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恋のミクル伝説(後編) - (2007/01/11 (木) 00:59:52) の1つ前との変更点
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*恋のミクル伝説(後編) ◆LXe12sNRSs
◇ ◇ ◇
ホテルの中腹――ここは三階か。
命からがら逃げ出したゲインは、血に塗れた腹部を押さえつつ、文字通り必死になって足を動かしていた。
単純に考えて、致命傷。死に到達するのも、そう遠くはないだろう。
だが、その前にやるべきことが残っている。
それはただ一つ。この一連の騒動に、自らの手で決着をつけること。
ここからエクソダス――いや、素直に逃走と言った方がいいか――する手段はいくらか考えている。
が、そのどれもが成功したとしても……ゲインが後々まで生き残る方法は無に等しい。
ただでさえ、外ではゲインの帰還を待ち望んでいる少女がいるのだ。
危険な殺人剣士を引き連れ、死に掛けの男を連れて逃げることになれば、彼女の足枷になることは確実。
それだけはしたくない。これは、キャスカを怪しんでおきながら、彼女の予想外の実力に不意を喰らった自分の落ち度だ。
ゲインは何度目になるか分からない舌打ちをし、懸命に打開策を練っていた。
「もう逃げるのはやめたらどうだ」
逃走経路に垂れた血の痕跡は、追撃者が無視するはずのない道標だった。
仕方がない。ろくに止血する暇もなかったのだ。三階まで逃げ延びただけで、上出来と言えよう。
しかし困ったことに、ゲインはまだキャスカへの対抗策を考え出していない。
ここで自分が殺されればそれまでだが、そのあとキャスカが外にいる光を襲うことは容易に想像できる。
せめて、それを阻むことさえできれば。
「なぁキャスカ。ものは相談なんだが、見逃してはくれないか? こんな死に掛け、放っておいたところでなんの問題もないだろう」
「だからこそ、私が楽にしてやろうと言うんじゃないか。私だって、好きでこんなことをやっているわけじゃない。ただ――」
――私は、グリフィスの剣だから。
それ以上は言わず、キャスカは静かに剣を振り上げた。
狙うのは頭だ。脳を破壊すれば、痛みを感じることなく楽に死ねる。
敵兵でもない庶民を殺害することは、決して気分のいい真似ではない。
それでも、グリフィスや鷹の団の仲間たちのことを思えば――罪の意識は、不思議と泡のように消えていく。
既に我が身を放棄したキャスカの思考に、罪も戸惑いもへったくれもない。
ただ、剣を振るう。ただ、殺す。グリフィスを、生かす。
一度決めた目的のためならば、たとえガッツとて斬り捨てる。
ゲインを殺害寸前まで追い込んだキャスカは、自身が組み立てた戦略の勝利に確かな高揚を感じていた。
この調子でいけば、これからもきっと成功が続く。これは、まだ第一歩に過ぎない。
その一念を信じ、キャスカは、勝利を掴むため剣を振る――
「炎の…………矢ーーっ!!」
剣が空を斬り、ゲインの頭部を砕こうと振り下ろされた瞬間。
キャスカの横合いから、炎の弾丸が撃ち出されてきた。
「なにッ!? クッ」
咄嗟に身体を反転し、側転で炎の弾丸から身を避ける。
燃え盛る炎の熱気はキャスカの頬を掠め、慢心しそうだった意思に危機感を齎した。
「うおおおおおおおおおおぉぉッ!!」
次に飛び込んできたのは、雄叫び。
まだ子供の声調が雄雄しく猛り、剣を突き立てて襲ってくる。
キャスカはエクスカリバーを防御に回し、向かってくる剣に対抗した。
そして、その使い手の顔を確認し驚愕する。
(……子供!?)
デイパック越しにレイピアを握るのは、赤い髪の女の子。歳はまだ十代前半かそこらだと推測できた。
何も驚くことではない。キャスカとて、そのくらいの歳には剣を握っていた。
驚くべきは、その凄まじい剣気。剣を合わせることに対し一切臆した様子を見せないその様は、女だてらに傭兵を続けてきたキャスカが一目置くほどであった。
互いの剣を打ち鳴らし、キャスカと赤い髪の少女が距離を取る。状況は既に、キャスカの絶対優位ではなくなっていた。
「ヒカル! なんでここに来た!?」
「だって! ゲインが心配だったんだから仕方がないじゃないかッ!!」
馬鹿な娘だと、子供っぽい判断だと思うなら笑えばいい。
たとえゲインにどれだけ罵られようとも、光は仲間を見捨てることなどできなかった。
戦場かもしれない場所へ単騎突入、数十分経っても戻ってこないともなれば、心配になるのも必定。
待ちに徹して、後悔するようなことはしたくない。仲間が死ぬのは、もうたくさんだ。
だから、光は剣を取る。友が残してくれた剣を。
この力を、新しい仲間を守るために、使う。
「やああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
少女とは思えない気迫の一声。
キャスカは感服こそすれど、気後れすることはない。
男ばかりの戦場で、苦渋を与えられながら剣を磨いてきたのだ。
こんな平和面した小娘に、戦闘で劣るつもりはない。
「はああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
キャスカも負けじと、声を張り上げる。
互いの剣と剣がぶつかり、無機質な音質と共に火花を散らしたような幻覚が見えた。
戦う女戦士――ある地域では、アマゾネスと呼ばれていただろうか。
緊迫する女と女の命の取り合いを目の当たりにし、ゲインは思わず身を震わせる。
いつか繰り広げたというコナとリュボフの殴り合いも相当熾烈だったと聞くが、武装が洒落にならない以上、恐ろしさはこちらが上だ。
廊下という狭い空間を舞台に展開される剣戟は、ゲインの予想通り熾烈を極めた。
押しては引き、薙いでは避け、双方共に弱所を見せぬ好試合が行われる。
剣術の腕前ではキャスカに分があるかと思われたが、光はそれを持ち前の気合と思いきりの良さでカバーしていた。
「はぁ!」
綻びが生じたのは、技術の差ではない。決め手は、武器の性能差だった。
煮え切らない戦況を打開しようと、光は剣を大きめに振り上げ渾身の力で振り込もうとする。がしかし。
刀身の液化を防ぐため、剣の握りにデイパックを通していたことが災いした。
勢いが強すぎたせいか、龍咲海が残した剣は光の手からすっぽ抜け、ここぞという好機で最大の隙を呼び込んでしまう。
無論、キャスカがその隙を見逃すはずがない。
刺突の形で光の胸元を捉え、体重を乗せた突進で一気に貫かんと迫る。
光の窮地が、ゲインの目に飛び込んできた。そして、同時に信じがたい光景も。
「――――! ヒカル、逃げ……」
その言葉の意味は、キャスカの剣から、そしてもう一つ。
頭上で不気味に蠢く『天井』に注意しろ、という警告だった。
地響きに近い轟音が鳴り、途端、キャスカと光の頭上にあった天井が崩壊した。
降り注ぐコンクリートのブロック片を剣で払い、避けながら、二人の女剣士は難を逃れる。
「チッ! いったいなん――」
絶好のチャンスを逃した悔しさからキャスカが舌打ちし、そして見た。
降ってきた残骸の雨中に、ありえないものを――存在し得ない者を。
馬鹿な。驚きを隠しきることができず、行動に戸惑いが出た。
その間誰も向かってこなかったのは、幸運といえよう。しかしそれ以上に、目の前に存在するそれがありえない。
夢を見ているわけではない。幻でも虚像でもない。
そこに確かに存在し、それは囁くような、それでいて確かな存在感を感じさせる声で、喋る。
「セラス・ヴィクトリア、復活ッ」
――キャスカの眼前には、腕組みした状態で堂々君臨する、『健在』のセラス・ヴィクトリアがいた。
驚いたのはキャスカだけではない。数分前にセラスがバッサリ斬られる様を目撃したゲインもまた、彼女の生還に仰天していた。
(みくるちゃん…………)
確かに死んだ――確かに殺したはず――まさか、ゾッドのような不死の存在であるとでも言うのか。
未だ混乱の中にいたキャスカは、ズカズカと接近してくるセラスを前にしても、剣を構えることが出来なかった。
恐ろしかったのだ。斬った相手がものの数分で傷を癒し、また向かってくるその現実が。
受け入れたくはない。そういう存在がいるということも知っている。だが、自分がその存在と今、対峙しているというのであれば。
(――退けない。私は、グリフィスの剣だから。グリフィスのために……ッ!)
