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SPIRAL ALIVE - (2008/10/01 (水) 01:24:17) の1つ前との変更点
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**SPIRAL ALIVE ◆wYjszMXgAo
――――これは、箱庭の中には決して知らされぬ者たちの物語である。
何処とも知れぬ暗闇がある。
――――星々の大海。
無数の煌きが闇を彩り、闇の中にもまた明暗が存在している。
決して瞬かない星の群れは、その空間を中心としてゆっくりと全天を回り続けていた。
幾つも幾つも偏在する銀河。
融合や離散を繰り返し、時には縮合して黒い空間、特異点となるのも眼に見える光景となって蠢き続ける。
単に作り物というだけなのか、時間の進みが異常なのか。
それすらも判然としない光と闇の中。
その中に、彼は浮かんでいた。
いや、彼だけではない。周囲には幾つもの人影がある。
彼と同様に、“呼ばれた”者達だろう。
思い思いの時間を過ごす彼らではあるが、しかし誰もが着目しているモノがある。
――――彼らが望めば眼前に展開されるウィンドウの内部。
表示される映像は、螺旋の王の推し進める実験の光景だ。
その一部始終を見終えて、彼は誰にともなく――――、いや、此処にも何処にもいない誰かに向かって話しかける。
「――――君が死んだとは、なあ。いや、ある意味当然といえば当然か……」
呆れるような、哀しむような、怒りを滾らせるような。
そのいずれでもありそれ以外の何かでさえもある表情を浮かべ、刃物の様な目をした青年は、虚空を見続ける。
「……最初から最期まで人間を守るなんて下らないことを言い続けた、その結末がこれか。
……なあおい、馬鹿だろう君は。それもあんな糞餓鬼に舐められたままでだ。
ああ、……つくづく救えない奴だよ」
目を細め、忌々しげに。
呟く言葉からは余計な力は感じられず、それ故にあまりに自然な殺気に満ち満ちていた。
「だから言ったんだ、人間なんかに入れ込みやがって。
だがな、……それでも僕は君の兄だ。
――――弟を殺した連中を潰すのに躊躇いはない」
それきり彼は黙り込み、しばし沈黙が辺りを支配する。
長いような短いような静寂はしかし、誰もがそろそろ始まるだろうと認めたまさにその瞬間に破られた。
「どうやら皆さんお集まりのようですな。
今回の事の次第も御覧頂いたようですし、それでは始める事と致しましょう」
不意に、天元が割れて光が差す。
白一色のその狭間からゆっくりと降りてくるのは、羽付きの扇を手にべージュのスーツを着こなす中年男性。
口髭を歪め、彼は見下ろすようにその場にいた全員を睥睨する。
……と。
「……ああ、それはいいがね。一つ訊いておこう」
一呼吸するなり、顔の半分を仮面で隠した男が口端を歪め続けるベージュスーツに割り込んだ。
筋骨隆々としたその体躯に似合わず、落ち着いた声色で男は問う。
「――――ここにいる連中。その誰もが、確かに強者と言うのは分かる。
それはいいだろう。私とてかつては一国の代表としてファイトに身を投げ込んだ人間だ。
だが……、」
「……何故、僕たちを選んだ? これほどの力を持つお前……いや、その後ろにいる奴が、だ」
割り込む“彼”――――、短髪の青年に僅かに眉をしかめ、男は冷静に、しかしその感情を隠す事無く吐き捨てる。
「……ッ、若造が」
……尤も、この部屋に皆が呼ばれてからの僅かな間に、この程度の諍いは何度も起きている。
そして誰も彼もがその全ては取るに足りないことでしかないという認識らしく、それ故に争いは起こっていない。
「若造は貴様だろ。高々生まれてから3、40年程度しか生きていない人間如きがほざくなよ」
睨みつける男の殺気を他所に、短髪の青年は明らかな侮蔑を含んだ目線で一蹴した後、さっさと本題に戻ることにする。
「――――そもそも、だ。これ程までにその実験とやらの情報を掴んでいるのなら、何故にすぐにでも潰さないんだ?」
それが気に食わなかったか、仮面の男は何かを告げようと口を開き――――、
「お静かに」
ベージュのスーツの男に止められた。
「宜しい、お答えしましょう」
話をさっさと進めたいのか、芝居がかった動作で扇を開き、周囲の注目を集める髭男。
こうなっては仕方ない。
仮面の男は渋々といった感じに開きかけた口を閉じて言葉を飲み込み、スーツ男の言葉を待つ。
「我々の意思は、偏に螺旋の力を持つ者達に完全なる絶望を与える所なり。
即ち、希望を与え、しかしそれに届かんと手を伸ばしたまさにその時に目の前で砕くのです。
……彼らより、僅かに上回る力を持ってして、ですな」
どういうことか、と問うまでもなく、人の輪の一角から声がする。
厚い本を手にした無表情な青年と、年齢に似合わず威風堂々としたマントを羽織る少年という異色の組み合わせだ。
「……敢えて知ろうとするまでもない。
希望が大きければ大きいほど、その達成に近いほど、それが潰えた時の絶望が大きいということか」
その言葉にスーツの男は扇で口元を隠すもしかし、彼の目は雄弁に物語る。
――――明らかな笑身の表情が、そこにある。
「左様。なればこそ、そこに疑いの余地はなかろうというものです。
ジワジワと少しずつ螺旋の王を追い詰めた上で、彼の箱庭の中の種が芽吹いたまさにその時!
