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Clann As Dog - (2008/02/04 (月) 00:50:08) の1つ前との変更点
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**Clann As Dog ◆ZJTBOvEGT.
打ち合い、二合。
それだけで勝負は決した。
金属のこすれ合う打撃音と共に、赤い薙刀は吹き飛ばされて地を滑る。
蒼い男に睨まれて、攻めるも退くもままならなくなった静留は
防御の態勢を取ろうとした瞬間に打ちかかられ、またたく間に敗北へ追い込まれたのだ。
実戦上で多少は心得があったからこそ、最初からわかっていた。
正面に立たれた時から、すでに全身でびんびんと感じ取っていた。
(格、違いすぎやわ)
額にぴたりと突きつけられた槍の先端をにらみ、
静留は焦燥と絶望の入り交じった感情を、腹に飲み下す。
今はただ生かされているにすぎない。
男の都合ひとつで、自分はいつでも殺される。
そして今、この状況を脱出する術は、無い。
だが、あきらめるわけには…わけには!
「なんだ、おい」
蛇ならぬ蝦蟇(がま)のように脂汗を流していた静留に向かい、
男は呆れたような声を聞かせてきた。
「ちったぁ腕に覚えがあるのかと思えば…
だから乗ったんじゃねぇのかよ、テメェ。
それとも、だ――」
「っ、ぐぅっ」
蹴飛ばされた静留は瓦礫を背に座らされる。
その正面で、腰を引き、槍を低く構える男。
「ごつい得物片手に、いい気になってたってわけか?」
穂先が静留の額から頬をなぞっていく。
皮膚を裂かない、絶妙な接触を保ったまま、
やがて槍は首筋に達する。
「――いいか、嬢ちゃん。
これから少し、簡単な質問に答えてもらう。
制限時間は一問五秒だ…何も、難しいことはねぇよな?
ありのままを話しゃあいい」
男の言葉に、自分の残り寿命を見定める静留。
言われた通り、すべて正直に答えたとして、稼げる時間はせいぜい五分だ。
そして、状況を正確に把握したこの男は、間違いなく自分を生かしてはおくまい。
すると、残る選択肢は、うまいこと嘘をついて完璧に騙すのみ。
なんとしても出し抜いて、この場を乗り切らねばならないが…
「ああ…わかってるとは思うんだが。
嘘ついたら、その場で終わりだからな。
そのつもりで頼むぜ?」
念を押されなくても、そんなことはわかっていた。
だが、どちらにせよ、この男に自らの運命を委ねていては、
待ち受けるのは死あるのみ。
だから、せめて持ちこたえきらなければならない。
この状況を一変させる何かが起こる、その瞬間まで。
ささいなきっかけひとつでいい。何をしてでも這い上がらねば。
「じゃあ質問、一だ。
嬢ちゃんが殺し合いに乗った理由を簡単に説明しろ」
「………」
「ひとつ」
「愛しい人の、ためどす」
「ほう、そいつはどういうことだ」
「なつきが死にました。
せやから、うちは、なつきを生き返すために」
「そいつはこのゲームに呼ばれて死んだのか」
「…はい」
「なるほどな」
男の声の調子が、若干、ゆるんだ。
同情の余地あり、とでも考えているのだろうか。
大きなお世話というものだ。お前なんかに理解されたくもない。
「そう、しかめっ面すんな…次だ」
感情が顔に表れていたようだ。
自分らしくもないことだった。
唾を飲み、神妙な顔つきを作り直す。
男の質問が、続く。
「ここで一体、何があった?
誰が何をしてこうなったんだ?」
さて。
この男を虚言で丸め込むとして。
誰がこの男の知り合いか?
現在、そこで横たわっているヴァッシュという男に用があると、さっきは言っていたのだが…
うかつなことを言えば、その場で斬殺だ。
「ひとーつ!」
「うぅぐっ」
槍…鉄棒の先端にくくりつけられたナイフの刃が、首筋へわずかにめり込んだ。
鋭い痛覚と共に、そこから生ぬるい液体が下へ下へと垂れ始める感触を覚える。
…だめだ、感づかれている。
「親切で言っておいてやる。
時間稼ぎはためにならねえぞ」
「くっ…」
きりきりとナイフが傷口を広げながら顔へと上ってくる。
嘘をつく暇すら与えないというわけか。
せめて、ここで近づいてきていれば。
調子に乗って頭につかみかかったりしてきていれば、
手中にエレメントを即座に発現、串刺しにしてやれるのに…!
もはや、やむをえなかった。
静留は、洗いざらいぶちまけた。
ここで何があったのか、という質問に関しては何ひとつ隠すことなく。
ここ、燃え盛るデパートに立ち寄った直後、なつきの死を知ったこと。
その段階で殺し合いに乗ることを決断し、居合わせた少女に斬りかかったこと。
だが、仕留める前に次から次へとスバル側の応援が現れて、退く機会をうかがっていたこと。
現れた人物の、覚えている限りの名前と特徴を挙げたところ、
スバルと、今そこにいるヴァッシュ…そして、中国の豪傑風の服装をした中年男の部分に
男は眉を動かし反応を示していた。
「ちっ、坊主の仲間かよ…あいつがどうにかしたと思いてぇ所だがな」
「知り合い、ですのん?」
「お前からの質問は許可しない。続きを話しな」
「………」
それから、鎧をまとった正体不明人物が出現。
そいつは明らかに殺し合いに乗っていて、スバルと中年がそちらに向かっていったこと。
状況に乗じて、自分はさっさと逃げようとしたが、ヴァッシュと、老婆ドーラに追撃されてしまったこと。
そして一時は敗北寸前にまで追い込まれたが、デパートの倒壊で形勢逆転。
まずドーラを殺し、今まさにヴァッシュを斬るところであったこと…
「焼け落ちた…んじゃねぇな。中で派手に戦ったからか」
男が気にしたのは、まずはデパートのことであるようだ。
倒壊するほどの戦闘が繰り広げられた以上、警戒するのは当然か。
だが、静留にとって、それ以上の意味はない。
男も、すぐに考えるのをやめた。
「じゃ、最後の質問だ」
男の視線が、すっ、と鋭くなる。
ここが、自分の生命に関わる、肝心要の部分らしい。
これからの返事が気に入られなければ、
ひと突きで心臓か脳みそをえぐり出されることだろう。
静留は覚悟を決める。
自分となつきの未来を、これからの数十秒に賭けるのだ。
「お前、殺し合いに勝ち残って、最終的にどうするつもりだ」
「…何を聞くのかと思えば」
「にやけてんじゃねぇ。質問に答えろ」
「さっき言った通りどすえ? なつきを生き返します。
それ以外のものは、なぁんにも、いりませんえ」
「それ以外は、どうなろうが構わねぇ…そういう訳か、え?」
静留は、さらに笑みを深くした。
にんまりと、口の端を持ち上げた。
「その通りどす、間違いあらしません」
「知ったこっちゃねぇ、そう言うんだな? お前は?」
「ええ、知ったこっちゃありません」
男の殺意が濃くなることなど、気にも留めない。
「雑草をぶちぶちむしるのに、理由なんかどうでもええ話やわ。
なつきの前じゃ、何もかもが下らない。
下らなさすぎて話にもなりません、違いますか―――」
刹那、白刃が煌めいた。
静留の左眼が捉えたのはそこまでで、
縦一文字に左眼が轢断されたと知らせたのは、他ならぬ灼熱した痛覚だった。
「きっ、ひぃぃぃぃ――――ッ!?」
人目はばからず甲高い悲鳴を上げる。
のけぞって、斬られた左眼の傷口を両手で覆い、見苦しく悶え転げる。
「――もういい、よくわかった。
そうだな、確かに理由なんざどうでもいいこったな。雑草」
男はつかつかとにじり寄る。
槍を高く振り上げつつ。
「目を潰そうが、鼻を削ごうが、耳を刻もうが、頭の皮を剥ごうが、
手足を一本ずつ切り離そうが、腹をかっさばいて臓物ブチ撒けようが…
雑草相手にゃ、理由なんざどうでもいい」
静留は、顔を男に見せない。
両手で傷口を覆ったまま、尻で後じさりしていく。
「そうだよなぁ、雑草がぁ!」
振り下ろされる槍。
そして静留は―――ほどなく確信した。
(…勝った!)
