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虚無を担う女、文珠を使う男-03 - (2008/02/11 (月) 00:58:49) のソース
#navi(虚無を担う女、文珠を使う男) 第3珠 ~犬、授業をエスケープする~ 上機嫌で洗濯を終えた横島は厨房へ向っていた。 先ほど洗濯場の事を教えてくれた子は、まだ仕事があると言っていた。 この時間なら朝食の準備とか後片付けだろう。 洗濯済みの衣服をどこで干せば良いのか聞き忘れてたし、それに上手くすれば残飯くらいもらえるかもしれない。 そう思いながら歩いていた彼に、たまたま視界に入ってきた女性のお尻が、熟れた桃のように見えたとしても誰が咎める事が出来よう。 抱えている洗濯籠を無意識のうちに落とした横島は、目にも留まらぬ速さで彼女のお尻の後ろに陣取る。 さわさわさわ。 「くぅ、この美神さんにも匹敵しそうな桃、じゃなかった尻にこんな所で出会えるなんて! 生きてて良かったー」 いきなり背後からお尻をなでまわされて驚いた彼女は、振り向きざま容赦なくその不届きな男を蹴り飛ばした! 「ぐはっ!」 彼が意識を失う直前に見たのは、メガネをかけて理知的な顔立ちを演出している、妙齢の美女だ。 「学院長! 今度やったら…ってあら?」 彼女の目の前で、泡をふいてる奇妙な格好の男。 「お、おほほほほ。どこのどなたか存じませんが、申し訳ございません。でも、あなたも悪いんですよ? いきなりそんな事をするから…」 と言いながら、あたりをキョロキョロとする彼女。誰も見ていなかったことを確認すると、ほっとしたような表情をする。 そして、少し考え込んでから彼の肩の近くでしゃがみこみ、声をかける。 「大丈夫ですか? こんな所で倒れていては貴族の皆様のご迷惑ですし、お辛いでしょうけど、お立ちになって下さいませんこと?」 「う、うーん」 「もしまだ痛むのでしたら、私の部屋で休んでいかれてはどうでしょう? 幸い…」 その話を聞いた途端、「ガバッ」と飛び起きる横島。 びっくりして、ズズッと後ずさる彼女。 「いやーっはっはっは。これくらい何てことありませんが、どうしても、と言うのであれば、お姉さんの部屋で是非とも休ませていただきましょうー」 「まぁ、気絶するほどでしたのに、もう大丈夫なんですか? お強いんですね。 私、あなたに興味が出てまいりましたわ。是非是非、いらして下さいな」 「はっはっは。女性のお誘いを断るなんてとんでもない!!」 そう答えながら、早くもこれからの事を妄想しまくる横島。 前を歩く彼女が忍び笑いをもらしていた事には全く気づいていない。 ルイズに会うというアクシデントもなく、無事に部屋にたどり着く二人。 ちなみに彼女は、名前を「ロングビル」と言って、この学院の学院長の秘書として雇われている平民らしい。 道中から続いている、簡単な自己紹介から始まったお互いの会話は、徐々に横島の武勇伝がメインとなっていった。 部屋に着いた当初、ロングビルは横島と向きあうように座って話を聞いていた。 横島の目線が彼女の胸元にしばしば向かうのを知ってか知らずか、ごく自然と胸を強調する座り方だ。 そして話が一段落した後、お茶のお代わりを持ってきたときに、横島の隣へと席を移した彼女。弥が上にも、うなぎのぼりに上がっていく彼の霊力。 「ヨコシマさんって、本当にすごいんですのね。先ほどお会いしたときも、側に来られたのに全然気づきませんでしたし」 「いやー もう全てこの、あなたのお美しいお尻が悪いんですよ」 と言いつつ、彼女のお尻へ手を伸ばす横島。 「あら、いやですわ、まだ外は明るいですわよ。 それよりも、あなたのお話をもっとお聞かせくださいな。 例えば、その『悪霊』? と戦っていた時に使った武器の話とか。是非一度見てみたい物ですわ」 「そんな事より、僕はお姉さんともっとスキンシップをはかりたいなぁ、とか…」 「意地悪な事を言わずに、どうかお願いいたしますわ?」 