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私は笑顔でいます、元気です - (2007/07/28 (土) 04:54:43) の1つ前との変更点
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*私は笑顔でいます、元気です ◆q/26xrKjWg
彼女は目を覚ました。
海鳴市のとあるマンション。フェイトは自室のベッドで、いつものように伸びをしてから目をこする。
ベッドを降りて部屋を出ると、やはりいつものように、リンディがせわしなくキッチンとリビングを行き来していた。
「あら、おはようフェイト、もうすぐ朝ご飯の支度も終わるから、早く顔でも――」
「母さん」
駆け寄ってきた子犬形態のアルフの頭を撫でながら、フェイトはリンディに告げる。
「今日、局の任務があるんです。だから学校の方は昼には早退して、直接本局の方に向かおうと思っています」
「……随分と急な話ね。そもそも、確か今日は非番だったわよね?」
「はい。新たに見付かった次元世界で、ロストロギアの暴走が探知されたらしくて。既に探索隊の手には負えない状況だったみたいです。それがあのジュエルシードによるものだと聞いたら、居ても立ってもいられなくて……」
こちらの話をそこまで聞いて、リンディは溜息を漏らした。
「実はね、あなたがその任務に志願したことは、クロノから聞いてるの。その本当の理由も含めてね」
そもそも任務の情報を回してくれたのがクロノなのだが、その経緯をリンディにも律儀に伝えてしまうのはいかにも彼らしい。
「余計な心配をかけさせまいとするあなたの気持ちも嬉しいけれど、そんなことは気にしないで、正直に話してほしいの。私達、家族でしょう?」
「ごめんな――」
「謝る必要はないわ。私達、家族でしょう」
謝罪の言葉を言い切る前に、リンディの人差し指がフェイトの唇に押し当てられた。
そのまま彼女は少し屈み込んで、両の手をこちらの肩に置いた。そして優しく語りかけてくる。
「間違いなく、あなたにとって今までで一番辛い任務になるはず。一人で抱え込んで無理をすることはないのよ」
「……確かに母さんの言う通り、とても辛いことかもしれない。でも、それ以上に嬉しいんです。私にその機会が与えられたことが。こんなに早く機会を得られるとは思っていなかったから。それに」
半端な誤魔化しは通用しない。フェイトは真摯に母を見据えた。
「母さんやクロノ、みんながいてくれるからこそ、私にはそれができるんです」
リンディが再び溜息を漏らす。
しかし、最初のそれとは微妙にニュアンスが違っていた。
「……そう、分かったわ。それならもう、私にはあなたを応援することしかできない。頑張ってきなさい、フェイト」
「ありがとうございます、母さん――あれ?」
まず気付いたのは、フェイトだった。焦げ臭い匂いがリビングに漂っている。しかも次第に強まっている。リンディもすぐに気付いたようだ。その発生源が何であるか、ということも含めて。
慌ててキッチンに戻るリンディを、呆然と見送る。
「ああ、お魚が真っ黒焦げになってるわ!?」
珍しく粗相をした母のそんな叫び声を聞いて、フェイトはアルフと顔を見合わせる。そしてくすりと笑みをこぼした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
少なくともフェイトの知る限り、時間軸の制御はいかなる手段においても実現できていない。時間を移動するなどということは夢物語でしかないはずだった。
そこに突如として出現した時間犯罪者。
そして、時間犯罪者を取り締まるタイムパトロール。
次元世界を知覚できていなかった地球文明全体が、ある日突然次元犯罪者を追っている時空管理局の存在を知ってしまったようなものだ。
時間軸の違いだけではない。次元世界が個々に存在するだけでなく、同一の世界が並列に存在していることまで証明された。それがいくつあるのかも分からない。
もしかしたら可能性の数だけ枝分かれになった並列世界が存在していることだってあり得る。その全てを把握することはいかなる者にも不可能だろうが。
世界の根幹を揺るがすという意味では、プレシア・テスタロッサ事件よりも、闇の書事件よりも、遙かに大事である。本局が大騒動に陥っている様子は容易に想像できる。アースラの主要な面々も、その対応と調整に追われているようだ。
自分達は被疑者ではなく、拘禁されているわけではない。怪我の処置もあらかた終わり――まだ安静の要あり、ではあるが――衣食住の不自由もない。ある程度はアースラ艦内の移動も許可されている。
だが、自分達の存在が世界に与える影響は決して小さくはない。最終的な扱いには慎重に慎重を期しているはずだ。
例えば、生き残った者達が各々の世界に帰るとする。
言葉にすればたったそれだけのことが、どれだけの影響を世界に及ぼすか想像もできない。何も起きないかもしれない。今ある世界が改変されるかもしれない。全ての世界が消滅するかもしれない。新たな世界が誕生するかもしれない――
「……フェイト、トグサだ。少しいいか?」
フェイトの思索を遮ったのは、そんな呼び掛けだった。
「あ、はい。どうぞ」
自分達の処遇が決まるまでの、僅かの――しかし無限にも思える時間を、ただ思索に費やしていただけに過ぎない。故にトグサの申し出を断る理由も特になく、彼を部屋に招き入れた。
「どうしたんですか? トグサ。確かハルヒに付き添っていたのでは?」
