戦争と平和  ◆10fcvoEbko



Stance.1 忠義


やはり、そう都合よくはいかないものか。
既に何度繰り返したかも分からない徒労だけを収穫に、刹那は倉庫の検分を終えた。
海沿いに立ち並ぶ倉庫群の一つである。刹那は忠勝の軌道力を武器に、工業地帯の調査を進めていた。
地図に描かれた倉庫の巨大さからあるいはモビルスーツも、と言う期待も多少はあったが今のところ成果は芳しくない。

倉庫はどうやら機械の組み立て用部品の保管場所に充てられていたらしい。それぞれ規格の違うボルトやナットが袋詰めにされ、うず高く積み上げられたまま放置されている。
使われなくなってから大分経っているようだ。潮風に浸食された鉄錆の臭いが、割れた窓硝子を通して内部にまで届いていた。

黴を呼吸しているような気分になりながら、刹那は倉庫を後にする。さっきまで暗かった空は大分明るみを増し、夜明けが近いことを教えていた。
刹那は不要になった旧型の懐中電灯を消すと、鞄へと戻す。
固く閉じられていた入り口は忠勝にこじ開けてもらった。それこそモビルスーツに匹敵する程のパワーだが、当の本人はそれを誇るでも振りかざすでもなく、埠頭に泰然とその巨体を湛えている。
自身がひしゃげさせた鉄のシャッターの前でじっと佇む姿は、まるで門番だ。

このあたりの工場やビルはいくつか見て回ったが、刹那の調査中に忠勝がついて回るというようなことは一度もなかった。代わりと言うように、調査中は常に門前に待機し刹那の背中を守ってくれている。
自分の仕事はこっちだと無言で示しているように刹那は感じたのだが、それは半分だけ正解だった。それくらいしかできることがなかった、というのが実際のところだったらしい。
言葉に拠らぬ意志を通じ合わせてみたところ、忠勝はこのような機械や金属に囲まれた場所を見たのは今回が初めてだったらしい。
本人が機械の塊のようなものなのに、おかしいものだと刹那は思う。

その身、その力。どこでどのように手に入れたのかと気にならないではなかったが、くどくどと問い詰める気はなかった。
いずれ尋常でない道を歩んできたのだろう。歴戦の風格に、真に己の正義を貫こうとする鋼にも似た頑健な意志を感じ取った刹那は、この男の過去がどういうものであろうと気にするつもりはなかった。

「待たせたな、ホンダム」


声をかけると同時に、刹那の倍以上の高さからが視線をくれられた。
不思議とどこかガンダムに通じるものを思わせる両の瞳は、睨むだけで薄い鉄板程度なら貫いてしまいそうな圧力を持っていた。
同時にそれは、刹那が肩を預けるのに足る男だと改めて教えてくれる光でもある。

「そうだな。そろそろ次の場所へ行った方がいい」

手当たり次第に行った調査はどれも空振りだった。
地図では工業地帯と示されたこの一帯は、稼働していた形跡はあるが全くの無人だった。不気味な話だが、それを除けば他に不審な点はない。
モビルスーツについては影も形も見えなかった。部品すら存在していないようだ。
判ったことと言えば、この近辺では車や家電と言った、何の変哲もない工業製品の生産に力を注いでいたらしいということだけである。
専門家でない刹那の本格的ではない調査による判断だが、少なくとも軍事関係の産業とは何の接点も持っていなかったことは間違いない。

「・・・・・・急ぐのか。ホンダム」

忠勝の挙動に何か変化があったのではない。言語はおろか行動さえ最小限に止める男は、たとえ一挙手一投足を具に見たところで感情というものを表に出さない。
だと言うのに、刹那は何という理由もなく、先を行こうとバーニアを展開する忠勝の姿に僅かに焦りのようなものを感じていた。

「それ程までに危険な相手なのか。ホンダム、お前を動かす程に」

鋼の巨体に身を預けると、忠勝の思考がより一層深く伝わってくる。
主君の仇である織田信長。その家臣光秀。忠勝に匹敵する力を持ち悪逆と暴虐の限りを尽くすというその男たちは、先も聞いた世界の歪みだ。
駆逐されるべき存在なのは刹那にも分かる。体が満足なら今すぐに空へと飛び出したいのだろう。
だが刹那は、心身ともに「最強」の名に相応しい男がそこまで感じるからこそ、逆に信長という存在に具体的なイメージを持てないでいた。


