登録日:2025/06/01 Sun 12:37:52
更新日:2026/08/16 Sun 09:24:11
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本項目では、実は言っていない台詞のうち、架空の人物の言ったことは言ったが、意味が違う台詞を解説していく。
厳密には「実際に発言されている台詞」ではあるものの、親項目の名称に合わせ、便宜上「言っていない台詞」としている事はご容赦願いたい。
該当する台詞だけを切り取って考えた場合に受ける意味と、発言前後の文脈を考えた場合に受ける意味が異なる形となる。
ネットなどで該当する台詞だけが切り取って広まる事で誤解釈が広まるパターンが多い。
「言ったことは言ったが、意味が違う台詞」の例
漫画・アニメ・小説
妖精「石鹸1個、石鹸1個」
ディズニーの短編アニメ『サンタのおもちゃ工房』でのワンシーン。
サンタにキリンやサルなど様々な動物が乗ったノアの方舟のようなおもちゃを要求してきたビリー・ブラウン少年。妖精は「ビリー・ブラウンは7年間、耳の後ろを洗ってません!」と忠告、サンタが「それはいかんな、石鹸を1つ届けてやろう」と言うと妖精は長ーいメモを引きずりながらこのセリフと共に走り去る……というシーンが印象深いだろう。
「プレゼントが石鹸1個になるのが怖くて耳の後ろを洗うようになった」「親に『いい子にしてないとプレゼントが石鹸1個になるよ』と言われた」という証言も多いが、実は後のシーンでビリー少年のノアの方舟もちゃんと作られており、石鹸1個しかもらえなかったわけではない。
原語版での当該箇所のセリフだと
サンタ:Ha! I'll give him noah's ark.
妖精:But Billy Brown, for seven years…hasn't washed behind his ears.
サンタ:Well, ha-ha, there's still some hope. I'll just add a cake of soap.
妖精:Okay, a cake of soap. A cake of soap. A cake of soap.
と「追加」である事が分かりやすい。サンタのセリフが誤訳された上に妖精のセリフをそのまま直訳してしまった事で生まれた勘違いと思われる。
ちなみに現行の吹替版では「石鹸追加、石鹸追加」と訳されており、誤解を招きにくくなっている。
また、吹き替えによっては「ビリー・ブラウンは7歳の坊や、大人を困らすいたずら者です」「それは元気な。プラムケーキをプレゼントしよう」ともはや原型を留めていないものも。
キリト 「死んでもいいゲームなんてヌルすぎるぜ」
『
ソードアート・オンライン』ALO編にてキリトが言った台詞。
アニメ版で
どや顔で言っているせいもあり、「イキっている台詞(いわゆるイキリト)」の代表例としてネタにされる事も多い。
しかし、原作ではキリトがフルダイブゲームに再びダイブしなければならない状況になった事を心配しているエギルに対して、内心「また何か起こるのではないか」という恐怖をキリト自身も感じつつも、エギルを気遣ってその恐怖を押し殺して気丈に振る舞ってみせた台詞であり、決してイキって言った台詞ではない。
安心院なじみ「十巻以上続くコミックスは惰性 ってのがそれに僕の持論でね」
『
めだかボックス』の安心院なじみの発言で、
ジャンプ漫画の引き延ばし体質を批判する際に度々引用される。
しかし、そもそもなじみはこの発言の時点では「
メタ発言を多用する黒幕」といった感じの立ち位置であり、この発言も「だから(十巻以上続いている)この漫画を終わらせてやる」という宣言に続く
単なる戦意表明である。
十巻という数字も、恐らく連載時点で直近のキリのいい数字以上の意味はないと思われる。
月影千草「おそろしい子!」
『
ガラスの仮面』の名台詞であり、パロディとして本作の代名詞と言っても過言ではない存在になっているが、本作の特徴である
「白目かつ顔面蒼白」で言ったシーンはない。
千草の場合は主人公・北島マヤが垣間見せた才能に高揚し笑いながら言っており、ライバルである姫川亜弓も「やはりおそろしい子…」と言っているが、こちらの場合もマヤに対する敬意を込めた微笑みを見せている。
佐倉千代「脚本の人、そこまで考えてないと思うよ」
『
月刊少女野崎くん』の第60号で出た台詞。
あまりにも煽り目的に使い勝手のいい台詞の為にこの部分だけが切り出された画像がネットで出回っている。
主に
「脚本家がそこまで考えて話を作っているわけじゃないからそんな考察しても意味がない」などの煽り・批判・皮肉のニュアンス、または過剰な深読みにブレーキをかける為に使われる。
この発言をした千代は脚本を務めた
野崎梅太郎と少女漫画の制作協力者として実際の仕事に携わり、彼の人となりを理解し、話の組み立て方についてもよく知っている。
その為、脚本を深く読み込んで悩んでいる友人の
鹿島遊に対して、漫画家とアシスタントとしての距離の近さをもって「
普段あんな感じで仕事してる野崎君の書いた脚本だし もっとシンプルに考えればいいのでは?」という感じの思い込み・ニュアンスで回答したというものである。
もっとも、言い方がかなりアレだったせいもあり、千代が脚本家とそんな関係にあると知らずに赤の他人に辛辣な物言いをしたと受け取った鹿島は「真顔でなんてこというの千代ちゃん」とリアクションしている。
その後、通りかかった野崎が鹿島に脚本の意図を事細かに説明しており、「姫がたまにおバカ発言するからかな」「昼ドラ!!昼ドラ展開だよ!!」という浅い感想しか出なかった千代の方は脚本の意図を全く理解できていなかったことが判明した。
つまり「実は野崎はちゃんと考えて脚本を作っており、千代が理解しようとしていなかっただけ」というオチがついた。
だが、この指摘があまりにも広まったせいで、今度は「千代が野崎の事を分かっていない」と言う逆の勘違いも生まれる事になった。
前述の通り、千代の指摘は普段の野崎の仕事ぶりからすれば適切であり、実際に別の話では自分の書いた脚本に対して「こんなモブキャラいましたっけ」とまで言っている。
その為、「今回だけは野崎が考えていた為、トンチキな答えを出す千代の意見が的外れになってしまった」というギャグでしかなく、いつもなら千代の指摘は正しかったのである。
そもそも話の尺もあって「野崎が脚本家として意見していたかは不明」という点も注意したい。
後々の回でも描写を意識して展開を考えるとトンチキになるが、自然な感じで書けばきれいな展開になることが示唆されており、天才&天然のやり方が一番である野崎が深く読み込むほどの意図があって話を書いているわけでない事は徹底されている。
それを差し引いてもキャラクターとして演じる上で演者である鹿島がほしい意見は千代の「あえて浅く」答えたものではなく、野崎の真面目な意見である。
よく「本当は脚本家も考えているので、脚本家を否定する意味でこれを引用すると
ブーメランになる」と主張する人がいるが、実際はこの通りなので、むしろ自分に(このセリフが使われたシチュエーションを全く理解していないという)ブーメランが帰ってくる事になる。
まあそれはそれとして、
何かを否定するのに自分の言葉ではなく漫画のセリフを引用するのは、普通に痛い行為なのでやめましょう。
式島滋「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」
『少女ファイト』を代表する名台詞。
この台詞を引用したコラ画像で有名になり、その流れで主に的外れな事を言う人物をおちょくる意味で使われている。
コラで言わされている側にとっては「他人の台詞が別人のものとされた系」でもある。
しかし、実際のこの台詞は姉の事故死がきっかけで姉のチームメイトに対する憎しみに囚われ、その事を執拗に言い続ける滋の幼馴染で主人公の大石練を諫める為に放った痛烈なレシーブで、あくまで
相手を慮っているからこそ強い言葉を使った発言である。
桂木桂馬「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!!」
『
神のみぞ知るセカイ』の主人公である桂木桂馬の名言の一つ。
主に「五十歩百歩」的な「争い合ってる時点でどっちもどっち」といった意味で使われており、桂馬もそういう意図を込めているにはいると思われる。
しかし、実際には「クラスメイトの女子と口論になった(負けた)ことを指摘されて
『尊き二次元の住人である自分とリアルの女では住む世界が違うから争いは成立していない、よってノーカン』って言ってるだけ」である。つまり
負け惜しみであり、正当性は皆無である。
サイ「『マジで!?私も超オタクだよ!? ワンピースとか全巻持ってるし超好き!!』…とか言うヤツにオタク話をする気にはなれないというか」
漫画『ドルメンX』の台詞で、『』部分はイメージ上の少女の発言。
一時期の『
ONE PIECE』はメディアでの露出が非常に多く、故に良くも悪くもにわか受けする作品という受け取り方をする層も少なくなかった。
そういったイメージもあり、ネットではこのコマだけを切り取って所謂にわかオタク
及びにわかを毛嫌いする古参オタクを揶揄する目的で使われる事が多い。
しかし、実際には『ONE PIECE』は当時既に
80巻超えの長期連載作品となっており、にわかが気軽に全巻揃えられる漫画ではなくなっていた。
なんなら、この直後に
サイが「相手を馬鹿にしている」と勘違いされて否定するやり取りまである。後述するような理由を述べた上でなお「やっぱり相手を馬鹿にしてる」とも言われるが……
ではどういう意味なのかというと、そもそもサイは漫画オタクではなく音楽オタクであり、「自分の大切なもの(音楽)が理解を得られなかったり、否定されると傷ついて怖いから、たとえオタクでも畑違いの相手には自分から否定していく」という意図による発言である。
サイ自身が内向的な性格であり、そこから来る繊細で複雑な自身のオタク心を語ったものである。
先述されているが、この少女自体がサイのイメージ上の存在なので劇中でも実在しない。
イメージ上の少女がギャルっぽいのも、どちらかと言うと「ジャンルの違いに気付かずにグイグイ来そうなタイプ」のイメージを形にした結果と思われる。
『
アカギ~闇に降り立った天才~』におけるアカギの最初の台詞。
あまりにもネガティブな感じの台詞のためにこの部分だけが切り出され、主に「諦めて死ねば楽になれるのに」といった弱気なニュアンスで使われる。
だが、実際にこの発言をしたアカギと言われた南郷との全体のやり取りを見ると、意味合いとしては古くからある
「死中に活あり」「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉に近い。
別の作品で例えるなら、
「逆に考えるんだ『あげちゃってもいいさ』と考えるんだ」であろう。
アカギ「死ねば助かるのに…」
南郷「おまえ…麻雀がわかるのか?」
アカギ「いや…全然…。ただ…気配が死んでいた。
背中に勝とうという強さがない。ただ助かろうとしている。
博打で負けの込んだ人間が最後に陥る思考回路…あんたはただ怯えている」
要約すると、南郷が自身の生死がかかっていると言っても過言ではない麻雀で、さらに負けが込んでいるので安全策を取ろうとしている姿を見て取ったアカギが、「負ける(=死ぬ)事を恐れてばかりでは勝てないから、恐れずむしろ死ぬつもりで勝負に出るべき」くらいのニュアンスで助言したもので、その言葉にハッとした南郷は一か八かの大勝負に打って出て、それが功を奏して見事に逆転勝ちしている。
ちなみにアカギ自身もこの言動を実行している。彼は上記シーンの前に、ずぶ濡れで雀荘に入ってくるのだが、それは雨ではなく海水によるもの。
彼は雀荘に来る直前、不良と崖に向かうチキンレースをしていた。そして、彼は最後の方でむしろアクセルを踏んでいる。
岩壁手前の浅い部分に落ちて爆死する危険を避けるには、むしろ勢いよく飛び込まねばならないというのは道理である。
が、それをマジでやる度胸が普通はない。だが、アカギは実際にやった。そして、生きて雀荘で上記のアドバイスをしたのである。
いわずと知れたバスケットボール漫画『
SLAM DUNK』における安西先生の名言の一つ。
この文言だけが抜き出されて、時間が経過してもまるで成長せず、同じ失敗を繰り返す問題児などに対する諦め・呆れ・非難の言葉として使われる事が多い。
しかし「全く成長していないことを嘆いている」のは事実だが、その相手は高い素質と向上心を併せ持つ稀有の逸材として安西先生が誰よりも目をかけていたが、相互不理解からバスケの本場アメリカに出奔してしまった教え子である。
なので、この発言には彼を非難する意図は全くなく、同時に彼の現地での所属チームも劣悪な事も見抜いており、指導者である自分の責任を前提として、彼が先走って道を誤ってしまった事を嘆き、このままでは彼の才能が潰されかねない事に危機感も抱いている台詞なのである。
また、彼の現地のプレーを見たかつてのチームメイト達はむしろ彼の頑張りを口々に称賛しており、唯一安西先生だけが本質的な問題を見抜いていた……という構図であることもあまり知られていない。
詳しくは個別項目を参照。
榎稲穂「100%無い」
藤見泰崇公認で『
キャタピラー』にゲスト出演した際の講演にて「ゴキブリが進化に進化を重ねた結果巨大化して暴れまくるなんてことは……」という質問に対する回答。
その時には既に藤見原作の文字通り、蟲が巨大化して暴れまくる漫画『巨蟲列島』が連載されていた事から一見すると同作をディスっているかのように思える台詞だが、実は『巨蟲』の作中序盤で「ゴキブリは臆病で、
