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銀を求めた黒は赤と会う ◆isnn/AUU0c


結局、地獄門に向かう途中で先程の現場に寄ったが、目当ての少女も、殺したはずの化物の姿もなかった。
徒労に終わった黒は休む暇さえ惜しんで目的地へと向かった。
その途中で戦闘になることはなく、さらに生存者と会うことはなく、そのまま最後まで――――。


地獄門に男はついた。


妙だな。
あの地獄門特有の、契約者特有の胸騒ぎがない。
登ることを考えるのさえ馬鹿らしくなる程に高い壁を黒は見上げる。

地獄門とは、東京に突如発生した未知の領域だ。直径10kmの範囲が高さ500mの壁によって外界と隔離されている。
この地獄門が、それと同一なのかはわからない。
わからないから、調べる。

とりあえず中に入ろうとあちらこちらを探った結果、出入り口は見つからなかった。

いや、正しくは開く扉が見つからなかった。
正面にある、おそらくは開閉するであろう鉄の扉。
それくらいしか見つからず、その扉も、鉄板一枚はめ込んだようなもので、ドアノブのようなものはない。
おそらく自動ドアの類だろうが、目の前に立っても反応はない。
鉄板の中心にある3つのランプ。赤、赤、緑。
これが何かのヒントなのかもしれないが……。

「誰だ」

包丁を片手に振り返る。ややあって、物陰から一人の男が現れた。

「盗み見していたのは謝罪しよう」

赤い甲冑姿は、そのまま両手を上げる。

「道中で君が一心不乱に走っているのが見えてね。好奇心からつけさせてもらったよ」

男は黒の包丁を見た。

「今まで気づかなかった君に奇襲をかけなかった。この事実で、この場は抑えてほしい」
「敵対するつもりはないと」
「そうだ。だからその飛び道具もしまってほしい」
影になって見えないであろうワイヤーを見透かしたような目線。
焦っていたとはいえ、自分が追跡に気づけなかった。
今感じたわずかな気配も、黒が手詰まりになったタイミングで出したようにも思える。

黒は包丁をしまい、ワイヤーから手を放す。それに伴って、甲冑は腕を下ろした。
「私はヒースクリフ」
「……黒」
この男はできる。そういう相手に対して、ヘタな小細工はするだけ無駄だ。
一般人に対する擬態や偽名は使わず、黒は素で応じた。
ヒースクリフ。たしかキリトが話していた。
自分と同じ世界から来た人物。それ以上は聞く暇がなかった。



ヒースクリフがアインクラッドに向かう途中、黒を見かけたのは偶然だった。
その偶然に対し、彼は追跡を選んだ。誰かを、何かを探しているわけでもなく、一直線に向かう。
それは目的のものがそこにあるという確信があり、脇目もふらず走っていたことから、よほど重要なものであると伺える。
それに興味があった。
そしてついたのが地獄門。
門という割には入り口はなく、ただの壁にしか見えないが……。