(みくるちゃんの血は、私と共にある………………うしっ! 覚悟終了!!)
キャスカが剣を振ると同時に、セラスが拳を突き出し走り出した。
「征きます!」
黄金一閃――神速の太刀筋が、真っ直ぐな軌道でセラスを斬る。
鉄拳制裁――セラスの右拳が、横合いから剣の腹をぶったたく。
吹き飛んだのは、キャスカの方だった。
「――――ぐがぁぁぁッ!?」
それを巻き起こしたのは、力。
暴力とは呼ぶには穏やかで、怪力と呼ぶには意味合いが弱く。
称すなら、馬鹿力。
人間を超越した吸血鬼の身体能力をフルに活用した、強引に捻じ伏せる戦法――単純すぎるが故に小細工では防ぐことのできない、絶対的な力の表れだった。
床を横転し、キャスカは体勢を整える。
とんでもない豪力で剣が払われたということは理解できた。が、どうしても受け入れがたい。
高速で打ち出した剣の中腹部を的確に捉え、尚且つ持ち手ごと吹き飛ばすなど、ガッツとて無理な芸当だ。
それを、あんなおとぼけオーラを蔓延させる女性が――
(……違う!)
距離ができたことで改めてセラスを凝視したキャスカは、自分がとんでもない思い違いをしていたことに気づく。
金髪の髪に、軍隊を思わせるような婦警服とミニスカート。大まかな容姿は、ロビー襲撃時に見た姿と相違ない。しかし。
あの剥き出しになった牙はなんだ――あんなものはなかった。
あの射殺されるようなギラついた目はなんだ――あんなものはなかった。
あの膨大に増徴したドス黒く禍々しい波動はなんだ――あれでは、まるで。
キャスカは素直に認めた。セラス・ヴィクトリアだと思い込んでいた者の、その姿に恐怖している現実を。
己の右手を見る――剣はまだ握られ、ジーンとした感触は残っているが握力は失っていない。
エクスカリバーの刀身も、ヒビ一つ入っていない。武器も肉体も、まだ満足に戦える状態を維持している。
唯一足りなかったものがあるとしたら――それは戦意。
吸血鬼という、初めて相対するタイプの人外と対峙して、キャスカは『勝てる気』がしなくなったのだ。
(……クッッ!)
歯がゆい。ここまできて、負けを認めるのが。
退きたくはない。傭兵としても、騎士としても、敵前逃亡は恥ずべき行為だ。
それでも、キャスカは死ぬわけにはいかない。ここでキャスカが倒れれば、グリフィスの生還が、鷹の団の再興が、遥か彼方へ遠のく。
「……お前、名前は?」
「セラス・ヴィクトリア」
名を尋ねたのは、精一杯の負け惜しみのつもりだった。
勝てないと悟って退却するわけではない。勝負は一時預け、次の機会に必ず決着を着ける。
言葉にしない真意はセラスに伝わったのかどうか謎だが、キャスカは次の瞬間、即座に戦闘放棄を表明した。
窓をぶち破り、外へと落下する。セラスはその後姿を目で追うが、当人は既に着地を済ませ、ホテルから離れていった。
深追いするつもりはない。セラスに与えられた任務は、あくまでもホテルの防衛にあるのだから。
それに、背後で死に掛けている男と、それに縋り悲しむ少女を放っておくわけにもいかないだろう。
セラスは振り返り、敵ではないと断定した二人組へと歩み寄る。
◇ ◇ ◇
ホテルを出て、キャスカは周辺街の脇道で一息つく。
本日の戦果――殺害一、重傷一、無傷一、何故か無傷一。
四人相手にこの成績なら、十分褒められたものだった。
しかし、キャスカは納得しない。
チャンスは十二分にあった。もっとうまく立ち回れば、あの場にいた全員皆殺しにすることもできたはずだ。
特に――セラス・ヴィクトリア。彼女の助けがなければ、あと二人確実に死んでいた。
もし本当に彼女が不死者であるというのであれば……自分では勝てないかもしれない。
もちろん、ガッツやグリフィスでも無理だ。ゾッドの時のような悲劇は、思い出したくない。
(エクスカリバー……セラスの攻撃を受けても、この剣自体はビクともしなかった。落ち度があったのは、使い手の私の方だ)
思う。自分はまだ、エクスカリバーを完璧に使いこなせていないのだろうか。
そもそも、この剣の真の持ち主はいったい誰なのか。この剣の使い手は、どれほどの使い手だったのか。
自分はまだ、この剣の新たな所有者となるだけの実力を持っていないのか。
考える。ならばどうすればいい。どうすれば、この剣に認められる。
簡単だ。もっと強くなればいい。良い剣は良い所有者の下へ行き着くのが自然の摂理。
エクスカリバーがまだ手元にあるというならば――自分はまだ、この剣を振るう資格を持っているということだ。
「私は、強くなる」
ゲイン・ビジョウの傷は致命傷だ。よほどのことがない限り、回復はありえない。
赤い髪の少女――ヒカルと呼ばれていたか――は中々に見所がある。彼女との決着も、機会があれば望むところだ。
そして何よりセラス・ヴィクトリア――彼女はいずれ、必ずグリフィスの障害となる。
その前にキャスカはエクスカリバーを使いこなし、再戦し倒す。
「私は、もっと強くなる」
晴天の覗く空を仰ぎ、黄金の剣が煌いた。
キャスカの決意は、また一歩、目標を大きく近づける。
◇ ◇ ◇
本日の被害報告――重傷一名。しかし。
「ゲイン! ゲイン!」
「……揺するなヒカル。傷が痛む」
――状況、かなり悪し。
ホテル三階のスタンダードな一室に置かれた、二つのベッド。その片方に、満身創痍のゲイン・ビジョウは横たわっていた。
みくるが所持していた医療キットで最低限の応急処置はしたものの、本来なら即死でもおかしくはない傷だ。
それでも持ちこたえたのは、ひとえにゲインの生命力の賜物である。さすがは黒いサザンクロスといったところか。
「セラス、だったか? さっきはすまなかったな。俺のせいで、相当迷惑をかけちまったみたいだ。しかし君のその身体はいったい……」
「あ、いや、全ッ然、気にしてないんでどうかお気遣いなく。今は無理に喋らないで、私の素性云々に関しては後ほど説明しますから」
「…………フッ、それもそうだな。今は、ヒカルの膝の上でゆっくり休みたい気分だ……」
「バカ! そんなことしたって傷が良くなるわけないだろ!」
やれやれ、口説き文句も分からないお子ちゃまめ……――口に出すこともかなわず、ゲインは静かに眠りに落ちた。
散々張り続けていた気が、やっと途切れたのだろう。今は、じっくり安静にしておくのが一番だ。
とはいえ、腹部の裂傷は無視できなる度合いではない。出血は一時的に止まったが、またいつ噴き出してもおかしくない。
ゲインの生命力とて、夜まで持つかどうか……病院に連れていくという方法も考えたが、今無理に動かすことはあまりにも愚かだ。
現状では成す術なし。そう結論付けてから、光はある手段を決行するために立ち上がった。
「セラス、ゲインをお願い」
「へ? そりゃいいけど……ヒカルちゃん、どっか行くの?」
「風ちゃんなら……風ちゃんと合流できれば、きっとゲインの傷も治る!」
もう一人の魔法騎士、鳳凰寺風は癒しの魔法の使い手だ。
彼女の力なら、きっとゲインの致命傷もどうにかできる。
そう確信した光は、単身で風の捜索に躍り出ようとしたのだ。
「それと……もう一つお願い。そのエスクード、実は友達のなんだ。よかったら、私に譲ってくれないかな?」
「エスク……ああ、この篭手のことね。いいよ(変な悪夢の思い出もあるしねー)」
セラスから風のエスクードを譲り受けた光は、改めて親友の捜索に向かう。
やるといったら即座に決行。一瞬の迷いも見せず――もう二度と後悔しないために――外へ飛び出した。
「嵐のような女の子だったなー……」
なかなかどうして、気持ちのいい少女だった。願わくば、何事もなく再会したいものだと思う。
「問題なのは……」
セラスは思い出す。ゲインに負けず劣らずの重傷人が――あちらは何の心配もいらないだろうが――もう一人いることに。
腹部を押さえながら、セラスは目的の場所へと向かう。
あの時――みくるの血を吸ったことによる再生能力の向上が、セラスを死の際から生還させたのである。
