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僕たちの行方 ◆BLovELiVE.
(やはり一筋縄でいくものではない、ということか。こうなればやはりこの場のロックを解除した者の腕が分かるな)
音ノ木坂学院の情報室に置かれていたPCに触れる
エンブリヲ。
しかし首輪の解析に必要だと思われるソフトのほとんどにはロックがかかっており、それの解析に時間を取られる有様だ。
ふう、と一息付き、脇に置いてあった紅茶に口をつけながら気持ちを切り替えるかのように別のことを思案する。
先に自身が考えた考察が脳裏。
この空間があらゆる世界と繋がっている、というもの。
だが、そう考えれば色々と辻褄のあうことがある。
まず自分にかけられた制限。
本来エンブリヲという存在は時空の狭間に存在するものであり、地球に現れるのは分身でしかない。故に死は存在しないはずのものだ。
だが、もしこの場所が様々な世界にリンクし、次元の狭間の自分にも影響を及ぼすものだとしたらどうだろう。
死を回避することができない自分の今の状態にも説明がつく。
(いや、それだけではないな。本来この私に死を与えるにはもう一つの条件が必要だ)
時空の狭間にいる自分の本体。しかしそれを殺すだけでは死に至ることはない。
それと同時にもう一つ、自分の命を宿した存在がある。
ヒステリカ。終末戦争以来自分が所有する原初にして最強のラグナメイル。
だが、いついかなる時であろうと呼び出すことができたはずのそれも召喚が叶わぬ現状。
自身に課せられた能力、不死の制限のように呼び出すことができない。
(もしこれが奴らの手の中にあるのだとしたら)
もし自分の死と同時に広川達の手に落ちたヒステリカも破壊されるようになっているのだとしたら。
おそらくはこの身であろうとも死に至るだろう。
もっと早く思い至るべき事柄だったのだろう。
ヒステリカのことは今は手を打つ術がない。まずはこの体そのものに課せられた制限だ。
首輪か、あるいは会場そのものか。
暫しの休息を取る間は解析を続け、その後動いたほうがいいだろう。
ここよりも更に多くの施設がある場所。
(北部の施設、だな)
学園内に初春の声が響いたのは、それから間もなくのことだった。
◇
「花陽、ちゃん…!」
「穂乃果ちゃん!!」
学校に到着した二人の目の前に飛び出すようにして現れた穂乃果。
その姿を見るやいなや彼女は泣き腫らしたような真っ赤な目をして、抱きしめるように飛びついた。
「よかった…、穂乃果ちゃん…、無事で…」
「っ…、花陽…ちゃ……」
「穂乃果ちゃん…?」
「お、おい。どうしたんだよ?」
そのまま花陽をぎゅっと抱いたまま体を震わせる穂乃果。
彼女が顔を押し当てている肩付近がじんわりと濡れていくのを花陽は感じていた。
無事に友達と再会することができた喜び、にしては様子がおかしいのは傍から見ていた
ヒルダにも分かった。
ゆっくりと穂乃果の頭の後ろに手をやる。
「大丈夫だから、だからね、落ち着いて穂乃果ちゃん…」
そのまま落ち着かせるかのように、その手で静かに頭の後ろを撫でる花陽。
「…、あ、うわああああああああああああ…!」
話すこともなく離れることもないまま泣き崩れる穂乃果。
そんな彼女を、花陽は静かに抱きしめ続けた。
◇
「…う…ひぐっ……」
その頃、エンブリヲとも穂乃果達とも違う部屋で、初春と黒子は向かい合うように座っていた。
「私の…、私のせいで…」
「……」
涙を流しながら嗚咽混じりに悔恨の言葉を呟き続ける初春。
そんな彼女を静かに、声をかけることもなく見守るように黒子はただそこに居続けるだけ。
「私が、もっと危機感を持ってたら、あの時もし西木野さんが外に向かうのに気付いてたら……!」
「……初春」
しかしやがてポツリと黒子も口を開く。
「ええ、確かにあなたの危機管理意識が足りていなかったことは事実かもしれません。
そしてその結果、西木野さんは命を落とし、高坂さんを悲しませることになってしまった」
「………」
「それで、どうしますの?あなたはそうやって泣き続けているつもりですの?」
「…ひっ、ぐっ……」
嗚咽を飲み込んで黒子の顔を見上げる初春。
「確かに死を背負うのはあなたには重すぎることかもしれません。
それにどれだけ最善の行動を尽くそうとしても、取り零してしまうものもあるかもしれない。
でも、だからこそ決して折れてはいけないのですよ」
「白井…さん…」
「あなたがまだ”風紀委員”の初春飾利でいられると、私は信じていますわ。
涙を拭いたら、あなたはまた自分のやるべきことに向かえると」
そういってハンカチを差し出す黒子。
初春はそれを受け取ってグシャグシャになった顔を拭い、思い切り鼻をかむ。
「…っ、ふ、ぅ…、正直、白井さんに叩かれるんじゃないかって思ってたからちょっと安心してます」
「失礼な!私を何だと思っているのですか初春は。それと安心したとはどういうことですの!」
若干その軽口にも思える言葉に大げさに反応しながらも。
(なんて、偉そうなこと言う資格が私にあるのですかね…)
心中を察されないように、初春を見ながら黒子はこれまでの自分に思いを馳せる。
初春の、自分の失敗で人を死なせることになってしまうこと、それは黒子自身も何度も味わった苦汁だ。
手を抜いたつもりは一度もない。だけど自分の状態や他の多くの人の思いや想定外の事態といった不確定要素は多くの人の命を目の前で奪っていった。
そしてその重みも自分の想像以上のものだ。
(でも、だからこそ私は、いえ、私達は折れるわけにはいかないのですよ、初春…)
簡単なことではないのは承知の上だ。
(高坂さんと小泉さん、大丈夫でしょうか…)
彼女たちのように、悲しむ者を一人でも減らすために。
◇
どうにか落ち着きを取り戻した穂乃果は、しかし決して晴れることのない表情のまま花陽を伴いある部屋の扉を開いた。
ヒルダは部屋の近くに辿り着いた辺りで何かを察したのか、二人の元を離れて別の部屋へと向かっていった。黒子達がいるだろうと伝えた場所に向かっているはずだ。
「……えっ?」
そうして部屋の中に入った花陽の目に映ったのは、音ノ木坂の制服を来た、とても見覚えのある赤い髪の少女。
地面に横たえられたその表情はまるで眠っているかのように穏やかで、だけどその肌の色は血の気を感じないほど真っ白だった。
もし、その腹に刻まれた大きな傷がなければ童話の中の眠り姫のようにも見えたかもしれない。
「真姫ちゃん…?」
