これはゲームであっても、遊びではない ◆rZaHwmWD7k



今、この会場に生ける44人の者の胸を占めている感情とはなんだろうか。

不安?恐怖?強い決意?
あるいはもっと別の何かかもしれない。
心の在り様、というものは偏に名状しがたい物なのだから。
あるいは強い正義感を抱いているものもいるかもしれない、それが正道であるかどうかは置いておくとして。

そして、私の場合は―――、
感動と憧憬だった。


「あったのか…本当に」


呆けたように言葉を漏らす。
それは、全てを覆い隠す様な深い霧の中に隠されていた。
彼の支給品であった眼鏡を使い、ようやく見つける事が出来たほど深い霧だった。
ヒースクリフ/茅場晶彦には知る由も無い事だったが、
一度でも、テレビや地獄門の内部に入ったことのある参加者ならその光景に見覚えがあったかもしれない。


無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城。
嘗て一万の人間を捕え、四千の人間を呑み込んでいった剣と戦闘の世界。
浮遊城<<アインクラッド>>

最早何時になるか分からぬほど以前から茅場晶彦の、自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)として彼の頭脳を占めていたモノ。
その後、一万もの人間のもう一つの現実となったモノ。

行ってみたい。そう思った。

恐らく、あれは自分が創ったアインクラッドを再現したものなのだろう。
本当に、子供のころ自分が夢想した鉄の城とはやはり違うものだと言う事は承知している。
しかし、それでもバーチャルではなく確かな現実のあの世界の大地を踏みしめたい。
そんな事を思いながら男は暫く立ち尽くす。


「…いかんな。自分のすべき事を忘れる所だった」


かぶりを振って眼鏡を外し、黒の無人ボックスに向き合う。
心の底では、もう少し、あの城を見ていたいという気持ちがあったが、現状ではいくら見つめても赴くことはできないだろうと判断した。

何しろ、行くための道がないのだ。
例え空を飛ぶ事が出来る参加者がいたとしても、自殺行為だという確信が持てる。
今は大地を踏みしめている事と、この位置からならばアインクラッドが見えるため恐れることはないが、
大地から離れ、上も下も分からぬ濃霧の中飛行すれば、あっという間に空間を把握できなくなる。
上がっているつもりで奈落に向けて飛行していた…などという事態も起こるかもしれない。

それに、もし辿り着けたとしても、容赦なく広川は首輪を爆破するだろう。
迷宮区の踏破とボスの撃破が次の階層へ行く絶対条件とはいえ、アインクラッド内部までエリアに含めてしまえば、殺し合いそのものが千日手なりかねないためだ。

ならば優勝してあそこへ通じる転移結晶か回廊結晶を主催に願うのも一興か――そんな愚にもつかない考えに苦笑しながらボックスの中に入り、中のATMの様なデザインの機会を見据える。



『いらっしゃいませ。こちらは、首輪交換コーナーです。首輪をお持ちの方は、こちらにお入れくださいませ』


指示のとおりに首輪を投入。
解析に使えるであろう首輪を手放すのは一瞬逡巡が生じたが、
既にこのバトル・ロワイアルから永久退場している参加者はまだまだ存在するので他の参加者に協力を仰げば首輪を新たに手に入れるのはそう困難なことではないと踏んだ。

エドワード・エルリックジョセフ・ジョースター、黒の仲間等、具体的なアテもある。
むしろここで出し惜しみをしていては何かのチャンスを逃すような予感めいたものさえ感じた。


『確認中です…首輪ランク3.コード、ノーベンバー11。他に首輪をお持ちですか?』


ふむ、と交換機の指示を聞いてヒースクリフは一考する。
ノーベンバー11と言う参加者についての人となりは知らない。
出会ったとき彼は既に死体だったから当然である。
だが、ランク3と言うことは少なくとも一般人では無かったのだろう、異能者と呼ばれるものだったのかは知る由も無いが。


『それでは、ご用件をお願いします』


画面が切り替わり、『道具交換』と『情報交換』のボタンが現れる。
その丁度中間の地点で――ヒースクリフの指が止まった。


「……さて、どうしたものかな」


正直な所彼にはどちらでも良かった。
どちらにせよ首輪一個で得られる情報や支給品などタカが知れているだろう。
彼が期待しているのは、この交換による、主催陣営との接触だ。
あくまで交換はその手段であって目的ではない。
自身の長剣が出てくるのであれば、迷わず追加支給品のボタンを押すのだが、
残念ながら最初ディパックに入っていたものと同じくランダムらしい。


「武器でなくとも、コンピューターの類ならばまだ良いのだがね」


自分の残りの支給品は指輪だった。
宝石に、指輪に、眼鏡。
彼に幼い娘などがいればいい土産になったかもしれないが、勿論そんなことは無いため広川は渡す人選を間違えていると言う他ない。


