寝る前のわずかな時間、タバサのすることは決まっていた。
読み返されてボロボロになった、子供用の他愛のない物語…
『イーヴァルディの勇者』を、まぶたが重くなるまでもう一度読み返すのだ。
読み返されてボロボロになった、子供用の他愛のない物語…
『イーヴァルディの勇者』を、まぶたが重くなるまでもう一度読み返すのだ。
イーヴァルディは洞窟の奥で竜と対峙しました。
何千年も生きた竜の鱗は、まるで金の延べ棒のようにきらきらと輝き、硬く強そうでした。
竜は震えながら剣を構えるイーヴァルディに言いました。
「小さきものよ。立ち去れ。ここはお前が来る場所ではない」
「ルーを返せ」
「あの娘はお前の妻なのか?」
「違う」
「お前とどのような関係があるのだ?」
「なんの関係もない。ただ、立ち寄った村でパンを食べさせてくれただけだ」
「それでお前は命を捨てるのか」
イーヴァルディは、ぶるぶると震えながら、言いました。
「それでぼくは命を賭けるんだ」
何千年も生きた竜の鱗は、まるで金の延べ棒のようにきらきらと輝き、硬く強そうでした。
竜は震えながら剣を構えるイーヴァルディに言いました。
「小さきものよ。立ち去れ。ここはお前が来る場所ではない」
「ルーを返せ」
「あの娘はお前の妻なのか?」
「違う」
「お前とどのような関係があるのだ?」
「なんの関係もない。ただ、立ち寄った村でパンを食べさせてくれただけだ」
「それでお前は命を捨てるのか」
イーヴァルディは、ぶるぶると震えながら、言いました。
「それでぼくは命を賭けるんだ」
何度も夢見た。自分を助けてくれる勇者が、いつか現れないだろうかと。
他の子供が憧れる勇者ではなく、勇者に助けられる姫になりたいと願った。
自分の手を引いて、この『日常』から救い出してくれる勇者をこそ、タバサは求めていたのだ。
他の子供が憧れる勇者ではなく、勇者に助けられる姫になりたいと願った。
自分の手を引いて、この『日常』から救い出してくれる勇者をこそ、タバサは求めていたのだ。
願いは…叶ったのか、叶わなかったのか。
曇天の『日常』に差し込んだ太陽は、土をまとい、錬金術という光をもってタバサを照らし出した。
あの錬金術師こそが私の勇者だと、本気でそう思ったこともあった。
ヴィオラートがイーヴァルディの勇者であると定義し、タバサは楽になった。自分は何も考えなくて良いからだ。
だが、ヴィオラートに接し、錬金術の道程を辿るうちに気付かされた。
タバサとヴィオラートの求めるものは違う。違っていいのだと。
タバサの求めるイーヴァルディの勇者は、タバサの中にいるものだと。
自分の完成させた一筋の光…琥珀湯を見つめながら、タバサはようやく本を閉じ、眠りについた。
曇天の『日常』に差し込んだ太陽は、土をまとい、錬金術という光をもってタバサを照らし出した。
あの錬金術師こそが私の勇者だと、本気でそう思ったこともあった。
ヴィオラートがイーヴァルディの勇者であると定義し、タバサは楽になった。自分は何も考えなくて良いからだ。
だが、ヴィオラートに接し、錬金術の道程を辿るうちに気付かされた。
タバサとヴィオラートの求めるものは違う。違っていいのだと。
タバサの求めるイーヴァルディの勇者は、タバサの中にいるものだと。
自分の完成させた一筋の光…琥珀湯を見つめながら、タバサはようやく本を閉じ、眠りについた。
ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師28~
オスマン氏は王宮から届けられたオルゴールを見つめながら、ぼんやりと髭をひねっていた。
古ぼけたボロボロのオルゴールである。茶色くくすみ、ニスは完全に剥げていて、所々傷も見える。
ふむ…と呟きながら、オスマン氏はオルゴールの蓋を開く。だが、その中ではドラムが空しく回り続けるだけ。
「これがトリステイン王室に伝わる、『始祖のオルゴール』か…」
六千年前、始祖ブリミルが神に祈りを奉げた際に鳴らしていたと伝承には残っているが、
音楽どころか微かな音さえも響いてこない。
「おそらく、まがいものかのう」
オスマン氏は、うさんくさげにそのオルゴールを眺めた。
偽物…この手の伝説の品にはよくあることである。
それが証拠に、一つしかないはずの『始祖のオルゴール』は各地に存在する。