希望の象徴たるそれを、我らの盟主は彼の目の前で砕き崩して下さることでしょう」
僅かなざわめきが広がった。
勿論そこに会話はない。
各々が各々の為に、独り言を呟く程度のものだ。
「フン……」
青年もそれに殉じながら、しかし続けるのは明確な宣言だ。
「まあ、貴様らの真の狙いが何かなんてのはどうでもいいさ。
僕の目的である人間どもの絶滅。
それを完全に、完膚なきまでに行なうには――――、僕の力はまだまだ足りないからな。
せいぜいが小さな星ひとつをどうにかすることしかできない。
宇宙に蔓延しカビのようにどこからでも湧いてくるこいつらを滅ぼし尽くす為ならば――――、」
一息。
「……ああ、貸してやろう。僕の集めたよく切れるタフなナイフをだ。
代わりに貴様らを利用させてもらう、それで構わないだろう」
――――扇に隠された髭男の表情が、いっそう彫りを増した。
短髪の青年が一度告げれば、後に続くものはやはり出てくるものだろう。
流れとはそういうものだ。
その予想に従って、今度は白衣が翻る。
言葉の中に明確な協力の意思と、同時に叛意を同居させながら。
「――――私は一介の研究者としてデータを集められればそれでいい。
あのタイプゼロでも持ちえた螺旋の力を戦闘機人に応用可能ならば……、価値はあるだろうな」
……明らかにこの場においては最終的な目的に反するその言葉。
螺旋の力を持つものの粛清に協力することで、それを手に入れようと目論む事を隠しもしない言葉はしかし、いとも簡単に受け入れられる。
いや、誰もがそれを気にしようとしない。
「……ふむ、それならそれでお構いなく。
この私めとて、偉大なるビッグ・ファイアの為にここに居るという点で貴方がたと大差はありませんな。
そう……、盟主たる存在に力を貸せばこそ、ビッグ・ファイアも彼の存在の助力を得られるというものです」
髭男の言葉に異論を挟むまでもなく、全ては盟主の力を得ん為が助力という事を理解しないものは居ない。
当然だ。
この場にいる誰もの関係は利用だけで成り立っている。
相手の言葉から誰彼を利用しようと企むものはあれど、それを否定するような者などここにいるはずもないだろう。
――――そう、誰も彼もが自分だけのためにここにいる。
故に、中にはこんな者も居るのは道理だろう。
「……さぁて、と」
「おやおや、何処に行かれるのですかな?」
不意に場にそぐわない気楽な声を出したのは、目を前髪で覆う、顔の印象が薄い男だった。
その瞳を誰にも見せないながらも、彼が何を感じているかは非常に分かりやすい。
「いやぁ、僕の目的はとっくに終わっちゃってるからねえ。
特にここにはもう目的がないんだよ」
詰まらなそうな台詞の割に、そこに込められているのは紛れもない喜色。
この場に居る誰もに興味を示さず、しかし、たった一人の人間に歪な感情を向けながら。
「……可愛くてとても賢いあの子が脱落しちゃった以上、もう見るべきものはないかなあ、と思ったのさ。
ああ、でも……」
……男は誰かを思い出しながら、その愛らしさに浸りつつ彼の最期を思い出す。
「――――最高だった、最高だったよ! ああ、ぞくぞくするねぇ、あの表情。
あの船で苦楽をともにした仲間たちがばたばた倒れていくのを目の当たりにした絶望。
心を許したあの女不死者の首を目の前に投げられた時の真っ白な感情が!」
誰にも憚る事無く男はそんな事を、それだけが関心だと言ってのけた。
「……うん、いつかは僕もやりたいねぇ、こういうイベントを。
ああ、それを思い浮かべるだけで楽しみになってきたよ。
わくわく、わくわく、わくわくわくわくわくわくわくわく……」
高く高く、何処までも。
笑い声を届かせるように、信念すらない犯罪者は己の愉悦に酔い、笑う。
「ハハ……ッ、ハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
そしてそのまま、男の姿は薄れていく。
何処に消えたかも分からないが、高笑いは姿を見失ってもただ続く。
不意に笑いが途切れた時、沈黙は再度辺りを支配した。
それを見届ければ、ベージュスーツは然りとばかりに頷き、確認するかのように告げる。
「……ふむ、それもまた流れの通り。構わないでしょう。
では、残りの方は我々の同志となることを了承頂いた、と?」
どっしりと構え続けていたロール髪の壮齢の男性も。
何の変哲もなさそうな、薬剤師にして錬金術師の老婦人も。
仮面の男も。
少年と青年のコンビも。
意思表明をしていなかった者たちに動きはない。
しかし、それ故にこの意味は肯定である。
皆が皆、瞳を髪で隠した男を除いて今後の行動に参加するということだ。
「成程、ならば……」
パチンと扇を開き、ベージュ服の男は告げる。
「役者は着々と揃いつつあり、我々の出番も近づいたようですな。
それでは舞台の袖にて座して待ち、準備すると致しましょうか」
いかなる仕組みか扇の上に炎を灯し、その先にて各人を指し示しながら、告げていく。
何もかもを見下ろすように、しかし声色だけは敬意を表現しようとしながら。
「――――そして、準備の間に前座を用意することも忘れてはなりません。
勿体渋る悪役兼演出家が宝石箱に仕舞い込んだ小道具たち。
それらが蓋を開け放つまで、主賓にして主役であらせられるお方をお暇にさせないのもお仕事なのですからな」
一息。
「……そうそう、箱庭の小道具に手を出してはなりませんぞ?
小さな小さな輝きとはいえ、彼らの力を欲したならば――――、」
侮蔑と優越のみで創られた、歪んだ笑みを浮かべて策士は未来を“示唆”し続ける。
「……我ら全てを敵に回すと同義とお知りなさい」
「おや、どうなさいましたかな?」
――――宇宙をそっくり写し取った部屋の中。
自分とスーツの男が二人になる頃合を見計らい、短髪の青年は鋭い眼光にて男を見据え、己が疑問を口にする。
「……何処までだ?」
「……はて、何を仰りますやら。なにが何処まで……なのでしょう?」
相変わらずの飄々としたその態度。
それがどれほど怖ろしいものかは青年には計りかねている。
……だが。
「全て、だ。ああそうだ、全てだ。
この一件、偶然の要素があまりにも大きすぎる。その何処までに貴様らは関与している?」
力を見極めたいと思い、青年は告げる。
どうにかできるなら力だけはなんとしても奪い取り、他の人間ごとこの男を始末すればいい。
そんな考えを持ってはいたのだが。
「……黙らっしゃい!」
あっさりとその目論見は打ち砕かれる。
「…………」
――――付け入る隙もなく、淡々と。
スーツの男は、脅迫すら交えて青年を脅す。
150年近く生きてきた青年すらなお怯ませるその底知れなさを存分に醸し出しながら。
「それは知る必要のないことでしょう、肝要なのは貴方が成すべきことを成すことなのですぞ?
貴方はそれによって我々の盟主の協力を得、我々は彼らに対する算段を進められる。
互いに利用しあうこと前提のこの関係に不服とあらば、我々を敵に回すことにも等しいとお分かりですかな?」
男は一瞬、口元を更に歪めながら力強く吠える。吼えあげる。
あまりにも演技くさく、だからこそ信じざるをえない言葉を。
「これ即ち、我らのアンチ=スパイラルの御意思なり!」
……故に。
短髪の青年は害虫を見る目でベージュのスーツの男を見ながらも、背後に振り向きながら吐き捨てるように呟いた。
「……僕を飼い慣らせると思うなよ、人間が」
◇ ◇ ◇
海と空の狭間を、巨大な影が行く。
水面にその姿を映しながら悠然と佇むそれは、しかしその巨体に反して高速で航行をしていつつもそれを感じる事は難しい。
周囲に比較対象がないこともさながら、滑るように一切の無駄なく進み続けるのがその原因だろう。
蝦や蟹などの甲殻類を思わせるそのフォルムそのままに、あたかも生きているように太陽の登る方向へと。
――――ダイガンカイは、止まることを知らない。
その先端の一室、艦橋にて。
流麗のアディーネはふと自分が何をしているのかについて考え込む。
理由は特にない。
強いて言えば――――、自分はこのままでいいのかと疑問に思ったからだろう。
彼女の同僚にしてそれ以上の関係である怒涛のチミルフ。
彼が望んで戦場に向かったのは何のためだったか。
それは、全てが自分達獣人の誇りを、価値を証明するため。
ならば自分も彼と同様に戦いに臨むべきではなかったか。
螺旋王の言葉に迷いを感じたあの時、何故それを口にしなかったのか。
考えても過ぎた事はどうしようもなく、せめて自分にできる事はないかと――――、
彼女はチミルフの任地だった場所へと向かっている。
せめて、彼がいない間は自分が彼の仕事を全うしようと。
……しかし、それでも。
何かが足りない、とアディーネは思う。
自分にできる事は、本当に成すべき事は何なのか。
堂々巡りの思考の輪の中、彼女はただ問い続ける。
尤も、視線の先の海面の如く特に変化もあるはずがない。
時折力なく漂う海草やら板切れやらをぼうっと見つめるも、時間は無為に過ぎていく。
「……このまま、待っているだけでいいのかねぇ」
返事はない。
艦内の誰もが彼女の悩みを知る由もないし、上官である彼女にかける言葉もないからだ。
だが。
返事はなくとも、応えるモノは存在した。
――――獣人でさえほんの一瞬でも立てなくなるほどの振動とともに。
轟音が、鳴り響く。
それこそ耳を劈く、といって差し支えないくらいに、だ。
「な……、何が起こったッ!!」
見れば一目瞭然だ。
艦の後方からもくもくと、黙々と、煙が立ち昇り続けている。
それを何かと考えるまでもなく、オペレーターの獣人が声を張り上げた。
「艦内右舷後方より爆発! 侵入者を確認しました!」
「侵入者!? 馬鹿な、何処から入り込んだって言うのさ!