完全無欠純正交じりっ気なしの処女の血だ。本来ならば全快でもおかしくないほどの治癒が進行するはずだった。
しかしどういうわけか、セラスの身にはまだ確かなダメージが残っている。
傷は塞がれ出血は止まったが、腹部はまだズキズキと痛む。人間でいえば手術直後のような状態だろうか。
この不完全な再生能力自体が、ギガゾンビの制限管理下に置かれていることを、セラスは知らない。
階段を上り、再び八階の廊下へと戻る。
戦場跡となったそこには、セラスやゲインがぶち撒けた血とそして――物言わなくなった朝比奈みくるの華奢な身体が置かれている。
雪のように白かった肌はどことなく紫の気を帯び、病人のような血色を見せていた。
こんな状態になって、血色が悪いも何もないか、とセラスは自嘲気味に笑う。
彼女はよく戦った。数時間前に仲間が死んだという現実から逃げず、襲い来る恐怖に懸命に立ち向かった。
実際、みくるがいなかったら今頃どうなっていたことか。
おそらくホテルは死地と化し、生存者はあの女騎士しか残らなかっただろう。
今、セラスが彼女に微笑みかけているのも、ゲインが死に掛けながらも生存しているのも、光が仲間捜しを再開できているのも、
全ては、このドジなメイドもどきの功績なのである。
不思議と、みくるが微笑み返してきたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
ありがとうみくる。マスターに会ったら、『セラスは立派な人間に出会えました』って言っておきます。
本当に、ありがとう。
…………なーんて。
「本当に大変なのは、これからなんだよみくるちゃん……」
みくるの表情は『もう思い残すことはありません。みなさんさようなら』と言わんばかりの充実した顔だったが、その表情も哀れに思えてしまう。
セラスは分かっていた。そして、みくるは分かっていなかった。
吸血鬼に血を吸われるということが、どういうことか。
血とは魂の通貨。命の取引の媒介物に過ぎない。血を吸うということは、命の全存在を我が物にするということ。
かつてアーカードが死の淵にあった婦警を生き永らえさせたように、朝比奈みくるもまた。
セラス・ヴィクトリアに血を吸われたことにより、吸血鬼となったのだ。
そう、思っていた。
「あれ?」
セラスが異変に気づいたのは、すぐ。
横たわるみくるの周囲にできた血溜まりは、キャスカに斬られた際彼女自身が体外へ放出したものだ。
この出血が、致命傷となった。だからこそ、セラスは決心することができたのだ。今まで苦悩し続けてきた悩みを、一掃することができたのだ。
――人の血を吸いたくない。
それは、吸血鬼として致命的ともいえる愚かな欠点だった。
人間を止めドラキュリーナとなったセラスは、本来吸血鬼が取るべき当然の行為を頑なに拒否し、解消されない喉の飢えにもがき続けてきた。
アーカードが彼女のことを婦警と呼称していたのも、全てはセラスが血の味を知らない不完全な吸血鬼だったからである。
いつだったか、インテグラやウォルターがセラスに問うた。何故血を吸わないのかと。
セラスは、その問いに答えることができなかった。答えとして成立するほどの明確な理由を持ち得ていなかったのだ。
今一度考えてみよう――何故、セラス・ヴィクトリアは吸血を拒む。
アーカードのような完璧な吸血鬼になりたくなかったから?
血を吸うことで他の誰かを吸血鬼にさせたくなかったから?
違う。どれもこれも違う。
答えは、もっと簡単で単純だった。
――恐ろしかったのだ。
吸血鬼になったという半信半疑な自覚の中で、セラスの本能は気づいていたのだ。
血を吸えば、何かが変わってしまうことに。
その何かの正体は分からない。分からないからこそ、恐ろしい。
自分が自分でなくなる、セラスがセラスでなくなるような、そんな得体の知れぬ不安が葛藤を呼び、今の今までセラスは新米であり続けてきた。
プライドじみた、ちっぽけな我侭だった。ちっぽけだったがために、殻を破ることも容易かったのかもしれない。
セラスがみくるの血を吸ったのは、自分が助かるためでも、吸血鬼としての欲求に負けたからでもない。
単純に、彼女を助けたかったのだ。
今にも死に絶えようとしていた目の前の少女を、救う手があった。だからセラスは、それを行使した。
それがたとえ、みくるの今後に取り返しのつかなくなるような影響を与えようとも。
死ぬよりはマシだった――何よりも、今のセラスがそう思っていたから。
だから、彼女の血を吸うことを受け入れたのに。
なのに、彼女は吸血鬼にはならなかった。
「おかしいよ……こんなの……」
セラスは、すっかり冷たくなったみくるの腹部に手を触れる。
黄金の剣による爪痕は、まだ残っていた。パックリ割れた傷跡に手を差し込むと、中の肉が掴めそうなくらい大きく。
血はすっかり外に出し切っていた。だからこんな血色の悪い肌をしているのか。
元警察官の目から判別しても、これは誤魔化しようがない。
朝比奈みくるは、確かに死亡していた。
人間のままで。
「…………」
愕然として、何も言えなくなる。
みくるの負った傷は、吸血鬼であれば即座に再生できるレベルだった。
首筋を見やる。そこには、セラスの歯型がくっきりと残っている。
間違いなく、血を吸った。みくるも、間違いなく吸血鬼に血を吸われた。
やはりおかしい。納得がいかない。何故、みくるの傷は塞がらなかった。何故、みくるは吸血鬼にならなかった。
『吸血鬼に血を吸われた人間は、それらが処女・童貞であれば「繁殖」し、それ以外は喰屍鬼(グール)になってしまう』
インテグラ他数々の吸血鬼関係者の皆様から教わった知識だ。まさか嘘を教えられたとは思えない。
何故――セラス自身がまだ半人前だったから?――そんな情報は教えられていない。
理由なんて、考えたところで分からない。分かったとしても、たぶんセラスはそれを否定してしまうだろう。
吸血鬼にならなかったから、みくるは死んだ。――この事実からは、逃れることができない。
ならば、あの吸血はなんだったのだ。あれだけ拒み続けたのに、たった一人の少女が救えると思って、決心したのに。
吸血を経験しても、セラスは依然、半人前な『婦警』のままだった。
吸血など、アーカードが意味深に勧めるほどたいそうなものではなかった。
変化など何もない。あるのはただ、後悔と悔しさのみだ。
こんなことになるなら、血なんて吸うんじゃなかった。そんなことさえ思った。
――実際のところ、みくるが吸血鬼化しなかった理由はやはり単純。
――既に死んでいたのだ。セラスがその首に牙を突きつけた時には、もう。
よくよく考えれば、みくるとの最後の会話さえ幻聴だったのではないかと思えてくる。
自分に都合のいい幻聴を仕立て上げ、本当はただ吸血鬼の本能に従っていただけのではないかと。
自分の身をこんなにも呪ったことはなかった。
お日様の下を歩くなくなったことも、ベッドが棺桶になったことも、そんなに悪いことではなかった。
でも、今回ばかりは。
吸血鬼である自分に、嫌気が差す。
いまさら、嘆いても仕方がないことなのに。
「あ……」
項垂れて、セラスはそれに気づいた。
正真正銘死亡してしまったみくるの指先に……血で書かれたメッセージが残されていたのである。
「……S…………O…………S…………ハハ……助け呼ぶのが遅いよ、みくるちゃん……」
みくるが真に何を伝えたかったのか、セラスがそれを知る術はない。
◇ ◇ ◇
~ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆
ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆~
「な、なんですか……ここどこですか……? なんで映画作った時のテーマソングが流れてるんですか……?」
目覚めると、私はどことも分からぬ異次元空間の狭間にいました。
なんか……どこかで見たようなキャラクターが宙をうようよしているのは、気のせいなのかな……?
