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虚無<ゼロ>の旋律-2 - (2010/08/02 (月) 09:44:14) のソース
&setpagename(~契約~メイジと戦士、2人の物語の始まり) #navi(虚無<ゼロ>の旋律) ―20世紀に、大きな戦争があった。 それは、モンスターと人間達との全面戦争。 突如現れた、理解出来ない生物。 それゆえにモンスターとしか呼ぶしかなかった、怪物達。 彼らが人間達に牙を向いた事に端を発する戦争で、人間と世界を護る為に戦ったのがメロスの戦士。 だが結果として人間は負け、影からモンスターに支配される世界へと変わった。 それでも、諦めない者達が居た。 生き残った戦士達と、彼らに導かれ成長した新たな戦士達。 絶望的な状況の中、彼らは必死に戦った。 戦いの途中で、仲間を失った。 誰からも感謝されなかった。 それどころか、自分達の生活を乱した者として石を投げられ罵倒された。 モンスター達の情報操作によって、『平和を乱す悪党』に仕立て上げられた。 その所為で、テロリスト扱いされ指名手配された。 ―それでも。 戦って。 戦って。 戦い、続けた。 全ては、自由の為に。 自分が決めた道を。真剣に志した生き方を、命を賭けて貫く為に。 そして。彼らは勝利した。 モンスター達の王、モンスターキングは倒れ。それに仕える幹部達もその多くが同じ道を辿った。 また、その過程で成功させた『ヤブサメ計画』。 それがどんな計画だったかは、別の機会に語る事になるが。 それによってメロスの戦士はその数を大きく増やした。 人間達が自由を手にするのも、そう遠い未来ではないだろう。 その様子を、音無 小百合はある場所から見守っていた。 彼女は、『ヤブサメ計画』の立案者であり、メロスの戦士達の隊長でもあった。 小百合は、やはり自分同様に見守っていた隣の男性を見やった。 彼は、かつて小百合の教え子で。 また、今回の勝利の原動力となった1人の戦士を導いた、凄腕の戦士だった。 その名は黒船・バラード。 鍛え上げられた体躯の上に漆黒のコートを纏い、小百合の様にサングラスを掛けていた。 ―黒船。やってくれたわね、あの子達。 全てを見届けた小百合は、黒船に向かって微笑む。 ―ああ。 それに対し黒船も、微笑みを小百合に返す。 それはとても、満足げなものだった。 ―ボッカ。 かつて、自分が小百合の背中を追いかけていた様に。 自分の背中を追い続け、やがては立派な戦士になった少年の名を黒船は呟く。 ―お前はよくやった、立派だったぞ。 ―誰もがきっと、お前を尊敬しているさ。 それは、黒船にとって最大級の賛辞である事が小百合には分かる。 彼は、その台詞を自分や皆に言って欲しかったからこそ、必死に頑張って来たのだから。 ―そろそろ行こうか、黒船。 ―そうだなぁ、先生。順番の終った奴が何時までも留まってるのは、良くない。 2人は踵を返すと、巨大な門へと歩いて行く。 門の前には、人影が。 いや、それは人ではなかった。 普通の人間なら頭部が在る筈の其処には。 変わった形で、針が奇妙な形に捻れた時計が納まっていた。 彼は、門の番人だった。 「おう、新しい奴―じゃなくてお前らか。もう用事は済んだのか?」 ―ええ、迷惑を掛けたみたいで悪いわね。 「いや、こっちはイキの良いのが2人分余計に来てくれたから、寧ろ得してる」 「ネビロスの頼みだったし、おめぇらが気にすることじゃねえ。面倒だからさっさと門をくぐれ」 小百合の詫びに、淡々と言葉を返す番人。 その様子に黒船と小百合は苦笑し、言われるがままに門をくぐろうとした。 その、瞬間だった。 小百合の目の前に、光る鏡が現れた。 突然の事に、小百合はどうすることも出来なかった。 勢いのまま鏡に触れてしまい、そのまま吸い込まれていく。 ―何!? ―先生!? 「ちょ、なんだこりゃあ!?」 三者三様の驚きの声。 番人まで驚いている所を見ると、これは彼にとってもイレギュラーな事態らしい。 ―先生! 必死に小百合の手を掴み、引き戻そうとする黒船。 