小さく素早く進化してきたから、巨大化する方向にはいかない」という説明がなされていた事から決して揶揄の意図はなく、むしろ
両方を読んでいるとちょっとニヤリとできるネタとして挿入されたとみるべきであろう。
……もっとも、
巨大昆虫項目で紹介されたように、あちらは
人為的に何かした結果である事が作中で示唆されていた為、昆虫全般の一般論としても稲穂がこう想定するのそのものは辻褄は合う。
つまり、この意味でも「コラボついでに『巨蟲』と繋がる内容のセリフを少しだけ挟んだ」と解釈した方が自然と言えるだろう。
野比のび太「しかし、機械で友だちをつくるなんて、かわいそうだね」
『友情カプセル』において、ひみつ道具に頼って友達を作ろうとする
骨川スネ夫を見送りながら、隣に機械であるドラえもんを並べての一言。
これを見て「お前の隣にいるのはなんなんだよ」「ドラえもんは友達じゃないのかよ」とツッコむ者もいるが、のび太が哀れんだのは「機械
で友だちをつくる(=機械
を使って友だちをつくる)」ことであり、「機械
の友だちをつくる」話はしていない。
実際にはこの後「そんなことしなくてもぼくにはドラえもんがいる」と続き、ドラえもんも「ぼくにはのび太くんがいる」と返し、ドラえもんとのび太は機械なんかに頼らなくても、互いの種族を超えた固い友情で結ばれていることを再確認する……という展開に繋がるのである。
水田版シリーズになって以降は『
ドラえもん のび太のひみつ道具博物館』や『
ドラえもん のび太の絵世界物語』で「ひみつ道具とは無関係のドラえもんとのび太の友情」がキーワードになっていることが以前よりも多く見られるが、それもこのページのやり取りを拾ったとも言えるだろう。
ちなみにここで言う「機械」とは、タイトルにもなっている「友情カプセルとコントローラー」のこと。
カプセルを相手の身体に付けてコントローラーのスイッチを押すと、その人が友達という名の奴隷になる道具である。
そんな機械に頼ったスネ夫の末路については本編を参照されたし。
野比玉子「うちの家族は三人ですよね」
『弟をつくろう』におけるのび太ママの台詞。
この直後に電話越しで夫ののび助が「なにいってんだ、うちは四人(家族)じゃないか」「きみだろ、ぼくだろ、のび太だろ、ドラえもん」と答えていることから、「のび助はドラえもんを立派な家族だと認識しているのに玉子はそう思ってない」としばしばネタにされる。
まず、このエピソードは弟がいることにあこがれたのび太が幼少期の自分をタイムマシンで連れてきて弟として扱おうとする話であり、そして「小さい頃ののび太にそっくりな上に自分をママと慕う幼子」を前にして混乱した玉子が「のび太に弟なんていないはず」と夫に確認を取ろうとした……という流れで発したのが件の台詞である。
つまり知らない間に現れた「のび太の弟」という謎の存在を否定したいがために血縁的な意味で「家族は三人」と言った玉子に対し、そんな事情を知らずに急に家族について聞かれたのび助がいつも四人で暮らしてるんだから「四人家族」と答えただけの話で、別に両者の間でドラえもんに対する認識に差があったわけではない。
原作者没後の作品にはなるが、大長編『
ドラえもん のび太とロボット王国』のラストで玉子は「いいなあ、みんなママがいて」と羨むドラえもんに
「ドラちゃんだってわたしの子供よ」と答えているので、彼女もドラえもんを家族と思っているのは確かである。
なお、こんな勘違いをした最大の原因は幼いのび太の顔が思い出せなかった彼女に「自分の子の顔忘れたの?」とドラえもんが言ったため。
つまり、ドラちゃんの語彙選択ミスが決定打になってこんなアンジャッシュ状態になっているわけである。
(このシーンに限らず、ドラえもんは「ママ(というか野比家の面々)だからたぶん察してくれるだろう」とでも思ったのか、よく状況やニーズを確認せずに話を端折って説明することを選ぶのはちょくちょく見られる)
大河幸太郎「あとは勇気で補えばいい!!」
ロボットアニメ『
勇者王ガオガイガー』にて、味方サイドの防衛組織であるGGG長官の大河が仲間を鼓舞するために発した台詞。
同作では「
勇気」がキーワードとなっており、主人公を始め、戦いに携わる多くの人々の勇気によってゾンダーを打ち破るという作風になっている。
計算上は限りなく確率が低いという危機に見舞われることが多いが、勇気で補うことによって作戦を成功させるという燃える展開がたびたび描かれる。
勇気で成功率の低さを補うという無茶を行い、見事にそれがうまくいくという都合のよさから度々ネタにされやすい台詞ではある。
だが、そもそもこの作品は
熱血要素こそ強いものの、人類が不断の努力と科学力を結集して強大な敵に立ち向かう物語であり、決してその場の勢いで何とかしているわけではない。
「勇気で補う」の本来の意味(及び勇気の扱い)は「事前にやれる事は全てやったので、後は勇気を出して実行するだけ」といった感じである。
要は「人事を尽くして天命を待つ」に近いニュアンスといえる。あるいは「悲観せずに打てる手を打とうとできることが『勇気』」といった感じか。
実際「悲観的な意味で、もう勇気しか頼れそうなファクターがない」戦況に追い込まれたことも何度かあり、勇者達も残されたのが勇気だけの状況で力を振り絞るのだが、こういう場合はほぼ確実に好転しない。
間違っても
「準備などが適当(不十分)でもとりあえず勇気があれば逆転勝利できるから気にすんな」というような根性論ないし楽観的な発言ではない。
ただ『
勇者王ガオガイガーFINAL』では地球側の技術がかなり向上していたことと、相手が精神寄りの攻防を主にしてきたこともあり、文字通り勇気があれば何でもできるという感じの展開が頻発していたが……
だが、実際にはこの後「この岸辺露伴が最も好きな事のひとつは 自分で強いと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ…」と続く事からも分かる通り、こちらより有利な立場に立っている敵が「言いなりになれば助ける、断れば確実に死ぬ、死にたくない相手は絶対に自分に従うに違いない」と確信して余裕綽々で突き付けてきた提案に、承諾しか助からないという条件は確認した「だが」敢然と「NO」を突きつけるという、「相手に屈服して命を拾うくらいなら死んでも己のプライドを貫く」という、露伴の反骨精神を表した台詞なのだ。
最近ではアニメ化などにより第4部の内容の周知・おさらいがなされたためか、原作通りのニュアンスで使われる事が多くなった。
ただし、ゲーム作品化である『
ジョジョの奇妙な冒険 オールスターバトル』や、
スピンオフ『
岸辺露伴は動かない』シリーズの漫画やOVAでも
露伴本人が原作にはないニュアンスにあたる使い方を普通に使用している。
特に後者の漫画版は
荒木飛呂彦先生本人による作品のため、実際には単に「話の流れに関係なく、『露伴の口癖』として言っている」可能性も否定できない。
また、ネットスラングを元にしている作品での使用例もある。例えば『
科学アドベンチャーシリーズ』では@ちゃんねらーのキャラクターがよく使用している。
逆に『
ノーゲーム・ノーライフ』では
完全に原作通りの使い方で対戦相手にこの台詞を使い悦に浸る主人公という内容が描かれている(こちらは直後の露伴の台詞まで再現する徹底ぶり)。
アラバスタ編において主人公であるルフィがアラバスタ王国の王女であり、麦わらの一味の仲間である
ネフェルタリ・ビビに対して言い放った台詞。
この時、ビビは
王下七武海としてアラバスタの英雄と呼ばれていた
サー・クロコダイルが、配下である
バロックワークスを率て仕組んだアラバスタ王国革命戦争を止めるべく、革命軍に会い戦争を止める相談をしに行く予定が上手くいかず、刻一刻と革命戦争が始まる時間が近づき、このままでは革命戦争が始まって多くの国民達の血が流れる……という危機的な状況で突如歩くのをやめたルフィが発言したのがこの台詞である。
ネット上ではこの台詞と共に「エースは……!!! 死んだんだろ!!!?」という台詞が並べられ、あたかも「他人の死に対しては過去にこんな事を言ってるくせに、いざ身内が死んだら悲しむルフィは非常に身勝手で都合のいい奴だ」という批判をされることが数多くあった。
確かに直前の「七武海の海賊が相手でもう100万人も暴れ出してる戦いなのに みんな無事ならいいと思ってるんだ!!! 甘いんじゃねェのか」という台詞と合わせてみると、人はいつか死ぬんだから他の人が死んでも受け入れろという意味合いや戦争では死人が出るのは当然だから犠牲が出ることも覚悟しろといった極めてドライな物言いに見える。
実際、ルフィもそう取られるのを承知の上でこんな言い方をしているのだが、真意は全く別のところにあり、2つの発言は矛盾していない。
この前後のルフィの言動を見ると分かるのだが、この「人は死ぬぞ」発言は、王下七武海のクロコダイルが本気で国盗りを狙い、組織を動かしている状況で反乱軍を止めるだけという消極的な案を取っている……つまりビビ一人だけ命が狙われ、自分以外の誰も危険に晒さない方法を取るのならば、いずれ人は死ぬぞという意味。
本当に国を救う方法が、たとえ黒幕であるクロコダイルを倒すという他の人を危険に巻き込まないと達成できない手段であっても、「仲間なんだから俺達を頼れ」という思いを込めて最後に「おれ達の命くらい一緒に賭けてみろ!! 仲間だろうが!!」という一味全員の意思を示す叫びで締めくくられるのである。
つまり、ルフィはビビの「戦争を止めて国民の皆の命を救いたい」という、ともすれば理想論とも言える想いについては理解しつつ、「今のビビ以外の誰も命を落とさないようにする安全策では無理だ」という現実をビビに伝え、それでいて困難で危険な方法ではあるが、それを実現する方法を提案し協力を申し出ているのであり、むしろビビの人を死なせたくないという想いには肯定の立場として発言しているのだ。
処刑される
ポートガス・D・エースを助けるために
インペルダウンや頂上決戦に行った時も兄であるエースの命を案じ、自分の命を賭してまでの行動であり、ルフィにとって大事な人の命は「諦めるもの」でなく、
「危険を冒してまで全力で抗う必要があるほど大事なもの」と認識しているのが見て取れる。
モンキー・D・ルフィ「ウソップゥゥ!! 何やってんだお前ェ!!」
ルフィが敵にあっさりやられた
ウソップに対して叫んだ台詞
ではなく、
ウソップを倒した敵に対しての発言。
本来は「(ボコボコにされたウソップを見て)
ウソップゥゥ!!」→「(その犯人に対して)
何やってんだお前ェ!!」という流れの発言だったのだが、「続けて聞くとウソップに対して言っているように聞こえる」という点がネタにされてしまったもの。
いわゆる音MAD由来の「実は言ってない」台詞だが、基本的に
同じシーンの台詞をそれぞれ抜き出しただけなので違和感がほとんどなく、
元ネタ未見の人には本当にウソップに対して言った台詞だと誤解されやすい。
特に2020年代に入って以降はアニメ版のこのシーンのセリフがあまりに動画サイトなどでMAD的に擦られ過ぎてもはやフリー素材と化しつつあるので、なおさら誤解が助長されている。
さらには『ONE PIECE』ではなく『
ドラゴンボール』の二次創作動画にて、ルフィと
声優が同じである『ドラゴンボール』の
クリリンの台詞として使われる事も多数あり、中には「ドラゴンボールのクリリンの台詞である」という勘違いも稀に見られる。
ちなみに
ロロノア・ゾロ相手の場合は、実際に倒されている様を評して
「ゾロ!!!! おいお前!!!! 何やってんだよっ!!!!」と言ったことがある。
「お前がいて何で…こんなことになってんだ…!!」と続く通り、ゾロの戦闘力の高さを信頼しているが故の台詞であり、強みが直接戦闘力ではないことが明白なウソップとは前提が違う。
孫悟空「大丈夫だ、ドラゴンボールで生き返れる」
ブウ戦で発した、所謂クズロットネタの代表的な台詞。アニメ風に「でえじょうぶだ」という発言になっていることも多い。
ネット上でこの台詞のコマとその次のコマが繋がった画像が広く出回っており、このシーンだけを切り取ると台詞の流れとしては「両親が犠牲になることと西の都が破壊されることに難色を示す
ブルマに悟空がどうせ一つ目の願いで生き返るし、二つ目の願いで西の都も修復できるんだから構わない」という
サイコパス丸出しの発言をしているように取れる。
結局この後、
ピッコロが「既に願いの一つで大勢を蘇生してしまった為、悟空の挙げた方法は無理」と指摘。
さらにブルマから
ドラゴンレーダーの部品は特殊な材料が必要なので西の都が破壊されてしまうと複製はできなくなってしまうと、両親の死は避け得ないことは受け入れた上で、それを前提としたドライな指摘を受けている。
じゃあ何故ターボ君は複製できたのか?と同時によく突っ込まれる。
これを受けて悟空はドラゴンレーダー回収のための時間稼ぎに赴くことに。
悟空の意図は「自分や
フュージョンを体得していない
孫悟天と
トランクスでは
魔人ブウを倒せないから、犠牲に目を瞑ってでもフュージョンの伝授を優先すべき」というドライながらも、ブウを倒す望みが絶たれることだけは絶対に避けなければならないという状況を判断してのものであり、これを以てサイコパスと断ずることは言いがかりだろう。
「仮に自分がブウを倒せるとしても、息子達に任せたい」という人命が懸かっている状況ではいささか不謹慎な考えもあるにはあるのだが、そもそも悟空はこの時点で本来死人=いないはずの人間であり、今日限りでこの世からいなくなってしまう存在に頼らなければ地球の自衛すらままならないというのでは
仮にこの場を悟空の力で切り抜けたとしても、その次の危機の時に地球を守り切れる保証がないことを意味してしまう。
特に悟空は人造人間・セル編の時点で「