「落ち着きなさいミクル……落ち着いてワタシの話を聞くのです……」
そこには、眼鏡をかけた天使……の格好のオジサン(小太り)が浮いていて、私に話しかけてきます。
~素直に「好き」と言えないキミも 勇気を出して(Hey Attack!)
恋のまじないミクルビーム かけてあげるわ~
「あの……あなたは誰デスカ? どうして私こんなところにいるんですか?」
「ワタシはあなたの持っている銃、カラシニコフの精。……ちなみにハルコンネンの精やウィンダムや平○耕太とは何の関係もないのであしからず」
「は、はぁ……」
~未来から やってきたおしゃまなキューピッド
いつもみんなの 夢を運ぶの~
「って、んなことよりミクルちゃん、あんたヤバイって。もう今回セラスなんて目じゃないくらいの巻き込まれ方しちゃったんだから」
「は、はいぃぃ? な、なんのことですかそれ……」
小太りのオジサンはハァハァ言いながら私に言い寄り……ひぃ!
何か、何か警告を発しようとしていることは分かるんですけど……ち、近い! 顔が近いですぅ~!
~夜はひとり 星たちに願いをかける
明日もあの人に 会えますように~
「と、むさ苦しい演出はここまでにしてトウ! SOS団団長にバトンタッチ!」
「ふ、ふぇぇ!?」
急遽キャスト変更が起こり、オジサンの姿が何故か涼宮さんに! も、もう何がなんだか分かりませぇーん!
~カモンレッツダンス♪ カモンレッツダンスベイビー
涙を拭いて 走り出したら~
「いつまで寝てるのよみくるちゃん! あなたは今後、魅惑の吸血鬼メイドとして活躍するという崇高な使命があるのよ!」
「わ、わたし吸血鬼なんてできないですぅ~」
~カモンレッツダンス♪ カモンレッツダンスベイビー
宙の彼方へぇ~ スペシャルジぇネレぃーショ~ン~
「つべこべ言うな! もう撮影スケジュールは組み立てちゃったんだから、ビシバシいくわよ!」
「は、はいぃ~!?」
~(セリフ)いつになったら、大人になれるのかなぁ?~
◇ ◇ ◇
こうして、朝比奈みくるは永遠に覚めることのない夢の中で吸血鬼デビューを果たした。
その変貌っぷりに団長様はいたくご満悦なようで、ただそれだけが喜ばしい。
――バトーさんへ。やっぱり私、銃はうまく扱えませんでした。
――セラスさんへ。叶うなら、あなたと一緒にお茶を飲みたかったです。
――鶴屋さんへ。ごめんなさい、大事なお友達を変なことに巻き込んじゃって。
――古泉くんへ。これからは、お茶は自分で淹れてくださいね。
――長門さんへ。お菓子の本、貸してくれてありがとうございました。あれ、とっても参考になったんですよ?
――キョンくんへ。涼宮さんのこと、よろしくお願いします。ここだけのお話、時間平面状ではお二人は……あ、これは禁則事項です。
――涼宮さんへ。とっても……とってもとってもとってもとってもとぉ~っても楽しかったです! 本当に、本当に楽しかったです!
去り際に伝えたかったメッセージは、彼女らしいどこか的外れで平和ボケしたものばかりだった。
それでも、最後にこれだけの機会を与えられたことが素直に嬉しい。
――SOS団のみんなや、鶴屋さんや、バトーさんやセラスさんと一緒にいられて。
――朝比奈みくるは、最後の最後までしあわせでした。
【D-5/ホテル周辺/1日目/昼】
【キャスカ@ベルセルク】
[状態]:中度の疲労
[装備]:エクスカリバー@Fate/stay night
[道具]:支給品一式(一食分消費)、カルラの剣@うたわれるもの(持ち運べないので鞄に収納)
[思考・状況]
1:エクスカリバーを一刻も早く使いこなす。
2:飛び道具を手に入れる。それまではリスクの高い攻撃行動は控える。
3:他の参加者(グリフィス以外)を殺して最後に自害する。
4:セラス・ヴィクトリア、獅堂光と再戦を果たし、倒す。
【獅堂光@魔法騎士レイアース】
[状態]:全身打撲(歩くことは可能)中度の疲労 ※雨で濡れています
[装備]:龍咲海の剣@魔法騎士レイアース
[道具]:支給品一式×2、ドラムセット(SONOR S-4522S TLA、クラッシュシンバル一つを解体)、クラッシュシンバルスタンドを解体したもの
:デンコーセッカ@ドラえもん(残り1本)、エスクード(風)@魔法騎士レイアース、 鳳凰寺風の剣@魔法騎士レイアース
[思考・状況]
第一行動方針:風と合流し、早急にゲインを治療。
第二行動方針:風と合流できなくても、何かしらの治療手段を手に入れる。
基本行動方針:ギガゾンビ打倒。
【D-5/ホテル3階の一室/1日目/昼】
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:腹部に重度の裂傷、左腕左脚に軽度の裂傷、瀕死の重体
[装備]:パチンコ(弾として小石を数個所持)、トンカチ
[道具]:支給品一式×2、工具箱 (糸ノコ、スパナ、ドライバーなど)
[思考・状況]
第一行動方針:絶対安静。
第二行動方針:市街地で信頼できる仲間を捜す。
第三行動方針:ゲイナーとの合流。
基本行動方針:ここからのエクソダス(脱出)
【セラス・ヴィクトリア@ヘルシング】
[状態]:中度の疲労、腹部に裂傷(傷は塞がりましたが、痛みはまだ残っています)、日中は不調、みくるの死にショック
[装備]:ナイフ×10本、フォーク×10本、中華包丁(全て回収済み)
[道具]:支給品一式 (バヨネットを包むのにメモ半分消費)、バヨネット@ヘルシング
:バトーのデイバッグ:支給品一式(一食分消費)、AK-47用マガジン(30発×3)、チョコビ13箱、煙草一箱(毒)、
:爆弾材料各種(洗剤等?詳細不明)、電池各種、下着(男性用女性用とも2セット)他衣類、オモチャのオペラグラス
:茶葉とコーヒー豆各種(全て紙袋に入れている)(茶葉を一袋消費)、AK-47カラシニコフ(29/30) 、石ころ帽子@ドラえもん
:ロベルタのデイバッグ:支給品一式(×7) マッチ一箱、ロウソク2本、糸無し糸電話1ペア@ドラえもん、テキオー灯@ドラえもん、
:9mmパラベラム弾(40)、ワルサーP38の弾(24発)、極細の鋼線 、医療キット(×1)、病院の食材
[思考・状況]
1:トグサが戻るまでホテルを死守。
2:キャスカ及び、新たな襲撃者が来ればそれらを排除。
3:光が戻るまでゲインの看護。
4:電話番。
5:アーカード(及び生きていたらウォルター)と合流。
6:ドラえもんと接触し、ギガゾンビの情報を得る。
7:もう二度と血なんて吸うもんか。
[備考]:※ドラえもんを『青いジャック・オー・フロスト』と認識しています。
※セラスの吸血について。
大幅な再生能力の向上(血を吸った瞬間のみ)、若干の戦闘能力向上のみ。
原作のような大幅なパワーアップは制限しました。また、主であるアーカードの血を飲んだ場合はこの限りではありません。
&color(red){[【朝比奈みくる@涼宮ハルヒの憂鬱 死亡】}
&color(red){[残り56人]}
※ホテル脇の駐車場に、ロベルタとバトーの死体、空気砲(×2)@ドラえもん/グロック26(4/10)(共に使用不可能)が放置されています。
※ホテルロビーにあった電話を、三階のセラスたちがいる部屋に移しました。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|キャスカ||
|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|獅堂光||
|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|ゲイン・ビジョウ||
|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|&color(red){[朝比奈みくる}||
|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|セラス・ヴィクトリア||
*恋のミクル伝説(後編) ◆LXe12sNRSs