金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室…いずれも自分の『始祖のオルゴール』が本物だと主張している。
本物か偽物かわからぬ、それらを集めただけで博物館ができると言われているぐらいだ。
「しかし、まがい物にしてもひどい出来じゃ。音さえも鳴らぬではないか」
オスマン氏は、各地で何度か『始祖のオルゴール』を見たことがあった。それらは全て、
所有者がもったいぶって蓋を開くと同時に美しい音色が鳴り、外観にはきらびやかな宝石が散りばめられていた。
しかし、このオルゴールは宝石どころかオルゴールとしての機能である音楽さえも鳴らすことが出来ない。
これではいくらなんでも詐欺ではないか。
古ぼけたボロボロのオルゴールである。茶色くくすみ、ニスは完全に剥げていて、所々傷も見える。
ふむ…と呟きながら、オスマン氏はオルゴールの蓋を開く。だが、その中ではドラムが空しく回り続けるだけ。
「これがトリステイン王室に伝わる、『始祖のオルゴール』か…」
六千年前、始祖ブリミルが神に祈りを奉げた際に鳴らしていたと伝承には残っているが、
音楽どころか微かな音さえも響いてこない。
「おそらく、まがいものかのう」
オスマン氏は、うさんくさげにそのオルゴールを眺めた。
偽物…この手の伝説の品にはよくあることである。
それが証拠に、一つしかないはずの『始祖のオルゴール』は各地に存在する。
金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室…いずれも自分の『始祖のオルゴール』が本物だと主張している。
本物か偽物かわからぬ、それらを集めただけで博物館ができると言われているぐらいだ。
「しかし、まがい物にしてもひどい出来じゃ。音さえも鳴らぬではないか」
オスマン氏は、各地で何度か『始祖のオルゴール』を見たことがあった。それらは全て、
所有者がもったいぶって蓋を開くと同時に美しい音色が鳴り、外観にはきらびやかな宝石が散りばめられていた。
しかし、このオルゴールは宝石どころかオルゴールとしての機能である音楽さえも鳴らすことが出来ない。
これではいくらなんでも詐欺ではないか。
その時、ノックの音がした。オスマン氏は秘書を雇わねばならぬな、と思いながら来室を促す。
「鍵は掛かっておらぬ。入ってきなさい」
扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。
桃色がかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。ルイズだ。
「わたくしをお呼びと聞いたものですから…」
ルイズは言った。オスマン氏は両手を広げて立ち上がり、この小さな来訪者を歓迎する。
そして、改めて先日のルイズの労をねぎらう。
「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたかな?思い返すだけでつらかろう。
だがしかし、おぬし達の活躍で同盟は無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」
優しい声で、オスマン氏は言った。
「そして、来月はゲルマニアで、無事王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる事が決定した。
君達のおかげじゃ、胸を張りなさい」
それを聞いて、ルイズはちょっと悲しくなった。幼なじみのアンリエッタは、
政治の道具として好きでもない皇帝と結婚するのだ。同盟の為には仕方がないとはいえ、
ルイズはアンリエッタの悲しそうな笑みを思い出すと、胸が締め付けられるような気がする。
なので、ルイズは黙って頭を下げた。オスマン氏はしばらくじっと黙ってルイズを見つめていたが、
思い出したように手に持った『始祖のオルゴール』をルイズに差し出した。
「これは?」
ルイズは、怪訝な顔でそのオルゴールを見つめた。
「始祖のオルゴールじゃ」
「始祖のオルゴール?これが?」
王室に伝わる、伝説のオルゴール。国宝のはずだった。どうしてそれを、オスマン氏が持っているのだろう?
