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孤城の主(前編) - (2021/12/11 (土) 21:53:05) のソース
*孤城の主(前編) ◆S8pgx99zVs 一陣の風が去り、束の間の静寂を取り戻した城の成れの果て。 蒼い月の光を浴び、憐れな姿を曝すその石の中で黒い何かが蠢いていた。 それは鉄と石で組み上げられた複雑な迷路の中をぬるりぬるりと油のように這い回る。 暗闇に充満する死と血、無常と悔恨の匂い。その中で何かを探している。 ふと、それが動きを止めた。 その鋭敏な触覚がある気配を感じ取ったのだ。 滅びだ――滅びが近づいてくる――滅びが足音を立ててやってくる。 城門を鎚で叩き、廊下を追い立て、寝室に火を放ち、そして――「私」を討ち取るのだ。 その幻視にそれ――吸血鬼アーカードは口から牙を覗かせ喉を鳴らした。 ――さぁ、鉄火を散らそう。 ――殺して、そして殺されよう。 ――存在の全てを賭けて奪い合おう。 闘争には必要な物がある。 動きを止めていた怪物は再び暗闇の中を這い始めた。 ホテルよりいくらか離れた場所。 明るい夜に冷やされたアスファルトの上で彼女達はその歩みを止めている。 魅音の口から放たれた真実は、鳳凰寺風とセラスにそれぞれ違う衝撃を与えていた。 「……光さんが死んだ」 希望――絶望。希望――そして絶望。――そして希望――やはり絶望なのか。 繰り返される親しい者の死。その宣告に鳳凰寺風の心は再び悲鳴を上げた。 光は目の前にいる魅音という女性、彼女を守るため怪物に討ちかかり――そして死んだという。 なるほど、無鉄砲な彼女らしい話だ。それでも生きていたならば小言で済まし笑い話にもできただろう。 だが、死んでしまっては悔やんでも悔やみきれない悲劇だ。例え自分の与り知らぬ場所のことでも。 助けたい――そう願うからこそ失った時に悔やむ。それが無意味だとしても。 「……ごめんなさい。私が」 「いえ、あなたのせいではありませんわ」 頭を垂れる魅音の言葉を風は遮った。それを受け入れてしまってはいけないから。 「それに、光さんは決して後悔してはいないと思いますから……」 誰への言葉か……、魅音かそれとも自身に向けてか…… 「……………………」 セラスの心中は穏やかではなかった。 魅音を襲い風の友人を殺害したのは間違いなく自身の主人であると確信している。 いつかこうなるであろうこと――我が主人が人間を殺す。そしてそれが近しい人やその仲間である。 それは解っていた……が、やはり今の今まで解ってはいなかったのだと痛感する。 これだけではないだろう。これだけで済むはずがない。もっと殺しているはずだ。 ホテルは倒壊しているらしい。彼の仕業か? ならばあの部屋に残した仲間達は? ゲイン、みさえ、ガッツ……、彼らもまた殺されているとしたら……自分の立場は何処に? 「……でも、その男はクーガーがやっつけたんだ」 ……本当だろうか? セラスは魅音の言葉に疑問を抱かずにいられない。 しかし本当に……、本当に彼が死んだというのなら。もしもそうならば、彼との関係を隠しておけば問題はないのではないか? 目の前の彼女達と一緒に仲間の死を悲しめば……? でも、でもそれは……、非道い裏切り行為なのでは……? 「では、まいりましょうか」 心に澱を落とした二人を風が促す。彼女の心もまた暗く澱んではいたが、 「まだ、助けを求めている人がいますわ。ならば歩みを止めることはできません」 「そうだね。クーガーも同じことを言ってた」 魅音も顔を上げ果敢無げな笑顔を見せた。