だが、その努力も空しく小百合の体は物凄い勢いで鏡へとその体を消していく。 小百合の体が全て鏡に吸い込まれると同時に、鏡は忽然とその姿を消し去った。 番人と黒船はその様子を呆然と見守るしかなかった。 ―ごめんね、黒船。私が逝くのは、もう少し先になるみたい…… 一方小百合は、光に包まれながら小さく呟き。気付いたら― 濛々と立ち込める煙に包まれながら、立ち尽くしていた。 煙の向こうから、誰かの声が聞こえる。 漸く煙が完全に晴れた時。 「ここは……?」 彼女の眼に入ったのは。 「平、民? アンタ、誰……?」 見知らぬ景色と、自分に近寄る桃色の髪の少女だった。 「メロスの戦士……傭兵みたいなものなの?」 小百合の言葉に、首を傾げるルイズ。その事に、小百合は軽い驚きを覚えた。 (メロスの戦士を知らない? まさか、そんな筈は……) 在り得ない。少なくとも、自分が元居た場所でメロスの戦士を知らない者など、いなかった。 なのに。自分の目の前に立つ、桃色の髪の娘は、それを知らないと言う。 動揺を辛うじて胸の内で押し留め、ルイズの問いに答える。 「傭兵ではないわ。……戦いを生業にしていると言う所は、共通しているけど」 詳しく説明すると長くなるからまた後でね、と曖昧に言葉を濁す。 ルイズもその事自体には然程興味を抱いていなかったらしい。一言ならいいわ、と言うだけだった。 「ねえ…ここは何処? 名乗ったのだから、質問には答えて貰えるのよね?」 「解ってるわよ、急かさなくてもきちんと答えてあげるわ」 そして、ルイズから説明された。 彼女の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだと言う事。 此処はハルキゲニアと言う大陸で。其処にあるトリステインと言う国に建てられた、魔法学院だと言うこと。 ここはメイジを養成する学校で、自分は其処の生徒である事。 今は進級に必要な『春の使い魔召喚の儀式』が行われていて、自分はそれによってルイズに召喚されたと言う事。 「ちょっと待って、メイジって何?」 「メイジはメイジよ。魔法を使う人達の事。そんな事も知らないなんて、貴方何処の田舎者?」 信じられない、と溜息を付くルイズ。だが、信じられないのは小百合の方だ。 メイジとはつまり魔法使い? なんだそれは。 ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし、何故そんな人達が居るのか。 とは言え、自分もメロスの戦士と言う超常の力を操る人種。モンスターと言う化物と戦っていた身なのだ。 魔法使いが居たって可笑しくはないのかもしれない。 それでも、自分がいた地球において魔法使いが居たなどと、ましてやそれを養成する場所がある等聞いた事がない。 小百合達にとって魔法使いとは、あくまで御伽噺かオカルトの域を出ない存在だ。 なら、そんな魔法使いが存在する此処は、一体何処なのだろうか? 少なくとも、トリステインと言う地名は地球にはない。 ならば、此処は。小百合はある仮説を思い付く。ただしそれはもう既に確信に近かったが。 (多分、私が元居た場所とは違う、異世界) そして、ルイズの言葉を借りるならば、自分は彼女に使い魔として召喚されたらしい。 それにしては言葉が通じるのがなんとも奇妙な話だったが、まあ自分の知らない魔法か何かだろう、と考えるのを止めた。 (一寸先は闇とは良く言ったものだけど、コレは少しばかりエキセントリック過ぎない?) 途方に暮れ、天を仰ぐ。自然と、溜息が出た。 「それにしても、何度も失敗してやっと成功したと思ったら召喚したのは平民だったなんて…やりきれないわ」 「ミス・ヴァリエール、彼女を召喚した以上は―」 「わかってます!この平民と契約しなくちゃいけないって事くらい!」 愚痴るルイズに釘を刺そうとしたコルベールに先んじて、ルイズが半ば自棄っぱちな口調で叫んだ。 「そうですか。ならば、儀式の続きを」 「だからわかっています! …だ大丈夫。相手は女性だし使い魔だし。コレはノーカウントよ、そうノーカン…」 ブツブツと呟き更に小百合へと歩み寄る。