乃果に構わず、クロエはひたすら穂乃果の舌に自らのそれを絡ませ吸い上げた。
貪るようなキス。事実、クロエは穂乃果から遠慮なしに魔力を貪っていた。
三十秒ほどたっぷり補給を行い、へなへなと腰が砕けた穂乃果を放り出してクロエは黒子の脇腹に手を当てて意識を集中した。
傷を治すのではなく、人体の構成を把握しその欠損を修繕する。そんなイメージを核に魔術を発動させる。

「これで……っ!」

時間にすれば十秒にも満たない短い時間。しかしその結果、青ざめていた黒子の顔色は確かにやや赤みが差して持ち直したのだった。
脱力するクロエ。穂乃果から目一杯魔力を補給したとはいえ、そこは一般人。補填した微々たる魔力は黒子一人治療するだけであっさり使いきってしまった。

「ねえ、悪いんだけどもう一回」
『クロさん、駄目です。これ以上は高坂さんが保ちません』
「でもどうしても今、必要なのよ。あの二人だけじゃあいつは倒せないわ」

再度穂乃果から魔力をいただこうとしたクロエだが、その穂乃果は座り込んだまま失神していた。
元々疲労が溜まっていた上、強引に魔力を吸い上げられたため、瞬間的に意識が途絶したのだ。
では黒子から、という訳にはいかない。治療したとはいえ、未だ昏睡している黒子から魔力を吸い上げることなど論外だった。

「じゃあイリヤからいただくしかないわね」
『ですがクロさん、イリヤさんは今……』

クロエのオリジナルであるイリヤからなら、穂乃果とは比較にならない量の魔力を補給できる。
イリヤには一見して外傷はなく、痛覚共有から考えても何かのショックで失神しているだけだ。
もしクロエが魔力を吸おうとした場合、その干渉で目を覚ますかもしれない。

「なにか様子がおかしいってことでしょ。それはわかってるけど、誰彼構わず無差別に襲いかかる訳じゃない。でなきゃこの子たちがイリヤと一緒にいるはずはないもの」
『ええ、それはそうなのですが。どういう状況で戸塚さんのときのような行動に至るか、まだ把握できていないのです』
「そのときは……私がなんとかするわ。今度こそね」

クロエはイリヤに強引にキスし、穂乃果のように魔力を吸い上げる。

「……んむぅっ!?」

その過程でイリヤは覚醒するが、クロエは両手でがっちりとイリヤを抱き込んでいたため、振りほどけない。
背後で鳴っている戦闘音に焦りを触発されながら、クロエは流れ込んでくる魔力を体の隅々まで循環させ始めた。

「く、クロ? クロなの?」
「起きたわね、イリヤ。早速で悪いけど働いてもらうわ。あいつを倒すわよ」
「あいつって……ひっ!? あの人……」

イリヤは後藤ではなく、後藤と戦っている黒に恐怖の視線を向ける。
無意識に逃げ出そうとするイリヤの腕を、クロエは指が食い込むほど強く握り締めた。

「逃げるな。認めなさい、あなたは確かにあいつの仲間を、戸塚って子を殺したのよ」

甘えを許さないクロエの厳しい口調が、夢の中で満たもうひとりの自分の言葉とオーバーラップする。
ここで逃げてはいけない。逃げれば、イリヤを信頼してくれているクロエやルビー、イリヤが殺した戸塚を裏切ることになる。

「それでもあいつは、あなたを助けようとしてくれてる。戸塚って子はね、あなたを助けてあげてって言い遺したんだって。
 なのにあなたは恐怖に負けて、また逃げるの? 黒からも戸塚からも、そして自分からも」

逃げる。それ自体は簡単だ。転身して、空を飛んでいけばいい。
だがそうすればこの場にクロエと黒、穂乃果と黒子、そして名前は知らない少女が残されることになる。この場合、今度こそイリヤは全て失う。
クロエだけ連れていくことは不可能ではないが、絶対にクロエは受け入れない。実力を行使してでも抵抗し、ここに残ってあの敵と戦おうとするだろう。

「クロは……怖くないの? あんな怖い人達と一緒にいて、戦って……」
「怖くないわけないでしょ。私だって怖い。怖くてたまらない。けど、もっと怖いことがある」

クロエはまっすぐにイリヤの瞳を覗き込む。
その瞳には厳しさだけでなく、イリヤを否定しない柔らかさも確かにあった。

「私は、そしてあなたは、それを知っている。知っているからこそ、二度とあの痛みと出会うことがないよう、出来ることがある。そうでしょ?」

クロエが言っていることが、イリヤにもわかる。死んでしまった親友……美遊のことを言っているのだ。
クロエとイリヤにとってかけがえのなかったはずの少女。その死を告げられたとき、身を引き裂かれるような痛みを覚えたはずだ。
ここにはイリヤにとって大事な人が、クロエが、穂乃果が、黒子がいる。
彼女たちを失わないために、どうすればいいのか。


「戦って……守る」
「そうよ。私たちが守るの」

イリヤの手には力がある。魔法少女、理不尽な現実を打破する力が。
あの黒い服の剣士……キリトのように、今は目の前にある現実と戦うときなのだ。

「……ルビー、いけそう?」
『いつでも大丈夫ですよー!』
「ごめん、クロ。迷惑かけちゃったね」
「妹が姉に迷惑をかけるのは別におかしくないわ」
「だから私がお姉ちゃんだってば!」

じゃれあっていつもの調子を取り戻し、並んで立つイリヤとクロエ。
しかしイリヤから魔力をクロエに分配したということは、イリヤ自身の魔力は半減したということになる。
加えて二人ともここまで激戦を経ていて、かなり消耗している。