停滞は最も意味がない――それを知っていると。 「じゃあよろしく頼むよ」 魅音がセラスの腕を取って腰にまわす。風も逆の腕を取ってそれにならった。 「ホテルが完全に倒壊するのも間もないと聞きました。急ぎましょう」 「は! はい。わかりました。しっかり掴まってて下さいね」 セラスは再び両腕に彼女たちを抱えるとホテルに向かって疾走した。先刻よりも速く――疾く。 それは未だ解決しない心の中の葛藤、それを振り切るため……。 神速を誇るクーガーでなくともセラスも一端の人外である。 程なくして彼女達は、かつては安息の場所であったホテルへと到着した。 初めて見る風とセラス。そして改めて見る魅音もその惨状に言葉を失った。 頂上から半ばまでが粉砕され崩壊し、残った棟を細かく砕かれた石や鉄や硝子、 そして客室にあったであろう生活家具などがデコレーションしている。 さらに耳を澄ませば、石と鉄の擦れ合わさる音、硝子が砕ける音、どこからか漏れた水が流れる音、 壁や床が圧迫され軋む音――それらの不吉な不協和音が零れ聞こえる。 この奇怪なオブジェをどう攻略し、どうやって仲間を救い出すのか……? 「魅音さん。光さんは何処に?」 鳳凰寺風は、死んだと聞かされた友人の所在を尋ねた。 「光ちゃんはあそこに。……私とクーガーで埋めさせてもらったよ」 魅音はホテルの敷地内でも端に近い方を指した。 おそらく以前はささやかな庭園だったのであろう。 今は芝生が捲れ上がり落ちてきた瓦礫が花壇や東屋を叩き壊して見る影もないが、その一角に赤い土を盛った簡素な墓があった。 「ありがとうございました」 風は魅音に一礼し、その場で光の墓へ向かい手を合わせた。 「では参りましょう。時間がありません」 祈りを長くない時間で終わらせ風は顔を上げて二人を促す。 その彼女の強さ――そしてその姿の輝かしさと悲壮さに二人は大きく心を打たれた。 三人は支給されていたランタンを片手に明かりを失ったホテルの中へと進入した。 辛うじてその姿を維持している玄関を潜りフロントロビーの中へと踏み込む。 ランタンのシャッターを絞り、光を振って先へと進む道がないかと調べるが……。 上階へと登る階段は踊り場ごと完全に落ちており、エレベータは勿論論外。 扉の向こうの非常階段も石と埃で埋まっていた。またホール中央にある太い石の柱が折れており、 支えを失った吹き抜けの天井が撓んでいて今にも落ちてきそうだ。 吸血鬼であるセラスの怪力や、風の魔法を使えば障害は取り除けるかもしれなかったが、 下手に大きな力を加えればドミノ崩しよろしく全てが崩壊しかねない。 三人は内側からの捜索を仕方なく諦め、一旦ホテルの外へと退去した。 外へと戻った三人はホテルを振り返り思案する。 「とりあえず、中にまだ人が残っているかそれを確認しよう」 今度はセラスが残りの二人を導いた。 元警官であったが、最低限のレスキュー教習は受けている。 こういった時にまずしなければならないことは生存者の所在の確認。 瓦礫の上からでも声をかけてそれを確認しなければならない。 三人は瓦礫の山を大きく迂回しホテルの側面、仲間が入っていた部屋のベランダ側へと向かった――と、そこで魅音があることに気づいた。 「……なのはちゃんの姿が見えない」 ホテルより大きく離れた位置で空を舞っていた光の点が見えなくなっていた。 何時の間にかに決着がついたのか、それとも戦う場所をさらに遠ざけたのか? あるいは最悪の……。 「あの子はきっとここに帰ってくる。だから私達はここで自分の仕事をしよう」 最悪の想像を振り切り、魅音は二人を促した。 