ディートハルト・リートの戸惑い ◆LJ21nQDqcs



パイプベッドがあるだけの質素な部屋に少女の嗚咽が木霊する。

名を宮永咲

先程行われた麻雀の対局において驚異的な和了を見せ、結果的に三人の男を殺した少女である。
人質として連れてこられるまでは文学好きの一麻雀部員に過ぎなかった彼女。
ただの少女に、三人もの人間の生命を奪ってしまったと言う罪の意識はやはり重すぎたのだろう。
その精神的負担に胃は大きく痙攣し、彼女は幾度となく嘔吐を繰り返していた。
今もまた、口を抑えた右手の隙間から逆流した胃液のみが滴たり落ちる。

「のどかちゃん、助けて!」

狂気は釜の蓋を開けて少女が放り込まれるのを待っている。
咲はもう、大切な友達の名を叫ばずにはいられなかった。
そうしなければ崩壊してしまうほどに、彼女の精神は追い詰められていた。
そして涙をこぼす。ボロボロとボロボロと、とめどもなく。


ディートハルトがその男から連絡を受けたのは、第三回放送直後のことだった。
名を仮にSとしよう。
旧帝愛時代から黒服として仕える男である。

Sは元アメフト選手で、強固な身体と幅の広い体格を持つ。
鈍重に見えがちだが、事あるごとに40ヤードを駆け抜けたと放言するだけあって、瞬発力は凄まじい。
喧嘩をふっかける瞬発力も高いようで、裏業界に落ちぶれたのも、妻とその不倫相手を灰皿で撲殺したことが原因だ。
旧帝愛では主に実行部隊に所属し、極めて優秀な実績を残していた。
その真面目な仕事ぶりで利根川から重宝がられていたようで、S自身も旧帝愛に対する忠誠心は高かったようだ。
だから、なのだろうか。
Sは故遠藤を中心とした現帝愛、ならびに背後にちらつく存在に対してひどく不信感を抱いていた。
それはもう敵対心と言ってよく、連日のように現体制に対しての不満を漏らしていた。
故に現体制では浮いた存在となった。ここに送られたのも体の良い左遷だ。

そのような人間が用があると言う。直接会って話しがしたいと言う。
接触しただけで嫌疑がかかりかねない人物である。
彼にとってはデメリットだけが目立つ接触だが、ディートハルトはそれを受け入れた。
逆に言えばそれだけのデメリットを覆すネタを持っているだろうと考えた為だ。
もし見合わないネタであったのならば、すぐさま処理してしまえばいいだけのことである。


ともあれ、Sが彼の居る編集室に来るまでに多少の時間がある。
空いた時間をただコーヒーを啜ることにのみ浪費するわけにもいかない。
G-2周辺におけるバーサーカーと刹那、本多忠勝の戦いが不鮮明に途切れてしまった件についても、まだ調査が終わってないのだ。
エスポワール号における停電事件も含めて、映像屋としては痛恨事である。
生放送に多少のトラブルは付き物とはいえ、G-2周辺で起きた大規模な"通信障害"は予想を遥かに超えた、まさに事件であった。

一切の電波を遮断する。

資料で確認はしていたが、アレこそがGN粒子なのだろう。
太陽炉を会場に設置した時点で、有線での通信網も用意すべきだったのだろうが、拠点が宙に浮いている時点でそれは難しい。
まぁそもそもあの爆発で周囲のカメラがなぎ倒されているため、録画を確認する手段はあまり無いのだが。

しかし不可思議な点もある。
なぜ刹那と本多忠勝の二人に、死亡判定が即降りたのか。
バイタルサインの確認も、首輪の盗聴機能も、二人が死亡した瞬間も、ましてや死体すらこちらでは確認できなかったというのに。
主催側には自分の知りうる手段以外の生死判定方法があると言うのか。

