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生の確立 ◆MoMtB45b5k


地図上ではF-6にあたる市街地を、金髪の女性が歩む。

2度目の放送が流れた。
読み上げられた12人。
その中には、最愛の人であるタスク、戦友であるヒルダ、宿敵であるエンブリヲの名はなく。
そして、自分の目の前で消滅していったキリトの名前があった。
さらに最後に呼ばれた「クロエ・フォン・アインツベルン」。先ほど共に戦ったイリヤはアインツベルンと名乗っていなかったか。
詳しいことは聞けずじまいだったが、もし妹か姉が死んでしまったのなら、彼女のことも心配だ。
――だが、最大の問題は。

サリア――!」

エンブリヲに篭絡されていたころから呼ばれた、かつての仲間。
雷を操る道具の爆発で吹き飛ばされていった彼女の名前は、呼ばれることはなかった。

「エンブリヲの犬の分際で、随分としぶといじゃないの」

彼女はこの場で少なくとも3人もの人間を手にかけている。
生かしておけば被害を拡大させていくのは明白。
命をかけて彼女の目を覚まさせたジルはここにはいない。
殺人鬼と化した彼女に引導を渡せるのは、自分しかいないのだ。

「墓はちゃんと建ててあげるわ。……首を洗って、待っていなさい」

乱戦の中で記憶はあやふやだが、サリアが吹き飛んで行った場所はおそらく、地図ではここから東を流れる川の方角。
エンブリヲは付近にいるらしいが、キリトは死んでしまい正確な情報は聞き損ねた。そこにいれば僥倖だ。

覚悟を胸に秘め、女傑は歩を進める。






「――!」

同エリア内。
西を目指していた後藤は、ちょうど自分と反対方向に人間の気配を感じる。

「……1人か」

首輪探知機を取り出して眺めながら、まだ見ぬ敵を思う。
ここまで幾度も戦いを重ねる中で、5体の寄生生物のうち3体を失った。
だがその代償として、全身に散らばった2体の寄生生物が、身体能力の向上をもたらしてもいる。

「丁度いい」

この体にはいまだ慣れていない。
今後のためにも、戦闘を行っておくことは有益だ。
むろん何の力もない一般人の可能性もあるが、それならば喰らって栄養源とすればいい。
いずれにせよ、迫る泉新一との戦いの前に、この体での経験を積むことは確実に損にはならない。

後藤は進路を変え、人の気配のする方へ走り出した。






「――ッ!!!」

川へ向かっていたアンジュ
だが、不意に強烈な殺気を感じる。
振り返った瞬間、何かが猛スピードで飛来してきた。
それをかわすと同時に、殺気の方向に向けて銃弾を撃ち込む。


「誰!? 出てきなさい!」

「……なかなかだ」

建物のかげからぬっと現れたのは、1人の中年男性。

「いきなりこんな代物をくれるなんて、随分とご挨拶じゃないの」

アンジュは傍らから、投げつけられたもの――10センチほどのコンクリート片を拾い上げ、投げ返す。

「反応速度を見させてもらった」

後藤はそれを悠々と回避する。

「お前なら十分だ。新たなこの体に力を与えるため――糧になってもらおう」

左手を刃に変化させ、アンジュに迫る。

「冗談っ!!」

アンジュは銃を構え直し、発射する。
だが。

(……っ!!)

速い。
銃弾は命中することなく、空しく地面をえぐっていく。

(こいつ……ドラゴンと同じか、それ以上……)

銃撃戦の経験も豊富なアンジュではあるが、本領はラグナメイルに騎乗しての空中戦にある。
後藤のような怪物を相手に生身、しかも一対一では分が悪い。
しかも今の後藤は、身体能力が格段に向上してもいる。
かつて地上に墜落したドラゴンを強引に倒した時とは、あまりにもレベルが違いすぎた。

「もっとよく狙え」

(!)

