「どうなってんのよ」
ちょっと留守にしていただけだった。
近場のコロニーにちょろい賞金首が逃げ込んでいるという話だったから、つまみ食いに行った、ただそれだけのこと。
小悪党をしばき倒して小遣いを稼ぎ、美味しい物を食べて、綺麗な服を買って、酒を飲んで遊び歩いて。
……そうして楽しんで、いいかげん飽きたら帰ってやる。
女にとっては、ただそれだけのつもりだったのに。
近場のコロニーにちょろい賞金首が逃げ込んでいるという話だったから、つまみ食いに行った、ただそれだけのこと。
小悪党をしばき倒して小遣いを稼ぎ、美味しい物を食べて、綺麗な服を買って、酒を飲んで遊び歩いて。
……そうして楽しんで、いいかげん飽きたら帰ってやる。
女にとっては、ただそれだけのつもりだったのに。
用向きを終えてレッドテイルが宇宙に出たとき、彼女と入れ替わるように偶然その船はやってきた。
地元警察の警備艇に牽引され、もはや鉄屑と遜色ない巨体を引きずって。
カーキ色の装甲はあちこちが無惨に穿たれ、機械がむき出しになっている。
おそらく砲撃を受けたのだろう。損傷の周りは黒い焦げで縁取られ、ギザギザに歪んでいた。
数隻の警備艇から伸びたワイヤーが、その傷を抉るように打ち込まれ、船を引いている。
その様は、さながら、獲った鯨を港へと持ち帰る漁船団のよう。
地元警察の警備艇に牽引され、もはや鉄屑と遜色ない巨体を引きずって。
カーキ色の装甲はあちこちが無惨に穿たれ、機械がむき出しになっている。
おそらく砲撃を受けたのだろう。損傷の周りは黒い焦げで縁取られ、ギザギザに歪んでいた。
数隻の警備艇から伸びたワイヤーが、その傷を抉るように打ち込まれ、船を引いている。
その様は、さながら、獲った鯨を港へと持ち帰る漁船団のよう。
「漁船が捕まってどうすんのよ、バカ」
溜め息混じりに悪態をひとつ。
風防越し、目の前に見えるボロ船は、間違いない。
これから、彼女が帰るはずだったビバップ号だった。
エンジンを吹かして急旋回。今出た港へ取って返す。
風防越し、目の前に見えるボロ船は、間違いない。
これから、彼女が帰るはずだったビバップ号だった。
エンジンを吹かして急旋回。今出た港へ取って返す。
「やれやれ、今度は何やったのかしら、あいつら」
揉め事の予感に溜め息が出る。
ちょっと目を離すとすぐこれだ。
あいつらには平和を尊ぶ心というものがまったく欠けている。
ちょっと目を離すとすぐこれだ。
あいつらには平和を尊ぶ心というものがまったく欠けている。
「金になりそうなら助けてやってもいいけど……ヤバそうなのはごめんよ?」
フェイ・バレンタインはまだ、知らない。
◆
「……問題がないとはどういうことだ?」
低く、しかし威厳に満ちた声が響き渡る。
眼下に巨大な世界地図が広がる真っ暗な空間。
そこに浮かぶ不思議な円筒形の上で、マントを羽織った男が眼光鋭く睨みを効かせている。
眼下に巨大な世界地図が広がる真っ暗な空間。
そこに浮かぶ不思議な円筒形の上で、マントを羽織った男が眼光鋭く睨みを効かせている。
「どういうことかと申されましても……言葉通りの意味としか言いようがありませんな」
対する相手も同じく、円筒形の上にいた。
詰問をぶつけてきた男の乗っているそれから上方に離れることおよそ2m。
別個独立に浮かぶオブジェの上で、黄色いスーツの男は薄く笑っている。
暑苦しい視線を受け流すように羽扇を口元に当て、余裕に溢れた表情を浮かべている。
詰問をぶつけてきた男の乗っているそれから上方に離れることおよそ2m。
別個独立に浮かぶオブジェの上で、黄色いスーツの男は薄く笑っている。
暑苦しい視線を受け流すように羽扇を口元に当て、余裕に溢れた表情を浮かべている。
「ごまかすな孔明!十傑集が二人も行方知れずになっているのだぞ!それが問題でないわけがあるまい!