2人の距離は既に互いの息がかかりそうな程近い。 「ええと…契約って、一体どう言うこと? コレから何をするの?」 小百合はルイズの顔を困った様に見つめる。 「ちょっと黙ってて。…いい? 貴族にこんな事して貰えるのよ?光栄に思いなさい」 ルイズが眼を瞑る。その顔には諦念と覚悟が入り混じったような表情が浮かんでいた。 手に持った杖を振りながら、呪文の詠唱を始める。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 朗々と呪文を唱え終えた後、小百合の額に杖を置く。そして小さく背伸びして、唇を近づけて行く。 ―だが、そこでルイズは何かに気付いた様に動きを止め、眉を顰めた胡乱な顔で尋ねた。 「その前に、貴方に1つ訊きたいんだけど」 「?」 きょとん、とした顔の小百合に、ルイズはこう問うた。 「なんで貴方の体、うっすらと透けてるの?」 そう、彼女の体は良く見なければ分からない程度だったが、向こうの景色が透けて見えていた。 その問いに小百合はああ、そんなことかと呟いて。淡々と、こう答えた。 「だって私、死んでるから」 ―それはモンスターとの戦争の途中だった。 圧倒的な戦力差の中戦い続け、疲弊した彼女を悲劇は襲った。 モンスターの中でも指折りの実力者だった幹部の1人が、彼女に襲い掛かったのである。 抵抗も虚しく、戦場で散って行った多くの戦士たち同様、彼女も殺され瓦礫の下に埋まった。 その後、とある者の手によって現世に舞い戻った事はあった。 だがそれは一時的なもの。戦士達の手助けをした後、同じく現世に舞い戻った黒船と一緒に、あの世へ旅立つ筈だった。 その折に、召喚されたのだ。死んでいて当然である。 それは兎も角。小百合の答えに、ルイズは驚いて眼を見開いた。 「って事は…アンタ幽霊!?」 「そうなるわね。貴方に召喚されたのだって、あの世に行く途中だったのよ?」 ほらこの通り、とルイズへ向けて手を伸ばす。 その手はルイズの体に触れること無くすり抜けていった。 実体が、無い。つまりは本物の、幽霊― 「すげぇ! ルイズが平民の幽霊を召喚したぞ!」 「流石[[ゼロのルイズ]]! 俺達に出来ない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる憧れるゥ!!」 「……きゅう(ドサリ)」 「ちょっとタバサ!? 大丈夫!?」 「きゅいきゅいきゅい!?」 「幽霊とはいえ平民を召喚してどうするのヴァリエールー?」 「きっとまた間違えたのよ! いつも失敗ばかりだものね!」 心無い野次が、周りの生徒から浴びせられる。 ……野次ではない声が混じっていたが、頭に血が上ったルイズの耳には届かない。 「うるさいうるさいうるさい!」 真っ赤な顔で周囲に怒鳴り散らすルイズ。 自分だって好きで召喚したワケじゃない、選ぶなんて出来ないんだから仕方ないとブツブツ呟く。 「…そんなに珍しいことなの?」 「周りを見て見なさいよ、他の生徒が召喚した使い魔の中に貴方見たいなの、いる?」 言われた通り離れた所で(爆風回避の為)見ていた生徒達の方を見れば。 フクロウや巨大な蛇など地球にもいそうなのも居れば、 目玉だけのバグベアー、6本足のトカゲと言う風貌のバジリスク、蛸人魚のスキュア等、RPGの世界から抜け出てきた様なものまで。 多種多様な生き物が召喚主であろう生徒達の脇に控えていた。 だが、少なくとも自分の様な人間は1人も居なかった。 「ミス・ヴァリエール……」 「わ分かってます!……行くわよ、じっとしてなさい」 コルベールの焦れた声に慌てて小百合へと向き直るルイズ。 「ちょっと、何を―」 「黙って! んっ……」 混乱する小百合の言葉を怒鳴り声で遮り、ルイズは唇を彼女と重ねた。 柔かい感触に、小百合の思考は一瞬停止した。 (え、キス!? 儀式ってコレの事!? あ、でも戦士の1人が持ってた漫画にそう言うのがあったわね、キスで契約とか。方法としては意外とメジャーなのかしらね? っていうか久しぶりのキスの相手が同姓ってどうなの!? メロスの戦士に目覚めて以来浮ついた話なんてなかったし男なんて戦士の素質に目覚めたムサイ奴等か司令部のオッサンやジジイばっかだったのに!) 