悟空がいなくなってしまったためにZ戦士が総崩れになってしまった未来」の可能性の存在を知っているので、なおさら悟空の危惧は当然と言える。
また、広く出回ったコラとしてこの2コマの直後に別のシーンから引っ張って来た「どっちにしたってあいつは地球を滅ぼす、絶対だ。殺された人々や破壊された地上はドラゴンボールで戻れるんだ、気にするな」というコマを繋げてより深刻な風評被害を狙ったものがあるが、タチの悪いことに
台詞自体の改変は全くないせいで本当に原作でこの流れが存在すると思い込んでいる者も多い。
こちらは
魔導師バビディの暴虐に怒ったピッコロの出撃を止める場面だが、これも「ピッコロにもしものことがあったらフュージョンが伝授できなくなる」と本来の意図は上記と同じ。
実のところ「ドラゴンボールによる蘇生(+案外簡単に「あの世」に行き来できることを実際の経験として知ってしまっていること)を前提とした死生観になってしまっている」という指摘は間違いとは言えない。ただし、この指摘はこの場にいる他の面子にも当てはまる。
例えば『
ドラゴンボール超』で実力者の頭数が足りないとなった際に「いけそうな者をそういう理屈を無視できるような方法で生き返らせればいい」と最初に提案したのは悟空であるのは事実だが、周囲もアイデアそのものにはそこまで異を唱えていない。
むしろ悟空の発言としては、
いきなりフリーザを名指しで提案した方に割と引いていたくらいである。
特にブウ編の悟空が過剰なほどドラゴンボール頼みになっていたのは事実で、ブウ編だけで都合4回近く「ドラゴンボールがあれば…」という旨の発言をしているため、食傷気味に感じていた読者が上記の画像を引き合いに出した可能性はある。
そのうち最終的な発言に至っては
正々堂々と戦いたいという個人的な理由で強化アイテムを破棄した上で「万が一被害者が出たらドラゴンボールで…」と言い出すという言動をしている。
ただ、
鳥山明先生は悟空について「(セル編について)こっちは多人数なのに、敵はひとりなんですよ。卑怯じゃないですか。一対一で闘いたかったというのが、悟空の本音じゃないでしょうか」「結果的には人々を助けるけど、純粋がために何かを犠牲にしてでも勝ちたいという、助けたい一心で戦うわけじゃないところが好き。戦いたいから戦うだけで、実はあんまり健全じゃないんです」と語っている。
実際、悟空は
「自分がやるしかないから、やむを得ず世界を救っている」という向きが強く、
ベジータやフリーザを殺さず逃がすなど、必ずしも世界平和を優先して戦っているわけではない。
彼にとって強化アイテムを使って世界のために戦うというのはそれだけ苦痛を伴う行いであるわけで、悟空に頼るしかない人類が「ドラゴンボールで後で生き返るとしても人命を優先しろ、嫌な行いも飲み込んで世界のために滅私奉公しろ」と主張するのも、それはそれで不健全であろう。
またドラゴンボール頼みの死生観になっている事は何もブウ編の悟空に限った話ではなく、セル編の時点でもトランクスが殺害された事で我を忘れて突撃し、結果として悟飯を負傷されてしまったベジータに対してクリリンが「トランクスはドラゴンボールで生き返れるのに!」と発言している。
ともあれ、悟空の態度を批判する上で件のシーンを持ち出すのはお門違いなのだが、当時ネットに出回っていたのがこのコマだったため、本来批判される描写ではないにもかかわらず、安易に持ち出されてしまった可能性は高い。
やすな「見たら本当に絶対感動するよ、もし感動しなかったら木の下に埋めてもらっても構わないよ」→ババーン(片手足を出して生き埋めにされる)
『
キルミーベイベー』の中でも有名で完成度の高い即落ち2コマだが、実は2つの4コマを切り取って繋ぎ合わせたもの。
感動しなかったから埋めた残当オチなように見えるが、実際はそうではない。
この話の4コマ目は
「そういえば昨日強風だった」と桜が散った木を見せてしまい、その後もやすながソーニャを引き留めようとあれやこれやしている。
そして
ババーンは、ぐだぐだやっていたらソーニャの手に桜の花びらが落ちてきて、押し黙ったことをやすなにいじられたので埋めてしまったのである。
つまり感動したが埋めたのだ。ウザかったからね、仕方ないね。
シャア・アズナブル「当たらなければどうという事はない!」
『
機動戦士ガンダム』に登場する赤い彗星ことシャアの有名な台詞。
アムロ・レイの駆る
ガンダムの攻撃を素早く回避しながら誰ともなく、ないしMS越しにアムロに対して呟いた台詞と誤解されがちであるが、そうではない。
実際には1stの第2話で初めて見るビームライフルを過度に警戒するあまり、ガンダムに対して有効な間合いを取れないでいる
シャアの部下・スレンダーに対して言った台詞である。この台詞の直後に「援護しろ」と続けるのがその証拠。
「どんな強力な攻撃だろうと直撃しなければ大丈夫」という意味の大枠は同じだが、アムロの大雑把な狙いに対する嘲笑や、ビームライフルを避けてしまえる自身の素早さ・技能への自信というわけではなく、単なる怯えて取り乱す部下への叱咤・「ビビってないでもっと距離を詰めろ」という戦闘機動の指示である。
そもそも、この場面のシャア自身も「こっちの直撃弾がまるで効かない」「物凄いスピードで移動する」というガンダムに驚愕し、ずっと脂汗を浮かべたままでいる。
実は「相手のパイロットの腕からして、そうそう直撃するものではない」というようなニュアンスもなく、むしろガンダムのパンチを食らいそうになった際には悲鳴も飛び出す始末。
そして直後にはガンダムのビームライフルがスレンダー機に直撃し、ただの一発で撃破されてしまう。
スレンダーが結局半端な距離を取ったままだったという事もあるが、単純に懸絶した破壊力はシャアも「い、一撃で!一撃で撃破か!」と恐れおののいており、以降の遭遇では「回避を重視する」戦い方に切り替えているように作画されてもいる。
後のシリーズでもこれとほぼ同様の台詞を発しているキャラクターは複数いるが、そちらはいずれも「自分には劣る相手の技量への嘲笑、自身及び自機の性能への自信」というニュアンスで言っている。
『
機動新世紀ガンダムX』のシャギア・フロスト(赤いパーソナルカラーのMS)、『
機動戦士ガンダム00』の
グラハム・エーカー(後に
仮面を被る人)、『
機動戦士ガンダムUC』に登場する『赤い彗星の再来』たる
フル・フロンタルなど。
しかし、シャアの場合は話す相手は部下に対してで、意味は具体的な指示と励ましであり、そしてそのシャアの本心は嘲笑や自信どころか緊張感と焦りが強く感じられるものである。
『X』のシャギアは、相手の宇宙革命軍MSが量産機にしては高威力のビームライフルを使用しているのを見た弟が(恐怖とはいかないまでも)驚愕しているのに対して自分は余裕綽々で回避しながらの発言であり、「自分の技量の誇示」と「必要以上に警戒するなという指示」の半々である。
ただし、後に『忍風戦隊ハリケンジャー』で七の槍 サンダールがこちらの間違った意味合いで「当たらなければどうという事はない!」を使ってしまっているため、シャア以外の池田秀一ボイスのキャラなら煽りの用途でこのセリフを使った事があるのは内緒。
ランバ・ラル「しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ! そのモビルスーツの性能のおかげだということを忘れるな!」
ラルの名言の一つとしても取り上げられる台詞で、当初は負け惜しみだと認識していたアムロも後に認識を改めている。そのため、「アムロがラルに勝てたのは全部ガンダムのおかげ」だと取られかねない内容だが、実際は大分異なる。
そもそもアムロがラルに対し苦戦していたのは、少なくともTV版においては
当時のホワイトベースにおける環境が最悪だったからだとしか言いようがない。
ラルの
グフと初めて会った際のアムロはやっと
ガルマ・ザビの編隊を突破して安らげるかと思いきや、ガルマを殺された恨みから突撃してきたイセリナ・エッシェンバッハの部隊と彼女の恨み言がダメ押しになって完全に精神的に消耗し、
新米の兵がよくかかる病気にかかってしまったのが本気を出せずにいた原因だった。
続く二戦目では
セイラ・マスが勝手にガンダムで出撃してしまい、アムロが遅れて
ガンキャノンで出撃せざるを得ない状況を作ってしまった。
ガンダムの有名な場面でよく見るヒートロッドで爪先を切り裂かれたり、ザクにカメラを潰されたりするシーンは実は乗っているのがセイラ。
ニュータイプの素質があるとはいえ、ガンダムとの適性があるかどうか疑わしい一般人がジオン兵相手ではフルボッコにされて当たり前である。
三戦目も
フラウ・ボゥが連邦の軍服のままアムロを迎えに行ってしまったため、ラル隊にホワイトベースの在処を特定される失態を招いてしまったのが交戦の原因である。
このようにラルがアムロに対して上手く立ち回れていたのは、周辺の女性キャラの独断行動のとばっちりを食らっていた背景が多く、単純な実力面に関しては完全にラル側の負け惜しみに過ぎない。
つまり、アムロがラルに勝ったのはガンダムのおかげではなく、散々身勝手な女達がばら撒いてきたデバフを乗り越えたからである。
とはいえ、この手の口の上手さもゲリラ屋の能力の一端という解釈はできるだろう。
逆にアムロの名言「僕が一番ガンダムを扱えるんだ!」は本編を見れば分かる通り、本当にガンダムのみならずモビルスーツの扱いに天賦の才を持つ彼の意思表明であり、
屁理屈でもなんでもない。
「僕はあの人に勝ちたい…」もモビルスーツの操縦技術の話ではなく、
大人としての器量の意味合いである。そもそもこの台詞の時にはラルは既に戦死している。
ラルのグフより、その後Gファイター初登場回に出て来たモブのグフの方がよっぽど強敵だったのは内緒。
『
機動戦士Ζガンダム』の主人公にして実の息子である
カミーユ・ビダンを叩きながら言った台詞。
ニコニコ動画に投稿されたMADシリーズにおいて
卑猥な言葉を連呼するカミーユを窘めるようなニュアンスで使われており、それが有名となっている。
だが、実際には「カミーユが(母の
ヒルダ・ビダンが
ティターンズの人質にされて死んだ話題から)自身の不倫を揶揄した事に
逆上して手が出た」という大人気ない場面であるし、そもそもが息子を窘められるような立場の人物ではない。
当人の項目を読んでもらうと推測してもらえるだろうが、フランクリンというキャラはかなり丁寧に
クソ親かつ人としてもクソとして描写されており、カミーユが「そもそもお前が首を突っ込まなければあんな事にはならなかった」のニュアンスで揶揄する行為自体、そうおかしな反応でもなかったりする。
いいかは置いておいて。。
デュエイン・ハルバートン「君が何を悩むのかは分かる。確かに魅力だ、君の力は。軍にはな。だが、君がいれば勝てるという事でもない。戦争はな、自惚れるな!」
ようやく戦場から離れられるという気持ちと、本当に戦場から離れていいものかと悩むキラに対し、第八艦隊提督のハルバートンが語った台詞。
『
機動戦士ガンダムSEED』の隠れた名シーンとされることも少なくなく、ハルバートンの人となりを語る際に
「自分一人の力でアークエンジェルが生き延びてきたかのように、あまつさえ自分がいれば地球連合軍は勝てるとまで増長し、調子に乗りつつあるキラを叱責するほどの深みのある人物」と引き合いに出される事も多い。
当時キラはアークエンジェル唯一の搭載MSにして彼にしか乗りこなすことができない
ストライクガンダムのパイロットとしてアークエンジェル、延いては地球軍の非常に貴重かつ重要な戦力となっており、実際アークエンジェルの副艦長・
ナタル・バジルールや、ハルバートンの副官は何とかしてキラを軍に引き留められないかと考えており、彼自身も察している通り当のキラ自身さえかつて「できる力があるならできる事をやれ」とストライクに乗るよう促されたことを気にして軍に残るべきではないかと悩んでいた。
しかし、ハルバートンは「キラの両親を人質に取れば地球軍として戦わざるを得ないのでは?(要約)」などと提案してきたナタルに激怒する程度にはキラがアークエンジェルを降りたい気持ちを尊重しており、会話の中でキラが上記の「できる力があるなら~」を引用した際も「その意志があるならだ。意志のない者に、何もやり抜く事はできんよ!」と語っている。
この会話におけるハルバートンの口調は常に優しく、怒りが籠ったようなニュアンスもないため、字面ほど厳しいものではない。
例えるなら禁止行為を働いた不良生徒に叱責するというより進路に悩む生徒を指導する教師のそれに近く、ハルバートンとしては叱責というよりキラの降りたい方の気持ちを後押し、ないし後腐れなく軍を離れられるように敢えて強めの言葉を使った……と見る方が適切だろう。
最後の「自惚れるな!」も、どちらかと言うと「味方をもっと頼れ!」といった感じの励ましの言葉であると思われる。
ちなみに、この発言のオマージュ元ではないかとされるやり取りとして『1st』で婚約者だった
マチルダ・アジャンを守り切れなかった事を謝罪したアムロに「自惚れるんじゃない!」「ガンダム一機の働きで、マチルダが助けられたり戦争が勝てるなどというほど甘いものではないんだぞ!」というウッディ・マルデンの発言もあるが、これも字義通り自惚れへの叱責というより「自分一人のせいのように気負い過ぎるな」という
叱咤のニュアンスと解釈される事が多い。
キラ・ヤマト「やめてよね。本気で喧嘩したら、サイが僕に敵うはずないだろ?」
『SEED』前半における最も有名なシーンの一つ。
痴情のもつれの末に主人公が友人の腕を捻り上げ、「自分の方が強いのだから喧嘩など挑んでくるな」と言い放つという衝撃的な場面であり、それ故にキラが必要以上に視聴者から反感を買う原因となった台詞。
「友達の恋人を寝取っておいてこの行為にこの発言」と、まるで
