「なるほど、こやつが徳川の秘密を掴んでおるというわけじゃな?」
枯れたような声が耳に届いた。
「う……」
ゆっくりと顔を上げたかすがは、首筋に残る痛みに声を上げた。
霞んだ視界が徐々にハッキリとしてくる。
「目が覚めたようじゃな」
かすがの目の前には、背中の曲がった老人が槍を抱えて立っていた。
彼の顔には見覚えがある。
「ほ、北条氏政っ!」
即座に構えを取ろうとしたかすがだったが、体は動かなかった。
呻いて背後を振り返ると、後ろ手に縛られた自分の腕が見えた。さらに腰の周りには荒縄が
巻きつき、柱に括りつけられている。
「くうっ!」
腰に食い込む縄の感触に苛立ちながら、かすがは周囲の様子を観察した。
妙にほこり臭く、日中の熱がこもっているように蒸し暑い。
暗がりに目を凝らすと、どうやら木造の部屋のようだった。ただ、造りが少し変わっている。
奥行きがある代わりに天井は低い。しかも低いだけではなく、かすがの左手方向に行くに
つれて斜めに傾いていた。
見えるものといったら小さな窓と、一定の間隔で立っている柱ばかり。その中のひとつに
かすがは括りつけられていたのだった。
小さな窓からかろうじて見えた景色は月光に照らされた城下町で、まるで上空から睥睨する
ような景観だった。
――屋根裏部屋なのか。
考え至って、かすがは苦笑した。
だからなんだというのだろう。
地下室の次は、屋根裏。だが、場所は違えどまたしても捕らわれたという事実は変わらない。
自嘲するように鼻を鳴らしたかすがは、次の瞬間ギクッとした。
氏政以外の何者かの気配、人影が闇に溶けている。
影が薄い、とでも言えばいいのだろうか、注視しないと輪郭さえ掴めそうにないその人影は
やがて気取られたことに気づいたのか闇の中から自ら姿を現した。
――風魔小太郎!
心中叫んで、かすがは気を失う前のことを思い出した。
「あ、ああ……」
「目が覚めたところで、聞きたいことがあるのじゃが」
恥ずかしさに悲鳴を上げそうになったかすがの声を遮ったのは、氏政だった。
彼は白い髭を片手で弄りながら続ける。
「徳川の動きについて、知っていることをすべて話してもらおうかのう」
ようやく、今の状況が飲み込めた。
かすがが徳川の城から無事に出てきたところを、風魔小太郎は見ていたのだ。そして、情報を
掴んできたに違いないと踏んで、白状させるべく相模まで拉致してきた……森の中で自慰に
耽っていたかすがの隙をついて。
「……くっ」
しかし。
理解はできたが得心がいかない。
「北条は織田に下ったはずではないのか」
この情報もまた、三河で入手したものだった。北条は織田の脅しに屈し、近々武田との同盟を
一方的に破棄するらしい。
なのになぜ、織田の同盟者たる徳川の内情を探るのだ。
かすがが言うと、氏政は眉間に皺を寄せた。
「馬鹿もん! 魔王との関係など、しょせん一時しのぎに過ぎぬわい。……この北条氏政、
乱世の風に儚くそよぐ戦国枯れススキ――織田に負けた、いや世間に負けた。だが相模を
追われたわけではないっ! ご先祖様の名にかけて、いつか必ずかつての栄光を取り戻して
みせるのじゃ。織田に徳川、武田も、いずれは北条家の栄光の前にひれ伏す運命よ!」
枯れたような声が耳に届いた。
「う……」
ゆっくりと顔を上げたかすがは、首筋に残る痛みに声を上げた。
霞んだ視界が徐々にハッキリとしてくる。
「目が覚めたようじゃな」
かすがの目の前には、背中の曲がった老人が槍を抱えて立っていた。
彼の顔には見覚えがある。
「ほ、北条氏政っ!」
即座に構えを取ろうとしたかすがだったが、体は動かなかった。
呻いて背後を振り返ると、後ろ手に縛られた自分の腕が見えた。さらに腰の周りには荒縄が
巻きつき、柱に括りつけられている。
「くうっ!」
腰に食い込む縄の感触に苛立ちながら、かすがは周囲の様子を観察した。
妙にほこり臭く、日中の熱がこもっているように蒸し暑い。
暗がりに目を凝らすと、どうやら木造の部屋のようだった。ただ、造りが少し変わっている。
奥行きがある代わりに天井は低い。しかも低いだけではなく、かすがの左手方向に行くに
つれて斜めに傾いていた。
見えるものといったら小さな窓と、一定の間隔で立っている柱ばかり。その中のひとつに
かすがは括りつけられていたのだった。
小さな窓からかろうじて見えた景色は月光に照らされた城下町で、まるで上空から睥睨する
ような景観だった。
――屋根裏部屋なのか。
考え至って、かすがは苦笑した。
だからなんだというのだろう。
地下室の次は、屋根裏。だが、場所は違えどまたしても捕らわれたという事実は変わらない。
自嘲するように鼻を鳴らしたかすがは、次の瞬間ギクッとした。
氏政以外の何者かの気配、人影が闇に溶けている。
影が薄い、とでも言えばいいのだろうか、注視しないと輪郭さえ掴めそうにないその人影は
やがて気取られたことに気づいたのか闇の中から自ら姿を現した。
――風魔小太郎!
心中叫んで、かすがは気を失う前のことを思い出した。
「あ、ああ……」
「目が覚めたところで、聞きたいことがあるのじゃが」
恥ずかしさに悲鳴を上げそうになったかすがの声を遮ったのは、氏政だった。
彼は白い髭を片手で弄りながら続ける。
「徳川の動きについて、知っていることをすべて話してもらおうかのう」
ようやく、今の状況が飲み込めた。
かすがが徳川の城から無事に出てきたところを、風魔小太郎は見ていたのだ。そして、情報を
掴んできたに違いないと踏んで、白状させるべく相模まで拉致してきた……森の中で自慰に
耽っていたかすがの隙をついて。
「……くっ」
しかし。
理解はできたが得心がいかない。
「北条は織田に下ったはずではないのか」
この情報もまた、三河で入手したものだった。北条は織田の脅しに屈し、近々武田との同盟を
一方的に破棄するらしい。
なのになぜ、織田の同盟者たる徳川の内情を探るのだ。
かすがが言うと、氏政は眉間に皺を寄せた。
「馬鹿もん! 魔王との関係など、しょせん一時しのぎに過ぎぬわい。……この北条氏政、
乱世の風に儚くそよぐ戦国枯れススキ――織田に負けた、いや世間に負けた。だが相模を
追われたわけではないっ! ご先祖様の名にかけて、いつか必ずかつての栄光を取り戻して
みせるのじゃ。織田に徳川、武田も、いずれは北条家の栄光の前にひれ伏す運命よ!」
「うほっ! そりゃまた豪気なこった」
軽い調子の声が、どこからともなく響いた。