「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。
選ばれた巫女は、この『始祖のオルゴール』を前に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」
「は、はあ」
ルイズはそこまで宮中の作法に詳しくはなかったので、気のない返事を返した。
「そして姫様は、その巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」
「姫様が?」
「その通りじゃ。巫女は式の前よりこの『始祖のオルゴール』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」
「ええっ!詔を私が考えるんですか!」
「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが…。伝統というのは、面倒なもんじゃのう。
だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。これは大変に名誉な事じゃぞ。
王族の式に立ち会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」
アンリエッタは、幼い頃、共に過ごした自分を式の巫女役に選んでくれたのだ。ルイズはきっと顔を上げた。
「わかりました。謹んで拝命いたします」
ルイズはオスマン氏の手から『始祖のオルゴール』を受け取る。オスマン氏は目を細めてルイズを見つめた。
「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」
「鍵は掛かっておらぬ。入ってきなさい」
扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。
桃色がかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。ルイズだ。
「わたくしをお呼びと聞いたものですから…」
ルイズは言った。オスマン氏は両手を広げて立ち上がり、この小さな来訪者を歓迎する。
そして、改めて先日のルイズの労をねぎらう。
「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたかな?思い返すだけでつらかろう。
だがしかし、おぬし達の活躍で同盟は無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」
優しい声で、オスマン氏は言った。
「そして、来月はゲルマニアで、無事王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる事が決定した。
君達のおかげじゃ、胸を張りなさい」
それを聞いて、ルイズはちょっと悲しくなった。幼なじみのアンリエッタは、
政治の道具として好きでもない皇帝と結婚するのだ。同盟の為には仕方がないとはいえ、
ルイズはアンリエッタの悲しそうな笑みを思い出すと、胸が締め付けられるような気がする。
なので、ルイズは黙って頭を下げた。オスマン氏はしばらくじっと黙ってルイズを見つめていたが、
思い出したように手に持った『始祖のオルゴール』をルイズに差し出した。
「これは?」
ルイズは、怪訝な顔でそのオルゴールを見つめた。
「始祖のオルゴールじゃ」
「始祖のオルゴール?これが?」
王室に伝わる、伝説のオルゴール。国宝のはずだった。どうしてそれを、オスマン氏が持っているのだろう?
「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。
選ばれた巫女は、この『始祖のオルゴール』を前に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」
「は、はあ」
ルイズはそこまで宮中の作法に詳しくはなかったので、気のない返事を返した。
「そして姫様は、その巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」
「姫様が?」
「その通りじゃ。巫女は式の前よりこの『始祖のオルゴール』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」
「ええっ!詔を私が考えるんですか!」
「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが…。伝統というのは、面倒なもんじゃのう。
だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。これは大変に名誉な事じゃぞ。