サイ・アーガイルから暴力で全てを奪い勝ち誇るように言ったか、キラが戦力の要となっていることから
増長の極みに達した事で傲慢に振舞っているかのように見えてしまうが、実際には後に続く
「僕がどんな思いで戦ってきたか! 誰も気にもしないくせに!」といった台詞や後の描写からもうかがえる通り、重すぎる責任や悲劇を背負って
疲弊しきったキラの本心の発露である。
端的に言えばキラ本人の視点では
「自分だけが重責を背負わされ、いくら頑張っても『遺伝子弄ったから』で済まされ、ようやく癒しを与えてくれる人を得たと思ったら元カレが一方的に言い寄ってきてそれすらも奪おうとしてきた」という状況であり、責めるにはあまりに酷な場面である。
実際、サイも全てに納得しはしなかったものの、この言葉自体には何も言えず受け止める他なかった。
詳しくは個別項目を参照のこと。
この「実はキラが一番精神的に追い込まれている」という点は結局続編の『
機動戦士ガンダムSEED DESTINY』ですら根本的に解決されず、最終的に映画『
機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』で特大の時限爆弾となってしまう事に……
ちなみに、状況は違うがガンダムシリーズでは『1st』第42話のアムロ「な、なぜ出てくる!?」や、『Ζ』第12話のカミーユ「出てこなければ、やられなかったのに!」「抵抗すれば無駄死にするだけだって、なんで分からないんだ!」など、敵兵を殺しておいてきつい事を言う主人公がしばしばいるが、基本的に敵兵の心情を理解してないというよりは、あっさり倒せてしまった相手に若干罪悪感を抱き、「いきなり出てきたあいつの方が悪い!」と言い訳的に言っているパターンが多い。
上記のハルバートンの台詞にも言えるが、『SEED』放送当時はキラも作品自体も賛否が激しく分かれていたこともあり、キラのまたはキラに対する発言で「増長」「傲慢」というワードが出てきた場合、都度必要以上にキラに厳しい目線で解釈されていないかと考え直す必要はあるかもしれない。
涼水玉青「キマシタワー!!」
アニメ『
ストロベリー・パニック』のキャラクター・涼水玉青の台詞。
後に顔つきAAが作られ、ネットでは
百合展開に対する歓喜と興奮を表すスラング(「キタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!」のようなもの)として知られるようになった。
この台詞は肝試しで渚を驚かすために隠れていた玉青が、歩いてくる渚を見つけて言ったものである。
つまり文字通り「(こっちに近づいて)来ましたわ」という意味で言っている。隠れながらなので語調も「来ましたわ…!」とそんなに強くない。
一応、彼女がこんなことをしているのは「渚ちゃんの悲鳴を聴きたいから」であり、百合的興奮の籠った言葉としてはあながち間違ってはいない。
だが、その後録音した渚の悲鳴を聴いてベッドで悶えながら言った「タマリマセンワー!」の方が意味としては近く、AAに付けられた絵も実際はこちらのシーンのものである。
少佐「よろしい ならば戦争だ」
『
HELLSING』の少佐が発言した、ネット上では主に主張が相容れない、許容できない際に一種の宣戦布告として「屋上に来い」「表に出ろ」に近いニュアンスとして用いられる台詞。
だが、これを言った人物はそもそも
戦争そのものが大好きなのであって、根本的にニュアンスが異なる。
前後の流れは、
……という展開である。
つまり「これから我々がしたくてしたくて仕方がなかった戦争をいよいよ始めようではないか」といった意味となっている。
詳細な解説は個別項目に譲るが、前述の「まるで成長していない…」などと同様に汎用性の高い部分のみが切り取られ、ネットスラングとして使われてきた弊害と言える。
ちなみに、文章通りに読まれる事も多いが実際のコマは「よろしい、ならば戦争だ」となっており、アニメ版でも「よろしい、ならばクリークだ」と発音している。
アルマン・ジャン・デュ・プレシー・ド・リシュリュー「ペンは剣よりも強し」
しばしば「言論の力は権力や暴力に勝る」という意味合いで使われる言葉。報道にまつわる話題ではお馴染み。
19世紀に書かれたイギリスの戯曲『リシュリュー』の主人公の台詞だが、本来意味するところは真逆である。
17世紀フランスの宰相(国王の補佐役)リシュリューは軍による自身の暗殺計画に気付いたものの、枢機卿(聖職者)でもあるため、武力を行使できない。
しかし、首相クラスの権限を持つ彼は命令書にサインすれば軍の動きを封じることができる。
上記の台詞はそれを説明するシーンで発されたもので、全文は
「真に偉大な統治の下では、ペンは剣よりも強し」。
つまり、「下位の人間がどんな武器を使おうと、上位者の命令には敵わない」ということで、むしろ
権力者の強さを示す言葉だったのである。
文民統制や法治国家を称えて「
戦闘のプロである軍隊でも議会や大統領の命令には従う」の意味で言うならばまあ間違ってはいないが。
なお、「言論は武力より強い」という言い回しは他にもあり、
- 「言葉は剣よりも強し」(アヒカル)
- 「智者のペンよりも恐ろしい剣はない」(デジデリウス・エラスムス)
……などが有名。
これらの名言と混同されて、現在の意味合いになったのかもしれない。
ちなみに「チンピラが振り回すドスを万年筆一本でいなして制圧する」という、わざと盛大に間違った意味で「ペンは剣よりも強し」を
体現した漫画もある。
『
美味しんぼ』のエピソード「究極の料理人“春編”①」における台詞。
友人の岡星精一が
うつ病になり、「
自殺をしたい」と漏らした時に放った一言である。
このシーンだけ切り取られて批判されることも多いが、山岡は本当に岡星に死んでほしいと思っているわけではない。
実際、岡星に「言われなくても死にますよ」と返された直後「死ぬと決めたらもう死んでいるのも同然だ。気持ちが軽くなっただろう。後一年だけ俺に命を預けないか?」と励ましている為、むしろ
自殺を防ぐために言ったのである。
確かに「こうした行為は下手すれば自殺願望を増長させるだけ」と言われるのはよく言われるところであり、岡星の反応も典型的なそれであったのも事実である。
だが、あくまで問題は「うつ病に対する無理解」であり、「殺意を持っていったわけではない」と言うのは勘違いすべきではないだろう。
原作者は
医者からの診察ももらっていない自己申告だが、自身もうつ病を患った事で
実際の治療方法の調査、患者へのインタビューなどを一切行っていないながらもそれなりに思いを込めて作品を書き上げたと批判者に反論している。
そして、この漫画に関しては
「蜂蜜入り離乳食」という真似すれば死人が出る物を紹介した前科がある。
「ちゃんと下調べしろ」「作者は思い込みだけで漫画を描いている」「反省していない」という厳しい声も(原発関連で騒がれる前から)非常に多かった。
みんなはくれぐれも、素人判断で精神病に接しないようにしよう。
ネット上には、「じゃあ死ねよ」と言われ「え?」と当惑している岡星に「死ねよ」とさらに追い打ちをかける山岡の画像が出回っているが、これは
コラ画像なので注意。
味吉陽一「世界中の大半の人々は食べ物の味なんか興味ないんだ」
料理漫画の金字塔『
ミスター味っ子』の主人公が続編で発言した、料理漫画というジャンルの根底を揺るがしかねない問題発言。
ネットではこの台詞だけが独り歩きしがちだが、実際にはそもそもこの発言はアメリカ人家族の大味な食卓に不安を抱いた少年に対し、「その不安も間違ってはいないけれど、それが全てではない」と諭す流れで出たものであり、あくまで少年の不安を受けての台詞である。
陽一の意図としては「大半の人々」というのがミソであり、この台詞の後は「だけど食べ物の味に興味を持つ人達も確実に存在しているから、味を追及するのも間違いじゃない」といった感じで話が続く。
ブラック・ジャック「おまえさんのからだをわたしの思いのままにさせる気ならね…手術代をまけてあげる」
医療漫画『
ブラック・ジャック』第194話「二人目がいた」におけるブラック・ジャックの台詞。
セクハラ目的で患者に迫っているような雰囲気のある表情と言い回しな上に、一応
嘘はついていなかった事からネタにされるが、彼は決してそういう目的で発したわけではない。
この台詞にはブラック・ジャックの過去が大きく関係している。
元々ブラック・ジャックは「母を死なせ、自身にも重症を負わせた上、父の駆け落ちの遠因まで作った人物に復讐する」という目的を持っていた。
前日譚に当たる第115話「不発弾」で1人目への復讐は完遂しており、タイトルの「二人目」は復讐対象の2人目という意味である。
ところがようやく見つけた2人目である姥本は既に末期ガンで、これでは自分が手を下すまでもなく死ぬだろうと判断したブラック・ジャックは、姥本の娘からの「診て欲しい」という声もそっけなく返し、家を後にする。
しかし、親を思う子の気持ちに弱いブラック・ジャックは再び娘へ電話をかけ、「手術してやってもいいが莫大な金がかかる」「他のもので埋め合わせるならそれでもいい。例えば『おまえさんの体』だ」という交渉を持ちかけた。
これに怒った娘は即座に電話を切ったものの、後日決意を固め、父を連れてブラック・ジャックの元を訪れる。
そして「おまえさん、服を脱ぎな」の一言でいよいよ身体が震え始めた……のだが、ブラック・ジャックはここで「おまえさんの臓器を使ってお父さんの治療をする」「臓器は他で買うと高い。おまえさんが提供してくれれば安く済む」と宣言し、娘は安堵の表情で服を脱ぎ始めた。
以上がこの台詞の真意及び完全な流れである。
つまり、ブラック・ジャックが発した「おまえさんのからだをわたしの思いのままにさせる気なら」という言葉は、「(治療の為に)自分の体(の一部)を私の思うままに(父へ提供)させる覚悟はあるか」という意味だったのだ。
真意をすぐに話さなかった理由は明言されていないが、患者が憎き復讐相手であること、その憎しみを振り切って手術を決意したことを考えれば、素直な態度には出られないだろうと想像がつく他、わざと真意を話さず応じにくいとも取れる条件を与えた事で「娘に裏切られ、見捨てられる最後を迎えさせる」という形で復讐を遂行しようとした可能性もあるだろう。
しかし、上述のようにブラック・ジャックが意味深な表情でこの台詞を発していたことと脱衣や下着の描写が当時にしてはそこそこ描き込まれていた事から、臓器提供の依頼という真意を示す肝心なコマ及び娘が安堵するコマをカットし、さも本当にブラック・ジャックがセクハラしようとしているかのような印象を与える改変画像が大量に出回り、大きな誤解を招いてしまった。
江田島平八「男なら幸せになろうなどと思うな 幸せになるのは女と子供だけでいい 男なら死ねい」
『曉!!男塾 青年よ、大死を抱け』最終回における卒業式の中で江田島の語った思想。
軍隊やスパルタ教育すら生温い
男塾の教育と塾生が授業に耐え切れず死亡したり、上級生から殺害されたりするのも日常茶飯事な上に、それらを塾側が問題視していない事から、塾生を虐めたいだけのただのサディスト、ないし女尊男卑とも取れるような思想として槍玉に挙げられた。
だが、この台詞には「毎日毎日を死ぬ覚悟で生き 安逸に人生を消耗させるな いかなる困難にもめげず 死物狂いで熱く苛烈に生きるのだ 即ちそれがこの男塾の3年間で学んだ『青年よ大死を抱け』の精神である!」という続きがある。
つまり、塾長は「幸せを掴んで安心するより、困難にめげず死物狂いで苛烈に生きていく事が大切である」という願いを込めて卒業生への訓示としたのである。
ある意味ではバトル要素重視になって以降の『男塾』の作風を総括した発言とも言えるだろうし、類似の思想はそもそも古典である『葉隠』における武士道・武士らしい心構えなどとして既に公表されていた。
恐らくはそういった思想を塾生向けに再解釈した上で、卒業式の場を使った「最後の座学授業」として行ったのが塾長の意図であろう。
「そもそも塾生にとって座学授業が役に立ってきただろうか? 実戦・実践の方がよっぽど後で役に立ってないか?」は禁句。
なお、スピンオフ作品『紅!!女塾』でもほぼ同じ内容があり、こちらでも「女なら死ねい」から始まる塾生への訓示がある。
ブロッケンJr.「おまえはニンジャで、俺はブロッケンJr.だ! そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」
『
キン肉マン』完璧超人始祖編において、ブロッケンJr.が
ザ・ニンジャに共闘を拒絶された際の台詞が
ネットミーム化したもので、この後ザ・ニンジャが
「違うのだ!」と返すところまでのやり取り。
ネットミームとしては「同じようで違うもの」を比較するネタに使われがちだが、本来はかつて共闘した相手に拒まれて「自分達が『ブロッケンJr.』と『ザ・ニンジャ』である事はかつての共闘時と何も変わらない」事を主張したブロッケンJr.が、ザ・ニンジャに「(あの時とは状況が)違うのだ!」}と返されるというシチュエーションであり、別に彼らに自分達を比較する意図があったわけではない。
ネットミーム化の過程でシチュエーションが省かれた結果、本来の意図とは違う受け取り方をされてしまった典型例と言える。
千利休「この利休にまっ茶ラテを作れと!」
このコマだけが一人歩きして有名かもしれないほりのぶゆき『東京お侍ランド』の「千利休 リキュバ遺文」の一コマ。
ここだけ見ると「この利休にまっ茶ラテ作れと!」と憤っているように見え、無茶ぶりに驚きドン引きしているかのようにも思えるため、ネタにされている。
だが、この利休はサブタイトルから分かるように
リキューバックス茶室なるものを作り、茶の道を離れてカフェ道を歩み出している途上であり、カフェ道と茶道の融合を提案した秀吉の発想に驚嘆しているシーンなのである。