しかも、二人が二人とも、作戦行動中、急に音信不通になるという奇妙な失踪を遂げている。
こんなことはBF団始まって以来だ!」
しかも、二人が二人とも、作戦行動中、急に音信不通になるという奇妙な失踪を遂げている。
こんなことはBF団始まって以来だ!」
マントの男は眉をしかめ、声を荒げる。
その表情はいつになく厳しい。
その表情はいつになく厳しい。
男は孔明に対して常日頃から疑念を抱いていた。
徹底した秘密主義、どう考えても理に合わないとしか思えない立ち振る舞い、仲間に対する敬意の感じられぬ冷徹な態度。
そのどれもが到底、偉大なるビッグファイアの側近たるに相応しくない。
どうしてこんな男が我らが首領の信頼を得ているのか。
そんな感情が渦巻いていたところに今回の一件だ。
いくら男が鷹揚と言えども、容易に看過できるものではない。
徹底した秘密主義、どう考えても理に合わないとしか思えない立ち振る舞い、仲間に対する敬意の感じられぬ冷徹な態度。
そのどれもが到底、偉大なるビッグファイアの側近たるに相応しくない。
どうしてこんな男が我らが首領の信頼を得ているのか。
そんな感情が渦巻いていたところに今回の一件だ。
いくら男が鷹揚と言えども、容易に看過できるものではない。
「やれやれ、あなたは一つ大きな勘違いをしているようだ」
そんな彼の感情を知ってか知らずか、孔明はいかにも仕方がないといった風にかぶりを振る。
まるで、子供のわがままに辟易した父親のように。
その態度に、彼のいらつきは一層強まらざるを得ない。
まるで、子供のわがままに辟易した父親のように。
その態度に、彼のいらつきは一層強まらざるを得ない。
「勘違いだと?……いいだろう。何がどう勘違いなのか、説明してもらおう」
「よろしい。ご説明いたしましょう。
――衝撃のアルベルト、素晴らしきヒィッツカラルドの両名は急遽、別任務につくことになったのです」
「別任務だと?そんなことは聞いていないぞ!」
「当然でしょう。この任務は極めて機密性の高いものでしてね。
BF団でも知っているのは私とごく一部の者だけです」
「馬鹿を言うな。十傑集の知らぬ作戦など存在するはずが……」
「よろしい。ご説明いたしましょう。
――衝撃のアルベルト、素晴らしきヒィッツカラルドの両名は急遽、別任務につくことになったのです」
「別任務だと?そんなことは聞いていないぞ!」
「当然でしょう。この任務は極めて機密性の高いものでしてね。
BF団でも知っているのは私とごく一部の者だけです」
「馬鹿を言うな。十傑集の知らぬ作戦など存在するはずが……」
ありえぬとばかりに反論を開始した刹那、彼の頭に一つの考えが滑り込む。
十傑集の知らない作戦。そんなものが存在するはずはない。
そう、本来ならば。
しかし、これには例外がある。
あるケース、通常ならばまず起こらないある場合、十傑集の知らない作戦というものは確かに生まれ得る。
それは……
十傑集の知らない作戦。そんなものが存在するはずはない。
そう、本来ならば。
しかし、これには例外がある。
あるケース、通常ならばまず起こらないある場合、十傑集の知らない作戦というものは確かに生まれ得る。
それは……
「お気づきになったようですね」
羽扇を下げ、口元を露にした孔明が、口元を俄かに歪ませる。
「そう!これはビッグファイア直々に下された秘密の作戦なのです!
これならば十傑集とて知らぬは当然!」
「し、しかし!」
「おや?まだ疑問がおありですか。しかし、おやめになったほうがいいでしょう。
これ以上、この件に疑問を差し挟むことは、ビッグファイアへの不信と同じこと……」
これならば十傑集とて知らぬは当然!」
「し、しかし!」
「おや?まだ疑問がおありですか。しかし、おやめになったほうがいいでしょう。
これ以上、この件に疑問を差し挟むことは、ビッグファイアへの不信と同じこと……」
上位者の威厳を以って見下ろす孔明に対し、もはや男に抗弁の余地はなかった。
もちろん、彼とて、このような無体な理屈を前に引き下がるのは不本意である。
しかし『策士』である孔明の言葉は、ある一定の限度でビッグファイア本人の権威を内在している。
これ以上食い下がれば、孔明の言うように、反逆者と見なされる恐れがないとはいえない。
それに、ビッグファイアの勅命というのが真実であるならば、ある程度のつじつまが合うのもまた確かだ。
BF団最強のエージェントである十傑集が、二人も同時に、しかも秘密裏に始末されたというのは、あまりに現実味に欠ける。