「ああ。まだ意識は戻ってないが、彼女には長門が付いている。片時も離れようとしないよ。長門に任せておけば大丈夫――というより、むしろ長門に任せておくべきだろう」
机を挟み、向かい合ってソファーに腰を下ろす。
「ちょっとした機材を借りられてね。君はタチコマと縁深かった。少しでも身動きの取れる今のうちに、と思ったのさ」
そう言って、トグサは小さな機械を机に置いた。首筋から一本のコードを引き伸ばし、それに接続する。
程なくして、機械の上に立体映像が浮かび上がった。
『……再起動完了~♪ アレレ、ココはダレ? ボクはドコ?』
青い多脚戦車の映像。
台詞に合わせてコミカルに動くところまで、そっくりそのままの姿である。
「タチコマ!」
『フェイトちゃんじゃないか。びっくりしたなあもう。いつの間にそんなに大きくなったんだい?』
「フェイトが大きくなったんじゃない。タチコマが小さくなったんだ。ついでに言えば実体ですらない」
『あれ、誰かと思ったらトグサ君だ。どうしてこんなところに? こんなところ、こんなところ――こんなところ? そういえば、僕は大破してなかったっけ? フェイトちゃんを庇って』
チップから複製されたタチコマ達が、ゲイナーの愛機であるキングゲイナーを身を挺して庇ったことは聞いている。その働きが無ければ、自分達は生き残れなかった。
この機械に組み込まれているのは複製の元となったオリジナルのチップだから、複製された後の記憶――いや、記録と言うべきか――は有していないということなのだろう。
「そうだよ。あんな無茶して――」
『でも、言ったろ? 僕は半不死だって。肝心な部分さえ残っていれば、こんな風に何の問題もないってことなんだ。だから気にする必要はないよ』
「でもそれは、肝心な部分が残らなかったら駄目なんだ、ってことなんだよ」
涙ぐみながらも諭すようにフェイトは言うが、タチコマは相変わらずの軽い調子で話題を変えてくる。
『そうそう、ゲイナー君達を駅に置いてきちゃったんだけど、二人とも大丈夫だったかなぁ?』
「ええと、ゲイナーは無事。レヴィは――」
一瞬、口を噤む。
「――レヴィは、亡くなったの。脱出を前にした最後の戦いで」
『なるほど、僕が再起動される前に君達は脱出を果たしたんだ。トグサ君、少佐やバトーさんはどうなったんだい? やっぱり死んでしまったのかな』
「ああ、彼らも死んだよ。遺体はもちろん、電脳を回収することすらも叶わなかった」
『そっか、それは残念なことだね』
「脱出できたのは、私達を含めてほんの一握りだけ。本当に多くの命が失われた……」
ゲイナーやタチコマが無事であったことは、喜ばしいことだ。しかし、彼らのように自分に道を示してくれた人達の多くは、あの地で逝ってしまった。
親友を想う気持ちを呼び覚ましてくれたカルラ。
その鉄拳で現実を叩き込んでくれたレヴィ。
エクソダス計画により皆を脱出に導いてくれたゲイン。
自らの存在を犠牲にして命を繋いでくれたレイジングハート。
そして、なのは。
彼女は自分にとって、光のありかへと至る道そのものだった。
(でも、それだけじゃないんだ……)
フェイトの道を閉ざした者すらも、もうこの世にはいない。
「……私より少し年上の、桃色の髪の子も。なのはの仇の」
『ああ、記録に残ってる。僕を大破させたあの女の子のことか。フェイトちゃん、君が戦闘を収束させたんだね』
「そう。私が、彼女を、殺した――」
声が震える。
いや、震えているのは声だけではなかった。
『正当防衛だろう? そんなに多くの記録は残ってないけれど、説得に応じる状態とは判断できなかったし、制圧には殺害を厭わない戦闘が必要になる戦力の持ち主だったよ』
「そんなことは、ない。決着は、付いたの。無力化して、拘束することだって、できた。できたのに、私は――」
魔法のあまりに強大な力は、容易に人の命を奪える代物だ。故に、非殺傷設定という枷が存在する。
フェイトは自分の意志でそれを解除し、人を殺した。
仕方なく、ではない。仕方なければ赦されることでもなかろうが、その”仕方なく”ですらない。殺意の赴くまま、思い付く限りの残忍な方法で殺した。
急に恐ろしくなった。
そんなことをしてしまったのに、今の今まで平常を保っていられた自分が。
互いに殺し合わなければならない狂気の渦中にあったからか。強い憎しみ――あるいは悲しみの感情に囚われていたからか。平常であることが必要とされていたからか。もっと単純に、それを強く意識する余裕がなかっただけかもしれない。
理由はどうとでもこじつけられる。
だが、大切な人達を奪われて嘆き悲しんでいたはずの自分が、どこかの誰かにとって大切な人を奪った。その事実は覆らない。庇われたのでも、守れなかったのでもない。欠片の容赦もなく奪ったのだ。
彼女の死に際の姿を思い浮かべる――が、どうしても一つだけ思い出せない。
死に逝く者がその末期に抱いていたのは、痛み? 苦しみ? 恨み? 憎しみ? 悲しみ? それとも――
「……どういった事情であれ、君が激情に任せて殺人を犯したということには変わりない」
沈黙を破ったのは、トグサだった。
「それについて君が罪の意識に苛まれるのは、至極当然のことだ。ようやっと正常な感覚を取り戻せつつあると言ってもいい」
『さすがトグサ君。元刑事が語ると含蓄があって説得力が違うねー』
「そう茶化すなよ、タチコマ」
タチコマの茶々に律儀に反応してやりつつも、トグサはあくまで穏やかな口調で、慎重に言葉を紡いでいる。