この艦は航行中じゃないかい!」
ヒステリックに叫ぶアディーネに怯えながら、しかしオペレーターは速やかに確実に職務をこなす。
まさしくプロフェッショナルの仕事は、アディーネにも事態を把握させるのには充分だ。
「敵影確保! モニター、出ます!」
途端に艦橋内の大画面に一つの影が映し出される。
果たしてそれは誰か。
「……ニンゲン!? それにしては……、不気味すぎる! 何なんだいアイツはッ!」
赤い仮面に兜にマント。
『ソレ』を評するならそれだけで充分だろう。
まるで滑るように艦内を移動する『ソレ』は、しかしあっという間に獣人の群に取り囲まれた。
当然だ、ここは四天王が一人流麗のアディーネの居城。
たとえ事態を告げられなくとも即座に判断を下し戦い抜ける歴戦の勇士の集う都だ。
並みのニンゲンなら一人で充分、徒党を組もうがガンメン一騎で蹴散らせる。
まあ、並みのニンゲンが相手ではない時点で無力同然なのだが。
一瞬で数十人が吹き飛ばされ、倒れ伏す。
幾つもの赤い水溜りが床を埋める光景の中。痙攣し、動かない猛者たちの中。
無表情な仮面は生気を感じさせない動きで再度道を流れ行く。
「……ッ!!」
驚愕に染まるアディーネの顔はしかし、更なる混沌に塗れ動かない。
否、動けない。
嗚呼、見よ獣ども。
大空駆ける殲滅者が来るぞ、来るぞ。
逃げ惑いただ蹂躙されよ。
汝らの死は此処に在る。
確たるイマとして未来より出でる。
既に異常を察知したガンメン部隊が、『彼女』を歓迎する為に甲板上に現れ始めた。
瞬く間に数を増やしていく巨人相手に、しかし『彼女』は眉一つ動かさない。
空を、我が物と飛びながら。
「…………」
桃色の髪の『彼女』は、何一つ告げる事無く絶望を力強く投擲した。
それは、ブーメランと呼ばれるものだ。
円の起動を描き、その道程に位置する全ての巨人は為す術なくただ捻じ伏せられるのみ。
……否。
『その道程』だけではない。
一振り、たったの、ただの一振りで全て潰された。
ある者は脚を。
ある者は動力を。
ある者は操縦者を。
ありえない軌道を持って、殲滅者は何の感慨もなくただ、遂行する。
己が使命を遂行し続ける。
「――――!」
アディーネには見覚えがある。
この光景は、この世界では断じてありえない。
ありえるとするならば――――、
「違う世界の、ニンゲン……!?」
しかし、何故。
まず考えられるのは、報復だ。
殺し合いを強制する為の自分達に対し、殺し合わされているニンゲン達の仲間が復讐に来たのだ、と。
……しかし、それにしてもおかしい。
どのようにしてここまで来たのか、それが分からない。
螺旋王曰く、偶然入手したどこかの世界の道具を以って初めて参加者を集めることが可能だったとの事だ。
逆に言うなら、螺旋王でさえようやく手に入れられた技術のある者が、
殺し合いも終盤に差し掛かろうとする『今頃になって』何故動き始めたのか。
それ以上に、あんな無感動に淡々と破壊と殺戮を繰り返す存在が、本当に復讐を求めるニンゲンなのか。
……矛盾は止め処なく湧き出てくる。
ならば、連中は何が目的なのだろう。
考えようとし――――、しかしアディーネは即座に立ち上がり走り出す。
今、そんな事はどうでもいい。
とにかく敵に対処しなければいけないだろう。
ならば、事は単純だ。
彼女の持つ『力』。
それを以って連中を迎撃するまでである。
急いで格納庫に向かい、扉を開ける。
視界が広がったその先、そこに鎮座しているのは彼女の愛機、セイルーン。
水を己が力とするカスタムガンメンである。
一歩、二歩、三歩。
息をやや乱したアディーネは、セイルーンに乗ろうと歩みを止めない。
戦いの前の緊張感ゆえか、集中力が高まっているのが分かる。
……だから、すぐに気付く。
扉を開ける音が。
自らの歩みに続く足音が。
――――外から響くはずの剣戟の音が。
ありとあらゆる音が、聞こえない。
ぞくりという戦慄とともに、ゆっくりと背後を振り向く。
次第に回転する視界の端から、ゆらりと迷い込むように目に止まる影が一つ。
見覚えのない、ニンゲンの男がそこにいた。
「何モンだい、あんたは……ッ!」
――――叫ぶ。
自らを鼓舞するように。
己が中の戦慄を、怯えをを振るい払う為と気付かずに。
スーツを着た男はしかし、何もせずただアディーネを見ているだけだ。
手に持った木管楽器の真鍮色の輝きが、妖しく鈍く存在感を示している。
悠然としたその態度こそが男の自信の表れなのだろう。
「どうやってここまで来た! なにが目的だい!」
激昂するアディーネの問いに、初めて男は口を開きだした。
アディーネの聞いたことのない、しかし即座に心胆を震わせるに値する、魔人達の軍団の名を。
「――――GUNG-HO-GUNSの11」
伊達男は、告げる。
単騎で千騎に匹敵するヒトの極限。
その一柱たるカレの得意とするは大気の振動を制すること。
およそ万を越える音色を奏で、分子の一つ一つを凶器としながら五感を奪い、その衝撃は銃弾にすら匹敵する。
まさしく魔技と呼べる域に達した芸術と天賦の才の織り成すハーモニィにかかれば、あらゆる音を聞き分け、
その逆の位相の波をぶつける事で完全なる無音を創り出すことすら可能なのだ。
ヒトは、彼をこう呼ぶ。
「“音界の覇者”、ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク」
律儀に、答えられる質問だけを答えながら覇者は、しかし穏やかに冷酷に宣告を下す。
「……警告だ、上からのな」
座して待つ時間は終わったという、その宣告を。
「お前達の実験……、これ以上続けるのならば、堕ちる事になるぞ。何処までもな」
空気が一瞬で冷え切った。
――――アディーネは、理屈も過程も無視して直感のみで理解する。
彼らこそが螺旋王を敗残兵へと堕とした存在の尖兵だと。
故に実験の停止を求めているのだと。
だがそれ故に疑問は残る。
……何故、力で押し潰さずにここまで回りくどい手を使うのか、と。
実験を砕き壊すならば全力を以って蹂躙すべきだろうに。
その裏に如何なる策士の意が渦巻くのか、それは彼女には知る由もない。
ならば。
ならば、と、流麗のアディーネは同時に決意する。
チミルフが自らの誇りを持ってニンゲンと相対し、獣人の価値を証明するのなら。
自分自身の成すべきは、螺旋の王を守り抜き、主の望みを手助けすることで獣人の存在を肯定することであると。
そう、たとえどれ程絶望的な状況だとしても。
自らの知識に存在しないセカイのニンゲンが、如何なる技にてここまで誰にも知られず辿り着いたのか理解せずとも。
もしかしたらテッペリンに他の尖兵が向かったのだとしても。
ここでカレらの真意を、目的を求めねば、まさしく螺旋王が自分を創った意味などないのだから――――。
「教えろ……、貴様は、貴様らは一体、何をするつもりなんだいッ!?」
対する男はそれを無視して、掻き鳴らす。
楽器の音は戦場を拓く喇叭となりて転地に満つる。
「……さあ、第二幕の開演の時間だ。
どんな曲目かは俺にも分からんが、な」
――――じわじわと、じわじわと。
少しずつ、絶望が世界を侵食し始める。
敢えて絶対的な力量差を見せ付けないことで、希望の欠片をちらつかせる事で。
……どうにもならない事態であることすら気付かれることもないまま、ひっそりとそれは浸透していく。
Alea Jacta Est.