またエスポワールにおける停電も規模としては遥かに小さいものの、同じような現象であると言えた。
あの時間帯、すぐに拡散されて無害化したものの、会場全体に高濃度のGN粒子が散布されたのである。
なんらかの原因によって一定量以上が吹き溜まり、作用したとも考えられる。
E-6公園に瘴気が吹きだまって独自の結界を築いたのと同じように、だ。
また資料によれば、あの時乗船していた天江衣は度々停電事故を引き起こしていたとされているので、それが原因であるとも考えられる。

二件とも発生してから既に六時間。
冠絶したディレクターの腕をもってすら、謎は解明出来ないままである。


レポートをまとめている最中に、ドアは叩かれた。
座っているディートハルトからすると見上げるのも億劫になるほどの大男。
Sだ。

 「まさか、情報処理のリーダーたるディートハルト様に、直接お会いできるとは思いませんでした」
 「ここは盗聴器も無い。防音設備も申し分ない。だから気兼ねなく、要件だけを喋るといい」

課題は山積みであり、時間は常に逼迫している。

 「では単刀直入に。これです」

そう言ってSはノートPCを開いて動画を立ち上げる。
そこに映るのは織田信長ともう一人。第二回放送後から会場に突如現れた妙齢の女性。
関連資料から女性の名前は蒼崎橙子と判明していたが、その発声の仕方と癖は全く別人のものであった。
それは地の底よりなお昏き場所より鳴動するが如く、響く。

 『魔術師―――荒耶宗蓮

思わず立ち上がる。眉間にシワがよる。眉をひそめる。思わず大声を上げそうになって口をパクパクとさせる。
ようやくと平静を取り戻し、椅子にどっかりと腰掛けて、冷や汗すらかいて、唸る。

 「生きていたか!」

彼の中から衝撃が通り過ぎ、そして、思考を整理するべく彼の所持する情報と符合させて行く。
この会場内で参加者である荒耶宗蓮の名を騙る必要性は皆無。
不興を買えば鎧袖一触の信長の前で、そんな小細工を講ずる必要も無い。
事実、エツァリの盗聴システムを停止させた手際。憩の館で、小川マンション内で、主催側しか知り得ない機構を使ってみせた事。
いずれも、彼女が荒耶宗蓮だとしたら造作も無いことだ。

今の所はさしたる動きも無いが、とはいえ生存しているにも関わらず連絡の一つも無い事は明らかに不審だ。
結界の損壊は当然、荒耶も知っていることであるはずなのに、小川マンション内の結界を修復すらせずに別行動をし続けている。
どう贔屓目に見ても、ゲームの進行など既に念頭にないと言わざるをえない。

 「信長の首輪につけられた盗聴機能は著しく機能を低下しておりました。ノイズの除去にはかなり手間取りましたが、この通りです」
 「なるほど、これは確かに大事だ。で、直接面会を申し出たのは何故だ?」

現帝愛への反逆行動を唆す、と言った所だろうとディートハルトは予想していた。

 「いえ、大した事ではありません。ディートハルト様の直接の傘下に入れてさせて頂きたいと、そうお願い申し上げようと思っただけです」

拍子抜けだった。
要するにこれは保身だ。技術力の誇示による売名行為だ。
立場が弱い自分の足場を固めようと、その場凌ぎの立ち回りに過ぎない。

 「ご承知でしょうが、私の身辺は謂れのない揶揄で溢れております。このままでは私は粛清されてしまうでしょう」
 「すると現体制へ不満を持っているという噂は真実ではない、ということか?」
 「ストレートですな。勿論です。おそらくは旧体制の人間を快く思わない新参者達の口さがない流言が元でしょう」

それが真実だとするならば、帝愛は内部においてすらバトルロワイアルをやっているということである。
馬鹿らしい話だ、とディートハルトは鼻で笑いかけて、やめた。
実際にゲーム開始から今に至るまでダース単位で黒服たちが姿を消しているのだ。
明日は我が身、という言葉もある。このように分かりやすい男を手元に引き入れておくのも悪くは無いだろう。

 「分かった。すぐに辞令を出させよう。追って指示があるまで待機してくれ」
 「ありがとうございます」

Sは屈強な身体を折り曲げるとそそくさと部屋を出た。
部屋に取り残されたディートハルトは椅子に身を預けて一息つく。
知略の人である彼が、さてなにから手をつけようか、と頭を悩ませるほどに問題は山積みであった。