全額をベットした、賭けの、勝利を。
自分が、嬲り殺しにされるように…
言い換えれば、時間をかけて殺されるように仕向けた甲斐は、あった!
「………ぬぅぅっ?」
男はとっさに飛び退いた。
直後、真横から飛んできたのは、十字型の物体。
一瞬で静留の正面を通り過ぎていったそれは、どこかの何かに激突したらしく、
自動車事故のような破壊音を少し遅れて鳴り響かせた。
「テメェ…何の真似だ?」
男が凄んだ先にいたのは、赤いコートのガンマン。
その手に携えるのは、壊れた拳銃ではなく、巨大な手持ちの砲のようなもの。
「やだなぁ」
彼…ヴァッシュは言った。
「女の子の悲鳴を聞いて、黙っていられるわけないじゃないか」
静留が『何度も悲鳴を上げる』より、はるかに早く、彼は覚醒したのだ。
************************************
ヴァッシュ・ザ・スタンピードが信じるものは変わらない。
この殺し合いの場においても、彼は守り続ける。
レムが救った人々を。
それがたとえ、許されざる罪人であっても。
静留の悲鳴によって目覚めた彼は、スタンガンをすかさず打ち込んだ後、
軽い調子でいつぞやの蒼い逆毛男、ランサーに応答してから周囲を見回し、理解した。
今、自分の足元に落ちている薙刀を…凶器となった武具がすでに血を吸っているのを確認して。
「間違ってしまったんだね、キミは…」
深く切り裂かれ、首を飛ばされたドーラの死体を目の当たりにしたヴァッシュが
静留に対して抱いた感情は、怒りではない。
ただひたすら、哀しいだけだ。
どうして、殺さなければならない。どうして、殺されなければならない。
「ヴァッシュはんが勝手に決めることと違います」
すっ、と立ち上がって、静留は答えた。
目に受けた傷など、最初から無いものであるように。
「愛する人のためになら、うちはなんでもしますさかいに。
安っぽい倫理観ふりかざすんは、よそでして下さい」
「…そっか、安っぽいか」
苦笑しながらヴァッシュは相対する。
槍を振って再度構えたランサーへと。
「そいつを庇う気か、テメェ」
「うん、庇うさ」
「そいつは完璧、殺し合いに乗ってやがる。
今ここで逃がせば、あと何人殺すかわかんねぇんだぞ」
「それはキミが勝手に決めることじゃない」
「そいつ自身がテメェで決めてると言っている!」
「それでも、僕には!」
二人同時に、武器を向けた。
槍の先端と、銃口を。お互いに。
「今ここで誰かが死のうとしている事実の方が、重いんだ」
「…偽善だな、吐き気がする」
ゆっくりと、右に歩いていく。
互いの攻撃を待ちながら、牽制しながら。
「口だけで救えりゃ、生命なんて安いもんだよな…え?
どうして、エリオの坊主は死んだんだ?」
「その子は…?」
「将来が楽しみなチビジャリのガキンチョだったよ。
ゲームに乗った糞野郎に殺されたがな」
ヴァッシュの足が、止まる。
ランサーが、すっ、と左足を引いた。
「あいつと糞野郎の死んだ事実が、同じ重さだと言うんだな。テメェはよ」
「死んでいい奴とか、そうでない奴とか…勝手に決めたくないんだ、僕は」
「…そうか、よ!」
足音ひとつ、銃声ひとつ。
同時に響き渡ったそれは、切って落とされた火蓋の形。
ランサーが跳び、踏み込んだのは、静留の真正面。
そこへヴァッシュが寸分違わず打ち込んだスタンガンが、四つの花弁を開いて飛来。
柄を振り上げ、それをあっさり切り払ったランサーに、ヴァッシュはおどけた風に。
「ヒドくない? それ? ボクじゃなくてカノジョに斬りかかっちゃうの?