「時間犯罪者のギガゾンビはタイムパトロールの管轄だ。しかし、彼に強要された俺達の行動について、誰がどのような法を以て裁くのか――議論を尽くしたところで結論は出ないだろう。
法による裁きも、それに伴う明確な贖罪もない。ならば、何を以て償いとするか? 誰にも決められることじゃない以上、君自身が決めるしかない」
「私が、決める?」
「そうだ。君のような小さな女の子が背負っていくにはあまりに重い業だが、こればかりは俺やタチコマ、他の誰かがどうこうできる問題じゃないんだ」
(私が、決める……)
トグサの言葉に聞き入っているうちに、震えが収まりつつある。
自分が何をしたいのか――それはまだ見出せないとしても、自分のすべきことがきっとあるはずだ。
「……タチコマは、トグサさんと一緒に帰るんだよね? 帰ったら、どうするの?」
『どうだろう、僕に決定権はないなぁ』
やはり他人事のように、タチコマは気楽に述べる。
『まずはラボの解析に回されるだろうけど、研究員の人達から見ればとんでもない内容の記録だからね。故障扱いで廃棄されてしまう可能性が高いかも』
「そんなのって――」
『でも』
――それこそ、本当の意味での死と同義ではないか。
そう言おうとしたフェイトを遮って、タチコマは続けた。
『もし叶うのなら、他のタチコマに僕の記録を共有させたい。僕の記録を情報として残しておきたい。君達の尺度で言うなら、僕という存在をどこかに留めておきたいんだろうと思う。今ここにいる僕は、ここにしかいないから』
タチコマは、決して死を恐れない。そういう風にできている。
だからタチコマは生を望まなかった。代わりに望んだのは、受け継がれる死だった。死は生に受け継がれて始めて意味を為す。受け継がれぬ死ほど報われないものはない。
(なら、私がすべきことは)
フェイトは拳を握り締める。
震えは完全に止まっていた。
「……私は、伝えるよ。生き抜いた人達のことを。死んでいった人達のことを。私を庇って失われた命。私が守りきれずに失われた命。そして、私が奪った命」
リンディにクロノ、エイミィ。アルフ。ユーノ。高町家の面々。すずかとアリサ。シャマルにザフィーラ――はやてが死んで、彼女達はもう消滅しているかもしれないが――
伝えるべき相手は、それだけに留まらない。
カルラの仲間は誰も生き残れなかったけれど、もし時空管理局の仕事を続けることが許されるならば、いつか彼女達の世界にも辿り着けるはずだ。
それに――
「私が殺したあの子にだって、どこかで帰りを待っている人がいるはず。どれだけかかるか分からないけど、探し出してみせる。許してはもらえなくても、それでも私が自分の言葉で伝える」
『フェイトちゃんなら、きっと成し遂げられるよ』
「ありがとう、タチコマ」
タチコマの励ましに笑顔で応えた。
笑顔で応えられたことに、心の底から安堵しながら。
コードを自分の首元へと戻すトグサに対して、フェイトは頭を下げる。
「トグサ、このような場も設けてくれて、ありがとうございました……タチコマの望み、どうか叶えてあげてください。お願いします」
「ああ、尽力するよ。約束する。だが、形は違えどタチコマの望みは既に叶っているのかもしれないな」
「どういうことです?」
顔を上げる。トグサは機械を手に取って、肩を竦めて見せた。
「君はタチコマのことを忘れたりしないだろう?」
そうだ。忘れるはずがない。
フェイトは、トグサの問い掛けに迷うことなく頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
桜咲く並木道を、制服に身を包んで歩く。
ふと思い立って、揺れる三つ編み――その先にはリボンがあしらわれている――を見やる。ハルヒに結ってもらったのを忘れられず、毎朝自分で編み込むのが習慣となっていた。今ではすっかり手慣れたものだ。
私立聖祥大附属中学校三年生。
それが海鳴市におけるフェイトの肩書きだった。
中学を卒業するまではこの街で暮らしたい――それは他ならぬフェイト自身が希望したことだ。
なのはが生まれ、十年近くもの歳月を過ごした街。
もっと長い歳月を過ごすはずだった街。
自分も共に歩むはずだった。
でも、もう、なのははいない。なのはのいない一日。一週間。一ヶ月。春。夏。秋。冬――そして一年。多くの人達に支えられながらそれを何度も繰り返し、こうして今の自分がある。
最初は募る一方だった喪失感も、時を経ることで慣れ、薄れていった。過去に囚われ、悲しみに暮れたままでは、人は生きていけない。きっとそのために、人は忘れることができるのだろう。
だが、失われないものもある。
初めてなのはの名前を呼んだ瞬間。握られた手に伝わる柔らかな温もり。優しく流れる海風――
あの光景は、決して色褪せることはない。
「おはよう、フェイトちゃん」
不意に肩を叩かれる。
振り返ると、そこには少女の姿があった。自分と同じ制服を身に纏っている。彼女もまた、自分を支えてくれた大親友の一人だ。
「おはよう――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
世界には、自己を矯正する力がある。何らかの方法で自己を維持しようとする。故に、全世界崩壊のような致命的なリスクを負う可能性は極めて低い。
それが最終的に導き出された推論だった。
その推論に基づき、生還者達の処遇が決まった。
皆が各々の世界に帰って、起きたこと。
共存できない要素を抱えた並列世界間の干渉が、各々の世界に影響を与えた。本来起き得なかった事象が持ち込まれ、世界は歪められ――そして元に近い形に戻っていく。ただし、どのように戻るかはそれぞれ差異があるようだ。