「魔王。圧倒的な暴力で世界を歪める魔王軍・・・・・・か」

刹那に答えるように、忠勝の心象が伝わる。
乱世を我がものにせんと覇軍を続け、敵であれば降伏も許さず皆殺しにする。信長という男の凶状はまさに悪鬼そのものであったらしい。
虐げられた人々は信長を魔王と恐れ、また信長自身もそれを自称したという。
魔王とは人にあらざるものの名だ。刹那は自らの記憶を掘り起こす。
何も知らずゲリラとして幼少を過ごしたクルジスで。ソレスタルビーイングとして介入したあらゆる紛争地帯で。世界を影から操ろうとするイノベイター達の中で。
虐殺されることしかできない一般人も、金を、権力を持ちながら無惨に使い捨てられた人間も刹那は見てきた。
戦争に負け、迫害を受けながら行き続けることしか出来なくなった民族の姿も知っている。

だがそこに人間以外の影があっただろうか。悪魔のような所行を繰り返しものの正体が、本物の悪魔だったことはただの一度もなかった。

「違うな・・・・・・ホンダム。そいつらは人間だ。
 どれだけ血が流されても、人を殺し、世界に歪みをもたらすのはいつだって人間なんだ」

バーニアの風切り音が高くなった。刹那の言葉が忠勝にどのように届いたのかは分からない。
刹那もまた、それ以上言葉を重ねようとはしなかった。
バーニアが点火し、風圧が刹那を襲う。
トラック用に広くとられた道路が、朝靄に疾駆する二人の戦士を包み込むように見送っていた。



Stance.2 復讐


厄介なものと出会った。
レイ・ラングレンがそのとき抱いた感情は、その一言に収斂することができた。

「雑兵が。朽ち果てよ」

野太い声をした居丈高な男である。
白磁をくすませた灰褐色の甲冑で全身を包み、ハンドルのような持ち手が付いた筋肉質の馬にまたがっている。
壮年の終わりに差し掛かったあたりと見えるが、黄金色の剣と自動小銃で武装したその姿からは年の衰えを感じさせない覇気が立ち上っていた。
小銃の銃口は、レイの眉間にぴたりと狙いを据えている。距離にして2メートル程か。
両腕をピンと伸ばせばそれだけで届く距離だ。必殺の間合いというにも近すぎる。
それでも、レイが揺らぐことはない。常人なら抱いてしかるべき怒りや恐怖と言った生々しさは、そこには一片も見られなかった。
レイに感情がないわけではない。一切の不純物を混ぜず限界まで凝縮し精錬された怒りが、磨き上げた剣の鋭さを保って存在している。
だが、それを見せるべき相手はこの男ではない。
レイに満ちた憎しみの海は、一所では魔王とまで呼ばれた男の殺意を真正面に浴びながら、そよ風一つ起ない凪を保っていた。

(不用意に草原に出たのは失敗だったか)

死を目の前に冷静すぎる自省の念がよぎる。アクシデントに対するネガティブな感情も、どこか機械のような冷徹さを伴っていた。
男は、轟く蹄の音も高らかに山頂の方角から現れた。警戒を怠ったつもりはないが、さすがに馬賊まがいの真似をする者がいるとは予想外である。
あと少し時間があれば、工場の中に飛び込めたものを。出会い頭の応戦に消費した分のツケとしては少々痛い。ヴォルケインを召還できないことを少し煩わしく思った。

男の厳めしい眉が怪訝そうに顰められる。声からすると、絶体絶命の状況にありながら微塵も恐怖した様子を見せないレイが不満なのだろう。
生憎、加虐趣味に付き合う気はない。苦しみにあえぐ叫びも、憤怒の果てに流す涙も、とうに使い果たしてしまった。


レイは何も感じない世界にいる。何もない世界で、ただ一つの復讐のために生き続けている。
男の指に力が掛かった。

「消えよ」
「俺の邪魔をするというなら・・・・・・死ね」

引き金が絞りきられる直前、レイは横飛びに柔らかな草むらの中に転がり込んだ。
狙うべき対象を失った空間に5.6ミリの弾丸が降り注ぐ。肥えた土が弾ける警戒な音は、無反動を誇る小銃がレイに傷一つ与えられなかった証拠だ。
流麗なその動きは戦国に生きる男から見ても鋭敏を極めている。常人なら目で追うことさえ不可能な俊敏さは、男が照準を定め直すより早く行動を終えていた。

