湯は宴の前に使っていた。
暖め直すだけのつもりでもういちど湯を使い、喉奥から唸りそうな状態で閨に入る。
どうして女の方から待たなくてはならないのか。しかも座り込んで、ただ訪れを待つように襖を向いて。
落ち着かない。体が熱い。火照る。
「む、某……燃えてきたでござ……」
握り拳を見据え呟きかけ、幸村はその場に突っ伏した。
断じて違う。待ち望んで、ではない。違うと言ったら違う。
「……み、漲っているのでござるぅぅぅっ」
自分を誤魔化すように声を上げ、羽織を取って着込むと一気に走り出した。
槍など取りに戻る余裕はない、なんだか本当に火照っている。熱い。
走り出した外の夜気が、雪に冷やされた空気が頬に心地いい。
そのまま修練用のわら人形に駆け寄って思い切りぶん殴った。
藁が飛び散る。
踏みしめた雪が固まり、跳ね上げた足技で蹴立てられる。
火照りが熱気と紛れる。吸い込む息が熱さに混じり吐き出す呼吸が真っ白に夜気を染める。
「だっ!りゃ、はぁぁぁぁぁっ!」
息を吸い込む。徒手空拳での、
「千両花火ぃぃぃッ」
炎がこぶしから滲む。燃え上がるわら人形を連打で殴り、
「燃え滾るぅぁぁぁぁぁぁっ!」
夜に蹴り上げる。
ほろほろと藁がほぐれて細かい火の粉となって飛び散って、雪原めいた庭に落ちていく。
頬をかする火の粉の熱。
白い息に触れて消える藁の火。
「撃破ッ!」
すがすがしい気持ちになってもいいところだが、まだいても立ってもいられないほど熱い。
酒を飲み過ぎたのか。それにしては体が軽い。
軽すぎて拳に力が籠もっていない気がする。なぜか、唐突に熱が増した気がする。
目が一瞬回った。腕の力が抜け、膝が折れかけ、しかし気合いで背筋を伸ばし大地を踏みしめる。
いや、この程度何ほどのこと。気合いあれば憂いなし!
暖め直すだけのつもりでもういちど湯を使い、喉奥から唸りそうな状態で閨に入る。
どうして女の方から待たなくてはならないのか。しかも座り込んで、ただ訪れを待つように襖を向いて。
落ち着かない。体が熱い。火照る。
「む、某……燃えてきたでござ……」
握り拳を見据え呟きかけ、幸村はその場に突っ伏した。
断じて違う。待ち望んで、ではない。違うと言ったら違う。
「……み、漲っているのでござるぅぅぅっ」
自分を誤魔化すように声を上げ、羽織を取って着込むと一気に走り出した。
槍など取りに戻る余裕はない、なんだか本当に火照っている。熱い。
走り出した外の夜気が、雪に冷やされた空気が頬に心地いい。
そのまま修練用のわら人形に駆け寄って思い切りぶん殴った。
藁が飛び散る。
踏みしめた雪が固まり、跳ね上げた足技で蹴立てられる。
火照りが熱気と紛れる。吸い込む息が熱さに混じり吐き出す呼吸が真っ白に夜気を染める。
「だっ!りゃ、はぁぁぁぁぁっ!」
息を吸い込む。徒手空拳での、
「千両花火ぃぃぃッ」
炎がこぶしから滲む。燃え上がるわら人形を連打で殴り、
「燃え滾るぅぁぁぁぁぁぁっ!」
夜に蹴り上げる。
ほろほろと藁がほぐれて細かい火の粉となって飛び散って、雪原めいた庭に落ちていく。
頬をかする火の粉の熱。
白い息に触れて消える藁の火。
「撃破ッ!」
すがすがしい気持ちになってもいいところだが、まだいても立ってもいられないほど熱い。
酒を飲み過ぎたのか。それにしては体が軽い。
軽すぎて拳に力が籠もっていない気がする。なぜか、唐突に熱が増した気がする。
目が一瞬回った。腕の力が抜け、膝が折れかけ、しかし気合いで背筋を伸ばし大地を踏みしめる。
いや、この程度何ほどのこと。気合いあれば憂いなし!
「撃破じゃねぇだろ、幸村………」
きゅ、と雪を踏みしめるかすかな足音。
星明かり弾く、艶々してどこか蒼味を帯びる黒髪。不機嫌そうなその顔が何でか、どうしようもないほど嬉しかった。
湯を使いに行った幸村と、家臣と話をしに行った政宗。手を振って別れてからさほど経ってもいないのだが。
後ろに十名足らずの兵卒が付き従っていた。
いや、彼らが政宗を呼んだものか。
きゅ、と雪を踏みしめるかすかな足音。
星明かり弾く、艶々してどこか蒼味を帯びる黒髪。不機嫌そうなその顔が何でか、どうしようもないほど嬉しかった。
湯を使いに行った幸村と、家臣と話をしに行った政宗。手を振って別れてからさほど経ってもいないのだが。
後ろに十名足らずの兵卒が付き従っていた。
いや、彼らが政宗を呼んだものか。
大きく手を振る。某ここにおりますると。
「おお!政宗殿!某、政宗殿が戻られたゆえか力がありあまってござる!」
「shit!そんな力は他のトコに回しとけっ」
「暴れても暴れたりぬ故!」
何もかも凍り付くような奥州の冬。だが熱い。喉が渇く。
「アタマ冷やせ!つーか何薄着で出てきてんだ、周り見てみろ夏じゃねえ!」
見れば雪原のごとき庭も表面が昼の日差しで僅かに緩んでいたものを、この夜気に冷やされ氷面のように滑らかだ。いや、鏡面の如く滑らかだ。
天上に輝く三日月が、さざ波一つ無い湖面の如く雪原に映って光の筋が流れている。
なんと美しく、魂を震わせるほどに素晴らしき光景か。
なんと、政宗殿にふさわしき領土か。
「左様にござるな、少々お待ち下され」
奥手にある井戸に走る。早く怒りを静め、共に眺めよう。
つるべを落とす。
ふかく掘られた井戸の水をぐいぐいと引き上げると、呆れたような足取りで政宗が歩み寄る。
くみ上げた水にも月が映り込む。
「おお!政宗殿!某、政宗殿が戻られたゆえか力がありあまってござる!」
「shit!そんな力は他のトコに回しとけっ」
「暴れても暴れたりぬ故!」
何もかも凍り付くような奥州の冬。だが熱い。喉が渇く。
「アタマ冷やせ!つーか何薄着で出てきてんだ、周り見てみろ夏じゃねえ!」
見れば雪原のごとき庭も表面が昼の日差しで僅かに緩んでいたものを、この夜気に冷やされ氷面のように滑らかだ。いや、鏡面の如く滑らかだ。
天上に輝く三日月が、さざ波一つ無い湖面の如く雪原に映って光の筋が流れている。
なんと美しく、魂を震わせるほどに素晴らしき光景か。
なんと、政宗殿にふさわしき領土か。
「左様にござるな、少々お待ち下され」
奥手にある井戸に走る。早く怒りを静め、共に眺めよう。
つるべを落とす。
ふかく掘られた井戸の水をぐいぐいと引き上げると、呆れたような足取りで政宗が歩み寄る。
くみ上げた水にも月が映り込む。