探していた、生きているはずのもう一人のμ'sの仲間、その変わり果てた姿がそこにあった。
「嘘でしょ…、起きて、起きてよ、真姫ちゃん…」
青ざめた顔で真姫に近寄り、その体を揺さぶる花陽。
しかしその体はその血の通っていない肌の色が示すように冷たかった。
もしこれを花陽自身が嘘だ、と言って現実逃避の世界に逃げ込むことができれば、どれだけ楽だったか。
だがこれが紛れもない事実であると心が認めてしまっていた。
「花陽ちゃん…」
そんな彼女を、穂乃果が後ろからゆっくりと抱きしめる。
「…いいんだよ、泣いても。穂乃果がさっきそうしたみたいに。
花陽ちゃんの悲しみも、私が一緒に背負ってあげるから、だから」
「真姫ちゃ…ん…、うう…、真姫ちゃん…」
穂乃果の手にすがりつくように、花陽は顔を抑えて涙を流し続ける。
数十秒の間、そのまま花陽の嗚咽のみが辺りに響き続け。
パァン
突如聞こえてきた乾いた音に二人は体を震わせた。
それが何の音なのか、この殺し合いの場にいて分からぬほど平和な時を彼女達はすごしてはいなかった。
「あの音の場所…、もしかして…。
花陽ちゃん!離れないで付いてきて!」
「ほ、穂乃果ちゃん…?!」
慌てるように走りだした穂乃果の後ろに続いて、花陽も走り出した。
乾いた音、銃声の聞こえた場所に向けて。
◇
「てめえ…」
「こうして顔を直接合わせるのは初めて、ということになるのかな?ヒルダ」
張り詰めた空気の室内。
ヒルダの放つ殺気を、素知らぬ顔で流すように佇むエンブリヲ。
「何でここにいやがる?あいつの友達を殺したのもお前か?」
「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。私は
高坂穂乃果の許しを得て、彼女達に協力するということでここに居させてもらっているんだからね」
「はっ、巫山戯んじゃねえ。何言って取り入ったかは知らねえ。だけどてめえには色々貸しもあるからな」
「やれやれ、あまり手荒なことは避けたかったのだが、振りかかる火の粉は払わねばならないな」
先ほどは外した銃を再度、鋭い眼光と共にエンブリヲに向けるヒルダ。
対するエンブリヲは、座ったままの状態で、しかしその服に仕舞った拳銃を取り出し。
その時だった。
廊下を駆ける足音がこちらに向かっているのを聞き取ったのは。
「ヒルダさん!」
思い切り駆け込んできた足音の主は高坂穂乃果。
銃を向けるヒルダの体に飛びつき、その銃口を取り押さえるように体にしがみつく。
「ダメです!」
「離せ!こいつはクリスや
サリアを、それにモモカが死ぬ事になったのもこの男のせいで――」
「モモカ、か。そういえば君はあの彼女と会ったんだったな。
彼女のことは残念だったよ。
アンジュの大切な人だ。死なせないようにこちらで保護しようと思ったのだが、操った私が独立した自我を持って勝手に動き始めてしまってね。
実に不幸な事故だった、それに関しては軽率な行動を取ったことを申し訳ないと思っているよ」
「とぼけたこと抜かしてんじゃねえ!」
「ヒルダさん!落ち着いてください!」
銃を握り体を抑える穂乃果。
無論仮にも訓練を受けた者をただの学生である穂乃果に抑えられるはずはない。
だが、体がブレるせいで銃を撃つことができない。下手をすれば穂乃果にも当たりかねない状況では引き金など引くことができるはずもなく。
「それにサリアとクリスのことなら君が責めるのはお門違いではないかな?
あの二人には私が求めていたものを与えただけだ。君たちが彼女たちにしてあげられなかったものを、ね」
「その挙句にドラゴンの群れに特攻させて見捨てたのもてめえだろうが!」
「…?何のことだ?」
ヒルダの問い詰めるような言葉に思わずエンブリヲが呟いた言葉は本心からの疑問の声。
しかしそれも今の激昂したヒルダにはとぼけたようにしか聞き取ることができず。
怒りから強引に、抑えていた穂乃果を横に押し退けて銃を構え。
その背に何かが触れた。
「?!」
次の瞬間、ヒルダの見ていた景色が切り替わった。
目の前にいたはずのエンブリヲの姿は消え、その別の一室内には花飾りを頭に乗せた少女がいるだけ。
「あれ以上なさられると血を見ると判断しましたので、こちらで対応させてもらいました」
と、その後ろに花陽と共に瞬間移動するように現れた別の少女。
「おいお前!」
「
白井黒子、ですわ」
「お前の名前なんてどうだっていい!あの野郎がここにいるのを何で認めてんだよ!」
「…私が、説明します」
エンブリヲのいた部屋から移動してきた穂乃果が、ヒルダの後ろから現れる。
「あの人は、首輪を解除することができるって言ってました。
そのために力を貸して欲しい、って」
「…そんなことマジで信じたのか?」
「信じたわけじゃないです。でも、そうしておけば今はあの人も手を出さないって思ったから。
あの人が危険だってことは分ってます。でも、今は」
黒子一人の手には余る相手だ。たとえ内に何かを秘めていたとしても誰も死なずにすむ手段はこれしかない。
それは今も同じだ。
ヒルダという味方は増えたが、戦えない者は穂乃果に加えて初春と花陽もいる。
エンブリヲを敵に回して戦いになれば、巻き添えをくらう確率が高いのは自分も含めたこの3人だ。
ヒルダとてそれが分からぬほど短慮ではない。
それに、
タスクでも一筋縄ではいかなかった相手、自分でどうにかなるものでないのも事実だ。
一人ならまだしも、今は巻き込まれる者が多い。
「…クソ、アンジュのこと、思った以上にきちまってるみたいだな…」
「アンジュさんがどうかしたんですか…?」
穂乃果と黒子は放送前、サリアとの戦いの後で別れた、初春にとっては一回目の放送の前で顔を合わせた相手だ。
「そうか、お前らはアンジュと会ったんだっけな。あいつは…、死んだよ」
「えっ」
「サリアが言っていた。後藤ってやつに目の前で食われた、ってな」
花陽以外の皆が唖然とした表情を浮かべる。
「…でも待ってください、サリアさんがそれを言ったっていうのは」
「まあ、お前らの事情は聞いてる。だから話すと少し長くなるかもしれねえ」
「…少し、これまでにあったことを整理したほうがいいかもしれませんわね。
高坂さんと小泉さんも、離れてから色々なことがありましたし」
◇
「そうか、アンジュはキリトって奴には会ったのか」
「ええ。自分のした罪を彼女に告白して、その後サリアさんとの戦いで命を…」
「それがあの首輪だった、ってわけか」
「…もしあそこで私達がアンジュさんに同行していれば……」
「でも、あいつはクロエちゃん達が力を合わせて倒したんだよ?
