「怖ぇ?」
「いや…良い」
美しいな。ぽつりと、躊躇いながら元親の腕に乗った鳥の翼を撫でて呟いた。
同じ海の白い羽根でも、絵画の妖女とこの無邪気な鳥達では大きく隔たりがある。清濁全て分け隔てなく呑み込む海の有様は、
自分を愛してると言う目の前の男にそのまま置き換えられるのだと、おぼろげに気付いた。
二人の手の平に空けられた穀物を鳥が遠慮なく啄ばんでゆく。くちばしが手を突付いても愉快な痛みだった。
あいつ、来るかな。元親が屋敷の方向の空を向いてこぼした。そして、口笛を一つ、長く吹いた。
響く高い音の尾が引きずられて消えると、なにやら鳥影がこちらに向かってくる。元就は、目を見開いた。
明るい黄を主に、羽根先が鮮やかな青や赤の海鳥に負けず大きな鳥。異国のものだろうか。厚いくちばしはころりと丸く愛嬌がある。
「飼っているのか、長曾我部殿が」
「おう。名前はぴーとかちーとか適当だけどな」
ちー。元就が呼ぶと、派手な色彩の鳥はけたたましく「オタカラ!」と叫んだ。
驚いた元就が元親を見上げる。元親はにまりと笑って賢いからな、と自慢した。教えれば何でも話すぜ。
モトチカ、と何度も主を呼ぶ鳥をまじまじと見つめる元就は楽しそうだ。鳥が好きかと聞けば、やはり今までと同じに軽く頷き肯定した。
「俺の嫁さんの元就だ。覚えろよ、ぴー」
くるる、と咽喉を鳴らして忙しなく首を動かす鳥を腕に乗せ、元就は尚も興味深げに鳥をみている。
『俺の嫁さん』に否定の声が上がらないのに気を良くしたが、単純に鳥に夢中で元親の事など気にしていないからだ。元親は軽く落ち込んだ。
が、おずおずと自分の名を教え始めた元就が可愛かったのでそれで良いことにした。
始めは元親の名前と混じったり、関係のない別の単語を喋りだした鳥相手に、元就は繰り返し自分の名を語りかけている。
もとなり、もとなり。それがお前の名でいいのか。しょうじゅでも、他の知らない女の名でもなくて、もとなりと。
白い海鳥達は餌を食べ終えたが、未だ二人の周囲に飛び交っている。
元親の愛鳥が今度ははっきりと、モトナリ、と発した。
瞬間、元就が笑った。
冷笑でも自嘲でもなく、素直な嬉しさを湛えた微笑を。
昨晩一度だけ見せた勝ち誇った子供のようなそれもまた愛らしかったが、それとは比べ物にならぬほど自然で美しい笑みだった。
元親はしゃがみ込んで呻いた。目の前にある細い足首を無意識に掴むと元就が不機嫌な声で諌めた。
「お前、な、危ねぇから、気ぃつけろ」
何の事か判らず元就は嫌な気分になった。せっかく鳥が名を覚えてくれたというのに、邪魔な事だ。
「昨日のアレでわかったと思うけどよぉ…」
再び立ち上がって元就の目を見据えて言った。背丈に差があるので元就は随分と見上げなくてはならない。
鳥が元親の肩に移った。元親は真剣な表情をしている。
「睦事ってのはな、子供作る為だけにあるんじゃねぇんだ。――むしろ、男はほとんどそんな事考えちゃいねぇ。
好きな女を抱きたくて、・・・いや、惚れてなくても、きったねぇ欲望に任せて犯す男だっているんだ」
俺だってそうだ、とは言えないのが自分の卑怯なところか。元親はそこは目をつぶって続けた。
「穴が開いてりゃなんだっていい下衆もいっぱいいて、だからお前、」
……そんな風に笑うな。俺以外にその綺麗な笑顔を見せないでくれ。
元就は困惑する。元親が自分勝手な発言をしている事、そしてそれは自分への好意に由来するのだと判ってしまっているから、
なお返す言葉が見つからない。だから、
「…ちー、おいで」
元親にではなく、彼の愛鳥に声をかけた。鳥は素直に元就の肩に飛び乗り、腕を気ままに飛び跳ねている。
爪が布越しに食い込むが、無邪気な鳥の物だと思えば楽しい。
「それはつまり、…道具にするという事か」
沈黙を破った元就の言葉に、元親は息を詰まらせる。
「男は、女を欲望とやらを発散させるための道具に使って、…貴殿も、昨夜は我をそのように扱ったのか。
否定しないで。そうだ、とただ一言くれればいい。
「…途中までは」
元親は正直に答えた。ばつが悪そうに視線をさ迷わせる彼を、元就は微笑んでみた。うん。それでいい。
海鳥の白い羽根が幾枚か二人の周囲に舞う。髪や袖を飾った。
慌てて弁解しようとする元親を制して、元就は言う。
「良い。構わぬ。道具と見られた方が、楽で…良い
昨夜はすまなんだな、逃げて。勝手がわからなかった故、迷惑をかけた」
「…元就!」
そう叫び真剣な顔で元親が彼女の両肩を掴んだが、丸まった背に愛鳥が勢いよく飛び乗り、食い込んだ爪に痛みの声をあげた。
バカお前俺は今真面目な話を、と鳥を相手に滑稽な様を見せる彼を、元就はくつくつと笑った。
潮の花64