つまり、
「茶とラテを合体させる高度なテクニックなど、自分のような茶道を辞めてカフェを学んでいる最中の未熟者にできるはずがない」と、遠慮と謙遜のニュアンスで使っている。
ちなみに秀吉も適当に思いついたわけではなく「自分の理想である東洋と西洋を一つにするための試み」と結構いい事を言いながら説得している。
なお、利休は最終的には
抹茶ラテからさらに推し進めて
抹茶フラペチーノを生み出して秀吉を感嘆させている。
ちなみに『
Fate/Grand Order』の方の
利休は誤用側の意味で使用し、抹茶ラテもちゃんと作ったが、抹茶の風味をラテの甘味で潰してしまう抹茶ラテが心底大嫌いらしく、抹茶ラテという存在をこの世から抹殺しようなんて考えているレベル。
中島弘「磯野ー、野球やろうぜ」
『
サザエさん』の中島の台詞だが、より正確には「間違いなくその意図通り言ってはいるが、世間での印象とは異なる」と言ったところ。
そもそも『サザエさん』という作品自体がとてつもない話数を誇る上、メディア配信をほとんどしていない方針だったため、「言った」「言わない」の検証が難しいところがあるのだが、これに関しては間違いなくアニメ内で発言はしている。
ただし、「いつも磯野を野球に誘う少年」という世間一般のイメージからすると、ほとんど言っていないと断言していいレベルで言っていない台詞。
誘うまでもなく野球をしていたり、野球ではなくサッカーに誘ったり、パターンは色々だが、「いつも『磯野ー、野球やろうぜ』と野球に誘う少年」という中島像はひとり歩きしたイメージに近い。
ゴステロ「脳が痛ぇんだよ!」
ロボットアニメ『
蒼き流星SPTレイズナー』の悪役、ゴステロの台詞。
『スパロボ』の攻撃カットインなどでこんな台詞を吐かれた日には「
殺人鬼の狂気の発露」みたいに聞こえるかも知れない。
人間性としても原典からして「いじめと人殺しが大好き」と普通に言っているので、擁護の余地自体は一切ない。
だが、原典におけるこの台詞は2回あるが、
2回ともギャグであり、間を持たせるための小ネタのようなもの。
1回目は主人公達レジスタンスが基地に侵入してきた際、ゴステロが三枚目キャラの内通者のせいで高所から落ちるハメになった際に言っている。
2回目は軍法的な問題行動から収監された際、脱獄しようと天井の電気配線をいじろうとしてこけて頭を打った時に。
2回目は特に「脳がいてぇんだよ(小声)」くらいのニュアンスである。
なので
「脳がいてぇえんだよおおおお!!(この傷や体がうずくからてめえを殺すうううう!!)」みたいな内容は実際言う類の人間性ではあるが、台詞そのものは解釈が変化しているが正しい。キャラではなくセリフに
スパロボ補正がかかったというか……
本来は
ドイツ語で「乾杯」を意味する言葉であり、『
銀河英雄伝説』の銀河帝国側のパーティの場などでも普通にそのままの意味で使われている祝いの言葉である。
だが、
アムリッツァ星域会戦や
シヴァ星域会戦の出撃時の前祝いで幹部達と共に「プロージット!」と唱和し、
ワインを一気飲みしてグラスを床に叩きつけて割るという儀礼が行われている事から、
「グラスを床に叩きつけて割る」ことそのものがプロージットであると勘違いしている人も見られる。
原作ではちゃんと「
乾杯!」という表記なので、そちらを読んでいれば間違えないのだが。
この「飲み物を飲んだ後その容器を割る儀礼」という行為自体は銀英伝の作者である田中芳樹の創作ではなく、実際に昔行われていたことが元ネタで、
日本にも「水杯」「かわらけ」という出陣の際などのゲン担ぎで、「酒や水を飲む→その杯を地面に叩きつける」というそのまんまのがある。
銀英伝は世界観的に欧州の儀式の方が元と思われるが、こっちのバージョンはトルストイの『戦争と平和』などに見られるので探してみよう。
なお、作中ではラインハルトを含めて帝国の門閥貴族達はかなりの癇癪持ちで、度々不機嫌になるとワイングラスを怒りに任せて床に叩きつけている。
特にラインハルトは
ヤン・ウェンリーにしてやられたりすると、悔しさのあまりかなりの頻度で逆上してはグラスを叩き割っており、この場面も強烈で印象に残りやすいためか、ニコニコ動画などではグラスが叩き割られる度に
「プロージット!」とコメントが流れる始末となっている。
まあ実際のところ、これを言っているのは大抵ネタで、本当に「グラスを割る=ブロージット」と勘違いしている人はほとんどいないと思われるが、「勘違いはしていないが正しい意味も知らない」という人自体は多いと思われる。
『
タフシリーズ』の中で特に台詞がネットミームとして有名な鯱山十蔵の台詞。
ネット上では敗北した相手を煽る台詞として用いられているが、実際は鯱山が主人公・
キー坊との試合でワンパンKOされ、目が覚めた際にあっけなく敗北した事実を受け入れられずに発した台詞である。
つまり、
「負けたんスか?wwwww(嘲笑)」ではなく、
「(俺はキー坊に)負けたんスか…(茫然自失)」といったニュアンスであり、
負けたのはこの台詞を発しているやつということである。
ちなみに上記の台詞の後は、鯱山のトレーナーが彼に対して何も言えないままうつむき、「そんな訳無いっス 俺が負ける訳無いっス」と困惑する鯱山という流れになっている。
断頭台のアウラ「ヒンメルはもういないじゃない」
『
葬送のフリーレン』で、中ボスポジとはいえゲスト敵にもかかわらず、かなりの知名度を誇るアウラの台詞。
原作・アニメ共にここだけ見るとなんとなく、
ヒンメルの死を引き合いに出して
フリーレンを煽っているように見えるが、本作の
魔族にはかなり重要な設定として「人やエルフなどの『人類』に分類される者たちと精神・感情の構造が全く異なる」という要素があり、ここでのアウラの発言の意図は「(ヒンメルが死体損壊をやめるように言ってたらしいけど)
どうしてヒンメルがいなくなった(=もう怒られない)のにそれを続けるの?」という疑問である。
つまり、このシーンはさらっと流しているが、人の道徳観を持たない上に理解できないため、フリーレンが「ヒンメルという人物及びその言動を大切に思っていること」「大切なので当人がいなくても従うこと」を煽りの要素一切無しで純粋に理解できず、禁じられても
「禁じた者がもういないなら怒られないからやっていい」という発想になってしまう魔族の怖さが垣間見えた台詞なのだ。
だからこそ、フリーレンは
「そうか。よかった。やっぱりお前達魔族は化け物だ。容赦なく殺せる」と改めて決意しており、戦いの後、同じ事を答えたフリーレンに対して
シュタルクと
フェルンは「そりゃあそうだろうな、怒られて当然だ、俺だって怒る」「ヒンメル様はフリーレン様の躾が上手ですね」とリアクションしており、それに対してフリーレンは
「これが普通のリアクションだ」とはっきりこの3人の解釈の方が真っ当である事を再度確かめる発言をしており、魔族との対比と言える。
ちなみに自害シーンと合わせて非常に有名なシーンであるためか、二次創作などではアウラは何でも語尾に「○○じゃない」とつけるキャラにされている事があるが、「○○じゃない」とはこの1度しか言っていない。
そもそも、アウラの出番自体がキャラ人気に比例せず全体として短いんだけど。
草薙素子「世の中に不満があるなら自分を変えろ! それが嫌なら耳と目を閉じ、口を噤んで孤独に暮らせ。それも嫌なら…」
『
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』第1話冒頭で、ビルを爆破しようとしたテロリストに銃を突き付けながら発した台詞。「…」に続くのは言うまでもなく「死ね」である。
前半部の「~自分を変えろ!」までを切り取って、「世の中に不満があれば、まず自分が動いて変化を起こすべき」という意味合いで使う者もいるが、これはそんなポジティブな言葉ではない。
この台詞の直前、テロリストは素子に「お前ら警察か…もはや体制に正義はなし得ない!」と叫び、自らのテロ行為を正当化しようとしていた。
それを否定する文脈での発言なので、確かにテロのような不条理に世の中を変えようとする行為への糾弾にも取れる。
だが、この台詞における「耳と目を閉じ、口を噤んで」のくだりは、J・D・サリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえて』から引用されたもの(作中でも登場人物によって明言されている)。
同作の主人公・ホールデンは社会に適応できずに反発を繰り返して孤独を深めていく青年であり、「インチキな社会の連中と関わらなくて済む」という理由から「僕は耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えたんだ」と呟く。
つまり「インチキな社会に対して、何をするでもなく目を逸らそう」と言う意図である。
この元ネタを踏まえれば、素子の台詞も「世の中に不満があるなら、体制のルールに従うように自分の考え方を変えろ。それが嫌なら体制と距離を置いて孤独に暮らせ」という意味合いになる。
要は「たとえこちらが何をしていようと関係なく、黙って従え」という体制側の圧力を意味する言葉であり、テロに限らずもっと穏当なあらゆる世間への不満をも封殺しようという暴論である。
例えば署名活動や啓蒙運動、果ては「勉強して政治家になって世間を変えよう」などという前向きな行為さえ、この言葉は許さないのだ。
そして実のところ、後の展開も考えると素子自身もこの台詞について全く納得できていない。
そもそも彼女は非常に正義感の強い人間であり、自分の所属する公安や日本政府が行っている不正を理解している。
だが、その一方で彼女は立場上、あるいは身体上体制側に従っており、それらの不正を見逃さざるを得ないでいる。
その苛立ちをごまかし、自分にも言い聞かせようとしたのがこの台詞なのである。
『S.A.C.』本編のキーパーソンとなる天才ハッカー「
笑い男」は、悪事の告発に失敗して身を隠した自分とホールデンを重ね合わせ、自身のトレードマークに彼の台詞の英文である「I thought what I'd do was, I'd pretend like one of those deaf-mutes.」を記した。
そして後に「or should I?」(だが、そうすべきだろうか?)と付け足す事で、再び告発へと動き出す。
素子もそんな彼に感化され、非合法な手段で政府の悪事を告発する彼の行動に協力する事を決意する。
つまり、『S.A.C.』とは素子が自分の発したこの台詞を否定する為の物語とも言える。
それを名言扱いされては、素子としてもたまったものではないだろう。
ザ・マン「私はいいと思う」
何の変哲もない同意している一コマだが、前後で弟子達
全員が『何故この人が同意するんだ?』という逆の反応を示している。
これは
一人の弟子が偶然発見したエネルギーを仲間たちの前でプレゼン、自分達で使うことを提案するも各々の反応が
と全く同意を得られず、提案者も焦って同意を求めていたところに師であるザ・マンだけが同意した。
これに提案者も喜んでるように見えて明らかに口調・表情共に焦っており予想外の反応。
真っ向から「正気ですか?」と反論する弟子もいたが、「完璧な我々が管理するのだから問題ない」と聞く耳を持たなかった。
これは億単位の年月を寝食を共にし、高めあってきた師弟の間に決定的な亀裂が発生。
同時に師に並ぶものは生まれたものの、事実上師から「師を越えるものはいない」と弟子たちに宣告された瞬間だった。
と発言者の言葉通りで意味も間違っていない台詞なのだが、肯定する行為自体が間違っていた。
何の変哲もない同意の一コマでネットで見る機会も多いが、実際はかなり重い発言であるギャップに驚く人も少なくない。
久能整「子供はバカじゃないです。自分が子供の頃バカでしたか?」
『
ミステリと言う勿れ』の主人公の台詞。
この台詞に対して、子供の時のおバカエピソードを挙げ、「子供はバカだぞ」という人が結構いる。
しかしこの台詞、「子供を悪事に利用しては行けない。子供は一生悔やむから」と言った主人公に対して犯人が「子供がそんなこと覚えているわけない」と返した事に対するさらなる返しである。
要は「子供は小さい時の事を覚えているし、ずっと引きずる」という意味である。
子供の頃のおバカエピソードを挙げた人は、子供は小さい頃の事を覚えている事を証明し、むしろこの台詞の真意を肯定しているという事になる。
武村雄介「抱かせろ」
※成人向け作品の内容の為、閲覧注意
漫画『
ゾンビのあふれた世界で俺だけが襲われない』の主人公・武村雄介がヒロイン・藤野深月に対して言った台詞。
この後深月が「っ…!!」
「男の人っていつもそうですね…! 私たちのことなんだと思ってるんですか!?」と叫んでおり、この2コマが描かれたページは
バナー広告でよく取り上げられていた事もありコラ画像も有名だが、原作は知らないという人も多い。
一見すると男が美少女に対して一方的に身体を要求しているゲスなシーンに見える……というより、それはあながち間違ってはいないのだが、前後の流れを読むとまたイメージが変わってくる。
まず前提として、本作はタイトル通り
ゾンビが跋扈する
終末世界であり、主人公の雄介はどういうわけかゾンビから捕食対象として認識されず、安全に行動できる唯一の人間なのだが、
それだけ。
別に超人的な身体能力や希少な技能を持っていたりするわけでも何でもなく、ごく普通の一般青年である。
ゾンビを警戒する必要がないというだけで、電気ガス水道などの社会インフラが崩壊した世界で食料などを発見・保管して運搬するというのは、知識面でもマンパワー面でも手探りの重労働なのは全く変わらない。
それを知ってか知らずか、深月は雄介に対して何の見返りもなく一方的に食糧を持ってくるよう要求している。