自分はクーガーを信じ、クーガーは自分を信じている。ならば彼女も同様に――信じる。 ホテルの側面、ベランダが並んでいた側は上階より崩落した瓦礫で覆われていた。 三人はその瓦礫の斜面を三者三様に登る。 人外の運動能力を持つセラスは容易く、風も風の戦士として軽やかに、そして魅音も瓦礫の山を登るのは慣れたものだ。 時間をかけずに三人とも目的としていた位置にたどり着けた。 瓦礫に耳を当て、その鋭敏な聴覚でセラスが中の様子を窺う。 「どう? 何か聞こえる?」 「いや、全然……」 魅音の問いにセラスは力なく答えた。 彼女の耳に届くのは無機物が織り成す崩落への不吉なカウントダウンだけだ。 自分の聴力は只の人間であった時より遥かに鋭敏なっている。 たとえ意識がなくとも近くにいれば心音さえ拾えるというのに…… 「ゲインさんっ! いますかっ!セラスですっ、戻ってきましたっ! いたら返事をしてくださいっ!」 ありったけの大声で呼びかけるが、返ってきたのは建物の悲鳴――崩落へのカウントダウンがゼロを指し示した音だった。 「――みんな逃げてっ!」 濛々と立ち上る土煙の中から三つの人影が飛び出してくる。 「ウエッ! ゲハッ、ゲハッ……!!」 咳き込む三人の後ろでは今まさにホテルが最後の倒壊を進めていた。 轟音と共に辛うじて形を維持していたホテルの四階以下が、圧力に負けて折り畳まれるように高さを減じていく。 上に積み重なっていた瓦礫も雪崩を打って周囲へと広がりはじめた。 「ゲホッ! ここも危ない……、み、みんな掴まって……」 風が風を起こし粉塵を払い、そこをセラスが二人を担いで通り抜ける。 ホテルが崩壊していたのはほんの少しの時間だったが、 三人が振り返った時にはその短い時間でホテルはその形を失っていた。 建物は完全に一つの巨大な瓦礫の山と化し、一面は粉塵が漂い灰色に覆われている。 「う、嘘……。まだ誰も助けてないのに……」 魅音の口から、絶望を含んだ空気が零れた。 助けると……、光の死に、クーガーに、何より自分に約束したのに。 「光さん……」 風が見つめる先、光の墓があった場所も灰色に包まれていた。 彼女が何所に眠っているのかもう確かにはわからない。 「ゲインさん……」 彼は眠ったまま逝けたのだろうか? もし、そうならばそれだけが唯一の慰めかもしれない。 日が落ちると同時に始まった一連の悲劇は彼女達を、そして彼女達以外を巻き込み、 その奈落の穴の縁を広げている。誰も彼もを不幸にしようとせんがためにそこに引きずり込む。 それは悲劇の切っ掛け――心の虚無に狂愛を抱いた魔女の呪詛か? その暗闇の底で独り笑う化物がいた。 奈落に飲み込まれまいと抗う人間を、待ち構え笑う化物がいた。 夜はその深さを増し、悲劇はまだ続く…………。 砕けた石と折れた鉄骨で組まれた死者の城。 その頂上に乗った一際大きな石の表面にじわりと油の様な黒色が浮かび、そして盛り上がる。 それは人の形をしており、それには腕があり、その腕にはやはり真黒の銃が握られていた。 ――純銀マケドニウム加工水銀弾頭弾殻 ――マーベルス化学薬筒NNA9 ――全長39cm ――重量16㎏ ――13mm炸裂鉄鋼弾 「『ジャッカル』――パーフェクト(完全)だ。ウォルター」 奈落の底で見つけた弾丸を再装填しスライドを引いて音を立てると、 化物――吸血鬼アーカードはその銃口を彼の突然の出現に唖然とする三人の少女に向けた。 「う、嘘でしょ……」 積み重なった瓦礫の頂上に現れた化物との再会に魅音は愕然とした。 クーガーが倒したはずなのに。クーガーが倒したはずなのに。