せっかくカッコイイやりとりしてるのにさぁ…言われない? 無粋だって」
「――知らねぇよ。俺が殺したいのはテメェじゃなくて、こいつなんでな」
スタンガンの最後の一弾が撃ち出される。
その後ろを追いかけるように、ヴァッシュは一挙に間合いに踏み込む。
先と同様にスタンガンを打ち払うランサーにスタンガンの砲身を叩きつけた。
むろん、容易に攻撃の通る相手ではない。
簡単に受け止められてしまったが、ヴァッシュの目的は、もとより動きを封じること。
そのまま砲身をねじるように、鍔迫り合いの体勢に持って行く。
「…そっか! じゃあボクはお姫様を守るナイトってわけだ!」
「騎士、ってガラかよ、テメェが!」
やはり、鍔迫り合いにも一日の長があるのはランサーだった。
ぎりり、と音を鳴らして砲身を脇にのけた槍が、軽く引かれる動作を伴って、
一撃、二撃、三撃と隙間なく襲いかかってくる。
その都度、スタンガンを振り回して防御するものの、
またたく間に部品単位で破壊され、ばらばらになっていく。
ものの七秒ほどでスタンガンは破壊され尽くし、銃身中央のシャフトのみになっていた。
「あああ、ゴメンよミリィ…帰ったらドーナツおごってあげよう」
「帰れよ、お前!」
「そういうわけにも…ネ!」
次の突きで、スタンガンは粉微塵に破壊された。
この表現は、ほぼ誇張無しと言っていいだろう。
なにしろ、微細なネジからスプリングに至るまで、あらゆるものがぶっ飛んで破裂したのだから。
槍は、ぴたりとヴァッシュの胸元に突きつけられ…
「チェック・メイトだ」
「どうかな…?」
その直前に、ヴァッシュの左手から飛び出した棍状の物体によって脇に打ち払われる。
意表をつかれたランサーだが、それだけで終わらないことに早くも気づいたらしい。
「バラタタタタタタタ」
「ちぃっ」
引き金を引く直前には、すでに回避動作をとり始めていた。
右へ、左へ飛び退り、狙いを微妙に外し…
「ババラタタタタタ、チュン、チュン、チューン」
「…って、おい!」
ここまで、銃声の口真似。
左手に仕込まれた、虎の子の隠し銃の残弾は、最初からゼロ。空っぽ。
一瞬遅れて気づいたランサーの猛烈なツッコミ蹴りが飛んできた。
なにくわぬ顔で腕を十字に組み防御。
骨をばらばらにしそうな衝撃が、ヴァッシュを襲う。
吹き飛ばされた先には静留がいて、図らずも上半身を受け止められる形になった。
後頭部に感じる、ふっくらとしたふたつの感触。
「ワォ、役得、役得」
「あっち行き」
「わぁん、ツレない~」
もちろん、さっさと押し返された。
正面には、気を取り直して槍を低く構えるランサー。
「ナメてんのか、おい」
「いや、マジメだよ、僕は」
実際、ああでもしなければ活用できなかっただろう。
義手の隠し銃に弾丸が入っていないことは、モノレールを降りたあたりですでに確認していた。
ラヴ&ピースを信条とする愛の狩人は、万事において抜け目ないお茶目な奴なのだ。
「シズルさん」
「………」
「僕が彼を説得している間、適当な場所に逃げてくれないか」
対峙したまま、ヴァッシュは背後にいる静留に撤退を促す。
彼女にそれを、聞かない理由はないだろう。
「…勝てますのん?」
「時間稼ぎは充分するさ」
多分、勝つことはできない。
あの男を相手に銃なしで勝利を収められると思うほど調子に乗ってはいないつもりだ。
だが、彼女を逃がせば負けではない。生かす願いは、守られる。
「お礼は、言いませんえ?」
「かまわない。だけど、できれば…もう、間違わないでくれ」
「安心し。次は、あんたの番どす」
「そっか…それなら安心だ!」
少しだけ振り向いて、にっこり笑って頷くヴァッシュ。
その隙から、ランサーが飛び込んでくる。
「行かせると思うかぁぁぁっ」
全身を使って振り向く。
銃口と穂先、またも邂逅する―――
光が二人の戦場を埋め尽くしたのは、そのときだった。
************************************
ザクッ… ザクッ…
「てっ、てんめえええええ…」
肉を叩いてミンチにするような音だけが、ヴァッシュには聞こえた。
ランサーの苦悶が同時に耳をつくようになって、やっと光に蝕まれた視覚が取り戻される。
そして見たものは、またしても、間違いが犯されゆく光景。
今の今まで対峙していたランサーが、右手と左足とを付け根から切り取られ、
鞭のような長い鉄条に打ち据えられてさらに切り裂かれゆく姿。
それを、どこか優雅に、かつ機械のように非情に執り行っているのは…静留。
「どうどす? 明らかな格下に出し抜かれた気分は…」
鉄条を振り上げ、振り下ろしながら、彼女は唇の端を持ち上がらせていく。
「うちの得物は特別製でしてなぁ…いつでも手元に呼び出せますさかいに。
知りもしないで甘く見たら、あきません。
こういう風に、伸ばしたり縮めたりもできる優れものどすえ?」
鉄条が、ランサーの全身を巻き取った。
そのままコマを回すようにぐいと引かれ、今度は右足がちぎれ飛ぶ。
トマトケチャップを数十パックぶちまけでもしたかのような、
冗談じみた血溜まりが、すでに形成されている。
…あの鉄条で、光の中、ランサーの身体を捕縛したのか。
そういえば彼女だけ逆光で、僕とランサーが光に目をやられている間…
そんなことは今更どうでもいい!
「やめるんだ、シズルさん!」
走って、静留の身に飛びつこうとするヴァッシュ。
こんなバカなこと、続けさせていいわけがない。
また目の前で、失われてしまう。死んでしまう。
そんな罪が、目の前の女性を汚してしまう。
「こんなこと、誰も喜ぶもんかっ」
「ぎゃあぎゃあやかましいわ」
鉄条、一閃。
防御できるものの持ち合わせは、今や何もない。
ヴァッシュは袈裟懸けに、したたかに打ち据えられた。
見た目以上にすさまじい威力だった。
遠心力が乗っていて、大の男が吹き飛ばされるパワーだ。
どうも、殺すつもりで放った一撃らしい。
コートとラバースーツが特別製でなければ危なかった。
それでも身体がしびれてまともに動かないのだ。
「わめくしかやることのないなきめそは引っ込みよし」
「…くぅ! ううう!」
義手ゆえにまともに動く隠し銃を取り出し、狙う。
苦し紛れ以外の何者でもなかった。
かち、かちと引き金を引く。
飛び出すものは、何もない。
視線の先にいる静留が、にまりと笑った。
嘲笑だ。それ以外の何だというのか。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードは、人間台風は、
今や哀れみを受けるほどに落ちぶれていた。
「せめてもの情けどす」
鉄条が、静留の手中に集合する。
元通り、一本の薙刀となったそれを振りかざし、
彼女は動けないヴァッシュに一歩一歩、歩み寄る。
「先に止めを刺してあげますえ」
義手に足をかけ踏みにじり、
頭上でゆらりと薙刀を一回転。
「益体もない理想、その胸に抱いたまま…往生し」
ここで終わるのか。
誰も救えないまま、誰も守れないまま。
帰れないのか、ナイヴズのもとに。メリルとミリィのもとに。
そんな絶望を、ヴァッシュは常に否定してきた。
今までも、そして、これからも。
動け、そして考えろ。
答えはいつも、そうやってあがいた先にある。
悟った風に諦めたりなど、しない!