思えば色気のない一生だったわねぇ、と1人こっそり凹む小百合だったが。 1つの疑問が頭に浮かぶ。 (待って。なんで彼女とキスが出来るの?) 自分は幽霊で実体が無いはず。なのに何故自分の唇とルイズの唇は触れ合っている? その答えは、直ぐに分かった。 体の感覚が、唇から順に蘇っている。肌をくすぐる風の感触と、それが伝える気温で解る。 見ると。半透明だった幽霊の体が生身の肉体に置き換わっていく。 頭から首へ、首から胴体へ。 次に二の腕と太腿。最後に手足の指先。 信じられないことだが、自分は生き返ったらしい。 唇を離したルイズにもその変化が分かったようだった。 「どういうこと……?」 照れの為か顔を真っ赤にしながら、ルイズ。 「私が訊きたいわ……痛っ」 熱くなる体、左手から焼け付くような痛み。思わず顔を顰め左手を押さえる。 「心配ないわ。使い魔のルーンが刻まれてるだけ。すぐ終るわ」 「サモン・[[サーヴァント]]は何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんと1回で出来たようだね」 「はい、有難うございます……!」 嬉しそうに言うコルベールと、やはり達成感に満ちた笑顔で答えるルイズ。 こっちは痛くてそれ所じゃないんだけど、と言いたい小百合だったが、痛みで声がでない。 暫くしてやがて痛みが納まり、小百合は左手の甲から抑えていた手を除ける。 そこには蛇がのたくったような見慣れない文字が躍っていた。 「ふむ、見慣れないルーンですな……。ちょっと失礼」 いつの間にか近くまで来ていたコルベールが、小百合の手を取りまじまじと見た。 「やはり、珍しい……。それに、儀式をした途端幽霊が実体を取り戻すなど前代未聞だ」 最も平民を呼び出すこと自体前例はないのですが、とコルベール。 「後で調べてみる事にしよう。何か解ったらミス・ヴァリエール、ミス…でよろしいかな?」 「ええ。残念ながら未婚ですから」 「ではミス・オトナシ。そうなったら、後で報告する事もあるでしょう。では皆」 そう言って此方に背向け、他の生徒達に声を掛けるコルベール。 「学院に戻りなさい。寄り道などしないように」 その言葉に、他の生徒達が浮き上がる。 浮き上がった後、すぅっと音も無く石造りの城の様な建物―あれが魔法学院だろう―に向かって飛んでいった。 「凄いわね…あれも魔法?」 その光景に、感嘆の溜息を漏らす小百合。 そんな彼女に、ルイズは何故か不機嫌そうな顔で説明する。 「……『フライ』の魔法を使ってるのよ。浮き上がるだけだったら『レビテーション』を使うメイジもいるけど」 「本当に魔法を知らないのね。何処の出身なの?」 「うーん……凄く遠い所、かな。だから、ここの常識に疎かったりしれないわね」 別の世界出身と言っても信じてもらえないだろうと、適当に誤魔化す小百合。 「ふぅん。まあ分からない事は教えるけど。使い魔を躾け教育するのは主の義務だもの」 「躾って…」 呆れた様に頬を掻く小百合。 そして、誰もが思い付くであろう、至極真っ当な質問を口にした。 「あら?それなら……何故貴方は飛ばないの?」 「うるさいわね! 私が飛んだら貴方を置いてっちゃうでしょう!それだけよ!」 「なんで怒ってるの?」 「私はうるさいって言ったのよ。さっさと歩いて」 にべにもないルイズの態度にやれやれと肩を竦める小百合。 言われた通りルイズの隣に並んで唯々諾々と歩いていると。 前を歩いていたコルベールが前を向いたまま、思いだしたように口を開いた。 「あー……そうそう。ミス・オトナシ」 「貴方は、名乗った時に自分は『メロスの戦士』と言ったね?」 「……そうですが。それが何か?」 「絶対に、周囲にその事を洩らしてはいけない。ミス・ヴァリエールも」 「ミス・オトナシについて何か聞かれても『タダの平民』で通しなさい」 「貴方の二の腕に刻まれている紋章も、袖のある服か何かで隠しておいた方が良い」 振り返らぬまま言うコルベール。 さり気無い話の切り出し方とは、うって変わった真剣な口調。