世界が複数の層に分かれて更に並列化されるか、あるいは相反する事象が競合して辻褄合わせが行われるか。
それがどうであれ、不変であることと、決して不変ではないことがある。
フェイトの視点から見れば、二十世紀末に首都圏に核を撃ち込まれた日本は絶対に存在しない。しかし、だからといってタチコマの視点から見て時空管理局が存在しないとは限らないのだ。無論、存在するとも限らないが――
「済まない、フェイト。辛い役目を負わせてしまって」
アースラの一室で、少年は何度目になるか分からない謝罪の言葉を口にした。
「大丈夫だよ、クロノ。私が自分でやろうと決めたことだから」
リンディやクロノは方々への説明を自分達が代わりに行おうと考えてくれていたらしいが、その心遣いには感謝しつつもフェイトはそれを固辞した。ようやっと外部との面会を許され、まずは身近な人達への事情説明を始めたところである。
自分の姿を確認するなり抱きついてきて泣きじゃくるアルフをあやすのには、随分と時間がかかった。
ユーノは押し黙って自分の話を聞いていた。決してこちらを責めるようなことは言わなかった。
「あとは、海鳴市だね。なのはの家族、それとすずかやアリサにも」
彼らもユーノのように、こちらを責めることなく話を聞いてくれるだろう。大きな悲しみを胸のうちに秘めながら。そういう人達だということはよく知っている。
厳しく詰られた方がどれだけ気が楽になるだろうか。だが、どんなに辛かろうと、その優しさに真っ直ぐ向き合おう――それだけの決意がフェイトにはあった。
「その前にもう一人――いや、もう一組いるんだ。呼んでくるよ」
部屋を出ていくクロノを見送りながら、フェイトは考える。
残る心当たりは一つしかない。シャマルとザフィーラだ。はやてが死んでも即座には消滅しなかったのだろう。だとしても、魔力の供給が絶たれている以上、どれだけ保つかは分からないが。
いつの間にか、結構な時間が経ったようだ。呼び鈴が鳴る。
「こんにちは、フェイトちゃん」
「シャマル、ザフィーラ、それに――」
聞き覚えのある声。そして見覚えのある姿。
シャマル。
獣形態のザフィーラ
そこまでは予想の通りだった。
しかし、シャマルが押している車椅子に身体を預けている人物については、予想だにしていなかった。
「――はやて!?」
殺し合いの場で命を落としたはやては、フェイトにとって今現在のはやてではない。もう少し未来か、あるいは過去か――どちらかのはやてだったのだ。
闇の書とリインフォースの存在を鑑みれば、恐らくはそう遠くない過去。
この世界は現在をねじ曲げるのではなく、矛盾する事象を並列化することを選んだようだ。はやてが死んだ並列世界もまた存在しているのだろうが、今ここにいるはやては現に生きている。
ただし、シグナムやヴィータとの繋がりを切り離された上で。
「何らかの術式で作られた極めて強力な結界。脱出するのに随分手間取ってしまったんよ。出られた時には、閉じ込められる前に一緒にいたはずのシグナムとヴィータがおらんかった。リンカーコアの反応も掴めなくて、招喚もできなくて」
「そんなことになってたなんて……」
はやてが生きていた――自分にとっての現在の、ではあるが――その衝撃的な事実を前にして、フェイトは戸惑いと喜びとがない交ぜになった不思議な感情を抱いていた。
「大まかな事情だけは、リンディさんからもう聞いてる。少し昔の私が死んだって言われても、いまいちピンとこなかったんやけど」
「そのはやてに、私は助けられたんだよ。あの時のはやての呼び声がなかったら、私は生きることを諦めてた」
「呼び声、か。死してなお大切な友達を守ろうとしたんなら、我ながら見上げた根性や。これも自分で自分を褒めてるってことになるんかな?」
「どうだろう、分からないけど――」
フェイトは答えに困って苦笑する。はやてがおどけた調子で少しでも場の雰囲気を和ませようとしているのは明白だった。
もっとも、それもそう長くは続かないだろうが。お互いに分かっていることだ。
フェイトには、はやてに話さねばならないことがある。
はやてには、フェイトに聞かねばならないことがある。
「そうやね。もう、覚悟はできてる。フェイトちゃんが知ってること、全部聞かせて」
「……うん、分かった」
フェイトは全てをありのまま伝える。
聞き伝えられた範囲でではあるが、彼女の騎士達のことも。
ヴィータは彼の地で見知った仲間達を守るため、殺人者と戦って――力を使い果たして消滅した。シグナムは彼の地で失われたはやての命を取り戻すため、殺人者として戦って――凄絶な死闘の末に果てた。
俯くシャマルやザフィーラ。彼女達にとって、長い時を共に駆け抜けてきた無二の仲間――それを二人も失ったのだ。その悲しみの深さは想像に難くない。
「そっか……包み隠さず話してくれて、ほんまありがとう。二人とも、二人らしい道を選んだんやね」
それとは対照的に、はやては天を仰いでそう呟いた。
「はやては、大丈夫なの?」
二人のリンカーコアは完全に失われた。いくらはやてでも、完全に無に帰したものを元に戻すことはできまい。よしんば記憶を頼りに姿形を真似て守護騎士プログラムを一から再構築したところで、それはもはやシグナムやヴィータではない。
闇の書により無理矢理生み出された烈火の将や紅の鉄騎が、シグナムやヴィータではなかったように。
かつての自分が、アリシアそのものにはなれなかったように。
それが死というものだ。