気がつけば、距離を詰められている。
刃が体に迫る。

(ぐ――)

身をよじり、全力で刃を回避。
回避しつつ何とか1発、銃弾を撃ち込む。
察した後藤は瞬時に後退し、同時に蹴りをも入れる。

(つぅ……ッ)

結果、アンジュの体を捉えた刃は、右の肩口に深い傷を作るに留まり、致命傷には至らない。
が、離れ際に放たれた後藤の足は胴体を掠めていた。

「はあ、はあ……」

余裕のある体勢ではなかったにも関わらず、足の掠めたアンジュの腹部の服は真一文字に破れ、皮膚からは血すら流れている。

「この体……不安もあったが、体の力だけなら5体の時よりも上かもしれん。
 お前の反応速度と射撃はなかなかだが、それまでだな」

脇腹から垂れる血をぬぐう後藤。
接近時のアンジュの一発もまた、わずかに後藤の体を掠めていた。
だが、両者のダメージの差は明らかである。

「……っさいわね……」

だがアンジュは、この場面で怯むような女では決してない。

「いきなり現れて、名乗りもせずに偉そうに講釈垂れてんじゃないわよ、この化け物」

肩の傷を抑えながら、後藤に向き直る。

「後藤だ。名乗っていなかったな」

「後藤……?」

聞き覚えがある名前だ。
この制服を手に入れた音ノ木坂学院で会った泉新一、田村玲子
彼らから聞いた、彼らと同じ存在である寄生生物。

「アンジュよ。――そう、あんたが後藤なのね」

その瞬間、後藤の纏っている雰囲気が変化した。

「俺を知っている……? 誰から聞いた。泉新一か」

「教えるもんですか、この化け物オヤジ!」

話している間に密かに後退していたアンジュは、再び後藤に銃を向け発砲する。

(どうする……)

強がってはみたが、後藤は今の自分1人で叶う相手ではないことは明らかだ。
このまま戦闘を続ければ、確実に自分は死ぬ。
だが背中を見せて逃げようとすれば、その瞬間に追いつかれてやはり死ぬだろう。

(! そうだ……)

その時アンジュの脳裏をよぎったのは、デイパックの中の一つの武器。

(一か八か、やるしかないわね……っ!)

「むっ!?」

後藤の表情が変化する。
後退しながら銃を撃っていたアンジュが、突然横に飛び、建物の中に入っていったのだ。




金髪の女の背を見ている。
その後ろ姿に、男の影が寄り添う。

「アンジュ!」

射殺さんばかりの形相で、サリアはアンジュを睨み付ける。

「エンブリヲ様! 何故です!」

そのまま2人に掴みかかろうとするが、まるで星でも追いかけているように、なぜか自分との距離が狭まることない。
気がつけば、2人の傍には多くの人が寄り集まっていた。
アルゼナルの仲間たち。ヒルダにヴィヴィアンにエルシャ、クリス、ロザリー。
アンジュがいつも侍らせているモモカや、タスクという男。上司のジルに市場のジャスミン、死んだはずのゾーラ隊長の姿まで見える。
皆に共通するのは、2人を心から祝福するような笑顔。

「アンジュ、こっちを見なさい、アンジュ――!」

人込みはさらに増えていく。
その中には妙な右手の少年、死んだような目をした少年、黒髪の少女、同じく黒髪で剣を携えた少女。
白髪の若い男、妙な右手の少年と同じ気配の女、金髪ロール髪の少女、黒コートの少年、制服を着た小柄な少女――などの姿が見える。
彼らの表情も、アルゼナルの仲間たちと全く同じだった。
すなわち、アンジュの幸せを心から喜ぶ笑顔。

「エンブリヲ様! なぜそのような女と!」

どんなに叫んでも、声が届いている様子はない。
アンジュはやがて、その手にエンブリヲの口づけを受けると、見慣れた機体に乗り込んでいく。

「アンジュ! それは私のものよ! 返しなさい、アンジュ!」

ヴィルキスに乗って、アンジュはどこまでも高く飛翔する。
エンブリヲも、2人を取り囲んでいた人々も、それに向かって手を振り、歓声を送り続ける。
サリアの声はもはや誰にも届かない。

「アンジュ! 殺してやるわ! アンジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!」






「アンジュ!」

飛び起きると、目の前には川が流れていた。

(なんて夢なの……)

実に不快な気分だ。
目を覚ましたサリアが思い出すのは、忌々しいアンジュに敗れて吹き飛ばされた記憶。

(殺してやる、アンジュ……)

許せない。
地位も仲間も信頼も、エンブリヲ様も。何もかも奪っていくあの女が。
妄愛の少女は、かつての戦友への殺意だけをひたすら燃やし続ける。
と、対岸の市街地のほうから銃声が聞こえてきた。

(確かあの女、銃を持ってたわね……)

