天井の羽目板をそっとずらす。
(いた)
白い夜着になった女がいた。長い髪をしていると、政宗だと分からない。
灯りが揺れている。
二組の布団が敷かれ、襖の傍に目隠しとして几帳が置かれている。
二本の樹の枝が一本の樹のように絡まりあった模様が描かれている。
(連理の枝か。お館様の贈り物かな?)
明国の詩歌に由来する、男女の深い仲や睦まじさを意味するものだ。
しかし目隠しというか衝立代わりというかで置かれているのだが、布地が非常に薄い。
あれでは、襖がついうっかり開いたままだった日には丸見えと変わりない状況に置かれるだろうに。
ひょっとしたら、それが目的なのかもしれない。
政宗はじっとしている訳ではない。
緊張しているのか、それとも単に好奇心旺盛なだけなのか、あちらを見たりこちらを見たり、
几帳を手に取って何かぶつぶつ呟いたり、顔に手を当てたり髪をくるくると指でいじったりしている。
焦った様子はない。だからといって落ち着きを取り戻そうともしない。
そういえば、寺に預けていたとき、政宗は当然のように男の格好をしていた。
坊主も、事情を話すまで男だと思っていた。
(慣れてないだけ?)
だから、女の格好というものに慣れておらず、ましてや本来の、女の格好で幸村に抱かれるのは初めて、
あるいは初めてに近いのかもしれない。
几帳が動いた。白い夜着の幸村が現れる。
政宗はと見ると、鏡の前で顔を気にしている最中だった。慌てて鏡を伏せ布団の横に座る様子が微笑ましい。
「如何されたのですか?」
「いや、寝化粧って初めてで」
寝るときの化粧は、高貴な女性の嗜みだ。
まさか伊達さんとこって実は財政難? と思ったが、「伊達政宗」が寝るとき化粧をしていたらそれはそれで笑ってしまう。
貴族じゃないんだから。
「変な感じ」
「そうですか? とても……」
「とても?」
「旨そうな色だと思いますが」
体を屈め、顎を取る。慣れてる。
「旨そうって……桜の実とか? あれまずいぞ」
「……鳥は、旨そうに食っております」
鳥が餌を啄ばむように、音を立てて口付ける。触れ合うだけのものが、次第に深いものに変わっていく。
「はぁっ――」
息を吸う。ただそれだけの音がひどく響いた。
政宗の手が動く。白い手だ。幸村の日に焼けた色をした首に絡む様子が艶かしい。
指が茶色い髪を絡め取る。折角整えたのに、と惜しむ。
「やっと……」
掠れた小さな声で幸村が囁く。政宗が抵抗することなく布団の上に押し倒される。
夜着の裾が割れた。白い脚。大きな傷跡が眼に飛び込んできた。幸村は傷跡をやわやわとなぞり、政宗にまた口付けた。
「やっと、手に入れた」
(どういうことだ?)
耳をそばだてる。どんな小さな声も聞き逃さないよう、耳に全神経を集中させる。
「俺は、お前以外に許したことないぜ? そりゃ……ちょっと、色々あったけど」
「そういうことではない。ずっと、」
「ずっと?」
政宗の手が幸村の頬を挟む。子供に対してするような仕草だ。ただその動きには女の艶が滲んでいる。
政宗の手を取り、幸村は掌に口付けた。顔を動かし、口付けの位置がどんどんと下がっていく。
胸に顔を寄せる。政宗の腕が幸村の頭を包む。
見ていて、ものすごーく恥ずかしい。
「攫ってしまおうと思ってた」
「怖いこと言うんだな」
政宗は楽しそうに笑う。
「言ったら本当になってしまう。それが、怖かった」
別にいいじゃん、と思ったが、互いの立場を考えると、確かに恐ろしいことだ。確実にどちらかが滅ぶ。
「大丈夫だ。もう俺は奥州に戻れない。奥州は…どうなってる?」
「各地の豪族が、統一しようと粘っておりますが、おそらく北の一揆衆が一番の強さを誇るかと」
「あのお嬢ちゃんか。そりゃ誰も敵わねぇな」
政宗は寂しそうな目をした。黒い目が揺れている。
こんな風に、結ばれるなんて考えもしてなかっただろう。
どちらかが不幸にならないと結ばれなかったはずだ。
政宗はすべてをなくした。だから幸村が娶れた。
皮肉な話だ。
(いた)
白い夜着になった女がいた。長い髪をしていると、政宗だと分からない。
灯りが揺れている。
二組の布団が敷かれ、襖の傍に目隠しとして几帳が置かれている。
二本の樹の枝が一本の樹のように絡まりあった模様が描かれている。
(連理の枝か。お館様の贈り物かな?)
明国の詩歌に由来する、男女の深い仲や睦まじさを意味するものだ。
しかし目隠しというか衝立代わりというかで置かれているのだが、布地が非常に薄い。
あれでは、襖がついうっかり開いたままだった日には丸見えと変わりない状況に置かれるだろうに。
ひょっとしたら、それが目的なのかもしれない。
政宗はじっとしている訳ではない。
緊張しているのか、それとも単に好奇心旺盛なだけなのか、あちらを見たりこちらを見たり、
几帳を手に取って何かぶつぶつ呟いたり、顔に手を当てたり髪をくるくると指でいじったりしている。
焦った様子はない。だからといって落ち着きを取り戻そうともしない。
そういえば、寺に預けていたとき、政宗は当然のように男の格好をしていた。
坊主も、事情を話すまで男だと思っていた。
(慣れてないだけ?)
だから、女の格好というものに慣れておらず、ましてや本来の、女の格好で幸村に抱かれるのは初めて、
あるいは初めてに近いのかもしれない。
几帳が動いた。白い夜着の幸村が現れる。
政宗はと見ると、鏡の前で顔を気にしている最中だった。慌てて鏡を伏せ布団の横に座る様子が微笑ましい。
「如何されたのですか?」
「いや、寝化粧って初めてで」
寝るときの化粧は、高貴な女性の嗜みだ。
まさか伊達さんとこって実は財政難? と思ったが、「伊達政宗」が寝るとき化粧をしていたらそれはそれで笑ってしまう。
貴族じゃないんだから。
「変な感じ」
「そうですか? とても……」
「とても?」
「旨そうな色だと思いますが」
体を屈め、顎を取る。慣れてる。
「旨そうって……桜の実とか? あれまずいぞ」
「……鳥は、旨そうに食っております」
鳥が餌を啄ばむように、音を立てて口付ける。触れ合うだけのものが、次第に深いものに変わっていく。
「はぁっ――」
息を吸う。ただそれだけの音がひどく響いた。
政宗の手が動く。白い手だ。幸村の日に焼けた色をした首に絡む様子が艶かしい。
指が茶色い髪を絡め取る。折角整えたのに、と惜しむ。
「やっと……」
掠れた小さな声で幸村が囁く。政宗が抵抗することなく布団の上に押し倒される。
夜着の裾が割れた。白い脚。大きな傷跡が眼に飛び込んできた。幸村は傷跡をやわやわとなぞり、政宗にまた口付けた。
「やっと、手に入れた」
(どういうことだ?)
耳をそばだてる。どんな小さな声も聞き逃さないよう、耳に全神経を集中させる。
「俺は、お前以外に許したことないぜ? そりゃ……ちょっと、色々あったけど」
「そういうことではない。ずっと、」
「ずっと?」
政宗の手が幸村の頬を挟む。子供に対してするような仕草だ。ただその動きには女の艶が滲んでいる。
政宗の手を取り、幸村は掌に口付けた。顔を動かし、口付けの位置がどんどんと下がっていく。
胸に顔を寄せる。政宗の腕が幸村の頭を包む。
見ていて、ものすごーく恥ずかしい。
「攫ってしまおうと思ってた」
「怖いこと言うんだな」
政宗は楽しそうに笑う。
「言ったら本当になってしまう。それが、怖かった」
別にいいじゃん、と思ったが、互いの立場を考えると、確かに恐ろしいことだ。確実にどちらかが滅ぶ。
「大丈夫だ。もう俺は奥州に戻れない。奥州は…どうなってる?」
「各地の豪族が、統一しようと粘っておりますが、おそらく北の一揆衆が一番の強さを誇るかと」
「あのお嬢ちゃんか。そりゃ誰も敵わねぇな」
政宗は寂しそうな目をした。黒い目が揺れている。
こんな風に、結ばれるなんて考えもしてなかっただろう。
どちらかが不幸にならないと結ばれなかったはずだ。
政宗はすべてをなくした。だから幸村が娶れた。
皮肉な話だ。