◇ ◇ ◇
ホテルの中腹――ここは三階か。
命からがら逃げ出したゲインは、血に塗れた腹部を押さえつつ、文字通り必死になって足を動かしていた。
単純に考えて、致命傷。死に到達するのも、そう遠くはないだろう。
だが、その前にやるべきことが残っている。
それはただ一つ。この一連の騒動に、自らの手で決着をつけること。
ここからエクソダス――いや、素直に逃走と言った方がいいか――する手段はいくらか考えている。
が、そのどれもが成功したとしても……ゲインが後々まで生き残る方法は無に等しい。
ただでさえ、外ではゲインの帰還を待ち望んでいる少女がいるのだ。
危険な殺人剣士を引き連れ、死に掛けの男を連れて逃げることになれば、彼女の足枷になることは確実。
それだけはしたくない。これは、キャスカを怪しんでおきながら、彼女の予想外の実力に不意を喰らった自分の落ち度だ。
ゲインは何度目になるか分からない舌打ちをし、懸命に打開策を練っていた。
「もう逃げるのはやめたらどうだ」
逃走経路に垂れた血の痕跡は、追撃者が無視するはずのない道標だった。
仕方がない。ろくに止血する暇もなかったのだ。三階まで逃げ延びただけで、上出来と言えよう。
しかし困ったことに、ゲインはまだキャスカへの対抗策を考え出していない。
ここで自分が殺されればそれまでだが、そのあとキャスカが外にいる光を襲うことは容易に想像できる。
せめて、それを阻むことさえできれば。
「なぁキャスカ。ものは相談なんだが、見逃してはくれないか? こんな死に掛け、放っておいたところでなんの問題もないだろう」
「だからこそ、私が楽にしてやろうと言うんじゃないか。私だって、好きでこんなことをやっているわけじゃない。ただ――」
――私は、グリフィスの剣だから。
それ以上は言わず、キャスカは静かに剣を振り上げた。
狙うのは頭だ。脳を破壊すれば、痛みを感じることなく楽に死ねる。
敵兵でもない庶民を殺害することは、決して気分のいい真似ではない。
それでも、グリフィスや鷹の団の仲間たちのことを思えば――罪の意識は、不思議と泡のように消えていく。
既に我が身を放棄したキャスカの思考に、罪も戸惑いもへったくれもない。
ただ、剣を振るう。ただ、殺す。グリフィスを、生かす。
一度決めた目的のためならば、たとえガッツとて斬り捨てる。
ゲインを殺害寸前まで追い込んだキャスカは、自身が組み立てた戦略の勝利に確かな高揚を感じていた。
この調子でいけば、これからもきっと成功が続く。これは、まだ第一歩に過ぎない。
その一念を信じ、キャスカは、勝利を掴むため剣を振る――
「炎の…………矢ーーっ!!」
剣が空を斬り、ゲインの頭部を砕こうと振り下ろされた瞬間。
キャスカの横合いから、炎の弾丸が撃ち出されてきた。
「なにッ!? クッ」
咄嗟に身体を反転し、側転で炎の弾丸から身を避ける。
燃え盛る炎の熱気はキャスカの頬を掠め、慢心しそうだった意思に危機感を齎した。
「うおおおおおおおおおおぉぉッ!!」
次に飛び込んできたのは、雄叫び。
まだ子供の声調が雄雄しく猛り、剣を突き立てて襲ってくる。
キャスカはエクスカリバーを防御に回し、向かってくる剣に対抗した。
そして、その使い手の顔を確認し驚愕する。
(……子供!?)
デイパック越しにレイピアを握るのは、赤い髪の女の子。歳はまだ十代前半かそこらだと推測できた。
何も驚くことではない。キャスカとて、そのくらいの歳には剣を握っていた。
驚くべきは、その凄まじい剣気。剣を合わせることに対し一切臆した様子を見せないその様は、女だてらに傭兵を続けてきたキャスカが一目置くほどであった。
互いの剣を打ち鳴らし、キャスカと赤い髪の少女が距離を取る。状況は既に、キャスカの絶対優位ではなくなっていた。
「ヒカル! なんでここに来た!?」
「だって! ゲインが心配だったんだから仕方がないじゃないかッ!!」
馬鹿な娘だと、子供っぽい判断だと思うなら笑えばいい。
たとえゲインにどれだけ罵られようとも、光は仲間を見捨てることなどできなかった。
戦場かもしれない場所へ単騎突入、数十分経っても戻ってこないともなれば、心配になるのも必定。
待ちに徹して、後悔するようなことはしたくない。仲間が死ぬのは、もうたくさんだ。
だから、光は剣を取る。友が残してくれた剣を。
この力を、新しい仲間を守るために、使う。
「やああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
少女とは思えない気迫の一声。
キャスカは感服こそすれど、気後れすることはない。
男ばかりの戦場で、苦渋を与えられながら剣を磨いてきたのだ。
こんな平和面した小娘に、戦闘で劣るつもりはない。
「はああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
キャスカも負けじと、声を張り上げる。
互いの剣と剣がぶつかり、無機質な音質と共に火花を散らしたような幻覚が見えた。
戦う女戦士――ある地域では、アマゾネスと呼ばれていただろうか。
緊迫する女と女の命の取り合いを目の当たりにし、ゲインは思わず身を震わせる。
いつか繰り広げたというコナとリュボフの殴り合いも相当熾烈だったと聞くが、武装が洒落にならない以上、恐ろしさはこちらが上だ。
廊下という狭い空間を舞台に展開される剣戟は、ゲインの予想通り熾烈を極めた。
押しては引き、薙いでは避け、双方共に弱所を見せぬ好試合が行われる。
剣術の腕前ではキャスカに分があるかと思われたが、光はそれを持ち前の気合と思いきりの良さでカバーしていた。
「はぁ!」
綻びが生じたのは、技術の差ではない。決め手は、武器の性能差だった。
煮え切らない戦況を打開しようと、光は剣を大きめに振り上げ渾身の力で振り込もうとする。がしかし。
刀身の液化を防ぐため、剣の握りにデイパックを通していたことが災いした。
勢いが強すぎたせいか、龍咲海が残した剣は光の手からすっぽ抜け、ここぞという好機で最大の隙を呼び込んでしまう。
無論、キャスカがその隙を見逃すはずがない。
刺突の形で光の胸元を捉え、体重を乗せた突進で一気に貫かんと迫る。
光の窮地が、ゲインの目に飛び込んできた。そして、同時に信じがたい光景も。
「――――! ヒカル、逃げ……」
その言葉の意味は、キャスカの剣から、そしてもう一つ。
頭上で不気味に蠢く『天井』に注意しろ、という警告だった。
地響きに近い轟音が鳴り、途端、キャスカと光の頭上にあった天井が崩壊した。
降り注ぐコンクリートのブロック片を剣で払い、避けながら、二人の女剣士は難を逃れる。
「チッ! いったいなん――」
絶好のチャンスを逃した悔しさからキャスカが舌打ちし、そして見た。
降ってきた残骸の雨中に、ありえないものを――存在し得ない者を。
馬鹿な。驚きを隠しきることができず、行動に戸惑いが出た。
その間誰も向かってこなかったのは、幸運といえよう。しかしそれ以上に、目の前に存在するそれがありえない。
夢を見ているわけではない。幻でも虚像でもない。
そこに確かに存在し、それは囁くような、それでいて確かな存在感を感じさせる声で、喋る。
「セラス・ヴィクトリア、復活ッ」
――キャスカの眼前には、腕組みした状態で堂々君臨する、『健在』のセラス・ヴィクトリアがいた。
驚いたのはキャスカだけではない。数分前にセラスがバッサリ斬られる様を目撃したゲインもまた、彼女の生還に仰天していた。
(みくるちゃん…………)
確かに死んだ――確かに殺したはず――まさか、ゾッドのような不死の存在であるとでも言うのか。
未だ混乱の中にいたキャスカは、ズカズカと接近してくるセラスを前にしても、剣を構えることが出来なかった。
恐ろしかったのだ。斬った相手がものの数分で傷を癒し、また向かってくるその現実が。
受け入れたくはない。そういう存在がいるということも知っている。だが、自分がその存在と今、対峙しているというのであれば。
(――退けない。私は、グリフィスの剣だから。グリフィスのために……ッ!)