「とは言ったものの、どうすればあいつを倒せるかしら」
「そもそもあの人……人なの? 手から剣が生えてるように見えるんだけど」
「人の形をした化け物ね。戦えば戦うほど、相手の能力や戦術を学習して強くなっているみたい
 セイバーの剣術とランサーの反応速度、ライダーの機動力とアサシンの慎重さ、キャスターの知略とついでにバーサーカーの闘争本能を併せ持つって言えばわかりやすいかしら」
「な、なにそれ……?」
「生半可な攻撃じゃ通じないし、強力な宝具だと発動を察知して回避されるか発動する前に潰される。
 多分あなたの物理保護も貫かれるわ。絶対にあいつの攻撃を受けないで」

今は何とか黒と光子が耐え凌いでいるが、徐々に劣勢に追い込まれているのは明らかだった。
ここにクロエとイリヤが加わったところで押し切れるかは望み薄だ。

「有効打はないけど、こうしてずっと見てるわけにもいかないか。イリヤ、行くわよ」
『待ってくださいクロさん! 白井さんのバッグを探してみてください!』
「ルビー?」

ルビーの申し出に異論を挟まず、クロエは迅速にバッグをひっくり返した。
そして出てきたものを手に取り、破顔する。

「……これって! ちょっとルビー、お手柄よ!」
『いやあ、それほどでもないですよー』
「ルビー、浮かれてないの!」

この状況を打開できる可能性がある。それを知っていたのは気を失った黒子と穂乃果、そしてルビーの三人。
そして穂乃果と黒子では使えなかったが、ここには魔力を自在に操る魔法少女たるイリヤとクロエがいる。
反撃の狼煙が、上がった。




右から迫る刃を、右手に持った友切包丁で弾き返す。
光子から受け取ったこの大型のダガーはクロエの評を覆すことなく素晴らしい威力を発揮していた。
後藤が変化させた寄生生物の刃は人体をバターのように切り裂く。
その刃を何度受けても友切包丁は刃こぼれ一つしない。どころか、繰り返す内に後藤の刃の方に細かい傷が無数に走っていく。
友切包丁を操る黒も、短刀の扱いには熟練している。黒は元々契約者ではない普通の人間であり、その時代から鍛え上げた戦闘技術で契約者を殺す「黒の死神」と恐れられていたのだから。
だが、どれだけ黒が練達の戦士であろうとも、肉体的にはやはり人間だ。
尋常ではない洞察力と反射神経で後藤の攻撃を凌ぎ続けているが、どうしても対応しきれない攻撃はある。
右からの攻撃を防いだ瞬間、左からまったく同時に同じ鋭さの刃が飛んで来る。左手に友切包丁はなく、電撃能力では刃を防げない。

「この私の前で、そんな狼藉は許しませんわ!」

その隙を埋めるのが、この場での黒の相棒……婚后光子だった。
電柱、ガードレール、ポストといた金属物質を空力使いで飛ばせばそれは立派な質量兵器となる。
まさに黒を切り裂こうとしていた後藤の刃は、光子が飛ばした赤いポストの前に後退を強いられ、獲物を逃す。
一呼吸の間を得た黒がバックステップし、間合いを取り直した。

「ご無事ですか?」
「助かった。お前は能力をよく使いこなしている」
「お褒めに預かり光栄ですわ。黒さんこそ、よくまあそんな包丁であの悪漢と渡り合えるものです」
「包丁の扱いには慣れているからな」

軽口を叩き合う。だが二人の表情に余裕はない。クロエが離脱してからずっと、こうして後藤の攻撃を二人で協力して防ぎ続けていた。
五分も経っていないはずなのだが、周囲は光子が能力であらかた吹き飛ばしてしまったので小さな平原のような様相を呈してきている。
何もないということは、光子が利用できる質量弾もまたないということだ。

「よく粘る。人間は武器を持つとこうも変わるものか」

息も乱さない後藤に対し、黒も光子も流れる汗は滝のようだった。
段々疲弊する一方の黒と光子に対し、後藤はまるで戦うことで栄養を得ているかのように衰える様子はない。
自らの異能だけでなく、鍛え上げた技術や周囲の状況を利用する二人の人間との戦いは後藤に新鮮な驚きと満足を与え続けていた。

「ここで増援か。お前たちは本当に俺を楽しませてくれる」

後藤の視線は黒たちではなく、最初に離脱してようやく戻ってきたクロエに向けられた。
その両手には既に双剣が構えられていて、後藤を相手に退く気配は全くない。それが後藤にはたまらなく嬉しい。

「クロエさん! 白井さんは?」
「待たせたわね。彼女はもう大丈夫よ」
「そ、そうですか。良かった」
「イリヤはどうした?」
「あの子は後ろで見てるわ。悪いけど戦うのは私だけ」


黒は肩越しにイリヤを振り返る。視線が合うとイリヤは小さく震えたが、それでも逃げ出したりはしない。
見てるだけとクロエは言ったが、イリヤが何らかの役割を持っていることは容易に推察できた。

「俺たちはどうすればいい?」
「察しが良くて助かるわ。私も前に出るから、何とかしてあいつを追い込んで本気にさせて」
「な、何を言ってるんですの! それではクロエさんが危険ですわ」
「手があるの。それにはあいつが本気であればあるほど、強力な攻撃をするほど都合がいい。だからお願い、私を信じて」

有無を言わせない口調でクロエは断言した。
光子はそれでも食い下がろうとするが、黒が光子を制して言った。

「おそらくこの中では俺の能力が一番有効だ。だが発動までの僅かな時間で奴は回避する。隙を作れるか?」
「やってみる。……ありがとう、黒。あなたは私とイリヤを信じてくれるのね」
「俺が信じるのは自分だけだ。お前たちに気を許した訳じゃない」
「そっか。ふふ、でもいいわ。少なくとも背中を預けるくらいには、私たちを評価してくれてるってことだものね」
「……先に行く」