彼から漂う緊迫した雰囲気。 ルイズと小百合は眉を顰めいぶかしむ。 「ミスタ・コルベール……?」 「……何故です?」 「詳しくは言えないんだ、済まない……。だが、悪い事は言わない。命が惜しかったら、私の言う通りにするんだ。いいね」 そう言い残すと、コルベールは『フライ』の呪文を唱え浮き上がる。 そしてそのまま、学院へ向かって飛び去ってしまった。 「なんだったのかしら…まあいいわ。えっと…」 「小百合、で良いわ」 「そう、ならサユリ。私の部屋に行くわよ。使い魔の仕事について色々話すこともあるし」 そう言うと、再び学院へ向かって歩きだすルイズ。 先程のコルベールの言葉に胸騒ぎを覚えつつ、小百合は黙ってルイズの後を追った。 場所は変わって、そこは学院内にある寮の中、ルイズの部屋だ。 小百合とルイズの2人はテーブルを挟んで椅子に腰掛けていた。 使い魔の仕事の事、ハルキゲニアの事。トリステインの事。この学院の事。 小百合の事。小百合が生きていた頃の事。暮らしていた場所の事、当時彼女が置かれていた状況。 互いに色々な事を聞いているうちに、すっかり日も暮れていた。 窓から見えるは地球にはない二つの月。やはりここは異世界なのだと、しみじみと小百合に実感させた。 「要は、衣食住の面倒を見て貰う代わりに、身の回りの世話をすれば良いのね?」 「まあ、そう言う事。他には主の目となり耳となる能力が与えられるらしいんだけど…」 「私の見た景色や聞いた音を共有するってことね」 プライバシーも何もあったもんじゃないわ、とボヤく小百合。 だがルイズはその心配はないわよ、と小百合に向かって手をひらひらと振った。 「でも私達は無理みたい。何にも見えないもの」 「どの道空を飛んだり狭い所に入ったり出来るワケじゃないし、出来ても大した意味は無い、か」 「そういう問題じゃ無いと思うけど…」 はぁ、と溜息をつくルイズに、額に一筋の汗を浮かべつつ小百合はやんわりとつっこんだ。 「後は秘薬とか主人の望んだ物を見つけてくるのも一般的な使い魔の役目の1つね」 「秘薬って?」 「特定の魔法を使う触媒よ。硫黄とかコケとか、そういうの。……出来る? サユリ」 「出来ると思う? ここの常識にすら疎い私が」 「……出来ないわよね。まあ仕方ないわよね、平民なんだし」 ルイズは話を続ける。その声からは落胆の色が隠しきれない。 「最後に、コレが一番重要なんだけど……使い魔って言うのは主人を護る存在なのよ」 「要はボディーガードね。それなら任せなさい」 「自分で言うのもなんだけど、結構強いわよ、私」 「ああそう」 誇らしげに力こぶを作るジェスチャーをしてみせる小百合に、ルイズは力無い返事を返した。 「……信じてないわね?」 「当り前よ。メロスの戦士だかなんだか知らないけど、要は只の平民じゃない」 カラスだって倒せそうに無いわ、と不満げに口を尖らせるルイズは知らない。 彼女がメロスの戦士の中でも、トップクラスの戦闘力を持つ存在である事を。 彼女の教え子である黒船をして、「世界で一番強い、無敵の人」と言わしめる存在だと言う事を。 そして、その事実を後に嫌と言うほど思い知らされる事もまた、知らなかった。 「取りあえず、当面は私の身の回りの世話をお願い」 「仕方ない、契約しちゃったものね……殆ど無理矢理だけど」 「わ私だって好きで契約したんじゃないもん!あの儀式はやり直しがきかないのよ!」 「再びサモン・サーヴァントを行う為には、使い魔が死ななきゃいけないの。……死んでみる?」 「別にいいけど?」 さらりと言う小百合に、思わず座っていた椅子からずり落ちそうになるルイズ。 「そこは普通拒否しておく所じゃないの……?」 「一度は死んだ身だもの。もう1回死のうと同じ事よ」 「信じらんない。……そんなに、私の使い魔になるのは、イヤ?」 「じゃああなたは、行き成り見知らぬ場所に拉致されて、ご飯と寝床を用意してやるから身の回りの世話をしろ、言う事を聞けって言われて、貴方ならハイそうしますって、素直に言える?そう言うしかないとしても、よ」 「拉致ってそんな、人聞きの悪い。