どうして生きてるの?」
まず最初に話したのは穂乃果、黒子の二人のことだ。
ブラッドレイや狡噛、槇島との遭遇。
サリアやキリト、アンジュと会った時のこと。
キリトに大きく反応を示したのはヒルダであった。
アンジュの言っていた、キリトが殺したという彼女の友人、その現場を見ていた一人として。
「泉君の右手が言ってました。”混じったのか”って」
「…意味は分かりませんが、支給品か、あるいは奴自身の持っていた力がその生命を永らえさせたのだと考えるのが妥当ですわね」
話を進める中で、ヒルダは一人アンジュに思いを馳せる。
「…アンジュのやつ、どんな感じだった?」
「どんな感じ、とは?」
「そうだな、例えば、一人になろうとする時に一緒に行こうって言ったら何て言ってたか、とか。」
「…私達も、あるいは私達に同行を提案した時は―――」
『気遣いはありがたいけど大丈夫よ。私は私でエンブリヲを、この手で殺さなきゃいけないから』
「そう言われていました」
黒子自身も穂乃果を連れて危険な場所に赴くわけにはいかない。
あの時はそれで引き下がってしまったが。
「やっぱりな。あいつ、けっこうそういう癖あるんだよな。何つーか、全部自分で背負い込んじまうようなところってのかな」
ヒルダは話す。
アンジュがかつて最初の出撃の際に、自分の行動が原因で死なせてしまった新人兵や隊長がいたこと。
そして再度出撃した時には死を覚悟し、だが逆に戦う覚悟を決めて戦い抜き、今日まで生き延びてきたこと。
「その時はそこまで深く考えたことはなかったんだけどな。
後になって考えてみたら、もしかしたらあの時の隊長やココ、ミランダみたいな目にあうやつを出すのは避けようとしてたのかもなってな」
「それが、アンジュさんの単独行動とどんな関係があるんですの?」
「お前らの友達の件、アンジュは目の前で見てたんだろ?それにキリトのやつのことも。
もしかしたら、責任を感じてたのかもしれないってな」
自分の存在が原因で、そして自分の目の前で死んだ者の友達がその殺した張本人である仲間であるはずの存在を責め立てていたのだ。
その気持ちは、モモカの名を呼ばれたあの時のアンジュには痛いほど分かったはずだ。
「…そういえばアンジュさん、ここにきてすぐの時に会った
渋谷凛さんって人も自分に会いに来たエンブリヲに連れて行かれたって言っていました」
「そいつ、確か一回目の放送の時に呼ばれたやつだよな。なら尚更だ」
エンブリヲに連れ去られ命を落とした渋谷凛。
自分とその仲間の
すれ違いが元で目の前で死んだ巴マミ、
園田海未。
そして、モモカを殺した張本人であり、そしてまたしてもサリアや自分と関わり消滅していったキリト。
それらの死に、モモカの時のような深い悲しみを感じはしなかっただろう。
だが、責任は感じたはずだ。自分と関わって、巻き込まれていった者達に対して。
自分についてくれば、きっと巻き込まれるのではないかと。
エドワード・エルリックとの同行を拒否した時。音ノ木坂学院での会合の後一人で発っていった時。
そして黒子の同行も拒否した時。
きっと、自分に振りかかる全てを一人で背負い、戦おうとしたのかもしれない。
アンジュの誤算。それはこの殺し合いの場においては彼女とて一参加者でしかなかったということだろう。
今まで戦ってきた彼女には、如何なる場所にあろうとも求めれば応じてくれるラグナメイル・ヴィルキスがあった。彼女に惹かれて集まる多くの仲間がいた。
その仲間は一人で戦おうとする彼女を時として支え、助けてくれる者だった。
それは彼女が戦いに生き残っていくには大きな要素だ。
だがこの場にはヴィルキスはない。そしてエンブリヲとは違う、多くの強者がいる。
後藤であったり、
エンヴィーであったり、
エスデスであったり。
そんな場所で一人で戦い続けることがどれほど危険か。
気付いていなかったのか、それとも気付いた上でその道を選んでいたのか、それはヒルダにももう分からない。
いや、案外この考え自体も間違った、見当はずれなものかもしれない。もう彼女の思いを知ることはできないのだから。
「あいつも、アンジュもバカだよな。全くよ…」
窓の外を眺めてポツリと呟いたヒルダ。
その頬を、一筋の雫が流れ落ちていったのを、その場にいた皆が見ていた。
「悪い、何か湿っぽくなっちまった。話を先に進めるぞ」
顔を拭った後取り繕うように振り返って話の進行を促すヒルダ。
「………」
そんな彼女を、穂乃果は静かに見つめていた。
◇
「…そっか。大変だったんだね、花陽ちゃん…」
花陽が話したのは、穂乃果が離れて以降で一同の間にあった出来事。
ことりの一件に対するセリューの追求やその後の図書館であった戦い、そこから音ノ木坂学院にたどり着くまでのこと。
特に、ことりのことは穂乃果が最も確かめたかったことだ。
そして、ある意味では最も認めたくないことだった。
錯乱していたわけでもなく、明確に自分の意志で殺人を犯そうとしたという。
元々穂乃果と黒子の二人の件で嘘をついていたセリューの言葉だ。都合のいい解釈が混じっていると思いたかったが、彼女以外に目撃者がいる以上そうは思えなかったらしい。
「穂乃果ちゃん、あのね…、私は…」
「いいの。花陽ちゃん。大丈夫だから。
ちゃんと、受け止められてるから」
やるせない気持ちを抑えながら、花陽の言葉を受け止めていく穂乃果。
そしてもう一つ、そのことりの一件を見ていたという者が一人いたという。
島村卯月。
穂乃果、黒子、初春の三人の間にはその名が出てきた時に一瞬緊張が奔りそうになったがどうにか気付かれなかったようだ。
これは今すぐに言うべき事柄だろうかと迷っているうちに話は進み、タイミングを逃してしまっていた。
一瞬黒子が初春をチラリとアイコンタクトを取っていた。初春が自分の時に話す、という合図だろう。
そして、サリア。
アンジュの死を見て、キリトの首輪を託され、そしてヒルダの言葉に諭されて、自分達を守るためにセリューの上司でもあるエスデスに立ち向かっていったという。
それを聞いた穂乃果の心境は複雑なものだった。
花陽や皆を守ってくれてありがとう、という思いにはならない。
そして
ウェイブ。
セリューの仲間だった彼は、その一件や狡噛達とのやり取りで敵であるはずの
アカメとの共闘を選択。
更にウェイブ自身の上司でもあるエスデスとも袂を分って皆を守るために戦ったと花陽は説明した。
(ウェイブさんには、悪いことしちゃったかな…)
それを聞いた穂乃果の心中に湧き上がってきたのは罪悪感。
彼と出会い、そして守ってもらっていながらあの一件のせいでその仲間であった彼自身もセリューの同類にしか思えなくなっていた。
だけど実際はそのこともむしろ仲間の所業として引きずり悩み、その末に彼なりの答えを出していたのだ。
「もし会えたら、ウェイブさんにはちゃんと謝りたいな…」
◇
ヒルダの話の中にいた人物の中でこの場にいるメンバーに関わりを持った者は、エンヴィーとキンブリー、そして。
「イリヤさんが…?」
「ああ、お前らの話聞いててまさかと思ったけどよ、あいつ結構ヤバイ状態だったぞ。
何かきっかけでもありゃ、一線を踏み越えちまうんじゃないかってくらいには」
「くっ……!」
握り締めた拳を思い切り壁に叩きつける黒子。
ヒルダの語るイリヤ、それはあの時自分が気絶していたせいで彼女を止められなかったことが発端である状態だ。
おそらくはクロエと光子を殺した一件が彼女を追い詰めたのだろう。
「…ヒルダさんは、そのイリヤって子をどうするんですか?