黒が友切包丁を構え、後藤に向かっていく。
クロエも双剣を振りかざし、黒の背中を守る位置についた。

「最後よ。あなたを終わらせてあげる」
「楽しみだ」

クロエの啖呵を、後藤は表情を変えず受け取る。
右から切り込む黒を左手の刃で迎撃。逆方向からクロエが切りかかる。後藤は右の刃で受ける。
二人がかり、二方向からの攻撃を、後藤は左右の手で危なげなく捌いていく。

「お前たちの技は十分に観察した。武器が剣である以上、この距離では俺にはもう通じない」

荒れ狂う二人の斬撃をこともなげに受けながら、後藤は残った頭部を刃に変形させた。
両手の刃を受け持つことで必死な黒とクロエは、追加で放たれる頭部の刃に対応できない。
後藤が唯一強く警戒しているのは黒の電撃だが、能力発動までの一瞬の隙があるのは黒もクロエも同様だ。その一瞬があれば、後藤は余裕で先手を取れる。
物体を飛ばす光子は周囲に障害物がない現状ではほぼ無力。光子程度の体術では後藤・黒・クロエがせめぎ合う距離に介入できない。

「……とでも思っているなら、大間違いですわよ!」
「む!?」

威勢のいい気合とともに、光子は大能力・空力使い(エアロハンド)を発動。
飛んで来るのは鋭い矛先を持つ無姪の剣。
クロエがあらかじめ投影し、バッグに入れて光子に渡したものだ。
無銘とはいえ十分な硬度を持つ剣を、光子の能力が強烈に加速させる。
その威力は後藤をして脅威と認識させ、斬り合っていた二人を放棄して回避を迫らせるものだった。
両足を変形させ、大きく飛び退く。


「異能の組み合わせ……か! 良い工夫だ!」
「あなたに褒められても嬉しくないけど、まだ終わってないわよ!」

空中にいる後藤の視線の先、クロエは十分な時間を込めて弓と矢となる剣を投影した。
落ちてくるだけの後藤を狙い撃ちにする。

「吹き飛びなさい!」
「その攻撃は何度も見た」

剣は後藤に向かってまっすぐ飛んで行く。後藤は片腕を刃に、もう片方は平面上の盾にして待ち受ける。
刃で剣を弾く。その瞬間、クロエの意志によって剣は爆発した。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。投影した宝具を自ら爆発させることで強烈な破壊力を生み出す技。
後藤はその爆発を盾で受ける。硬質化した盾は爆風の威力を殺し、しかしその爆圧で後藤の体を大きく押し出す。
そのせいでクロエが予測した着地点がずれ、追撃の矢は間に合わない。
噴煙の中から両足を疾走に最適化させた後藤が飛び出し、襲いかかる。
黒がその間に割り込み、友切包丁で切りかかった。
後藤は両腕を交差させ、硬質化。黒の斬撃を受け止め、瞬時に刃を軟化させて刃を絡めとる。
動きを止められた黒は反射的に友切包丁に電撃を流そうとしたが、一瞬早く後藤の蹴りが黒の腹部を直撃した。

「がはっ!」
「お前は後だ」

移動用の足で蹴ったため、黒専用の防刃防弾コートが貫かれることはなかった。だが黒の生身の肉体は衝撃のダメージを避けられない。
現時点で黒にとどめを刺すより、さらなる攻撃を用意しているクロエを先に潰すのが後藤の状況判断。
崩れ落ちる黒をパスし、後藤はクロエにとどめを刺すべく走る。
光子の援護。次々と襲い来る宝具の雨の中、後藤は一時も立ち止まらず駆ける。
やがてクロエが投影した宝具が尽き、光子の打てる手がなくなったところで後藤は跳躍。クロエの前に着地。
クロエは何とか一本の剣を投影し終えたところだった。

「このっ!」
「残念だったな。だが良い連携と工夫だった」

剣は後藤が屈めた頭の上を過ぎ去っていった。
淡々と後藤が呟き、刃を突き出す。クロエの腹部を貫いた。

「がっ……!」
「終わりだ」
「ええ……あんたがね!」

喀血しながらも、クロエは壮絶な笑みを見せた。
その表情に勝利の確信を感じた後藤は、反射的に背後に視線を投げる。
そこには外れた剣が、今にも後藤に噛み付こうとする猟犬のように迫ってきていた。
後藤の背中にクロエの剣が突き立つ。先端を細く、針のように尖らせた剣。
これでは致命傷にはならない。否、傷の内にも入らない。表皮に僅かなヒビを入れ、内部に浅く刺さっただけだ。
それを理解した後藤は、剣を振り払うこともなくクロエに向き直った。


「ぐっ……だが、この程度。大したダメージではない」
「剣は、そうでしょうね。で、それがあなたの慢心。そして敗因よ」

そして気付く。クロが放った矢は、未だ後藤に突き立っている剣は、その柄に一筋の細い糸……ワイヤーが巻きつけられていたことに。
クロエは自身を餌にして、このワイヤーをギリギリまで後藤の意識から隠そうとしていたのだった。
ワイヤーに繋がった剣を弾き飛ばそうとする後藤。だがその視覚は、ワイヤーの先で青白い燐光を放つ死神のような男を捉える。
後藤に剣を放つ前、クロエはあらかじめワイヤーも投影していた。黒の得意技を真似て、黒に必殺の攻撃を促せるように。
ランセルノプト放射光がオーラのように迸り、黒の目が赤く輝いた。

「死ね……!」

刃を振るうよりも早く、黒の電撃がワイヤーを伝って後藤の全身に叩き込まれた。
僅かとはいえ剣先は後藤の体内に潜り込んでいる。そこに電撃が殺到した。

「ぬ……があああっ!?」

体内を蹂躙する電撃の暴威は、後藤を構成する寄生生物たちを激しく動揺させた。
後藤の命令下から脱し、各々が好き勝手に動いて自己保存を図ろうとする。
電撃が致命的な損傷を臓器に与える前に、後藤は自身の頭部を刃に変えてクロエの剣を殴打。何とか電撃から離脱を成功させる。

