45◇結果報告(談)
「よし、あとは……バックアップ、っと」
サーバーにアップロードしますか?
→はい
いいえ
研究用のバックアップサーバーに仮報告書を入れ終わると、白衣の女は一つ伸びをした。
実験の最終盤、生き残りの被験者たちが休憩と最終戦を行っている時間を利用して
報告書を先にまとめてしまう試みはギリギリ成功といったところだ。
「……ふう。なんとか間に合いましたかね」
「あれ、お姉さま。半分寝ながら報告書も書いたんですか?」
背伸びと欠伸を終えたところで、
日も蛍光灯の光も指さぬ暗中の研究室扉がガチャリと開かれ、研究院生の大崎が入ってくる。
大崎は実の姉妹でもないのに雷鳥をお姉さまと呼ぶくらいに雷鳥を慕っている雷鳥の唯一の後輩である。
慕う気持ちはまあ嬉しいが、ずけずけと踏み込んで来る人柄なので、
基本的に研究者肌な雷鳥は少々苦手にしている。
「ええ」
「さすがです、すごいです。さすが私と以心伝心なお姉さまです」
「君と以心伝心にはこれまでもこれからもなりません」
「今、実験中なんでしょう? なのに夢と現実を同時に見れるだなんて……。
私だったら興奮して夢に没頭しちゃいますのに! 本当にすごいですよ~」
「半分はしっかり没頭しています。それにかなり神経を使いますから、あまり刺激しないでくださいね。
予想以上に……疲れがきました……。まだメインイベントが残っているから気力は持っているものの、
実験全行程を1人で制御するのは、少々骨が折れますね。次はもう少し、監視人員を増やして……」
「あ、それですけど」
「?」
「教授が次は大規模実験にするって言ってたじゃないですか」
「……? ええ、そうですね」
「あれ、めちゃくちゃ大規模らしいですよ」
机に突っ伏した雷鳥の元にたたたたと近寄りつつ、大崎が弾んだ声で話す。
めちゃくちゃ大規模、とは研究者らしくないアバウトな言い方で、少し気に障った。
「五十人程度だと思っていましたが……」
「街一つを貸し切るらしいです! もう充分データは取れたから、実践に移るって……。
私、そこにいる障害因子への宣戦布告の役を任されてしまいました! すごく楽しみですよ~」
「……本当(マジ)ですか?」
大崎の発言に、雷鳥も思わず言葉を崩して驚く。
基本的に今までの実験は十六人~二十人で行ってきた。
次が大規模であるという話は聞いていたが、せいぜい倍か、行って百人だろうという予測だった。
それが……街一つ? いったい、何人になるというのか?
「――うん。本当だよ。おそらく二千人規模になる」
疑問への回答はすぐに出た。天飼教授が、部屋の電気を付けながら答えてくれたからだ。
《どこにでも現れることができる》教授が突然そこにいることには、大崎も雷鳥ももう驚かない。
ただ、雷鳥はそれでも疑問を重ねずにはいられなかった。
「に、せんにん……ですか? また急に何で」
「前からしようと思ってはいたこと、なんだ。条件がそろわなかったから見送っていたけどね。
今回の因子の中に、丁度いい紐付けができる因子が居たんだよ。それを使う」
「街一つとなると――隠し通せなくなりませんか?」
「山の中のニュータウンだ。交通の便は電車一線といくつかの舗装山道で確保されているけど、
密閉はしやすい環境にある。実験後は、有毒ガス発生による集団死で偽装するよ」
「……それで完全に塞げるとは」
「ならない方が、現実的だろうね。《千世の観測》でも良い未来になる確率は2割程度だ」
博打さ、と教授は笑った。
「もちろん手は打つけど。次が分水嶺だと思ってくれていい。
成功すれば、一気に理想の未来は近づく。失敗すれば全て終わり。
それくらいの気持ちでやるつもりだよ――雷鳥もそのほうがやりやすいだろう?」
「何が。教授には何が《見えている》んですか。まさか、教授の未来に……」
「さあ……なんだと思う?」
早くも大崎は蚊帳の外で、スマホをいじって遊んでいる。
問いかけるだけ問いかけて、天飼教授もそこでスマホを取り出して時間を確認した。
雷鳥は何も答えを返せていない。その代わり脳内は非常に早く回転していた。
そういえば。
実験開始の直前、流言飛語が仕事をお上に奪われたと漏らしていたのを思い出す。
最後に彼女が確認しに行く予定だった参加者は。
そして今回の、最終的な結果。……なぜ? 《見えていた》のか?
いや違う。《天飼千世》にそこまでの力はない。確定していないものは、可能性だけ。
バトルロワイアルは、確定しないものに入る。ならば……。
「時間だ。“送る”よ、雷鳥」
「……ええ」
思考は打ち切られた。
どのみち思考しても答えは出ないだろうと、雷鳥はそこで考えるのを止めた。
なにぶん、今回の実験までで雷鳥の望みは半分以上もう叶ってしまったことが、
彼女の追及欲を減退させる一因となっていた。
そう、メインイベントがまだ終わっていない。
最後の最後、種明かしの“おはなし”。
主催と優勝者の”おはなし”の裏で行われる、彼女の最上の望み。
「あの子のベッドのある部屋まで、お願いします」
それこそが、今回の実験を彼女が進行した理由なのだから。
「――いいや、その前に、先に行く場所があるだろう」
「え?」
しかし、意気揚々と告げた場所は教授に否定された。
ワンテンポ遅れて、後ろで大崎が「あ、レアカードゲット~」と声を震わせた。
不思議がる雷鳥に向かって、教授はその特徴のない顔の、目の下部分を指差す。
「洗面台だよ。お色直し」
ずいぶん見れない顔になっているからね。と、そう告げて。
肩を叩いて、“文字”は“ヒト”をねぎらった。
「大詰めだろう、綺麗な顔で行こうじゃないか。……実験監督、お疲れ様」
用語解説
【幻想言語学】
言葉の持つ科学では説明できない力を中心に置いた研究をしている学問である。
XX年前に天飼千世が提唱し、近年までだいたい天飼千世により研究されていた。
現在、彼女の研究室には彼女を含めて三名の幻想言語学専攻生がいる。
最終更新:2017年04月30日 22:01