(みくるちゃんの血は、私と共にある………………うしっ! 覚悟終了!!)
キャスカが剣を振ると同時に、セラスが拳を突き出し走り出した。
「征きます!」
黄金一閃――神速の太刀筋が、真っ直ぐな軌道でセラスを斬る。
鉄拳制裁――セラスの右拳が、横合いから剣の腹をぶったたく。
吹き飛んだのは、キャスカの方だった。
「――――ぐがぁぁぁッ!?」
それを巻き起こしたのは、力。
暴力とは呼ぶには穏やかで、怪力と呼ぶには意味合いが弱く。
称すなら、馬鹿力。
人間を超越した吸血鬼の身体能力をフルに活用した、強引に捻じ伏せる戦法――単純すぎるが故に小細工では防ぐことのできない、絶対的な力の表れだった。
床を横転し、キャスカは体勢を整える。
とんでもない豪力で剣が払われたということは理解できた。が、どうしても受け入れがたい。
高速で打ち出した剣の中腹部を的確に捉え、尚且つ持ち手ごと吹き飛ばすなど、ガッツとて無理な芸当だ。
それを、あんなおとぼけオーラを蔓延させる女性が――
(……違う!)
距離ができたことで改めてセラスを凝視したキャスカは、自分がとんでもない思い違いをしていたことに気づく。
金髪の髪に、軍隊を思わせるような婦警服とミニスカート。大まかな容姿は、ロビー襲撃時に見た姿と相違ない。しかし。
あの剥き出しになった牙はなんだ――あんなものはなかった。
あの射殺されるようなギラついた目はなんだ――あんなものはなかった。
あの膨大に増徴したドス黒く禍々しい波動はなんだ――あれでは、まるで。
キャスカは素直に認めた。セラス・ヴィクトリアだと思い込んでいた者の、その姿に恐怖している現実を。
己の右手を見る――剣はまだ握られ、ジーンとした感触は残っているが握力は失っていない。
エクスカリバーの刀身も、ヒビ一つ入っていない。武器も肉体も、まだ満足に戦える状態を維持している。
唯一足りなかったものがあるとしたら――それは戦意。
吸血鬼という、初めて相対するタイプの人外と対峙して、キャスカは『勝てる気』がしなくなったのだ。
(……クッッ!)
歯がゆい。ここまできて、負けを認めるのが。
退きたくはない。傭兵としても、騎士としても、敵前逃亡は恥ずべき行為だ。
それでも、キャスカは死ぬわけにはいかない。ここでキャスカが倒れれば、グリフィスの生還が、鷹の団の再興が、遥か彼方へ遠のく。
「……お前、名前は?」
「セラス・ヴィクトリア」
名を尋ねたのは、精一杯の負け惜しみのつもりだった。
勝てないと悟って退却するわけではない。勝負は一時預け、次の機会に必ず決着を着ける。
言葉にしない真意はセラスに伝わったのかどうか謎だが、キャスカは次の瞬間、即座に戦闘放棄を表明した。
窓をぶち破り、外へと落下する。セラスはその後姿を目で追うが、当人は既に着地を済ませ、ホテルから離れていった。
深追いするつもりはない。セラスに与えられた任務は、あくまでもホテルの防衛にあるのだから。
それに、背後で死に掛けている男と、それに縋り悲しむ少女を放っておくわけにもいかないだろう。
セラスは振り返り、敵ではないと断定した二人組へと歩み寄る。
◇ ◇ ◇
ホテルを出て、キャスカは周辺街の脇道で一息つく。
本日の戦果――殺害一、重傷一、無傷一、何故か無傷一。
四人相手にこの成績なら、十分褒められたものだった。
しかし、キャスカは納得しない。
チャンスは十二分にあった。もっとうまく立ち回れば、あの場にいた全員皆殺しにすることもできたはずだ。
特に――セラス・ヴィクトリア。彼女の助けがなければ、あと二人確実に死んでいた。
もし本当に彼女が不死者であるというのであれば……自分では勝てないかもしれない。
もちろん、ガッツやグリフィスでも無理だ。ゾッドの時のような悲劇は、思い出したくない。
(エクスカリバー……セラスの攻撃を受けても、この剣自体はビクともしなかった。落ち度があったのは、使い手の私の方だ)
思う。自分はまだ、エクスカリバーを完璧に使いこなせていないのだろうか。
そもそも、この剣の真の持ち主はいったい誰なのか。この剣の使い手は、どれほどの使い手だったのか。
自分はまだ、この剣の新たな所有者となるだけの実力を持っていないのか。
考える。ならばどうすればいい。どうすれば、この剣に認められる。
簡単だ。もっと強くなればいい。良い剣は良い所有者の下へ行き着くのが自然の摂理。
エクスカリバーがまだ手元にあるというならば――自分はまだ、この剣を振るう資格を持っているということだ。
「私は、強くなる」
ゲイン・ビジョウの傷は致命傷だ。よほどのことがない限り、回復はありえない。
赤い髪の少女――ヒカルと呼ばれていたか――は中々に見所がある。彼女との決着も、機会があれば望むところだ。
そして何よりセラス・ヴィクトリア――彼女はいずれ、必ずグリフィスの障害となる。
その前にキャスカはエクスカリバーを使いこなし、再戦し倒す。
「私は、もっと強くなる」
晴天の覗く空を仰ぎ、黄金の剣が煌いた。
キャスカの決意は、また一歩、目標を大きく近づける。
◇ ◇ ◇
本日の被害報告――重傷一名。しかし。
「ゲイン! ゲイン!」
「……揺するなヒカル。傷が痛む」
――状況、かなり悪し。
ホテル三階のスタンダードな一室に置かれた、二つのベッド。その片方に、満身創痍のゲイン・ビジョウは横たわっていた。
みくるが所持していた医療キットで最低限の応急処置はしたものの、本来なら即死でもおかしくはない傷だ。
それでも持ちこたえたのは、ひとえにゲインの生命力の賜物である。さすがは黒いサザンクロスといったところか。
「セラス、だったか? さっきはすまなかったな。俺のせいで、相当迷惑をかけちまったみたいだ。しかし君のその身体はいったい……」
「あ、いや、全ッ然、気にしてないんでどうかお気遣いなく。今は無理に喋らないで、私の素性云々に関しては後ほど説明しますから」
「…………フッ、それもそうだな。今は、ヒカルの膝の上でゆっくり休みたい気分だ……」
「バカ! そんなことしたって傷が良くなるわけないだろ!」
やれやれ、口説き文句も分からないお子ちゃまめ……――口に出すこともかなわず、ゲインは静かに眠りに落ちた。
散々張り続けていた気が、やっと途切れたのだろう。今は、じっくり安静にしておくのが一番だ。
とはいえ、腹部の裂傷は無視できなる度合いではない。出血は一時的に止まったが、またいつ噴き出してもおかしくない。
ゲインの生命力とて、夜まで持つかどうか……病院に連れていくという方法も考えたが、今無理に動かすことはあまりにも愚かだ。
現状では成す術なし。そう結論付けてから、光はある手段を決行するために立ち上がった。
「セラス、ゲインをお願い」
「へ? そりゃいいけど……ヒカルちゃん、どっか行くの?」
「風ちゃんなら……風ちゃんと合流できれば、きっとゲインの傷も治る!」
もう一人の魔法騎士、鳳凰寺風は癒しの魔法の使い手だ。
彼女の力なら、きっとゲインの致命傷もどうにかできる。
そう確信した光は、単身で風の捜索に躍り出ようとしたのだ。
「それと……もう一つお願い。そのエスクード、実は友達のなんだ。よかったら、私に譲ってくれないかな?」
「エスク……ああ、この篭手のことね。いいよ(変な悪夢の思い出もあるしねー)」
セラスから風のエスクードを譲り受けた光は、改めて親友の捜索に向かう。
やるといったら即座に決行。一瞬の迷いも見せず――もう二度と後悔しないために――外へ飛び出した。
「嵐のような女の子だったなー……」
なかなかどうして、気持ちのいい少女だった。願わくば、何事もなく再会したいものだと思う。
「問題なのは……」
セラスは思い出す。ゲインに負けず劣らずの重傷人が――あちらは何の心配もいらないだろうが――もう一人いることに。
腹部を押さえながら、セラスは目的の場所へと向かう。
あの時――みくるの血を吸ったことによる再生能力の向上が、セラスを死の際から生還させたのである。