そう言って、横島の肩にすりよる彼女。 攻める事はあっても、攻められる事は滅多にない横島。 自分で言っておいたくせに、彼女の行動に照れまくった彼は、こういう場で一番やってはいけない事をやってしまう。 「お、お姉さん、ぼかぁもう!!」 と言いつつ、たこくちびるでキスを迫ったのだ。 さすがにそれには大笑いしてしまうロングビル。 「ぷっ。あっはっはっは。ちょっと刺激が強かったみたいだねぇ? 何だかんだ言っても子供は子供、って事か」 「しゃーないやんか、しゃーないやんかー こんな経験、滅多に出来んやないかー」 それまでの雰囲気とは一変して、お腹を抱えて気持ちよく笑ってる彼女だが、笑われてる横島は落ち込み街道まっしぐらだ。 「はいはい、全くしょうがないねぇ。いい加減泣き止みなよ。 で、さっきの話の続きだけど、ありゃ本当の話かい? にわかには信じ難いんだけど、あたしの気を引く為だけにしてはかなり凝ってた話だったねぇ」 あまりに落ち込んでいる横島をみて、話題を変えるロングビル。 その目の真剣さは、気分を変える為だけに話題を変えたわけではないと物語っていた。 落ち込み街道まっしぐらだった横島は、そんな事どころか、彼女の口調が先ほどよりもくだけている事にも気づかなかった。 が、そのおかげで彼自身も普通に話す事が出来るようになった。 「あー、それは本当のことっす。ちょっと離れてて下さい、危ないっすから」 そう言って少し離れると、ハンズ・オブ・グローリーとサイキック・ソーサーを展開する。 「この右手の方の長剣が『ハンズ・オブ・グローリー』で、左手に出した盾が『サイキック・ソーサー』。 霊力が有る限りは、自由自在に出し入れできる、俺が一番良く使う霊能っす」 「こ、これは… 本当すごい能力だねぇ… 何より、呪文も杖もいらないってのが魅力的だね。 先住魔法だって、杖はともかく呪文はいるはずだし… この分だと、さっきの話の『文珠』っていうのも期待できそうだね。 絶対絶命のピンチを何度も救ったんだろ?」 「すごいって言えばすごいんすけど、それだけ燃費も悪いんで、滅多に使えないんすよ。 この分だと、明日にならないと使えなさそうっす」 「そっか。そりゃ残念だね… じゃあ今度見せてくれるのを楽しみにしてるよ」 「え? 今度って!? も、もしかしてまたここに来ていいんすか?」 「あんたならいつだって大歓迎さ。 ここの学院長、ほんっとどうしようもないスケベ爺でねぇ。 それに周りが貴族ばっかりだから、全然気が休まらないし。 あんたは平民だし、話し相手にはちょうどいいからね」 こんな感じで、昼食になるまで雑談をした二人は、厨房の前に来ていた。 「あたしが頼んでおいたから、あんたはここで飯を食べな。 なぁに、ここの連中はあたしと同じで貴族嫌いだから、誰も告げ口なんかしないから安心しな」 「もう本当何から何まですんません。というか、ロングビルさん実は貴族嫌いだったんすね。 最初あった時はもしかして猫被ってました?」 「お姉さんに向ってそんな失礼な事言うんじゃないよ。 だいたい、そういうあんただって、最初なんか爆笑もんだったよ」 「そ、それは言わんといてー」 「ま、そういうことで。今度会った時に『文珠』を見せてもらうの、楽しみにしてるよ」 そう言って彼女は去っていき、残された横島には代わりに1日ぶりのまともな飯が配られたのだった。 一方こちらは、朝食を終えたルイズ。 自室にて横島が帰ってくるのを待っていたのだが、一向に帰ってくる気配がない。 「このままじゃ授業に遅れちゃうじゃない。 最初の1週間は出来るだけ使い魔を連れて行くって決まりになってるのに…」 「そ、そうよ。あいつだって一応使い魔なんだから、『使い魔との視覚共有』が出来るはずよね?」 そうやって、目を瞑り集中するルイズだったが… 残念ながら、彼女の目には何も映らなかった。 「どうして見えないのよ!! これじゃあいつがどこにいるかなんてわからないじゃない…」 結局、ルイズは一人で授業のある教室へ向かう事となった。 (なによあいつ、洗濯も満足に出来ないわけ? 敬意は無し、我慢もなし、おまけに朝も弱いじゃ無い無いづくしの大セールじゃない。 あんなのと一緒にやっていけるのか、なんて心配してる場合じゃ無かったわ。 そもそも一緒にすらいられないじゃない) 教室にたどり着き、扉を開ける。 先に来ていた生徒達のうち何名かがルイズを見て、一人で入ってきたルイズを口々に馬鹿にする。 が、それを無視して適当に空いている席を探して座る。 「おいルイズ、使い魔はどうしたんだよ?」 「1週間は授業を一緒に受ける決まりだろ?」 「ルイズの使い魔って、教室に入らないほど大きかったか?」 「コントラクト・[[サーヴァント]]もする前に逃げられたんだろ?」 「噂じゃ平民だって言うじゃないか。平民にも逃げられるなんて、さすがだぜ」 (あいつを呼んだせいで、馬鹿にされる事が増えてる… これなら、何にも呼ばなかった方がマシじゃない!) いい加減うるさいと思ったルイズは、僅かな望みをかけて反論する。 これでちょっとでも黙ってくれれば… 「なによなによ、そういうあんたらはあいつを見て、メイジ殺しだなんだと大騒ぎしたくせに!!」 「コルベール先生がちょっと手を出すフリをしただけで、すぐ逃げ出したって聞いたぜ?」 「所詮平民はメイジには勝てないのさ。ま、彼も君が主人で良かったかもね。 だからこそうまく逃げ出せたんだろう?」 僅かな望みは、あっけなく崩れた。 いつの間にか、ほぼ全員の生徒が会話を聞いていた。 最後の台詞を聞いて教室中が悪意のこもった笑いにつつまれた。 ルイズは、その笑いに泣きたくなるのをじっと耐えている。 (嫌な笑いね。そんなにヴァリエールの家がうらやましいのかしら。 家じゃ勝てないから寄って集って、だなんて、貴族が聞いて飽きれるわ) 今までの会話を聞いていたキュルケ、そう思いながらルイズの座った席へと向かう。 「ね、ねぇルイズ? 私はちゃんとあなたがコントラクト・サーヴァントまでしたのを見たわよ。 まぁちょっと冴えない使い魔みたいだけど、これからちゃんと躾けていけばいいじゃない」 キュルケはその直後、慣れない事はするもんじゃないわね、と心の底から思う羽目になる。 「あんたは良いわよね、ちゃんと言う事を聞ける上等な使い魔で。 …あんな奴なんか、呼ばなければ良かったわ!!」 ルイズの叫びに、一瞬動きを止めてしまったキュルケ。 (何を… 何を馬鹿な事を言ってるの!? あなたが魔法を成功させた、記念すべき第1号なのよ!!) ルイズを一発叩いてやろうと、手を振り上げかけたとき… ガラッ、という扉を開ける音がして教師が入ってきた事を知らせた。 立っていた生徒も座り、騒いでいた生徒達も静かになる。 こうなると、キュルケも席に戻る事しか出来なかった。 そして、教壇に立った教師が自己紹介を始める。 「皆さん席につきましたね。私が今年一年、土系統の講義を行います、赤土のシュヴルーズです。初めまして」 初めて会う先生だが、ルイズは好きになれそうになかった。 何故なら、自己紹介の最中、「2年生が召喚した使い魔を最初に見るのが好きなのです」なんて言ったからだ。 ここは室内だ。そして、使い魔には様々な種族がいる。 教室に入れないような大型の使い魔もいるし、そういった使い魔は当然ここには入れない。 いないものを見ることはできない。 だから私の側にあいつがいなくても、別に不思議な事は何にも無い。 何にも無いんだってば… 「あら。ミス・ヴァリエール? あなたの使い魔はどうしたんです?」 「わ、私の使い魔は…」 「今朝お聞きしましたわよ。ミス・ヴァリエールが使い魔としては大変珍しい平民を呼び出したってお話。 明日以降なら大丈夫でしょうけど、今日くらいはちゃんと側におくようにしておいた方が良いですね。 このトリステイン魔法学院は、ただの平民が用も無しにうろついていて良い場所ではありませんから、事情の知らない人の目に入ると、トラブルの元ですよ?」 「先生、ルイズは契約に失敗したんです。