今は左手に装着した分のみになったアドラメレクを確認すると、人1人を殺すには十分なエネルギーが最充填されている。
あの市街地は、キリトという男がエンブリヲ様に会ったという場所。
元々探索するつもりだった場所だ。
エンブリヲ様や憎きアンジュのいる確証はないが、まずは銃声の聞こえた場所を探ることにする。

「エンブリヲ様……今参ります」

サリアは疲弊した体に鞭打ち、橋を目指して歩み始めた。






「何を隠れている!」

アンジュを追って後藤が入っていったのは、5階建てほどの小さい雑居ビルだった。
1階部分をあらかた調べ終わると、叫びながら側面の階段を上っていく。

「戦え!」

叫びながら後藤は考える。
なぜあの女は突然このような行動に出たのか。

(罠か? しかし……)

後藤が今いるのは4階。
ここまで調べた限りでは、何らかの罠が仕掛けられた気配はない。
また、戦った時の様子からすると、彼女は射撃に秀でてはいるがごく普通の人間の域を出ない。
『異能』の匂いは感じなかった。

(――ここか)

最上階に昇っていくと、人の気配を感じる。

(あまりにバレバレだ。――何の小細工を仕掛けたのかは知らんが)

部屋に入っていき、気配の元を探っていく。

「見つけたぞ」

「……!」

女がいたのは、小さなトイレの中であった。

「隠れていたつもりか」

嘲るように言い放つ後藤に、アンジュは無言で弾丸を放つ。
が、それは見当外れの方向に飛んでいく。後藤は易々とそれを回避。

「弾切れか。不便なものだな」

更に撃とうとするも、そこで銃弾が尽きる。
弾倉を再装填する隙は、今は皆無。

「少々期待は外れたが……そこそこの肩慣らしにはなった」

止めを刺すべく近付いていく。

「教えろ。泉新一と田村玲子はどこだ」

その言葉にも、アンジュは沈黙を守る。

「……答えんなら構わん。あとは俺の糧となってもらおう」

泉新一のおおよその居場所はわかっている。拷問などを行う技術も時間も、後藤にはない。
近付きながら頭部を変形させる。
牙だらけの異形の口が、アンジュの頭を齧り取らんと迫り――。

(今っ!)

その瞬間、アンジュは傍らに置いていたデイパックから刀を取り出し。
後藤の体を捉えんと、一気に刺突を繰り出した。

「ぬうっ!!?」

アンジュの武器は銃だけだと思っていた後藤は驚愕する。
確実に首を齧り取るために近付いていたこともあり、完全な回避は遅れる。
左腕の刃を刀にぶつけることで、刀の軌道を反らす。
ギインという激しい音が室内に鳴り響く。
刀がアンジュの手を離れて飛ぶ。
その先端は数センチにわたって切り飛ばされ、後藤の体を掠める。
後藤はそのまま後ろに飛ぶ。
数メートルの距離を挟み、両者は再び向かい合う。

「刀とはな。狙いそのものはよかった。だが、扱いは銃に比べたらまるで素人だ。
 俺には通じん……。では、今度こそ頂こう」

刀も銃もすでに女の手にはなく、デイパックに手を入れるような隙ももうない。
もはや危険要素は皆無。再度頭を変形させ、一歩ずつその体に迫っていく。

「終わりはあんたよ」

「……何?」

その時、この建物の中で2人が対峙してから、アンジュが初めて言葉を発した。

「気付かないのかしら? 自分の図体を見てみたらどうかしら」

「――な」

アンジュの言葉に、胴体に目を向けた後藤の双眸が驚愕に見開かれる。
切り飛ばされた刀の先端が掠め、僅かにできた傷。
そこから黒い紋様が浮かび上がり、さらに後藤の体を覆っていた。


「何だ、これは……――ぐうっ!?」

後藤の全身を苦痛が襲った。
その巨体が、どうと床に倒れ伏す。

「この刀はね……傷を付けた瞬間にあんたの体に毒を流し込むの。
 そこからあっという間にお陀仏って寸法よ」

もう聞こえてないかもしれないかもね、とも付け加え、アンジュは倒れたままの後藤に言い放つ。

「さてと、行かなきゃね」

始末を付けた以上、この場に留まる理由は何もない。
アンジュは部屋を出て、階段を降りていった。






(本当に一撃なのね……)