レイの手が地を付いた瞬間に一発。身を起こし立ち上がる直前に一発。手の中の拳銃が二度火を吹いた。放たれた9mmショート弾は、さっき奪った道具に含まれていたものだ。
不安定な姿勢から発射されたことなどまるで無視するかのように、ベレッタの弾丸は一直線に男の眉間に迫る。
命中の寸前、初弾は間髪入れずにかざされた黄金の剣によって弾かれた。その事実にもレイは眉一つ動さない。
本命の二発目の弾丸は、防がれることなく既にその役目を終えている。大型バイクのように猛々しい軍馬の、剥き出しの胴体に傷を付けたのである。

「ぬぅぅ、小癪な……!」

馬を潰す程の傷ではないが、時間を稼ぐには殺してしまうよりいい。火がついたように暴れ出した馬に手を取られ、男の注意が反れる。
その隙をついて、レイは身を翻した。男が体勢を整えるまでの短い時間で工場地帯へと進入する。
障害物を挟んでの射撃戦ならこちらに分がある。背後から遠雷のように深い怒声が響き、5.9ミリ弾が飛来した。
その内の一つが頬を掠め血が伝い落ちたが、軽やかなレイの動きを何ら阻むものではない。
手近な小屋へ飛び込んだレイの背中を、揺るがしがたい意志が支えていた。



Stance.3 完全平和主義


「知らないの」
「ええ」
「本当に」
「私は嘘などつきません」
「ふうん」

微塵の後ろめたさないと言わんばかりの、リリーナの言葉は実にきっぱりとしている。
それに対しアーニャ・アールストレイムが返したのは、実に淡泊な相槌だった。無関心を全身で表明するかのような、幼い四肢に不釣り合いな乾燥したリアクションだ。
会話中だというのに、相手の顔も見ずに愛用の携帯電話をカタカタと揺らしつづける姿が、その印象により拍車をかけている。
アーニャは別にリリーナとの対話がつまらなかったわけでも、苦痛に感じていたわけでもない。
その証拠に、闇夜に微かな光明をもたらしているアーニャの手元では、二人がこれまでに話合った内容が簡潔かつ丁寧にまとめられていた。

これまでに分かったことは、おおまかに言って一つ。アーニャとリリーナの持つ、世界についての知識が真っ向からくい違っているということだ。
アーニャにとって世界規模で統治を行っているのは神聖ブリタニア帝国であって地球圏統一連合ではないし、リリーナにとって軍の主力兵器はモビルスーツであってナイトメアフレームではない。
ましてや、アーニャの常識には宇宙での生活を可能にするコロニーなどという巨大建造物は存在しない。
最初に感じた違和感がより鮮烈に現れた形だ。聞けば聞くほど、互いが本気で言ってることが分かるから余計にたちが悪い。

「私の話を狂人の戯言とお笑いになりますか」
「条件はこちらも同じ。私も、嘘つきだと思われたくはない」
「では、どういうことなのでしょう」
「分からない」

フラッシュをたく必要のない昼間なら、アーニャはそのときの表情をカメラに納めていただろう。困惑の色を浮かべていても、リリーナの振る舞いは高貴な貴族のそれだった。
歴史が根本から違っているとしか思えないそれぞれの世界観のズレについては、ひとまず保留とした。
ここまで相違が大きいとどうにも解釈のしようがないし、上辺だけ取り繕って相手に合わせるのはアーニャの好みではなかった。
そもそも、分からないことだらけなのだ。言葉は通じるし、人となりにも嫌悪は感じない。直接の危険がないだけでも十分とアーニャは判断し、携帯電話をカタカタ鳴らした。
どうせこれと言った指針もない。深夜の、廃墟と見紛う程に寂れた工場地帯である。
少女二人が、別れ別れになったところでメリットなどない。

「とりあえず、スザクを探す」
「あら、私も探したい人はいましてよ」

会話を通じていくらか距離が縮まったのか、リリーナの声に年相応の気安さが混じる。
いたずらっ気のあるその声音は純粋にこちらをからかっているのか、あるいは年上として場を和ませようとでも考えているのかも知れない。

「探すと言ってもとりあえずは歩き回るだけだから。リリーナ様も一緒に探せばそれで済む」
「そのスザクさんという方が、さっき私に会わせたいと仰っていた人なのかしら」
「違う」