どんな覚悟をしていたとしても、果たしてこれほど静かにその事実を受け入れられるものなのだろうか。
「大丈夫やない。悲しい。めっちゃ悲しい。でも、それ以上に寂しいんよ」
はやては首を左右に振った。
「ああ、ヴィータを褒めてあげることも、シグナムを叱ってあげることも、もうできないんやなぁ、って……なのはちゃんだってそう。もう他愛のないお話をして笑いあったりすることもできない。それは凄く寂しいことやと思う」
そして、傍らの騎士達に声を掛ける。
「ごめんな。しばらく席外してくれるか?」
「……分かりました。行きましょう、ザフィーラ」
そう言い残して、シャマルはザフィーラを連れ立って部屋を出て行った。
残されたのは二人の少女。
はやてが口を開く。
「……前に言ってくれたよね。リインフォースの、あの子の想いも力も、私の中に溶けたんやって。それと同じ。シグナムも、ヴィータも、私の中におる。絶対に。そして、なのはちゃんは、フェイトちゃんの中におるんよ――」
そこから先のことは、フェイト自身もよく覚えていない。
ただ、この時になってようやっと、悲しみを悲しみとして受け入れられたのだと、そう理解はしていた。
帰路に就くはやてを見送る。そんなフェイトの胸に、一つの疑問が浮かんだ。
「そうだ、リインフォースには会えなかったの?」
リインフォース――夜天の書として自らの消滅を望み、空に還る前の。凛のルールブレイカーによって、彼女は永きに渡る闇の書の呪縛から解き放たれていた。
「会いたいのはやまやまやったけど、そのリインフォースにとっての八神はやてはもう死んでるから……逆もまた然りや。難しい話やけど、これで良かったんだと思う」
過去のはやてが死に、現在のはやてが生きているように。
過去のリインフォースは呪縛から解き放たれ、現在のリインフォースは――
「いつまでも後ろを向いてたらあかん。そんなんやと”私が見送った”リインフォースに笑われてしまう」
振り返らずに、はやては力強く答える。
しばしの間、静寂が場を支配する。十分に時間を置いてから、会話が終わったと判断したシャマルが一礼し、はやての車椅子を押していく。
「……ありがとう、はやて」
「こちらこそありがとう、フェイトちゃん」
最後に一度だけ、はやては肩越しにこちらを見やった。
目元を腫れさせて、寂しそうに笑っている、彼女のその表情。
きっと自分も同じような顔をしているのだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――はやて、頼みたいことがあるの」
「うん? 何?」
「今日急な仕事があって、翠屋のお手伝いに行けなくて。もし放課後用事がなければ、代わりにお願いできるかな」
「分かった。士郎さんと桃子さんには私から伝えとく。にしてもフェイトちゃんも大変やなー、今日非番やったのに。局も人使い荒いわー」
「ははは……まあ、大丈夫だよ」
「そかー、あんまり無理はせんといてな。あ、すずかちゃんにアリサちゃんや!」
はやてはこちらに向かってくる親友達の姿を見付け、精一杯に手を振った。
フェイトもそれに倣う。
――なのは。私は私のすべきことを全て終えて、なのはにさよならを言うよ。それが私の出発点。そうしたら、なのはが隣にいないこの世界でも、私は私のしたいことを見付けられるようになる。
さよならだけど、それでもきっと、なのはは私の中にいてくれるよね。
だから。
私は笑顔でいます。元気です。
【アニメキャラ・バトルロワイアル 魔法少女リリカルなのは End】
*投下順に読む
Back:[[今日までそして明日から]]Next:[[______________]]
*時系列順に読む
Back:[[今日までそして明日から]]Next:[[______________]]
|298:[[GAMEOVER(5)]]|フェイト・T・ハラオウン|308:[[______________]]|
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*私は笑顔でいます、元気です ◆q/26xrKjWg
彼女は目を覚ました。
海鳴市のとあるマンション。フェイトは自室のベッドで、いつものように伸びをしてから目をこする。
ベッドを降りて部屋を出ると、やはりいつものように、リンディがせわしなくキッチンとリビングを行き来していた。
「あら、おはようフェイト、もうすぐ朝ご飯の支度も終わるから、早く顔でも――」
「母さん」
駆け寄ってきた子犬形態のアルフの頭を撫でながら、フェイトはリンディに告げる。
「今日、局の任務があるんです。だから学校の方は昼には早退して、直接本局の方に向かおうと思っています」
「……随分と急な話ね。そもそも、確か今日は非番だったわよね?」
「はい。新たに見付かった次元世界で、ロストロギアの暴走が探知されたらしくて。既に探索隊の手には負えない状況だったみたいです。それがあのジュエルシードによるものだと聞いたら、居ても立ってもいられなくて……」
こちらの話をそこまで聞いて、リンディは溜息を漏らした。
「実はね、あなたがその任務に志願したことは、クロノから聞いてるの。その本当の理由も含めてね」
そもそも任務の情報を回してくれたのがクロノなのだが、その経緯をリンディにも律儀に伝えてしまうのはいかにも彼らしい。
「余計な心配をかけさせまいとするあなたの気持ちも嬉しいけれど、そんなことは気にしないで、正直に話してほしいの。私達、家族でしょう?」
「ごめんな――」
「謝る必要はないわ。私達、家族でしょう」