市街地を行きながら、鞘に収めた、先端の欠けた刀を眺める。
触れれば相手を即死させる刀。
だが、自分の本領は銃器にある。刀剣の扱いには慣れていない。
傷を付けるには、確実に接近させる必要があった。
そのため、屋外ではなく建物の中に誘い込む。
あの調子ならば、後藤は必ず自分を追ってくると踏んだ。
わざわざ個室のトイレという狭い場所に隠れたのも、後藤を自分に近づけるため。
銃弾を一発だけ残しておいてわざと外したのは、「武器は銃だけ」ということをより強く印象づけるためだ。

(不思議ね……。これが今度は、私の力になるなんて)

少年――キリトは、この刀で最愛の従者であるモモカを事故死させてしまった。
その刀が今は自分のもとにあり、敵を倒す決め手となった。

(これも、あなたが私を守ってくれたことになるのかしら?……モモカ)

皮肉な巡り合わせに思いを馳せ。
肩の傷と蹴りによる腹部の痛み、さらに原因に気付けていないが、村雨の力を使用したことによる疲労がアンジュを襲う。
それらに耐えながら、川の方角へ向けて歩みを進める。

「――!」

その前に、ふと人影が現れた。
その姿は、間違えようはずもない。
追い求めていた相手であり、今は仇敵の僕と化した、かつての戦友。

「サリア――!!!」






「ごきげんあそばせ、アンジュ。
 その傷は誰にやられたのかしら? 実に無様ね」

全身は濡れそぼり、顔には疲労の色を濃く浮かべながらも。
サリアの嘲るような口調は、先ほどやり合っていたころと何も変わっていない。

「あら、あんたこそずぶ濡れじゃない。水も滴るバカ女ってところかしら?
 それにそのお顔のお化粧、随分お似合いよ。愛しのエンブリヲ様にベッドの上でたっぷり愛でてもらうといいわ」

対するアンジュも、一歩も引かず毒舌を飛ばす。

「アンジュ、あんた――!!」

その言葉に、サリアは顔を歪ませる。
殺意と傷が相まって、その面相は凄絶なものになっていた。

「殺す……今度こそ絶対に殺してやるわ……!」

アドラメレクをアンジュに突きつける。

「殺す? はっ、知ってるわよ。その玩具、もう電気は残ってないんでしょ。
 今じゃニワトリだって殺せはしないわよ」

対するアンジュも、再装填を終えた銃をサリアに向ける。

「ざーんねん。今はあの時から時間が経ってるから、パワーはきっちり溜まってるわ。
 アンジュ、あんたが惨めに感電して、小便を垂れ流しなら死んでいくには十分すぎる量よ」

「漏らすのはどっちの方かしら? サリア。
 こっちはね、あんたを確実に殺す手段をちゃんと用意してるのよ」

少女にはあまりに似つかわしくない、触れれば切り裂かれるような殺気を放ちながら、2人は向かい合う。

アンジュは考える。
ハッタリではなく、あの籠手は実際に回復しているのだろう。
ならば市街地の地形を利しながら接近戦に持ち込み、村雨で切りつけて確実に殺す。

サリアは考える。
先ほど遅れを取ったのは多人数を相手にしていたからだ。
今は一対一。何を隠しているのかは知らないが、確実に殺す。

その時だった。
突如、サリアの目が驚愕に見開かれた。
何者かの影がアンジュの背後の建物から飛び降り、ものすごい速さで2人に近付いていた。

「アンジュ!! 後ろ――」

「え――?」

サリアが叫んだ時には全ては終わっていた。
第三の襲撃者――後藤の頭部が変形した刃が、アンジュの胸を刺し貫いていた。






「な……んで」

事態の急変と、激痛に混乱しながらも、アンジュは襲撃者に向き直る。

「死んだ……はずじゃ」

「人間ならな」

膝をつくアンジュに、後藤は言い放つ。

暗殺者集団・ナイトレイドのエースであるアカメの帝具、一撃必殺村雨。
その効果は、付けた傷口から刀身がまとう呪毒を流し込み、それが心臓に達することによって死に至らしめるというもの。
だが、翻って先ほどの戦闘を見ると。
後藤の体に傷を付けたのは、切り飛ばされた刀の先端部分のみ。
それが元からの村雨の仕様なのか、主催者が課した制限なのかは今となっては分からないが。
流れ込んだ呪毒の量は、本来よりも格段に少なくなっていた。