完全無欠純正交じりっ気なしの処女の血だ。本来ならば全快でもおかしくないほどの治癒が進行するはずだった。
しかしどういうわけか、セラスの身にはまだ確かなダメージが残っている。
傷は塞がれ出血は止まったが、腹部はまだズキズキと痛む。人間でいえば手術直後のような状態だろうか。
この不完全な再生能力自体が、ギガゾンビの制限管理下に置かれていることを、セラスは知らない。
階段を上り、再び八階の廊下へと戻る。
戦場跡となったそこには、セラスやゲインがぶち撒けた血とそして――物言わなくなった朝比奈みくるの華奢な身体が置かれている。
雪のように白かった肌はどことなく紫の気を帯び、病人のような血色を見せていた。
こんな状態になって、血色が悪いも何もないか、とセラスは自嘲気味に笑う。
彼女はよく戦った。数時間前に仲間が死んだという現実から逃げず、襲い来る恐怖に懸命に立ち向かった。
実際、みくるがいなかったら今頃どうなっていたことか。
おそらくホテルは死地と化し、生存者はあの女騎士しか残らなかっただろう。
今、セラスが彼女に微笑みかけているのも、ゲインが死に掛けながらも生存しているのも、光が仲間捜しを再開できているのも、
全ては、このドジなメイドもどきの功績なのである。
不思議と、みくるが微笑み返してきたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
ありがとうみくる。マスターに会ったら、『セラスは立派な人間に出会えました』って言っておきます。
本当に、ありがとう。
…………なーんて。
「本当に大変なのは、これからなんだよみくるちゃん……」
みくるの表情は『もう思い残すことはありません。みなさんさようなら』と言わんばかりの充実した顔だったが、その表情も哀れに思えてしまう。
セラスは分かっていた。そして、みくるは分かっていなかった。
吸血鬼に血を吸われるということが、どういうことか。
血とは魂の通貨。命の取引の媒介物に過ぎない。血を吸うということは、命の全存在を我が物にするということ。
かつてアーカードが死の淵にあった婦警を生き永らえさせたように、朝比奈みくるもまた。
セラス・ヴィクトリアに血を吸われたことにより、吸血鬼となったのだ。
そう、思っていた。
「あれ?」
セラスが異変に気づいたのは、すぐ。
横たわるみくるの周囲にできた血溜まりは、キャスカに斬られた際彼女自身が体外へ放出したものだ。
この出血が、致命傷となった。だからこそ、セラスは決心することができたのだ。今まで苦悩し続けてきた悩みを、一掃することができたのだ。
――人の血を吸いたくない。
それは、吸血鬼として致命的ともいえる愚かな欠点だった。
人間を止めドラキュリーナとなったセラスは、本来吸血鬼が取るべき当然の行為を頑なに拒否し、解消されない喉の飢えにもがき続けてきた。
アーカードが彼女のことを婦警と呼称していたのも、全てはセラスが血の味を知らない不完全な吸血鬼だったからである。
いつだったか、インテグラやウォルターがセラスに問うた。何故血を吸わないのかと。
セラスは、その問いに答えることができなかった。答えとして成立するほどの明確な理由を持ち得ていなかったのだ。
今一度考えてみよう――何故、セラス・ヴィクトリアは吸血を拒む。
アーカードのような完璧な吸血鬼になりたくなかったから?
血を吸うことで他の誰かを吸血鬼にさせたくなかったから?
違う。どれもこれも違う。
答えは、もっと簡単で単純だった。
――恐ろしかったのだ。
吸血鬼になったという半信半疑な自覚の中で、セラスの本能は気づいていたのだ。
血を吸えば、何かが変わってしまうことに。
その何かの正体は分からない。分からないからこそ、恐ろしい。
自分が自分でなくなる、セラスがセラスでなくなるような、そんな得体の知れぬ不安が葛藤を呼び、今の今までセラスは新米であり続けてきた。
プライドじみた、ちっぽけな我侭だった。ちっぽけだったがために、殻を破ることも容易かったのかもしれない。
セラスがみくるの血を吸ったのは、自分が助かるためでも、吸血鬼としての欲求に負けたからでもない。
単純に、彼女を助けたかったのだ。
今にも死に絶えようとしていた目の前の少女を、救う手があった。だからセラスは、それを行使した。
それがたとえ、みくるの今後に取り返しのつかなくなるような影響を与えようとも。
死ぬよりはマシだった――何よりも、今のセラスがそう思っていたから。
だから、彼女の血を吸うことを受け入れたのに。
なのに、彼女は吸血鬼にはならなかった。
「おかしいよ……こんなの……」
セラスは、すっかり冷たくなったみくるの腹部に手を触れる。
黄金の剣による爪痕は、まだ残っていた。パックリ割れた傷跡に手を差し込むと、中の肉が掴めそうなくらい大きく。
血はすっかり外に出し切っていた。だからこんな血色の悪い肌をしているのか。
元警察官の目から判別しても、これは誤魔化しようがない。
朝比奈みくるは、確かに死亡していた。
人間のままで。
「…………」
愕然として、何も言えなくなる。
みくるの負った傷は、吸血鬼であれば即座に再生できるレベルだった。
首筋を見やる。そこには、セラスの歯型がくっきりと残っている。
間違いなく、血を吸った。みくるも、間違いなく吸血鬼に血を吸われた。
やはりおかしい。納得がいかない。何故、みくるの傷は塞がらなかった。何故、みくるは吸血鬼にならなかった。
『吸血鬼に血を吸われた人間は、それらが処女・童貞であれば「繁殖」し、それ以外は喰屍鬼(グール)になってしまう』
インテグラ他数々の吸血鬼関係者の皆様から教わった知識だ。まさか嘘を教えられたとは思えない。
何故――セラス自身がまだ半人前だったから?――そんな情報は教えられていない。
理由なんて、考えたところで分からない。分かったとしても、たぶんセラスはそれを否定してしまうだろう。
吸血鬼にならなかったから、みくるは死んだ。――この事実からは、逃れることができない。
ならば、あの吸血はなんだったのだ。あれだけ拒み続けたのに、たった一人の少女が救えると思って、決心したのに。
吸血を経験しても、セラスは依然、半人前な『婦警』のままだった。
吸血など、アーカードが意味深に勧めるほどたいそうなものではなかった。
変化など何もない。あるのはただ、後悔と悔しさのみだ。
こんなことになるなら、血なんて吸うんじゃなかった。そんなことさえ思った。
――実際のところ、みくるが吸血鬼化しなかった理由はやはり単純。
――既に死んでいたのだ。セラスがその首に牙を突きつけた時には、もう。
よくよく考えれば、みくるとの最後の会話さえ幻聴だったのではないかと思えてくる。
自分に都合のいい幻聴を仕立て上げ、本当はただ吸血鬼の本能に従っていただけのではないかと。
自分の身をこんなにも呪ったことはなかった。
お日様の下を歩くなくなったことも、ベッドが棺桶になったことも、そんなに悪いことではなかった。
でも、今回ばかりは。
吸血鬼である自分に、嫌気が差す。
いまさら、嘆いても仕方がないことなのに。
「あ……」
項垂れて、セラスはそれに気づいた。
正真正銘死亡してしまったみくるの指先に……血で書かれたメッセージが残されていたのである。
「……S…………O…………S…………ハハ……助け呼ぶのが遅いよ、みくるちゃん……」
みくるが真に何を伝えたかったのか、セラスがそれを知る術はない。
◇ ◇ ◇
~ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆
ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆~
「な、なんですか……ここどこですか……? なんで映画作った時のテーマソングが流れてるんですか……?」
目覚めると、私はどことも分からぬ異次元空間の狭間にいました。
なんか……どこかで見たようなキャラクターが宙をうようよしているのは、気のせいなのかな……?