スザクと会わせたところで、それ程面白いものは期待できない。
会わせたいと言った相手は別の人間だ。アーニャにとっては夢物語にしか聞こえないリリーナの理想も、彼女は本気で実現することを願っていたのだろう。

「ナナリー様。前に私が仕えていた方」
「その方もこちらに・・・・・・?」
「名簿にはいない。でも、それは私も同じ」
「そう・・・・・・優しいのね、アーニャは。その方も、きっとお優しいのでしょうね」

彼女にとってみれば信憑性など皆無の世界の話であるにも関わらず、リリーナは真剣にこちらの意思を汲み取っている。
悲しげに伏せられた眉根が、形式上の気遣いによるものではないことはアーニャにも分かった。
珍しい人。行動力のある理想主義者。だから悲劇にも遭いやすい。アーニャそうは結論付ける。

「優しい方。だから利用されて、悲しんだりする。リリーナ様と同じ」
「私と?」
「国を丸ごと明け渡すような無茶は、ナナリー様はしないけど」

そのような行動力が彼女にもあれば、とは考えても詮無い話だ。
国が、環境が違いすぎる。アーニャはそれ以上考えることを止め、辺りに気を配りながら続くリリーナの言葉に耳を傾けた。

「平和を望む方と、自由にお話ができればよいのですが・・・・・・。その方が苦しまれているならなおさらです。
 本来、サンクキングダムはそういう場として機能するべきでした」
「リリーナ様は理想的過ぎ。囚われるのも当然」
「私は自分のしたことが間違いだったとは思っていません。いくら困難だからと言って、行動しなくては何も変えることなどできません」
「そういうことを・・・・・・」

普段でもまずないくらい口数が多くなってしまったのは、彼女の語る理想がさすがに綺麗過ぎたからだろうか。あるいは、女王の持つカリスマという奴がそうさせたのかも知れない。
いずれにせよ、アーニャが口にしかけた言葉は突如頭上から叩きつけられた破砕音によって阻まれ、リリーナに届くことはなかった。



Stance.4 天下布武


背の高い金髪の男が空から降ってきた。
それだけ聞くと何か壮大な物語の出だしのような印象を受けるが、眼前でそれを見せつけられたアーニャには、まるで飛び降り自殺のようにしか見えなかった。
ガラス片をまき散らしながら着地した男がそのまま動くことを止めていたら、本当にただの自殺と判断したかも知れない。実際は、ビル2階分の高さをものともせず鮮やかな着地と、同時に反転まで決めてみせたのだが。

「あなたは・・・・・・」
「待って」

派手な演出で突然登場した青年への誰何の声をアーニャは遮った。不用意な接触が許される状況ではない。
青年の民族衣装風の緩やかな衣装はまるで激戦地を潜り抜けてきた後のように汚れている。それを着る本人にもいくつか生傷が確認できた。
その上、青年はこちらに構いもせずアーニャ達の右手上方、彼が飛び出してきたビルの窓を注視し続けている。明らかに、何かを警戒した仕種だ。
中空に向けて構えられた銃には皇帝直属の騎士であるアーニャから見ても一分の乱れもなく、その完璧さが、余計に彼の待ち構えるものの危うさを増幅していた。

危険。即刻逃げるべき。
判断に要したのは、飛び降りた男が構え直すまでの時間とほぼ同じ、数秒にも満たない僅かな時間だった。猛禽類の鋭さと氷の冷たさを掛け合わせたような青年の静止しきった瞳が、否応なくアーニャの足を急がせる。
一刻も早くこの危険地帯から離脱する。アーニャはそう決断し、決断した端から、振動するうねりのような重低音に動きを止められた。

「え・・・・・・?」
「チ・・・・・・」

とっくの昔に逃げ出せない場所にまで踏み込んでいたのだと、青年が苦々しく漏らした舌打ちが教えてくれた。
窓だ。高さにして8メートル程、アーニャ達が立っている場所から直線距離にして10メートル程の場所に、青年が破壊した窓がある。
人間の通行を許し吹き抜け状態になったそこには、申し訳程度の破片が残っているだけの、見るも無惨な様相を晒している。
地響きは、その四角い区切りの中から聞こえていた。天から轟く地響きという奇妙な現象は、暗雲を食む消化器のようなぽっかりとした暗がりの奥から、間断なく届けられていた。