それならば、秘密の任務に参加していると言われた方がまだ納得がいく。
もちろん、彼とて、このような無体な理屈を前に引き下がるのは不本意である。
しかし『策士』である孔明の言葉は、ある一定の限度でビッグファイア本人の権威を内在している。
これ以上食い下がれば、孔明の言うように、反逆者と見なされる恐れがないとはいえない。
それに、ビッグファイアの勅命というのが真実であるならば、ある程度のつじつまが合うのもまた確かだ。
BF団最強のエージェントである十傑集が、二人も同時に、しかも秘密裏に始末されたというのは、あまりに現実味に欠ける。
それならば、秘密の任務に参加していると言われた方がまだ納得がいく。
(しかし……このタイミングで秘密の任務などというのはあまりにも……だが……でないとしたら一体……)
孔明が去った後、男は一人思考に沈む。
眼下には、彼が知る、ちっぽけな世界の全てが大写しにされている。
言い知れぬ不安にその身を苛まれ、彼は我知らず呟いていた。
眼下には、彼が知る、ちっぽけな世界の全てが大写しにされている。
言い知れぬ不安にその身を苛まれ、彼は我知らず呟いていた。
「サニーのためにも……死ぬなよ、アルベルト」
混世魔王樊瑞はまだ、知らない。
◆
「ハアッ……ハアッ……ハアッ……」
板張りの廊下が、足音に軋む。
袴を穿いて足袋をつけ、肩から古風なバッグをかけた少女は、まるで何かに追われるように駆けている。
黄昏時。オレンヂ色の西日が差す木造校舎の中。
教室から教室へ。廊下から廊下へ。
袴を穿いて足袋をつけ、肩から古風なバッグをかけた少女は、まるで何かに追われるように駆けている。
黄昏時。オレンヂ色の西日が差す木造校舎の中。
教室から教室へ。廊下から廊下へ。
「せんせいっ!?」
扉を見つけると立ち止まり、振り切るように引き戸を開ける。
その度に、ガシャン、ギギギと戸が鳴って、部屋の中身が露にされる。
されど
その度に、ガシャン、ギギギと戸が鳴って、部屋の中身が露にされる。
されど
「……いない」
彼女を満足させる風景はそこにはなくて、だから少女は走り続ける。
教室。当直室。理科室。資料室。音楽室。体育館。プール。校庭。
病的に肌へ浮き出た汗の粒が、ぬらりぬらりと全身を冒す。
疲労が足から駆け巡り、体の機能を阻害する。
教室。当直室。理科室。資料室。音楽室。体育館。プール。校庭。
病的に肌へ浮き出た汗の粒が、ぬらりぬらりと全身を冒す。
疲労が足から駆け巡り、体の機能を阻害する。
「せんせいっ!?」
それでも彼女は止まらない。
袴の裾が乱れるのも構わずに、少女は腕を振り、顔を上げて駆け続ける。
その顔は不安と焦燥に歪み、その髪はざんばらでべたつき、その頬は蒼く、こけている。
涙に濡れた黒すぎる眼球は、怪しい光を湛えて。
その姿はさながら、学び舎に住む鬼のよう。
袴の裾が乱れるのも構わずに、少女は腕を振り、顔を上げて駆け続ける。
その顔は不安と焦燥に歪み、その髪はざんばらでべたつき、その頬は蒼く、こけている。
涙に濡れた黒すぎる眼球は、怪しい光を湛えて。
その姿はさながら、学び舎に住む鬼のよう。
「……いない」
何度目か分からない落胆を味わって、一瞬止まって、扉を閉めた。
次の扉に目を向けた少女の瞳に、「2のへ」と書かれたプレートが映る。
一瞬考えて、彼女は自分が戻ってきたことに気づく。
次の扉に目を向けた少女の瞳に、「2のへ」と書かれたプレートが映る。
一瞬考えて、彼女は自分が戻ってきたことに気づく。
「せんせいっ!?」
自分の教室。見慣れた教室。だけど、そこには決定的なものが欠けている。
がたつき、秩序の乱れた机と、何も書かれていない黒板とが彼女をあざ笑う。
けれど、それが何だというのだ。
がたつき、秩序の乱れた机と、何も書かれていない黒板とが彼女をあざ笑う。
けれど、それが何だというのだ。
扉を閉め、彼女はまた走り出す。
ぐっちゃぐっちゃと、不快な足音を立てて。
足袋はとっくに染まっている。血の赤と、膿の黄色。
愛しい人を見失って以来、少女はずっと探しているのだから。
ぐっちゃぐっちゃと、不快な足音を立てて。
足袋はとっくに染まっている。血の赤と、膿の黄色。
愛しい人を見失って以来、少女はずっと探しているのだから。
「……いない」
けれど、彼女は思う。
絶望するのは嫌いじゃないと。
その黒く重たい感情が胸に浮かぶたび、先生の声が聞こえる気がするから。
絶望するのは嫌いじゃないと。
その黒く重たい感情が胸に浮かぶたび、先生の声が聞こえる気がするから。
「せんせいっ!?」
常月まといはまだ、知らない。