崩壊が、足音を立てて近づきつつある。
◇ ◇ ◇
「……螺旋王ッ! だ、ダイガンカイからの通信です!
謎のニンゲンの群と接敵、どの相手も間違いなく異世界の存在と……ッ!」
天をも衝く螺旋の塔。
――――首都、テッペリン。
その最上部、暗闇に包まれた空間の中で一人の男が座している。
禿頭の彼は頬杖をつき、目を閉じて緑の羽根をはやした男の言葉を無言で聞き続ける。
その内に如何程の心算が渦巻いているのかは、本人以外に知る由はない。
――――ただ、彼は一人、ポツリと呟いた。
「……やはり目をつけられぬ筈はないか。
ならば、今度こそ私は抗い続けよう、アンチ=スパイラル」
感情を押し殺したその声は、かえって雄弁すぎるほどに彼の心の内を現しており。
「――――今回は、貴様を倒す必要はない。
この箱庭を守りきりさえすればいいのだ。……だからこそ、」
手を伸ばし、ぎゅう、と握り拳を作る。
「……だからこそ、奮起してみせろ人間たちよ。
口惜しいが、最早時間はさして残っていない。
どうやら二度目の実験を行なう暇すら奴等は与えるつもりはない様だからな」
考えてみれば当然だろう。
世界の創造を行ない得るほどの螺旋の力。
人口が100万人を越えただけで粛清を始めるほどにスパイラル=ネメシスを恐れる反螺旋族が、そんな不安要素を見過ごせるだろうか。
全ては希望を見せた後に絶望に叩き落す為に。
終わりが見え始めた今になり、少しづつ少しづつ、彼の存在は表に出始めてきたということだ。
「――――残り、18時間か。どうにか凌ぎきってみせるとしよう。
お前たちが真に覚醒せし螺旋の力に目覚めることを期待してな。
それだけの時間が過ぎたとき、果たしてどうなっていることかは……私にも分からぬ。
ただ――――、」
それでも、たった一つの希望に全てを託す為に。
螺旋の王は、誰か達に希う様に呼び掛ける。
「お前達が望む世界、それを創り出せるのはやはりお前達自身なのだ」
◇ ◇ ◇
――――まあ、なんにせよだ。
目指すはハッピーエンドさ! スマイルだよみんな!
……気楽なものだな。
我々は多元世界の観測で精一杯、箱庭どころか未だ向こうの世界に乗り込む段階にすらないというのに。
……やはり、私の能力を使うべき時ではないか?
一度きりとはいえ世界に穴を明け、次元と空間を穿つことすら可能かもしれないのだぞ。
駄目だよ長官、あなたの命は出来るかも分からないことに使うべきじゃない。
剛博士だってその為に寝る間も惜しんで頑張ってる、きっと私たちはどうにかできる。
その時まで力を蓄えて、最善を尽くそうよ。……ね?
フン。……よくもまあ見も知りもしない世界の人間たちに入れ込めるな。
正義の味方気取りか? 同一人物とはいえ、お前達の世界の人間という保証はないんだぞ?
なら問うとしようか。お前は何故ここにいる?
その言い分だとさっさと逃げたがっているように聞こえるぞ?
うちの童貞坊やすら無様に藻掻いているのにな。
私はこれでも人類の守護者だからな。
望もうが望まなかろうが、ヒトという種が滅びに際するなら呼び出される便利な掃除屋でしかない。
……それは詭弁だろう?
今ここにいるお前は一つの意思を持つ受肉した存在だ。
少なくともある程度はお前自身の考えでここに来なければおかしいんだが……、まあいい。
だ、そうだ。なあ英霊、お前はどういう心積もりでここに来た?
――――螺旋王の手に渡った、あのディスク。原因の一端は知らない人間ではないからな。
それに、もしかしたらの話ではあるが、何故あんな偶然が起こったのかにも心当たりがある。
何、あれにはやはり何かの作為があったというのかね?
……聖杯とは無色の力の塊ではあるが、本来は世界に穴を穿ち、世界の外、根源に到達するためのものでな。
ならば平行世界のどこかに聖杯によって根源に到達した者がいてもおかしくはない。
そこで問題となるのが、聖杯に溜まった力の行く先だ。
……世界の外側。そこに溜まりに溜まった願望の力があるって言うことかな。
その通りだ。そして次元の狭間に落ち込んだあのディスク。
……あれに残る戦いの記憶が求めるのは、次なる戦いであるのは人間の必然だろう。
世界の外にてあのディスクと聖杯の力の渦が触れ合ったならば――――、
戦いを引き起こす力も、目的もある存在の元へ。
その手段を与えてもおかしくない、とでも言うつもりか?
可能性はゼロではないにしても、その保証はないだろう。
お前の本意はそんなところにないんじゃないか?
…………。ああ、そうだな。
あの小僧が選んだ、正義の味方でなくイリヤノミカタという道。
オレにもそんな事ができたから……かも、しれんな。
……いや、世迷言だ。
私はただの掃除屋、それで構わない。貴様らが私の力を欲するなら手を貸そう。
それで構わんのだろう?
……宜しく頼むとしよう。我々にはまだまだ……力が足りないのだから。
一段落ついたようだな。
さて、お前たちはこれからどうするつもりだ?
どうやら参加者だけでなく、螺旋王たちにも新たな動きが出ているようだがな。
……彼らに加勢し、反螺旋族に立ち向かうか?
それとも参加者の救出だけを優先し、反螺旋族と一時なりとも共闘するか?
そんなの、最初から決まってるよ。
くく……、どうするんだ?
……喧嘩両成敗!
力づくでもお話を聞いてもらって、そして全てを清算してもらうの。
私たちから奪っていったヒトも、これから奪おうとするヒトにも、どっちにもね!
ああ、そして全部終わったらみんなで笑おう!
俺はその時の笑顔が見たい。参加者も、主催も、はたまた他の誰かでもいい。
とにかく笑おうよ。俺の目的はそれだけさ。
……カミナといい、ガッシュといい。
全く、どいつもこいつも人間というのは見ていて飽きないな。
――――まあいい。
◇ ◇ ◇
独り。
全てを睥睨し、策士は扇を振るう。
「……かの愚かなる咎人が殺し合いを始めたという、全ての発端も。
魔なる力を抱く赤き少女が、持ち前の迂闊さにより世界の狭間に『鍵』を失ったのも。
螺旋の王が心の内にて切望していた反螺旋族に抗う術を手に入れたのも――――」
指し示すは無数の枠。
内に映るはカコとイマ。
ミライがあるは彼の脳髄。
「全ての『偶然』が私の掌の上ということにも気付かず、踊り続け、踊らされ続ける役者達。
ですが、せっかく敗残兵がようやくようやく掴んだ希望に追い落とされてここまで来たんです、もう少し頑張って欲しいものですな。
そして見事に天元の突破を果たし、螺旋の王に今一度相見える時こそ、この作戦の本当の目的が達成されるのです。
……これ、何もかも人の心を流し動かす策士の技なり……」
然り。
扇の上に焔を灯せば、全てが全てが意のままに。
「……ありとあらゆる流れがこの私の策通りとはいえ、壮観なものですな。
――――そうは思いませんか、アンチ=スパイラルどの?」
見据えるは遥かな天元。
何処までも何処までも高らかに高らかに。
嗤いと哂いと嘲いは響く。
世界の縁を越え、隅々まで響き渡ってゆく。
「はははははははは……、そうだ、これで良い!
まさしく役者が揃うのだ。そう、何もかも私の思うがままだ!