「やって……くれる……!」
「呆れた。これでも死なないの?」
「人間、ども……許さん……殺す……ころす……ころ、すころ……こすここころろおすかかかここす……」

電撃が言語中枢に混乱をきたし、後藤の口から漏れる言葉が意味を成さなくなっていく。
痛打を受けた際の生物の防衛本能は、寄生獣にも同様にある。
今や後藤は思考を放棄し、ただ本能のみで目の前の人間たちを殺し尽くす一匹の獣と化した。
メキメキと後藤の全身が音を立てて変形していく。両手両足を地面につき、至るところから刃を生やした鋼鉄の獣の姿に。
回避されたらとか、異能の先読みだとか、そういった人間的な思考は今の後藤にはない。
持てる全ての力を使ってこの人間を殺す。それだけが今の後藤を突き動かす。

「クロエさん! 逃げて!」
「クロエ!」

変貌する後藤の前にはクロエが立ち尽くしている。黒がクロエを助けるべく立ち上がろうとしているが間に合わない。
そして後藤が、弛められたバネのように全身から力を解放して、音速の弾丸となってクロエに襲いかかる。

「グァアアアアアアアアアアッ!」
「……チェックメイトよ、フリークス!」

そして……これこそが、クロエが待っていた瞬間だった。
後藤の刃がクロエを分断する寸前、クロエは残った最後の魔力で転移を敢行した。
転移座標は後方、イリヤのいる場所。転移終了と同時にイリヤを転移。瞬きの間に、クロエはイリヤと入れ替わった。
イリヤは、既に準備を終えていた。


「後より出でて先に断つもの(アンサラー)……」

イリヤが構えた拳の先で浮かぶ鉄球から、鋭い剣が生えている。
紫電を放つその切っ先は、手を伸ばせば届く距離にいる後藤へと向けられている。
だが遅い。転移で生じたタイムラグは極小とはいえ、無ではない。
イリヤが宝具を解放するより先に、後藤の刃がイリヤへと届く。

「……斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!」

イリヤは構わず宝具を解放した。
後藤の刃が指先から腕、肩、胴体、心臓、脊髄を順番に貫いていくのを感じながら……同時にフラガラックの切っ先が、後藤の胸を貫いた。
黒と光子が見ている前で、後藤がビデオを巻き戻したかのように下がっていく。
飛び出す前の位置に戻った後藤の胸には大穴が開いていた。
しかし対峙するイリヤは、無傷。

「な……何が起こったんですの?」

光子は確かに、イリヤが後藤に貫かれる光景を見たはずだった。
だが一瞬後、それはまるで幻だったかのようにイリヤには傷一つない。
これこそが、「斬り抉る戦神の剣(フラガラック)」。逆光剣の異名を持つ、因果を逆行する一撃。
相手の攻撃より後に発動しながら、相手よりも先に届く。
先に攻撃が届いたことで相手は死んだのだから、逆説的に相手の攻撃はなかったことになる。
結果、残るのは先制攻撃を行ったはずの後藤だけが致命傷を負い、倒れる光景。
かつてイリヤたちを苦しめた魔術協会の魔術師、バゼット・フラガ・マクレミッツの誇る必殺の宝具が、ついにその真価を発揮したのだった。

「やった……の?」
「そのようだ」

放心して呟くイリヤに、黒が声をかけた。
びくりと震えたイリヤだが、イリヤは歯を食い縛って自分の中の恐怖を押さえつけ、黒と目を合わせる。

「あの……私、あなたに謝らないといけないんです」
「戸塚のことだな。俺もそれを訊きたい」
「私はあの時、」
「待て。今は、逃げないのならそれでいい。落ち着いてから改めて聞く」

黒はイリヤを静止し、後ろを指し示す。
そこにはクロエと光子、そしてようやく気がついた穂乃果が黒子を背負ってやってきていた。

「クロ? どうしたの!?」
「ちょっと……魔力使いすぎちゃった。補給よろしく」
「ま、またあのはしたない行為をなさるんですの? うう……記憶を消したいですわ」

後藤の最後の一撃が僅かに掠め、また限界まで魔力を絞り尽くしたクロエは自力で立つこともできず光子に抱き抱えられていた。
力なく笑うクロエだが、その瞳はイリヤによくやったと言っているようで、イリヤも思わず顔をほころばせて小走りに近寄っていく。

「もう、まったく無茶するんだから。私が魔力あげなきゃ死んじゃうじゃない」
「ああしなきゃ勝てなかったでしょ」
「それはそう、だけ、ど……」

みんなの見ている前でキスをするのは恥ずかしいが、さすがに今のクロエにそんなことを言うのは空気が読めていない。
そんなことを考えながらイリヤがクロエに近寄ったとき。
イリヤの意識の奥底に潜む悪意が、蠢いた。


クロエが。

深い裂傷を負い、出血もしていて。

魔力で構成される身体は、魔力が枯渇して今にも消えそうだ。








放っておけば、死ぬ。








(殺さなきゃ)


スイッチが切り替わった。
ルビーに命じることなく、強引にステッキに魔力を充填。
ごく無造作に、イリヤはステッキを振り抜いた。

「……イリヤ?」

放たれた魔力の斬撃は、クロエだけでなく光子までもろともに切り裂いた。
鮮血が舞う。黒と穂乃果は、呆然とその光景を見ていることしかできなかった。

『い……イリヤさん……?』
「え?」

ルビーの声が震えていた。
どうしたの、と言おうとして、イリヤは目の前で赤い血溜まりの中に沈む二人の少女を見る。
光子と言うらしい、黒子と同じ服を着た少女。
もはや見慣れた赤い衣をまとう、自分と同じ顔をした少女。