クーガーが倒したはずなのに! 再び恐怖と絶望が彼女を侵食し始める。鼓動を一つ打つ度に冷たいものが身体を登ってくる。 (……彼が光さんを?) この惨劇の舞台に降りて初めて出会う明確な敵。親友の仇。 風の中を流れる緑の風が少しずつ、少しずつ纏まって太い束になりその強さを増していく。 理性に取り繕われた心の殻の中を荒れ狂う。 「マ、マスター……」 ついにこの時が来た。懐かしい主人との邂逅の時なのに心はとても浮かない。 浮かないどころか錘を巻きつけたかのように深く沈んでいる。 逃亡も誤魔化しも利かない運命の分岐路が人の形を持って現れたことを彼女は悟った。 「探し物かな? 淑女諸君?」 吸血鬼が踵を鳴らし足元の瓦礫を指した。 「それとも、闘争の火花を散らしにやってきたのか……」 銃口を舐めるように少女達の身体に這わせいやらしく吟味する。 「お前はどちらを選択するのだ? ――婦警?」 その吸血鬼の一言に場が凍りついた。 セラス以外の全員の目が彼女を見つめている。見つめられている一人は彼女の主人を見ていた。 「お前は此処で何をしている? 此処は全員が互いに持つ全てを賭け合う生存競争の場。 そこでお前は何をしている? 何をしていた? 何故この期に及んでまだ血を飲んでいない?」 主の言葉は的確にセラスの葛藤を捉えた。 何をしてきただろうか? 何を成しただろうか? 何人かと出会い。何人かと戦った。だが――。 トグサが無謀にも独りで出陣した後、何をしていた? ――豪華な風呂と寝室でくつろいでいた。 バトーとみくる、そしてもう一人のメイドと出くわした時すぐに決断できたか? ――いやできなかった。 キャスカの襲撃を受けて結果どうなった? ――後手後手に回り結果みくるを死なせた。 ホテルからクーガーと共に捜索に出て今どうなっている? ――致命的な遅れを取り最悪の状態だ。 「あ……、あ"……ああ……っ」 セラスの口から嗚咽が漏れる。 御気楽極楽に決断を先延ばしにしてきたツケが今ここで回ってきたのだ。 「決断しろ婦警。ここがお前の分水嶺だ。 お前も夜族の端くれならば、最早此処に到っては薄闇の中で足踏みをしていることは許されん。 その薄闇から外へ踏み出すのか? それともより深い闇の中へと踏み込むのか?」 「マ、マスター……、やめてください」 セラスは主人の前で頭を垂れる犬のような声を出す。 「婦警。闘争の場で相手に懇願するなどということは認められない。お前自身が行く道を選び取れ。 お前以外はもうすでに覚悟を示しているぞ――」 主人に促されセラスは気づく。二人の少女はもうすでにセラスを――後ろを見てはいなかった。 前を――立ち塞がる運命――吸血鬼アーカードを真っ直ぐ見据えている。 ”貴方は前に進まなければならないのです” 「……そうだよね。私が選んだ道だもの」 魅音は手の中に一本のナイフを握り締める。 「クーガー。……怖いけど、けど戦うよ。もう逃げたり止まったりしないって決めたから」 「私にはみなさんを助けるという使命があります」 風を取り巻く緑の風は先程までの荒々しさを潜め清涼なものへと変化していた。 怒りに目を曇らせ無闇に力を荒ぶらせることなどはしない。 何故なら彼女の力は何時如何なる時でも誰かを守るために振るわれるものだから。 「それでこそ人間だ。 では翻って婦警、ならば貴様は何者だ? 人間か? それとも化物か? 私の僕であるならば決断はできないか? ならば血を飲め婦警!」 血を飲む……、それはすでにと、セラスはそう答えようとしたが……。 「大きな勘違いをしているぞ婦警。 