「落ち着きなさいミクル……落ち着いてワタシの話を聞くのです……」
そこには、眼鏡をかけた天使……の格好のオジサン(小太り)が浮いていて、私に話しかけてきます。
~素直に「好き」と言えないキミも 勇気を出して(Hey Attack!)
恋のまじないミクルビーム かけてあげるわ~
「あの……あなたは誰デスカ? どうして私こんなところにいるんですか?」
「ワタシはあなたの持っている銃、カラシニコフの精。……ちなみにハルコンネンの精やウィンダムや平○耕太とは何の関係もないのであしからず」
「は、はぁ……」
~未来から やってきたおしゃまなキューピッド
いつもみんなの 夢を運ぶの~
「って、んなことよりミクルちゃん、あんたヤバイって。もう今回セラスなんて目じゃないくらいの巻き込まれ方しちゃったんだから」
「は、はいぃぃ? な、なんのことですかそれ……」
小太りのオジサンはハァハァ言いながら私に言い寄り……ひぃ!
何か、何か警告を発しようとしていることは分かるんですけど……ち、近い! 顔が近いですぅ~!
~夜はひとり 星たちに願いをかける
明日もあの人に 会えますように~
「と、むさ苦しい演出はここまでにしてトウ! SOS団団長にバトンタッチ!」
「ふ、ふぇぇ!?」
急遽キャスト変更が起こり、オジサンの姿が何故か涼宮さんに! も、もう何がなんだか分かりませぇーん!
~カモンレッツダンス♪ カモンレッツダンスベイビー
涙を拭いて 走り出したら~
「いつまで寝てるのよみくるちゃん! あなたは今後、魅惑の吸血鬼メイドとして活躍するという崇高な使命があるのよ!」
「わ、わたし吸血鬼なんてできないですぅ~」
~カモンレッツダンス♪ カモンレッツダンスベイビー
宙の彼方へぇ~ スペシャルジぇネレぃーショ~ン~
「つべこべ言うな! もう撮影スケジュールは組み立てちゃったんだから、ビシバシいくわよ!」
「は、はいぃ~!?」
~(セリフ)いつになったら、大人になれるのかなぁ?~
◇ ◇ ◇
こうして、朝比奈みくるは永遠に覚めることのない夢の中で吸血鬼デビューを果たした。
その変貌っぷりに団長様はいたくご満悦なようで、ただそれだけが喜ばしい。
――バトーさんへ。やっぱり私、銃はうまく扱えませんでした。
――セラスさんへ。叶うなら、あなたと一緒にお茶を飲みたかったです。
――鶴屋さんへ。ごめんなさい、大事なお友達を変なことに巻き込んじゃって。
――古泉くんへ。これからは、お茶は自分で淹れてくださいね。
――長門さんへ。お菓子の本、貸してくれてありがとうございました。あれ、とっても参考になったんですよ?
――キョンくんへ。涼宮さんのこと、よろしくお願いします。ここだけのお話、時間平面状ではお二人は……あ、これは禁則事項です。
――涼宮さんへ。とっても……とってもとってもとってもとってもとぉ~っても楽しかったです! 本当に、本当に楽しかったです!
去り際に伝えたかったメッセージは、彼女らしいどこか的外れで平和ボケしたものばかりだった。
それでも、最後にこれだけの機会を与えられたことが素直に嬉しい。
――SOS団のみんなや、鶴屋さんや、バトーさんやセラスさんと一緒にいられて。
――朝比奈みくるは、最後の最後までしあわせでした。
【D-5/ホテル周辺/1日目/昼】
【キャスカ@ベルセルク】
[状態]:中度の疲労
[装備]:エクスカリバー@Fate/stay night
[道具]:支給品一式(一食分消費)、カルラの剣@うたわれるもの(持ち運べないので鞄に収納)
[思考・状況]
1:エクスカリバーを一刻も早く使いこなす。
2:飛び道具を手に入れる。それまではリスクの高い攻撃行動は控える。
3:他の参加者(グリフィス以外)を殺して最後に自害する。
4:セラス・ヴィクトリア、獅堂光と再戦を果たし、倒す。
【獅堂光@魔法騎士レイアース】
[状態]:全身打撲(歩くことは可能)中度の疲労 ※雨で濡れています
[装備]:龍咲海の剣@魔法騎士レイアース
[道具]:支給品一式×2、ドラムセット(SONOR S-4522S TLA、クラッシュシンバル一つを解体)、クラッシュシンバルスタンドを解体したもの
:デンコーセッカ@ドラえもん(残り1本)、エスクード(風)@魔法騎士レイアース、 鳳凰寺風の剣@魔法騎士レイアース
[思考・状況]
第一行動方針:風と合流し、早急にゲインを治療。
第二行動方針:風と合流できなくても、何かしらの治療手段を手に入れる。
基本行動方針:ギガゾンビ打倒。
【D-5/ホテル3階の一室/1日目/昼】
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:腹部に重度の裂傷、左腕左脚に軽度の裂傷、瀕死の重体
[装備]:パチンコ(弾として小石を数個所持)、トンカチ
[道具]:支給品一式×2、工具箱 (糸ノコ、スパナ、ドライバーなど)
[思考・状況]
第一行動方針:絶対安静。
第二行動方針:市街地で信頼できる仲間を捜す。
第三行動方針:ゲイナーとの合流。
基本行動方針:ここからのエクソダス(脱出)
【セラス・ヴィクトリア@ヘルシング】
[状態]:中度の疲労、腹部に裂傷(傷は塞がりましたが、痛みはまだ残っています)、日中は不調、みくるの死にショック
[装備]:ナイフ×10本、フォーク×10本、中華包丁(全て回収済み)
[道具]:支給品一式 (バヨネットを包むのにメモ半分消費)、バヨネット@ヘルシング
:バトーのデイバッグ:支給品一式(一食分消費)、AK-47用マガジン(30発×3)、チョコビ13箱、煙草一箱(毒)、
:爆弾材料各種(洗剤等?詳細不明)、電池各種、下着(男性用女性用とも2セット)他衣類、オモチャのオペラグラス
:茶葉とコーヒー豆各種(全て紙袋に入れている)(茶葉を一袋消費)、AK-47カラシニコフ(29/30) 、石ころ帽子@ドラえもん
:ロベルタのデイバッグ:支給品一式(×7) マッチ一箱、ロウソク2本、糸無し糸電話1ペア@ドラえもん、テキオー灯@ドラえもん、
:9mmパラベラム弾(40)、ワルサーP38の弾(24発)、極細の鋼線 、医療キット(×1)、病院の食材
[思考・状況]
1:トグサが戻るまでホテルを死守。
2:キャスカ及び、新たな襲撃者が来ればそれらを排除。
3:光が戻るまでゲインの看護。
4:電話番。
5:アーカード(及び生きていたらウォルター)と合流。
6:ドラえもんと接触し、ギガゾンビの情報を得る。
7:もう二度と血なんて吸うもんか。
[備考]:※ドラえもんを『青いジャック・オー・フロスト』と認識しています。
※セラスの吸血について。
大幅な再生能力の向上(血を吸った瞬間のみ)、若干の戦闘能力向上のみ。
原作のような大幅なパワーアップは制限しました。また、主であるアーカードの血を飲んだ場合はこの限りではありません。
&color(red){[【朝比奈みくる@涼宮ハルヒの憂鬱 死亡】}
&color(red){[残り56人]}
※ホテル脇の駐車場に、ロベルタとバトーの死体、空気砲(×2)@ドラえもん/グロック26(4/10)(共に使用不可能)が放置されています。
※ホテルロビーにあった電話を、三階のセラスたちがいる部屋に移しました。
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|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|キャスカ||
|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|獅堂光||
|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|ゲイン・ビジョウ||
|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|&color(red){朝比奈みくる}||
|139:[[恋のミクル伝説(前編)]]|セラス・ヴィクトリア||
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