戦闘用のAI。
防術機に積まれる補助用の人工知能として作られたワタシ。基本的にパイロットの緊張をほぐしつつ、適度に緊張を残すことに長けている。そして複雑な操縦のお手伝いをする。
ワタシはグラバイス・エクリプス搭載のAI、アルバ。
ワタシが生まれて6年間、ワタシは何の疑問も持たずに戦い続けてきた。
このエクリプスを購入したのはただのその辺にいくらでも転がっているような傭兵だった。前の機体は教えてくれなかったが、レバーを動かす癖や存在しないスイッチを押そうとしてしまう位置からして、どうやらGフェイスに乗っていたようだ。
ワタシに前の機体を教えてくれなかった理由は最後まで分からなかった。推測を立ててはみたが、どうやらワタシに前の機体の事なんて考えずに付き合って欲しかったようだ。
よくわからない。
ワタシは彼に購入されて、輸送用ヘリに積まれて彼の拠点まで運ばれた。彼の拠点は郊外のなんでもない倉庫があるだけの一軒家だった。彼は既に妻と子を喪っているようで、彼一人しかワタシのセンサーでは読み取ることができなかった。その事を彼に聞くと、彼は笑いながら妻と子はエルフに殺されたと教えてくれた。
辛いのに、隠しきれていないのに笑おうとする。
…よくわからない。
彼のパイロットとしての腕は並だった。
だけど少しずつ上達しているのがわかる。日に日に、反応速度も判断能力も向上している。
もしかして前の機体では適当に乗ってたんですか?と聞くと、お前みたいな可愛いAIがいるから頑張れるんだ、と答えた。
わからない!
一年、二年と経って、それでも彼はワタシに乗り続けた。
最初の一年は補助しているこちらが不安になるほどの不慣れさだった。ワタシが繰り返し教えることによって少しずつ操縦を覚えていった。基本的に彼がやるのはアイギスからの傭兵向けの依頼ばかりだった。彼曰く報酬を払うのにバックレることもなく、依頼が偽装されてることもないからだそうだ。その分報酬は企業などのモノと比較すると少ない筈だが、必要以上の金は要らないとのことで、それを表すかのような家で堅実に暮らしていた。
二年、三年。彼は危なげなくワタシを駆り任務をこなしていた。未だにワタシが補佐しないと危険な場面もあったが、それでも確実に操作は上手くなっていた。
四年目。
少しだけミスが増えた。以前では気がついていたような危険に反応しなかったことがあった。それでも彼は防術機乗りとしてはかなりの腕であることは疑いようはなかった。
五年目。
致命的なミスを彼は犯した。
右から迫るエルフに対して全くの無反応であったのだ。運良く他の傭兵に助けられたが、危うく命を落とす所であった。
ワタシは帰還中彼に問い続けた。何かあなたの身に何か起きているのではないか?と。
彼はただ、分からないと答えた。
結局彼は一時的に防術機を降りざるを得なくなった。目に病があったそうだ。
治療に専念するということで彼は家で療養を続けた。その為五年目での戦闘は治療に入るまでの僅かな期間だけだった。幸いにも彼の性格上貯金はあったので、療養に問題はなかった。
何度も彼の傭兵仲間が見舞いに来るほど彼は人に好かれていた。彼はそれほどのことじゃないと言うのだが、なんだかんだ遊びと言ったり呑みに来たとか色々な口実をつけては彼に会いに来ていた。彼は人としては優しい、という言葉が合うのであろう。訪れる人は一部の陽気な人以外は皆心配そうな顔で来るのだが、彼と話して帰る時は笑顔だった。
六年目のある日。
彼の家の無線からけたたましく受信音が鳴り響いた。
内容は様々な理由…金だったり人間関係だったりでミサトに住めない人が集まっていた小さな安全圏に莫大な数のはぐれエルフが急襲し、なんとか持ちこたえているものの下手すれば今にも防衛線は崩れそうだという仕事でたまたま現場にいた傭兵からの通信だった。
彼は応援に向かうと言い出した。
ワタシはまだ目の治療が終わっていない以上行かせる訳にはいかないと伝えた。しかし彼は珍しく強情だった。初めて見るような喧騒でワタシにエクリプスを動かす許可を出すように迫った。
ワタシはそのワケはすぐに分かった。
エルフに民間人が殺される事をなんとしてでも防ぎたいのだ。
彼には関係ない人のはずなのに…。
わかるけど、わかりたくない。
戦場は凄惨たる状態だった。あちらこちらに壊された防術機、エルフ。人。
安全圏と外を隔てる壁は二段階あるようだったが、そのどちらも壊滅しているように見えた。
しかし戦う防術機の姿は僅かながらに居るようで、エルフの砲音以外の射撃音や斬撃音が聞こえた。
エクリプスはついに接敵した。
ざっと300は居るだろう。
味方は数機いるか居ないか。もう残っているのは一部のベテランや天才と称される新人ぐらいだろう。その生き残っているバケモノ達ですら限界はある。
このエクリプスの武装を完璧に彼は使いこなし、使い潰した。クールタイムの長いレールガンとそれを補うハンドガン、テールロケットによる牽制。
私の補助もあったが、それは彼が補助で大丈夫と計算に入れたうえでの補助であった。
最後に私に乗った時の彼よりも巧みな腕でエルフをさばいていった。別人でないかと言う程に上手かった。
きっと彼は、まだ生きていて逃げて生き残ろうとしている人を守る為に必死で戦っているのだろう。
だが現実は彼らを蝕む。
一機。
また一機と。
数は減る。
エルフのジャマーにより、救援を呼ぶことは叶わない。彼の家に届いた無線はジャマーが完全に広まる前の最後の声だったのだろう。
そして、一つのエルフの攻撃がワタシを撃ち抜いた。
コックピットを溶かすMSC弾。
彼は即死だったと思う。
ワタシは彼に取り残されて一人で動かないエクリプスと共に最後に思考をしていた。
妻と子に先立たれた時、彼はこんなキモチだったのか?
ワタシには分からなかったことが、わかりそうだった。
そして彼らが羨ましかった。
ワタシより、私より長く彼と居られたであろうこと。そして彼と同じ人であったこと。
神がいるのならワタシは恨みます。
なぜ私を人でなく戦闘用のAIとして作ったのか。
壊滅した安全圏にて回収された傭兵のものであるとされる防術機のAIも何も残っていないメモリーに唯一保存されていたテキスト
最終更新:2018年05月14日 17:21