そう、未来への切符は、いつだって―――
「どうしたよ、雌犬」
薙刀の振り下ろされる、まさにその瞬間。
先ほどと、調子のさほど変わらないランサーの声が、
静留の動きを止め、そちらに振り向かせた。
************************************
「テメェの鞭なんざ、蚊が刺したほどでもないぞ。雌犬」
「雌犬? うちのことどすか?」
挑発に振り向いてきてくれた。
そしてまた、薙刀が蛇腹状に長くばらけていく。
…まずは良し、である。
完璧な不覚を取った自分は、もはや手遅れ。
すぐに止めを刺さなかった落ち度と言う他はないだろう。
それは、甘んじて受け入れよう。
あの言峰とギルガメッシュに借りを返してやれなかったのが心残りではあるものの、
どうせ二度目の生になど、もとより興味のなかったこの身だ。
だが、だからこそ、最期の最期にはせいぜい言いたいことを言って去ってやろう。
別段、ヴァッシュを助けてやろうとも思わないランサーの、それは本音であった。
「俺を殺して、どいつもこいつも皆殺しにして、願いを叶えてくださいって尻尾を振るんだろ?」
ヒュッ。
鉄条が風を切る。
頬に大きな切れ目が入った。
すでに頭蓋骨が、どこか露出しているかもしれない。
「お嗤(わら)いだよ、小娘。
エリオの坊主は番犬だったが、テメェは足元にも及ばねぇ。雌犬だ」
「黙りよし」
「怒るのか、ハッ!
そんなプライドがテメェにもあったかよ」
ヒュヒュッ。
鉄条、二閃。
もう、どこを斬られようが似たようなものだ。
言いたいことを言い切る前に、首を切断されないことを祈るばかりである。
「もういやだ、たくさんだ。
やめろ、やめるんだ、やめてくれ…」
すすり泣きじみた、男の悲鳴が聞こえた。
(おいおい…なんでテメェが俺の命乞いしてんだよ)
呆れるあまり、思わず吹き出して笑ってしまう。
偽善もここまでくると、いっそ清々しい。
誰かが死ぬことが、それほどまでに痛むのか?
知り合ってから一日もしない、俺の死が?
知り合ってから数時間も経たない、あの女の罪が?
…まったく、不便そうな奴だ。
この世の全てでも背負っていくつもりだろうか。
「もういいから、テメェは黙ってろ、大莫迦が」
苦笑まじりに言い放つと、女にまた目を向け直す。
「怒るくらいなら、あのタコハゲに尻尾振ってんじゃねぇよ。
叶えて下さい、叶えて下さい、おっしゃる通り皆殺しにしますからあの子を生き返して下さい、ってか?
みっともねぇったらねぇな、おい」
ブンッ。
今までになく鋭い音が聞こえると同時に、
どうも首が宙を舞ったらしい。
自分が、消える。
「生き返すんなら、テメェでやれよ。雌犬」
―――槍のサーヴァントは、ここに、完全に消滅した。
&color(red){【ランサー@Fate/stay night 死亡】}
************************************
「…はぁ、あほらし」
光となって消えていった男を看取って、
静留は静かに、くすりと笑った。
「負け惜しみ垂れて死んでいくなんて…傑作やわぁ」
くすくすくす。
その肩が、次第に震え始める。
良心の呵責にでも苛まれて、泣いているのか。
彼女がそのような小さい心臓の持ち主であるならば、
すでに槍使いの男の手で串刺しとなっていただろう。
くすくすくすくす。
肩の震えが、止まらなくなった。
目前で、日がまさに沈んでいく。
その中で、彼女は。
「―――ッ、ハッハッハッハッハッ……」
「ア――ッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…
ア―――ッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…
ア―――――ッ…ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…」
彼女は笑う。
笑い転げる。
腹を抱えて、げらげらと笑い続ける。
そして。
「…その手が、あったわぁ」
時代をまたいで人間を呼び出す力。
最初に見た、すさまじい破壊力をもあっさりと無力化する、あの力。
それほどの力ならば、自らのこの手に収めてしまえば、どれほどのものだろうか。
なつきを生き返すことも、共に不死の永遠を夢見ることも、きっと、思いのまま。
「希望は、山ほど、ある」
そうと決まれば、まずは手駒が必要だ。
手始めに、そこで落ち込んでいる、お人好しの…
【E-6/デパート周辺/1日目/夕方・放送直前】
【藤乃静留@舞-HiME】
[状態]:疲労(中)、左足に打撲、左眼損傷(ほぼ失明状態、高度な治療を受ければあるいは…)、首筋に切傷、精神高揚
[装備]:雷泥のローラースケート@トライガン
[道具]:支給品一式×4(食料二食分消費)、マオのヘッドホン@コードギアス 反逆のルルーシュ、 巨大ハサミを分解した片方の刃@王ドロボウJING、
サングラス@カウボーイビバップ 、包丁、不死の酒(不完全版)@BACCANO バッカーノ!
棒付手榴弾×3@R.O.D(シリーズ)、大量の貴金属アクセサリ、ヴァッシュの手配書、防水性の紙×10、
偽・螺旋剣@Fate/stay night、暗視双眼鏡、不明支給品0~1個(槍・デバイスは無い)
[思考]:
基本思考:螺旋王の力を手中に収め、なつきと共に永遠を生きる
0:まず、ヴァッシュを味方に引き込む
1:邪魔になる人間は殺す
2:足手まといは間引く
3:邪魔にならない人間を傘下に置く
【備考】
※「堪忍な~」の直後辺りから参戦。
※ビクトリームとおおまかに話し合った模様。少なくともお互いの世界についての情報は交換したようです。
※マオのヘッドホンから流れてくる声は風花真白、もしくは姫野二三の声であると認識。
(どちらもC.C.の声優と同じ CV:ゆかな)
※不死の酒(不完全版)には海水で濡れた説明書が貼りついています。字は滲んでて本文がよく読めない模様。
※一応、殺し合いに乗らず脱出する方針に転換したので、ジャグジーに対する後ろめたさは、ほぼ無くなりました。
【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@トライガン】
[状態]:全身打撲、しびれて動けない(十数分で回復すると思われる)、悲しみ
[装備]:ナイヴズの銃@トライガン(破損)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]基本:絶対に殺し合いを止めさせるし、誰も殺させない。
0:また、死なせてしまった…
1:シズルさん…?