荒耶宗蓮復活の報を上告して既に二時間が経過した。
主催側からの対応は特にされていない。
資料によれば荒耶宗蓮の最終目標は根源への到達。
それがなんなのか、俗人でしかないディートハルトには想像もつかなかったが、専門知識を持つインデックスも特に言及もしない様子だ。
彼の暴走といえる独断専行すら計算通りだとでも言うのだろうか。

尤も今や主催側はディートハルトの情報網を介さずとも済むシステムを構築している。
妹たち―シスターズ―がそれだ。
独自のネットワークを形成しているクローン集合体である彼女らを用いれば、情報漏洩の心配も無い。
よって既に何らかの対処をシスターズを用いてなしているのかもしれない。
まだそれが表出してはいない為、想像でしか無いが。

そもそも、とディートハルトは同時に五つのコンソールを操りながら思案に耽る。

 「このバトルロワイアルの目的とはなんだ?」

参加者に関する膨大な資料を元に、最も過激なエンターティメントを提供する。
それがディートハルトに与えられた役割だ。
バトルロワイアルの目的が資金集めであるならば、まだいい。
問題はこのゲームの目的がそれ以外、根源への到達などと言った非ビジネス的なものだった場合だ。
目的を達成した瞬間、スポンサーは勿論ディートハルト自身も命の保証はない。
ビジネスでない以上、スポンサー他関係者は単なる情報漏えいの可能性がある危険因子でしか無い。
ならば命の保証に、なんらかの担保が必要になるだろう。
それこそ先程Sがしてみせたように、だ。

よって彼らの目的を探らねばならない。
そして、その目的に合致するようなネタや技術を提示せねばならない。
もしくは、主催自体をひっくり返すように参加者を誘導するか。
いずれにせよ、主催側の手の内が分からないことには対処の仕様が無い。

まずは主催側から提示された指示を追って考察する必要があるだろう。
それが主催側の尻尾を掴む、ディートハルトが唯一持つ情報だ。


ディートハルトに命じられた最初の指令。
それは数人の特定の参加者を、確実に殺せる位置に配置することだった。
リストに上げられたのはユーフェミア・リ・ブリタニア、C.C.、加治木ゆみ龍門渕透華
逆に保護対象としてあげられたのは東横桃子ルルーシュ・ランペルージ、天江衣。
ただ、保護対象に関しては優先順位が低くて構わない、というお達しだ。
これだけ見ても二つの世界の人物に対して主催側が注目していると言うことが解る。

指令には極めて機械的に答えた。
C.C.と加治木ゆみは殺意のこもった人物の程近くに。龍門渕透華はみせしめとしてハメた。
ユーフェミアに関しては喧嘩っ早い参加者の中に放り込んだ。
結果的にC.C.とユーフェミアは生き残ってしまったが、それに対する処罰は特に下されていない。

ユーフェミアといえば神聖ブリタニア帝国第3皇女。ブリタニアの魔女コーネリアの実妹。
温厚な人柄で知られていたが、資料によればイレブン虐殺を仕掛けゼロに射殺されたらしい。
ゼロという文字を見た瞬間、ディートハルトの胸は初恋にときめく乙女のように早鐘を打った。
ゼロこそはディートハルトの熱狂。アイドルである。
無論その正体も最期すら資料にはある。

ルルーシュ・ランペルージ。本名をルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
世界に反逆し、神を殺し、全てを平らげ、そしてゼロによって死んだ男。
激動と言っていい人生を送った人物。

そしてディートハルトの名もその人生の一構成物質として付記されていた。
利用され、裏切られ、惨めに死んで行く馬鹿な男の人生。
だが、今この資料にある自分の人生を俯瞰してみて、ディートハルトはこれは仕方がない、と自分の後世を蔑んでみせた。
このディートハルトは結局ルルーシュの目的を探ることが出来なかったのだ。
情報戦に敗北したのでは生き残れるはずも無い。
だから自分は今、主催側との情報戦に勝利しようとしているのだ。