だからその呼ばれた平民も勝手気ままに出歩いてるんですよ!」 「ち、違うわよ! 召喚も契約もちゃんと成功したのよ! あいつはちょっと他のと違うから、難しいのよ!!」 「へぇ。さすが[[ゼロのルイズ]]だ。平民の扱いにも困ってるのか!!」 「先生、風邪っぴきのマリコルヌに侮辱されました!!」 一度は静まった教室が、また騒がしくなった。 シュヴルーズがそれに辟易して、マリコルヌとルイズ、二人の生徒に魔法をかける。 二人の口は赤土の塊でふさがれてしまい、何か言おうとしても、もごもごと言うだけとなってしまった。 自分の魔法で教室が静かになる。 それに満足したかのように、シュヴルーズは上機嫌で授業を始めた。 火・水・土・風の4系統魔法について、そして土は日常生活の基盤を担う大事な魔法である事。 2年生での最初の授業ということで、去年の復習が主な内容だったが、魔法が全く成功しないルイズにしてみれば、こんな授業は受けるだけ無駄に思えた。 何とか魔法を成功させようと、参考になりそうな書物はページが擦り切れるまで読みこんだのだ。 今なら何も見なくても諳んじる事だって出来る。 そんな事をぼーっと思っていると、どこからか自分を呼ぶ声がする。 いつの間にか、口の中の違和感は消えていた。 「…エール? ミス・ヴァリエール、聞いていますか?」 「は、はい!?」 「その様子だと、良くは聞いていなかったようですね。 いいでしょう、確かに去年の復習は面白くなかったかもしれません。 最後に、ミス・ヴァリエールにこの石を『錬金』してもらって、復習は終わりにしましょう」 シュヴルーズの言葉に、教室が三度ざわめき始めた。 「先生、危険です!」 「えーと、ミス・ツェルプストー? 一体何が危険なのでしょうか?」 「ルイズの魔法は、すべからず爆発します! 実習をするなら、せめて外でやるべきです!!」 そうやって必死にやめさせようとしているのはキュルケ。 他の生徒達は、各々自分が安全だと思う場所へ避難を始める。 タバサなどは、教室から退室するほどだ。 「いくら何でも、たかが『錬金』を唱えたくらいで爆発する事はないでしょう」 「やめてルイズ、お願い!」 シュヴルーズの説得に無理を感じたキュルケは、ルイズの方を説得にかかるがそれも無駄だった。 「いいえ、やります」 「そうです、失敗を恐れていては上達はありません」 ルイズは教壇へ向ってゆっくりと歩きながら思う。 (この先生も同じ事しか言わないのね。 悔しいけどキュルケの言う事は間違っては無いし、大体この教室の雰囲気を見てまだ何も思わないとか、無能なんじゃないの? いいわ、もう二度とそんな事言わないように盛大に失敗してあげる) 教壇へたどり着くルイズ。 ゆっくりと、気合を込めて『錬金』の呪文を唱え始める。 そして… いつもよりも盛大に石ころは爆発した。 シュヴルーズは爆風で吹き飛ばされて後頭部を激しく黒板にぶつけ、目を回している。 教壇もバラバラだ。 それだけの大惨事なのに、何ともないように立っているルイズ。 「先生、たかが『錬金』の魔法で爆発してしまう私は、これからどうやって魔法の練習をしていけば良いのでしょうか? 『錬金』のような系統魔法じゃなく、『ロック』や『明かり』等、もっと簡単なコモン・スペルでもいいです! 私に使える方法を教えて下さい!! それとも、今までの先生と同じで、『失敗をしてもめげずに練習し続ける事』としかおっしゃって下さらないんですかっ!!」 気絶したシュヴルーズに自分の話が聞こえるはずがないのは、話しかけている当のルイズでさえ分かってはいた。 分かってはいたが、ここまでのやりとりで溜まっていたルイズの怒りと悲しみが、彼女の口からあふれ出していた。 結局、ルイズの独白は、気を利かせた生徒の一人が呼んだ別の先生が来るまで続いた。 授業は中止、荒れた教室の清掃は使用人達が数名呼ばれて当たる事になり、情緒不安定と診断されたルイズは自室での休養を命じられたのだった。 ---- #navi(虚無を担う女、文珠を使う男)