謝罪の言葉を言い切る前に、リンディの人差し指がフェイトの唇に押し当てられた。
そのまま彼女は少し屈み込んで、両の手をこちらの肩に置いた。そして優しく語りかけてくる。
「間違いなく、あなたにとって今までで一番辛い任務になるはず。一人で抱え込んで無理をすることはないのよ」
「……確かに母さんの言う通り、とても辛いことかもしれない。でも、それ以上に嬉しいんです。私にその機会が与えられたことが。こんなに早く機会を得られるとは思っていなかったから。それに」
半端な誤魔化しは通用しない。フェイトは真摯に母を見据えた。
「母さんやクロノ、みんながいてくれるからこそ、私にはそれができるんです」
リンディが再び溜息を漏らす。
しかし、最初のそれとは微妙にニュアンスが違っていた。
「……そう、分かったわ。それならもう、私にはあなたを応援することしかできない。頑張ってきなさい、フェイト」
「ありがとうございます、母さん――あれ?」
まず気付いたのは、フェイトだった。焦げ臭い匂いがリビングに漂っている。しかも次第に強まっている。リンディもすぐに気付いたようだ。その発生源が何であるか、ということも含めて。
慌ててキッチンに戻るリンディを、呆然と見送る。
「ああ、お魚が真っ黒焦げになってるわ!?」
珍しく粗相をした母のそんな叫び声を聞いて、フェイトはアルフと顔を見合わせる。そしてくすりと笑みをこぼした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
少なくともフェイトの知る限り、時間軸の制御はいかなる手段においても実現できていない。時間を移動するなどということは夢物語でしかないはずだった。
そこに突如として出現した時間犯罪者。
そして、時間犯罪者を取り締まるタイムパトロール。
次元世界を知覚できていなかった地球文明全体が、ある日突然次元犯罪者を追っている時空管理局の存在を知ってしまったようなものだ。
時間軸の違いだけではない。次元世界が個々に存在するだけでなく、同一の世界が並列に存在していることまで証明された。それがいくつあるのかも分からない。もしかしたら可能性の数だけ枝分かれになった並列世界が存在していることだってあり得る。その全てを把握することはいかなる者にも不可能だろうが。
世界の根幹を揺るがすという意味では、プレシア・テスタロッサ事件よりも、闇の書事件よりも、遙かに大事である。本局が大騒動に陥っている様子は容易に想像できる。アースラの主要な面々も、その対応と調整に追われているようだ。
自分達は被疑者ではなく、拘禁されているわけではない。怪我の処置もあらかた終わり――まだ安静の要あり、ではあるが――衣食住の不自由もない。ある程度はアースラ艦内の移動も許可されている。
だが、自分達の存在が世界に与える影響は決して小さくはない。最終的な扱いには慎重に慎重を期しているはずだ。
例えば、生き残った者達が各々の世界に帰るとする。
言葉にすればたったそれだけのことが、どれだけの影響を世界に及ぼすか想像もできない。何も起きないかもしれない。今ある世界が改変されるかもしれない。全ての世界が消滅するかもしれない。新たな世界が誕生するかもしれない――
「……フェイト、トグサだ。少しいいか?」
フェイトの思索を遮ったのは、そんな呼び掛けだった。
「あ、はい。どうぞ」
自分達の処遇が決まるまでの、僅かの――しかし無限にも思える時間を、ただ思索に費やしていただけに過ぎない。故にトグサの申し出を断る理由も特になく、彼を部屋に招き入れた。
「どうしたんですか? トグサ。確かハルヒに付き添っていたのでは?」
「ああ。まだ意識は戻ってないが、彼女には長門が付いている。片時も離れようとしないよ。長門に任せておけば大丈夫――というより、むしろ長門に任せておくべきだろう」
机を挟み、向かい合ってソファーに腰を下ろす。
「ちょっとした機材を借りられてね。君はタチコマと縁深かった。少しでも身動きの取れる今のうちに、と思ったのさ」
そう言って、トグサは小さな機械を机に置いた。首筋から一本のコードを引き伸ばし、それに接続する。
程なくして、機械の上に立体映像が浮かび上がった。
『……再起動完了~♪ アレレ、ココはダレ? ボクはドコ?』
青い多脚戦車の映像。
台詞に合わせてコミカルに動くところまで、そっくりそのままの姿である。
「タチコマ!」
『フェイトちゃんじゃないか。びっくりしたなあもう。いつの間にそんなに大きくなったんだい?』
「フェイトが大きくなったんじゃない。タチコマが小さくなったんだ。ついでに言えば実体ですらない」
『あれ、誰かと思ったらトグサ君だ。どうしてこんなところに? こんなところ、こんなところ――こんなところ? そういえば、僕は大破してなかったっけ? フェイトちゃんを庇って』
チップから複製されたタチコマ達が、ゲイナーの愛機であるキングゲイナーを身を挺して庇ったことは聞いている。その働きが無ければ、自分達は生き残れなかった。
この機械に組み込まれているのは複製の元となったオリジナルのチップだから、複製された後の記憶――いや、記録と言うべきか――は有していないということなのだろう。
「そうだよ。あんな無茶して――」
『でも、言ったろ? 僕は半不死だって。肝心な部分さえ残っていれば、こんな風に何の問題もないってことなんだ。だから気にする必要はないよ』
「でもそれは、肝心な部分が残らなかったら駄目なんだ、ってことなんだよ」
涙ぐみながらも諭すようにフェイトは言うが、タチコマは相変わらずの軽い調子で話題を変えてくる。