止めるって、もしかして殺すとか」
「そこまで考えちゃいねえよ。ぶん殴って止められりゃ御の字だろうけど、そう簡単にはいかないだろうしな
だけどあの変なステッキから出てくる力が厄介だ。手加減してどうにかできる相手じゃないだろうし、最悪ぶっ殺すことにもなるかもしれねえ」
「彼女を止める術は、あのステッキ、ルビーさんから伺っておりますわ」
それはアンジュと別れ、後藤と遭遇するまでの間に気絶したイリヤの傍に付き添ったルビーが話したこと。
『黒子さん、お願いがあるんです。もしイリヤさんがまた、様子がおかしくなって人を殺めそうになった時には止めていただけないでしょうか』
『それは当然のことですわ。ですけど、止める手段があるのですか?』
『あなたの能力ならおそらくそう難しいことではないでしょう、そのやり方は――――』
「あのステッキをイリヤさんの手元から引き離せばいいと、そう言っておりました」
イリヤがあの魔法少女としての力を振るえるのは、あのステッキの力があってこそ。
もしそれを手元から引き離すことができれば、彼女は一般人といっても差し支えのない状態へと戻るという。
「分かった。要するに止める手自体はあるってことだな。それだけ分かりゃ十分だ」
「…私が、あの時気絶さえしていなければ……」
「…それくらいにしておけ。もう済んだことだ。これからどうするかの方が重要だろ」
「ええ、分かっていますわ」
◇
そうした後、初春の経験したことを一通り話したところで、放送が始まった。
ことりを殺し、穂乃果を悪だと言った穂乃果と花陽にとっては複雑な相手。
花陽の報告ではブラッドレイと戦った際に死んだと思っていた彼女が島村卯月と共に先の放送では呼ばれなかった、つまり生きていたのだが、しかし今回は呼ばれることとなった。
アンジュ
西木野真姫
ヒルダ、穂乃果、花陽が息を飲み込む。
その死は既に知っており、呼ばれることも当然覚悟していたが、それでも放送で告げられることは辛いものだった。
サリア
(バカ野郎が…っ…)
自分を気絶させて戦いの中に去っていった彼女。その時点で嫌な予感はしていた。
だが、それでもまだ生きていると信じたかった。
多くの罪を犯してきたとしても、それでも大切な仲間の一人であったことには変わりなかったのだから。
幾度か穂乃果達を襲ってきた危険人物。
彼の死はまだ比較的幸運と呼んでもいいのだろうか。
そうヒルダは考え。
次に呼ばれた名に思わず顔を上げる。
そしてその次に呼ばれた名前に初春が反応し。
そしてその名を最後に、死者の名が呼ばれるのは最後となる。
声が聞こえなくなったのと同時に、ヒルダは背を預けていた壁を思い切り殴りつけた。
里中千枝。イリヤを追って離れた時に別れた一人、なのにそれが本当に最期の別れになってしまった。
イリヤを見つけることはできず、同行していた千枝は自分の知らぬ場所で命を落とし。
その事実はヒルダの内にやるせない気持ちを燻らせていた。
だが、今そういった思いに身を窶している暇はない。
アンジュの死。それは間違いなくエンブリヲにも伝わった。
彼女の死を知ったエンブリヲは、一体どのような行動に出るか分からない。
そんな中で、穂乃果が立ち上がる。
「私が、エンブリヲさんのところに行ってきます」
穂乃果が立ち上がって、部屋を出ようとする。
「穂乃果ちゃん?!」
「アンジュさんが呼ばれたことについて、私から言いに行く。あの人を信じたのは私だから、もしもの時は、私が責任を取らなきゃいけないから」
「もしあいつがその気になったんなら、殺されにいくようなもんだぞ?」
「もしそうじゃなかった場合、ここで逃げるのは私はエンブリヲさんを裏切ることになります。そうなったら、みんなが危ないから」
彼との協力関係は綱渡りのような状況に近い。
だからこそ、彼を失望させて敵に回すことは避けねばならない。
少なくとも彼とまともにやり合える者が少ない今の状態では。
止める間もなく部屋を出ていこうとする穂乃果。
その背中に、ヒルダが呼び止める。
「待ちな。なら私も着いて行く」
「でも、ヒルダさんは…」
「安心しろ、あいつが手を出さない限りは今どうこうしようとは思わねえよ。
ただ、幾つか聞いておきたいこともある。もしもの時は私が逃がしてやるよ。それくらいならできるさ」
「分かりました。白井さん、もしもの時は、花陽ちゃんをお願いします」
「…了解しましたわ」
そう言ってヒルダを後ろに伴った穂乃果は、若干早歩きで部屋を出て行った。
「白井さん…、いいんですか?」
初春が小さく、黒子に問いかける。
もし普段の黒子であれば、無理を言ってでも一緒に行くことを選んだのではないか、そう思ったから。
「言わんとしていることは分かりますわ。ですが、これは高坂さん自身の戦いです。私が口を挟むところではありませんわ。
大丈夫、もしもの時はあなた達を逃がした後二人とも助けに向かいますわ」
その気になればエンブリヲは今この部屋に姿を現すことも、そのまま不意をついてこの場の皆を殺すこともあるいはできるだろう。
しかしそれがないのは今は動く気がないのか、それとも気を伺っているのか。
どちらにしても油断はできない。
「穂乃果ちゃん…」
そんな穂乃果の出て行った先を、花陽は心配そうに見続けていた。
◇
「エンブリヲさん」
若干の恐怖心を感じながらも恐る恐る扉を開いた先、こちらに背を向けて作業に興じるエンブリヲの姿があった。
「高坂穂乃果、そしてヒルダか。どうしたのかな?私をまた殺しにでもきたのかな?」
そう言って穂乃果に振り返ったエンブリヲは、放送など聞いていないかと思うほどに飄々としている。
自身が愛したアンジュの死を何も感じていないかのような反応だ。
「…アンジュさんのことですけど」
「ああ、そのことか。実に悲しいことだ。
私も思わず放送を聞いてしばらく放心してしまったほどだ」
その態度は穂乃果の問いかけにも変わらない。
若干頬が濡れている様子からして、悲しんだことは事実だろう。しかしエンブリヲの反応はそれだけだ。
「待てよおい。お前、アンジュのことあれだけ欲しがっていたんじゃねえのかよ。その相手が死んだんだぞ?