我々夜族に取って血を飲むということは、死肉を漁り糧を得るなどという屍鬼同然の振る舞いを指すのではない。 人間の命を、人生を、その存在そのものを自身のものとし、それと共に永劫を生きることを言うのだ」 そう。やはり決断していなかったのだ。あの時、あの少女の首に牙を突き立てた時さえも。 「さぁ決断の時だ。覚悟を決めろ。 血を飲み。唯独りの吸血姫となれ。そして――――私の敵になれ」 瞬間、怪物の手にした黒鉄が号砲を鳴らし、彼女に選択を迫る闘争が開始された。 「戒めの風ッ!」 鳳凰寺風は迫る弾丸を風で逸らすと、さらに風を操り怪物を捕らえようとした。だが、 「こんなものか?」 怪物はあっさりとその風の包囲を脱出すると、瓦礫の山から跳躍し三人の前に降り立つ。 「……でしたら、碧の疾風ッ!」 鳳凰寺風がさらに風を操作し、かまいたちが怪物を切り裂く。だがそれでも……、 「ヌルいな。魔女とはいっても所詮子供、アレと同種では貴様の実力も高が知れるか……?」 怪物が口にするアレが何なのか一瞬で彼女は察した。 その挑発に冷静であるべきとする理性を打ち破り、彼女の中の碧の奔流が暴風となって放たれる。 「――風の怒りッ!!」 周囲の空気を飲み込み瓦礫の中に巨大な竜巻が立ち上がる。 かまいたちを伴う激しい暴風は怪物だけでなく近くの何もかもを巻き込んで切り裂き吹き上げる。 鳳凰寺風の全ての魔力を注ぎ込んだ破壊の嵐。それに彼女自身は怪物の踏破を確信したが、 「そ、そんな……」 吹き荒ぶ風が去った跡に、その前と同じく怪物は立っていた。 怪物は自身の身体に刻まれた傷を検分しながら一歩ずつ近づいてくる。 「貴様はあの炎の魔女に比べるといくらかは長けているようだな。で、次は何を私に見せる?」 迫る怪物に次の手を思索するが、聡明な彼女が出した答えは―― Nothing(無) 挑みかかったこと自体が失策だったと悟る。 いくら気丈を装うとも、一緒に戦った二人の親友を失ったことは彼女自身も気づかぬ内に彼女から冷静さを奪っていたのだ。 「やめてください! マスター」 鳳凰寺風の直前にセラスが手を広げ立ち塞がる。 「……こ、こんなこと、別にここでしなくってもいいじゃないですか。 ここにいるのは闘える人ばかりじゃないんです。だから、ここからは帰りましょう……マスター」 だが、返答は残酷なものだった。 怪物の抜き手がセラスをそしてその背後の鳳凰寺風も諸共に貫く。 「マ"……ス、ター……?」 「だからなんだ婦警? 闘争の場に立てば選べるのは抗うか諦めて死ぬかだけだ」 返答を終えると怪物は二人を、興味を失くした玩具のように瓦礫の墓穴へと叩き込んだ。 血濡れの腕を一舐めすると、怪物は残る一人の少女に質問する。 「奇しくも、先刻の再現となったな。さて貴様は抗うか? やはり諦めるか? それとも再び奇跡が起こることを願い神に祈るか?」 ガチガチと音を立てて魅音の体が震える。 諦めているのか? いや違う。絶望に凍る身体を抗う心が揺さ振っているのだ。 ――ほう。と怪物が感心する。少し見ぬ間に。これだから人間は面白い。 (―― クーガー! 今一瞬だけあなたの速さを私に!) 目一杯振り絞った勇気で身体の震えを抑えると、魅音はその手の中の仕掛けナイフを射出した。 抑えられていた強力な発条で飛び出した刃は、一直線に吸血鬼の胸元に吸い込まれ、 そして次の瞬間――――大爆発が起きた。 積み上げられた瓦礫の山が灰色の粉塵を巻き上げながら轟音と共に爆散した。 予想だにしなかった衝撃に魅音はただ爆風に翻弄されなされるがままに地面を転がる。 灰塵が再び地面に灰色の絨毯を敷きなおし、粉々に砕けた石が礫となって降り注いだ。 (……な、なんで?) 灰かぶりとなった魅音が自問する。 発射したのは只の金属の刃で爆薬の類が仕込まれていたなんてことはない。 例え、仮にその刃に爆薬が仕掛けられていたとしてもあんな大爆発が起こるなどありえない。 困惑しながら身体を起こす。幸いにもどこかにぶつけたり骨や関節を痛めたということはなかったらしい。 ホテル――いや、もうホテル跡地と呼ぶべきだろうだろう。 そちらを見やれば瓦礫の山は中心が抉れ巨大なクレーターと化していた。 そこにあの化物はいない。再び四散したのか、それとも瓦礫に埋まってしまったのか? ――と、そこにこの爆発の真の原因が降りてきた。 半人半龍の姿を持つ化物。その背に乗った青年。さらに彼の背の上に一匹のブタ。 しかもそのブタは只のブタではなく喋るブタだった。 「お、おい劉鳳。今のはいくらなんでもマズいんじゃないか?」 龍の化物とブタを従える青年の名は劉鳳というらしい。 「問題はない。ヤツが断罪すべき悪であることはすでに確認している」 なるほど、私たちを助けてくれたのかと魅音は納得した。 よく見れば彼が着ている服はあのクーガーの物と同じではないか。とするとあの化物が彼のアルターか。 あの怪物が言うとおり、奇しくも先刻の再現となったわけだ。 ……ありがたい。あのままだったら間違いなく皆殺しにされていただろう。 だから、これは涙が出るほどありがたい。だけど……、そうだけど……、 「……うえっ! ゲホッ! ゲホッ!」 喉に詰まった埃を吐き出す。どうやら今ので彼らはこちらに気づいたらしい。 そうだろう。最初から気づいていれば今のようなことはしまい。 「おい。眼鏡をかけた少女はどうした。俺達はその子を探しているんだ」 なんと気遣いのない言葉か。クーガーとは180度逆方向の男らしい。 「……死んだ。みんな死んだよ。全部あんたのせいだ」 目の前の少女から放たれたあまりに衝撃的な言葉に劉鳳、そしてその傍らのブタは凍りついた。 「な……、なんだって?」 劉鳳の中に先刻のシグナムの言葉がフラッシュバックする。 ”――お前の言う正義とは何だ? 目の前の敵を片っ端から叩き潰すことか?” ”それでお前の正義とやらは満たされるのか?” ”そんなことにかまけている間に取り返しのつかないものを失うかもしれないのに?” 「風ちゃんはあんたが来る直前にあの化物に殺された。 あんたがクーガーみたいに速ければ助かったのに……、そして」 魅音は劉鳳の背後、今は完全に只の瓦礫の山と化したホテルがかつてあった場所を指す。 「あそこにはまだ仲間が残っていたんだ。でも、あんたのせいでそれも死んだ」 劉鳳は絶句――いや、絶望した。 常に自身の正義に忠実に行動してきた。だがこの結果はなんだ? 悪を断罪できず、弱者は見殺し。一度だけでなく繰り返し二度三度と……。 「オ、オレは……」 目の前の少女がこちらに向ける視線は、決して尊敬されるべき法の守護者に向けられるものではない。 これは決して劉鳳が求めていたものではない。 一体これはなんの悪夢か? 「劉鳳! しっかりしろ」 ぶりぶりざえもんの言葉に劉鳳は気を取り戻す。 相棒であり同じ正義の志を持ったぶりぶりざえもんが、足元から彼の顔を覗いていた。 「ぼーっとしている暇はないぞ劉鳳。わたしたちの使命を忘れたのか? あそこに埋まった人間の救出は私に任せろ。何大丈夫だ私は小さいからな、隙間があれば……」 と、ぶりぶりざえもんは早口に捲くし立て始めた。 「……でだ、お前のランタンを借りていくぞ。つまりはこっちは私に任せればいい。 