『そうそう、ゲイナー君達を駅に置いてきちゃったんだけど、二人とも大丈夫だったかなぁ?』
「ええと、ゲイナーは無事。レヴィは――」
一瞬、口を噤む。
「――レヴィは、亡くなったの。脱出を前にした最後の戦いで」
『なるほど、僕が再起動される前に君達は脱出を果たしたんだ。トグサ君、少佐やバトーさんはどうなったんだい? やっぱり死んでしまったのかな』
「ああ、彼らも死んだよ。遺体はもちろん、電脳を回収することすらも叶わなかった」
『そっか、それは残念なことだね』
「脱出できたのは、私達を含めてほんの一握りだけ。本当に多くの命が失われた……」
ゲイナーやタチコマが無事であったことは、喜ばしいことだ。しかし、彼らのように自分に道を示してくれた人達の多くは、あの地で逝ってしまった。
親友を想う気持ちを呼び覚ましてくれたカルラ。
その鉄拳で現実を叩き込んでくれたレヴィ。
エクソダス計画により皆を脱出に導いてくれたゲイン。
自らの存在を犠牲にして命を繋いでくれたレイジングハート。
再会すること叶わなかった親友のはやて。
彼の地で見知った仲間達を守るため、殺人者と戦って――力を使い果たして消滅したヴィータ。
彼の地で失われたはやての命を取り戻すため、殺人者として戦って――凄絶な死闘の末に果てたシグナム。
そして、なのは。
彼女は自分にとって、光のありかへと至る道そのものだった。
(でも、それだけじゃないんだ……)
フェイトの道を閉ざした者すらも、もうこの世にはいない。
「……私より少し年上の、桃色の髪の子も。なのはの仇の」
『ああ、記録に残ってる。僕を大破させたあの女の子のことか。フェイトちゃん、君が戦闘を収束させたんだね』
「そう。私が、彼女を、殺した――」
声が震える。
いや、震えているのは声だけではなかった。
『正当防衛だろう? そんなに多くの記録は残ってないけれど、説得に応じる状態とは判断できなかったし、制圧には殺害を厭わない戦闘が必要になる戦力の持ち主だったよ』
「そんなことは、ない。決着は、付いたの。無力化して、拘束することだって、できた。できたのに、私は――」
魔法のあまりに強大な力は、容易に人の命を奪える代物だ。故に、非殺傷設定という枷が存在する。
フェイトは自分の意志でそれを解除し、人を殺した。
仕方なく、ではない。仕方なければ赦されることでもなかろうが、その”仕方なく”ですらない。殺意の赴くまま、思い付く限りの残忍な方法で殺した。
急に恐ろしくなった。
そんなことをしてしまったのに、今の今まで平常を保っていられた自分が。
互いに殺し合わなければならない狂気の渦中にあったからか。強い憎しみ――あるいは悲しみの感情に囚われていたからか。平常であることが必要とされていたからか。もっと単純に、それを強く意識する余裕がなかっただけかもしれない。
理由はどうとでもこじつけられる。
だが、大切な人達を奪われて嘆き悲しんでいたはずの自分が、どこかの誰かにとって大切な人を奪った。その事実は覆らない。庇われたのでも、守れなかったのでもない。欠片の容赦もなく奪ったのだ。
彼女の死に際の姿を思い浮かべる――が、どうしても一つだけ思い出せない。
死に逝く者がその末期に抱いていたのは、痛み? 苦しみ? 恨み? 憎しみ? 悲しみ? それとも――
「……どういった事情であれ、君が激情に任せて殺人を犯したということには変わりない」
沈黙を破ったのは、トグサだった。
「それについて君が罪の意識に苛まれるのは、至極当然のことだ。ようやっと正常な感覚を取り戻せつつあると言ってもいい」
『さすがトグサ君。元刑事が語ると含蓄があって説得力が違うねー』
「そう茶化すなよ、タチコマ」
タチコマの茶々に律儀に反応してやりつつも、トグサはあくまで穏やかな口調で、慎重に言葉を紡いでいる。
「時間犯罪者のギガゾンビはタイムパトロールの管轄だ。しかし、彼に強要された俺達の行動について、誰がどのような法を以て裁くのか――議論を尽くしたところで結論は出ないだろう。法による裁きも、それに伴う明確な贖罪もない。ならば、何を以て償いとするか? 誰にも決められることじゃない以上、君自身が決めるしかない」
「私が、決める?」
「そうだ。君のような小さな女の子が背負っていくにはあまりに重い業だが、こればかりは俺やタチコマ、他の誰かがどうこうできる問題じゃないんだ」
(私が、決める……)
トグサの言葉に聞き入っているうちに、震えが収まりつつある。
自分が何をしたいのか――それはまだ見出せないとしても、自分のすべきことがきっとあるはずだ。
「……タチコマは、トグサさんと一緒に帰るんだよね? 帰ったら、どうするの?」
『どうだろう、僕に決定権はないなぁ』
やはり他人事のように、タチコマは気楽に述べる。
『まずはラボの解析に回されるだろうけど、研究員の人達から見ればとんでもない内容の記録だからね。故障扱いで廃棄されてしまう可能性が高いかも』
「そんなのって――」
『でも』
――それこそ、本当の意味での死と同義ではないか。
そう言おうとしたフェイトを遮って、タチコマは続けた。
『もし叶うのなら、他のタチコマに僕の記録を共有させたい。僕の記録を情報として残しておきたい。君達の尺度で言うなら、僕という存在をどこかに留めておきたいんだろうと思う。今ここにいる僕は、ここにしかいないから』
タチコマは、決して死を恐れない。そういう風にできている。
だからタチコマは生を望まなかった。代わりに望んだのは、受け継がれる死だった。死は生に受け継がれて始めて意味を為す。受け継がれぬ死ほど報われないものはない。