何でそんな面でいられるんだよ?」
「そんな面、とは人聞きの悪い。彼女が死んだことが悲しいと思っているのは事実だよ。
だけどそれで殺し合いに乗って広川とやらに頼んで生き返らせるために皆殺しにすると、そんな道を選ぶほど愚かではないということだよ」
少なくともアンジュの死がエンブリヲを積極的に殺し合いをさせるということにならなかった。その事実には穂乃果達は安堵してもいいのだろう。
しかし、ヒルダにとってはあまりに腑に落ちないものだった。
だがそれを責めたい思いを飲み込み、もう一つ、ヒルダにとっては大切なことを問いただす。
「……一つだけ答えろ。さっきの放送じゃサリアも死んだ」
「知っているよ。実に悲しいことだ。私に対する恋心が、こうも彼女を間違った道に進ませてしまったというのだからね」
「それだけか?!あいつの弱みに漬け込んで付け入って、それで利用するだけ利用してポイか!」
「随分な言われようだが、そもそもそれほどまでに彼女を追い詰めたのは君達ではないのかね?
利用するだけ利用して、というが、それはそもそも彼女に何の説明もせずに不自由を強いてきたアレクトラの責任だ。
君にも心当たりはあるんじゃないのかな、ヒルダ」
その言葉に、ヒルダは言い返すことはできなかった。
心当たり、エンブリヲの言うそれはおそらくクリスのことだろう。
エンブリヲについた一件には擁護はできないが、彼女のことをちゃんと見ていなかったという点には落ち度があるとヒルダ自身感じていた。
だからこそこれからは間違えないようにしようと、クリスのこともちゃんと見てやろうと決めていたのだ。
それはこれからの日常の中でのことであり、成果どころか実行に移せたものでもない。
だからこそ、そこを突かれると反論することなどできない。
ただ、それを言う相手がクリスを狂わせた張本人であることに苛立ちを募らせるだけ。
これ以上の会話はただ自分の精神を苛立たせるだけだと判断したヒルダは引き下がる。
「穂乃果、戻るぞ。やっぱ私はこいつと同じ場所にはいられねえ」
「……」
歯ぎしりをしながらエンブリヲに背を向けるヒルダ。
敵である男に無防備な背中を晒すことの意味が分かっていないわけではないが、それほどまでに早急に彼の傍をヒルダは離れたかった。
「ヒルダさん、先に戻っていてください。私、少しだけエンブリヲさんと話をしていきます」
「そうかよ。…何かあったら騒げ。すぐにそいつのスカした顔ぶっ飛ばしにきてやるよ」
その言葉を最後に、穂乃果を残してエンブリヲの元から去る。
「やれやれ、嫌われたものだな、私も」
肩を竦めるエンブリヲは、一人残った穂乃果の方へと向き直る。
「さて、君はどうしてここに残ったのかな?」
「エンブリヲさんは、アンジュさんのこと…、その、好き、だったんですよね?」
「ああ。アンジュは私が彼女に会うためにこれまでの時を生きてきたと思わせるほどの女だった」
その言葉には嘘は感じられない。
発されたものはまごうことなき事実なのだろう。
であれば。
「あなたにとって、好きってどういうものなんですか?
アンジュさんに抱いていた想いって」
別に穂乃果にエンブリヲの本質を探ろう、などという意図はない。
ただ純粋な穂乃果自身の疑問から発されたもの。
「難しい質問だが、しかし私は普通の人間とは感性が異なるかもしれないという点は否定できない。
君に話しても理解は得られないかもしれない」
「…分かりました。だったらこれ以上は聞きません。
それともう一つだけ、渋谷凛って人を知ってますか?」
「彼女は、確かアンジュと共にいた子だね。私が少しスキンシップを図ろうとした子の一人だ。
まあ、少し過剰だったかもしれないのは否定できないが」
「あなたが殺したって聞きましたけど、それは本当なんですか?」
じっと、エンブリヲの表情を真っ直ぐに見て穂乃果は問う。
その視線を受け止めながら、エンブリヲは何かを品定めでもするように穂乃果を見返しながら。
「いや、殺したのは私ではない。それは事実だ」
それまでのような大仰な装飾を加えることもなく、ただ短くそう答えた。
「分かりました。その言葉は信じます」
「話は終わったかね?なら皆のところに戻るといい。
きっと、これからのことについて話し合っていることだろう」
その言葉を最後に、穂乃果はエンブリヲの前から出て行く。
そうして部屋を出る道中。
――もしあなたが渋谷凛さんを連れて行ったことがアンジュさんを追い詰めたのだとしたら、あなたはどう思いますか?
その疑問が穂乃果の脳裏をよぎっていく。
しかし、ああやって会話をしているだけでも体の感じる緊張は、吹き出す冷や汗は止めることができない現状。
そこまで深くのことを問う勇気は、今の穂乃果にはなかった。
◇
「で、何でこいつがここにいるんだよ?」
皆が待機していた一室、アイドル研究部の室内。
そこにはこの校舎にいる者が皆揃っていた。
「何故、とは失礼だね。私も今は協力者だ。君達の今後について話すのなら共に話しておかねばならないだろう?」
エンブリヲも含めて。
ヒルダは隠すこともなく殺気を放っているし、それ以外の皆の間にも緊張が漂っている。
平常心でいるのは傍から見ればエンブリヲただ一人だろう。
だが、その空気に飲まれているだけでは話は進まない。
仕切るようにエンブリヲは話を進める。
「この校舎は確かにそれなりの機材を揃えた施設ではあるが、しかしまだ足りないものも多い。
私はもうしばらく滞在した後移動しようと思う。向かう場所は北の施設にと考えている」
北。そこには能力研究所やロケット、潜在犯隔離施設といった名前からしてあからさまなものが多い場所だ。
おそらくは一介の学校にすぎないこの場所とは比べ物にならない設備があるだろう。
「ふん、なら私は別で行かせてもらうぞ」
「里中千枝、彼女のことを気にしているのかな?」
「………」
ヒルダ曰く、彼女とはジュネスで別れ、地獄門で落ち合う予定だったそうだ。
おそらくはジュネス付近で何かあったということだろう。
残された銀のことも気になっている。
「…私は、…ここに残ります」
「はぁ?!」
「ほ、穂乃果ちゃん?!」
続いての穂乃果の発した言葉に、思わず花陽やヒルダ達は驚きの声を上げる。
唯一、眉一つ動かすことなく静かにしていたのはエンブリヲだけ。
「おい、穂乃果!お前エンブリヲの奴に何言われた?!