「あいにく俺の体には、辛うじて命が2つあったんでな。利用させてもらったまでだ」

だが瞬殺はできずとも、数十秒もすれば毒が心臓に回って死に至ることは変わりない。
しかしそれは、後藤が常人ならばの話だ。
先ほどまでの後藤の全身には、2体の細切れになった寄生生物が血流に乗って散らばり、広がっていた。
彼らが呪毒に対し、自らの身を犠牲にしながら抵抗する役割を果たしたのだ。
そして頭部を占める後藤は、このままでは足りず、いずれ毒は心臓に達する可能性があると理解する。
それを防ぐために、左手にある残り1体の寄生生物を、毒が回ってくる前に新たに心臓に融合させることを躊躇なく決断。
寄生生物の学習能力は極めて高い。心臓形成は先ほど経験済みだ。
その上今回は心臓そのものが失われたわけではないため、肉体の壊死の心配も軽い。
融合は先ほど胸に風穴を開けられた時よりも格段に速く終わった。
そして、心臓に加わった3体目の寄生生物は細分化され、血流に乗り後藤の体内に行きわたる。
抵抗する既存の寄生生物たちに、彼らが新た加勢し。
――村雨の呪毒は、ついに相殺された。

「……だが、これは俺がここで出会った中でも最上級の異能だ。
 建物に入っていったのはこのためか。まんまとしてやられたぞ、女」

もし5体の寄生生物が万全ならば、呪毒に対して統率を失い、後藤の体は四散していたかもしれない。
5体のうち3体を失っていたことが、皮肉にも後藤の復活を助ける結果となったのだ。

「……褒められても、……っ、何も嬉しくないわよ……サリア!」

呆然とへたりこんでいたサリアに、首輪を投げつける。

「……行って。それを……ヒース、クリフって奴に、……っ見せなさい」

「え、あ、あ、私……」

「早く失せなさい!! このバカ女!!!」

サリアは、大声を出してせき込むアンジュの姿に我に返る。
慌てて首輪を拾い上げ、足をもつれさせながら逃げていく。

「追わ、ないの……?」

「あいにく、不慣れなこの体ではな。予定通り、まずはお前から頂こう」

「くっ……!」

懸命に村雨を向けるアンジュ。
だが、刀は後藤の刃によって、手首ごと斬り飛ばされる。

「ぐああ……っ」

「さすがにそれを2度喰らったら、今度こそ後がないんでな。
 ……そうだな、改めて最後に聞いておこう。泉新一と田村玲子はどこだ」

更なる激痛に手を抑え倒れ伏すアンジュに、後藤は問いかける。

「言う……もん……ですか」

「そうか。ならば構わん」

異形の口を空け、後藤が迫る。
3度目となるその光景を見ながら、アンジュの脳裏には新兵のころの光景が浮かんでいた。

(そうか、私のせいで死んだあの子、食い殺されたんだっけ。
 今になって私が同じように死ぬなんて、因果応報ね……)

心残りは多すぎるほどあった。
最愛の人であるタスクと、戦友のヒルダ。彼らを残して逝く。
仇敵のエンブリヲには弾の一発もくれてやることができない。
そして、最後に浮かぶのは――

(サリア……。――はっ、人生最後に思い浮かべるのがよりによってあんたの顔だなんて、最悪よ)

だが、一方で思う。
殺したいなら、首輪など渡さずに目の前の怪物をけしかければよかった。
サリアがバカ女なら、そのバカ女を結局は守ろうとしている自分は何なのか。

(――!)

怪物の牙は無慈悲に迫る。
これから死ぬ人間が生者に想いを馳せる時間は、もう残されていない。

「お願い、生きて――」

言葉にすれば、何のことはない。
女傑が最後に願ったのは、ただみんなが平和に暮らすこと。






「……やれやれ、とんだ肩慣らしだ」

食事を終えた後藤は、人間らしくため息などをついてみせた。

「ついに頭だけか」

殺し合いが始まって半日あまり。
5頭の化け物は、ついに1頭の化け物になり果てた。

「体は……残っているな」

心臓から全身に行きわたった、細切れの寄生生物。
最初に2体分が行きわたり、それが毒に潰され、新たに融合した1体分が拡散し、さらに毒に抵抗した。

「7割……、いや、7割5分か」

最初の2体分を10割とするなら、今この体に残っているのはぎりぎり7割5分といったところか。
先ほど行ったように、演武のように中空に向けてパンチやキックを繰り出す。
垂直に飛んでみると、その高さは4メートルほど。