王族の式に立ち会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」
アンリエッタは、幼い頃、共に過ごした自分を式の巫女役に選んでくれたのだ。ルイズはきっと顔を上げた。
「わかりました。謹んで拝命いたします」
ルイズはオスマン氏の手から『始祖のオルゴール』を受け取る。オスマン氏は目を細めてルイズを見つめた。
「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」
ルイズが学院長の部屋に呼び出されたちょうどその頃。
ヴィオラートは、畑でとれた赤い花を種にする作業に没頭していた。
畑の脇に積み上げられた赤い花の山に立てかけられたデルフリンガーが、ヴィオラートに声をかける。
「よお、こりゃ何でえ」
「これはドンケルハイトっていうお花だよ」
「ドンケルハイト?聞いたことねえな」
「うん。あたしの世界の花を、錬金術で再現したものだからね」
ヴィオラートはそう言うと、一息置いてデルフリンガーに語りかけた。
「それに、聞いたことがないって言っても…」
「うん?」
「デルフリンガーくんは、昔聞いたはずの事ほとんど忘れてるじゃない」
「違ぇねえ」
デルフリンガーはカタカタと音を鳴らして、笑うという表現が適切ならば、笑った。
そう話す間もヴィオラートは手を休める事がない。
「なあ、相棒」
「ん?」
「相棒ほどの力があれば、無理に使い魔続ける事もなかったんじゃねえか?掃除洗濯、護衛の任まで果たして、
てめえの持ってる錬金術とかいう技術までご丁寧にただで教えてやって…何が望みなんだよ?」
「んー」
ヴィオラートはかなりの間言葉を探し、額に当てたにんじんを顔中に移動させながら、話し始めた。
「たしかに、呼び出した人がいやな人だったらすぐ出て行ったと思うけど」
「けど?」
「でも、ルイズちゃんはそんなにいやな人じゃなかったし…錬金術を教えても、悪用はしそうにないし」
「安全そうな奴なら誰でも良かったってか?」
「誰でも彼でもってわけじゃないけど。ちゃんとルイズちゃんの中身は見てたし…」
ヴィオラートはそこまで言うとデルフリンガーに向き直り、にんじんの切っ先を向けて、言った。
「それに、この世界に錬金術を広めることができたら、嬉しいと思ったしね」
「それで先生やってんのか」
「そうだね。誰かに何かを教えるのが、こんなに楽しいとは思わなかったよ」
ヴィオラートがそう言って微笑を浮かべたとき、建物の影から人影が現れた。
「誰?」
ヴィオラートが声をかけると、人影はびくっ!として、持っていた何かを取り落とした。
「シエスタちゃん?」
そこにいたのは、いつものメイド服からカチューシャを外しただけのシエスタ。
肩の上で切りそろえられた黒髪が、つややかに光っていた。
「それは何?」
ヴィオラートが声をかけると、シエスタは手に残った何かを差し出す。
「あ、あの、私の祖母が教えてくれた料理で…良かったらと思って」
「料理?」
「そうです、『ブランク地中』っていうんです」
「ブランクちちゅう?」
その名前に何かを感じたヴィオラートは、シエスタの手にある『ブランク地中』を観察してみる。
『ブランク地中』は、ヴィオラートの世界にある『ブランクシチュー』そのものだった。
「これは…あたしの世界にある『ブランクシチュー』にそっくりだね」
「そうなんですか?じゃあ、やっぱり…ヴィオラートさんとおばあちゃんは、同じ世界から来たんですね」
そう言ったシエスタは、ヴィオラートにそれを手渡し、たっぷり逡巡した後、ヴィオラートを覗き込んで問うた。
「ねえ、ヴィオラートさんの世界ってどんな所なんですか?」
「え?あたしの?」
「うん、聞かせてくださいな」
シエスタの目が、興味の光で爛々と輝き始める。
ヴィオラートは、畑でとれた赤い花を種にする作業に没頭していた。
畑の脇に積み上げられた赤い花の山に立てかけられたデルフリンガーが、ヴィオラートに声をかける。
「よお、こりゃ何でえ」
「これはドンケルハイトっていうお花だよ」
「ドンケルハイト?聞いたことねえな」
「うん。あたしの世界の花を、錬金術で再現したものだからね」
ヴィオラートはそう言うと、一息置いてデルフリンガーに語りかけた。
「それに、聞いたことがないって言っても…」
「うん?」
「デルフリンガーくんは、昔聞いたはずの事ほとんど忘れてるじゃない」
「違ぇねえ」
デルフリンガーはカタカタと音を鳴らして、笑うという表現が適切ならば、笑った。
そう話す間もヴィオラートは手を休める事がない。
「なあ、相棒」
「ん?」
「相棒ほどの力があれば、無理に使い魔続ける事もなかったんじゃねえか?掃除洗濯、護衛の任まで果たして、
てめえの持ってる錬金術とかいう技術までご丁寧にただで教えてやって…何が望みなんだよ?」
「んー」
ヴィオラートはかなりの間言葉を探し、額に当てたにんじんを顔中に移動させながら、話し始めた。