うわははははははははははは……!」
※孔明達は実験場には干渉するつもりは無い様です。理由は不明です。
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**SPIRAL ALIVE ◆wYjszMXgAo
――――これは、箱庭の中には決して知らされぬ者たちの物語である。
何処とも知れぬ暗闇がある。
――――星々の大海。
無数の煌きが闇を彩り、闇の中にもまた明暗が存在している。
決して瞬かない星の群れは、その空間を中心としてゆっくりと全天を回り続けていた。
幾つも幾つも偏在する銀河。
融合や離散を繰り返し、時には縮合して黒い空間、特異点となるのも眼に見える光景となって蠢き続ける。
単に作り物というだけなのか、時間の進みが異常なのか。
それすらも判然としない光と闇の中。
その中に、彼は浮かんでいた。
いや、彼だけではない。周囲には幾つもの人影がある。
彼と同様に、“呼ばれた”者達だろう。
思い思いの時間を過ごす彼らではあるが、しかし誰もが着目しているモノがある。
――――彼らが望めば眼前に展開されるウィンドウの内部。
表示される映像は、螺旋の王の推し進める実験の光景だ。
その一部始終を見終えて、彼は誰にともなく――――、いや、此処にも何処にもいない誰かに向かって話しかける。
「――――君が死んだとは、なあ。いや、ある意味当然といえば当然か……」
呆れるような、哀しむような、怒りを滾らせるような。
そのいずれでもありそれ以外の何かでさえもある表情を浮かべ、刃物の様な目をした青年は、虚空を見続ける。
「……最初から最期まで人間を守るなんて下らないことを言い続けた、その結末がこれか。
……なあおい、馬鹿だろう君は。それもあんな糞餓鬼に舐められたままでだ。
ああ、……つくづく救えない奴だよ」
目を細め、忌々しげに。
呟く言葉からは余計な力は感じられず、それ故にあまりに自然な殺気に満ち満ちていた。
「だから言ったんだ、人間なんかに入れ込みやがって。
だがな、……それでも僕は君の兄だ。
――――弟を殺した連中を潰すのに躊躇いはない」
それきり彼は黙り込み、しばし沈黙が辺りを支配する。
長いような短いような静寂はしかし、誰もがそろそろ始まるだろうと認めたまさにその瞬間に破られた。
「どうやら皆さんお集まりのようですな。
今回の事の次第も御覧頂いたようですし、それでは始める事と致しましょう」
不意に、天元が割れて光が差す。
白一色のその狭間からゆっくりと降りてくるのは、羽付きの扇を手にべージュのスーツを着こなす中年男性。
口髭を歪め、彼は見下ろすようにその場にいた全員を睥睨する。
……と。
「……ああ、それはいいがね。一つ訊いておこう」
一呼吸するなり、顔の半分を仮面で隠した男が口端を歪め続けるベージュスーツに割り込んだ。
筋骨隆々としたその体躯に似合わず、落ち着いた声色で男は問う。
「――――ここにいる連中。その誰もが、確かに強者と言うのは分かる。
それはいいだろう。私とてかつては一国の代表としてファイトに身を投げ込んだ人間だ。
だが……、」
「……何故、僕たちを選んだ? これほどの力を持つお前……いや、その後ろにいる奴が、だ」
割り込む“彼”――――、短髪の青年に僅かに眉をしかめ、男は冷静に、しかしその感情を隠す事無く吐き捨てる。
「……ッ、若造が」
……尤も、この部屋に皆が呼ばれてからの僅かな間に、この程度の諍いは何度も起きている。
そして誰も彼もがその全ては取るに足りないことでしかないという認識らしく、それ故に争いは起こっていない。
「若造は貴様だろ。高々生まれてから3、40年程度しか生きていない人間如きがほざくなよ」
睨みつける男の殺気を他所に、短髪の青年は明らかな侮蔑を含んだ目線で一蹴した後、さっさと本題に戻ることにする。
「――――そもそも、だ。これ程までにその実験とやらの情報を掴んでいるのなら、何故にすぐにでも潰さないんだ?」
それが気に食わなかったか、仮面の男は何かを告げようと口を開き――――、
「お静かに」
ベージュのスーツの男に止められた。
「宜しい、お答えしましょう」
話をさっさと進めたいのか、芝居がかった動作で扇を開き、周囲の注目を集める髭男。
こうなっては仕方ない。
仮面の男は渋々といった感じに開きかけた口を閉じて言葉を飲み込み、スーツ男の言葉を待つ。
「我々の意思は、偏に螺旋の力を持つ者達に完全なる絶望を与える所なり。
即ち、希望を与え、しかしそれに届かんと手を伸ばしたまさにその時に目の前で砕くのです。
……彼らより、僅かに上回る力を持ってして、ですな」
どういうことか、と問うまでもなく、人の輪の一角から声がする。
厚い本を手にした無表情な青年と、年齢に似合わず威風堂々としたマントを羽織る少年という異色の組み合わせだ。
「……敢えて知ろうとするまでもない。
希望が大きければ大きいほど、その達成に近いほど、それが潰えた時の絶望が大きいということか」
その言葉にスーツの男は扇で口元を隠すもしかし、彼の目は雄弁に物語る。
――――明らかな笑身の表情が、そこにある。
「左様。なればこそ、そこに疑いの余地はなかろうというものです。
ジワジワと少しずつ螺旋の王を追い詰めた上で、彼の箱庭の中の種が芽吹いたまさにその時!
希望の象徴たるそれを、我らの盟主は彼の目の前で砕き崩して下さることでしょう」
僅かなざわめきが広がった。
勿論そこに会話はない。
各々が各々の為に、独り言を呟く程度のものだ。
「フン……」
青年もそれに殉じながら、しかし続けるのは明確な宣言だ。
「まあ、貴様らの真の狙いが何かなんてのはどうでもいいさ。
僕の目的である人間どもの絶滅。
それを完全に、完膚なきまでに行なうには――――、僕の力はまだまだ足りないからな。
せいぜいが小さな星ひとつをどうにかすることしかできない。
宇宙に蔓延しカビのようにどこからでも湧いてくるこいつらを滅ぼし尽くす為ならば――――、」
一息。
「……ああ、貸してやろう。僕の集めたよく切れるタフなナイフをだ。
代わりに貴様らを利用させてもらう、それで構わないだろう」
――――扇に隠された髭男の表情が、いっそう彫りを増した。
短髪の青年が一度告げれば、後に続くものはやはり出てくるものだろう。
流れとはそういうものだ。
その予想に従って、今度は白衣が翻る。
言葉の中に明確な協力の意思と、同時に叛意を同居させながら。
「――――私は一介の研究者としてデータを集められればそれでいい。
あのタイプゼロでも持ちえた螺旋の力を戦闘機人に応用可能ならば……、価値はあるだろうな」
……明らかにこの場においては最終的な目的に反するその言葉。
螺旋の力を持つものの粛清に協力することで、それを手に入れようと目論む事を隠しもしない言葉はしかし、いとも簡単に受け入れられる。
いや、誰もがそれを気にしようとしない。
「……ふむ、それならそれでお構いなく。
この私めとて、偉大なるビッグ・ファイアの為にここに居るという点で貴方がたと大差はありませんな。
そう……、盟主たる存在に力を貸せばこそ、ビッグ・ファイアも彼の存在の助力を得られるというものです」
髭男の言葉に異論を挟むまでもなく、全ては盟主の力を得ん為が助力という事を理解しないものは居ない。
当然だ。
この場にいる誰もの関係は利用だけで成り立っている。
相手の言葉から誰彼を利用しようと企むものはあれど、それを否定するような者などここにいるはずもないだろう。