特定の参加者を優先的に殺す意味とはなんであろうか。
東横桃子のその後を見れば、なんとはなしに理解できる。
関係性の深い加治木ゆみの死は、東横桃子にゲームに対する覚悟を植えつけた。
結果、ポテンシャルの多大なる向上を促し、荒耶宗蓮とセイバーという大物二人を始末するという覚醒を果たしている。
その能力の開花もバーサーカーには通用しなかったようだが、そのステルス能力は今だ健在だ。

保護リストには無かったが、衛宮士郎も強力な協力者を失った直後にその才能を開花させた。
投影などと言う魔術にあのような応用力があったとは驚きだ。
大量のペリカを偽造し、また、魔王信長と数十合も刃を重ねるほどに実戦能力を高めようとは。

一方の天江衣だが、こちらは従姉妹である龍門渕透華の死をもってしても、何ら覚醒を果たしていないように思える。
しかしエスポワール停電事件を引き起こし、想定を遥かに上回る強さをもって麻雀ゲームを席巻し、法外な額のペリカを稼いでみせた。
数億ペリカもの配当を得られるシステムではもとより無いのにも関わらず。

そして同じ世界の生存者である福路美穂子に関してだが、これはもう計算外もいいところだ。
死よりの復活もそうだが、レイニーデヴィルと聖杯の泥という規格外の毒を二つも喰らって、その二つとも克服するなど予想だにしなかった。
聖杯の泥を仕掛けた言峰神父も驚いたことだろう。
これも近しい人間を失い続けた逆境が福路美穂子のポテンシャルを高めたのか。


そういえば福路美穂子を始めとして、このゲームの参加者にはオッドアイや魔眼の持ち主が点在している。
絶対遵守のギアスを持つルルーシュ。直死の魔眼を持つ両儀式。歪曲の能力を持つ浅上藤乃。石化の魔眼を持つライダー
独眼と言うことを含めれば奥州筆頭伊達政宗も含んでいいだろうか。
邪眼・邪視・魔眼は相手を呪い殺すと言われており、両儀式などは「神様だって殺してみせる」とうそぶいて見せていた。

実際、式はその能力を持ってバーサーカー、つまり半神半人であるヘラクレスを仕留めている。
またルルーシュもシャルル皇帝いわくところの神―集合無意識体、Cの世界―を破壊しており、神殺しを果たしていると言える。
神や奇跡を打ち消すと言う上条当麻の幻想殺し、神を鎮めし戦場ヶ原ひたぎも神殺しを果たした果たせた人材と言っていいだろうか。

神というものは所詮、絶対上位の存在がないと自己を保てなくなる人間が生み出した妄想上の産物でしか無い。
手を合わせて祈るだけで現世の利益追求が叶うなどと、馬鹿げた現実逃避だ。
そういった概念上の神を討つなどと言う戯言は、自分を装飾するためにつけた売り文句に過ぎない。

だが、もし神がいると信じている人間がいたら?
神を倒すなどと言う絵空事を本当に欲している人間がいるとしたら?
主催側の人間が神殺しを望んでいるのならば、常軌を逸した力を、神殺しの力を求めるのも考えられることなのではないか。

ならば何故、殺し合いの場に彼らを持ち出したのか。
東横桃子、衛宮士郎、天江衣、福路美穂子のようなポテンシャルの向上を狙ったのか。
逆に神殺しの芽を摘む為、殺し合いの場へ一同に会し、一網打尽にしようとしたのか。
考えればキリがない。
だが、ハッキリしたことはある。
ルルーシュと麻雀世界の住人達は主催側にとって、少なくともサンプルとして重要な意味を持っていると言うことだ。