「たしかに、呼び出した人がいやな人だったらすぐ出て行ったと思うけど」
「けど?」
「でも、ルイズちゃんはそんなにいやな人じゃなかったし…錬金術を教えても、悪用はしそうにないし」
「安全そうな奴なら誰でも良かったってか?」
「誰でも彼でもってわけじゃないけど。ちゃんとルイズちゃんの中身は見てたし…」
ヴィオラートはそこまで言うとデルフリンガーに向き直り、にんじんの切っ先を向けて、言った。
「それに、この世界に錬金術を広めることができたら、嬉しいと思ったしね」
「それで先生やってんのか」
「そうだね。誰かに何かを教えるのが、こんなに楽しいとは思わなかったよ」
ヴィオラートがそう言って微笑を浮かべたとき、建物の影から人影が現れた。
「誰?」
ヴィオラートが声をかけると、人影はびくっ!として、持っていた何かを取り落とした。
「シエスタちゃん?」
そこにいたのは、いつものメイド服からカチューシャを外しただけのシエスタ。
肩の上で切りそろえられた黒髪が、つややかに光っていた。
「それは何?」
ヴィオラートが声をかけると、シエスタは手に残った何かを差し出す。
「あ、あの、私の祖母が教えてくれた料理で…良かったらと思って」
「料理?」
「そうです、『ブランク地中』っていうんです」
「ブランクちちゅう?」
その名前に何かを感じたヴィオラートは、シエスタの手にある『ブランク地中』を観察してみる。
『ブランク地中』は、ヴィオラートの世界にある『ブランクシチュー』そのものだった。
「これは…あたしの世界にある『ブランクシチュー』にそっくりだね」
「そうなんですか?じゃあ、やっぱり…ヴィオラートさんとおばあちゃんは、同じ世界から来たんですね」
そう言ったシエスタは、ヴィオラートにそれを手渡し、たっぷり逡巡した後、ヴィオラートを覗き込んで問うた。
「ねえ、ヴィオラートさんの世界ってどんな所なんですか?」
「え?あたしの?」
「うん、聞かせてくださいな」
シエスタの目が、興味の光で爛々と輝き始める。
「あたしが生まれたのはカロッテ村っていう小さな村なんだ」
「カロッテ村…」
「うん、だけど…だんだん人が減って、いつか村がなくなるんじゃないかって話が出てきて」
シエスタはだんだんと真剣な顔になり、ヴィオラートの思い出話に聞き入る。
「あたしの両親が引越しするって言い出した時、あたしは残って、村を救おうって心に決めた」
「それで…どうなったんですか」
すっかり話に引き込まれたシエスタに、ヴィオラートは笑って答えた。
「最終的に…村は残った。カロッテランドって言う一大観光地になって、国中の人が集まるようになった」
「凄いですね…やっぱりヴィオラートさんは凄いです…私なんか、そんな時どうしたらいいのかすらわからないです」
「それは違うよ。あたしも努力したけど、それだけじゃあれだけのことはできなかったと思う」
「違う?」
「あたしが…村のみんなが、諦めなかったから。変わることを恐れなかったから」
「…」
「あたしも、元はシエスタちゃんとあんまり変わらなかった。村を変えようと思って、自分が変わろうと思って、
必死に錬金術を勉強して、お店を開いて、仲間と一緒に冒険して…立ち止まって、気付いたら村は大きくなってた。
あたしを助けてくれた人、村に残ってくれた人、村の外で経験した事が一つになって、村は生まれ変わった」
ヴィオラートの思い出話にただただ聞き入っていたシエスタが、そこまで聞いてようやく口を開く。
「やっぱり…ヴィオラートさんは凄いです。凄いことが、まるで当たり前のことみたいに思えてきちゃいますね」
自分にはできない…そんな諦めを含んだ表情で、シエスタが言った。
「シエスタちゃんだって、できないってことはないと思うんだけどなあ」
そう言ったヴィオラートにも、しかしシエスタは諦めの顔を崩すことなく、答える。
「それがヴィオラートさんの凄いところなんです。こんな私にも、可能性を見出してくれる所が…」
寂しげに微笑んだシエスタは、そろそろお仕事に戻らなくちゃ、と呟いて、ヴィオラートに別れを告げた。
「また聞かせてくれますか?ヴィオラートさんのお話…」
ヴィオラートが頷くと、シエスタはぺこりと頭を下げて小走りに去っていった。
「カロッテ村…」
「うん、だけど…だんだん人が減って、いつか村がなくなるんじゃないかって話が出てきて」
シエスタはだんだんと真剣な顔になり、ヴィオラートの思い出話に聞き入る。
「あたしの両親が引越しするって言い出した時、あたしは残って、村を救おうって心に決めた」
「それで…どうなったんですか」
すっかり話に引き込まれたシエスタに、ヴィオラートは笑って答えた。
「最終的に…村は残った。カロッテランドって言う一大観光地になって、国中の人が集まるようになった」
「凄いですね…やっぱりヴィオラートさんは凄いです…私なんか、そんな時どうしたらいいのかすらわからないです」