「クロ?」

イリヤは何が会ったのかわからないというように、、自分の手を見る。
まさに魔力を発射した直後のステッキが、熱を帯びてそこにある。
イリヤは直感した。
また、やってしまったのだと。
戸塚の時と同じように、しかも今度はよりによって、クロエを。
この手で殺してしまったのだ。

「あ……え……? わ、私、が……?」
『イリヤさん、危ない!』

ルビーの警告。黒がワイヤーをイリヤの首に巻きつかせていた。
黒の目が赤く輝き、電撃を流す。
同時に倒れていたクロエが、バネ仕掛けの人形のように飛び起きて一閃。小指程度の長さの刃でワイヤーを断ち切った。

「く」

クロエは死んでいなかった。生きていた。
あの瞬間、光子は反射的にクロエに覆いかぶさった。だから光子は即死し、クロエは僅かながら命を永らえた。
その事実をイリヤが認識する前に、クロエはイリヤに唇を重ねた。
イリヤは目を見開く。黒もさすがにクロエを巻き添えにする形では手が出せない。
やがて、クロエはイリヤから離れる。

「一人じゃ、ないから」
「クロ?」

そしてイリヤに弱々しく笑いかけ、消えた。
カラン、と首輪が落ちる。クロエが首に巻いていたものだ。
それだけが、消えたクロエの実在を示すたった一つの証だった。
イリヤはその首輪を手にすると、次の瞬間空に高く飛び上がっていた
一瞬でビルの屋上以上の高さに飛翔したイリヤには、黒のワイヤーは届かない。
そのまま流れ星のように空を横切って行くイリヤを、黒と穂乃果はただ見送ることしかできなかった。




何が起こったのか把握できないまま、事態は動いてしまった。
後藤を倒したと思ったのも束の間、イリヤが突如クロエと光子を殺害し、逃亡した。
黒はあの時、イリヤを殺すつもりはなかった。無力化するつもりだった。
だが、クロエに阻まれた。それは一体何を意味しているのか。
落ち着いて考えている暇はない。後藤を倒したとはいえ未だ近辺にはエンブリヲが潜伏していて、ここに長く留まるのは危険だ。

「ひとまず身を隠す。そいつを寄越せ。俺が担ぐ」
「で、でも光子ちゃんが……こんなところに光子ちゃんを置いていくんですか!?」

物言わぬ屍となった婚后光子を指さし、穂乃果が涙ぐむ。
穂乃果も急展開のあまり動転していて、落ち着いて話ができそうにない。そもそも穂乃果は黒と初対面であり、黒が信用できる人物かも知らないのだ。
黒は一瞬喉元まで出かかった苛立ちを何とか飲み込んだ。

「……今は埋葬している時間はない。このバッグはどうやら人も入るようだ」

エンブリヲがしていたように、黒は光子の遺体を自分のバッグに収納した。落ちていた光子の荷物も回収する。
契約者として合理的に思考するなら、黒はこのとき、友切包丁で光子の首を落とし首輪を回収しておくべきだった。
だが黒はそうできなかった。傍らの穂乃果、光子と知り合いだったらしい黒子の存在と、何より共に死線を潜り抜けた光子への敬意から。
しかし首輪は必要である。クロエの首輪をイリヤが持ち去ったため、広川への反抗を目指すならどうにかして入手する必要があるのだ。
当然穂乃果は、そして目覚めれば黒子も反発するだろう。その時が来るのを憂鬱に感じながら、黒は気を失った黒子を肩に担ぐ。
いかにバッグに人が入るとはいえ、生きている人間を入れたら何らかの悪影響が出ないとも限らない。

「お前も来い。考えるのはそれからだ」
「で、でも……」
「この黒子という娘も安静にさせなければならない。急げ」

黒子を引き合いに出してようやく、穂乃果はのろのろと立ち上がった。
いい加減、黒も疲労の限界だった。これではまともな判断力は望めない。
ここで散ったクロエと光子。手を下したイリヤ。この件について考える前に休息が必要だ。
黒はちらりと倒れて動かなくなった後藤に視線を投げる。三度戦うことになったあの異形の化け物は、多くの命を摘み取った。
未来の黒の知り合いであるという蘇芳・パブリチェンコ、穂乃果の後輩である星空凛。間接的には婚后光子、クロエ死亡の遠因でもある。

「蘇芳。俺はお前のことは知らないが……仇は取った。これでお前が満足するかは分からないが」

穂乃果に聞こえないよう、顔も知らない未来で出会う少女にそっと手向けの言葉を捧げた。
そして後ろから穂乃果がついてくるのを確認し、黒は重い足を踏み出す。
彼ら彼女らの耳に死を告げる鐘が鳴り響くまでもう僅か。
それでも黒は足を止めず、ひたすらに前を向いて走り続けていく。





【後藤@寄生獣 死亡】
【クロエ・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 死亡】
【婚后光子@とある科学の超電磁砲 死亡】


【F-5/1日目/昼 放送直前】

【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(極大)、右腕に刺し傷、腹部打撲
[装備]:友切包丁(メイトチョッパー)@ソードアート・オンライン、黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×2
[道具]:基本支給品、ディパック×1、不明支給品1(婚后光子に支給)、婚后光子の遺体
完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation、扇子@とある科学の超電磁砲、エカテリーナちゃん@とある科学の超電磁砲
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
1:銀や戸塚の知り合いを探しながら地獄門へ向かう。銀優先。
2:後藤、槙島、エンブリヲを警戒。
3:魏志軍を殺す。
4:イリヤに対して―――――
5:二年後の銀に対する不安。
6:雪ノ下雪乃とも合流しておく。
7:黒子が起きたら光子の遺体から首輪を入手し、埋葬する。
[備考]
※『超電磁砲』『鋼の錬金術師』『サイコパス』『クロスアンジュ』『アカメが斬る!』の各世界の一般常識レベルの知識を得ました。
※戸塚の知り合いの名前と容姿を聞きました。
※イリヤと情報交換しました。
※クロエとキリトとは情報交換済みです。
※二年後の知識を得ました。
※参加者の呼ばれた時間が違っていることを認識しました。