暗い部屋の片隅。膝を抱え、宮永咲はそこにいた。アレから何時間経ったのだろうか。
時計も無い、外界の景色も見られないこの部屋において、彼女の時間感覚など無きに等しい。
そのような孤独な空間において、まだ理性を保っていられるのは、どこからか聞こえてくるような少女の歌に励まされたからであろう。
聞き覚えのない歌。消え入りそうな小さな声ではあったが、精神の内へと崩壊しかけていた彼女の心を優しく包むかのように、歌は響き渡った。
咲の心に希望が差し込むのと同時に、明かりの無い部屋の扉が開き、光が差し込む。
導かれるように出口を見ると、黒服に身を包んだ男がそこに居た。

 「ある御方がお呼びだ。着いて来い」

背の高い屈強な大男はそういうとズカズカと廊下を歩いていく。彼女も跡をついて行く。

選択権はない。
従わなかった場合、きっと殺されてしまうだろう。
そして、同じく囚われの身である原村和の生命さえ脅かしかねない。
大切な友人を失う事。それが彼女には一番恐ろしかった。

だから彼女は必死で黒服のあとを追った。
必死であとを追ったのだ。
本当に必死で。
だが。

「うぅう、此処どこぉ~?のどかちゃん、お姉ちゃん、助けてよぉ~」

涙目になりながら、少女は独り、迷子になっていた。

長野県立清澄高校一年、宮永咲。15歳。
得意技:嶺上開花、どこででも迷子になってしまう事。


 「見失ったで済むと思っているのか!さっさと探せ!」

Sに宮永咲を連れてくるように指示を出した数分後。見事にSは宮永咲をロストした。
主催側が駒として有用性を見出そうとしている麻雀世界の住人。
その内二人がこの内部にいた。
デジタルの申し子、原村和とその恋人である宮永咲。

原村和は曲りなりとも主催側の仕事をこなす人間であり、ディートハルトにとって接触はなるべく避けたい人物だ。
ならば人質である宮永咲はどうであろうかとお伺いを立ててみた所、あっさりと許可が降りた。
すぐさま待機状態であったSに指令を出してみたところ、この有様だ。
多少は使える人間だと思っていたが、どうやら買いかぶりだったようである。
ただ宮永咲が脱走を試みた、という情報はディートハルトにとって好都合と言える。
気兼ねなく原村和に何らかの条件を飲ますことが出来るだろう。

それにしても、Sにしてもそうだが、よくブリタニア語が通じるものだ。
会場内においても出身世界はバラバラ、年代も違えば地域も違う人間ばかりである。
ほぼ半数が日本人とはいえ、なぜ意思の疎通が取れるだろうか。
そう考えて、ディートハルトははたと立ち止まり、割れた顎に手をやる。

 「そういえばエスポワールでの会議で利根川とグラハム・エーカーが妙なやりとりをしていたな」

耳から聞こえる単語と口の動きが全く違う、と。
ディートハルトはここに連れてこられる途中、言葉は末端にいたるまですべて通じる人間ばかりだと説明された。
実際そのとおりだった為、今まで気にも留めなかった。
だが、共通言語を習得した形跡もない参加者同士が意思の疎通を取れている様子を見るに、何らかの手品が仕掛けられているのではないかと疑わずにいられない。
これも魔法という奴か、と思考停止することも可能だが、これも主催側が残したメッセージである。
死の危険と常に隣り合わせである参加者たちと違い、ディートハルトはとりあえずは差し迫った危険も無い。
彼のみに閲覧を許された、幾多の世界に及ぶ、膨大な量の包括的な資料と記録もある。