これは幼い弟を抱え、戦う力がない少女故に致し方ない事情ではあるが、雄介にとってはわざわざ手間暇かけて助けてやるほどのメリットを感じていなかった。
また、性的対象としても深月は雄介のストライクゾーンから外れている子供であり、欲求解消の対象としては既に女ゾンビを飼っていた為、深月と行為に至る必要もなかった。
深月自身も彼が自分にそういう目を向けていない事は察しており、女としての魅力ではなく「情に訴える」という手段しか交渉のカードを持てていない状態であった。
従って、雄介的には「何も失うこともなく要求が通ると思うなよ」「今のお前に差し出せるのはせいぜいこれくらいだろう」という意味を込めて、半ば諦め気味に放った台詞なのである。
……もっとも、以上のような背景があるとはいえ女性の弱みを利用してセクハラ発言をしているという点は変わらない為、ネタにするのも時と場合を考えた方が吉。
結局この後本当に「抱かれ」たのかどうかは……是非原作を読んで確認していただきたい。
家入しるく「決めつけちゃダメ!」
『
名探偵プリキュア!』第9話のサブタイトルとしても使用されている、同話で発言された準レギュラーキャラクター・家入しるくの台詞。
ネット上ではこれを引用して、人の勝手な推測や主張への否定のため
もしくは発言主である彼女を含めたキュアエクレール候補者予想に対して使用される事が多い。
しかし、本編では
「なかなか探偵の依頼が来なくて中学生だから探偵業は難しいのかもしれない」という旨の発言をした
明智あんなと
小林みくるに対して、
「自分も高校生と芸能人の両立は難しいが、頑張ってやっているので2人も頑張って欲しい」と返しており、つまり
「(中学生だから探偵はできないと)決めつけちゃダメ!」という励ましのエールとして使われている。
台詞を引用する事自体は必ずしも悪い事ではないが、あまり否定的な意味で使用すると、しるくの想いを踏みにじる事にも繋がるので注意すべきだろう。
実際、ニコニコ動画公式配信のコメントなどでは「(ある程度)否定的な意味でネタにはするが、それは他の候補者についても「ニチアサ枠の後で
追加戦士に昇格するキャラのあるある展開」は見られたという反論の根拠があるので、現段階でくれあと断言するのは早いという意味だ」の方がエクレール候補当てのネタとしては主流であったし、それ以外の回でも「推理には現状どの案にも根拠がないので、決めつけから根拠のある推測に変える為の証拠集めを優先する判断ができたのはあんなもみくるも偉い」といったように、しるくの発言のニュアンスをちゃんと学べている事を褒める形で引用するのが多数派である。
秋山階一郎「ワシはそれを1時間で作る事ができるぞ!!」→「秋山の『紅焼鹿筋』は十日ほど廃油に鹿筋を漬けこむところから始まる」
『
鉄鍋のジャン!』序盤で、
ジャンの祖父階一郎の発言した、ファンの間では語り草な台詞。
階一郎がジャンに、
紅焼鹿筋の作り方を尋ね、ジャンが
「鹿筋を水などを入れ替えつつ5日間ほど煮込む」という複雑な手順を説明した際に、
『そのやり方でできるのは「うまい料理」であって「秋山の料理」ではない!』と激昂して豪語したのが前半の台詞で、その直後に廃油に手を入れつつ発したのが後半の台詞。
「1時間じゃなくて10日かかってんじゃねえか」「普通のやり方より時間がかかる」として突っ込まれることが多いが、階一郎が言っているのは「調理を開始してからの時間」であり付け込む10日間は入ってない。(
あらかじめ10日間漬けたものをストックしておけば作りたい時にすぐ作れるという想定)
身近な料理で言うと「ぬか漬け」は「購入しに行く時間<自宅でぬか床に漬け込んでできる時間」だろうが「自宅であらかじめ作っておけば食べたいときにすぐ食べれる」というのは間違ってないようなもの。
その上階一郎の漬け込みした鹿筋は保存がきくだけではなく、調理の際もジャンの説明のような水を何度も入れ替えたりするような面倒な手順はなく、
油で揚げながら水をかけるだけと絶対危ないけど手軽であり、時間も手間も節約可能な有用な手段であると言える。
他にも、ファンの間では
『「秋山の料理」ならば10日間漬けこむような手間が必要である』などの説も存在するが、いずれにしろ階一郎が何も考えず耄碌したような発言をしたと考えるべきではないだろう。
癌で舌はイカレてしまっていたが……
特撮・実写
T-800「I'll be back.」
映画『
ターミネーター2』のラストでT-800が溶鉱炉に落ちる際に放った台詞……
ではない。
そもそも、このシーンは自分で自分を破壊できないT-800が「自分自身を消すことで破滅の未来に繋がる要因を全て抹消する」という最期の任務を遂行すべく、コナー親子に自身を破壊させるという場面であり、話の流れからして、T-800が「また戻ってくる」と発言するのはおかしい。
そして『2』は元々シリーズの完結編として作られていたため、次回作を示唆した台詞という意味合いも相応しくない。
溶鉱炉のシーンで実際にT-800が発した台詞は「good-bye.」であり、これは上記の流れと一致する。
台詞自体は発しているのだが、これはジョン・コナー達のためにビルの外の警察を追い払う際に「すぐ戻る」と言った場面。こちらはこちらで
1作目のセルフオマージュとなる名シーンである。
元々は前作の
冷酷な殺人マシーンの方のT-800が発した台詞で、警察署を訪れたT-800の「サラ・コナーに会わせろ」という要求を取調べ中だからと突っぱねた警察官に対し、普通に
「また後で来る」という趣旨で言ったもの。
別に
「これで終わったと思うな」的なリベンジの予告というわけではない。なお、この後車で警察署に突っ込み
本当に戻ってきた。
印象に残るギャグシーンだった1作目から一転、2作目では守るべき対象のために捨て身で特攻するという、真逆の熱いシーンになっているのが特徴である。
この台詞、ターミネーターはおろか演じた
アーノルド・シュワルツェネッガー自身の代名詞と化しており、セルフパロディで『
ターミネーター3』でも発している。
『ターミネーター:ニュー・フェイト』ではサラ・コナーが言っている。
さらに
ターミネーター以外の作品でもオマージュされており、シュワちゃんの
様々な出演作でも台詞が登場する。
『エクスペンダブルズ2』に至っては
一作品内で何回も言うため、終盤にこの台詞と共に敵に突撃しようとしたシュワにチャーチ(演:
ブルース・ウィリス)から
「戻り過ぎだ」と突っ込まれた挙句に
「I'll be back.」と台詞を盗られる(直後にシュワも「『イピカイエー』ってか」と代表キャラの名台詞を盗り返した)というギャグシーンと化した。
その象徴性と『2』屈指の名シーンがイメージとして合わさり、混同されているものと思われる。実際に『
妖怪ウォッチ』のパロディネタでも間違えられていた。
なお、『1』当時シュワちゃん自身は「
I'llなんて砕けた言い方は冷酷な殺人マシーンらしくないのではないか」とジェームズ・キャメロン監督に意見して一悶着あったとか。
黒木翔「勝った方が我々の敵になるだけです」
主に「どっちに転んでも悪いことになる展開」に絶望する意味で使われがちだが、実際には「どちらが相手でも構わず倒す」という決意を表す台詞であり、決して悲観的な意味で使われてはいない。
本作のビデオなどで用いられたキャッチコピーに「勝った方が人類最大の敵になる」というものがあるため、ここから絶望的な展開の示唆という意味で理解されるようになった可能性が高い。
アイハラ・リュウ「バカヤロー!! なんてヘタクソな戦い方だ!!」
ウルトラマンメビウスが
ディノゾールを倒した直後に言った台詞。
言葉通りに「怪獣との戦いで街を壊してしまうウルトラマンを非難する台詞」として持ち出される事が多く、実際そういう意味も込められている。
しかし、この後
「周りを見てみやがれ!! それでもウルトラマンかよ!? 何も守れてねーじゃねーか!……俺だってそうだ。……何も守れなかった」と続いており、怪獣から街を守るために出動したにもかかわらず、何もできないまま全滅した自分達
CREW GUYSに対する無力感への嘆きなども込められた台詞である。
決してお約束への野暮なツッコミや安易なダメ出しの類ではない。
北岡秀一「英雄ってのはさ、英雄になろうとした瞬間に失格なのよ。お前、いきなりアウトってわけ」
『
仮面ライダー龍騎』に登場する13人のライダーの1人である北岡秀一が、同じく仮面ライダーであり「英雄になりたい」という願いを持つ
東條悟との戦闘中に発した台詞。
ネット上ではよく英雄願望を持つ者に対して一石を投じるような言葉として引用されているが、実際は出まかせに近く、その場の勢いで発したような台詞である。
第46話にて
ミラーワールド内での活動時間が限界になり、そこから出る必要があった北岡が言い放った。
目的としては
東條を動揺させるためであり、北岡本人は特に東條を否定しようとしたわけではない。
劇中のシーンを見ると分かるが、この時の北岡は焦り気味にこの台詞を言っている上に、北岡の性格を考えると状況次第では「英雄になろうとしなかった瞬間に失格」など正反対の内容の言葉すら言い得る。
そもそも東條本人の英雄観自体かなり歪んだものであり、
「大切な人を失えば英雄に近づける」と考えた末に恩師の香川英行を手にかけるような危険人物である為、この台詞を英雄願望を持つ人物やキャラクターへの批判として使う=彼らを東條と同列に考えるのは無理がある。
とはいえ、東條はこの言葉に動揺を隠せずにおり、彼の言っていた事は図星であった。
そう考えるとこの台詞は彼の核心を正確に突いたものであり、色々な意味で北岡らしい台詞と言えるだろう。
そんな東條は街を彷徨い歩く中、トラックにはねられそうになった親子に先述の香川とご子息を重ね合わせて庇い、北岡の言葉が頭がよぎるも、答えが見つからないまま力尽きるという最期を迎える。
翌日の新聞の片隅には
「親子を救った英雄」と彼を讃える記事が載っていた……
親子を助けようとした彼はその瞬間、英雄になろうとしなかったのである。
ちなみに後の映画『
仮面ライダー×スーパー戦隊 超スーパーヒーロー大戦』でもこの台詞を言ってくれたが、ゴライダーカードを巡ったスーパーヒーロー達の戦いなので、違う意味で皮肉である。
門矢士「平成ライダー? 10年早えよ!」
演じた井上正大氏本人も「言っていない」と明言している『
仮面ライダーディケイド』のキャッチコピー。だがそれ以上に発言内容が誤解されがち。
文面だけ見れば2009年前半当時の最新ライダーだった
仮面ライダーディケイドが士の俺様な性格も相まって「『
クウガ』~『
キバ』勢が俺に敵うのは10年早い」と過去ライダーを煽っているように聴こえてしまうが、実際は
「2000年の『クウガ』から平成仮面ライダーシリーズを作り続けてもう10年目? 時の流れ早えよ!」というスタッフの驚きの感情を実直に表現したものである。
この心理状況を専門用語で例えるなら、この現象は年を経るごとに時間の流れが早く感じていく
「ジャネーの原則」がかなり近い。
ラドン「そうだそうだ」
なので、正確には小美人
「ラドンも『そうだそうだ』と言っています」となる。
2019年に『
ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』が公開され、劇中でのラドンの動向から
「強者の意見に擦り寄っている小物のような印象を受ける」この台詞がSNSなどでよくネタにされるようになった。
だが、『地球最大の決戦』のラドンは決してそのような意図でこう述べたわけではない。
そもそもこの発言に至る経緯は
- 巨大な隕石が地球に落下する。
- 金星人が怪獣の出現を予知し、小美人やモスラも行動を開始する。
- 隕石落下の衝撃で目覚めたゴジラとラドンが殴り合いを始める。
- 隕石から現れたキングギドラが日本を荒らし回り、モスラが単身立ち向かう。
……というものである。
この状況下でモスラは、自分だけではキングギドラに太刀打ちできないと判断し、争っているゴジラとラドンに「みんなで力をあわせて地球をキングギドラから守ろう」と協力を求めた。
これに対し、ゴジラは「我々が人間を助ける理由はなにもない。人間はいつも我々をいじめているではないか」と拒否。ラドンもそれに続くように「そうだそうだ」と同調した。
……という怪獣3匹の一連のやり取りを小美人が通訳したのが先の台詞。
つまり、ラドンはゴジラに擦り寄っていたわけではなく、「ゴジラはソリの合わん奴だが、人類や地球に対する見識は同じらしい。俺もモスラや人類に協力する気はないし、言いたい事はこいつが全部言ってくれたから俺は同調するだけでいいや」という程度の姿勢であり、あくまでゴジラの意見に頷いただけである。
ただし、地球の危機が迫る中で怪獣3匹が話し合いをしていること、小美人がやや砕けた言い回しで通訳したこと、さらにラドン自身がどことなく「そうだそうだ」と本当に口パクしているようにも見える事からネタにされてしまったと思われる。
『ちびゴジラの逆襲』では実際に流行りに同調するタイプの小物にされたが。
また、上述の通り「そうだそうだ」という発言自体が第三者による翻訳であるため、ラドンが実際にどんな台詞を発していたのかは不明。
バーダー船長「ブレアード、どうして死んでしまったのだー!?」
『
超星艦隊セイザーX』に登場する敵組織・宇宙海賊デスカルの頭目・バーダー船長(その正体はロボット)が今わの際に叫んだ
断末魔。
第10話にて怪獣を生み出す為に海賊船越しに落雷を浴びた事で異常をきたし、部下の一人であるブレアードの目の前で機能停止するシーンで放った台詞であり、一見意味深長に感じ取られることから当時の視聴者の間で
『実はブレアードは死んでいるのか?』と劇中最大の謎としてしばしば考察対象に挙げられていた。