振動が近づく。次第に大きくなる。窓は廊下の突き当たりに面していたようで、階段の踊り場などに備え付けられたタイプではないらしい。
それならば勢いに任せて飛び出してくることも身体能力が許せば可能だろう。銃があれば尚更だ。もっとも、あの窓はそんなに大きくはないようだから、力を殺さないためには相当な技量が必要だろうけど。
轟音はすぐ近くまできている。そもそも、あのサイズでは大きすぎる人間は通ることができない。

そんな理屈を吹き飛ばすように、そいつは『壁』をぶち抜いて現れた。

「ぶぅわははははははっ!!小賢しい雑魚よ、この我から逃げきれると思うてか!」

壁。壁である。鉄筋の通った壁は、当然ながら窓が埋められなかった壁面部分を補うために存在している。優れた耐震、耐圧を目指して行き着いたその形は、それこそKMFでも持ち出さない限り、生半可な力で破れるものではない。
それをダンボールの空箱を突き崩すように軽々と破砕した男は、馬に跨っていた。白兜を被っていた。さっきの青年よりは、かなり年輩のようだった。

吹き飛んだ外壁がサイコロステーキのようにくるくると宙を舞う中、アーニャには全身鎧甲の男が持つ銃が、こちらを狙っていないことを確認することしかできなかった。

「貴方がた、あぁ!」

アーニャが反射でさえない本能的な思考でリリーナの手を引いていなければ、彼女の上半身は今頃肉塊となって消えていただろう。
アーニャ達を挟撃する形で向かいあった男達は、間の少女のことなどまるで見えていないかのように、コンマのためらいも持たず引き金を引いたのだ。

「アーニャ、離しなさい!彼らを止めるのです!」
「どっちも無理。絶対」

抵抗するリリーナを引きずりながら、排水処理用の側溝に転がり込む。落ちる寸前足下を鋭い音が抉ったのには、さすがに冷えるものがあった。
登場するや否や銃撃戦を始めた二人の闖入者に対し、命を失わずに済んだのは訓練の成果でもアーニャの素質でもなく、ひとえに幸運が勝っていたからだと思う。
隠れる場所のない住宅地で遭遇していたら、流れ弾になす術もなくやられていただろう。

『ふはははははっ!!踊れ、踊れぃ!!』

「守られてばかりですね、私は・・・・・・」

多少排水の湿り気が残る側溝の下で、アーニャに組伏せられる形となったリリーナが呟いた。
さすがに耳をつんざく弾雨の中に飛び込む蛮勇は持ち合わせていないのか、態度も幾分しおらしいものに変わっている。
彼女も武器は持っていたはずだが、それを使う姿は想像もできなかった。
口調には悔恨の念が強く含まれていた。勝手に想像すると、彼女が国を明け渡したときも似たような状況だったのだろう。
繰り返される歴史、無力が暴力に勝てる道理はない。頭一つ上では、音速を越えた凶器が飛び交っている。
戦いは軍馬の男が理不尽な力に物を言わせているようだ。青年は負傷こそしないものの、決定打を撃てず防戦に徹している。

『無様な姿よォ!百鬼眷属、悉く我が背にありぃ!』

「それが、王女様の仕事」
「私はそんなものを望んでなどいません」
「現実はリリーナ様も分かってるはず」
「だからこそです。私に志を曲げろと仰るの?」
「そこまでは言わない」
「でしたら、何と?」
「分からない」
「では・・・・・・」

「でも、今大事なのは一つだけ」
「え?」

「とりあえず、生きる。それが先決」

そのときのリリーナの表情を、アーニャはカシャリという音と共に写真に収めた。フラッシュを気にする必要はもうなかった。

アーニャの横で、リリーナがクスリと笑みをこぼす。
アーニャとしては「何でもいいからさっさと逃げよう」以上の意味で言ったつもりはなかったのだが、彼女はまた別の受け止め方をしたらしい。
すぐ側では、奇妙な男二人が近づいたり離れたりしながら、相も変わらず戦い続けていた。