 「一度考察してみる必要がありそうだな」

そう考えた矢先、ジリリと黒電話が鳴り響いた。Sだ。

 「見つけました!今からお連れ致します!」
 「いや、もういい!私自らそちらへ向かう!お前はそこで宮永咲を見張っていろ!」

そう怒鳴りつけて受話器を乱暴に押し付ける。
Sの所在地を探り、そこへ向かって大股で歩く。

 「どいつもこいつも邪魔ばかりする!番組をともに作り上げようという気のある人間はいないのか?!」


ゴゥンゴゥンと轟音が鳴り響く、ここはエンジンルーム。
どうやってたどり着いたのか、宮永咲はそこに居た。

 「うぅ、ぐっす、ひっく。のどかちゃん、部長、衣ちゃん。みんなぁ。助けてよぉ~」

孤独の心細さがようやく癒された精神を蝕む。
だからズシャッという重い足音を聞いた時も宮永咲は喜色満面の笑みで迎え入れた。

 「のどかちゃん?!」

次の瞬間、宮永咲の鼻頭を黒い稲妻が通り過ぎた。

丸太のようなSの右腕が咲の顔面をかすめたのだ。
かすっただけだというのに、咲の鼻から鮮烈な朱がこぼれ落ちる。
鼻を抑えても血は止まらない。
激痛と血に怯えうずくまろうとする咲の下腹部に、Sの左足がめり込んだ。
身体全体をくの字に折って足が宙に浮く。胃液を逆流させてゴロゴロと転がる。
そのままへたれこんで顔を地面に押し付け、声にならぬうめき声を上げる。

 「この糞女がァ!」

Sの怒号が鳴り響く。
うずくまり、息を吸う事さえ出来ずに嘔吐する咲の後頭部を髪を掴んで持ち上げる。
あがく力すら、ない。

 「おとなしくついてくることすら出来ねぇのか!この場で修正してやる!」

振りかぶった拳は巨大で、凶悪な力強さで握られていた。
当たれば身体中の骨を折られてしまうだろう。そんな説得力を持っていた。
その時である。

 『誰か助けて!』

咲の叫び声が辺り一面に響いた。
声も出せぬはずなのに、口も動かしていないはずなのに、それは大音量で響きわたった。
至近距離でそれを聞いたSは、咲を手放して耳を抑える。

声ではない。
音ではない。
だから鼓膜に異常など、きたすはずも無い。
だが、Sは耳を抑えた。鼓膜が振動で破裂しそうだと錯覚して耳を抑えた。
逆上したSは懐に収めていたベレッタを構え、床に放り出された咲めがけて撃ち放つ。

「化け物がぁっ!」

音速を超えた衝撃音がエンジンルームに響きわたった。


硝煙纏うPDWを携えたシスターズとすれ違ったディートハルトが、現場に着いた時にはそこは血の海だった。
四方八方から撃ちぬかれ、縮れた髪の毛を持つ黒い肌の巨体がどう、と倒れている。
蜂の巣とはまさにこの事だろう。その身体は全身銃創が無いところなど無いほどだ。

状況から見て、起きた事は大体飲み込める。
詳細を説明出来るであろう宮永咲は、身体中をS―シンプソンの流した血で染め、涙を流して恐慌状態に陥っている。
とても事情を聞ける状態ではないだろう。
ディートハルトは溜息をつくと、先程自分の身に起こった奇妙な現象を想起した。

咲の叫びはディートハルト自身も耳にしていた。
隔壁を何枚も隔てたその向こう側で。
いくら大声を出そうとも届くはずの無い叫び声が、彼の耳にはしっかりと聞き取れた。

 「ここで何が起ころうとしている…」

主催の目的は未だオカルトの靄に包まれたままである。


【???/飛行船・エンジンルーム/1日目/夜中】

ディートハルト・リート@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[状態]: 健康
[服装]:普段着(セーターにジャケット)
[装備]:???
[道具]: ???
[思考]
基本:主催側の目的を探る。
1:生きてこのゲームを終了させる。
2:言峰と妹達への密かな恐れ
[備考]
※参加者の情報をかなり詳しく知りました。
※主催側は神殺しの力を欲していると仮定を立てましたが、彼自身も懐疑的です。

【宮永咲@咲-Saki-】
[状態]:腹部強打、恐慌状態(軽)、疲労(中)
[服装]:血まみれの清澄高校夏服
[装備]:???
[道具]: ???
[思考]
基本:のどかちゃんと一緒に帰りたい。
1:死にたくない。
2:歌を歌う少女にお礼がしたい。


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229:第三回定時放送~世界の外から眺めたるもの~ ディートハルト・リート 272:第四回定時放送 ~二四時間後~
228:主催にさえなれば俺だってラスボスになりますよ猿渡さん! 宮永咲 276:友達の定義


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最終更新:2010年08月09日 21:13