「FOOLY COOLY」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
FOOLY COOLY - (2007/02/25 (日) 11:19:05) の1つ前との変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
*FOOLY COOLY ◆B0yhIEaBOI
月が昇る。丸い満月だ。
昨晩と変わらない綺麗な球体が、今夜も俺の姿を煌々と照らし出す。
改めて思えば、この奇妙な世界に来てから早くも一日が経過したことになる。
一日。正確には18時間23分56秒間。長い。長すぎる。
一日あればゲーテの詩集を完読できる。1/1のガ○プラだって出来上がる。
光の粒子ははもう200億km彼方の先だ。
だが一方の俺は何を成した。ほんの数十kmを走っただけではないか。
時速に換算すれば実に数km/h程度。遅い。遅すぎる。
加速が、更なる加速が必要だ。
俺は市街地に立つビルの上から彼方を見つめていた。
その視線の先にあるのは歪に崩れたコンクリートの塊。自分がつい先ほどまで居た、仲間達が待つホテルだ。
そのホテルには、此処からでも一目で分かる、明らかな異変が生じていた。
何者かによる襲撃……それしか考えられない。
ホテルは今にも崩れそうだ。一刻の猶予も無いだろう。
一刻か…… だが、それだけあれば十分だ!
「風力、温度、湿度、一気に確認。ならば、やってやりますか!」
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡☆
「炎の矢ッ!」
光の叫びと共に、数個の火の玉が打ち出される。
それら真っ赤に燃える火の玉は、狙い通り目標に命中した。
火の玉は当たる瞬間に一際大きく燃え上がる。
あれがもし私に当たったなら、火傷なんかでは済まないかもしれない。
……だと言うのに。
「どうした? 追撃はしないのか、紅い魔女よ?」
当の目標である筈の男は、光の攻撃を全て受けても尚悠然と立っている。
火の玉を全く避けようともしない。
直撃した火の玉の残り火が燻っていると言うのに、男はそれを意にも介していない。
「ふむ、威力だけを取れば中々のものだ。だが、再装填の時間も長く弾幕を張れるだけの連射性も無い。
現行のライフル銃でも十分代用が効くレベルだな」
それどころか、冷静に光の攻撃を分析、解説しだしている。
自分の体で光の魔法の性能を見定めているのだ。
――狂っている。
「光! 今はあんな奴放って置いて今は避難しよう! このビルだって何時崩れるか分からないよ! 」
そう叫んだ私は、本能的にこの男の恐ろしさを感じ取っていたのかもしれない。
今はまず、この脅威から逃げるべきだと。でも。
「駄目だよみぃちゃん! こいつを放っておいたら、ホテルにいる皆が危ない! 」
光はそれを良しとはしなかった。
でも、私は見た。光の瞳の中にある暗い影を。私の中にも居るソレを。
恐怖を。
ああ、光だって怖いんだ。
でも、仲間のために、恐怖に敢えて向かって行くつもりなんだ。
強いな、光は。
「……わかったよ。でも、無理しちゃ駄目だからね? 光に何かあったら、仲間だってきっと悲しむよ。
危なくなったらすぐに逃げるんだからね?」
「うん、分かってる。それにここで時間を稼いでおけば、ホテルにいる皆が避難してくるだろうし……
そうしたら、きっと皆であいつをやっつけられるよ! 」
しかし勇ましい言葉とは裏腹に、光はとても不安そうだった。
当然だ。光だって、不思議な魔法が使えるといっても自分と同年代の女の子。
私がこんなに怖いのに、光だけが平気なワケが無い。
恐怖に負けない勇気……言葉にすれば陳腐なのに、体現するのはとても難しいモノ。
光が持っているソレが、私はなんだか羨ましかった。
「さて、おしゃべりは済んだか? 別れの言葉は? 神への祈りは終わったか? ならばそろそろ……始めるとするかッ!」
男の咆哮にビクリと体が硬直する。私が必死に積み上げた勇気が吹き飛んで行く。
そして私は悟った。『逃げる』だなんて甘いことをこの男が許してくれるはずが無い。
だがその時、恐怖に魅入られ立ち竦んでいる私を尻目に光が走り出した。
「みぃちゃん! 危ないからどこかに隠れていて! 」
「光……! 」
『私も戦う』『援護する』 その言葉が喉下まで来ていたが、どうしても口には出せなかった。
私が持っているのはナイフ1本。銃も無い。戦闘能力が皆無なのだ。
でも、もし私が武器を持っていたとしても、果たして光と共に戦えるかどうか?
私は密かに、自分が武器を持っていないことに安堵していた。
自分の卑屈さに嫌気がした。
「はああああああっ! 炎の矢――ッ!!」
雄叫びを上げながら、光が再度男に攻撃を仕掛けた。
だが男は飛来する火球をものともせずに、ゆっくりと光の方へ向かってゆく。
「この程度では私の足を止めることすらできんぞ。もっと強力な攻撃手段は無いのか?」
そう言いながら男は、退屈そうに、そして少し苛ついているかのように光を睨みつけた。
おぞましい。身の毛もよだつとはこのことを言うのだろう。
光もどうやら私と同じ気持ちのようだ。この男の目を見ていると、体の奥から震えてくる。
「く、くそっ……ならこれでどうだっ! 紅き――稲妻ッ!!」
光が呪文を唱えると、今度は火の玉ではなく赤い色の光線が発射された。
紅い光が奔る。次の瞬間、爆音が周囲に響き渡った。
爆煙が上がる。
「やった! 光!!」
「駄目だ、まだ来ちゃ駄目だみぃちゃん!」
思わず駆け寄ろうとした私を光が制止した。
もうもうと立ち込める煙の中から、黒い影が姿を現したからだ。
「これが全力か……まあ、人外の力を行使できるのは素晴らしい。だが、ただ『それだけ』だ」
男は、尚もゆっくりと光に向かって歩いてゆく。
まるで光の攻撃が効いていない。いや、効いているのかもしれないが、アイツを倒すのには不十分だ。
駄目だ。私たちでは無理だ。早く逃げないと……
「うわああああああっ!! 」
――えっ?
光の叫び声だった。光が剣を構えて、男に向かって突進して行く。
「ほう、小細工は止めて正攻法か。いいだろう」
男が嗤う。
だ、駄目だよ光、あんな化け物に向かっていくなんて、※されちゃうよ……!
危なくなったら逃げるって言ったのに、なんで!?
「いやあッ!!」
光が剣を振る。女の子としては意外なほどの剣捌きだ。
鋭い剣閃が男を襲う。
でも、当たらない。
男はその全てを巧に躱している。
……いや、避けているというよりも、『攻撃が当たらない所に体を動かしている』と表現した方がいいのかもしれない。
男は、全く危なげもなく光の攻撃を凌いでいるのだ。
レベルが違う。違いすぎる。
「剣術も達者とは言え、凡庸なレベルだな。それ一ツだけで戦況を覆せるほどのものでもない」
男は、先ほどと同じように光の観察を続けているようだ。
「うるさいッ!!」
しかし光の突きはするりと避けられてしまう。
男はそんな光を眺めながらも、淡々と喋り続ける。
「だが、貴様にとって最も致命的なのは『戦術』だ。貴様は自らの技能を全く生かせてはいない。
重要なのは、敵と己の能力を見極め、最善の手を模索することだ。
だというのに貴様は己の特殊技能に頼りきり、それを如何に活用するか、という命題をお座成りにしている。
それではまるきり、宝の持ち腐れだ」
男の目が細る。
「まあ、私は唯ひたすらに向かってくる輩も大好きだがね」
そしてその目じりが歪む。
なんて禍々しい笑顔なんだ。
「さて、ではそろそろこちらからも往かせてもらおうか!」
「うわっ!?」
言うと同時に、男の手元から何かが発射された。
光の剣と当たったソレは、鈍い音を立てながら光の後方へ飛んでゆく。
鎖……? 分銅の突いた、時代劇で鎖鎌の先についてるような類のものだろうか。
それを男は投げつけたのだ。恐るべきスピードで。
恐らく、偶然そこにあった光の剣に鎖が当たり、さらに偶然にも奇跡が変わった鎖が光の体から逸れたのだろう。
この土壇場で、光は確かについていた。
だが、偶然も三度は続かない。
くいっ、と男は手首を捻る。すると、鎖はまるでそれ自身が生きているかのように大きくうねる。
そしてそのうねりは光の体を中心とした円運動へと変化し、鎖が光の体に巻きついてゆく。
「し、しまった……!」
「覚えておけ。これが『活用する』ということだ!」
そう言うと同時に、男は再び右手を捻る。
すると光の体が、まるで玩具の様に宙を舞った。
「あうっ!」
強烈な勢いでコンクリートの壁に叩きつけられた光の口から、悲痛な呻き声が漏れる。
光の体は、そのまま地面に崩れ落ちた。
「紅き魔女もこの程度か……正直がっかりだな」
男が残念そうに呟く。もう光に対する興味を失ってしまったのだろうか。
なら、早く光を介抱しないと。
そう思った私の体を、鋭い殺気が突き抜けた。
「では貴様はどうだ? 貴様は人か? 狗か? それとも唯の臆病者か?」
男の冷たい目が、私を射抜いていた。
「ひっ……」
掴まった。体ではなく、心が。
もう一歩も動けない。立っているのも不可能だ。
私は力なく、その場にへたり込んでしまった。
蛇に睨まれた蛙っていうのは、きっとこういうことを言うのだろう。
私は必死に、唯一の武器であるナイフを両手で握り締めていた。
「あ……あっ……」
言葉すら出てこない。ヒューヒューと息だけが気道を行き来する。
そんな私を見下しながら、男が叫ぶ・
「どうした? 貴様の友は及ばずながらも懸命に戦ったぞ?