「もっとも、彼女は指輪など渡されても喜びはしないだろうが…」


脳裏をよぎるは、長野の山中に身を潜めていた自分を見つけ出し、
共犯者になることを選んだ、かつての茅場晶彦にとって恋人、そう呼べる存在だった女性。


「困った人だった、本当に」


彼女がもし、ここにいたら自分はどうしていただろうか。
そんな事を考えながら瞼を閉じる。
だが、それも一瞬の事だ。
彼の頭脳は、意味のない『IF』に思考を裂き続けることは無いのだから。


そして、その指はボタンへと延び、





直後、意識が暗転した。




「……?」


気づけば、自分はボックスから外に出ているようだった。
しかし、勿論出た覚えはない。
夢遊病を患った覚えもだ。


「これは…」


狐に化かされた様な感覚に陥りながらも、周囲を注意深く確認すると三歩程先に、見慣れた長剣が見えた。

見間違えるはずもない、あれはまさしく自分の剣。

アインクラッドにて、茅場晶彦を聖騎士ヒースクリフたらしめた剣(つるぎ)だ。
手を伸ばし今度は感触で検める。
重さと言い、手になじむ感覚と言い、完璧なまでに再現されていた。

検分した剣を鞘に収めつつ辺りを見渡すが、周囲は数分前と何一つ変わってはいなかった。
草木の一本さえ、不気味な程に。
誰かがこの剣を置いて行った訳でもなく、この剣が地面から生えてきた訳でも無いならば、やはり首輪の交換機から齎された物だろう。

「有難いが、どんな情報を得られるか少し期待していたのだがな」

周囲の風景から明らかに浮きながらも不気味に佇む黒のボックスを見ながら、小さく嘆息した。
剣を置いて行ったのは主催者なのかもしれないが――此方の意識が無い時では意味は限りなく薄い。
神聖剣を手に入れるという一つの目的は達成されたことになるが、もう一つの主催者の接触という目的は空振りに終わったらしい。

神聖剣の入手方法も元GMとして今一つ釈然としないものを感じ、憤懣やるかた無いものを抱かざるを得なかった。

「まぁ、仕方がないな。機はまた直ぐに訪れるだろう」

そう結論付け、再び出発しようとしたその時だった。


ヒースクリフの背後に、アラーム音が鳴り響いた。
素早く振り返り、後ろを確認する。
だが、誰もいない。
しかし、幻聴ではないと言わんばかりに音はもう一度鳴り響く。
音源の近さから、どうやら音はディパックの中から響いているらしい。

「ここからか」

背負っていたディパックを下ろし、音の正体を探す。
そして、デバイスを取り出した所で…手が止まった。


煌々と光を放つデバイスの画面に、新しいアイコンが追加されていたのだ。


「空振りと判断するのは早計だったらしい」

そう呟きながら、新しく追加されたアイコンをタップする。
すると、ウィンドウが切り替わった。


「ほう」

切り替わった画面は、彼にも見覚えのあるチャット機能が映されていた。
鷲のような瞳を興味深げに細め、一番上にあった奇妙な仮面のようなアイコンをタップする。


UB001:こんにちは、ヒークリフ…いや、茅場晶彦さん。

タイミングを計っていたかのように既に自分宛のメッセージが記されていたことに舌を巻きながら、間髪入れずメッセージの下にある返信ボタンから返信する。


KoB:初めまして、先ほどの事は貴方が?


返信メッセージの隣にKoBと言う文字が表示された事にヒースクリフは眉をひそめた。
このKoBと言うのはまず間違いなく自分の事を示す記号――血盟騎士団の通称から来ているのだろう。
少なくとも画面の向こうの相手は自分の事をある程度把握しているらしい。
そして、文体から広川では無い事、女性らしい事が察せる。

UB001:えぇ、気に入ってくれた?

タイミング的に彼/或いは彼女以外に有り得ないと踏んでいたが、予想通りだった様だ
そのまま質問を連ねる。


KoB:貴方は、のバトル・ロワイアルの参加者なのか?


返信のメッセージが来たのは、たっぷり2分ほど経った後だった。


UB001:えぇ、薄々予想している通り、私は参加者じゃないわ。
コンタクトを取ったのも、“あの人たち”との決定じゃなくて私の独断。



証拠といわんばかりに、ヒースクリフの情報が開示されていく。
経歴から家族構成、SAOでの足跡までだ。
明らかに、参加者では知りえない情報だった。
ドクン、とその文字の羅列を見た瞬間、年甲斐もなく高揚する感覚を覚えた。
自分は今、プレイヤーとしてこのバトル・ロワアイルと言う壮大なゲームのG・Mの一人と向き合っている。
キリト君も自分の正体を暴いたとき、こんな感情を抱いたのだろうかと考えながら、新たに文字を綴っていく。


KoB:独断と言ったが、首輪の交換装置を使用すると君たちと接触できるわけではないと?
UB001:勿論。私が貴方と接触するべきと判断したのは、貴方が私が指定する依頼(イベント)に合理的な判断ができると思ったから。
最も、逢いたい人は別にいるんだけどね。

KoB:イベントとは?