2:クアットロが心配。
3:ナイヴズの銃は出来るだけ使いたくない。
[備考]
※クロの持っていた情報をある程度把握しています(クロの世界、はやてとの約束について)。
※第二放送を聞き逃しました。
※ミリィのスタンガンは粉々に破壊されました。
※隠し銃に弾丸は入っていません。どこかで補充しない限り使用不能です。
*時系列順で読む
Back: Next:
*投下順で読む
Back:[[拳で語る、漢の美学]] Next:
||藤乃静留||
||ヴァッシュ・ザ・スタンピード||
||&color(red){ランサー}||
**Clann As Dog ◆ZJTBOvEGT.
打ち合い、二合。
それだけで勝負は決した。
金属のこすれ合う打撃音と共に、赤い薙刀は吹き飛ばされて地を滑る。
蒼い男に睨まれて、攻めるも退くもままならなくなった静留は
防御の態勢を取ろうとした瞬間に打ちかかられ、またたく間に敗北へ追い込まれたのだ。
実戦上で多少は心得があったからこそ、最初からわかっていた。
正面に立たれた時から、すでに全身でびんびんと感じ取っていた。
(格、違いすぎやわ)
額にぴたりと突きつけられた槍の先端をにらみ、
静留は焦燥と絶望の入り交じった感情を、腹に飲み下す。
今はただ生かされているにすぎない。
男の都合ひとつで、自分はいつでも殺される。
そして今、この状況を脱出する術は、無い。
だが、あきらめるわけには…わけには!
「なんだ、おい」
蛇ならぬ蝦蟇(がま)のように脂汗を流していた静留に向かい、
男は呆れたような声を聞かせてきた。
「ちったぁ腕に覚えがあるのかと思えば…
だから乗ったんじゃねぇのかよ、テメェ。
それとも、だ――」
「っ、ぐぅっ」
蹴飛ばされた静留は瓦礫を背に座らされる。
その正面で、腰を引き、槍を低く構える男。
「ごつい得物片手に、いい気になってたってわけか?」
穂先が静留の額から頬をなぞっていく。
皮膚を裂かない、絶妙な接触を保ったまま、
やがて槍は首筋に達する。
「――いいか、嬢ちゃん。
これから少し、簡単な質問に答えてもらう。
制限時間は一問五秒だ…何も、難しいことはねぇよな?
ありのままを話しゃあいい」
男の言葉に、自分の残り寿命を見定める静留。
言われた通り、すべて正直に答えたとして、稼げる時間はせいぜい五分だ。
そして、状況を正確に把握したこの男は、間違いなく自分を生かしてはおくまい。
すると、残る選択肢は、うまいこと嘘をついて完璧に騙すのみ。
なんとしても出し抜いて、この場を乗り切らねばならないが…
「ああ…わかってるとは思うんだが。
嘘ついたら、その場で終わりだからな。
そのつもりで頼むぜ?」
念を押されなくても、そんなことはわかっていた。
だが、どちらにせよ、この男に自らの運命を委ねていては、
待ち受けるのは死あるのみ。
だから、せめて持ちこたえきらなければならない。
この状況を一変させる何かが起こる、その瞬間まで。
ささいなきっかけひとつでいい。何をしてでも這い上がらねば。
「じゃあ質問、一だ。
嬢ちゃんが殺し合いに乗った理由を簡単に説明しろ」
「………」
「ひとつ」
「愛しい人の、ためどす」
「ほう、そいつはどういうことだ」
「なつきが死にました。
せやから、うちは、なつきを生き返すために」
「そいつはこのゲームに呼ばれて死んだのか」
「…はい」
「なるほどな」
男の声の調子が、若干、ゆるんだ。
同情の余地あり、とでも考えているのだろうか。
大きなお世話というものだ。お前なんかに理解されたくもない。
「そう、しかめっ面すんな…次だ」
感情が顔に表れていたようだ。
自分らしくもないことだった。
唾を飲み、神妙な顔つきを作り直す。
男の質問が、続く。
「ここで一体、何があった?
誰が何をしてこうなったんだ?」
さて。
この男を虚言で丸め込むとして。
誰がこの男の知り合いか?
現在、そこで横たわっているヴァッシュという男に用があると、さっきは言っていたのだが…
うかつなことを言えば、その場で斬殺だ。
「ひとーつ!」
「うぅぐっ」
槍…鉄棒の先端にくくりつけられたナイフの刃が、首筋へわずかにめり込んだ。
鋭い痛覚と共に、そこから生ぬるい液体が下へ下へと垂れ始める感触を覚える。
…だめだ、感づかれている。
「親切で言っておいてやる。
時間稼ぎはためにならねえぞ」
「くっ…」
きりきりとナイフが傷口を広げながら顔へと上ってくる。
嘘をつく暇すら与えないというわけか。
せめて、ここで近づいてきていれば。
調子に乗って頭につかみかかったりしてきていれば、
手中にエレメントを即座に発現、串刺しにしてやれるのに…!
もはや、やむをえなかった。
静留は、洗いざらいぶちまけた。
ここで何があったのか、という質問に関しては何ひとつ隠すことなく。
ここ、燃え盛るデパートに立ち寄った直後、なつきの死を知ったこと。
その段階で殺し合いに乗ることを決断し、居合わせた少女に斬りかかったこと。
だが、仕留める前に次から次へとスバル側の応援が現れて、退く機会をうかがっていたこと。
現れた人物の、覚えている限りの名前と特徴を挙げたところ、
スバルと、今そこにいるヴァッシュ…そして、中国の豪傑風の服装をした中年男の部分に
男は眉を動かし反応を示していた。
「ちっ、坊主の仲間かよ…あいつがどうにかしたと思いてぇ所だがな」
「知り合い、ですのん?」
「お前からの質問は許可しない。続きを話しな」
「………」
それから、鎧をまとった正体不明人物が出現。
そいつは明らかに殺し合いに乗っていて、スバルと中年がそちらに向かっていったこと。
状況に乗じて、自分はさっさと逃げようとしたが、ヴァッシュと、老婆ドーラに追撃されてしまったこと。
そして一時は敗北寸前にまで追い込まれたが、デパートの倒壊で形勢逆転。
まずドーラを殺し、今まさにヴァッシュを斬るところであったこと…
「焼け落ちた…んじゃねぇな。中で派手に戦ったからか」
男が気にしたのは、まずはデパートのことであるようだ。
倒壊するほどの戦闘が繰り広げられた以上、警戒するのは当然か。
だが、静留にとって、それ以上の意味はない。
男も、すぐに考えるのをやめた。
「じゃ、最後の質問だ」
男の視線が、すっ、と鋭くなる。
ここが、自分の生命に関わる、肝心要の部分らしい。
これからの返事が気に入られなければ、
ひと突きで心臓か脳みそをえぐり出されることだろう。
静留は覚悟を決める。
自分となつきの未来を、これからの数十秒に賭けるのだ。
「お前、殺し合いに勝ち残って、最終的にどうするつもりだ」
「…何を聞くのかと思えば」
「にやけてんじゃねぇ。質問に答えろ」
「さっき言った通りどすえ? なつきを生き返します。
それ以外のものは、なぁんにも、いりませんえ」
「それ以外は、どうなろうが構わねぇ…そういう訳か、え?」
静留は、さらに笑みを深くした。
にんまりと、口の端を持ち上げた。
「その通りどす、間違いあらしません」
「知ったこっちゃねぇ、そう言うんだな? お前は?」
「ええ、知ったこっちゃありません」
男の殺意が濃くなることなど、気にも留めない。
「雑草をぶちぶちむしるのに、理由なんかどうでもええ話やわ。
なつきの前じゃ、何もかもが下らない。
下らなさすぎて話にもなりません、違いますか―――」
刹那、白刃が煌めいた。
静留の左眼が捉えたのはそこまでで、
縦一文字に左眼が轢断されたと知らせたのは、他ならぬ灼熱した痛覚だった。
「きっ、ひぃぃぃぃ――――ッ!?」
人目はばからず甲高い悲鳴を上げる。
のけぞって、斬られた左眼の傷口を両手で覆い、見苦しく悶え転げる。
「――もういい、よくわかった。
そうだな、確かに理由なんざどうでもいいこったな。雑草」
男はつかつかとにじり寄る。
槍を高く振り上げつつ。
「目を潰そうが、鼻を削ごうが、耳を刻もうが、頭の皮を剥ごうが、
手足を一本ずつ切り離そうが、腹をかっさばいて臓物ブチ撒けようが…
雑草相手にゃ、理由なんざどうでもいい」
静留は、顔を男に見せない。
両手で傷口を覆ったまま、尻で後じさりしていく。
「そうだよなぁ、雑草がぁ!」
振り下ろされる槍。
そして静留は―――ほどなく確信した。
(…勝った!)