だが、ブレアード達
3将軍は最終決戦後も生存しており、結局その後のストーリー展開でこの台詞について触れられる事は一切なかった。
それもそのはず、実はこの台詞自体には特に意味がないからである。
というのも、同作のメインデザイナーを務めた西川伸司氏が当時運営していたブログにて、第10話の台本における件の台詞が出た経緯について解説しているのだが、
- ブレアードが船長を父のように慕っていると告白する。
- 続けて「船長のためなら喜んで死ぬ覚悟です」と船長に忠誠を誓う。
- 落雷のショックで異常をきたした船長が「死ぬ?→では死ね→いや死ぬな→なぜ死んだ」という風にブレアードの言葉を曲解する。
- ブレアードが死んだと錯乱し、断末魔を遺してショートする。
このように船長がロボットだったという事実を表現する為の演出の一環に過ぎず、台詞の内容そのものには意味がない事が分かる。
しかし、完成作品では2.と3.の過程が省略された結果、意味ありげなニュアンスに変わってしまったというのが真相であった。
この裏話が初めて明かされたのは最終回の放送日である2006年6月24日だが、西川氏のブログ以外で触れられた事がない事や、『セイザーX』という作品自体がメジャーとは言えない作品である事もあってか、現在でもこの台詞を真面目に考察しているファンも一定数存在する。
『
ひょっこりひょうたん島』より。楽天的で日和見主義者のドン・ガバチョの人なりを示しており、作詞家である井上ひさし氏も
「単なる先送りのつもりで作った」と述べている。
しかし映画『おもひでぽろぽろ』の劇中でトシオが「あの頃は励ましの歌が多かったですよね。ほら、『ひょっこりひょうたん島』にも」と話題に挙げ、タエ子と一緒に歌った事で誤解が広まってしまった。
一応タエ子のモノローグで「明日やればいいという先延ばしの歌を、トシオさんは明日があるさという前向きの歌として覚えていた」と説明してはいるのだが、歌のシーンが印象的なため伝わりにくかったのかもしれない。
さらに「一家心中を考えていた中小企業経営者が、決行前夜に『ひょっこりひょうたん島』を視聴し、この歌を聞いた事で心中を思い止まった」というエピソードまで生まれている。
当のドン・ガバチョも劇中で煙たがられている一方で、「大人としての責任感」や「諦めない積極的な思考」を持つキャラクターなため、「今日が駄目なら明日頑張ればいいと前向きに捉える歌」という意味が、本来の「日和見主義者が先送りにするだけの歌」という意味を超えつつあるのも事実である。
レッドレーサー「勘違いするな! 俺達は1の力を5分割して戦っているだけだ!」
実はこの戦いは等身大の戦いではなく、
VRVロボでの巨大戦の際に発せられた台詞であり、VRVロボに合体する5台のVRVマシンが変形したロボ・VRVファイター5体での戦闘を行っている。
「1の力を5分割」というのは
「1体の合体ロボを5体のロボに分離させている」という事を指す。
相手の猛攻に分離変形を駆使して状況を立て直したシーンであり、
毎回1人の怪人に5人で対抗しているというシチュエーションに対する台詞ではない。
しかしカーレンジャーも敵の抗議に思うところがあったのか、
「でもそんな風に言われると、卑怯な気もしてきたなぁ……」「もう一度、合体ね!」「敵ながら話の分かるいい奴じゃないか~。サンキューサンキュー」と続く。
そして敵の方は「合体する隙を狙え」とさらなる卑怯で対抗しようとした。思ったほど隙が無かったのか攻撃タイミングは合体後だったが。
ちなみに、『カーレンジャー』では他にも2回「5対1は卑怯」という旨の台詞を相手に言われる場面があるのだが、この両者に対する反論の台詞はない。
実在の人物の項目の「意訳により原文から意味合いが変わってしまった」に該当する。
日本語吹替版では
「お前の負けだ。地の利を得たぞ!」、原文では「It's over, Anakin! I have the high ground!」で、直訳すると「終わりだアナキン、私の方が高い位置にいる」、ちょい意訳すると「私の方が有利だ」となる。
エピソード3のクライマックスを飾る台詞として、またシリーズ屈指のネタ台詞として知られている。
吹き替えでも決して間違った事を言っているわけではない。
詳細な説明はここでは省くが、不安定な足場にいる
アナキン・スカイウォーカーとしっかりした足場にいるオビワン、どちらが有利かは考えるまでもない。
ただ、だからといって「お前の負けだ」と言い切れるほど勝敗が決まったとは言えない。
この戦いの項目にも書いてあるが、ここから仕切り直す方法などいくらでもあったからだ。
アナキンが敗北したのは「隙だらけの大ジャンプでオビワンの懐目掛けて飛び込む」という愚策としか言えない戦法を選んだ事、そんな戦法を選んでしまうほど精神が不安定だったからである。
「私の方が有利だ」は足場の事と共に、「そんな精神状態では私には勝てない」という意味も含んでいるダブルミーニングであるとする説がネット上では提唱されている。
吹き替えの方はこのもう一つの意味が丸ごと削ぎ落とされている為、ネット上で「誤訳」「珍訳」として知れ渡ってしまっている。
ゲーム
『
Fate/stay night』にて、サーヴァント・アーチャーが発した台詞。
正確には「ああ。時間を稼ぐのはいいが───別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
ネットでは「別に」以降の部分だけが広まっており、あたかも「大勢の敵に対して無双するとでも言わんばかりにイキって死ぬ死亡フラグ」のように扱われがち。
しかし、実際は「どうやっても倒せない難敵」に追い詰められ、「誰か1人が捨て駒となって時間を稼ぎ、残りを逃がす」以外に採れる策の無い状況下。
信頼関係を結んだアーチャーに対し、「私を逃がすためにここで死ね」という命令を下さざるを得ず、苦悩するアーチャーのマスター。
そんな中、捨て駒にされる側であるアーチャーが「気に病むな」との意図を込め、自分が死ぬのは承知の上で敢えて軽い調子でイキってみせたのがこの台詞である。
裁判長「とりあえず、却下します」
その字面から受ける印象や『UMVC3』での使われ方から成歩堂に対する理不尽発言の一つと誤解されがちだが、実はこの演出は
出典になったソフトからして異なる2つのシーンの映像と台詞を組み合わせたものであり、台詞の方の元ネタは不利な流れになったので
とりあえず異議を申し立ててきた相手の異議を
とりあえず却下した時の台詞なので、
この台詞に限っては実際には理不尽どころか
残当といった感じの台詞だったりする。
おまけに「とりあえず、異議を申し立てた」のは成歩堂ではなく
御剣怜侍である。
デミックス「黙れ裏切り者」
『
キングダムハーツ』にて、デミックスと対峙した
ソラ達が挑発している最中に言った台詞。
ドナルドが「騙されないぞ!」と言った直後に言った為、よく知らない人にはドナルドを裏切り者呼ばわりする意味不明な台詞に思われがちだが、実際にはドナルドではなくソラに向けて言った台詞である。
この時のソラは自身の
ノーバディにしてデミックスが所属している
ⅩⅢ機関のNo.ⅩⅢだった
ロクサスと同化しており、その影響でデミックスはソラをロクサスと認識していた為、この台詞を言っていた。
実際に言われたソラはロクサスの残留思念の影響で苦悶の表情を浮かべていた。
ナレーション「エアグルーヴのやる気が下がった」
『
ウマ娘 プリティーダービー』ゲーム版におけるナレーション……というか地の文。
エアグルーヴのやる気ダウンイベントの一つに「彼女が
シンボリルドルフのダジャレを聞く」というシチュエーションがあるのだが、このイベントを元ネタに、ルドルフがつまらないダジャレを言っているイラストへのテンプレコメントの一つになっている他、『ウマ娘』関連の話題でルドルフがいかにも言いそうなつまらないダジャレを言った人へのツッコミコメントとして用いられたりしている。
しかし、実際のイベント内容は「ルドルフが自分との会話にさりげなくダジャレを盛り込んでいたことに、その時気付けなかったことへの不甲斐なさから落ち込む」という内容であり、エアグルーヴがルドルフのつまらないダジャレを聞いてモチベーションを下げられたというわけではない。
まぁ、ちょくちょくダジャレを言いたがる会長にエアグルーヴが難儀しているのは事実である上、肝心の彼女のダジャレは彼女を尊敬する
トウカイテイオーやトレーナーもフォローできず、幼なじみの
シリウスシンボリも辟易している事が示唆され、
ナイスネイチャにしかウケていないのもまた事実なのだが……
二次創作だと「王族権限を使ってトレーナーに『命令』する」という流れで使われることが多々あるため誤解されていることがあるが、アプリ版では
ファイン「ラーメン食べに行かない?」
トレーナー「ウーン…」
ファイン「きさま~ 余の要望を聞けぬと申すか」
(拗ねたファインが一人でラーメン屋に行ってしまう)
ファイン「…ちらっ。」
…といった感じのイベントでしか言っていない。
ストーリーの流れを観れば、そこまで重いニュアンスはなく、単にトレーナーに構ってほしかったから誘ったのに…と遠回しに説明しているだけであろう。
ちなみにこのイベント、トレーナーは結局ラーメン屋に一緒に行っているため(席について「何を頼むか」がノベルゲームとしての選択肢になっている)、一応「きさま~」のカードを切られたトレーナーがファインの要求に従っているの自体は事実ではある。
アーミヤ「ドクター、終わってない仕事がたくさんありますから、まだ休んじゃだめですよ」
『
アークナイツ』にて、ホーム画面にてメインヒロインのアーミヤを秘書にした状態で一定時間操作をしなかった場合に流れる、いわゆる放置台詞。
アーミヤが主役組織・ロドス製薬のCEOという立場であることからプレイヤーである
ドクターを休まず働かせるブラック企業の社長のように扱われるようになった最大の原因であるこの台詞だが、他のキャラクターの同台詞を見る限り、どうやらドクターが仕事を放置して居眠りしているシチュエーションのようなので、立場を考えれば
別に厳しい発言ではない。
まだ優しい部類と言ってもいいだろう。
過労を労わって書類を引き継いだり毛布を持ってきてくれたりするオペレーターもそれなりにいるが。
???「それが…前歴もちで、屋根裏に住んでるゴミに! どうして俺が…!?」
『
ペルソナ5』の終盤、連続殺人事件の真犯人が
主人公(ジョーカー)に対して発した台詞。
主に「屋根裏に住んでるゴミ」の部分のみが独り歩きしており、略して
「屋根裏のゴミ」「屋根ゴミ」などとも呼ばれる。
なぜ屋根裏なのかというと、主人公が世話になっている喫茶店の屋根裏部屋に下宿していることから。
とにかく「屋根裏のゴミ」というパワーワードのインパクトが凄まじく、「『ペルソナ5』の主人公といえば屋根ゴミ」とネタにされる原因となった台詞。
『ペルソナ5』の主人公はデフォルトネームがなく、コードネームの「ジョーカー」で呼ぶには恰好良すぎる場で示す際には便利だったためという側面もある。
ネット上では主人公が複数股(最大10股)していた場合、バレンタインに女性陣から詰められる修羅場シーンに「いや、ダメだろ。彼女がいて、他の女性と付き合うなんて…」というドラマの展開に対するモルガナの台詞と、この真犯人(実際には真犯人のものではない)の顔グラを組み合わせたコラ画像が出回っている事もあり、「『ペルソナ5』の主人公は複数股をするクズ男→『屋根裏のゴミ』発言は正論→真犯人は主人公の不貞行為に対して義憤を燃やしているのだ」とネタにされる、または勘違いされている事態が散見される。
加えて、よりにもよって真犯人がその生育環境上、不貞行為を絶対に許さないであろうと容易に想像される人物であることも拍車をかけている。
しかし、前後の流れを見れば分かるが、この台詞が出る場面では主人公の恋愛事情は全く関係ない。
この後「なぜお前ばかり特別な存在なのか」という旨の発言が続くように、この場面ははみだし者として邪険にされていた主人公が、真犯人自身には決して手に入れられない愛してくれる仲間や友人、ありのままでいられる環境を得ているという事実を否応なしに突き付けられ、ヤケクソ気味に喚いた台詞なのである。
むしろ「屋根裏のゴミ」という苦し紛れに捻りだしたような稚拙な悪口でしか主人公を貶めることができなかったという事実は、主人公は自分にはないものを持っており、何者にもなれなかった自分より優れた存在であると認めているに等しい。
進め方にもよるものの、ゲーム的に知識(知恵の泉)・度胸(ライオンハート)・器用さ(超魔術)・優しさ(慈母神)・魅力(魔性の男)と人間パラメータが上がりきっており、協力関係にある者も多数、読書などもこなしており、むしろ「前歴もち」「屋根裏に住んでる」「ゴミ」程度しか言えなかったとも解釈できる。
最初は事実、最後のは純然たる悪口として、真ん中は主人公が下宿先の許可を得た上で屋根裏部屋を快適に改造しているため、悪口としても実は微妙。
なお散々ネタにされているように、実際女性キャラとのコープを進めることで複数股が可能なのは事実だが、任意であり公式で強制的に不貞行為をさせられるわけではない。ストーリー中の主人公はあくまで正義感が強く仲間思いな人物である。
ちなみにアニメではOVAにてIFオムニバス的扱いではあるが、11ヒロイン分(ゲームでは攻略できなかったヒロイン込み)、加えて上述の修羅場オチまで収録した事がある。そしてこっちでも「魔性の男」「慈母神レベルの広い心でお楽しみください」と言われてしまった。
もっとも、過度な複数股ネタや屋根ゴミイジリを不快に思うファンも存在するため、注意。
グレイグ「こんな胸クソ悪いものを見せるヤツはひとりしかいない! 姿を見せろ……ホメロス!」