どうした?? まだ仲間がひとりやられただけだ。
どうした!? 早く立て。武器を構えろ。私に一矢報いて見せろ!
HURRY! HURRY! HURRY!! 」
「……助けて、圭ちゃん……」
その言葉が無意識に私の口から零れ落ちた。
怖かった。唯々死ぬのが怖かった。助けて欲しかった。唯それだけだった。
でも、それが男にとっては気に食わなかったようだ。
「……なんだ、貴様は戦うことも出来ない只の糞か。つまらん。全く以ってつまらん」
心底落胆した、といった素振りで私を見る男の目は、侮蔑の感情で満ちていた。
でも、もし命が助かるのならそれでも良い。そのときは本当にそう思っていた。
「つまらん。貴様には生かしておく価値も感じない。ならば、此処で死なせてやるのも情けのうちか」
「ひィッ! 」
思わず悲鳴が漏れる。
男がこちらに向かって歩いてくる。
私は必死に逃げようとするのに、体が言うことを聞かない。
一歩、また一歩。死神が私に向かって歩いてくる。
嫌だ。死ぬのは嫌だ。嫌だ嫌だ嫌嫌嫌いやァ……。
「――それ以上みぃちゃんに近寄るなッ! 」
突如、光の声が木霊した。
「むっ!?」
それと同時に、男の右肩が裂ける。
周囲には光の姿はおろか、人影一つ見当たらない。風が吹いているだけだ。
何? 何が起こっているの?? 余りの恐怖に気が狂ってしまったのだろうか!?
状況が全く理解できない私とは違い、男は可笑しそうに微笑んでいる。
「ほう、超加速か……中々面白いことをする」
男がそう呟く間にも、新たな傷が男の体に刻み込まれる。
超加速……!?
そうか、光の持っていた『デンコウセッカ』だ。
それを飲めば凄まじいスピードで動けるようになるって光が言っていた。
でも、それにしたって桁違いのスピードだ。文字通り、目にも止まらない。
今の光を捕まえることなんか、きっとどんな化け物でも不可能だろう。
それはまるで風そのもの、旋風だ。
明確な意思を持ったカマイタチが、男とその周囲の物を切り刻んでゆく。
「やるじゃあないか、紅い魔女よ。あれで終わりかと思っていたが、意外と打たれ強いのだな」
……そうだ。光はさっき、思いっきり壁に叩きつけられたんだ。
なのに、光は今も戦い続けている。
その姿は見えないけれど、きっと光だってボロボロの筈なんだ。
それでも必死に、臆することなく男に立ち向かっている。
何故なの? どうして光はそんなに強くいられるの?
だが、次々と斬りつけられながらも男は怯むそぶりすら見せない。
「土壇場の最後の足掻きにしては上出来だぞ、紅い魔女。
だが、残念だ。貴様はもう少し私の助言を真面目に聞くべきだったな」
男は光が居るであろう空間に向かって叫びかける。
「超加速、大いに結構。だが、それも貴様には過ぎた長物のようだな。
高速で移動すると言うことは、即ち周りのものが高速で通り過ぎてゆくということ。
今の貴様の目は、ちゃんと私を捉えられているのか?
否。それにしては攻撃が乱雑すぎる。
貴様は自身のスピードを制御しきれてはいまい。
その証拠に……」
男は手にした鎖を、近くの電柱に投げつける。
鎖は電柱に巻きついて、男との間に縄跳びのようなループを作る。
――そこに光が飛び込んだ。
「うわあっ!?」
鎖に躓いた光の体が、アスファルトの地面の上を派手に滑ってゆく。
「ほうら、この通り。簡単に足元を掬われる」
そして光の姿を確認すると同時に、男が跳んだ。
着地点は光の背中。
「ぐはっ」
「そら、捕まえたぞ、紅い魔女。だから私は言ったのだ。『重要なのは戦術』だと。
己の力を正しく認識し、単一能としてで無く、自らの理知(ロジック)を持って力を行使することだと。
貴様の敗因は、己の力に対する『認識不足』というところか」
男は独り言のように喋り続けている。
その間も光は男から逃れようと?いているが、光の背中にがっちりと食い込んだ男の足がそれを許さない。
助けないと。早く光を助けないと。
そう心では思っているのに、私の体は全く動いてくれない。
怖い。恐ろしい。嫌だ。死にたくない。
光は私のことを守ってくれたのに。光はあんなに強いのに。
……どうして私は、こんなにも弱いの?
「――ッ!」
瞬間、這い蹲る光と目が合った。
疚しい、後ろめたい気持ちでいっぱいの私とは対照的に、
光の目は未だ強い輝きで満ちている。
光の唇が動いている。何かを伝えようとしているんだ。
肺を圧迫された光の口からは何の声も聞こえなかったけれど、
口の動きで光が何を言っているのかが、何故かその時ははっきりと分かった。
「 に げ て み ぃ ち ゃ ん 」
男の足が、光の頭にかかる。
「では、さようなら。紅き魔女よ」
ぐしゃっ。
「あ…………」
光の頭が、トマトのように潰れるのが見えた。
不思議と悲しくは無かった。いや、悲しみも恐怖も、何も感じられなくなっていた。
喉下から何かがこみ上げてきたけれど、涙も何もかもが枯れ果てていたのか、何も出てこなかった。
もう何も出来なかった。何もしたく無かったし、何も考えたくなかった。
「何だこの剣は? 水なのか剣なのか……? まあいい。こちらの重剣ならば使い道もあろう」
男が、光の遺体から一本の剣を取り出した。
風の剣……だっただろうか。私じゃ重すぎて持てなかった剣。それをあの男は軽々と持ち上げている。
あれで私は切り※されるのかな?