全額をベットした、賭けの、勝利を。
自分が、嬲り殺しにされるように…
言い換えれば、時間をかけて殺されるように仕向けた甲斐は、あった!
「………ぬぅぅっ?」
男はとっさに飛び退いた。
直後、真横から飛んできたのは、十字型の物体。
一瞬で静留の正面を通り過ぎていったそれは、どこかの何かに激突したらしく、
自動車事故のような破壊音を少し遅れて鳴り響かせた。
「テメェ…何の真似だ?」
男が凄んだ先にいたのは、赤いコートのガンマン。
その手に携えるのは、壊れた拳銃ではなく、巨大な手持ちの砲のようなもの。
「やだなぁ」
彼…ヴァッシュは言った。
「女の子の悲鳴を聞いて、黙っていられるわけないじゃないか」
静留が『何度も悲鳴を上げる』より、はるかに早く、彼は覚醒したのだ。
************************************
ヴァッシュ・ザ・スタンピードが信じるものは変わらない。
この殺し合いの場においても、彼は守り続ける。
レムが救った人々を。
それがたとえ、許されざる罪人であっても。
静留の悲鳴によって目覚めた彼は、スタンガンをすかさず打ち込んだ後、
軽い調子でいつぞやの蒼い逆毛男、ランサーに応答してから周囲を見回し、理解した。
今、自分の足元に落ちている薙刀を…凶器となった武具がすでに血を吸っているのを確認して。
「間違ってしまったんだね、キミは…」
深く切り裂かれ、首を飛ばされたドーラの死体を目の当たりにしたヴァッシュが
静留に対して抱いた感情は、怒りではない。
ただひたすら、哀しいだけだ。
どうして、殺さなければならない。どうして、殺されなければならない。
「ヴァッシュはんが勝手に決めることと違います」
すっ、と立ち上がって、静留は答えた。
目に受けた傷など、最初から無いものであるように。
「愛する人のためになら、うちはなんでもしますさかいに。
安っぽい倫理観ふりかざすんは、よそでして下さい」
「…そっか、安っぽいか」
苦笑しながらヴァッシュは相対する。
槍を振って再度構えたランサーへと。
「そいつを庇う気か、テメェ」
「うん、庇うさ」
「そいつは完璧、殺し合いに乗ってやがる。
今ここで逃がせば、あと何人殺すかわかんねぇんだぞ」
「それはキミが勝手に決めることじゃない」
「そいつ自身がテメェで決めてると言っている!」
「それでも、僕には!」
二人同時に、武器を向けた。
槍の先端と、銃口を。お互いに。
「今ここで誰かが死のうとしている事実の方が、重いんだ」
「…偽善だな、吐き気がする」
ゆっくりと、右に歩いていく。
互いの攻撃を待ちながら、牽制しながら。
「口だけで救えりゃ、生命なんて安いもんだよな…え?
どうして、エリオの坊主は死んだんだ?」
「その子は…?」
「将来が楽しみなチビジャリのガキンチョだったよ。
ゲームに乗った糞野郎に殺されたがな」
ヴァッシュの足が、止まる。
ランサーが、すっ、と左足を引いた。
「あいつと糞野郎の死んだ事実が、同じ重さだと言うんだな。テメェはよ」
「死んでいい奴とか、そうでない奴とか…勝手に決めたくないんだ、僕は」
「…そうか、よ!」
足音ひとつ、銃声ひとつ。
同時に響き渡ったそれは、切って落とされた火蓋の形。
ランサーが跳び、踏み込んだのは、静留の真正面。
そこへヴァッシュが寸分違わず打ち込んだスタンガンが、四つの花弁を開いて飛来。
柄を振り上げ、それをあっさり切り払ったランサーに、ヴァッシュはおどけた風に。
「ヒドくない? それ? ボクじゃなくてカノジョに斬りかかっちゃうの?