――――そう、誰も彼もが自分だけのためにここにいる。
故に、中にはこんな者も居るのは道理だろう。
「……さぁて、と」
「おやおや、何処に行かれるのですかな?」
不意に場にそぐわない気楽な声を出したのは、目を前髪で覆う、顔の印象が薄い男だった。
その瞳を誰にも見せないながらも、彼が何を感じているかは非常に分かりやすい。
「いやぁ、僕の目的はとっくに終わっちゃってるからねえ。
特にここにはもう目的がないんだよ」
詰まらなそうな台詞の割に、そこに込められているのは紛れもない喜色。
この場に居る誰もに興味を示さず、しかし、たった一人の人間に歪な感情を向けながら。
「……可愛くてとても賢いあの子が脱落しちゃった以上、もう見るべきものはないかなあ、と思ったのさ。
ああ、でも……」
……男は誰かを思い出しながら、その愛らしさに浸りつつ彼の最期を思い出す。
「――――最高だった、最高だったよ! ああ、ぞくぞくするねぇ、あの表情。
あの船で苦楽をともにした仲間たちがばたばた倒れていくのを目の当たりにした絶望。
心を許したあの女不死者の首を目の前に投げられた時の真っ白な感情が!」
誰にも憚る事無く男はそんな事を、それだけが関心だと言ってのけた。
「……うん、いつかは僕もやりたいねぇ、こういうイベントを。
ああ、それを思い浮かべるだけで楽しみになってきたよ。
わくわく、わくわく、わくわくわくわくわくわくわくわく……」
高く高く、何処までも。
笑い声を届かせるように、信念すらない犯罪者は己の愉悦に酔い、笑う。
「ハハ……ッ、ハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
そしてそのまま、男の姿は薄れていく。
何処に消えたかも分からないが、高笑いは姿を見失ってもただ続く。
不意に笑いが途切れた時、沈黙は再度辺りを支配した。
それを見届ければ、ベージュスーツは然りとばかりに頷き、確認するかのように告げる。
「……ふむ、それもまた流れの通り。構わないでしょう。
では、残りの方は我々の同志となることを了承頂いた、と?」
どっしりと構え続けていたロール髪の壮齢の男性も。
何の変哲もなさそうな、薬剤師にして錬金術師の老婦人も。
仮面の男も。
少年と青年のコンビも。
意思表明をしていなかった者たちに動きはない。
しかし、それ故にこの意味は肯定である。
皆が皆、瞳を髪で隠した男を除いて今後の行動に参加するということだ。
「成程、ならば……」
パチンと扇を開き、ベージュ服の男は告げる。
「役者は着々と揃いつつあり、我々の出番も近づいたようですな。
それでは舞台の袖にて座して待ち、準備すると致しましょうか」
いかなる仕組みか扇の上に炎を灯し、その先にて各人を指し示しながら、告げていく。
何もかもを見下ろすように、しかし声色だけは敬意を表現しようとしながら。
「――――そして、準備の間に前座を用意することも忘れてはなりません。
勿体渋る悪役兼演出家が宝石箱に仕舞い込んだ小道具たち。
それらが蓋を開け放つまで、主賓にして主役であらせられるお方をお暇にさせないのもお仕事なのですからな」
一息。
「……そうそう、箱庭の小道具に手を出してはなりませんぞ?
小さな小さな輝きとはいえ、彼らの力を欲したならば――――、」
侮蔑と優越のみで創られた、歪んだ笑みを浮かべて策士は未来を“示唆”し続ける。
「……我ら全てを敵に回すと同義とお知りなさい」
「おや、どうなさいましたかな?」
――――宇宙をそっくり写し取った部屋の中。
自分とスーツの男が二人になる頃合を見計らい、短髪の青年は鋭い眼光にて男を見据え、己が疑問を口にする。
「……何処までだ?」
「……はて、何を仰りますやら。なにが何処まで……なのでしょう?」
相変わらずの飄々としたその態度。
それがどれほど怖ろしいものかは青年には計りかねている。
……だが。
「全て、だ。ああそうだ、全てだ。
この一件、偶然の要素があまりにも大きすぎる。その何処までに貴様らは関与している?」
力を見極めたいと思い、青年は告げる。
どうにかできるなら力だけはなんとしても奪い取り、他の人間ごとこの男を始末すればいい。
そんな考えを持ってはいたのだが。
「……黙らっしゃい!」
あっさりとその目論見は打ち砕かれる。
「…………」
――――付け入る隙もなく、淡々と。
スーツの男は、脅迫すら交えて青年を脅す。
150年近く生きてきた青年すらなお怯ませるその底知れなさを存分に醸し出しながら。
「それは知る必要のないことでしょう、肝要なのは貴方が成すべきことを成すことなのですぞ?
貴方はそれによって我々の盟主の協力を得、我々は彼らに対する算段を進められる。
互いに利用しあうこと前提のこの関係に不服とあらば、我々を敵に回すことにも等しいとお分かりですかな?」
男は一瞬、口元を更に歪めながら力強く吠える。吼えあげる。
あまりにも演技くさく、だからこそ信じざるをえない言葉を。
「これ即ち、我らのアンチ=スパイラルの御意思なり!」
……故に。
短髪の青年は害虫を見る目でベージュのスーツの男を見ながらも、背後に振り向きながら吐き捨てるように呟いた。
「……僕を飼い慣らせると思うなよ、人間が」
◇ ◇ ◇
海と空の狭間を、巨大な影が行く。
水面にその姿を映しながら悠然と佇むそれは、しかしその巨体に反して高速で航行をしていつつもそれを感じる事は難しい。
周囲に比較対象がないこともさながら、滑るように一切の無駄なく進み続けるのがその原因だろう。
蝦や蟹などの甲殻類を思わせるそのフォルムそのままに、あたかも生きているように太陽の登る方向へと。
――――ダイガンカイは、止まることを知らない。
その先端の一室、艦橋にて。
流麗のアディーネはふと自分が何をしているのかについて考え込む。
理由は特にない。
強いて言えば――――、自分はこのままでいいのかと疑問に思ったからだろう。
彼女の同僚にしてそれ以上の関係である怒涛のチミルフ。
彼が望んで戦場に向かったのは何のためだったか。
それは、全てが自分達獣人の誇りを、価値を証明するため。
ならば自分も彼と同様に戦いに臨むべきではなかったか。
螺旋王の言葉に迷いを感じたあの時、何故それを口にしなかったのか。
考えても過ぎた事はどうしようもなく、せめて自分にできる事はないかと――――、
彼女はチミルフの任地だった場所へと向かっている。
せめて、彼がいない間は自分が彼の仕事を全うしようと。
……しかし、それでも。
何かが足りない、とアディーネは思う。
自分にできる事は、本当に成すべき事は何なのか。
堂々巡りの思考の輪の中、彼女はただ問い続ける。
尤も、視線の先の海面の如く特に変化もあるはずがない。
時折力なく漂う海草やら板切れやらをぼうっと見つめるも、時間は無為に過ぎていく。
「……このまま、待っているだけでいいのかねぇ」
返事はない。
艦内の誰もが彼女の悩みを知る由もないし、上官である彼女にかける言葉もないからだ。
だが。
返事はなくとも、応えるモノは存在した。
――――獣人でさえほんの一瞬でも立てなくなるほどの振動とともに。
轟音が、鳴り響く。
それこそ耳を劈く、といって差し支えないくらいに、だ。
「な……、何が起こったッ!!」
見れば一目瞭然だ。
艦の後方からもくもくと、黙々と、煙が立ち昇り続けている。
それを何かと考えるまでもなく、オペレーターの獣人が声を張り上げた。
「艦内右舷後方より爆発! 侵入者を確認しました!」
「侵入者!? 馬鹿な、何処から入り込んだって言うのさ!