言っている事は全くもって正論なのだが、そもそもグレイグとホメロスはかつては親友同士であり、「なぜいかにもこいつは昔からそういう奴だったというニュアンスで言うのか」「実は内心ではそう思っていたのか」などとプレイヤーから「お前が言うな」というニュアンスで突っ込まれたり、
中には「そんなんだからホメロスが闇堕ちするんじゃないのか」とホメロスが魔王に魂を売ったのがグレイグのこのような発言・態度が原因であるとして批判的な文脈で用いられることもある。
また、この後の魔王戦直前のイベントでは今際の際のホメロスに対し「お前こそが…俺の光だったんだ」と声をかけているが、「先ほどと言っていることが矛盾している」と指摘されることもある。
確かに、かつてグレイグはホメロスと絆で結ばれた友人同士であり、尊敬や羨望の念を抱いていた旨の発言をすることもある。このため、「一人しかいない」という決めつけは一見おかしいように見える。
しかし、ここまでのストーリーをプレイすれば分かるように、そもそもこの時点では命の大樹が他ならぬホメロスの手引きによって魔王に滅ぼされ、世界が崩壊している。
それ以外にもイシの村住民を虐殺しようとする、氷の魔女に暗殺を依頼する、滅びたデルカダールの生き残りの住民たちに魔物をけしかけ生命を脅かすなど、グレイグと
勇者の活躍がなければ惨事を招いていたような行為にも至っていた。
当の本人は本来守るべき主君であった王の玉座にふんぞり返りながら魔王こそが使える主と語っており、既にホメロスは情状酌量の余地もない、取り返しのつかないほどの「胸糞悪い」罪を犯す様をグレイグは何度も目の当たりにしているのである。
ベロニカについても、彼は大樹の根を通して彼女の最期について知っており、自らの無力さが彼女を死に追いやってしまったと悔恨しているシーンがあるため、そんな彼女の死体蹴りをするようなホメロスの行いはグレイグを心底失望させたと想像するに難くない。
そのような状況から出た言葉なのである。
しかし、それでもなお彼はホメロスを親友として慕い、その背を追った過去の自分までは否定しておらず、その心情を吐露した言葉が前述の「光だった」発言といえる。
こうして彼の複雑な心情を鑑みると別に矛盾はしていない。
実際、グレイグ自身かなり不器用で言葉足らずの人物であり、英雄として慕われるものの内面の未熟さ(及びその成長)が描かれていることもあり、ネタにされがちなのも事実である。
しかし、この台詞を言った状況はスナイパー・ウルフに捕まり、
リボルバー・オセロットの拷問でボロボロになった上に独房に入れられた際の通信にて、ナオミ・ハンターが鎮痛剤として性欲を増大させる副作用を持つデキセドリンの使用を推奨するも、それを拒否した際に言っており、全文は
「眠くはない、デキセドリンは投与しなくていい。性欲を持て余す」である。
つまり、
性的な興奮を避ける為に言った台詞であり、少なくとも某MADのような意図で言ったわけではない。
『
龍が如く0 誓いの場所』の冒頭、とある殺人事件の犯人だと疑われた桐生一馬が行った弁明の発言。略して「ちかころ」。
よく「
これまで生きてきて一度も殺しはやってません」だと勘違いされるが、話の流れとしては「
その冒頭の事件で殺しはやってません」である。
「この話はシリーズ時系列の最初のエピソードの冒頭部に出てくるものなので、当時の桐生が本当に『まだ一度も人を殺したことはない』という意味で言っても以後の展開とは矛盾はしない」というフォローも存在するが、そもそもそういう意味での発言ではないので、これもフォローとしては少しズレている。
あくまで「俺はその事件の犯人じゃありません」という意図しか含まれておらず、別にこれまでの人生において不殺の責任を負う台詞でも何でもない。
もちろん
不殺主義を主張する台詞でもなく、不殺キャラを「誓殺」などと称するのも本来間違い。
……であるのだが、それはそれとして桐生本人も不殺を心掛けていること、またスタッフから「桐生は不殺による解決を全作品で達成しているの自体は公式設定だし事実」と説明があったことから、この流れについても勘違いされがち。
そして、シリーズを通して敵を死なせてもおかしくないアクションを桐生ちゃんが頻発するため、本来の文意とは違う事を承知の上でネタにされがちな台詞。
このページの中では比較的、出典作品のプレイヤーからも「まあネタにする気持ちはわかる」と思われているセリフだろう。
追記・修正は名言を残してからお願いします。
- 言ってるんだから「実は言ってない台詞」じゃなくない?「実はそういう意味で言ってない台詞」ではある -- 名無しさん (2025-06-01 16:51:20)
- 意味が違うだけで言ってはいるよね? -- 名無しさん (2025-06-01 20:03:40)
- そうかな…そうかも…も該当するかも -- 名無しさん (2025-06-01 21:02:59)
- ターミネーター2のラスト溶鉱炉のシーン、そんな誤解が広がっているのか。黙ってサムズアップする場面が一番印象的なのに -- 名無しさん (2025-06-01 21:07:13)
- 機械で友だちをつくるなんて~を矛盾した台詞として広めた人達の国語能力がのび太以下すぎるんだよな・・・ -- 名無しさん (2025-06-01 22:11:41)
- アウラのセリフなんて勘違いしてる奴いるか?そうとしか受け止めてないだろ -- 名無しさん (2025-06-02 11:54:17)
- シンプルに意味が違っている台詞だけでいいのでは -- 名無しさん (2025-06-02 15:08:39)
- 勇気で補えばいいは「前情報無しの第一話初見では人事を尽くしてる事は視聴者に伝わってない」「ファイナルフュージョンの成功率はゼロに近い…という麗雄博士の台詞を受けての返し」なのが大きい。ほぼ100%勇気で補うのはそりゃ突っ込まれるでしょ -- 名無しさん (2025-06-02 16:25:31)
- 実際に言っていて意味も違っていない中島は該当しないのでは? -- 名無しさん (2025-06-02 20:50:20)
- ↑3 ところがどっこい、居るところには居るのよ。ソースはウチの会社の後輩 -- 名無しさん (2025-06-02 21:00:40)
- 何やってんだお前ェ!!はネタにされる10年以上前に仲間たちを溺死させようと壁を破壊したルッチに対して言っていたりする。 -- 名無しさん (2025-06-02 23:06:09)
- 無理に「実は言ってない台詞」と関連付けるタイトルにしてるせいで、よくわからん記事タイトルになってる。「言っている意味が違う台詞」じゃないのこれは? -- 名無しさん (2025-06-02 23:11:02)
- ↑ 元記事にもコメントしましたが、項目名が必要以上に長くなっているのは確かなのでより良い項目名があればそちらに変更するつもりでしたが特に案が出なかったので半ば仮題のつもりでそのまま立てています。現状上がっている「実はそういう意味で言ってない台詞(架空人物)」か元々の見出しを捩って「言ったが意味が違う台詞(架空人物)」辺りでどうでしょうか -- 名無しさん (2025-06-02 23:18:27)
- 自分が読んだ時には月影先生は「こわい子……」って言ってた気がする。あれ恐ろしい子って言わないんだ?と思った記憶 -- 名無しさん (2025-06-03 10:37:10)
- ↑2 ストレートに「違う意味で解釈されている台詞(架空人物)」でいいのでは? -- 名無しさん (2025-06-03 10:52:40)
- 「元と違う意味で伝わっている台詞」「元と違う意味が広まっている台詞」とか? -- 名無しさん (2025-06-03 15:27:12)
- 「原作見てて意味を勘違いしてる奴」はともかく、「本来の意味とずれていようがお構いなしにネタとして使う→原作知らない奴が見て勘違いする」は普通にあるし、文脈無視で切り出された台詞に対して元の意味を読み取れというのはエスパーじゃなきゃ無理ぞ -- 名無しさん (2025-06-04 01:13:56)
- パロディ(ミーム)として台詞を引用するときにシチュエーションまで合わせる必要なんてないのにそれを「誤用」と呼ぶのがそもそも誤り -- 名無しさん (2025-06-04 16:15:14)
- ミーム汚染して元の意味を失ってしまうのもどうかと思うがね。 -- 名無しさん (2025-06-04 22:19:04)
- ミーム汚染の結果原典への誤解が生まれた言葉として紹介するなら分かるけど「このパロディは誤用です!」っていうのは明らかに過剰反応では。項目内でも複数散見されます -- 名無しさん (2025-06-04 23:55:23)
- ブラックジャックのは、真意はともかくミスリードされることを狙ってあえて描いてるんだから他とは事情が違うような -- 名無しさん (2025-06-05 03:04:12)
- そもそもミスリードが意図されているセリフに関しては対象外として除外して良くないかね -- 名無しさん (2025-06-05 06:13:39)
- ミスリードであること自体理解されていないことがある、という意味では項目と矛盾はしないのでは? 除外は行き過ぎ、せめて小区分として隔離するくらいが妥当かと -- 名無しさん (2025-06-05 07:21:09)
- ネタバレになるようなのは控えたほうが -- 名無しさん (2025-06-05 13:08:44)
- 誤用が氾濫しているからこそ、本来の使い方をすると輝く歴々 -- 名無しさん (2025-06-05 13:49:48)
- タイトル変えてみました、皆様もこれがいいなというタイトルに変えてもらっても大丈夫です。ここはアニヲタwikiです皆の力でどんどんいい記事に、変えていきましょう -- 名無しさん (2025-06-05 19:25:41)
- せめて前もって相談しておくべきでは?大丈夫かどうかはまず建て主さんが判断するべきでしょう。 -- 名無しさん (2025-06-05 19:32:32)
- とりあえずページ名は前のものに戻しておきました。 -- 名無しさん (2025-06-05 19:35:37)
- 「なんか障害ありそう 一緒に福祉センターに行こーよ!」煽ってるわけではなく相手を心から想っての台詞なんだよね -- 名無しさん (2025-07-16 15:38:48)
- ↑2 むしろ、この項目そのものを削除するかどうか、前もって相談するのが正解……? -- 名無しさん (2025-11-06 22:36:07)
- 露伴のやつ(金やチヤホヤされるためにの方)はパロディで『完全に私欲じゃねーか』って突っ込まれてたけどある意味元からそうだったのか -- 名無しさん (2025-12-22 19:05:52)
- 国語能力に難のある人って結構いるんだな… -- 名無しさん (2026-03-13 12:48:00)
- 禪院直哉の「呪力が練れんドブカスが」も勘違いしてる人わりといるよね -- 名無しさん (2026-03-24 16:50:05)
- 野崎くんの部分、余談項目がだいぶ必死過ぎない?そこまでして否定するアレでもないでしょ。 -- 名無しさん (2026-03-24 19:51:15)
- そんな間違ってる感じしない気がするけどね、キラの台詞だって -- 名無しさん (2026-04-19 21:28:58)
- 単に「誤解されがちな台詞」でいいのでは -- 名無しさん (2026-06-17 14:02:35)
- 「磯野野球しようぜ」を載せている理由はなぜでしょうか。たまに野球に誘う目的で言ってるセリフであれば意味が違うわけでもなんなら言ってないセリフでもなく中島がいつも誘うような奴 -- 名無しさん (2026-07-05 20:50:54)
- ↑続き ではないということもなく、頻繁に発していないという点のみでこの記事に載せるのは不適当ではないでしょうか。また、何千話もあるアニメ内なら発言の比率が下がるのは当然ではないでしょうか。 -- 名無しさん (2026-07-05 20:54:48)
- たんプリの家入しるくの「決めつけちゃダメ」もこれに入ると思う。実際は自己肯定感を上げるためのセリフなのに、ネットでは主に否定的な意味で使われている -- 名無しさん (2026-07-07 19:57:10)
- 鉄鍋のジャンの、ジャンの祖父の「ワシはそれを1時間で作ることができるぞ!」もこれに入るかも。事前に鹿のアキレスけんを10日油に漬けたものをストックしておけば何日も煮込んだりしなくてもすぐに作れるって理屈であって、10日かかってんじゃねえかってのは的外れという解釈らしい。あくまで監督の解釈だけど -- 名無しさん (2026-07-26 21:09:08)
- タイトル何だけど -- 名無しさん (2026-08-01 03:34:01)
- そもそも書かれているような誤解をしている人なんか見たこともないのに架空のバカを作って否定して悦に浸ってると感じられる記事だった -- 名無しさん (2026-08-03 16:10:55)
- 分かって言い換えているのを無知な人間とバカにしているかのようなってことかな -- 名無しさん (2026-08-04 19:00:39)
- ↑それもそうだけど世間で特に誤用されてもいないのをわざわざ載せてるようなのがいくつかある気がする -- 名無しさん (2026-08-11 20:50:02)
- 他のパロディで使われているのを「間違えられている」って断言するのはいただけない -- 名無しさん (2026-08-11 21:22:42)
最終更新:2026年08月16日 09:24