せっかくカッコイイやりとりしてるのにさぁ…言われない? 無粋だって」
「――知らねぇよ。俺が殺したいのはテメェじゃなくて、こいつなんでな」
スタンガンの最後の一弾が撃ち出される。
その後ろを追いかけるように、ヴァッシュは一挙に間合いに踏み込む。
先と同様にスタンガンを打ち払うランサーにスタンガンの砲身を叩きつけた。
むろん、容易に攻撃の通る相手ではない。
簡単に受け止められてしまったが、ヴァッシュの目的は、もとより動きを封じること。
そのまま砲身をねじるように、鍔迫り合いの体勢に持って行く。
「…そっか! じゃあボクはお姫様を守るナイトってわけだ!」
「騎士、ってガラかよ、テメェが!」
やはり、鍔迫り合いにも一日の長があるのはランサーだった。
ぎりり、と音を鳴らして砲身を脇にのけた槍が、軽く引かれる動作を伴って、
一撃、二撃、三撃と隙間なく襲いかかってくる。
その都度、スタンガンを振り回して防御するものの、
またたく間に部品単位で破壊され、ばらばらになっていく。
ものの七秒ほどでスタンガンは破壊され尽くし、銃身中央のシャフトのみになっていた。
「あああ、ゴメンよミリィ…帰ったらドーナツおごってあげよう」
「帰れよ、お前!」
「そういうわけにも…ネ!」
次の突きで、スタンガンは粉微塵に破壊された。
この表現は、ほぼ誇張無しと言っていいだろう。
なにしろ、微細なネジからスプリングに至るまで、あらゆるものがぶっ飛んで破裂したのだから。
槍は、ぴたりとヴァッシュの胸元に突きつけられ…
「チェック・メイトだ」
「どうかな…?」
その直前に、ヴァッシュの左手から飛び出した棍状の物体によって脇に打ち払われる。
意表をつかれたランサーだが、それだけで終わらないことに早くも気づいたらしい。
「バラタタタタタタタ」
「ちぃっ」
引き金を引く直前には、すでに回避動作をとり始めていた。
右へ、左へ飛び退り、狙いを微妙に外し…
「ババラタタタタタ、チュン、チュン、チューン」
「…って、おい!」
ここまで、銃声の口真似。
左手に仕込まれた、虎の子の隠し銃の残弾は、最初からゼロ。空っぽ。
一瞬遅れて気づいたランサーの猛烈なツッコミ蹴りが飛んできた。
なにくわぬ顔で腕を十字に組み防御。
骨をばらばらにしそうな衝撃が、ヴァッシュを襲う。
吹き飛ばされた先には静留がいて、図らずも上半身を受け止められる形になった。
後頭部に感じる、ふっくらとしたふたつの感触。
「ワォ、役得、役得」
「あっち行き」
「わぁん、ツレない~」
もちろん、さっさと押し返された。
正面には、気を取り直して槍を低く構えるランサー。
「ナメてんのか、おい」
「いや、マジメだよ、僕は」
実際、ああでもしなければ活用できなかっただろう。
義手の隠し銃に弾丸が入っていないことは、モノレールを降りたあたりですでに確認していた。
ラヴ&ピースを信条とする愛の狩人は、万事において抜け目ないお茶目な奴なのだ。
「シズルさん」
「………」
「僕が彼を説得している間、適当な場所に逃げてくれないか」
対峙したまま、ヴァッシュは背後にいる静留に撤退を促す。
彼女にそれを、聞かない理由はないだろう。
「…勝てますのん?」
「時間稼ぎは充分するさ」
多分、勝つことはできない。
あの男を相手に銃なしで勝利を収められると思うほど調子に乗ってはいないつもりだ。
だが、彼女を逃がせば負けではない。生かす願いは、守られる。
「お礼は、言いませんえ?」
「かまわない。だけど、できれば…もう、間違わないでくれ」
「安心し。次は、あんたの番どす」
「そっか…それなら安心だ!」
少しだけ振り向いて、にっこり笑って頷くヴァッシュ。
その隙から、ランサーが飛び込んでくる。
「行かせると思うかぁぁぁっ」
全身を使って振り向く。
銃口と穂先、またも邂逅する―――
光が二人の戦場を埋め尽くしたのは、そのときだった。
************************************
ザクッ… ザクッ…
「てっ、てんめえええええ…」
肉を叩いてミンチにするような音だけが、ヴァッシュには聞こえた。
ランサーの苦悶が同時に耳をつくようになって、やっと光に蝕まれた視覚が取り戻される。
そして見たものは、またしても、間違いが犯されゆく光景。
今の今まで対峙していたランサーが、右手と左足とを付け根から切り取られ、
鞭のような長い鉄条に打ち据えられてさらに切り裂かれゆく姿。
それを、どこか優雅に、かつ機械のように非情に執り行っているのは…静留。
「どうどす? 明らかな格下に出し抜かれた気分は…」
鉄条を振り上げ、振り下ろしながら、彼女は唇の端を持ち上がらせていく。
「うちの得物は特別製でしてなぁ…いつでも手元に呼び出せますさかいに。
知りもしないで甘く見たら、あきません。
こういう風に、伸ばしたり縮めたりもできる優れものどすえ?」
鉄条が、ランサーの全身を巻き取った。
そのままコマを回すようにぐいと引かれ、今度は右足がちぎれ飛ぶ。
トマトケチャップを数十パックぶちまけでもしたかのような、
冗談じみた血溜まりが、すでに形成されている。
…あの鉄条で、光の中、ランサーの身体を捕縛したのか。
そういえば彼女だけ逆光で、僕とランサーが光に目をやられている間…
そんなことは今更どうでもいい!
「やめるんだ、シズルさん!」
走って、静留の身に飛びつこうとするヴァッシュ。
こんなバカなこと、続けさせていいわけがない。
また目の前で、失われてしまう。死んでしまう。
そんな罪が、目の前の女性を汚してしまう。
「こんなこと、誰も喜ぶもんかっ」
「ぎゃあぎゃあやかましいわ」
鉄条、一閃。
防御できるものの持ち合わせは、今や何もない。
ヴァッシュは袈裟懸けに、したたかに打ち据えられた。
見た目以上にすさまじい威力だった。
遠心力が乗っていて、大の男が吹き飛ばされるパワーだ。
どうも、殺すつもりで放った一撃らしい。
コートとラバースーツが特別製でなければ危なかった。
それでも身体がしびれてまともに動かないのだ。
「わめくしかやることのないなきめそは引っ込みよし」
「…くぅ! ううう!」
義手ゆえにまともに動く隠し銃を取り出し、狙う。
苦し紛れ以外の何者でもなかった。
かち、かちと引き金を引く。
飛び出すものは、何もない。
視線の先にいる静留が、にまりと笑った。
嘲笑だ。それ以外の何だというのか。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードは、人間台風は、
今や哀れみを受けるほどに落ちぶれていた。
「せめてもの情けどす」
鉄条が、静留の手中に集合する。
元通り、一本の薙刀となったそれを振りかざし、
彼女は動けないヴァッシュに一歩一歩、歩み寄る。
「先に止めを刺してあげますえ」
義手に足をかけ踏みにじり、
頭上でゆらりと薙刀を一回転。
「益体もない理想、その胸に抱いたまま…往生し」
ここで終わるのか。
誰も救えないまま、誰も守れないまま。
帰れないのか、ナイヴズのもとに。メリルとミリィのもとに。
そんな絶望を、ヴァッシュは常に否定してきた。
今までも、そして、これからも。
動け、そして考えろ。
答えはいつも、そうやってあがいた先にある。
悟った風に諦めたりなど、しない!