【友切包丁(メイトチョッパー)@ソードアート・オンライン】
中華包丁のような形状をした肉厚の大型ダガー。殺人ギルド「ラフィンコフィン」のリーダー「Poh」が使用する。
現時点で最高の鍛冶屋がつくった最高の武器すら軽がる抜くモンスタードロップの<<魔剣>>。当時のSAO最強クラスの武器の一つ。
フルアーマーの装甲すらたやすく貫けるほどの斬れ味を持つ。


【高坂穂乃果@ラブライブ!】
[状態]:疲労(大)、混乱
[装備]:練習着、トカレフTT-33(3/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×3
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:強くなる
0:何がどうなってるの??
1:黒子と共に音ノ木坂学院へ向かう
2:花陽ちゃん、マスタングさん、ウェイブさんが気がかり
3:セリュー・ユビキタス、サリア、イリヤに対して―――――
[備考]
※参戦時期は少なくともμ'sが9人揃ってからです。
※ウェイブの知り合いを把握しました。
※セリュー・ユビキタスに対して強い拒絶感を持っています。が、サリアとの対面を通じて何か変わりつつあるかもしれません


【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:疲労(極大)、精神的疲労(極大)、気絶
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品(穂乃果の分も含む)、幻想御手入りの音楽プレーヤー@とある科学の超電磁砲
[思考・行動]
基本方針:お姉様や初春などの友人を探す。
0:お姉さまを…
1:穂乃果と共に音ノ木坂学院へ向かう
2:初春と合流したらレベルアッパーの解析を頼みたい。
3:イリヤのことは保護すると同時に気をつけて見張っておく。
[備考]
※参戦時期は不明。
※御坂美琴が殺し合いに乗っているということを確信しました。
※槙島が出会った人物を全て把握しました。
※アンジュ、キリトと情報交換しました
※逆光剣フラガラック@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ は消費されました。


少女は一人、荒野に佇む。
ルビーはイリヤの受けたショックを慮ってか、いつもの無駄口を控えじっと主の言葉を待っている。
イリヤは頭のなかにずっとあった重苦しい感じが消えているのを理解していた。
おそらくあれこそが、イリヤを意図しない凶行に走らせた元凶。
今はもう雪のように消え去ったが、だからといってイリヤの罪も消えるわけではない。
イリヤはそんなルビーに何も言うことはなく、じっと手元の一枚のカードを見ていた。
クラスカード・アーチャー。赤い衣の弓兵が描かれた一枚の紙切れ。
それはついさっきまで、クロエ・フォン・アインツベルン……もう一人のイリヤの核を担っていたカード。
しかし今、クラスカードからはクロエの残り香を感じることはできない。
影も形もいなくなった半身。その残滓はクラスカードではなく、イリヤ自身の内にある。
新たに生まれたのではなく、取り戻した。
クロエとの最後のキスを思い出す。

「血の味がしたな……」

あのときクロは、いつものようにイリヤから魔力を補給するのではなく、逆に魔力を送り込んできた。
自分が致命傷を受けたと即座に理解したのだろう。どんな手を尽くしても助からないと、誰よりも正確に自分の辿る末路を予測したのだ。
そして、助からないならば、やれることをしようとした。
たった今自分を殺した相手であるイリヤに、かつて奪ったもの……イリヤが生まれた時から所有していた莫大な魔力を、自分の体を構成する魔力を、残らず譲渡したのだった。
クロエとて突然の凶行に走ったイリヤの精神に何らかの異変を感じ取ってはいただろう。数時間前、戸塚を殺したときもそうだった。
婚后光子を殺害したとその目で見ても。イリヤが誰かれ構わず傷つけるような危険人物であると証明してしまっても、なお。
クロエは、数十名に及ぶ見知らぬ人々の命よりも、イリヤただ一人を選んだ。
仮にイリヤが残った全員を殺害するとしても構わない。イリヤが死ぬよりはよっぽどマシだ……そう考えて。
そして、クロは消えた。遺体などどこにもない。
あるのは首から外れて落ちた首輪と、クロという存在の核であったアーチャーのクラスカードのみ。
まとめてみれば、元々あったものが出ていき、また戻ってきた。それだけの話だ。
しかしイリヤが今感じている喪失感は、決して何も戻ってきてはいないのだと……失ったものは決して取り戻せないのだと、これ以上なく克明に突きつけてくる。

「ねえ、ルビー。もし……」

どれだけ時間が経ったか、ぽつりとイリヤが声を漏らす。
応答を求められたルビーは何と発言すべきは幾重にもシミュレートし、しかし適切な一言を見出だせず沈黙を続ける。
そんなルビーに構わず、イリヤは言った。








「もし私が優勝して美遊とクロを生き返らせるって言ったら、手伝ってくれる?」


【G-5/1日目/昼 放送直前】

【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]:疲労(絶大)、魔力全快
[装備]:カレイドステッキ・マジカルルビー@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、クラスカード・アーチャー@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ
[道具]:ディパック×1 DIOのエキスが染みこんだイリヤのハンカチ DIOのサークレット 基本支給品×1
不明支給品0~1 美少女聖騎士プリティ・サリアンセット@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本:???????????
0:???????????
[備考]
※参戦時期は2wei!の調理実習終了後。
※『カレイドルビー』の制限は、自立行動禁止、引き出せる魔力の絶対量低下。
※『カレイドルビー』には、誰でも使える改造が施されており、さらに吸血鬼の血を吸った事で何がしかの不具合が起きているようです。
アカメ達と参加者の情報を交換しました。
※黒達と情報交換しました。
※「心裡掌握」による洗脳は効果時間が終了したため解除されました。
※クロエに分かれた魔力を回収したため、イリヤ本来の魔力が復活しました。


