何なら今ここで私がケリつけてやっても――」
「人聞きが悪いな。これは彼女自身の選択だ。君がとやかく言うことではないだろう」
「私、エンブリヲさんに協力するって約束しましたから、だから」
協力してもらっている、すなわち曲がりなりにも約束をした彼の信頼を裏切ることで犠牲を出さないためには、これが最善なのだと。
それが穂乃果の選択だ。
「だったら、私も――」
「花陽ちゃん、ダメだよ、花陽ちゃんはここにいちゃ」
「え、どうして」
「…気になってる人、いるんでしょ?」
穂乃果は情報交換の中で出てきた、セリムというホムンクルスのことについてを話す時の花陽の様子はよく覚えている。
凛が庇って死んだという相手。だけど図書館で出会った時には拒絶されるかのようだったという。
相手が危険であることは穂乃果自身重々承知しているし、本来ならば行かせるべきではないのだと思う。
だが、それでも会いたいという花陽の気持ちは痛いほど共感してしまう。
セリュー・ユビキタス、そしてサリアと自分の幼馴染を殺した相手とは結局それっきりとなってしまいやるせない思いを溜め込んでしまっている穂乃果にとっては。
だからこそ、花陽には後悔してほしくはないと思っているし。
それに、大切な仲間だからこそ、こんな場所に居させておく訳にはいかないのだから。
「で、でも、穂乃果ちゃんは…」
「私なら大丈夫、私なりにできることをやってみるつもりだから。
だから花陽ちゃんも、私のことは気にせずに自分のやりたいことをやって。何があっても、後悔しないように」
「ぁ……」
それ以上の言葉は出なかった。
「…白井さん、私が高坂さんと一緒に行きます」
そう言いかけた黒子の言葉を遮ったのは初春だった。
「エンブリヲさんは首輪の解析を進められるつもりなんですよね?
私は情報やネットワーク解析の分野に関しては自信があります。ここにかけられていたロックも私が解析したものです」
「ほう?」
興味深そうに初春を見るエンブリヲ。
その言葉が事実であるならば、首輪の解析を推し進めたいエンブリヲにとってはその存在は貴重なものだ。
自分ひとりでもやり遂げる自信はあるが、人手は多い方がなお作業効率は高まるだろう。
一方で初春の目を見た黒子は、その意志を尊重するように言葉に同意し。
「分かりましたわ、では初春と私がここに残るという形で―――」
「白井さん、この場は私に任せてください」
自分もそれに付き合おうとして、しかしその言葉は遮られていた。
「エンブリヲさんとの作業は私の分野です。
白井さんは、こことは違うところでやりたいこと、やらなきゃいけないことがあると思います。
白井さんにしかできないことが」
「ですが、それでは…」
エンブリヲの近くにいる初春が危険だと。
その先を口にすることはない。この場の皆が察していることだ。
当然、初春自身も。
「大丈夫です、白井さん。私も私なりのやり方で、風紀委員として戦っていきます。
だから―――」
「御坂さんのこと、止めてあげてください」
◇
(全く、そこでお姉さまの名を出すのは卑怯ですわよ、初春…)
音ノ木坂学院の正門をくぐり抜ける花陽、ヒルダ、そして黒子。
皆が各々、残ったメンバーに対し思うところがある者ばかり。
(見透かされていたのですわね、きっと)
穂乃果にも、初春にも。
御坂美琴の元に今すぐにでも向かいたいと心の底で思い続ける自分の心境を。
だが、そのためには自分達がいれば枷となるだろうから、と。
初春も何の考えもなく残る、といったわけではないはずだ。
エンブリヲによる解析も、ただ無為に進めるだけではないと信じている。
ならばそこは初春の戦場であり自分が出る幕はない。
(穂乃果ちゃん…、私よりもずっと辛いはずなのに…)
花陽は穂乃果に想いを馳せる。
失ったものは同じだが、目の前で真姫の死を目の当たりにした穂乃果の心は自分以上の苦しみを感じたはずだ。
なのに、自分では何かをすることができない。自分のことが精一杯だ。
だからこそ、花陽は一つの決意をしていた。
(卯月ちゃん、どうして真姫ちゃんを…)
島村卯月。
元々セリューの元にいた時から様子はおかしかった。
ブラッドレイとの会話でも、まるで現実逃避をしているかのような状態。
それは普段の彼女の様子を知らない花陽からもまともな精神状態ではないことは察することができたし、未央との会話でそれは確信となっていた。
しかしあの時結衣との揉み合いの際に事故で命を落としたとずっと思っていた。
(一体何があったの?セリューさんの死が何か関係しているの?)
だからこそ、彼女に会って確かめなければならないと思っていた。
一体彼女に何があったのか。何が彼女をそうさせたのか。
もしことりのことがきっかけならば、その罪を穂乃果一人に背負わせてはならないから。
同じμ'sのメンバーとして、自分も共に背負っていく。それが友達、仲間というものだと思うから。
『ヒルダ、今度は死なせないように守りたまえよ』
(チッ、胸糞悪いな)
それは別れ際にエンブリヲに言われた言葉。
誰に言われるわけでもない、自分がよく分かっている。
アンジュの、サリアの、千枝の死を、それ以前を含めればモモカやクロのことを守れなくて。
そのことに深い後悔を残していることなど。
それをよりにもよってエンブリヲに指摘されたのはあまりにも腹立たしかった。
エンブリヲのように理屈を並べて煙に巻こうとするような話し方をする者とは相性がよくないことはよく分かっている。
モモカの件も間違いなく黒だろう。だが、それを言ったところであの場ではどうしようもない。
『貴女も相応の信念を持ちなさい』
いつぞやにキンブリーに言われたことがリフレインする。
(信念って呼べるようなものかは分かんねえけどよ。
もう誰も死なせねえ。少なくとも私の目の黒い内はな)
仲間と呼べる人達を誰も死なせない。
それがヒルダの決意だ。
「それでヒルダさん、進行方向にアテはあるんですの?」
「私は、ジュネスに向かいたい。元々千枝の行った場所だし、それに銀が呼ばれてない以上今どこにいるのか心配だ」
「…でも、それならアカメさんや泉くん達と合流してからがいいんじゃないかな…?