「なるほど。つまり君のいた世界ではこういう施設があったのだね」
軽い情報交換を終えた二人は、暫定的とはいえ休戦中とすることにした。
「そうだ。もっとも、入れないのは……見ていたんだろ」
「ああ。てっきり開け方にもあてがあるかと思ったんだが」
黒の視線に合わせるように、ヒースクリフもその扉を見る。
「取っ手や認証する機器、接続するコネクターもない。中央にあるのはロックの表示器だろう」
左に赤、中に赤、右に緑。
「普通に見れば右のロックは解除されているが、これは君がやったわけではないのか」
「そうだ。ここに来た時にはもうなっていた」
てっきり解除できたかどうかを確認しに来た……そんなところだと思ったのだが。
「ロックそのものにも見覚えは」
「ない」
「……おそらく遠隔式だな。直接外せる機構ではない。……ふむ」
ヒースクリフはデイバッグを下ろし、中から地図を取り出す。
「ここ以外で覚えのある施設は」
「特にはない」
「そうか」
民宿や市庁舎はどこにでもある。そのあたりは実際に行かなきゃわからないだろう。
「つまり君は、ここが唯一の知っている場所であるから訪ねたというわけか。君の仲間もそうであると考えて」
「そうだ」
「しかしいなかった。……いや、すまない、会えることを祈っているよ」
ヒースクリフは片手を上げて詫びる。
「私の知人はもういないからね」
「キリト……」
ぼそりと黒は呟く。彼が聞いた話では、あの黒い剣士は誰かのために戦い散ったらしい。
彼がこの男に自分をどう説明したかは知らないが、洗いざらい話した、というわけではないらしい。
だが、向こうが知っている以上、エスデスの時のように知らん顔をするのも怪しいので、知人であると無難にとどめた。
「質問をかえよう。この門の先には、いったいなにがあるのかね」
「…………」
無言で俯く黒に、ヒースクリフは申し訳無さそうに眉を動かした。
「答えたくないのなら」
「いや、説明のしようがないだけだ。
新種の植物、通用しない物理法則、外部から干渉されない世界……何が起こっても不思議じゃない」
「ほう」
ヒースクリフは顎に手をやった。
「まるでこの舞台のようだ」
「……!」
黒は何かに気づいたように顔を上げる。
「噛み合わない時間軸と世界観、いるはずのない人間、起こるはずのない現象、存在するはずのないアイテムや施設……」
違うかね?と問うヒースクリフ。
「ここはゲートの外だと思っていたが、逆……」
まさか、と驚く黒。
「ここはゲートの中なのか」
「君の話を聞く限りでは、それなら辻褄があうだろう。ありえないことなんてありえない。
ここと君の語る地獄門の中は、その要素が符合する。では、考え方も逆にしてみようか。
この扉の向こうは、外部とつながっているのかね」
「ここがゲートの中なら、そういうことになる」
「うむ」
 心の何処かで、ヒースクリフはこの状況を楽しんでいた。
かつて憧れていた天空の城。その幻想に夢を見ていた自分が、この状況に心を踊らせている。
いくつになっても、この好奇心は捨てられないようだ。
「仮説はこの辺にして、次は推測に付き合って欲しい。仮説の証明のためには、この扉を開ける必要がある。その扉を開ける方法を考えたい」
「その必要はない」
黒は改めて開かずの門へ体を向け、手を触れる。
「まともに開かないなら、こじ開けてやる」
パリッ。何かが叩かれるような、爆ぜるような音。青白い光が黒い男を包んでいる。
「ほう」
彼も異能力の持ち主か。ヒースクリフは胸のうちで笑う。一体何を見せてくれるのか。


しかし……。

異能力の脅威は主催も充分承知しているはずだ。
何の対策も用意していないとは思えないが。
「む……」
周囲に突如響く高音。甲高い音は耳障りだが、我慢できないほどではない。
警報か?
ヒースクリフが訝しんでいると、異変は目の前の男にも起こっていることに気づいた。
「があっ……」
黒は耳をおさえてうずくまり、動けなくなっている。
ただの甲高い音、ただそれだけのはずなのに。
もしかしたら、異能力を持つ者に対して有効な音響兵器なのかもしれない。
「大丈夫かね」
男の両脇に腕を通し、その場から引きずっていく。門から数メートル離れたところで音は止まり、黒も落ち着きを取り戻した。
「すまない……」
「いや、いい。しかし正攻法でないと無理なようだ。異能力では――少なくとも一人の力では、どうすることもできないらしい」
ヒースクリフは再び地図を広げる。
黒をちらりと見ると、彼もまた地図に注視していた。どうやら付き合ってくれるらしい。
「遠隔式のロックというが、あてはあるのか」
「まず、ここは右上の端にある。キーを置くとすれば、残りみっつの端に置くのが定石だ」
時計塔、発電所、カジノとヒースクリフの指がそこを叩く。昔とった杵柄だ。
中央は人の往来が激しく、謎解きには向いていない。イベントを用意するなら、人が少ないであろう場所が望ましい。