……うん、もうそれでもいいや。
富岳さんも、レナも、梨花ちゃんも、圭ちゃんも、光もみんな※んじゃったんだ。
みんなを守ろうと思ってたのに、私は何も出来なかった。
それどころか、逆に私が守られてばっかりだった。
もういいよね。私なんかが生き残ってても、また誰かの足手まといになるだけだよね。
それなら、ここで※んでしまった方がよっぽどいい。
男がこちらに歩いてくる。
そして私の目の前まで来ると、男はゆっくりと剣を振り上げた。
「紅き魔女も独りきりでは寂しかろう。健闘を讃えて、せめてもの手向けだ」
剣が振り下ろされる。
その時の私は何故か、とても穏やかな気持ちだった。
圭ちゃん、みんな、そっちに行ってもまた仲良くしてね……。
そんなことだけを考えていた。
――風が、吹いた。
「衝撃のォッ……ファーストブリットぉッ!!!!」
何処からともなく聞こえてきた叫び声と共に、男の体が吹き飛んだ。
そして私の目の前には、別の男の背中があった。
ピンチに駆けつけるヒーロー。
年甲斐も無くそんなフレーズが頭を過ぎる。
恐怖も悲しみも無力感も、その一瞬だけは吹き飛んでしまっていた。
「すご……」
思わずそう呟いてしまってから、しまったと思った。
でもそのときは、ただ純粋に凄いって、そう思ったんだ。
「1分11秒38……いかんいかん、世界を縮めすぎてしまったァ~~、
ところでご無事でしたか? イオンさん!」
「みっ……魅音だよ!」
そこには、背が高くて変な髪形で、趣味の悪いグラサンをしたあの男、
ストレイト・クーガーが立っていた。
「……私としたことが、少々遅れてしまったようですね。お怪我はございませんか? 」
「私は……私なんかより、光が、光が……」
クーガーが振り向いた先には、光が変わり果てた姿で横たわっている。
「光さん……逝ってしまわれたのですか。決着は永遠にお預けですね……光さん、ゴッドスピード」
「光だけじゃないよ、 梨花ちゃんもっ、私の、目の前でっ……」
視界が滲む。
今頃になって、私の目からは涙が溢れてきた。
「それに、レナも、圭ちゃんもっ、みんなっ、し、し、死んじゃったんだよっ」
涙が止まらなかった。
それまでに溜まっていた悲しみが、堰を切ったように流れ出す。
「なのにっ、私は誰も守れなくてっ、そ、それどころか守ってもらってばっかりでっ、
仇を取ろうとしてもっ、出来なくてっ、
そんな私なんて、み、皆の代わりにっ、し、し、死んだ方が良かったんだよっ」
悲しかった。仲間の死が、自分の弱さが、唯ひたすらに悲しかった。
クーガーは珍しく無口で、静かに私の話を聞いていた。
でも。
「……失礼します」
パァン
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
クーガーの手と、遅れて来た頬の痛みから、自分がぶたれたことに気が付いた。
「何、すんのよっ」
「いい加減になさい!」
いきり立つ私の両肩を、クーガーの両手ががっしりと掴む。
「どうしたんですか、 貴方らしくも無い。
昨晩初めてお会いした時、貴方は自分の身の安全よりも仲間の身の危険を案じていた。違いますか?
なのにその貴方が自らのことを『死んだ方がいい』だなんて……
しっかりなさい。貴方はもっと強い人だ!」
一瞬、クーガーが何を言っているのか理解できなかった。
強い? 私が?? この人は本当に何を言っているんだろう。
「私は、強くなんかないよ……っ。
梨花ちゃんが死んだときも、怖くなって逃げ出したし、
光が一人で戦ってる時も、一緒に戦えずに、ただ震えてるだけで……
怖いんだよ。殺されるのが怖かったんだよ。戦いたくなかったんだよっ!
でも、そのせいで光は死んじゃったんだ。私のせいで、光が……っ!」
「だから貴方も死ぬと? それは全くのナンセンスですよ」
「でもっ、私が助けられなかったからっ!」
「だが、貴方は戦っていた」
「えっ……?」
クーガーが私を見つめている。何時に無く真剣な表情で。
「恐怖を感じる、というのは大切なことです。
恐怖とは生存本能であり、最悪のケースを想定するリスクマネージメントそのもの。
恐怖を知らずに敵に向かうのは唯の馬鹿です。鈍感なだけです。それならノミにだって出来る。
いいですか? 大切なのは、『恐怖を知り、そしてそれに立ち向かうこと』なのです。
貴方は確かに恐怖した。何も出来なかったのかもしれない。逃げたこともあったかもしれない。
でも、貴方は確かに戦った。恐怖に向き合い、目を背けずに、必死に抗っていたんでしょう?
これを強いと、勇敢だと言えないわけが無い!」
「私が……強い?」
意外だった。まさか自分のことを『強い』と形容されるだなんて、思っても見なかった。
「ええ。貴方は強い方だ。
それにまだ貴方には仲間が居るじゃないですか。
光さんに守られた命で、貴方がまた別の仲間を守ればいいのです。
そうしなければ、折角の光さんの頑張りが無駄になってしまう。
貴方は前に進まなければならないのです。戦わなければいけないのです。
もっと、もっと強くならなければならないのです。
そして戦って戦って、勝つまで戦い続ける……
それが、光さんのためでもあり、仲間のためでもあり、そして貴方自身のためでもある。そうでしょう?」
…………。
強さ。
負けない強さ。負けても尚戦おうとする強さ。
怖くても、挫けても、それでも立ち上がって戦う強さ。
何度でも何度でも戦って、最後に勝つまで戦う強さ。
そうだ。クーガーの言うとおりだ。
私にはまだ沙都子がいる。それにこのまま私が死んだんじゃ、光はまるで無駄死にだ。
私は死んだりしちゃ駄目なんだ。光のためにも、生きて、戦わないといけないんだ。
怖いけど、それでも立ち向かわないといけないんだ。
それが光に対する、せめてもの恩返しなんだ……。
「……ありがとう、クーガー。お陰で……目が覚めたよ」
「お役に立てて光栄です。
ああ、それともう一つ。貴方には、俺という心強い仲間がいるじゃあありませんか。
貴方の前に立ち塞がる障壁など、この俺が粉砕して御覧に入れましょう!」
クーガーはそう言ったとたんに立ち上がり、遠くを見据えた。
その先には、あの男が静かにこちらを眺めていた。
「イオンさん、危ないですから少し離れていてください」
「魅音だよっ! ……で、でも一人で大丈夫なの? あいつ、凄く強いんだよ……!?」
不安そうな私に向かって笑いかけるクーガーの顔は、以前に見たとおりの巫座戯た笑顔だった。
「心配はご無用! なんといっても俺は、世界最速の男ですから!」
私が物陰に隠れると、クーガーが男の方へ歩き出した。ゆっくりと。ゆっくりと。
男との距離がどんどんと狭くなってゆく。
3m……2m……1m……って、え? まだ止まらない!?
そしてクーガーは、男の眼前……高い鼻が触る程の近さで、立ち止まった。
静かな睨み合い。
本能的な恐怖を喚起させるようなあの男の眼光にも、クーガーは全く怯まない。
「なんだ、もうお別れの挨拶は済んだのか?」
「ほう、最低限のマナーは弁えているようだな。驚きだ。だが、その程度では光さんと魅音さんの痛みには釣り合わないな」
「ならばどうする? 貴様がその差を埋めるとでも?」
「ああ、そうだ。貴様の罪には、それ相応の罰が必要だ。断罪してやろう、この俺が!」
「貴様にそれが出来るのか!?」
「愚問だな!」
その刹那、限界まで張り詰めていたものが、弾けた。
男が剣を振るった。
信じられないスピードだ! 本当にあの剣は、あの重い風の剣なの!?
盛大な音を立てて、小規模なクレーターが地面に出現する。
だがクーガーはそこにはいない。
上だ!
鈍い音を立てて、強烈な回し蹴りが男の顔面を直撃する!
「フフ、やるじゃあないか。素晴らしいスピードだ。そしてそれを完全に我が物にしている。
よくぞ人の身でここまで練り上げたものだ」
「お褒めに預かり光栄だが、まだまだこんなものじゃあないぞ。この俺の速さは! この俺の怒りは!!」
クーガーが足を振りぬくと、男の体が一直線にビルの壁に突き刺さる。
だが、次の瞬間には男は立ち上がり、再度クーガーに突撃してゆく。
化け物だ。クーガーも、男も。
「中々のタフネスだ。パワーも申し分無い。だがこれでは俺を倒すには不十分! NOT ENOUGH!!
まだまだ足りない! 足りないぞ!」
クーガーが吼える。
「貴様に足らないもの、それは――」 クーガーが跳んだ。
「情熱!」――――男に強烈なドロップキックが炸裂する。
「正義!」――――だが男は倒れない。
「友情!」――――男が高速で剣を薙ぐ。
「理念!」――――だが、やはりクーガーには掠りもしない。
「人情!」――――しかし男はもう一方の手で鎖を放つ。男を中心に、放射状に鎖が拡散する。
「優しさ!」――――全方位攻撃! 死角はあるの!?