(なら、私がすべきことは)
フェイトは拳を握り締める。
震えは完全に止まっていた。
「……私は、伝えるよ。生き抜いた人達のことを。死んでいった人達のことを。私を庇って失われた命。私が守りきれずに失われた命。そして、私が奪った命」
リンディにクロノ、エイミィ。アルフ。ユーノ。高町家の面々。すずかとアリサ。シャマルにザフィーラ――はやてが死んで、彼女達はもう消滅しているかもしれないが――
伝えるべき相手は、それだけに留まらない。
カルラの仲間は誰も生き残れなかったけれど、もし時空管理局の仕事を続けることが許されるならば、いつか彼女達の世界にも辿り着けるはずだ。
それに――
「私が殺したあの子にだって、どこかで帰りを待っている人がいるはず。どれだけかかるか分からないけど、探し出してみせる。許してはもらえなくても、それでも私が自分の言葉で伝える」
『フェイトちゃんなら、きっと成し遂げられるよ』
「ありがとう、タチコマ」
タチコマの励ましに笑顔で応えた。
笑顔で応えられたことに、心の底から安堵しながら。
コードを自分の首元へと戻すトグサに対して、フェイトは頭を下げる。
「トグサ、このような場も設けてくれて、ありがとうございました……タチコマの望み、どうか叶えてあげてください。お願いします」
「ああ、尽力するよ。約束する。だが、形は違えどタチコマの望みは既に叶っているのかもしれないな」
「どういうことです?」
顔を上げる。トグサは機械を手に取って、肩を竦めて見せた。
「君はタチコマのことを忘れたりしないだろう?」
そうだ。忘れるはずがない。
フェイトは、トグサの問い掛けに迷うことなく頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
桜咲く並木道を、制服に身を包んで歩く。
ふと思い立って、揺れる三つ編み――その先にはリボンがあしらわれている――を見やる。ハルヒに結ってもらったのを忘れられず、毎朝自分で編み込むのが習慣となっていた。今ではすっかり手慣れたものだ。
私立聖祥大附属中学校三年生。
それが海鳴市におけるフェイトの肩書き。
中学を卒業するまでは、この街で暮らしたい――他ならぬフェイト自身が希望したことだった。
なのはが生まれ、十年近くもの歳月を過ごした街。
もっと長い歳月を過ごすはずだった街。
自分も共に歩むはずだった。
でも、もう、なのははいない。なのはのいない一日。一週間。一ヶ月。春。夏。秋。冬――そして一年。多くの人達に支えられながらそれを何度も繰り返し、こうして今の自分がある。
最初は募る一方だった喪失感も、時を経ることで慣れ、薄れていった。過去に囚われ、悲しみに暮れたままでは、人は生きていけない。きっとそのために、人は忘れることができるのだろう。
だが、失われないものもある。
初めてなのはの名前を呼んだ瞬間。握られた手に伝わる柔らかな温もり。優しく流れる海風――
あの光景は、決して色褪せることはない。
「おっはよーフェイト! どうしたのよ? ぼーっとしちゃって」
「おはよう、フェイトちゃん」
不意に声を掛けられる。
振り返ると、フェイトと同じ制服を身に纏う二人の少女の姿があった。
「おはよう。アリサ、すずか」
「フェイトちゃん、今日は非番で翠屋のお手伝いに行くんでしょう? アリサちゃんと一緒に放課後顔出そうかな、と思って」
「ええと、そのことなんだけど――」
少々心苦しくはあるが、こういったことを頼めそうなのはこの二人をおいて他にない。フェイトは申し訳なさそうに事情を説明する。
「実は急な仕事が入って、お手伝いに行けなくなったんだ。もし放課後用事がないなら、代わりにお願いできないかな」
「分かったわ。そういうことなら、自他共に認める翠屋の看板娘ことアリサちゃんにどーんと任せなさい」
間髪入れずに、アリサが名乗り出た。それこそ思い立ったら即行動、の勢いで。
「ええと、この前勢い余ってお皿を割っちゃったとか、そういうお話なら小耳に挟んだんだけど……」
「う――まあ、それはそれよ!」
すずかの突っ込みを受けて大いに気勢を削がれつつも、それに押し切られることだけは何とか避けたようだ。
「ともかく、士郎さんと桃子さんにはあたしから伝えておくから、フェイトは安心してお勤め果たしてきなさい。にしてもその何とか局、いくらフェイトが有能だからって中学生を働かせ過ぎよね。労働基準監督署とか、そういうとこないの?」
「あはは……どうだろう。あんまり聞いたことはないかな。でも、大丈夫だよ」
「無理はしないでね、フェイトちゃん」
何度も挫けそうになった自分をいつだって支えてくれた、大切な親友達。彼女達も辛かっただろうに、それでも自分を支えてくれた。
今だって、こうして支えてくれている。
彼女達だけではない。今を生きる――今を生きているであろう多くの人達が支えてくれるからこそ、今を過ごすことができる。今より先の何かに目を向けられる。
フェイトは告げた。精一杯の感謝を込めて。
「うん。二人とも、本当にありがとう」
――なのは。私は私のすべきことを全て終えて、なのはにさよならを言うよ。それが私の出発点。そうしたら、なのはが隣にいないこの世界でも、私は私のしたいことを見付けられるようになる。
さよならだけど、それでもきっと、なのはは私の中にいてくれるよね。
だから。
私は笑顔でいます。元気です。
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