簡単に朝食を取った後、元親が日課である海岸の散歩に行くと言い出した。
雑穀を詰めた巾着を腰にくくり付けて元就の手を取り、促す。海鳥達に餌をやるのだと楽しげに言う。
元就は渋い顔で今日中に終えなければならない予定と、既に時間を無駄にしているからと却下したが、元親は聞き入れない。
「野郎共も昨日のあの分じゃまだ寝てるし、きっとお前んとこの連中も一緒だぜ?」
確かに、屋敷内は時折侍女が洗濯籠を持って通り過ぎるくらいで、兵の気配が感じられない。
元就の予定では、午前中には残りの視察を済ませているはずなのだ。改めて、己の失態に呆れて後悔した。
当然のように手を握られ歩いた。
振りほどくのも面倒だと諦めたふりをしたが、温もりに安堵しているのだとも、今度は元就も少しだけ認めた。
取られた手は右で、元親が左手で引く。利き手が塞がるのは不快だと言えば、元親も自分もそうだと笑んだ。
「俺、左利き。気づかんかった?」
いっぱい触って、ぎこちなかったのは多分右手の方だと思うんだが。突然降って湧いた色事の話に、元就が固まった。
何を言っても強がりにしか聞こえぬのだろう。そして見透かすように男は笑うのだろう。
元就は黙った。ふん、と鼻を鳴らせば、やはりけらけら元親が笑った。
潮風に嬲られ、元就の髪の間から耳飾りが覗いた。琥珀の実はとろりと甘い色。
雑穀を詰めた巾着を腰にくくり付けて元就の手を取り、促す。海鳥達に餌をやるのだと楽しげに言う。
元就は渋い顔で今日中に終えなければならない予定と、既に時間を無駄にしているからと却下したが、元親は聞き入れない。
「野郎共も昨日のあの分じゃまだ寝てるし、きっとお前んとこの連中も一緒だぜ?」
確かに、屋敷内は時折侍女が洗濯籠を持って通り過ぎるくらいで、兵の気配が感じられない。
元就の予定では、午前中には残りの視察を済ませているはずなのだ。改めて、己の失態に呆れて後悔した。
当然のように手を握られ歩いた。
振りほどくのも面倒だと諦めたふりをしたが、温もりに安堵しているのだとも、今度は元就も少しだけ認めた。
取られた手は右で、元親が左手で引く。利き手が塞がるのは不快だと言えば、元親も自分もそうだと笑んだ。
「俺、左利き。気づかんかった?」
いっぱい触って、ぎこちなかったのは多分右手の方だと思うんだが。突然降って湧いた色事の話に、元就が固まった。
何を言っても強がりにしか聞こえぬのだろう。そして見透かすように男は笑うのだろう。
元就は黙った。ふん、と鼻を鳴らせば、やはりけらけら元親が笑った。
潮風に嬲られ、元就の髪の間から耳飾りが覗いた。琥珀の実はとろりと甘い色。
波音を聞きながら進む砂浜で、元親が拾った貝殻を手渡してきた。
かずらがいだ、と彼が言った元就の知らぬ名前の貝は艶やかに濡れて愛らしい。
子供の頃にこうして貝殻を拾い集めていたのだと、元親。箱にきちんと並べて名前調べて札つけて。
几帳面な事よと元就が多少の皮肉を込め言えば、何故だか元親は
「……暇だったからなー」と困った笑顔を向けた。元親としては、幼少時のしみったれて変に拗ねた子供の自分はあまり知られたくない。
元就はそんな元親の心中知らず、貝の穴の縁についた凹凸を親指で引っかき音を出していた。
調子も何もあったものではない、けれど優しい響きの波音と奏でる海の歌。
ふと思い出して、元就は部屋に掛けられた絵画の話題を出した。あの魔物は何かと問えば、彼の祖先が住んでいた遠い異国の海にいるのだと言う。
「シーレーンっつうんだと。綺麗な声で歌ってたぶらかして船を沈めちまう」
「…早く沈め。海賊風情が」
憎まれ口にわざと大げさに拗ねて見せる男に、元就は我知らず憧憬の眼差しを向ける。沈めば。我は泣くのか。
いいやきっと沈まずとも自分は泣く。速い風に乗って、晴れた海を渡る男の船には、どうしたって一緒には行けない。
舫い綱など二人の間には存在しない。
眩しい。
この目が焼けてしまったら、この男の傍にいられるのか。
海鳥が一羽、また一羽と二人の近くに寄り始めていた。その数は見る間に増えてゆく。
「遅くなってごめんなー」兵にかけるのと同じ声で元親は鳥に挨拶をしている。
羽音をたてて群がる海鳥は間近にみれば思った以上に大きく、元就は目を丸くした。
潮の花63
かずらがいだ、と彼が言った元就の知らぬ名前の貝は艶やかに濡れて愛らしい。
子供の頃にこうして貝殻を拾い集めていたのだと、元親。箱にきちんと並べて名前調べて札つけて。
几帳面な事よと元就が多少の皮肉を込め言えば、何故だか元親は
「……暇だったからなー」と困った笑顔を向けた。元親としては、幼少時のしみったれて変に拗ねた子供の自分はあまり知られたくない。
元就はそんな元親の心中知らず、貝の穴の縁についた凹凸を親指で引っかき音を出していた。
調子も何もあったものではない、けれど優しい響きの波音と奏でる海の歌。
ふと思い出して、元就は部屋に掛けられた絵画の話題を出した。あの魔物は何かと問えば、彼の祖先が住んでいた遠い異国の海にいるのだと言う。
「シーレーンっつうんだと。綺麗な声で歌ってたぶらかして船を沈めちまう」
「…早く沈め。海賊風情が」
憎まれ口にわざと大げさに拗ねて見せる男に、元就は我知らず憧憬の眼差しを向ける。沈めば。我は泣くのか。
いいやきっと沈まずとも自分は泣く。速い風に乗って、晴れた海を渡る男の船には、どうしたって一緒には行けない。
舫い綱など二人の間には存在しない。
眩しい。
この目が焼けてしまったら、この男の傍にいられるのか。
海鳥が一羽、また一羽と二人の近くに寄り始めていた。その数は見る間に増えてゆく。
「遅くなってごめんなー」兵にかけるのと同じ声で元親は鳥に挨拶をしている。
羽音をたてて群がる海鳥は間近にみれば思った以上に大きく、元就は目を丸くした。
潮の花63