「それは違うよ。あたしも努力したけど、それだけじゃあれだけのことはできなかったと思う」
「違う?」
「あたしが…村のみんなが、諦めなかったから。変わることを恐れなかったから」
「…」
「あたしも、元はシエスタちゃんとあんまり変わらなかった。村を変えようと思って、自分が変わろうと思って、
必死に錬金術を勉強して、お店を開いて、仲間と一緒に冒険して…立ち止まって、気付いたら村は大きくなってた。
あたしを助けてくれた人、村に残ってくれた人、村の外で経験した事が一つになって、村は生まれ変わった」
ヴィオラートの思い出話にただただ聞き入っていたシエスタが、そこまで聞いてようやく口を開く。
「やっぱり…ヴィオラートさんは凄いです。凄いことが、まるで当たり前のことみたいに思えてきちゃいますね」
自分にはできない…そんな諦めを含んだ表情で、シエスタが言った。
「シエスタちゃんだって、できないってことはないと思うんだけどなあ」
そう言ったヴィオラートにも、しかしシエスタは諦めの顔を崩すことなく、答える。
「それがヴィオラートさんの凄いところなんです。こんな私にも、可能性を見出してくれる所が…」
寂しげに微笑んだシエスタは、そろそろお仕事に戻らなくちゃ、と呟いて、ヴィオラートに別れを告げた。
「また聞かせてくれますか?ヴィオラートさんのお話…」
ヴィオラートが頷くと、シエスタはぺこりと頭を下げて小走りに去っていった。
シエスタが去った後しばらくして、デルフリンガーが思い出したように呟く。
「なあ、相棒、あのシエスタって奴ぁ…」
「ん?」
振り向いたヴィオラートに、しかしデルフリンガーは答えず、
「いや、何でもねえ」
とだけ言って、黙り込んだ。
ほんのしばらく、赤い花を種にする作業の音だけがあたりを包み込む。
ヴィオラートは、言葉を選ぶように語り始めた。
「ねえ、デルフリンガーくん。シエスタちゃんってさ」
「あん?」
「なんていうか…『平民』皆がそうなのかもしれないけど、頑固なまでに卑屈だよね」
そう問うたヴィオラートにデルフリンガーは「そうかい」とだけ答えた。
「これが、身分の違い…ううん、世界の違いってやつなのかな」
「なんでえ、おめえの世界じゃ違うのか?」
そう言ってかたかたと柄の部分を鳴らすデルフリンガーに、ヴィオラートは言う。
「うん…上手く言えないけど、あたしの世界とは、貴族と平民の関係が違うように見えるんだ」
「どう違うってんだ?」
「あたしが唯一先生って言える人は、貴族だって言ってたけど…この世界の貴族さんみたいに威張ってなかったんだ」
「ほお、威張らねえ貴族なんていんのか?」
「うん。貴族じゃない人だって魔法の使える人はいたし、貴族以外で、あれほど卑屈な人もいなかったと思う」
「…」
「あたしに何ができるかわからないけど、していいのかもわからないけど」
ヴィオラートはそこで言葉を切って、空を仰ぐ。
「わからねえが、何でえ」
デルフリンガーの問いに、ヴィオラートは端的に、
「シエスタちゃんには頑張って欲しいなって。それだけ」
そう答えて、赤い花をちまちまと種にする作業に戻る。
畑では、ヴェルダンデが楽しそうにドンケルハイトの根っこと戯れていた。
「なあ、相棒、あのシエスタって奴ぁ…」
「ん?」
振り向いたヴィオラートに、しかしデルフリンガーは答えず、
「いや、何でもねえ」
とだけ言って、黙り込んだ。
ほんのしばらく、赤い花を種にする作業の音だけがあたりを包み込む。
ヴィオラートは、言葉を選ぶように語り始めた。
「ねえ、デルフリンガーくん。シエスタちゃんってさ」
「あん?」
「なんていうか…『平民』皆がそうなのかもしれないけど、頑固なまでに卑屈だよね」
そう問うたヴィオラートにデルフリンガーは「そうかい」とだけ答えた。
「これが、身分の違い…ううん、世界の違いってやつなのかな」
「なんでえ、おめえの世界じゃ違うのか?」
そう言ってかたかたと柄の部分を鳴らすデルフリンガーに、ヴィオラートは言う。
「うん…上手く言えないけど、あたしの世界とは、貴族と平民の関係が違うように見えるんだ」
「どう違うってんだ?」
「あたしが唯一先生って言える人は、貴族だって言ってたけど…この世界の貴族さんみたいに威張ってなかったんだ」
「ほお、威張らねえ貴族なんていんのか?」
「うん。貴族じゃない人だって魔法の使える人はいたし、貴族以外で、あれほど卑屈な人もいなかったと思う」
「…」
「あたしに何ができるかわからないけど、していいのかもわからないけど」
ヴィオラートはそこで言葉を切って、空を仰ぐ。
「わからねえが、何でえ」
デルフリンガーの問いに、ヴィオラートは端的に、
「シエスタちゃんには頑張って欲しいなって。それだけ」
そう答えて、赤い花をちまちまと種にする作業に戻る。
畑では、ヴェルダンデが楽しそうにドンケルハイトの根っこと戯れていた。