「やはり、落ちているな」

全身に散らばった寄生生物の2割以上を失ったのに加え、左手の刃まで喪失している。
本格的に体に慣れる前の戦力低下は大きすぎる痛手だ。
だが、人間を屠り去る分には、この程度は誤差とはいえる。

「足りん」

それでも、この場には異能を使うものはまだまだ潜んでいる可能性がある。
それに対抗するには、今のままでは心もとない。
後藤は落ちていた銃を拾い上げる。

「ふむ……」

戦いを行う上で、使ったことはなくとも人間の扱う武器については一通り頭に入れてある。
構えると、15メートルほど離れたところにある標識に向けて狙いを定める。
引き金を引くと、乾いた発射音が鳴った瞬間、標識の真ん中に穴が空いた。

「次はこれか……」

女の手首と共に落ちている、先端の欠けた刀。
自分を一度は倒した武器。
手首を口に放り込みながら、手近にある店の中に踏み入っていく。
そして、適当な実験台――木製の椅子を引っ張り出す。

「ふッ」

そして刀を構えると、椅子に向かって刀を振り下ろす。
数秒後、真っ二つになった椅子は、ぱかりと花開くように倒れる。

「……なかなかだ。業物というのか」

椅子の切断面を撫でながら呟く後藤。

「だが、これはできれば使わずにおくべきだな」

原理はわからないが、この刀はわずかでも傷を付けた場所から毒を流し込む。
後藤の餌は人体である。
毒の回った餌など、もはや餌でも何でもない。
さらに後藤は日本刀の扱いには熟達しているわけではない。
戦っているうちにうっかり自分自身が傷付いて死んでしまった、など洒落にもならない。
また、自分の刃を側面に打ち付けたことで折れたことを考えると、あまり固いものにぶつけるのも避けた方がよさそうだ。
日本刀は鉄をも斬るというが、効果の強力さを考えると、この場では刀自体の本来の強度は制限されているのかもしれない。
いずれにせよ濫用は控えるべき武器だ。
使わねば死ぬ、という事態の時までとっておくべきだろう。

「……これは」

さらにアンジュの持っていたデイパックを探ると、武器になりそうなものは1つ。
農作業具に鎖が付き、さらにその先に分銅が付いている代物だった。
後藤はしばらくそれを弄んでいたが、やがて何か得心がいったような顔で、再び店の中に踏み入っていく。

「はっ」

構えると、分銅を投げつける。
ものすごい速さで発射された分銅は、棚の上にあった調度品を木端微塵に破壊した。

「むん!」

分銅を手に戻すと、間髪入れず今度は店の奥の植木鉢に向かって投げる。
鎖が子どもの背丈ほどの高さの造木に巻き付く。腕力で一気に引き寄せると、左手に持った鎌で切り付ける。

「……理解はした。遠近両用の武器というわけか」

すっぱりと切れたプラスチックの木を見やりながら、後藤は考える。
分銅を当てれば人間の頭を破壊できるし、鎖で引き寄せたところを鎌で一撃、という戦い方も可能だ。
銃や刀剣とは違う分、本格的な立ち回りには熟練が要求されるかもしれない。

「いずれにせよ、先ほどよりもさらに人間に近い戦いを強いられたわけか」

ここに来て、5体のうち4対の寄生生物を失った。
プロテクターも刃も失ったが、失うたびに自分は確実に人間の体に近づいていっているという感触がある。
だが同時に、闘争本能は研ぎ澄まされていく。
イメージでいうなら、5体の時のものがどろどろした溶岩であったのに対し、今は鋭い針のようなものか。

「さて――。この首輪をどうするか」

最後に落ちていた金髪の女の首輪を拾う。
女が言っていた名前が引っかかる。
ヒースクリフという名は名簿にある。

「……いや。やはり、後回しだな」

首輪も気になるが、この場における最優先課題は、やはり寄生生物の供給であり、この体での戦闘経験を積むことだ。
高い身体能力は残っているとはいえ、左手の刃まで失った以上、不用意に最大の目標以外の寄り道は避けるべきだ。