「確かに、喧嘩している場合ではありませんでしたわね。助けてもらったことには感謝しています。
 ありがとう、アーニャ」
「大したことはしてない」

側溝でうつ伏せの姿勢を取る二人からは見えていないが、このとき、二人の頭上を見下ろすようにそびえ立つコンクリート塀は、襲いくる戦闘の余波に着実にダメージを積み重ねていた。
凶乱に用いられている道具は方や拳銃、方や技術の粋を集めた最先端のアサルトライフルである。流れ弾の一つ一つが致命傷となり、セメントの塊に過ぎない土塀に次々と綻びが生まれ、やがて耐久の限界を超える。
そうして朽ち果てた一抱え分程の大きさの残骸が、野晒しにされた少女の後頭部めがけて、音も泣く落下を始めた。

「アーニャッ!」

声を聞いたときには手遅れだった。リリーナが覆い被さる衝撃の後、耳を割った特大の粉砕音にアーニャの意識は失せて消えた。



Stance.5 武力による戦争の根絶


リリーナはそのとき自分が間違いなく死んだと思った。とっさの出来事過ぎてこれまでのことを振り返る余裕もない。
最後に思い浮かべたのが誰の顔だったか理解する間もなく意識は闇に落ちたリリーナが、次に感じたのは頬に降り注ぐパラパラとした細かい砂の感触だった。

「・・・・・・探知機を使っておいて正解だったな」

落ち着いた男性の声にはっと顔を起こす。飛び込んできたのは、モビルスーツを思わせる巨大なシルエットと、それを従えるように立つ少年の姿だった。
見下ろす少年の顔が月明かりにはっきりと曝されたそのとき、リリーナはよく知る少年の名前を呟いたかも知れない。
巨体が持っている特大の槍が自分達を寸前で救ってくれたのだと、何となく理解していた。
少年と意志疎通しているらしい巨体は、よく見るとモビルスーツ程大きくはなかった。

「お前達はそこで隠れていろ。こいつらは俺達が叩く」

アーニャも意識を取り戻したのか、支えていた体に力が戻る。
気づけば、痛いくらい鳴り続けていた銃声はぴたりと止んでいた。

「何・・・・・・?分かった、そいつはホンダムに任せる。俺は奴を倒す」

軍場に跨った禍々しい雰囲気の男も、ひどく冷たい印象を受ける青年も、今は戦いの手を止めて、てきぱきと指示を出す少年を注視している。
逃げるしか手を知らなかったリリーナと違い、この二人は実際に戦いを止めてみせた。
アーニャの言った通りだ。いや、アーニャに言われる前から知っていた。これまで何人にも言われた通り、戦場で力を持たない者はただ駆逐されるだけだ。
理屈は分かっている。サンクキングダムも完全な武装放棄はついに成し得なかった。
戦いを止めるのはいつだって別の力だ。
そして、その力が新たな戦いの幕開けになる。

「刹那・F・セイエイ、ホンダム・・・・・・目標を駆逐するッ!」

得も言われぬ悲しみが、リリーナの体を引き裂くように襲った。



【E-3/工業地帯/1日目/早朝】

刹那・F・セイエイ@機動戦士ガンダム00】
[状態]:健康、イノベイターとして半覚醒
[服装]:私服
[装備]:ワルサーP5(装弾数9、予備弾丸45発)@機動戦士ガンダム00
[道具]:基本支給品一式×2、GN首輪探知機@オリジナル、ランダム支給品0~1(確認済)
[思考]
基本:世界の歪みを断ち切る。ダブルオーガンダムを奪還し島から脱出。
0:目の前の男(レイ)を無力化する
1:工業地帯→宇宙開発局→都市部 の順に移動し、ガンダムを捜索。
2:専守防衛。知り合い、無力な民間人がいれば保護する。
3:サーシェス、グラハム、トレーズ、信長、光秀を警戒。政宗は保留。
[備考]
※参戦時期はセカンドシーズン第23話「命の華」から。
※帝愛グループをイノベイターと関わりのある組織、あるいはイオリア計画の遂行者ではないかと疑っています。
※脳量子波により本多忠勝の意思を理解できます。ただし刹那から送信はできません。
 脳量子波の受信範囲は広くても声の届く範囲ほどです。
 脳量子波は忠勝が「考えたこと」だけが受信されます。本人が望まないことは伝わりません(忠勝の意識レベルが低下している時を除く)。