「会場そのものにネットワークが形成されていて、そこでの行動によって解除コードが送信され、ここのロックが外れる」
「その施設……設備が破壊されたらどうなる」
「ありえないな」 
ヒースクリフは断言した。
「単純な殺し合い――――デスゲームにしないのは、様々な参加者を用意したのは、この舞台を有効活用させるためでもある。
――――推測だがね。そのために使われる設備は、制限で破壊できないか、破壊されても修復されるようになっている」
あるいは、とヒースクリフは地図上に指を走らせる。
「ネットワーク――つまりコンピュータ・ネットワークの特徴は、処理の分散による多大な演算のほかに、損失への補完というところにある」
「…………」
黒は固まっていた。ああ、これは、理解できていないという態度だ。
「そこにある施設が使用不能になっても、別の施設で代用できるということだ。
もちろん、本来の施設が最適な設定にはしてあると思うが。この程度のことは、ITに精通している人間ならすぐにわかる」
発電所が焼失すれば346プロ、時計塔が崩壊すれば病院、カジノが消滅すれば闘技場……といった具合だ。
「さすがにその施設が属するネットワークのエリア外……縄張りの外では難しいだろうがね」
「そのうちのひとつはもう解除されているんだな」
「方法は不明だが、そう考えていいだろう」
希望を持たせるための嘘ではない。おそらく、本当に何者かが……。
いや。
おそらく。
「思うのだが、このデスゲームは一人ではクリアできない仕様なのだろう」
「…………」
黒は開かずの門を一瞥する。その意味するところは経験したばかりだ。
「おそらく、最低でもひとつのチームが脱出のために動いている。全容を把握しているかはさておいてね」
「銀……」
「ああ、君の仲間もここに来てその仕組みに気づき、徒党を組んで活動しているかもしれない」
「入れ違いか」
「そうかもしれないな」
地獄門から出発したとして、考えられるのは二通り。
時計塔を目指して西へ向かうか、カジノを目指して南へ向かうか。
「現状、禁止エリアによって迂回しなければ西には向かえない。
君は南から来たのだから、そこまでの道と安全は確保されている。リスクとコストを勘案すれば、南下するべきだろうな。
ここから南下する道は二つある。ひょっとしたらそこですれ違ったのかもしれない」
黒は来た道に目を向け、やがてそちらに体を向けた。
「世話になった」
「行くのか」
「ここにいてもらちが明かない」
また仲間探しを再開するのだろう。忙しない男だ。
「アインクラッドまで同行願おうと思ったが、そうも言ってられないようだ。
私が君の仲間を先に見つけたら保護するとしよう」
ヒースクリフが差し出した手を、黒は握る。
「何から何まですまない」
「いいさ。ただ、私に何かあれば頼む」
「ああ」
黒は頷き、目的地へ向かって走りだす。その背にヒースクリフは声をかけた。
「また会おう、黒くん!」
黒い男は振り向かずに片手を上げて応え、そのまま建造物の群れに消えていった。


今はこれでいい。

ヒースクリフは笑う。

情報は手に入った。恩も売った。これで彼と、彼の仲間は私の側についてくれる。
ここから先、戦いは激化し、個人戦から集団戦へと移っていくだろう。SAOのように。
その時、どれだけの人材が掌中にあるかが鍵となる。

ヒースクリフは振り返り、地獄門を見た。
ここで座していれば、労せず問題は解決するかもしれない。
しかし。

「それではつまらないじゃないか」

溢れる好奇心をそのままに、研究者は笑みを浮かべて歩き始める。
寄り道は終わった。あとは、本来の目的を達成するだけだ。

おそらく、主催とコンタクトは取れても重要な情報――攻略法は教えてくれないだろう。
そういう意味で使っても無駄だが、自分はただ主催への興味を満たしたいだけだ。
ただの世間話でも、その人となりを知るには充分。