「いや…良い」
美しいな。ぽつりと、躊躇いながら元親の腕に乗った鳥の翼を撫でて呟いた。
同じ海の白い羽根でも、絵画の妖女とこの無邪気な鳥達では大きく隔たりがある。清濁全て分け隔てなく呑み込む海の有様は、
自分を愛してると言う目の前の男にそのまま置き換えられるのだと、おぼろげに気付いた。
二人の手の平に空けられた穀物を鳥が遠慮なく啄ばんでゆく。くちばしが手を突付いても愉快な痛みだった。
あいつ、来るかな。元親が屋敷の方向の空を向いてこぼした。そして、口笛を一つ、長く吹いた。
響く高い音の尾が引きずられて消えると、なにやら鳥影がこちらに向かってくる。元就は、目を見開いた。
明るい黄を主に、羽根先が鮮やかな青や赤の海鳥に負けず大きな鳥。異国のものだろうか。厚いくちばしはころりと丸く愛嬌がある。
「飼っているのか、長曾我部殿が」
「おう。名前はぴーとかちーとか適当だけどな」
ちー。元就が呼ぶと、派手な色彩の鳥はけたたましく「オタカラ!」と叫んだ。
驚いた元就が元親を見上げる。元親はにまりと笑って賢いからな、と自慢した。教えれば何でも話すぜ。
モトチカ、と何度も主を呼ぶ鳥をまじまじと見つめる元就は楽しそうだ。鳥が好きかと聞けば、やはり今までと同じに軽く頷き肯定した。
「俺の嫁さんの元就だ。覚えろよ、ぴー」
くるる、と咽喉を鳴らして忙しなく首を動かす鳥を腕に乗せ、元就は尚も興味深げに鳥をみている。
『俺の嫁さん』に否定の声が上がらないのに気を良くしたが、単純に鳥に夢中で元親の事など気にしていないからだ。元親は軽く落ち込んだ。
が、おずおずと自分の名を教え始めた元就が可愛かったのでそれで良いことにした。
始めは元親の名前と混じったり、関係のない別の単語を喋りだした鳥相手に、元就は繰り返し自分の名を語りかけている。
もとなり、もとなり。それがお前の名でいいのか。しょうじゅでも、他の知らない女の名でもなくて、もとなりと。
白い海鳥達は餌を食べ終えたが、未だ二人の周囲に飛び交っている。
元親の愛鳥が今度ははっきりと、モトナリ、と発した。
瞬間、元就が笑った。
冷笑でも自嘲でもなく、素直な嬉しさを湛えた微笑を。
昨晩一度だけ見せた勝ち誇った子供のようなそれもまた愛らしかったが、それとは比べ物にならぬほど自然で美しい笑みだった。
元親はしゃがみ込んで呻いた。目の前にある細い足首を無意識に掴むと元就が不機嫌な声で諌めた。
「お前、な、危ねぇから、気ぃつけろ」
何の事か判らず元就は嫌な気分になった。せっかく鳥が名を覚えてくれたというのに、邪魔な事だ。
「昨日のアレでわかったと思うけどよぉ…」
再び立ち上がって元就の目を見据えて言った。背丈に差があるので元就は随分と見上げなくてはならない。
鳥が元親の肩に移った。元親は真剣な表情をしている。
「睦事ってのはな、子供作る為だけにあるんじゃねぇんだ。――むしろ、男はほとんどそんな事考えちゃいねぇ。
好きな女を抱きたくて、・・・いや、惚れてなくても、きったねぇ欲望に任せて犯す男だっているんだ」
俺だってそうだ、とは言えないのが自分の卑怯なところか。元親はそこは目をつぶって続けた。
「穴が開いてりゃなんだっていい下衆もいっぱいいて、だからお前、」
……そんな風に笑うな。俺以外にその綺麗な笑顔を見せないでくれ。
元就は困惑する。元親が自分勝手な発言をしている事、そしてそれは自分への好意に由来するのだと判ってしまっているから、
なお返す言葉が見つからない。だから、
「…ちー、おいで」
元親にではなく、彼の愛鳥に声をかけた。鳥は素直に元就の肩に飛び乗り、腕を気ままに飛び跳ねている。
爪が布越しに食い込むが、無邪気な鳥の物だと思えば楽しい。
「それはつまり、…道具にするという事か」
沈黙を破った元就の言葉に、元親は息を詰まらせる。
「男は、女を欲望とやらを発散させるための道具に使って、…貴殿も、昨夜は我をそのように扱ったのか。
否定しないで。そうだ、とただ一言くれればいい。
「…途中までは」
元親は正直に答えた。ばつが悪そうに視線をさ迷わせる彼を、元就は微笑んでみた。うん。それでいい。
海鳥の白い羽根が幾枚か二人の周囲に舞う。髪や袖を飾った。
慌てて弁解しようとする元親を制して、元就は言う。
「良い。構わぬ。道具と見られた方が、楽で…良い
昨夜はすまなんだな、逃げて。勝手がわからなかった故、迷惑をかけた」
「…元就!」
そう叫び真剣な顔で元親が彼女の両肩を掴んだが、丸まった背に愛鳥が勢いよく飛び乗り、食い込んだ爪に痛みの声をあげた。
バカお前俺は今真面目な話を、と鳥を相手に滑稽な様を見せる彼を、元就はくつくつと笑った。
潮の花64