後藤はまだ、死んでいなかった。


逆光剣に心臓を貫かれ、胸に大穴を開けてなお、生存していた。
後藤はフラガラックの直撃を受けた瞬間、己の敗北を認識した。認識し、受け入れたうえで、抵抗を開始していた。
心臓を失ったため全身に血液を送ることができない……ならば、心臓の代替品を作り出せば良い。
先に失った寄生生物は一体。本体である後藤を除けば、まだ三体の寄生生物が残されている。
後藤は伏したまま微動だにせず、二体の寄生生物に体内を移動、心臓の位置を補完するように命令した。
残る一体は万が一人間たちがとどめを刺しに来た時のために温存。だがこれでは心臓生成に時間がかかりすぎ、肉体部分が壊死してしまう。
そのため後藤は最後の一体に、デイバックの中にある支給品を抜き出させた。
確認して早々に自分には不要だと判断し、今の今まで存在自体を忘れ去っていたもの。だが、今の後藤にとっては何よりも必要なものだ。
その名は百獣王化ライオネル。ナイトレイドの殺し屋の一人、レオーネが使うベルト型の帝具である。
帝具と呼ばれる人間たちの武器。装着車の身体能力と五感を高める。奥の手は治癒能力の強化。
ただでさえ人外の運動能力を誇る後藤に身体能力と五感を高める効果など必要なかった。後藤が求めるのは闘争であり、一方的な虐殺ではないからだ。
だが、ここでは治癒能力強化こそが必要だ。敗北を受け入れ誇りに殉じる高潔さなど、人間ではない後藤が持ち合わせているはずもない。
寄生生物は可能な限りの速さでライオネルを後藤の腰に巻く。
その瞬間、ぴょこんと後藤の頭に二つのケモノ耳が飛び出した。それだけでなく、しっぽやフサフサとした毛皮が手に生えていた。
消えかかる意識を必死に繋ぎ止め、後藤は全霊で思考する。

(……奥の手……治れ……)

人間ではない後藤に帝具を使えるかどうかは賭けだった。
主催者である広川が何を思い後藤にライオネルを支給したのかはわからない。
だが現実にライオネルがここにある以上、生きるため/戦うために後藤が使うのは当然であり、それもやはり広川の意図するところなのだろう。
暗闇の海を泳いでいるような、時間が何万倍にも引き伸ばされるような感覚を味わったのち……

「……どうやら、成功したようだな」

やがて灯りのスイッチを切り替えたように明瞭に、後藤は覚醒した。
両手をついて体を持ち上げる。その両手を後藤は見る。両手、両足、確かにある。
ライオネルの奥の手、「獅子は死なず(リジェネレーター)」は本来部位欠損など大きすぎる損傷は回復できない。
しかしこのとき後藤が行ったのは心臓の再生ではない。そちらは配下の寄生生物にやらせ、ライオネルには全身の細胞を賦活させ壊死を防がせたのだ。
ライオネルが肉体の崩壊を防いでいたため、後藤と二体の寄生生物は全力で心臓の再生に取り掛かれた。
結果として心臓は無事再生し、またライオネルの恩恵で全身の負傷も癒えていた。

「……?」

が、後藤は身体に僅かな違和感を感じた。寄生生物に命じる。刃に変形したのは左腕のみ。
変形しないのは腕だけではなかった。両足も変形しないし、全身を覆う皮膚のプロテクターも出すことができなくなっていた。
後藤の命令に従う寄生生物は、左手の個体だけになっていた。
心臓に擬態させた二体はどんなに命じても何の反応も返さない。だが死んだわけではないのは、同族を感知する反応でわかる。
休眠状態とでも言うのだろうか。確かにそこにいるのに、まるでそこにはいないかのように無反応。
寄生生物二体。死を免れる代償としては安いものかもしれない。


だがこれではもはや、とても「五頭」とは名乗れないな、と呟こうとして、後藤は気付く。
その場で軽くジャンプ。跳躍した後藤の身体は、優に5メートルは垂直に飛んだ。
両足を変形させた状態なら軽く倍の高度は出るだろう。が、それは単なる機能の劣化を意味しない。
後藤は今、両足を変形させていない。つまりはボディとなった人間の性能そのままの跳躍のはずなのだ。

「奴らの反応が……心臓だけではない。全身に散らばっている?」

集中して気配を探ってみれば、再生した後藤の全身に寄生生物たちの気配は散らばっている。
頭部、両手、両足というざっくりした区分けではない。まさに全身、細切れにした破片を霧吹きで吹き付けたかのように細かく散っていた。

「心臓からの血流に乗って、奴らの細胞が全身に散ったとでも」

推論を口にする。それはほぼ的を得ているように後藤には思えた。
細分化され、一個の寄生生物としての体裁さえ保てなくなったのなら後藤の命令に反応しないのも道理だ。それでいて気配を失っていないのも。
そして実際、何が起こったかなど後藤にはどうでもいい。重要なのはその結果、己の機能がどう変化したかだ。
頭部、そして左腕は従来のように変形するし、刃にもなる。
それ以外の部分は皮膚も硬質化させることができず、弱体化した。一瞬そう考えた後藤だが、そうではないと思い直す。