なあに、私は救いのヒーローだからな。救いを求める人がいるかぎり見逃すことはない。 で、でだ……お、お、お前は……」 口調が怪しくなるぶりぶりざえもんに劉鳳の眉根がよる。 「ぶりぶりざえもん。一体何を慌てて……」 そこで劉鳳も気がついた。 「あ、あいつをまかせたぞ~~ッ!!」 土煙を上げてぶりぶりざえもんは瓦礫の中に消えた。 そして、残された劉鳳と魅音の視線の先には……、 怪物――吸血鬼アーカードが立っていた。 「キョン兄ちゃん放してくれっ!」 「ま、まて少年。落ち着けっ!」 ホテルの足元、目の前の坂を登ればそこに到着する。そんな近くまで翠星石を探しに来た一行は辿り着いていた。 だが、一行――キョン、トウカ、剛田武、次元大介の四人はそこから進めないでいる。 目的としているホテル――いや、すでにホテルそのものは見えなくなっているが―― 其処から発せられ周囲に響き渡る銃声と破壊音。戦闘が、しかも明らかに人外の規模で行われている。 そのような剣呑な場所で人探しなど自殺行為に変わりない。 ただ一人、剛田武のみが息巻いて先を急ぎ、それをキョンとトウカが押し止めているという現状だ。 四人がそんな風にしている所に、低く響く一際大きな音を伴い何かが一行の方へと飛んで来た。 それは一行が姿を隠しているビルの壁面に衝突すると、その衝撃で張られた硝子を雨と降らせる。 突然の災難に右往左往する一行を尻目に、壁面をトカゲのように駆け上ると頂上の角を蹴って再びホテルの方へと飛び去った。 「キョン殿、今のはっ!」 「ああ、間違いない」 竜の化物と制服の青年。見紛うはずもない。昼にあのE-4エリアで二人が見た超人に違いない。 あの直後に起きた大爆発を思い返し二人は青ざめる。益々もってホテルに近づくのは危険だ。 だが――、 「小僧っ! 行くんじゃないっ!」 気づけば掴んでいたはずの手を離れて剛田武は走り出していた。それを次元が追っている。 「あいつッ……」 仕方なく残された二人もその後を慌てて追った。 こうしてさらに奈落の穴へ、狂った王の御前へと新たに四人の人間が足を踏み入れた。 *時系列順で読む Back:[[峰不二子の暴走Ⅱ]] Next:[[孤城の主(中編)]] *投下順で読む Back:[[峰不二子の暴走Ⅱ]] Next:[[孤城の主(中編)]] |226:[[仲間を探して]]|キョン|235:[[孤城の主(中編)]]| |226:[[仲間を探して]]|トウカ|235:[[孤城の主(中編)]]| |228:[[ここがいわゆる正念場(後編)]]|園崎魅音|235:[[孤城の主(中編)]]| |222:[[【団員の家出/映画監督の憤慨】]]|トグサ|235:[[孤城の主(中編)]]| |229:[[Take a good speed.]]|劉鳳|235:[[孤城の主(中編)]]| |228:[[ここがいわゆる正念場(後編)]]|セラス・ヴィクトリア|235:[[孤城の主(中編)]]| |226:[[仲間を探して]]|剛田武|235:[[孤城の主(中編)]]| |226:[[仲間を探して]]|次元大介|235:[[孤城の主(中編)]]| |228:[[ここがいわゆる正念場(後編)]]|ぶりぶりざえもん|235:[[孤城の主(中編)]]| |222:[[【団員の家出/映画監督の憤慨】]]|長門有希|235:[[孤城の主(中編)]]| |227:[[お楽しみは、これからだ]]|アーカード|235:[[孤城の主(中編)]]| |228:[[ここがいわゆる正念場(後編)]]|鳳凰寺風|235:[[孤城の主(中編)]]|