「勤勉さ!」――――クーガーは何処に!? 右か? 左か? 上か? 背後か?
「そして何より――――速さが足りない!!!」
――――正面だ!! 円形に広がる鎖の間合いの、更に内側にクーガーの姿が現れる!
「壊滅のぉッ! セカンドブリットぉッッ!!」
クーガーの強烈な一撃が男に直撃する。
男の体が、まるでミサイルのようにビルの壁に飛び込んでいった。
2……いや、3軒向こうのビルにまで貫通しただろうか。
流石にこれで決まり……?
いや、クーガーはまだ戦闘態勢を解除していない。
男は、まだ健在だ……!
パン、パン、パン……
瓦礫の奥から、乾いた拍手が聞こえてくる。
「ブラヴォー。最高だ。最高だぞヒューマン。こんなに楽しいのも久しぶりだ」
もうもうとした粉塵の中から、男が歩き出てくる。
その姿はボロボロなのに、その威圧感は全く衰えてはいない。
この男は、一体何度立ち上がるのか。
まさか……本当に不死身なの?
「強がりのつもりかぁ? さっきから一方的に攻撃させてもらって、少し申し訳ないぐらいだぞ!」
「ならば、一発殴らせてくれるのか? それでずいぶんとお釣りが貰えそうだがな」
「御免だね。生憎とそういった趣味は持ち合わせていない」
「では、このまま続けるとするか。私が力尽きるのが先か、貴様に一撃くれてやるのが先か……
クク、長くなりそうだな」
「消耗戦と言う訳か。まあ、何度やろうが貴様の攻撃が俺に触れることは無いだろうが……」
クーガーの目が妖しく光る。
「……だが、それだけは絶対にノゥ!!」
クーガーの周囲の空気が変わった。
「『ゆっくりじっくり着実に』等、この俺の美学に反すること甚だしい!!
漢たるもの、速攻即決一撃必殺、スピードの無い答えなど答えに非ず!
そう、速度こそ力! 速度こそ美!! そして速度こそ――――『文化』だッ!!」
風が舞う。
瓦礫が舞う。
そしてそれが次々と光の欠片へと分解されてゆく。
その中心に立つクーガーの体が光る。
それまで足だけに纏われていたプロテクターが、膝に、腰に、胸にと広がってゆく。
そして遂には、クーガーの全身がプロテクターに包まれた。
紫色の、流線型のフォルム。
きっと、きっとこれがクーガーの正真正銘のフルパワーなんだ。
「ほう、それが貴様の全力か。面白い。いいだろう、見せてみろ、貴様の力を!」
「ああ、見せてやろうとも! ヒトの、この俺の……『文化』をッッ!!」
クーガーが走り出した。
今までに増して、凄まじいスピードだ。
まるで……光!?
対する男は、手にした剣を振りかぶる。
男は動かない。
迫り来る一瞬に、自分の全てを賭けているんだ。
私は必死に目を開いて、2人の姿を凝視する。
瞬きする間に終わってしまう、その瞬間を見届けるために。
「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ」」
二つの点が、交叉する。
「瞬殺のッ!! ファイナルブリットォォォオオッッッ!!!!!」
☆
「しかし、イオンさんがご無事で何よりでした」
「魅音だよ! ……ま、あたしも怪我してるし、丸っきり無事ってワケでも無いんだけどね。
……でも、生きてるってだけでも儲けモンかな?」
「ハハ、イオンさんが元気になって下さって俺も嬉しいですよ」
「魅音だって言ってんだろ!」
そんな殺し合いの場には不似合いな会話を、私たち2人は交わしていた。
本当は、現状ではそんな暇なんて無いのだろうけれど。
だけど次の行動を起こすためには、私にはもう少しだけ時間が必要だった。心の整理をつけるための時間が。
それぐらいはクーガーも察してくれているのだろうか?
「しかし、また2人でタンデム出来る機会が来ようとは! さて、次は何処へ行きましょうか!?」
前言撤回。無いな。
「……ところでさ、クーガー。あいつ……アレでやっつけたんだよね?」
「ええ。アレで生きているのは正真正銘の化け物だけでしょう」
私は確かに見ていた。
クーガーの必殺の一撃をまともに受けたあの男の体が、まるで爆発するみたいに四散するのを。
あれだけの衝撃を受けて無事な筈は無いけれど、心の片隅に僅かな不安がまだこびり付いていた。
あの男の威圧感に毒され過ぎたのだろうか。
「イオンさん?」
「だから魅音だって何べん言ったら!」
「ああ、スイマセ~ン。ところで、これからの予定はどうなされるおつもりなんですか?」
「え? この後……?」
そう言われた私は、今にも崩れそうなホテルと、私の傍らで横たわる光を見比べる。
「私は、光を埋めてあげたい。このまま放っておくのはあんまりだもん。
でも、ホテルの中にはまだ光の仲間も居るだろうし……その人たちも放っては置けないよ」
「ふむ……私もホテルの中にいる仲間のことが気がかりです。ですが、怪我人が居るとは言えそれなりの大所帯。
彼らだけでも対処できるとは思いますが……。
それに、別の仲間を余所で待たせているのですが、彼女も迎えに行ってあげなければならない。
ホテルを攻撃した者となのかちゃんの行方も気になりますし……一度この場から非難するのも手ではありますね」
……ん? 何だこの違和感。クーガーが何時に無く弱気じゃないか?
『全てを一気にスピーディにやり遂げましょう!』とか言って走りだすかと思ってたけれど……。
やっぱりクーガーも私に気を使ってくれてるのだろうか? イヤイヤ、やっぱりそれは無いな。
「なんにせよ、早急にこれからの行動指針を決めないといけません。
なあに心配は要りません! 俺が貴方を安ッ全! にエスコートして差し上げますからね!」
「むしろ、そっちの方が不安だよ……」
「……素晴らしい」
「え? クーガー何か言った?」
「ですから俺とイオンさんの将来についてをですねっ!」
「その前にちゃんと名前を覚えろッ!」
「痛いっ! バイオレーンス!!」
【D-5/ホテル正面玄関付近/1日目/夜】
【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:疲労(大)、右肩に銃創(弾は貫通、応急処置済、動作に支障有り)
[装備]:スペツナズナイフ×1
[道具]:支給品一式、スルメ二枚、表記なしの缶詰二缶、レジャー用の衣服数着(一部破れている)
[思考・状況]
1:迷い(※) 。
2:沙都子と合流し、護る。
3:圭一、レナ、梨花の仇を取る(翠星石、水銀燈、カレイドルビーが対象)。
4:2、3に協力してくれる人がいたら仲間にする。
基本:バトルロワイアルの打倒。
[備考]: ※光の埋葬・ホテル内への進入・ホテルからの退避のどれをするか迷っています。
【ストレイト・クーガー@スクライド】
[状態]:消耗大(これ以上の戦闘は命に影響。だがその素振りは一切見せない)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
1:魅音に同行 。
2:セラスを迎えに戻る。
3:なのはを友の下へ連れてゆく。
【アーカード@HELLSING】
[状態]:四肢が千切れる等損傷極大( 心臓は辛うじて無事)
[装備]:鳳凰寺風の剣@魔法騎士レイアース、鎖鎌(ある程度、強化済み)、対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(残弾:0/0発)
[道具]:無し
[思考]:
1:肉体の再生を待つ。
2:ホテルを崩壊させた方の魔女にも興味。
3:カズマ、劉鳳、クーガーとはぜひ再戦したい。
&color(red){【獅堂光@魔法騎士レイアース 死亡】}
※ 光の所持品は光の遺体の傍に放置されています。
詳細:支給品一式、龍咲海の剣@魔法騎士レイアース、エスクード(炎)@魔法騎士レイアース エスクード(風)@魔法騎士レイアース、オモチャのオペラグラス
*時系列順で読む
Back:[[正義×正義]] Next:[[]]
*投下順で読む
Back:[[正義×正義]] Next:[[]]
|207:[[「ゼロのルイズ」(後編)]]|園崎魅音||
|207:[[「ゼロのルイズ」(後編)]]|ストレイト・クーガー||
|207:[[「ゼロのルイズ」(後編)]]|アーカード||
|207:[[「ゼロのルイズ」(後編)]]|&color(red){獅堂光}||
*FOOLY COOLY ◆B0yhIEaBOI
月が昇る。丸い満月だ。
昨晩と変わらない綺麗な球体が、今夜も俺の姿を煌々と照らし出す。
改めて思えば、この奇妙な世界に来てから早くも一日が経過したことになる。
一日。正確には18時間23分56秒間。長い。長すぎる。
一日あればゲーテの詩集を完読できる。1/1のガ○プラだって出来上がる。
光の粒子ははもう200億km彼方の先だ。
だが一方の俺は何を成した。ほんの数十kmを走っただけではないか。
時速に換算すれば実に数km/h程度。遅い。遅すぎる。
加速が、更なる加速が必要だ。
俺は市街地に立つビルの上から彼方を見つめていた。
その視線の先にあるのは歪に崩れたコンクリートの塊。自分がつい先ほどまで居た、仲間達が待つホテルだ。
そのホテルには、此処からでも一目で分かる、明らかな異変が生じていた。
何者かによる襲撃……それしか考えられない。
ホテルは今にも崩れそうだ。一刻の猶予も無いだろう。
一刻か…… だが、それだけあれば十分だ!