「そうか。つまり今の俺は、泉新一と同じということだな」

泉新一と彼に宿った寄生生物は、人間の頭脳と寄生生物の力、さらに人間を超越した運動能力を有する強敵だ。
彼らはどういう経緯か人間の頭脳と右手の寄生生物という共生関係を成していた。
今の後藤はまさにこの状態だ。違いがあるとすれば、頭脳も肉体も後藤が支配できるという一点。
後藤は試しに走り、跳び、格闘技の演舞のように拳や蹴りを繰り出す。そして確信する。空を切るこの四肢は生身でありながら刃に匹敵する威力を内包している。
人間の頭部に全力の拳足を叩きつければ、陥没ないし破砕させることなど容易だ。
数分の間動き続けておおよその機能を把握した後藤は腰のライオネルのことを思い出した。
奥の手を無事発動させ、もはや無用の長物となったライオネル。そのバックル部分はくすんだ石のように輝きを失っていた。
人間ではない後藤が奥の手を使ったからなのか、あるいは本来の出力を遥かに超過して使用されたからなのか。どちらにせよ後藤はライオネルに興味を失くし、外して捨てて踏み潰した。
そして落ち着いたところでようやく、後藤は先ほどから感じていた疑問を吐いた。

「妙だな。なぜ奴らは俺にとどめを刺していかなかった?」

後藤が悠長に運動機能のテストを行えたのは、この場に後藤しかいないからだ。直前まで戦っていた人間たちの姿はどこにもない。
再生行為は後藤の体内ですべて行われたため、騒音はほとんど鳴らなかったはずだ。
だが、それだけであの手強い死神のような男が後藤の生死確認を怠るだろうか?
あるいは後藤の始末よりも重要な事が起こったか?
どうであれ、この場から人間たちは立ち去り、後藤は回復する時間を得た。結果がこれであるならば、後藤に特に不満はない。

「少し戦い方を考える必要がありそうだ」


後藤が失ったものは、寄生生物が一体に減少したことによる攻撃・防御能力の低下。
後藤が得たものは、全身に寄生生物二体が散らばったことによる運動能力の増加。
今までのように身体を変形させて跳び、皮膚を硬質化させて攻撃を防ぎ、全身から生み出した刃で攻撃することはもうできない。
人間のように攻撃を躱し、人間のように近づいて殴り蹴り、左腕を一つしかない刃に変えて攻撃する。
それはちょうど、三度戦ったあの男……黒と呼ばれる強い人間の戦い方に酷似していた。

「黒、と言ったか。奴とは是非もう一度戦ってみたい」

黒から受けた斬撃と電撃を思い出す。
ワイヤーを通じて放たれる電撃は後藤の細胞を乱し、短刀から繰り出される斬撃は後藤の刃と互角以上の鋭さだった。
三度交戦して仕留めきれなかったことから見ても、認めざるを得ない。
身体機能で圧倒していても、戦闘経験という一点において後藤は黒に遠く及ばない。強い人間。後藤が全力で挑むに相応しいほどの。
そして、クロエ、黒子と呼ばれていた女二人も黒に見劣りしない。また彼らと戦う時を思うと、本能の昂ぶリを抑えられない。

「奴らと戦うのに万全を期すならば、田村玲子、そして泉新一を先に処理するべきか」

戦力低下は著しいが、考えようによってはまだ挽回の余地はある。
首尾よく二体の寄生生物を吸収できればマイナスは相殺され、強化された身体能力が残る。そうすれば後藤はもっと強くなるだろう。

「……放送か」

歩き出そうとした後藤の足を止めたのは、広川の声だった。
もし僅かでも仕損じていれば彼が読み上げる言葉の羅列に自らも含まれていた。
改めて思い知らされた人間たちの底力を思い返しつつ、後藤はしばし足を止めて広川の言葉に聞き入るのだった。


【F-6/1日目/昼 放送直前】

【後藤@寄生獣 セイの格率】
[状態]:寄生生物一体分を欠損、寄生生物二体が全身に散らばって融合
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、首輪探知機、拡声器、スピーカー
[思考]
基本:優勝する。
1:泉新一、田村玲子に勝利し体の一部として取り込む。
2:異能者に対して強い関心と警戒(特に毒や炎、電撃)。
3:セリムを警戒しておく。
4:余裕があれば脱出の手掛かりを集める。首輪も回収する。
5:田村怜子を探し取り込んだ後DIOを殺す
6:西に泉新一か……。
7:黒、クロエ、黒子ともう一度戦いたい。
[備考]
※広川死亡以降からの参戦です。
※異能の能力差に対して興味を持っています。
※会場が浮かんでいることを知りました。
※探知機の範囲は狭いため同エリア内でも位置関係によっては捕捉できない場合があります。
※デバイスをレーダー状態にしておくとバッテリーを消費するので常時使用はできません。
※敵の意識に対応する異能対策を習得しました。
※首輪を硬質化のプロテクターで覆い、その上にダミーを作りました。
※首輪の内側と接触している部分は硬質化して変形しません。
※黒い銃(ドミネーター)を警戒しています。
※百獣王化ライオネル@アカメが斬る! は破壊されました。
※寄生生物二体が全身に散らばって融合した結果、生身の運動能力が著しく向上しました。
※寄生生物が一体になった影響で刃は左腕から一つしか出せなくなりました。全身を包むプロテクターも使用できなくなりました。
※ミギーのように一日数時間休眠するかどうかは不明です。


【百獣王化ライオネル@アカメが斬る!】
ナイトレイドの一人レオーネが装備するベルト型の帝具。
身体能力を飛躍的に向上させる他、五感も強化される。また、装着時には獣の耳のようなものが生える。
奥の手は超治癒力の「獅子は死なず(リジェネレーター)」。ただし四肢欠損などなくなった部位が大きすぎる場合は再生できない。




120:さまよう刃 高坂穂乃果 134:いつも心に太陽を
白井黒子
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン 138:ひとりぼっち
119:調律者は人の夢を見ない… クロエ・フォン・アインツベルン GAME OVER
134:いつも心に太陽を
婚后光子 GAME OVER
後藤 130:新たな力を求めて
最終更新:2015年11月28日 02:48