「奴は西にいるか……禁止エリアを避け、一旦は北上する必要があるな」

求めるのは、泉新一。
退化と進化をその体に同居させ、怪物は改めてその下へ向かう。




【F-6/市街地/一日目/午後】

【後藤@寄生獣 セイの格率】
[状態]:寄生生物一体分を欠損、寄生生物三体が全身に散らばって融合
[装備]:S&W M29(5/6)@現実、鎖鎌@現実
[道具]:基本支給品、首輪探知機、拡声器、スピーカー、デイパック×2、基本支給品×2、S&W M29の予備弾45@現実、一撃必殺村雨@アカメが斬る!(先端10センチあまり欠損)、アンジュの首輪、不明支給品0~1(アンジュ分、武器らしいものはなし)、不明支給品0~1(キリト分、武器らしいものはなし)
[思考]
基本:優勝する。
0:西に向かいひとまず泉新一と戦い奴の戦闘を学ぶ。黒との戦いは後回しにする。
1:泉新一、田村玲子に勝利し体の一部として取り込む。
2:異能者に対して強い関心と警戒(特に毒や炎、電撃)。
3:セリムを警戒しておく。
4:余裕があれば脱出の手掛かりを集める。首輪も回収する。ヒースクリフ(茅場晶彦)に興味。
5:田村怜子・泉新一を探し取り込んだ後DIOを殺す
6:黒、黒子とはこの身体に慣れてからもう一度戦いたい。
7:武器を使用した戦闘も視野に入れるが、刀(村雨)はなるべく使用しない。
[備考]
※広川死亡以降からの参戦です。
※異能の能力差に対して興味を持っています。
※会場が浮かんでいることを知りました。
※探知機の範囲は狭いため同エリア内でも位置関係によっては捕捉できない場合があります。
※デバイスをレーダー状態にしておくとバッテリーを消費するので常時使用はできません。
※敵の意識に対応する異能対策を習得しました。
※首輪を硬質化のプロテクターで覆い、その上にダミーを作りました。
※首輪の内側と接触している部分は硬質化して変形しません。
※黒い銃(ドミネーター)を警戒しています。
※百獣王化ライオネル@アカメが斬る! は破壊されました。
※寄生生物三体が全身に散らばって融合した結果、生身の運動能力が著しく向上しました。
ただし村雨の呪毒によって削られ、130話「新たな力を求めて」の状態を100%とすると現在は75%程度です。
※寄生生物が0体になった影響で刃は頭部から一つしか出せなくなりました。全身を包むプロテクターも使用できなくなりました。
※ミギーのように一日数時間休眠するかどうかは不明です。











サリアは走っていた。
己の疲労にも構わず、逃げるように走り続ける。

(嘘よ、アンジュ、アンジュ……)

アンジュが死んだ。
あの傷だ。助かるはずもない。
だが、彼女は絶対に殺したかった相手のはずだ。
自分を逃がした姿が、血を吐きながら叫ぶ姿が、頭から離れないのは、なぜなのか。

(嫌、どうして、エンブリヲ様、助けて!)

サリアは混乱する。
橋を渡り、市街地を抜けてなお、彼女の心中は収まらない。
脳裏でエンブリヲとアンジュの顔が交互に入れ替わっていく。

『アンジュ!! 後ろ――』

分からない。
なぜ自分はあの時、憎いアンジュを助けるようなことを叫んだのか。
もう何も分からない。

(エンブリヲ、様……)

歪められた劣等感と恋情と、かつての友への思いの間で揺れ動く彼女は、いかなる運命を辿る……。



【アンジュ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 死亡】



【G-5/市街地外/一日目/午後】

【サリア@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:アンジュの死のショック(大)、疲労(特大)、ダメージ(大)、脇腹に銃弾が掠った傷、顔右側から右手にかけて火傷、両肩負傷(処置済み)、左足負傷(処置済み)
[装備]:“雷神憤怒”アドラメレク@アカメが斬る!(左腕部のみ)、シルヴィアが使ってた銃@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品、賢者の石@鋼の錬金術師、キリトの首輪
[思考・行動]
基本方針:エンブリヲ様と共に殺し合いを打破する。
0:エンブリヲ様に会いたい。
[備考]
※参戦時期は第17話「黒の破壊天使」から第24話「明日なき戦い」Aパート以前の何処かです。
※セリューと情報を交換しました。
友好:セリュー、エスデスウェイブ、マスタング、エドワード、結衣、卯月
危険:高坂穂乃果、白井黒子(自分で敵対者と判断)
不明:小泉花陽
※アドラメレクの帯電残量は1/5ほどです。


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120:さまよう刃 アンジュ GAME OVER
130:新たな力を求めて 後藤 153:堕ちた偶像
120:さまよう刃 サリア
最終更新:2016年01月17日 14:11