「風力、温度、湿度、一気に確認。ならば、やってやりますか!」
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡☆
「炎の矢ッ!」
光の叫びと共に、数個の火の玉が打ち出される。
それら真っ赤に燃える火の玉は、狙い通り目標に命中した。
火の玉は当たる瞬間に一際大きく燃え上がる。
あれがもし私に当たったなら、火傷なんかでは済まないかもしれない。
……だと言うのに。
「どうした? 追撃はしないのか、紅い魔女よ?」
当の目標である筈の男は、光の攻撃を全て受けても尚悠然と立っている。
火の玉を全く避けようともしない。
直撃した火の玉の残り火が燻っていると言うのに、男はそれを意にも介していない。
「ふむ、威力だけを取れば中々のものだ。だが、再装填の時間も長く弾幕を張れるだけの連射性も無い。
現行のライフル銃でも十分代用が効くレベルだな」
それどころか、冷静に光の攻撃を分析、解説しだしている。
自分の体で光の魔法の性能を見定めているのだ。
――狂っている。
「光! 今はあんな奴放って置いて今は避難しよう! このビルだって何時崩れるか分からないよ! 」
そう叫んだ私は、本能的にこの男の恐ろしさを感じ取っていたのかもしれない。
今はまず、この脅威から逃げるべきだと。でも。
「駄目だよみぃちゃん! こいつを放っておいたら、ホテルにいる皆が危ない! 」
光はそれを良しとはしなかった。
でも、私は見た。光の瞳の中にある暗い影を。私の中にも居るソレを。
恐怖を。
ああ、光だって怖いんだ。
でも、仲間のために、恐怖に敢えて向かって行くつもりなんだ。
強いな、光は。
「……わかったよ。でも、無理しちゃ駄目だからね? 光に何かあったら、仲間だってきっと悲しむよ。
危なくなったらすぐに逃げるんだからね?」
「うん、分かってる。それにここで時間を稼いでおけば、ホテルにいる皆が避難してくるだろうし……
そうしたら、きっと皆であいつをやっつけられるよ! 」
しかし勇ましい言葉とは裏腹に、光はとても不安そうだった。
当然だ。光だって、不思議な魔法が使えるといっても自分と同年代の女の子。
私がこんなに怖いのに、光だけが平気なワケが無い。
恐怖に負けない勇気……言葉にすれば陳腐なのに、体現するのはとても難しいモノ。
光が持っているソレが、私はなんだか羨ましかった。
「さて、おしゃべりは済んだか? 別れの言葉は? 神への祈りは終わったか? ならばそろそろ……始めるとするかッ!」
男の咆哮にビクリと体が硬直する。私が必死に積み上げた勇気が吹き飛んで行く。
そして私は悟った。『逃げる』だなんて甘いことをこの男が許してくれるはずが無い。
だがその時、恐怖に魅入られ立ち竦んでいる私を尻目に光が走り出した。
「みぃちゃん! 危ないからどこかに隠れていて! 」
「光……! 」
『私も戦う』『援護する』 その言葉が喉下まで来ていたが、どうしても口には出せなかった。
私が持っているのはナイフ1本。銃も無い。戦闘能力が皆無なのだ。
でも、もし私が武器を持っていたとしても、果たして光と共に戦えるかどうか?
私は密かに、自分が武器を持っていないことに安堵していた。
自分の卑屈さに嫌気がした。
「はああああああっ! 炎の矢――ッ!!」
雄叫びを上げながら、光が再度男に攻撃を仕掛けた。
だが男は飛来する火球をものともせずに、ゆっくりと光の方へ向かってゆく。
「この程度では私の足を止めることすらできんぞ。もっと強力な攻撃手段は無いのか?」
そう言いながら男は、退屈そうに、そして少し苛ついているかのように光を睨みつけた。
おぞましい。身の毛もよだつとはこのことを言うのだろう。
光もどうやら私と同じ気持ちのようだ。この男の目を見ていると、体の奥から震えてくる。
「く、くそっ……ならこれでどうだっ! 紅い――稲妻ッ!!」
光が呪文を唱えると、今度は火の玉ではなく赤い色の光線が発射された。
紅い光が奔る。次の瞬間、爆音が周囲に響き渡った。
爆煙が上がる。
「やった! 光!!」
「駄目だ、まだ来ちゃ駄目だみぃちゃん!」
思わず駆け寄ろうとした私を光が制止した。
もうもうと立ち込める煙の中から、黒い影が姿を現したからだ。
「これが全力か……まあ、人外の力を行使できるのは素晴らしい。だが、ただ『それだけ』だ」
男は、尚もゆっくりと光に向かって歩いてゆく。
まるで光の攻撃が効いていない。いや、効いているのかもしれないが、アイツを倒すのには不十分だ。
駄目だ。私たちでは無理だ。早く逃げないと……
「うわああああああっ!! 」
――えっ?
光の叫び声だった。光が剣を構えて、男に向かって突進して行く。
「ほう、小細工は止めて正攻法か。いいだろう」
男が嗤う。
だ、駄目だよ光、あんな化け物に向かっていくなんて、※されちゃうよ……!
危なくなったら逃げるって言ったのに、なんで!?
「いやあッ!!」
光が剣を振る。女の子としては意外なほどの剣捌きだ。
鋭い剣閃が男を襲う。
でも、当たらない。
男はその全てを巧に躱している。
……いや、避けているというよりも、『攻撃が当たらない所に体を動かしている』と表現した方がいいのかもしれない。
男は、全く危なげもなく光の攻撃を凌いでいるのだ。
レベルが違う。違いすぎる。
「剣術も達者とは言え、凡庸なレベルだな。それ一ツだけで戦況を覆せるほどのものでもない」
男は、先ほどと同じように光の観察を続けているようだ。
「うるさいッ!!」
しかし光の突きはするりと避けられてしまう。
男はそんな光を眺めながらも、淡々と喋り続ける。
「だが、貴様にとって最も致命的なのは『戦術』だ。貴様は自らの技能を全く生かせてはいない。
重要なのは、敵と己の能力を見極め、最善の手を模索することだ。
だというのに貴様は己の特殊技能に頼りきり、それを如何に活用するか、という命題をお座成りにしている。
それではまるきり、宝の持ち腐れだ」
男の目が細る。
「まあ、私は唯ひたすらに向かってくる輩も大好きだがね」
そしてその目じりが歪む。
なんて禍々しい笑顔なんだ。
「さて、ではそろそろこちらからも往かせてもらおうか!」
「うわっ!?」
言うと同時に、男の手元から何かが発射された。
光の剣と当たったソレは、鈍い音を立てながら光の後方へ飛んでゆく。
鎖……? 分銅の突いた、時代劇で鎖鎌の先についてるような類のものだろうか。
それを男は投げつけたのだ。恐るべきスピードで。
恐らく、偶然そこにあった光の剣に鎖が当たり、さらに偶然にも奇跡が変わった鎖が光の体から逸れたのだろう。
この土壇場で、光は確かについていた。
だが、偶然も三度は続かない。
くいっ、と男は手首を捻る。すると、鎖はまるでそれ自身が生きているかのように大きくうねる。
そしてそのうねりは光の体を中心とした円運動へと変化し、鎖が光の体に巻きついてゆく。
「し、しまった……!」
「覚えておけ。これが『活用する』ということだ!」
そう言うと同時に、男は再び右手を捻る。
すると光の体が、まるで玩具の様に宙を舞った。
「あうっ!」
強烈な勢いでコンクリートの壁に叩きつけられた光の口から、悲痛な呻き声が漏れる。
光の体は、そのまま地面に崩れ落ちた。
「紅き魔女もこの程度か……正直がっかりだな」
男が残念そうに呟く。もう光に対する興味を失ってしまったのだろうか。
なら、早く光を介抱しないと。
そう思った私の体を、鋭い殺気が突き抜けた。
「では貴様はどうだ? 貴様は人か? 狗か? それとも唯の臆病者か?」
男の冷たい目が、私を射抜いていた。
「ひっ……」
掴まった。体ではなく、心が。
もう一歩も動けない。立っているのも不可能だ。
私は力なく、その場にへたり込んでしまった。
蛇に睨まれた蛙っていうのは、きっとこういうことを言うのだろう。
私は必死に、唯一の武器であるナイフを両手で握り締めていた。
「あ……あっ……」
言葉すら出てこない。ヒューヒューと息だけが気道を行き来する。
そんな私を見下しながら、男が叫ぶ・
「どうした? 貴様の友は及ばずながらも懸命に戦ったぞ?