そう、未来への切符は、いつだって―――
「どうしたよ、雌犬」
薙刀の振り下ろされる、まさにその瞬間。
先ほどと、調子のさほど変わらないランサーの声が、
静留の動きを止め、そちらに振り向かせた。
************************************
「テメェの鞭なんざ、蚊が刺したほどでもないぞ。雌犬」
「雌犬? うちのことどすか?」
挑発に振り向いてきてくれた。
そしてまた、薙刀が蛇腹状に長くばらけていく。
…まずは良し、である。
完璧な不覚を取った自分は、もはや手遅れ。
すぐに止めを刺さなかった落ち度と言う他はないだろう。
それは、甘んじて受け入れよう。
あの言峰とギルガメッシュに借りを返してやれなかったのが心残りではあるものの、
どうせ二度目の生になど、もとより興味のなかったこの身だ。
だが、だからこそ、最期の最期にはせいぜい言いたいことを言って去ってやろう。
別段、ヴァッシュを助けてやろうとも思わないランサーの、それは本音であった。
「俺を殺して、どいつもこいつも皆殺しにして、願いを叶えてくださいって尻尾を振るんだろ?」
ヒュッ。
鉄条が風を切る。
頬に大きな切れ目が入った。
すでに頭蓋骨が、どこか露出しているかもしれない。
「お嗤(わら)いだよ、小娘。
エリオの坊主は番犬だったが、テメェは足元にも及ばねぇ。雌犬だ」
「黙りよし」
「怒るのか、ハッ!
そんなプライドがテメェにもあったかよ」
ヒュヒュッ。
鉄条、二閃。
もう、どこを斬られようが似たようなものだ。
言いたいことを言い切る前に、首を切断されないことを祈るばかりである。
「もういやだ、たくさんだ。
やめろ、やめるんだ、やめてくれ…」
すすり泣きじみた、男の悲鳴が聞こえた。
(おいおい…なんでテメェが俺の命乞いしてんだよ)
呆れるあまり、思わず吹き出して笑ってしまう。
偽善もここまでくると、いっそ清々しい。
誰かが死ぬことが、それほどまでに痛むのか?
知り合ってから一日もしない、俺の死が?
知り合ってから数時間も経たない、あの女の罪が?
…まったく、不便そうな奴だ。
この世の全てでも背負っていくつもりだろうか。
「もういいから、テメェは黙ってろ、大莫迦が」
苦笑まじりに言い放つと、女にまた目を向け直す。
「怒るくらいなら、あのタコハゲに尻尾振ってんじゃねぇよ。
叶えて下さい、叶えて下さい、おっしゃる通り皆殺しにしますからあの子を生き返して下さい、ってか?
みっともねぇったらねぇな、おい」
ブンッ。
今までになく鋭い音が聞こえると同時に、
どうも首が宙を舞ったらしい。
自分が、消える。
「生き返すんなら、テメェでやれよ。雌犬」
―――槍のサーヴァントは、ここに、完全に消滅した。
&color(red){【ランサー@Fate/stay night 死亡】}
************************************
「…はぁ、あほらし」
光となって消えていった男を看取って、
静留は静かに、くすりと笑った。
「負け惜しみ垂れて死んでいくなんて…傑作やわぁ」
くすくすくす。
その肩が、次第に震え始める。
良心の呵責にでも苛まれて、泣いているのか。
彼女がそのような小さい心臓の持ち主であるならば、
すでに槍使いの男の手で串刺しとなっていただろう。
くすくすくすくす。
肩の震えが、止まらなくなった。
目前で、日がまさに沈んでいく。
その中で、彼女は。
「―――ッ、ハッハッハッハッハッ……」
「ア――ッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…
ア―――ッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…
ア―――――ッ…ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…」
彼女は笑う。
笑い転げる。
腹を抱えて、げらげらと笑い続ける。
そして。
「…その手が、あったわぁ」
時代をまたいで人間を呼び出す力。
最初に見た、すさまじい破壊力をもあっさりと無力化する、あの力。
それほどの力ならば、自らのこの手に収めてしまえば、どれほどのものだろうか。
なつきを生き返すことも、共に不死の永遠を夢見ることも、きっと、思いのまま。
「希望は、山ほど、ある」
そうと決まれば、まずは手駒が必要だ。
手始めに、そこで落ち込んでいる、お人好しの…
【E-6/デパート周辺/1日目/夕方・放送直前】
【藤乃静留@舞-HiME】
[状態]:疲労(中)、左足に打撲、左眼損傷(ほぼ失明状態、高度な治療を受ければあるいは…)、首筋に切傷、精神高揚
[装備]:雷泥のローラースケート@トライガン
[道具]:支給品一式×4(食料二食分消費)、マオのヘッドホン@コードギアス 反逆のルルーシュ、 巨大ハサミを分解した片方の刃@王ドロボウJING、
サングラス@カウボーイビバップ 、包丁、不死の酒(不完全版)@BACCANO バッカーノ!
棒付手榴弾×3@R.O.D(シリーズ)、大量の貴金属アクセサリ、ヴァッシュの手配書、防水性の紙×10、
偽・螺旋剣@Fate/stay night、暗視双眼鏡、不明支給品0~1個(槍・デバイスは無い)
[思考]:
基本思考:螺旋王の力を手中に収め、なつきと共に永遠を生きる
0:まず、ヴァッシュを味方に引き込む
1:邪魔になる人間は殺す
2:足手まといは間引く
3:邪魔にならない人間を傘下に置く
【備考】
※「堪忍な~」の直後辺りから参戦。
※ビクトリームとおおまかに話し合った模様。少なくともお互いの世界についての情報は交換したようです。
※マオのヘッドホンから流れてくる声は風花真白、もしくは姫野二三の声であると認識。
(どちらもC.C.の声優と同じ CV:ゆかな)
※不死の酒(不完全版)には海水で濡れた説明書が貼りついています。字は滲んでて本文がよく読めない模様。
※一応、殺し合いに乗らず脱出する方針に転換したので、ジャグジーに対する後ろめたさは、ほぼ無くなりました。
【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@トライガン】
[状態]:全身打撲、しびれて動けない(十数分で回復すると思われる)、悲しみ
[装備]:ナイヴズの銃@トライガン(破損)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]基本:絶対に殺し合いを止めさせるし、誰も殺させない。
0:また、死なせてしまった…
1:シズルさん…?
2:クアットロが心配。
3:ナイヴズの銃は出来るだけ使いたくない。
[備考]
※クロの持っていた情報をある程度把握しています(クロの世界、はやてとの約束について)。
※第二放送を聞き逃しました。
※ミリィのスタンガンは粉々に破壊されました。
※隠し銃に弾丸は入っていません。どこかで補充しない限り使用不能です。
*時系列順で読む
Back:[[二人がここにいる不思議(後編)]] Next:[[THE SPIRAL KING”OF PRINCESS NIA=TEPPELIN]]
*投下順で読む
Back:[[拳で語る、漢の美学]] Next:[[全竜交渉(前編)]]
|189:[[焔のさだめ]]|&color(red){ランサー}||
|189:[[焔のさだめ]]|ヴァッシュ・ザ・スタンピード||
|189:[[焔のさだめ]]|藤乃静留||
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