コレは神聖な儀式で…」 「行き成り呼び出された側にとっては、同じ事よ」 ルイズの弱々しい反論をピシャリと切って捨てる。其処には微塵の容赦も無い。 取るに足らない存在だと思っていた使い魔からの思わぬ反撃に、ルイズの額に青筋が浮かぶ。 「ああアンタねえ! ご主人様に対してそんな口聞いて良いと思ってんの!?」 「たとえ言葉が過ぎようと、貴方を怒らせようと、これは言わせてもらうわ」 「それが我慢できないなら、今直ぐ私を殺して召喚し直しなさい」 「さっきも言ったけど、私は死ぬ事は怖くない。元の状態に戻るだけだもの。……未練もないしね」 そう言われては何も言い返す事は出来ない。 なによ、それ。ずるいじゃないの。 ルイズは悔しげに唇を噛む。 「だから。正直な所召喚されたことも、使い魔になる事もそれほどイヤではないわ。でもね」 「貴方が私って言う1人の人間を召喚して、使い魔にするって事の意味を、ちゃんと考えて」 「自分のしでかした事の重大さを、きちんと認識して貰いたいの」 「極端な事を言えば、貴方は死に無くなければ奴隷になれと言っているのよ?」 「もう一度聞くわ。もし貴方が逆の立場になったら、どう思う?」 その言葉に、ルイズは考える。 気が付いたら知らない場所に連れてこられ。自分独りでは生きていけない所をつけこまれ、馬車馬の様にこき使われ。 2度と家には帰れず。いつ見放され、殺されるかを怯えて過ごす一生。 厳しくも優しいお父様やお母様。 自分をチビ呼ばわりし、ことあるごとに頬をつねって苛められるけど、なんだかんだ面倒を見てくれて。 彼女なりに自分を可愛がってくれた姉さま。 自分にとって憧れの存在であり、何時でも自分の味方であり理解者だった優しいちいねえさま。 そんな家族にも、2度と会えない。そんなの、そんなの― 「……イヤよ。絶対に、イヤ。決まってるじゃない」 フルフルと、頭を振るルイズ。 「そうよね、ルイズ。でも、貴方が私に対して要求しているのは、そう言う事なのよ」 「……そんなつもりは無かったのよ」 「そうでしょうね。それに、私を戻す方法も無いんでしょう?」 小百合の問いに、口を噤むルイズ。それを小百合は肯定と受けとった。 「そんな事だろうと思ったわ。そんな方法があったら、真っ先に貴方がそれを試している筈だものね」 「……ごめん、なさい……」 「謝らなくていいわよ。ただ―」 「私にしようとした事は、とても良くない事だと分かってもらいたかったの。それだけよ」 「……うん、解ったわ」 「よし、良い子良い子」 優しく微笑み、ルイズの頭を撫でながら、小百合は思う。 この子は少しプライドが高くて、不器用で。だから、簡単に他人に迎合したりできないから、かみついちゃうこともあるけれど。 でも。筋の通った正しい理屈を素直に聞き入れる事が出来る子だ。きっと、真っ直ぐな心根の持ち主なんだろう。 (なんだか、昔の黒船みたい) あの世に置いてきた教え子を思い出し、少しだけ胸の奥が切なくなった。 かたやルイズといえば、気恥ずかしげに頬を紅くしながら、小百合の手を振り払った。 「もう。子ども扱いしないでよ……私、これでも16なんだけど」 「え? そうなの?」 心底意外そうな小百合に、ルイズの顔は不機嫌の色に染まる。 「…幾つに見えたのよ?」 「ごめんなさい。正直……12、13」 「ちょっと! それはいくらなんでも酷すぎるわ!何処をどう見ればそんな風に見えるのよ!」 「…訊きたいの?」 言いつつ、小百合の視線はルイズの体のある部分に注がれる。ハッキリ言ってしまえば、胸だ。 彼女ほどの年頃なら、ある程度の起伏が出来ていて当然の部分は、どうしようもなく平らだった。 見ていて可哀想になるほどに、其処には何もない。 まな板なのである。大草原の小さな胸なのである。イボンコペッチャンコなのである。 「……言わないで。死にたくなるから」 「死ぬのも案外悪く無いわよ?」 「笑えない冗談は止めてよ……」 「ふふ、そうね」 「……もう」 ふくれっつらのルイズと、微笑を浮かべる小百合。この夜、少しだけ2人の心の距離が縮まった。 ---- #navi(虚無<ゼロ>の旋律)