どうした?? まだ仲間がひとりやられただけだ。
どうした!? 早く立て。武器を構えろ。私に一矢報いて見せろ!
HURRY! HURRY! HURRY!! 」
「……助けて、圭ちゃん……」
その言葉が無意識に私の口から零れ落ちた。
怖かった。唯々死ぬのが怖かった。助けて欲しかった。唯それだけだった。
でも、それが男にとっては気に食わなかったようだ。
「……なんだ、貴様は戦うことも出来ない只の糞か。つまらん。全く以ってつまらん」
心底落胆した、といった素振りで私を見る男の目は、侮蔑の感情で満ちていた。
でも、もし命が助かるのならそれでも良い。そのときは本当にそう思っていた。
「つまらん。貴様には生かしておく価値も感じない。ならば、此処で死なせてやるのも情けのうちか」
「ひィッ! 」
思わず悲鳴が漏れる。
男がこちらに向かって歩いてくる。
私は必死に逃げようとするのに、体が言うことを聞かない。
一歩、また一歩。死神が私に向かって歩いてくる。
嫌だ。死ぬのは嫌だ。嫌だ嫌だ嫌嫌嫌いやァ……。
「――それ以上みぃちゃんに近寄るなッ! 」
突如、光の声が木霊した。
「むっ!?」
それと同時に、男の右肩が裂ける。
周囲には光の姿はおろか、人影一つ見当たらない。風が吹いているだけだ。
何? 何が起こっているの?? 余りの恐怖に気が狂ってしまったのだろうか!?
状況が全く理解できない私とは違い、男は可笑しそうに微笑んでいる。
「ほう、超加速か……中々面白いことをする」
男がそう呟く間にも、新たな傷が男の体に刻み込まれる。
超加速……!?
そうか、光の持っていた『デンコウセッカ』だ。
それを飲めば凄まじいスピードで動けるようになるって光が言っていた。
でも、それにしたって桁違いのスピードだ。文字通り、目にも止まらない。
今の光を捕まえることなんか、きっとどんな化け物でも不可能だろう。
それはまるで風そのもの、旋風だ。
明確な意思を持ったカマイタチが、男とその周囲の物を切り刻んでゆく。
「やるじゃあないか、紅い魔女よ。あれで終わりかと思っていたが、意外と打たれ強いのだな」
……そうだ。光はさっき、思いっきり壁に叩きつけられたんだ。
なのに、光は今も戦い続けている。
その姿は見えないけれど、きっと光だってボロボロの筈なんだ。
それでも必死に、臆することなく男に立ち向かっている。
何故なの? どうして光はそんなに強くいられるの?
だが、次々と斬りつけられながらも男は怯むそぶりすら見せない。
「土壇場の最後の足掻きにしては上出来だぞ、紅い魔女。
だが、残念だ。貴様はもう少し私の助言を真面目に聞くべきだったな」
男は光が居るであろう空間に向かって叫びかける。
「超加速、大いに結構。だが、それも貴様には過ぎた長物のようだな。
高速で移動すると言うことは、即ち周りのものが高速で通り過ぎてゆくということ。
今の貴様の目は、ちゃんと私を捉えられているのか?
否。それにしては攻撃が乱雑すぎる。
貴様は自身のスピードを制御しきれてはいまい。
その証拠に……」
男は手にした鎖を、近くの電柱に投げつける。
鎖は電柱に巻きついて、男との間に縄跳びのようなループを作る。
――そこに光が飛び込んだ。
「うわあっ!?」
鎖に躓いた光の体が、アスファルトの地面の上を派手に滑ってゆく。
「ほうら、この通り。簡単に足元を掬われる」
そして光の姿を確認すると同時に、男が跳んだ。
着地点は光の背中。
「ぐはっ」
「そら、捕まえたぞ、紅い魔女。だから私は言ったのだ。『重要なのは戦術』だと。
己の力を正しく認識し、単一能としてで無く、自らの理知(ロジック)を持って力を行使することだと。
貴様の敗因は、己の力に対する『認識不足』というところか」
男は独り言のように喋り続けている。
その間も光は男から逃れようと?いているが、光の背中にがっちりと食い込んだ男の足がそれを許さない。
助けないと。早く光を助けないと。
そう心では思っているのに、私の体は全く動いてくれない。
怖い。恐ろしい。嫌だ。死にたくない。
光は私のことを守ってくれたのに。光はあんなに強いのに。
……どうして私は、こんなにも弱いの?
「――ッ!」
瞬間、這い蹲る光と目が合った。
疚しい、後ろめたい気持ちでいっぱいの私とは対照的に、
光の目は未だ強い輝きで満ちている。
光の唇が動いている。何かを伝えようとしているんだ。
肺を圧迫された光の口からは何の声も聞こえなかったけれど、
口の動きで光が何を言っているのかが、何故かその時ははっきりと分かった。
「 に げ て み ぃ ち ゃ ん 」
男の足が、光の頭にかかる。
「では、さようなら。紅き魔女よ」
ぐしゃっ。
「あ…………」
光の頭が、トマトのように潰れるのが見えた。
不思議と悲しくは無かった。いや、悲しみも恐怖も、何も感じられなくなっていた。
喉下から何かがこみ上げてきたけれど、涙も何もかもが枯れ果てていたのか、何も出てこなかった。
もう何も出来なかった。何もしたく無かったし、何も考えたくなかった。
「何だこの剣は? 水なのか剣なのか……? まあいい。こちらの重剣ならば使い道もあろう」
男が、光の遺体から一本の剣を取り出した。
風の剣……だっただろうか。私じゃ重すぎて持てなかった剣。それをあの男は軽々と持ち上げている。
あれで私は切り※されるのかな?