【本多忠勝@戦国BASARA】
[状態]:疲労(小)、胸部装甲破損(鋼板などにより応急修理済み)
[服装]:全身武者鎧
[装備]:対ナイトメア戦闘用大型ランス(コーネリア専用グロースター用)@コードギアス 反逆のルルーシュR2
[道具]:デイパック
[思考]
基本:徳川家康(参加者にはいない)の遺志を継ぎ戦国最強の名に恥じぬ戦いをする。
0:信長を討つ。
1:戦いに乗った者、主催者グループを打倒する。
2:刹那に伴い行動する。真田幸村と合流したい。
3:バーサーカーとはいずれ決着をつけたい?
[備考]
※参戦時期は第12話で安土城へと向かっている途中。
 尚、後述の飛行機能以外は主催者の力で修復された模様。
※バックパック内の装備は没収されているため、原作ゲームにおける攻撃形態、防御形態、援護形態使用不可。
 他、ゲーム版での固有技、バサラ技が使えるかはお任せ。
※主催者側から飛行機能に制限が課せられています。短時間低空飛行には問題ありません。


【レイ・ラングレン@ガン×ソード】
[状態]:疲労(少)
[服装]:武士のような民族衣装(所々破損)
[装備]:ベレッタM1934(2/8)、平バール@現実
[道具]:基本支給品一式×2、デイパック、ドラグノフ@現実(9/10)、ドラグノフの弾丸(20発)、9mmショート弾(84発)ブラッドチップ・3ヶ@空の境界 、その他不明0~2個(玄霧皐月に支給されたもの)。
[思考]
基本:カギ爪の男を八つ裂きにする。
0:状況に対処
1:基本は動くもの全て排除。
2:だが、利用できるものは利用する。
3:ヴァンは出会えば殺す。だが利用できるなら利用も……。
4:時間があれば日が沈む前に円形闘技場に寄る。
[備考]
※参戦時期は第8話~第12話のどこかです。

【織田信長@戦国BASARA】
[状態]:疲労(小)
[服装]:鎧
[装備]:エクスカリバー@Fate/stay night、おもちゃの兵隊(15/30)@とある禁書の魔術目録、伊達軍の馬(負傷)@戦国BASARA
[道具]:基本支給品一式、予備マガジン96本(合計100本×各30発)
[思考]
基本:皆殺し
1:参加者が集まるだろう町へ向かう
2:目につく人間を殺す
3:信長に弓を引いた光秀も殺す。
[備考]
※光秀が本能寺で謀反を起こしたor起こそうとしていることを知っている時期からの参戦。


リリーナ・ドーリアン@新機動戦記ガンダムW】
[状態]:健康
[服装]:私服 (排水の汚れ)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ボールペン型の銃(1/1)、9㎜ピストル弾×5、AK-47(30/30)AK-47の予備マガジン×5(7.62mm弾)
[思考]
基本:完全平和主義の理念を貫き通す。
0:この人達は……
1:ヒイロとミリアルド(ゼクス)を探したい。
備考]
※参戦時期は36話、王国(サンクキングダム)崩壊から38話、女王リリーナ誕生誕生までの間。


【アーニャ・アールストレイム@コードギアス 反逆のルルーシュR2】
[状態]:健康、記憶が途切れることへの不安
[服装]:ラウンズの正装 (排水の汚れ)
[装備]:ベレッタM92(15/15)、アーニャの携帯@コードギアス 反逆のルルーシュR2
[道具]:基本支給品一式、ベレッタの予備マガジン(4/4)
[思考]
基本:主催者に反抗する
0:状況に対処
1:まずはスザクを捜す
2:リリーナの言葉に少しの興味と少しの警戒

※マリアンヌの思考
基本:C.C.と合流したい

[備考]
※少なくとも21話より以前からの参戦です
※マリアンヌはCの世界を通じての交信はできません
 またマリアンヌの意識が表層に出ている間中、軽い頭痛が発生しているようです



時系列順で読む


投下順で読む



038:機動戦士ホンダム00~ツインドライヴ~ 刹那・F・セイエイ 098:煉獄の炎
038:機動戦士ホンダム00~ツインドライヴ~ 本多忠勝 098:煉獄の炎
044:言葉は要らない、誓いを胸に刻めばいい レイ・ラングレン 098:煉獄の炎
066:魔王、駆け行く 織田信長 098:煉獄の炎
054:今は亡き王国の姫君 リリーナ・ドーリアン 098:煉獄の炎
054:今は亡き王国の姫君 アーニャ・アールストレイム 098:煉獄の炎
066:魔王、駆け行く 伊達軍の馬 098:煉獄の炎



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年01月22日 23:59