この艦は航行中じゃないかい!」
ヒステリックに叫ぶアディーネに怯えながら、しかしオペレーターは速やかに確実に職務をこなす。
まさしくプロフェッショナルの仕事は、アディーネにも事態を把握させるのには充分だ。
「敵影確保! モニター、出ます!」
途端に艦橋内の大画面に一つの影が映し出される。
果たしてそれは誰か。
「……ニンゲン!? それにしては……、不気味すぎる! 何なんだいアイツはッ!」
赤い仮面に兜にマント。
『ソレ』を評するならそれだけで充分だろう。
まるで滑るように艦内を移動する『ソレ』は、しかしあっという間に獣人の群に取り囲まれた。
当然だ、ここは四天王が一人流麗のアディーネの居城。
たとえ事態を告げられなくとも即座に判断を下し戦い抜ける歴戦の勇士の集う都だ。
並みのニンゲンなら一人で充分、徒党を組もうがガンメン一騎で蹴散らせる。
まあ、並みのニンゲンが相手ではない時点で無力同然なのだが。
一瞬で数十人が吹き飛ばされ、倒れ伏す。
幾つもの赤い水溜りが床を埋める光景の中。痙攣し、動かない猛者たちの中。
無表情な仮面は生気を感じさせない動きで再度道を流れ行く。
「……ッ!!」
驚愕に染まるアディーネの顔はしかし、更なる混沌に塗れ動かない。
否、動けない。
嗚呼、見よ獣ども。
大空駆ける殲滅者が来るぞ、来るぞ。
逃げ惑いただ蹂躙されよ。
汝らの死は此処に在る。
確たるイマとして未来より出でる。
既に異常を察知したガンメン部隊が、『彼女』を歓迎する為に甲板上に現れ始めた。
瞬く間に数を増やしていく巨人相手に、しかし『彼女』は眉一つ動かさない。
空を、我が物と飛びながら。
「…………」
桃色の髪の『彼女』は、何一つ告げる事無く絶望を力強く投擲した。
それは、ブーメランと呼ばれるものだ。
円の起動を描き、その道程に位置する全ての巨人は為す術なくただ捻じ伏せられるのみ。
……否。
『その道程』だけではない。
一振り、たったの、ただの一振りで全て潰された。
ある者は脚を。
ある者は動力を。
ある者は操縦者を。
ありえない軌道を持って、殲滅者は何の感慨もなくただ、遂行する。
己が使命を遂行し続ける。
「――――!」
アディーネには見覚えがある。
この光景は、この世界では断じてありえない。
ありえるとするならば――――、
「違う世界の、ニンゲン……!?」
しかし、何故。
まず考えられるのは、報復だ。
殺し合いを強制する為の自分達に対し、殺し合わされているニンゲン達の仲間が復讐に来たのだ、と。
……しかし、それにしてもおかしい。
どのようにしてここまで来たのか、それが分からない。
螺旋王曰く、偶然入手したどこかの世界の道具を以って初めて参加者を集めることが可能だったとの事だ。
逆に言うなら、螺旋王でさえようやく手に入れられた技術のある者が、
殺し合いも終盤に差し掛かろうとする『今頃になって』何故動き始めたのか。
それ以上に、あんな無感動に淡々と破壊と殺戮を繰り返す存在が、本当に復讐を求めるニンゲンなのか。
……矛盾は止め処なく湧き出てくる。
ならば、連中は何が目的なのだろう。
考えようとし――――、しかしアディーネは即座に立ち上がり走り出す。
今、そんな事はどうでもいい。
とにかく敵に対処しなければいけないだろう。
ならば、事は単純だ。
彼女の持つ『力』。
それを以って連中を迎撃するまでである。
急いで格納庫に向かい、扉を開ける。
視界が広がったその先、そこに鎮座しているのは彼女の愛機、セイルーン。
水を己が力とするカスタムガンメンである。
一歩、二歩、三歩。
息をやや乱したアディーネは、セイルーンに乗ろうと歩みを止めない。
戦いの前の緊張感ゆえか、集中力が高まっているのが分かる。
……だから、すぐに気付く。
扉を開ける音が。
自らの歩みに続く足音が。
――――外から響くはずの剣戟の音が。
ありとあらゆる音が、聞こえない。
ぞくりという戦慄とともに、ゆっくりと背後を振り向く。
次第に回転する視界の端から、ゆらりと迷い込むように目に止まる影が一つ。
見覚えのない、ニンゲンの男がそこにいた。
「何モンだい、あんたは……ッ!」
――――叫ぶ。
自らを鼓舞するように。
己が中の戦慄を、怯えをを振るい払う為と気付かずに。
スーツを着た男はしかし、何もせずただアディーネを見ているだけだ。
手に持った木管楽器の真鍮色の輝きが、妖しく鈍く存在感を示している。
悠然としたその態度こそが男の自信の表れなのだろう。
「どうやってここまで来た! なにが目的だい!」
激昂するアディーネの問いに、初めて男は口を開きだした。
アディーネの聞いたことのない、しかし即座に心胆を震わせるに値する、魔人達の軍団の名を。
「――――GUNG-HO-GUNSの11」
伊達男は、告げる。
単騎で千騎に匹敵するヒトの極限。
その一柱たるカレの得意とするは大気の振動を制すること。
およそ万を越える音色を奏で、分子の一つ一つを凶器としながら五感を奪い、その衝撃は銃弾にすら匹敵する。
まさしく魔技と呼べる域に達した芸術と天賦の才の織り成すハーモニィにかかれば、あらゆる音を聞き分け、
その逆の位相の波をぶつける事で完全なる無音を創り出すことすら可能なのだ。
ヒトは、彼をこう呼ぶ。
「“音界の覇者”、ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク」
律儀に、答えられる質問だけを答えながら覇者は、しかし穏やかに冷酷に宣告を下す。
「……警告だ、上からのな」
座して待つ時間は終わったという、その宣告を。
「お前達の実験……、これ以上続けるのならば、堕ちる事になるぞ。何処までもな」
空気が一瞬で冷え切った。
――――アディーネは、理屈も過程も無視して直感のみで理解する。
彼らこそが螺旋王を敗残兵へと堕とした存在の尖兵だと。
故に実験の停止を求めているのだと。
だがそれ故に疑問は残る。
……何故、力で押し潰さずにここまで回りくどい手を使うのか、と。
実験を砕き壊すならば全力を以って蹂躙すべきだろうに。
その裏に如何なる策士の意が渦巻くのか、それは彼女には知る由もない。
ならば。
ならば、と、流麗のアディーネは同時に決意する。
チミルフが自らの誇りを持ってニンゲンと相対し、獣人の価値を証明するのなら。
自分自身の成すべきは、螺旋の王を守り抜き、主の望みを手助けすることで獣人の存在を肯定することであると。
そう、たとえどれ程絶望的な状況だとしても。
自らの知識に存在しないセカイのニンゲンが、如何なる技にてここまで誰にも知られず辿り着いたのか理解せずとも。
もしかしたらテッペリンに他の尖兵が向かったのだとしても。
ここでカレらの真意を、目的を求めねば、まさしく螺旋王が自分を創った意味などないのだから――――。
「教えろ……、貴様は、貴様らは一体、何をするつもりなんだいッ!?」
対する男はそれを無視して、掻き鳴らす。
楽器の音は戦場を拓く喇叭となりて転地に満つる。
「……さあ、第二幕の開演の時間だ。
どんな曲目かは俺にも分からんが、な」
――――じわじわと、じわじわと。
少しずつ、絶望が世界を侵食し始める。
敢えて絶対的な力量差を見せ付けないことで、希望の欠片をちらつかせる事で。
……どうにもならない事態であることすら気付かれることもないまま、ひっそりとそれは浸透していく。
Alea Jacta Est.