……うん、もうそれでもいいや。
富岳さんも、レナも、梨花ちゃんも、圭ちゃんも、光もみんな※んじゃったんだ。
みんなを守ろうと思ってたのに、私は何も出来なかった。
それどころか、逆に私が守られてばっかりだった。
もういいよね。私なんかが生き残ってても、また誰かの足手まといになるだけだよね。
それなら、ここで※んでしまった方がよっぽどいい。
男がこちらに歩いてくる。
そして私の目の前まで来ると、男はゆっくりと剣を振り上げた。
「紅き魔女も独りきりでは寂しかろう。健闘を讃えて、せめてもの手向けだ」
剣が振り下ろされる。
その時の私は何故か、とても穏やかな気持ちだった。
圭ちゃん、みんな、そっちに行ってもまた仲良くしてね……。
そんなことだけを考えていた。
――風が、吹いた。
「衝撃のォッ……ファーストブリットぉッ!!!!」
何処からともなく聞こえてきた叫び声と共に、男の体が吹き飛んだ。
そして私の目の前には、別の男の背中があった。
ピンチに駆けつけるヒーロー。
年甲斐も無くそんなフレーズが頭を過ぎる。
恐怖も悲しみも無力感も、その一瞬だけは吹き飛んでしまっていた。
「すご……」
思わずそう呟いてしまってから、しまったと思った。
でもそのときは、ただ純粋に凄いって、そう思ったんだ。
「1分11秒38……いかんいかん、世界を縮めすぎてしまったァ~~、
ところでご無事でしたか? イオンさん!」
「みっ……魅音だよ!」
そこには、背が高くて変な髪形で、趣味の悪いグラサンをしたあの男、
ストレイト・クーガーが立っていた。
「……私としたことが、少々遅れてしまったようですね。お怪我はございませんか? 」
「私は……私なんかより、光が、光が……」
クーガーが振り向いた先には、光が変わり果てた姿で横たわっている。
「光さん……逝ってしまわれたのですか。決着は永遠にお預けですね……光さん、ゴッドスピード」
「光だけじゃないよ、 梨花ちゃんもっ、私の、目の前でっ……」
視界が滲む。
今頃になって、私の目からは涙が溢れてきた。
「それに、レナも、圭ちゃんもっ、みんなっ、し、し、死んじゃったんだよっ」
涙が止まらなかった。
それまでに溜まっていた悲しみが、堰を切ったように流れ出す。
「なのにっ、私は誰も守れなくてっ、そ、それどころか守ってもらってばっかりでっ、
仇を取ろうとしてもっ、出来なくてっ、
そんな私なんて、み、皆の代わりにっ、し、し、死んだ方が良かったんだよっ」
悲しかった。仲間の死が、自分の弱さが、唯ひたすらに悲しかった。
クーガーは珍しく無口で、静かに私の話を聞いていた。
でも。
「……失礼します」
パァン
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
クーガーの手と、遅れて来た頬の痛みから、自分がぶたれたことに気が付いた。
「何、すんのよっ」
「いい加減になさい!」
いきり立つ私の両肩を、クーガーの両手ががっしりと掴む。
「どうしたんですか、 貴方らしくも無い。
昨晩初めてお会いした時、貴方は自分の身の安全よりも仲間の身の危険を案じていた。違いますか?
なのにその貴方が自らのことを『死んだ方がいい』だなんて……
しっかりなさい。貴方はもっと強い人だ!」
一瞬、クーガーが何を言っているのか理解できなかった。
強い? 私が?? この人は本当に何を言っているんだろう。
「私は、強くなんかないよ……っ。
梨花ちゃんが死んだときも、怖くなって逃げ出したし、
光が一人で戦ってる時も、一緒に戦えずに、ただ震えてるだけで……
怖いんだよ。殺されるのが怖かったんだよ。戦いたくなかったんだよっ!
でも、そのせいで光は死んじゃったんだ。私のせいで、光が……っ!」
「だから貴方も死ぬと? それは全くのナンセンスですよ」
「でもっ、私が助けられなかったからっ!」
「だが、貴方は戦っていた」
「えっ……?」
クーガーが私を見つめている。何時に無く真剣な表情で。
「恐怖を感じる、というのは大切なことです。
恐怖とは生存本能であり、最悪のケースを想定するリスクマネージメントそのもの。
恐怖を知らずに敵に向かうのは唯の馬鹿です。鈍感なだけです。それならノミにだって出来る。
いいですか? 大切なのは、『恐怖を知り、そしてそれに立ち向かうこと』なのです。
貴方は確かに恐怖した。何も出来なかったのかもしれない。逃げたこともあったかもしれない。
でも、貴方は確かに戦った。恐怖に向き合い、目を背けずに、必死に抗っていたんでしょう?
これを強いと、勇敢だと言えないわけが無い!」
「私が……強い?」
意外だった。まさか自分のことを『強い』と形容されるだなんて、思っても見なかった。
「ええ。貴方は強い方だ。
それにまだ貴方には仲間が居るじゃないですか。
光さんに守られた命で、貴方がまた別の仲間を守ればいいのです。
そうしなければ、折角の光さんの頑張りが無駄になってしまう。
貴方は前に進まなければならないのです。戦わなければいけないのです。
もっと、もっと強くならなければならないのです。
そして戦って戦って、勝つまで戦い続ける……
それが、光さんのためでもあり、仲間のためでもあり、そして貴方自身のためでもある。そうでしょう?」
…………。
強さ。
負けない強さ。負けても尚戦おうとする強さ。
怖くても、挫けても、それでも立ち上がって戦う強さ。
何度でも何度でも戦って、最後に勝つまで戦う強さ。
そうだ。クーガーの言うとおりだ。
私にはまだ沙都子がいる。それにこのまま私が死んだんじゃ、光はまるで無駄死にだ。
私は死んだりしちゃ駄目なんだ。光のためにも、生きて、戦わないといけないんだ。
怖いけど、それでも立ち向かわないといけないんだ。
それが光に対する、せめてもの恩返しなんだ……。
「……ありがとう、クーガー。お陰で……目が覚めたよ」
「お役に立てて光栄です。
ああ、それともう一つ。貴方には、俺という心強い仲間がいるじゃあありませんか。
貴方の前に立ち塞がる障壁など、この俺が粉砕して御覧に入れましょう!」
クーガーはそう言ったとたんに立ち上がり、遠くを見据えた。
その先には、あの男が静かにこちらを眺めていた。
「イオンさん、危ないですから少し離れていてください」
「魅音だよっ! ……で、でも一人で大丈夫なの? あいつ、凄く強いんだよ……!?」
不安そうな私に向かって笑いかけるクーガーの顔は、以前に見たとおりの巫座戯た笑顔だった。
「心配はご無用! なんといっても俺は、世界最速の男ですから!」
私が物陰に隠れると、クーガーが男の方へ歩き出した。ゆっくりと。ゆっくりと。
男との距離がどんどんと狭くなってゆく。
3m……2m……1m……って、え? まだ止まらない!?
そしてクーガーは、男の眼前……高い鼻が触る程の近さで、立ち止まった。
静かな睨み合い。
本能的な恐怖を喚起させるようなあの男の眼光にも、クーガーは全く怯まない。
「なんだ、もうお別れの挨拶は済んだのか?」
「ほう、最低限のマナーは弁えているようだな。驚きだ。だが、その程度では光さんと魅音さんの痛みには釣り合わないな」
「ならばどうする? 貴様がその差を埋めるとでも?」
「ああ、そうだ。貴様の罪には、それ相応の罰が必要だ。断罪してやろう、この俺が!」
「貴様にそれが出来るのか!?」
「愚問だな!」
その刹那、限界まで張り詰めていたものが、弾けた。
男が剣を振るった。
信じられないスピードだ! 本当にあの剣は、あの重い風の剣なの!?
盛大な音を立てて、小規模なクレーターが地面に出現する。
だがクーガーはそこにはいない。
上だ!
鈍い音を立てて、強烈な回し蹴りが男の顔面を直撃する!
「フフ、やるじゃあないか。素晴らしいスピードだ。そしてそれを完全に我が物にしている。
よくぞ人の身でここまで練り上げたものだ」
「お褒めに預かり光栄だが、まだまだこんなものじゃあないぞ。この俺の速さは! この俺の怒りは!!」
クーガーが足を振りぬくと、男の体が一直線にビルの壁に突き刺さる。
だが、次の瞬間には男は立ち上がり、再度クーガーに突撃してゆく。
化け物だ。クーガーも、男も。
「中々のタフネスだ。パワーも申し分無い。だがこれでは俺を倒すには不十分! NOT ENOUGH!!
まだまだ足りない! 足りないぞ!」
クーガーが吼える。
「貴様に足らないもの、それは――」 クーガーが跳んだ。
「情熱!」――――男に強烈なドロップキックが炸裂する。
「正義!」――――だが男は倒れない。
「友情!」――――男が高速で剣を薙ぐ。
「理念!」――――だが、やはりクーガーには掠りもしない。
「人情!」――――しかし男はもう一方の手で鎖を放つ。男を中心に、放射状に鎖が拡散する。
「優しさ!」――――全方位攻撃! 死角はあるの!?
「勤勉さ!」――――クーガーは何処に!? 右か? 左か? 上か? 背後か?