もしかしたらすごく危ない人がいるかもしれないし…」
「初春の言っていた
タツミという方との約束も気になりますわ」
このままのメンバーでジュネスに向かいタツミとの合流を優先するか、それとも一旦アカメや新一、雪乃達と合流してから向かうか。
あるいは合流した後の彼らに音ノ木坂学院の皆のことを任せるのも有りだろう。
三人の選んだ結論は――――――
◇
初春がエンブリヲの傍でしなければならないと考えたこと。
それは彼の首輪解析を少しでも手伝い他の皆へともたらす利益としつつも、エンブリヲ自身の解析を少しでも遅らせることだった。
アンジュから聞いたエンブリヲの情報では、彼はいわゆる神にも近いほどの力を持っていると言っていた。
そんな彼が首輪の解析にこだわる理由。それはおそらく皆と同じ、自身にかけられた強い制限を解除するためだろう。
その一歩として、首輪の解析が必要である、と彼は考えていると推測した。
無論、それが正解ならば首輪を外させるわけにはいかない。
しかしその解析の情報そのものは他の皆にとっても有益なものだ。
そしてもう一つ。
黒子から渡されたもの。
(幻想御手…、これが本物で、本当に効果を発揮するものなのか、それを調べないと…)
もしこれが学園都市で使われたものと同じ効果を示すものであるのだとしたら。
この会場そのものの特殊性を示すことに繋がる。ひいては、この出処を探すことにも。
(…白井さん、私は私のやり方で戦っていきます。
西木野さんのような犠牲をもう出さないためにも…)
先の放送で、ジョセフ・ジョースターの名が呼ばれた。
それだけではない。
彼の言っていた仲間、
モハメド・アヴドゥルや花京院典明はその前の放送で、そして
空条承太郎もジョセフと同じくして名を告げられた。
一方で、彼が追っていった危険人物、
DIOは未だ健在だ。
ブラッドレイ、後藤、そしてエスデスやDIO、佐天の命を奪ったエンヴィー、更には御坂美琴。
協力でき、仲間となれそうな者は減っていく中で未だに多くの危険人物が残っている。
だからこそ黒子の足を引っ張るようなことをしてはいけない。
彼女には彼女の戦うべき場所がある。自分がこの場に残ったように。
(だから、御坂さんを…どうか…)
もう手遅れかもしれない。もう誰かの命を奪っているかもしれない。
それでも、これ以上人を殺める前に、戻れなくなる前に。
あの学園都市3位の力を持つ、だけど同時にただの中学生でもある彼女を止めてあげて欲しい。
それが初春の願いだった。
(…アンジュは、死んだか。彼女ならば生き残る力を持っていると信じていたものだが…)
改めてエンブリヲは、既に亡き欲した相手のことを考える。
その死が悲しいと感じた事自体は事実だ。だが、その死に方針そのものを変えるつもりはなかった。
死んだのであれば、蘇らせればいい。力を取り戻し、次元融合を成し遂げた後で、アンジュと再会する。
実にドラマチックなシチュエーションではないだろうか。
もし惜しいと感じるものがあるとすれば、もう一つの永遠語りの歌が失われてしまったということだろう。
だがそれならばあるいは別の代用可能な要素を探す。
例えば錬金術、例えばイリヤスフィールの中にある何か、といったもののように。
「いいのか?手元から離してしまっても?」
「…どういう意味ですか?」
「もう二度と会えなくなるかもしれないのだぞ?
私と、アンジュのように」
「………」
校舎から離れ、門に向かっていく三人の姿を見送りながら、エンブリヲは穂乃果へと問いかけた。
返答はない。
選択そのものに迷いはないが、それでももっと最善のことはなかったのかと考えているのだろう。
「なるほど、まだ自分の中でも整理ができていないといった様子だね。まあいい。
それじゃあ一つ。やらなければならないことがある。彼女の、西木野真姫の元に向かおうか」
「…何をするんですか?」
「私としても君の前で言うのはあまり気の進むことではないのだけどね。
それでもやっておかないといけないことだ。彼女の首輪の、回収だよ」
首輪の回収。その意図するものに穂乃果が息を飲む。
だが、彼女は分かっているはずだ。それが必要なことだと。
(現状に限れば悪くはない、といったところだな。ヒルダと会った時はどうしたものかと少し考えたものだが)
手元に残った二人は戦闘能力を持たぬ、しかし今の自分にとっては益となる者達。
決して自分の意のままにはならないだろうが、しかしこうして協力し続ける限りは敵対することもないだろう。
戦闘力を持たぬ分、いざとなれば斬り捨てるのも容易い。
それに。
(私はこの場で少し敵を増やしすぎたからね。高坂穂乃果、彼女の期待を裏切らない限りは、彼女も私を敵に回すことは避けるだろう)
穂乃果にはエンブリヲなりに別の使い道も考えていた。
それは彼女をこちらに対し敵対する者との仲介役として。
無論、それが通じない相手もまたいるだろうし全てが彼女の言葉を聞き入れるとも思ってはいない。が、その時はその時で対処すればいい。
もしヒステリカが広川の手元にあるというのであれば、最悪首輪解除だけでは終わらない可能性もある。
これまでのような強引なやり方ではなく、少しずつ、ゆっくりと進めていけばいい。
加えて、今この場に残った二人の人間。
己の意志で考え、そして抗い続ける道を選べる者。
そういった者は嫌いではなかった。少なくとも堕落し、考えることを止めたマナの民と比べれば。
(それに穂乃果、君のやり方は、一体誰に影響を受けたのかな?)