崩壊が、足音を立てて近づきつつある。
◇ ◇ ◇
「……螺旋王ッ! だ、ダイガンカイからの通信です!
謎のニンゲンの群と接敵、どの相手も間違いなく異世界の存在と……ッ!」
天をも衝く螺旋の塔。
――――首都、テッペリン。
その最上部、暗闇に包まれた空間の中で一人の男が座している。
禿頭の彼は頬杖をつき、目を閉じて緑の羽根をはやした男の言葉を無言で聞き続ける。
その内に如何程の心算が渦巻いているのかは、本人以外に知る由はない。
――――ただ、彼は一人、ポツリと呟いた。
「……やはり目をつけられぬ筈はないか。
ならば、今度こそ私は抗い続けよう、アンチ=スパイラル」
感情を押し殺したその声は、かえって雄弁すぎるほどに彼の心の内を現しており。
「――――今回は、貴様を倒す必要はない。
この箱庭を守りきりさえすればいいのだ。……だからこそ、」
手を伸ばし、ぎゅう、と握り拳を作る。
「……だからこそ、奮起してみせろ人間たちよ。
口惜しいが、最早時間はさして残っていない。
どうやら二度目の実験を行なう暇すら奴等は与えるつもりはない様だからな」
考えてみれば当然だろう。
世界の創造を行ない得るほどの螺旋の力。
人口が100万人を越えただけで粛清を始めるほどにスパイラル=ネメシスを恐れる反螺旋族が、そんな不安要素を見過ごせるだろうか。
全ては希望を見せた後に絶望に叩き落す為に。
終わりが見え始めた今になり、少しづつ少しづつ、彼の存在は表に出始めてきたということだ。
「――――残り、18時間か。どうにか凌ぎきってみせるとしよう。
お前たちが真に覚醒せし螺旋の力に目覚めることを期待してな。
それだけの時間が過ぎたとき、果たしてどうなっていることかは……私にも分からぬ。
ただ――――、」
それでも、たった一つの希望に全てを託す為に。
螺旋の王は、誰か達に希う様に呼び掛ける。
「お前達が望む世界、それを創り出せるのはやはりお前達自身なのだ」
◇ ◇ ◇
――――まあ、なんにせよだ。
目指すはハッピーエンドさ! スマイルだよみんな!
……気楽なものだな。
我々は多元世界の観測で精一杯、箱庭どころか未だ向こうの世界に乗り込む段階にすらないというのに。
……やはり、私の能力を使うべき時ではないか?
一度きりとはいえ世界に穴を明け、次元と空間を穿つことすら可能かもしれないのだぞ。
駄目だよ長官、あなたの命は出来るかも分からないことに使うべきじゃない。
剛博士だってその為に寝る間も惜しんで頑張ってる、きっと私たちはどうにかできる。
その時まで力を蓄えて、最善を尽くそうよ。……ね?
フン。……よくもまあ見も知りもしない世界の人間たちに入れ込めるな。
正義の味方気取りか? 同一人物とはいえ、お前達の世界の人間という保証はないんだぞ?
なら問うとしようか。お前は何故ここにいる?
その言い分だとさっさと逃げたがっているように聞こえるぞ?
うちの童貞坊やすら無様に藻掻いているのにな。
私はこれでも人類の守護者だからな。
望もうが望まなかろうが、ヒトという種が滅びに際するなら呼び出される便利な掃除屋でしかない。
……それは詭弁だろう?
今ここにいるお前は一つの意思を持つ受肉した存在だ。
少なくともある程度はお前自身の考えでここに来なければおかしいんだが……、まあいい。
だ、そうだ。なあ英霊、お前はどういう心積もりでここに来た?
――――螺旋王の手に渡った、あのディスク。原因の一端は知らない人間ではないからな。
それに、もしかしたらの話ではあるが、何故あんな偶然が起こったのかにも心当たりがある。
何、あれにはやはり何かの作為があったというのかね?
……聖杯とは無色の力の塊ではあるが、本来は世界に穴を穿ち、世界の外、根源に到達するためのものでな。
ならば平行世界のどこかに聖杯によって根源に到達した者がいてもおかしくはない。
そこで問題となるのが、聖杯に溜まった力の行く先だ。
……世界の外側。そこに溜まりに溜まった願望の力があるって言うことかな。
その通りだ。そして次元の狭間に落ち込んだあのディスク。
……あれに残る戦いの記憶が求めるのは、次なる戦いであるのは人間の必然だろう。
世界の外にてあのディスクと聖杯の力の渦が触れ合ったならば――――、
戦いを引き起こす力も、目的もある存在の元へ。
その手段を与えてもおかしくない、とでも言うつもりか?
可能性はゼロではないにしても、その保証はないだろう。
お前の本意はそんなところにないんじゃないか?
…………。ああ、そうだな。
あの小僧が選んだ、正義の味方でなくイリヤノミカタという道。
オレにもそんな事ができたから……かも、しれんな。
……いや、世迷言だ。
私はただの掃除屋、それで構わない。貴様らが私の力を欲するなら手を貸そう。
それで構わんのだろう?
……宜しく頼むとしよう。我々にはまだまだ……力が足りないのだから。
一段落ついたようだな。
さて、お前たちはこれからどうするつもりだ?
どうやら参加者だけでなく、螺旋王たちにも新たな動きが出ているようだがな。
……彼らに加勢し、反螺旋族に立ち向かうか?
それとも参加者の救出だけを優先し、反螺旋族と一時なりとも共闘するか?
そんなの、最初から決まってるよ。
くく……、どうするんだ?
……喧嘩両成敗!
力づくでもお話を聞いてもらって、そして全てを清算してもらうの。
私たちから奪っていったヒトも、これから奪おうとするヒトにも、どっちにもね!
ああ、そして全部終わったらみんなで笑おう!
俺はその時の笑顔が見たい。参加者も、主催も、はたまた他の誰かでもいい。
とにかく笑おうよ。俺の目的はそれだけさ。
……カミナといい、ガッシュといい。
全く、どいつもこいつも人間というのは見ていて飽きないな。
――――まあいい。
◇ ◇ ◇
独り。
全てを睥睨し、策士は扇を振るう。
「……かの愚かなる咎人が殺し合いを始めたという、全ての発端も。
魔なる力を抱く赤き少女が、持ち前の迂闊さにより世界の狭間に『鍵』を失ったのも。
螺旋の王が心の内にて切望していた反螺旋族に抗う術を手に入れたのも――――」
指し示すは無数の枠。
内に映るはカコとイマ。
ミライがあるは彼の脳髄。
「全ての『偶然』が私の掌の上ということにも気付かず、踊り続け、踊らされ続ける役者達。
ですが、せっかく敗残兵がようやくようやく掴んだ希望に追い落とされてここまで来たんです、もう少し頑張って欲しいものですな。
そして見事に天元の突破を果たし、螺旋の王に今一度相見える時こそ、この作戦の本当の目的が達成されるのです。
……これ、何もかも人の心を流し動かす策士の技なり……」
然り。
扇の上に焔を灯せば、全てが全てが意のままに。
「……ありとあらゆる流れがこの私の策通りとはいえ、壮観なものですな。
――――そうは思いませんか、アンチ=スパイラルどの?」
見据えるは遥かな天元。
何処までも何処までも高らかに高らかに。
嗤いと哂いと嘲いは響く。
世界の縁を越え、隅々まで響き渡ってゆく。
「はははははははは……、そうだ、これで良い!
まさしく役者が揃うのだ。そう、何もかも私の思うがままだ!
うわははははははははははは……!」
※孔明達は実験場には干渉するつもりは無い様です。理由は不明です。
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