自分は何を知れるのか。

それは、かつての居城に戻ればわかることだ。





【H-2/一日目/午後】


ヒースクリフ(茅場晶彦)@ソードアートオンライン】
[状態]:健康、異能に対する高揚感と興味
[装備]:神聖剣十字盾@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン
[道具]:基本支給品一式、グリーフシード(有効期限あり)×2@魔法少女まどか☆マギカ、ランダム支給品(確認済み)(2)  ノーベンバー11の首輪
[思考]
基本:主催への接触(優勝も視野に入れる)
0:もっと異能を知りたい。見てみたい。
1:アインクラッドを目指す。
2:首輪交換制度を試す。
3:神聖剣の長剣の確保。
4:主催者と接触したい。
[備考]
※参戦時期は1期におけるアインクラッド編終盤のキリトと相討った直後。
※ステータスは死亡直前の物が使用出来るが、不死スキルは失われている。
※キリト同様に生身の肉体は主催の管理下に置かれており、HPが0になると本体も死亡する。
※電脳化(自身の脳への高出力マイクロ波スキャニング)を行う以前に本体が確保されていた為、電脳化はしていない(茅場本人はこの事実に気付いていない)。
※ダメージの回復速度は回復アイテムを使用しない場合は実際の人間と大差変わりない。
※この世界を現実だと認識しました。
DIOがスタンド使い及び吸血鬼だと知りました。
※平行世界の存在を認識しました。



地獄門では思うような結果は得られなかった。
だが、収穫がなかったわけではない。
ヒースクリフから得られた情報は収穫と呼ぶには充分だ。

最初に気づくべきだった。

ここに来て初めて見上げた夜空は、自分がもう一度見たいと願った本当の星空だった。
あれが見えるのは――見える可能性があるのは、ゲートの中しかない。

地図にあった地獄門が、自分がゲートの外にいると錯覚させていた。
その可能性にヒースクリフは気づかせてくれた。
自分のいる場所がゲートの中か外か。これが違うだけで、状況は変わってくる。
ここがゲートの中であれば、地獄門の向こうは外界――――元の世界につながっているかもしれない。
銀をつれて地獄門を潜る。そうすればいいという方法、解決策がわかったのは僥倖だ。

「銀……」

彼女は今も、彼女なりに戦っている。そう思うと、立ち止まってはいられなかった。



【H-3/一日目/午後】


【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(中)、右腕に刺し傷、腹部打撲(共に処置済み)
[装備]:友切包丁(メイトチョッパー)@ソードアート・オンライン、黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×2、首輪(美遊・エーデルフェルト
[道具]:基本支給品、ディパック×1、不明支給品1(婚后光子に支給)、完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
1:銀や戸塚の知り合いを探しながらカジノへ向かう。銀優先。
2:後藤、槙島、エンブリヲを警戒。
3:魏志軍を殺す。
4:二年後の銀に対する不安
5:雪ノ下雪乃とも合流しておく。
[備考]
※『超電磁砲』『鋼の錬金術師』『サイコパス』『クロスアンジュ』『アカメが斬る!』の各世界の一般常識レベルの知識を得ました。
※戸塚の知り合いの名前と容姿を聞きました。
※イリヤと情報交換しました。
※クロエとキリト、黒子、穂乃果とは情報交換済みです。
※二年後の知識を得ました。
※参加者の呼ばれた時間が違っていることを認識しました。


時系列順で読む
Back:これから正義の話をしよう Next:決意

投下順で読む
Back:愛しい世界、戻れない日々 Next:決意

127:ならば『世界』を動かす ヒースクリフ(茅場晶彦) 154:これはゲームであっても、遊びではない
134:いつも心に太陽を 166:黒交じりて、禍津は眠る
最終更新:2016年02月19日 18:53