実際のところ彼らの情報交換そのものは分身を通じて把握している。
もし彼女がアンジュの在り方を聞いてそこに影響を受けているのだとしたら面白い。
力を持たぬ者が、この場でどれほどまでに抗うことができるのか。
そしてもう一つ。
(確かに彼女の近くで事を起こすのは可能な限り避けた方がいい。
だが)
自分から離れた場所、あずかり知らぬ場所で死人がでるのであれば、知ったことではない。
エンブリヲは別れ際、ヒルダのバッグの中に一つの支給品を忍び込ませておいた。
それは
クロエ・フォン・アインツベルンのバッグに入っていたもの。
薬品の入った小型の器。血液に直接注入することで効果を発揮するものだ。
肉体に強化を及ぼす一方で、人間にとっては劇薬となる毒でもあるらしい。
これを、エンブリヲはその毒となるという部分を削除して書き直した説明書と共に彼女のバッグに転移させておいた。
存在に気付いたヒルダ自身が使用し命を落とすか。
あるいは全く別の何者かの手に渡りその者の命を奪うか。
少なくとも既に死んだアンジュの命を奪うことはないのだから。
(待っていてくれ、アンジュ。私は必ず君を迎えにいく。それまで暫しの辛抱だ)
調律者は静かに笑みを浮かべる。
アンジュを生き返らせることができると、その果てに彼女が受け入れてくれるだろうということを疑うこともなく。
【G-6/音乃木坂学院付近/一日目/夜】
【ヒルダ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(大) 、左肩にダメージ、ノーパン、頭部出血(中)、全身にガラスによる切り傷。アンジュを喪った衝撃(大)、エンブリヲに対する苛立ち
[装備]:グロック17@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2、クロのパンツ フォトンソード@ソードアート・オンライン、ドーピング剤@アカメが斬る
[思考]
基本:ノーマらしく殺し合いを潰す。
1:仲間は誰も死なせない。
2:ジュネスに向かい銀を探したい。イリヤも会ったらぶっ飛ばしてでも止める。
3:エンブリヲを殺せなかったことへの苛立ち。次に会ったら殺す。
4:マスタングとイェーガーズ(ウェイブはともかくエスデス)を警戒。
5:キンブリーの言葉を鵜呑みにしない。
6:強い戦力になるもの、特にパラメイルかラグナメイルが欲しい。
7:アンジュ、モモカ、サリア、千枝……。
[備考]
※参戦時期はエンブリヲ撃破直後。
※クロエの知り合いの情報を得ました。
※平行世界について半信半疑です。
※キンブリーと情報交換しました
【
小泉花陽@ラブライブ!】
[状態]:疲労(小)、精神的疲労(大)、右腕に凍傷(処置済み、後遺症はありません)
[装備]:音ノ木坂学院の制服
[道具]:デイパック、基本支給品、スタミナドリンク×5@アイドルマスター シンデレラガールズ、スペシャル肉丼の丼@PERSONA4 the Animation 、寝具(六人分)@現地調達、サイマティックスキャン妨害ヘメット@PSYCHO PASS‐サイコパス‐
[思考・行動]
基本方針:皆と共に生き残る。
1:私には、何ができるんだろう?
2:穂乃果が心配。
3;μ'sの仲間や
天城雪子、
由比ヶ浜結衣の死へ対する悲しみと恐怖。
4:セリムや卯月を探したい
5:雪乃には無事で居て欲しい。
[備考]
※参戦時期はアニメ第一期終了後。
【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(大)、悲しみと無力感、穂乃果に対する負い目
[道具]:デイパック、基本支給品、、首輪×2(
婚后光子、巴マミ)、扇子@とある科学の超電磁砲、エカテリーナちゃん@とある科学の超電磁砲
[思考・行動]
基本方針:お姉様や仲間となれそうな者を探す。
1:お姉様を探し、風紀委員として彼女の誤ちを止める。
2:1について情報が集まるまでは花陽、ヒルダと同行する。
[備考]
※参戦時期は不明。
※御坂美琴が殺し合いに乗っているということを確信しました。
※槙島が出会った人物を全て把握しました。
※アンジュ、キリト、黒と情報交換しました
※エンブリヲと軽く情報交換しました。
【G-6/音乃木坂学院/一日目/夜】
【高坂穂乃果@ラブライブ!】
[状態]:疲労(大) 、戦う決意、悲しみ
[装備]:デイパック、基本支給品、音ノ木坂学院の制服、トカレフTT-33(3/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×3
[道具]:練習着
[思考・行動]
基本方針:強くなる
1:エンブリヲを警戒しながらも首輪などの解析を行わせる。その為の協力はする。
2:花陽ちゃん、マスタングさん、ウェイブさんが気がかり
3:セリュー・ユビキタス、サリア、イリヤに対して―――――
[備考]
※参戦時期は少なくともμ'sが9人揃ってからです。
※ウェイブの知り合いを把握しました。
※セリュー・ユビキタスに対して強い拒絶感を持っています。が、サリアとの対面を通じて何か変わりつつあるかもしれません
※エンブリヲと軽く情報交換しました。
【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×2、不明支給品1~2、テニスラケット×2 、幻想御手入りの音楽プレーヤー@とある科学の超電磁砲
[思考・行動]
基本方針:殺し合いから脱出する。
1:自分なりのやり方で戦う。
2:エンブリヲと共に首輪を解析、ただしエンブリヲへの警戒は怠らない。
3:白井さん、御坂さんをお願いします…
4:エンブリヲにはばれないように、幻想御手の解析も行う。
[備考]
※参戦時期は不明です。
※殺し合い全体を管制するコンピューターシステムが存在すると考えています。
※魔法少女について大まかなことは知りました。
※ジョセフとタツミとさやかの知り合いを認識しました。
※DIOは危険人物だと認識しました。
※御坂美琴が殺し合いに乗っているらしいということを知りました。
【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(小)、服を着た、右腕(再生済み)、局部損傷、電撃のダメージ(小)、参加者への失望
[装備]:FN Five-seveN@ソードアート・オンライン
[道具]:ガイアファンデーション@アカメが斬る!、基本支給品×2 二挺大斧ベルヴァーク@アカメが斬る!、浪漫砲台パンプキン@アカメが斬る!、クラスカード『ランサー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ、各世界の書籍×5、基本支給品×2 不明支給品0~2 サイドカー@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本方針:首輪を解析し力を取り戻した後でアンジュを蘇らせる。
1:舞台を整えてから、改めてアンジュを迎えに行く。
2:広川含む、アンジュ以外の全ての参加者を抹消する。だが力を取り戻すまでは慎重に動く。
3:特にタスク、ブラッドレイ、後藤は殺す。
4:利用できる参加者は全て利用する。特に歌に関する者達と錬金術師とは早期に接触したい。
5:穂乃果、初春を利用する。
6:真姫の首輪を回収した後、北部の研究施設に向かう。
[備考]
※出せる分身は二体まで。本体から100m以上離れると消える。本体と思考を共有する。
分身が受けたダメージは本体には影響はないが、殺害されると次に出せるまで半日ほど時間が必要。
※瞬間移動は長距離は不可能、連続で多用しながらの移動は可能。ですが滅茶苦茶疲れます。
※感度50倍の能力はエンブリヲからある程度距離を取ると解除されます。
※DTB、ハガレン、とある、アカメ世界の常識レベルの知識を得ました。
※会場が各々の異世界と繋がる練成陣なのではないかと考えています。
※錬金術を習得しましたが、実用レベルではありません。
※管理システムのパスワードが歌であることに気付きました。
※穂乃果達と軽く情報交換しました。
※ヒステリカが広川達主催者の手元にある可能性を考えています。
※音ノ木坂学院で穂乃果、花陽、黒子、初春、ヒルダはこれまでにあった出来事や出会った人物について情報交換を行いました。
【ドーピング剤@アカメが斬る】
アニメ本編にて三獣士の一人、リヴァが使用したもの。
手のひら程度の大きさの容器に収められた薬品。
血管に注入することで身体能力を強化することができるが同時に毒でもあるため耐性がなければ死に至る。
なお説明書はエンブリヲによって手が加えられており、毒性についての説明が記されていない。
最終更新:2016年04月09日 23:19