「そして何より――――速さが足りない!!!」
――――正面だ!! 円形に広がる鎖の間合いの、更に内側にクーガーの姿が現れる!
「壊滅のぉッ! セカンドブリットぉッッ!!」
クーガーの強烈な一撃が男に直撃する。
男の体が、まるでミサイルのようにビルの壁に飛び込んでいった。
2……いや、3軒向こうのビルにまで貫通しただろうか。
流石にこれで決まり……?
いや、クーガーはまだ戦闘態勢を解除していない。
男は、まだ健在だ……!
パン、パン、パン……
瓦礫の奥から、乾いた拍手が聞こえてくる。
「ブラヴォー。最高だ。最高だぞヒューマン。こんなに楽しいのも久しぶりだ」
もうもうとした粉塵の中から、男が歩き出てくる。
その姿はボロボロなのに、その威圧感は全く衰えてはいない。
この男は、一体何度立ち上がるのか。
まさか……本当に不死身なの?
「強がりのつもりかぁ? さっきから一方的に攻撃させてもらって、少し申し訳ないぐらいだぞ!」
「ならば、一発殴らせてくれるのか? それでずいぶんとお釣りが貰えそうだがな」
「御免だね。生憎とそういった趣味は持ち合わせていない」
「では、このまま続けるとするか。私が力尽きるのが先か、貴様に一撃くれてやるのが先か……
クク、長くなりそうだな」
「消耗戦と言う訳か。まあ、何度やろうが貴様の攻撃が俺に触れることは無いだろうが……」
クーガーの目が妖しく光る。
「……だが、それだけは絶対にノゥ!!」
クーガーの周囲の空気が変わった。
「『ゆっくりじっくり着実に』等、この俺の美学に反すること甚だしい!!
漢たるもの、速攻即決一撃必殺、スピードの無い答えなど答えに非ず!
そう、速度こそ力! 速度こそ美!! そして速度こそ――――『文化』だッ!!」
風が舞う。
瓦礫が舞う。
そしてそれが次々と光の欠片へと分解されてゆく。
その中心に立つクーガーの体が光る。
それまで足だけに纏われていたプロテクターが、膝に、腰に、胸にと広がってゆく。
そして遂には、クーガーの全身がプロテクターに包まれた。
紫色の、流線型のフォルム。
きっと、きっとこれがクーガーの正真正銘のフルパワーなんだ。
「ほう、それが貴様の全力か。面白い。いいだろう、見せてみろ、貴様の力を!」
「ああ、見せてやろうとも! ヒトの、この俺の……『文化』をッッ!!」
クーガーが走り出した。
今までに増して、凄まじいスピードだ。
まるで……光!?
対する男は、手にした剣を振りかぶる。
男は動かない。
迫り来る一瞬に、自分の全てを賭けているんだ。
私は必死に目を開いて、2人の姿を凝視する。
瞬きする間に終わってしまう、その瞬間を見届けるために。
「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ」」
二つの点が、交叉する。
「瞬殺のッ!! ファイナルブリットォォォオオッッッ!!!!!」
☆
「しかし、イオンさんがご無事で何よりでした」
「魅音だよ! ……ま、あたしも怪我してるし、丸っきり無事ってワケでも無いんだけどね。
……でも、生きてるってだけでも儲けモンかな?」
「ハハ、イオンさんが元気になって下さって俺も嬉しいですよ」
「魅音だって言ってんだろ!」
そんな殺し合いの場には不似合いな会話を、私たち2人は交わしていた。
本当は、現状ではそんな暇なんて無いのだろうけれど。
だけど次の行動を起こすためには、私にはもう少しだけ時間が必要だった。心の整理をつけるための時間が。
それぐらいはクーガーも察してくれているのだろうか?
「しかし、また2人でタンデム出来る機会が来ようとは! さて、次は何処へ行きましょうか!?」
前言撤回。無いな。
「……ところでさ、クーガー。あいつ……アレでやっつけたんだよね?」
「ええ。アレで生きているのは正真正銘の化け物だけでしょう」
私は確かに見ていた。
クーガーの必殺の一撃をまともに受けたあの男の体が、まるで爆発するみたいに四散するのを。
あれだけの衝撃を受けて無事な筈は無いけれど、心の片隅に僅かな不安がまだこびり付いていた。
あの男の威圧感に毒され過ぎたのだろうか。
「イオンさん?」
「だから魅音だって何べん言ったら!」
「ああ、スイマセ~ン。ところで、これからの予定はどうなされるおつもりなんですか?」
「え? この後……?」
そう言われた私は、今にも崩れそうなホテルと、私の傍らで横たわる光を見比べる。
「私は、光を埋めてあげたい。このまま放っておくのはあんまりだもん。
でも、ホテルの中にはまだ光の仲間も居るだろうし……その人たちも放っては置けないよ」
「ふむ……私もホテルの中にいる仲間のことが気がかりです。ですが、怪我人が居るとは言えそれなりの大所帯。
彼らだけでも対処できるとは思いますが……。
それに、別の仲間を余所で待たせているのですが、彼女も迎えに行ってあげなければならない。
ホテルを攻撃した者となのかちゃんの行方も気になりますし……一度この場から非難するのも手ではありますね」
……ん? 何だこの違和感。クーガーが何時に無く弱気じゃないか?
『全てを一気にスピーディにやり遂げましょう!』とか言って走りだすかと思ってたけれど……。
やっぱりクーガーも私に気を使ってくれてるのだろうか? イヤイヤ、やっぱりそれは無いな。
「なんにせよ、早急にこれからの行動指針を決めないといけません。
なあに心配は要りません! 俺が貴方を安ッ全! にエスコートして差し上げますからね!」
「むしろ、そっちの方が不安だよ……」
「……素晴らしい」
「え? クーガー何か言った?」
「ですから俺とイオンさんの将来についてをですねっ!」
「その前にちゃんと名前を覚えろッ!」
「痛いっ! バイオレーンス!!」
【D-5/ホテル正面玄関付近/1日目/夜】
【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:疲労(大)、右肩に銃創(弾は貫通、応急処置済、動作に支障有り)
[装備]:スペツナズナイフ×1
[道具]:支給品一式、スルメ二枚、表記なしの缶詰二缶、レジャー用の衣服数着(一部破れている)
[思考・状況]
1:迷い(※) 。
2:沙都子と合流し、護る。
3:圭一、レナ、梨花の仇を取る(翠星石、水銀燈、カレイドルビーが対象)。
4:2、3に協力してくれる人がいたら仲間にする。
基本:バトルロワイアルの打倒。
[備考]: ※光の埋葬・ホテル内への進入・ホテルからの退避のどれをするか迷っています。
【ストレイト・クーガー@スクライド】
[状態]:消耗大(これ以上の戦闘は命に影響。だがその素振りは一切見せない)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
1:魅音に同行 。
2:セラスを迎えに戻る。
3:なのはを友の下へ連れてゆく。
【アーカード@HELLSING】
[状態]:四肢が千切れる等損傷極大( 心臓は辛うじて無事)
[装備]:鳳凰寺風の剣@魔法騎士レイアース、鎖鎌(ある程度、強化済み)、対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(残弾:0/0発)
[道具]:無し
[思考]:
1:肉体の再生を待つ。
2:ホテルを崩壊させた方の魔女にも興味。
3:カズマ、劉鳳、クーガーとはぜひ再戦したい。
&color(red){【獅堂光@魔法騎士レイアース 死亡】}
※ 光の所持品は光の遺体の傍に放置されています。
詳細:支給品一式、龍咲海の剣@魔法騎士レイアース、エスクード(炎)@魔法騎士レイアース エスクード(風)@魔法騎士レイアース、オモチャのオペラグラス
*時系列順で読む
Back:[[正義×正義]] Next:[[]]
*投下順で読む
Back:[[正義×正義]] Next:[[]]
|207:[[「ゼロのルイズ」(後編)]]|園崎魅音||
|207:[[「ゼロのルイズ」(後編)]]|ストレイト・クーガー||
|207:[[「ゼロのルイズ」(後編)]]|アーカード||
|207:[[「ゼロのルイズ」(後編)]]|&color(red){獅堂光}||
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: