朱塗りの箱と、元親の足の上に、さらさらと塩まじりの砂が積もっていく。
隻眼を見開き、ぽかんと口を開けた元親が言葉を発する前に、城壁の兵の間から
割れんばかりの大歓声が湧き上がった。
隻眼を見開き、ぽかんと口を開けた元親が言葉を発する前に、城壁の兵の間から
割れんばかりの大歓声が湧き上がった。
「兄貴ー!おめでとうございますー!」
「いやあ、言いたくって口が裂けそうだったぜ!」
「これで長曾我部は安泰だぜ!」
「馬鹿野郎、毛利も安泰だぜ!」
「なにいってんだてめえら、安泰なのは西国一帯だ!」
「なんだ?え、どういうことよ?姐さんどうなさったんだ?」
「だからおめえ、こういうことよ!」
「いやあ、言いたくって口が裂けそうだったぜ!」
「これで長曾我部は安泰だぜ!」
「馬鹿野郎、毛利も安泰だぜ!」
「なにいってんだてめえら、安泰なのは西国一帯だ!」
「なんだ?え、どういうことよ?姐さんどうなさったんだ?」
「だからおめえ、こういうことよ!」
情報と興奮が、城門付近に集まった戻ってきたばかりの兵達にも伝わっていく。
そこからも歓声が沸きあがり、野太い祝福とばんざいの声は、嵐となって
瀬戸内の海と空に轟き渡った。
そこからも歓声が沸きあがり、野太い祝福とばんざいの声は、嵐となって
瀬戸内の海と空に轟き渡った。
背後に控えた華やかな侍女の一団が、いっせいにおめでとうございまする、と
頭を下げる。だが、その声も、城を揺るがす大歓声も、実のところ、元親の耳には
入っていなかった。
ただ呆然と、目の前でかすかに口元を吊り上げた妻を見つめる。
少し伸びた髪を風に嬲らせ、ゆっくりと自分の腹を撫でながら、元就も良人を見つめた。
「驚いたか」
「……たりめーだ」
「ふん。だが、すべては我の計算どおりよ」
ぐっと白い拳が突き出された。冷たいほど冷静な表情の中、異様に
きらきらした目が見据えてくる。
「縁組一年以内に妊娠、まさに計算どおり完璧だ。この先も決まっているぞ。
第一子は男児、以降も毎年一人ずつ、最終的には十二人を予定している。
ゆくゆくは我らが血統で、西国全域を掌握するというのが我が策だ。
呆けている場合ではないぞ元親。気合を入れよ!」
「なんでどうして十二人……いや、んなこたあどうでもいい!」
じわじわと、足元から震えが上がってくる。痺れたようになっていた頭に
血が流れ込み、じんじんとこめかみが脈打ち始めた。
頭を下げる。だが、その声も、城を揺るがす大歓声も、実のところ、元親の耳には
入っていなかった。
ただ呆然と、目の前でかすかに口元を吊り上げた妻を見つめる。
少し伸びた髪を風に嬲らせ、ゆっくりと自分の腹を撫でながら、元就も良人を見つめた。
「驚いたか」
「……たりめーだ」
「ふん。だが、すべては我の計算どおりよ」
ぐっと白い拳が突き出された。冷たいほど冷静な表情の中、異様に
きらきらした目が見据えてくる。
「縁組一年以内に妊娠、まさに計算どおり完璧だ。この先も決まっているぞ。
第一子は男児、以降も毎年一人ずつ、最終的には十二人を予定している。
ゆくゆくは我らが血統で、西国全域を掌握するというのが我が策だ。
呆けている場合ではないぞ元親。気合を入れよ!」
「なんでどうして十二人……いや、んなこたあどうでもいい!」
じわじわと、足元から震えが上がってくる。痺れたようになっていた頭に
血が流れ込み、じんじんとこめかみが脈打ち始めた。
子どもができたらちったあ浪費も控えないとなあとか、館中の罠はずさねえととか、
しばらく対戦できねえのかとか、いくらなんでも十二人は張り切りすぎだろうとか、
どうやって計算したんだとか、せっかく手に入れた秘読本も使えねえなあとか、
ていうかあと何ヶ月禁欲とか、一瞬浮かんだもろもろは、すべて波のように押し流された。
代わりに眩暈のするような興奮が、体の底から湧き上がってくる。
しばらく対戦できねえのかとか、いくらなんでも十二人は張り切りすぎだろうとか、
どうやって計算したんだとか、せっかく手に入れた秘読本も使えねえなあとか、
ていうかあと何ヶ月禁欲とか、一瞬浮かんだもろもろは、すべて波のように押し流された。
代わりに眩暈のするような興奮が、体の底から湧き上がってくる。
すまねえ島津の爺さん。せっかくの武器だが、こいつは当分お預けだ。
だが俺ぁ、びしっと気張るぜ!
だが俺ぁ、びしっと気張るぜ!
みっともないほど震える手を伸ばし、細い体を抱き上げる。
雄叫びを上げて肩に担ぎ上げれば、すばやく繰り出されたハリセンにスパーンと
脳天を叩かれた。
「馬鹿者!危ない、下ろさぬか!」
「お前こそ妊婦がそんなもん振り回すなあ!」
「たわけが、よく見よ!縮小軽量版だ!」
「いいからちょっと抱かせろ!喜ばせろ!乱暴にゃしねえから!」
「兄貴ー!そいつはいけませんや兄貴ー!」
「でもお気持ちお察しいたしますぜ兄貴!」
「てめえらお祝いだ!木騎出してこい!いや滅騎だ!仁王車走らせろ!」
「おい、海見ろ!毛利の船団がきやがるぞ!」
「おお、姐さんのお祝いか!?こっちだこっちだ!よっしゃ野郎ども、宴会の準備だ!」
「元親!いい加減に離さぬか!」
雄叫びを上げて肩に担ぎ上げれば、すばやく繰り出されたハリセンにスパーンと
脳天を叩かれた。
「馬鹿者!危ない、下ろさぬか!」
「お前こそ妊婦がそんなもん振り回すなあ!」
「たわけが、よく見よ!縮小軽量版だ!」
「いいからちょっと抱かせろ!喜ばせろ!乱暴にゃしねえから!」
「兄貴ー!そいつはいけませんや兄貴ー!」
「でもお気持ちお察しいたしますぜ兄貴!」
「てめえらお祝いだ!木騎出してこい!いや滅騎だ!仁王車走らせろ!」
「おい、海見ろ!毛利の船団がきやがるぞ!」
「おお、姐さんのお祝いか!?こっちだこっちだ!よっしゃ野郎ども、宴会の準備だ!」
「元親!いい加減に離さぬか!」
城を震わす祝福の声はとどまるところを知らず、大歓声は大地に轟き、天地を貫き
四海を駆け巡った。
城壁の上から、城門から、海から、興奮した男どもが広場になだれ込んでくる。
いったん下ろしかけた妻を、元親は慌ててまた腕に抱き上げた。
荒くれ男どもに、蟻の這い出る隙間もないほどびっしりと周囲を囲まれ、
野太い万歳三唱を受ける元就は、無表情に見えるがほんの少し、頬が赤い。
片腕を振り上げ歓声に答えながら、元親は妻の顔を見上げた。ちらりと見下ろしてきた
目元がかすかに笑っているのに満足して、空を仰ぐ。
四海を駆け巡った。
城壁の上から、城門から、海から、興奮した男どもが広場になだれ込んでくる。
いったん下ろしかけた妻を、元親は慌ててまた腕に抱き上げた。
荒くれ男どもに、蟻の這い出る隙間もないほどびっしりと周囲を囲まれ、
野太い万歳三唱を受ける元就は、無表情に見えるがほんの少し、頬が赤い。
片腕を振り上げ歓声に答えながら、元親は妻の顔を見上げた。ちらりと見下ろしてきた
目元がかすかに笑っているのに満足して、空を仰ぐ。
冬の空はどこまでも高く、果ての見えないほど広がっている。
流れる雲も空の色も、先ほどまでと同じはずなのに、今は何故かひどく輝いて見えた。
流れる雲も空の色も、先ほどまでと同じはずなのに、今は何故かひどく輝いて見えた。
やっぱり結婚てのは、とんでもなく面白い。
しみじみ考えながら、元親はまた妻を見上げ、にっと笑った。
しみじみ考えながら、元親はまた妻を見上げ、にっと笑った。
終わりです。長々と読んでくださり、ありがとうございました。
ハッピーエンドヽ(゚∀゚)ノダイスッキー!