逢いたい人というワードにも興味が合ったが、独断で動こうとする主催者の内の一人が、どんな指令を下すのか、ヒースクリフは純粋な興味のままに尋ねる。
ともすれば、10人を超える人間の首輪を集めてこいといった物かもしれない。
無論報酬が提示されていないため、決定基準は興が乗るかどうかだが。


直後、またUB001と言うハンドルネームの者からメッセージが送られてきた。
先ほどまでと違う点は、添付画像があった事だ。


好奇心に身を任せ、骨ばった手で画像のリンクをタップする。
その時彼は、画面の向こうにいる人物の琥珀色の瞳を幻視した気がした。
そして、そこに映っていたものは―――、


首輪交換機を使用してから30分ほど後、
ヒースクリフは人を超えた速度で、大地を駆けていた。
進む方角は南。


「ふむ、やはり敏捷値も完璧に再現されているか」


駆けながら先ほど承諾した主催者の一人からの依頼に思いを馳せ、独りごちる。


「君とは奇妙な縁があるようだな黒君」


結論を言えば、UB001、の主催者の一人の依頼は至極簡単なものだった。
ただ添付されていた画像に映っていた参加者の一人と接触しろと言うだけだったのだから。

問題は、その参加者は先ほどあった男、黒が何よりも再会を渇望していた――銀という少女だった事だ。
黒によると銀と言う少女は殺し合いどころか盲目で日常生活すら補助が必要らしい。
ならば、殺し合いに乗っている可能性も極低く、穏当に接触する事ができるだろう。
もしUB001が主催者を騙っているとしても、ただ会うだけならば何の害にもならない…ヒースクリフはそう判断を下した。


一度立ち止まり、デバイスを再び確認する。
アイコンは変わらずそこにあったが、どうやら今は凍結されているらしい。
ハッキング等の行為も考えてみたが、そのためのツールもプログラムも生憎このデバイスは持ち合わせていない様だ。
だが、このイベントをこなせば、遠からずまたコンタクトをとるとメッセージには書かれていた。
何にせよパイプを作る事ができたのは有難い。
短い交流だったが、いくつか確証が取れた事もある。

一つは、このバトル・ロワイアルと言うデスゲームを起こしたのは特定の組織ではなく、あくまで個人の集まりだと言う事。

もう一つは個人の集まりゆえか、自分がかつてSAOで作り上げたギルド、血盟騎士団の様に一枚岩ではないという事。

さすがに内輪もめで崩壊するほどシステム管理は脆弱ではないだろうが、歪な協力体制だ、綻びは生じるだろう。


「黒君、君たちは一体どんな関係なのかな」


銀を求める以上黒とも関わりのある人物である事可能性は高い。
余計な面倒ごとを避けるため、主催の協力者らしき人物とコンタクトが取れた事はできる限り内密にするつもりだが、
黒と合流して、知り合いに心当たりが無いか聞いてみるのもいいかもしれない。
漠然とした目的がハッキリと形を持ってくるのを感じて、思わず微笑む。
神聖剣も手に戻った以上、戦闘もここからは可能だ。



「受けてたとう…ゲームマスター、茅場晶彦ではなく、プレイヤー、ヒースクリフとして」



システムの限界を超え、人間の可能性を示した剣士によく似たコートを纏った男の姿を脳裏に浮かべながら、真紅の聖騎士は殺戮の大地を征く。


【H-4/一日目/夕方】

ヒースクリフ(茅場晶彦)@ソードアートオンライン】
[状態]:健康、異能に対する高揚感と興味
[装備]:神聖剣十字盾@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:基本支給品一式、グリーフシード(有効期限あり)×2@魔法少女まどか☆マギカ、指輪@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞、クマお手製眼鏡@PERSONA4 the Animation
[思考]
基本:主催への接触(優勝も視野に入れる)
0:もっと異能を知りたい。見てみたい。
1:銀と言う少女を探す 。
2:黒とできれば合流したい。
3:チャットの件を他の参加者に伝えるかどうか様子を見る。
4:主催者との接触。


[備考]
※参戦時期は1期におけるアインクラッド編終盤のキリトと相討った直後。
※ステータスは死亡直前の物が使用出来るが、不死スキルは失われている。
※キリト同様に生身の肉体は主催の管理下に置かれており、HPが0になると本体も死亡する。
※電脳化(自身の脳への高出力マイクロ波スキャニング)を行う以前に本体が確保されていた為、電脳化はしていない(茅場本人はこの事実に気付いていない)。
※ダメージの回復速度は回復アイテムを使用しない場合は実際の人間と大差変わりない。
※この世界を現実だと認識しました。
DIOがスタンド使い及び吸血鬼だと知りました。
※平行世界の存在を認識しました。
※アインクラッド周辺には深い霧が立ち込めています。
※チャットの詳細な内容は後続の書き手にお任せします。
※デバイスに追加された機能は現在凍結されています。



141:銀を求めた黒は赤と会う ヒースクリフ(茅場晶彦) 164:交差
最終更新:2016年12月30日 22:42